二章・四話
「カッリさんのお店って、最近開業したばかりだって話なのに、随分と繁盛してるよね」
せかせかと駆け足で配膳に来た少年に、お礼の銅貨を渡しつつ、ヨニは受け取ったカレリヤパイをアナに渡す。
牛乳で炊いたお粥を薄い生地にのせて焼いたもので、手軽に食べられる軽食としても人気の料理だ。最初にヘイノを連れて市場に行ったとき、子供たちにご褒美としてあげたのもこのパイだった。
「カッリさんもマウリさんも、ティモの人なのでしょう。地元の見知った人がお店を開いたと聞いたら、同郷の人ととしては応援したくなるものではないかしら。それに、料理もとても美味しいもの」
「それもそうだね。俺も、もし村の人がお店を持つってなったら、毎日通っちゃうかも。それに、アナさんの言うように、料理もおいしい!」
暖められたパイを口に入れると、慣れ親しんだ優しいミルク粥に混ざって、潰したジャガイモの滑らかな味わいが舌の上でほどけていく。
カレリヤパイに何を入れて焼くかは家によって違うとも聞くが、こうしてジャガイモを混ぜるのがカッリやマウリの家ならではのやり方なのだろう。
「ヘイノが話している様子を聞いた限りだと、もっと静かなお店なのかなって思ったけれど。今日はすっごい人だよねえ」
本来、カッリの店は酒場が本業で、あくまで昼の食事処は労働者に軽い昼食を提供する程度のものだという話だ。その証拠に、カウンターの向こうには、如何にも酒場らしく酒瓶が並んでいる。
しかし、生誕祭にあわせて昼も積極的に門戸を開いた結果、道ゆく客人たちはこぞってこの小さな食事処になだれ込んだ。
立地も丁度よかったのだろう。広場の熱狂に浮かれた人々が、喧騒を抜け出てふらりと足を向けた路地にあるため、休憩所としてもうってつけというわけだ。
「ところで、ヨニ。先に聞いておこうと思ったのだけれど、あなたにはザックがどんな人物に見えるかしら」
「え、いきなりどうしたの?」
出会ってまだ数時間と経っていない人間の第一印象を尋ねるなど、アナらしくない性急さだとヨニは意外そうに目を丸くする。
対するアナは、ヘイノと何やら盛り上がっているザックを一瞥した後、
「あなた、彼が同行すると聞いたとき、物凄く嫌そうにしていたでしょう。実際に会ってみて、あなたの印象がどんな風に変化したのか、確認しておきたかったのよ」
アナの返答に、ヨニは気まずげに視線を逸らす。
実際、ヨニはザックの人となりを知っているから嫌がっていたわけではなく、単純に見知らぬ人間が日常に加わることが嫌だと感じていただけだ。
だが、そのような子供じみた主張を今更口にするのは、何とも恥ずかしく思えてきたのだった。
「ええっと……ザックさんは、悪い人じゃないとは思ってるよ。それに、彼が一緒に来るって聞いて嫌な顔をしちゃったのは、ちょっと俺の考えすぎだったかなって、今はそんな感じに思っているところ」
すると、アナは特段驚くこともなく、静かに一度首肯をして、
「あなたは、大雑把な振る舞いをする割りには、存外に心配性よね。見知らぬ人と交流することを避けていては、この先あなたも弟子をとることになったとき、良い手本を見せられないわよ」
「そんな日が来るのかなあー。ぜんっぜん想像ができないんだけど」
皿に盛られたパイの一つを口に放り込みつつ、ヨニはぞんざいに返す。
「そういうアナさんは、ザックさんのことはどう思ってるの?」
以前に比べると、いくらか公平な目であの男のことを見られるようになった今、ヨニはアナの反応も気になっていた。事と次第によっては、先ほどの発言を撤回しなければならなくなるかも、などと思いながら。
「そうね……。彼は、興味深い人だと思うわ。都会育ちというだけあって、私とは違う視点で物事を見ていると感じる場面が度々あるわ。違う視野を持つ人と接することは、あなたの成長にも繋がるでしょう」
