↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らはソラを謳う  作者: 千代里
幕間1の2つめ「ニコのお使いの話」
PR
36/58

幕間1・2-9

 コンコンコン、と扉をノックする音。それを聞いた瞬間、ヘイノは弾かれたように立ち上がった。

 キッチンの椅子に腰を下ろしたのはほんの十分ほど前のことだが、休む暇もない。しかし、今日に限ってはその忙しさが嬉しくもあった。

「次は、誰が来たのかな?」

 同じようにキッチンの片隅で休息を取り損なったヨニは、声を弾ませながら尋ねる。

「近所の子供たちは、あらかた顔を見せてくれましたよね。そうなると、あとはもう少し奥地から来ている子供でしょうか?」

「あるいは、先に奥地を回って俺たちは後回しにしているとかね。司祭様の家に行くのって、普通は緊張するものらしいから」

「俺たちに限って言うなら、あまり緊張はされてないように思いますよ。さっきのテームたちを見たでしょう?」

「まったく、あいつらと来たら! 御使いさまじゃなくて、狩人が来たのかと思ったよ」

 話をしながらも、ヘイノはキッチンの机に置かれていた籠を手に取る。籠の中には、カラフルな包み紙のお菓子が小山を作り上げていた。

 一方、軽口を叩いていたヨニが先んじて玄関に向かい、扉を開く。数秒遅れてヘイノが顔を見せると同時に、二人の目の前を色鮮やかな羽の群れが乱舞した――ように見えた。

「ヘイノせんせー! 幸せになるおまじない、かけてもいいかしら!」

「アウリちゃん、枝が先生たちにぶつかってますよ」

「あら、失礼しましたわ。でもこれ、とーっても綺麗でしょう! お兄様が、とびきり綺麗な色を集めて染めてくださったの!」

 玄関先に並んでいたのは、ヘイノたちの生徒でもあるアウリとニコだ。

 アウリは、自分が持っているネコヤナギの枝の束をパタパタと振る。花穂がたくさんついた枝には、本人が言うように、鮮やかな色の羽が風変わりな花のようにひらひらと揺れていた。

 アウリが、あまりに勢いよくヘイノの鼻先で枝を振り回すので、ヘイノはくしゃみをしそうになるのを必死で堪えなければなかった。

「アウリもニコも、随分と綺麗な枝を持っていますね。ニコも家の人と作ったのですか?」

「はい、そうなんです。ベロニカさんが、近所の人に頼んで羽をいっぱい持ってきてくれて。シニッカさんが、余っていたリボンで私の持ってきたネコヤナギにくくりつけてくれました」

 ヘイノの質問に答えながら、ニコも華やかに装飾が施されたネコヤナギの枝を軽く振る。

「二人は、どんな御使い様になったのかな。アウリが白猫で、ニコは……黒猫?」

「ええ! 最初は、始祖様とお揃いの白い鳥にしようかと思っていましたのだけれど、ニコが黒猫にするって言うから、それに合わせてわたくしは白猫にしたのですわ!」

「ニコの家には白猫と黒猫がいますから、その意味でもお揃いですね」

 アウリがヨニに説明したように、ニコはワンピースと同じ生地で作られた猫の耳を模した飾りを頭につけていた。ワンピースの部分にはいくつか花の刺繍が施されていて、黒猫の装いとしてではなく、普段着としても着られるようになっている。

 同じように、アウリも黄色がかったやわらかな白い生地のワンピースに、猫のような耳の飾りをつけていた。

「では白猫と黒猫の御使いさん。俺たちにおまじないをかけてもらえますか?」

 ヘイノは、今日すでに何度も口にした言葉を二人へと投げかける。

 すると、ニコはアウリと顔を見合わせて、揃って口元を笑みの形に変えた。小さな猫たちは、ネコヤナギをヘイノたちへと振りかざし、

「「ヴィルボン・ヴァルボン! あなたが健康で幸せな一年を送れますように! あなたには枝を、私にはご褒美をくださいな!」」

 まるで、聖典の一句を諳んじるように二人は揃って同じ言葉を口にする。それは、豊穣祭に参加する子供たちが口にする決まり文句であった。

 ――豊穣祭。

 それは、荒れ果てた大地に渡ったばかりの当時の人々が、長い苦難の末に漸く大地の恵みを得たことに感謝を捧げたことにちなんだお祭りだ。

 無論、その大地の恵みには始祖も深く関わっている。始祖は、女神から授かった奇跡の石――聖石の力を元に、荒廃した土地を緑豊かな大地へと変えたからだ。

 だが、奇跡の力は始祖が授かった石のみに限られた話ではない。女神は、自らの力の一端を己の使いに預け、始祖を導く使徒として地上へ向かわせたと伝えられている。

 女神の奇跡を担った使いは、普段は動物や植物に姿を変え、始祖とその子孫を見守っている。人々が得た恵みは、聖石の力だけではなく、女神が遣わした御使いの協力もあってこそ、というわけだ。