実にアナらしい、そつがない言葉の数々だ。ヨニにそれとなくザックとの交流を促しているのも、実に彼女らしい。
「ザックさんから、個人的な話は聞いていないの? 家族のこととか、どこの出身とか」
「そういった話まではしていなかったわね。彼も、私にはそのような質問はしなかったもの。でも、これは私の推測ではあるけれど……恐らく、ザックの身近な人に教会に深く関わっている人物がいるのではないかしら」
「えっ、アナさんもそう思ってるの?」
ヨニもまた、ザックは教会に対して何らかの繋がりがあるのではないかと推理していた。その発想に至ったきっかけは、彼が教会本部から発行された宿泊所の利用許可証を持っていると教えてもらったからだ。
アナもそのことを知っていたのかと尋ねてみたが、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「彼は、ヘイノが制服を着ていないのに、すぐに司祭だと気がついたそうよ。あと、私が司祭だと分かっていても、彼は司祭の称号をつけて私を呼ぶこともなければ、司祭として過剰に敬意を持って接することもなかった。だから、普段から教会に関わっている分、先入観を省いて私に接することができたのではないか、と考えたのよ」
「ああ、確かに。マウリさんみたいな例外はいるけれど、大体の人はそういう呼び方をするものね」
司祭だから、と偉ぶるつもりは毛頭ないが、結果的に司祭である人間は市井の人から一線を引かれることが多い。崇拝と憧憬の念を一身に浴びる一方で、司祭は世俗からは少し離れた位置にいる人だと思われがちだ。
「ヨニの話を聞く限り、私の推測もあながち間違いではなかったようね。きっと、都会の大きな教会に勤めている司祭さまのご友人がいらっしゃるのか、あるいは親戚にそのような方がいるのでしょう」
「……そういうものかなあ。その割には、破格の待遇だと思うけれどねえ」
「都会には都会のやり方があるのでしょう。そこまで気になっているのなら、あなたからザックに質問してみてはどう?」
折しも、ザックはヘイノとの話に夢中になっているようだった。漏れ聞こえているのは、書物のタイトルや作者の名か。ということは、最近本屋に行ったばかりのヘイノに、興味のありそうな本を教えてるといったところだろうか。
「うん、俺もちょっと話に加わってくる。ヘイノとどんな話をしているかも気になるしさ」
「そうね。あまり失礼な振る舞いだけはしないように」
「はーい」
軽い返事と共に、ヨニは「何話してるの?」と身を乗り出して、二人の会話へと首を突っ込んだ。
「……私の顔に何かついているかしら?」
隣に座る少女から声をかけられ、ニコは「わっ」と声をあげた。声の主――アザレアと紹介された少女は、口元を緩やかにつり上げられて、静かにニコの言葉の続きを待っていた。
楽しい昼食も徐々に終わりを迎え、ベリーのジャムを舐めつつお茶を楽しんでいたニコの隣で、アザレアもまた心地よい沈黙に身を委ねているようだった。
ヨニとヘイノは、ザックに向けて、この町や村の見所を伝えていた。その話題の中にアナも加わり、結果的にニコは少しばかり手持ち無沙汰になっていた。
だから、自分の隣で優雅な仕草で――少なくともニコにはそう見えた――お茶を飲んでいるアザレアを、知らず知らずのうちに凝視してしまっていたらしい。
「あ、あの、すみません。まじまじと見つめてしまって」
「あら、謝ることはないわ。あなたが見たいと思ったものを見ていただけなのだから。それに、注目されるのは、私は大歓迎よ。それだけ、私があなたにとって魅力的ということでしょう?」
単純にニコの謝罪を受け止めるだけでなく、流れる水の如くすらすらと並べられたアザレアの言葉に、ニコはひたすらに圧倒されて何度も瞬きをするしかなかった。
じっと相手を見つめるのは、無礼なことであり、相手を不快にさせることだというニコの常識を、アザレアはたった一言で粉々にしていったのだ。
ニコが驚きと困惑に包まれていることに、アザレアも気がついたのだろう。人差し指を口元に当てて、暫く考える素振りを見せてから、
「ただ……そうね。強いて言えば、あなたにとってとびきり魅力的だと感じたところがどこなのか、というのは気になるわね。私に視線を送っていたことを謝罪する代わりに、それを教えてもらえるかしら?」
「えっ、それが謝ることの代わりになるんですか……?」
「他の人はともかくとして、あなたの目によぎってしまった申し訳なさそうな雰囲気が私の願いを叶えることで消えるのなら、是非そうしてもらいたいわね」
ニコは、咄嗟に自分の目に手をやった。シニッカに言われて、自分でも意識している部分ではあるが、何か間違いを犯したときについ思考を先走らせて空回りさせてしまう癖はなかなか抜けないらしい。
ニコが謝罪と罪悪感の渦に自らはまり込む隙すら与えず、アザレアは次なる申し出を口にしたというわけだ。
「えっ、ええと、たとえば髪の毛が綺麗だなとか、着ているワンピースの刺繍が素敵だとか……そういうので、いいですか?」
「そういった具体的なことでもいいし、もっと曖昧なことでもいいわ。ちょっとした仕草であっても、私はそこに『綺麗』が宿ることがあると思うの」
こうやって言葉を交わしながらも、ニコは今まで自分が言葉を交わしてきたどんな人物とも異なる気配をアザレアから感じていた。
ヘイノやシニッカのように、ニコの目線にあわせて言葉を選び、ニコと歩調を合わせるような端々に気遣いと優しさが見えるわけではない。
ヨニのように、気さくで気負いのない物言いで緊張をほぐしながらも、そっとこちらを見守っているというわけでもない。
かといって教室の仲間のように、無邪気に己の感情をぶつけているだけのやり取りとも、また何か違う。
ザックですら、初対面の時は最年少のニコが怯えないようにと気を遣っているとすぐに分かったのに。
(もしかしたら、私に同い年の友達がいたら、こんな感じだったのかも)
そんなことを考えるくらいには、アザレアの態度はとても自然だった。まだ、出会って一日も経っていないのに、アザレアは十年来の友人のように気負い無く、遠慮なく、思うがままの言葉をニコに投げかけてくれる。
きっと彼女は、誰に対してもそのように接しているのではないか。理由は分からないが、ニコは直感でそう思っていた。
「アザレアさんの、とびきり素敵なところ……」
彼女に促されるままに、ニコは隣に座る少女の容姿に目をやる。
ニコとは違う真っ直ぐ伸びた艶々とした髪。子鹿のようにスラリと長い白い手足。身にまとうワンピースの素朴ながらも手間を込めた刺繍の愛らしさなど、ニコが憧れるものをアザレアは幾つも持っている。
だが、もし彼女のとびきり素敵なところを一つだけ挙げろと言われたら。
「……アザレアさんの目が、素敵だと思いました」
「あら、私の目? 色のことかしら。それとも、形?」
「そ、そういうのも綺麗だと思うんですけれど、それだけじゃなくて……アザレアさんって、出会った時からずっと楽しそうで、キラキラしていて、そのキラキラがアザレアさんの目に一番集まっているように見えて……。だから、それが一番綺麗だなって思ったんです」
自分が思うがままのことを口にしてみたものの、随分と抽象的かつ妙なことを言っているように思えて、ニコは俯いてしまう。
けれども、今の言葉に嘘は一つも混じっていない。
アザレアをなんとはなしに見つめてしまっていたのは、ヘイノたちを見つめる彼女の瞳が、ここにいる誰よりも楽しげに輝いて見えたからだ。
不躾な物言いだったかと恐る恐るアザレアの方を見やると、この言葉を聞いても彼女は嬉しそうに口元を緩めていた。
「ふふ、素敵な言葉をありがとう。見た目や持ち物を褒められたことは何度もあったけれど、そんな風に私の内面を褒めてもらう機会はなかなかないから、なんだかうきうきしてきちゃったわ」
よほどニコの言葉が気に入ったのだろうか。彼女は先ほどのニコの言葉を、唇の形だけで何度か辿り直していた。
ひとしきり言葉を噛みしめてから、アザレアはニコへと向き直るだけでなく、ぐいぐいと前のめりになって、
「それに、そうやって相手の輝きを見つけられるあなたも素晴らしいわ。あなたの言葉を借りるようだけれど、私もそんなあなたの目を素敵だと思うもの」
「え、ええ!? わ、私なんて、そんな、アザレアさんみたいにキラキラしてないですっ! 今日も、朝から緊張しっぱなしで……」
「緊張? 何か、あなたが緊張するようなことがあるの?」
「それは……」
心底不思議そうな顔をしているアザレアに、ニコは自分の事情を話してよいものかと悩む。
せっかく、ニコの言葉を褒めてくれたアザレアが、もしニコの出自を聞いて、距離を置こうと思ってしまったら、それはとても悲しいことだ。
アザレアのことを知らないうちだったらいざ知らず、短い間とはいえ、こうして言葉を交わしてしまった後なら尚更。
(でも、アザレアさんは……そういう色んな『普通』から離れて考えてくれる人にも思えるんです。丁度、ヘイノ先生みたいに)
ニコが悩んでいる間も、アザレアは無理に先を促さず、キラキラと輝くものを湛えたその瞳でニコを見つめている。その輝きは、ニコの出自程度の話で曇るほど、儚いものには思えなかった。
やがて、意を決して、ニコは口を開いた。
「わ、私……もとは、身寄りがない孤児で、ずっと下働きをさせてもらっていたんです。だから、こうやって、普通の女の子みたいにお祭りに出かけるのは初めてで……」
ヘイノたちにも話せていなかったことなのに、一度話すと決めたからだろうか。アザレアの薄い空色の瞳を見ていると、不思議なことに、自然に言葉が溢れ出ていた。
「だから、今日の私はちゃんと普通の女の子になれているかなって……そういう形の緊張をしていたん、です」
そこまで言い切って、おずおずとアザレアを見やる。
幸いなことに、アザレアの瞳には侮蔑も嫌悪も全くなかった。ただ、代わりに彼女はきょとんとした顔をしていた。たとえ、ニコが未知の言語でいきなり話し出したとしても、彼女はこんな顔はしなかっただろう。
「あ、アザレアさん……? あの、いったいどうしたんですか……?」
「ああ、ごめんなさい。あなたがあまりにも予想外のことを言うから、ちょっと驚いちゃったのよ」
「そうですよね。私が使用人だったなんて聞いて、やっぱり驚きましたよね」
「その話じゃないわ。私が驚いたのはもっと別のこと」
それ以外に驚く要素があっただろうかと、ニコは首を傾げる。対するアザレアは、驚きを宥めるためにか、カップのお茶で一度唇を湿らせてから
「だって、人間ってみんな違うものでしょう? あなたのいう『普通の女の子』なんて、最初からどこにもいないじゃない」
どこにもいない者になろうとして、怯えて、緊張している。そんな姿を不思議に思ったのだと、アザレアは語る。それは、ニコには全く想像もしなかった考え方だった。
「じゃあ、アザレアさんは、ティモの町をにいる女の子たちのことは、どう見えるんですか?」
「私は彼女たちの名前も人生も知らないけれど、少なくとも彼女たちの名前が『普通』などという、陳腐でありふれたものではないことは知っているわね」
アザレアの視線が、人でごった返す店内に向けられる。そこには、ニコと同い年ぐらいの少女も何人かいた。
「あちらの子ははしばみ色の瞳に、深いブラウンの巻き毛がキュートな女の子ね。近くにいるのは、お兄さんかしら。それとも隣に住む素敵なボーイフレンドかしら。あっちの彼女は、ブロンドヘアをちょっとだけ巻いた、灰色の瞳が涼しげな女の子ね。そばにいるのは家庭教師のレディかしら。周りの大人たちに負けないように、礼儀正しい振る舞い方に注意しているようね」
アザレアに促されて、ニコもちらりと彼女たちを見やる。そこには、ニコが目指す『普通の女の子』がいた。だが、彼女の誰一人たりとて同じ姿をしてはいない。
(じゃあ、私がずっと『そうなりたい』って思っていた普通の女の子って、何なんでしょう……)
思わず、自分の髪の毛を指先に巻き付けてみる。己の身なりに視線を落とす。
「さっきも言ったように、あなたの目指す『ちゃんとした普通の女の子』なんて、私にとっては、どこを探したって見つからないものよ。だから、あなたの緊張は、少なくとも私には的外れに見えるの。強いて言うなら、人間は皆違っていることこそが唯一の共通点と言えるかしら。『ちゃんとしている普通』がそれぞれ違う姿を持っていることだというのなら、あなたは既に十分に、あなたの目指す姿になっているわ」
さらさらと澱みなく語られる言葉は、ニコにはあまりに馴染まない考え方だったために、今すぐにその意味を理解するのは難しそうだった。
だが、アザレアが自分を励まそうとしているらしいということは分かった。そして、励ましの形こそしているものの、彼女はあくまで自分の考えを話しているだけなのだろう、ということも。
「……ありがとうございます、アザレアさん」
「お礼を言われるようなことをしたつもりはないのだけれど、あなたがそう感じたのなら、ありがたく頂戴しておくわ。どういたしまして」
さらっとお礼の返事を口にするアザレアを、ニコは先程までとは異なる感慨とともに見つめていた。
最初は、ヨニの知らない一面を引き出す彼女にただただ驚かされた。食事のときは、全力でこの瞬間を楽しんでいる彼女に惹かれた。
だが、今はただ彼女の輝きを眺めているだけではなく。
(私も、あんな風に自信たっぷりに自分の意見を口にできるようになってみたいな……)
そう考えて、ニコは今日の自分にずっと不足していたものを、ようやく見つけ出せたように思えた。
『普通の女の子』に見えるかどうかを気になってしまっていたのは、きっと自分はこれで大丈夫だ、という自信が自分の中でしっかりと根を張っていなかったからだ。
そして、アザレアはニコの持たないそれを、溢れるほどに持ち合わせているのだろう。
「ところで、ニコ。私とは違う形で『ちゃんとしている』あなたの話を、もっと聞かせてくれるかしら」
「私の話、ですか? そんな、アザレアさんが面白く感じるような内容は……」
そこまで言いかけて、ニコは心の中で小さくかぶりを振る。つい先ほど、自分の中に自信を強く根付かせたいと決意したばかりなのだ。
ニコの中にも、かけがえのない鮮やかな思い出の一つや二つはある。
確かに、これまでは胸を張ってそう言えなかったかもしれない。だが、ヘイノに手を差し伸べられ、アナに懺悔を聞いてもらい、シニッカの腕に飛び込んだ今の自分なら。
「今の暮らしのことでも、これまであなたがどうやって過ごしてきたかも、これからどんな風に過ごしたいかも、あなたの話したいことを何でも話してちょうだいな。私、そうやって新しい友達の話を聞くのが大好きなの」
やや風変わりな趣味に聞こえたものの、自分に自信を教えてくれた友人の願いだ。できることなら自分も彼女も満足できるようなお話がないかと、ニコは早速記憶の引き出しを探り始める。
「えっと、それじゃあ、この前の豊穣祭のときのお話をしますね。パユヴェシ村では、子供たちが御使いさまの仮装をして、ネコヤナギを持ってお家に行くんです。昔から、そういう決まりになっていて……」
拙いながらも、懸命に話すニコの言葉に、アザレアは笑みを浮かべつつ耳を傾けていた。
時に好奇心旺盛な子供のように無邪気に続きを促すときもあれば、、時に長い時を生きた老人のように、静かに続く言葉を待つこともある。
そんなアザレアの多彩な合いの手に促されるうちに、ニコは村で過ごした日々を幾つも彼女に語り聞かせていたのだった。