 故に、その逸話に倣い、この祭りの日に子供たちは女神の御使い――動物の仮装をする。そして、春の象徴であるネコヤナギを片手に、家々を訪問するのだ。

「始祖が女神様から授かった奇跡には及ばないかもしれないけれど、これで先生たちは一年健康でいられますわ!」

「ありがとう、アウリ。それにニコも。小さな御使いさまたちに祝福されて、俺たちはとても幸せですよ」

 二人から渡された羽つきのネコヤナギをそれぞれ受け取り、ヘイノは玄関先に置いていた花瓶にネコヤナギを挿す。そこには、既に二人を訪問した子供たちのネコヤナギが何本も並んでいた。

「では、先生。ご褒美をくださいな、です」

 ニコがおずおずと、アウリが勢いよく差し出した籠に、ヘイノは用意していたキャンディを籠の中に入れる。ここ数日、買い込んだ蜂蜜やベリーのジャムを使って作ったものだ。

「これ、先生のお手製なんですか?」

「うん。村の人たちに教えてもらって、準備をしたんだよ。俺たちはいつも作っているから、そんなに大変じゃなかったんだけど……」

「流石に量が量ですから。近所の方とも協力したのですが、一日がかりになりましたね」

「でも、どうしてそんなに沢山作ったんですか?」

 ニコの質問は、もっともなものだった。

 パユヴェシ村には何人も子供がいるが、一日がかりでキャンディを用意しなければならないほど沢山の子供がいるわけでもない。お祭りに参加する子供の年齢を考えれば、その数は二十にも満たないだろう。

「先日、俺とアナさんがお祭りのことで皆さんの家を巡っている、という話をしたでしょう。実はあの後、普段はお祭りに参加できない人も今年は参加できるようにしたいって話になったんです」

 祭りのことは知っていても、お菓子の準備ができない家もある。そのような家は、毎年子供たちの訪問を受け付けないと、あらかじめ印を玄関に掲げることになっていた。

 その多くは、家庭を持たずに独り身で生活していたり、連れ合いが先立ってしまったりといった理由から、子供たちと交流する機会を失った者たちだ。

 豊穣の祭りは、子供たちと子供がいる家庭だけのもの。そんな先入観がこれまで村に根付いていたのだが、それに疑問を投げかけたのがアナだった。

「元は教会の教えにも基づくお祭りですから、教会に来ている人が皆参加できるように準備をするのも、司祭の務めではないかと考えたんです。それで、改めて家々を訪問して、お菓子を用意してもらえるなら参加してもいい……と言うことになりまして」

「だったら、後は数を準備するだけだからってことで、俺たちも交えて沢山お菓子を用意したってわけ」

 ヘイノの後にヨニが続いて、その時の状況を説明する。

 パユヴェシ村は、これまで村に教会そのものがなかった。普段の礼拝ならいざ知らず、お祭りともなると、その地に暮らす人々との関係に注意しながら調整をしていく必要がある。ティモの町の司祭ではそこまで気を回す余裕がなく、行事の采配は村人たちに一任されていた。

 新しく村にやってきたアナ司祭は、今後そのような行事に関わる調整役としての意味も持つようになるだろう。そして、自分たちはその補佐をせねばなるまい、とヘイノもヨニも己の立場を自覚していた。

「ああ、だからいつもは行かないハーカナさんの家やレイヴォさんの家にも行くように、とお母様がおっしゃってたのね」

「えっと、湖の近くにあるお家の方ですよね。普段は行かないのですか?」

「行きませんわ。だって、滅多に顔を合わせないのですもの。でも、これからはもうちょっと顔を見に行ってもいいかもしれませんわね」

「ニコは、もう村の奥地まで行きましたか? せっかくなので、皆さんに挨拶をしていくといいですよ」

 ヘイノやヨニの説明を聞いて、ニコはシニッカが自分に祭りの参加を促し、ニコが主役だとまで言い切った理由が分かった気がした。

 単純に、子供だから参加するべきである、と思っているのかと考えていたが、恐らくそれだけではないのだろう。

 ここに来るまでに、随分と多くの家を訪ね歩いた。訪問時にやったことは、先ほどのようなおまじないと、お菓子の受け渡しだけだが、結果的にニコは村中の人に自分の顔を教えることになった。

 もし、先日のようにニコが迷子になっても、今度は村中の人がニコを探すことができる。そのような緊急事態ではなくとも、互いの顔を覚えておくことは、双方にとっても意味のあることだ。

(私は、もうティモの町にいる使用人の私じゃない。シニッカさんの家の子供なんですね)

 今までうっすらと感じていた疎外感が、数々の訪問を振り返るごとに薄れていくような気がした。

 ネコヤナギの枝には、リボンで結ばれた様々な色の羽が揺れている。この羽は、ベロニカが持ってきてくれたものだ。これもまた、ティモの町にいたニコでは手に入れられなかった縁が齎したものである。

「ニコ、少しいいですか」

 アウリがヨニに枝を見せている傍らで、ヘイノは膝を折り、そっとニコに声をかける。

「先日、迷子になったと聞きましたが……あれから、大丈夫でしたか。無事に帰ってきたとは聞いていましたが、怪我などはしていませんでしたか」

「はい。怪我もしていませんし、風邪もひいていません。シニッカさんには、心配をかけてしまいましたけれど」

 ヘイノの表情が曇ったのを目にして、ニコは慌てて首を横に振る。

「でも、それでシニッカさんと仲が悪くなったわけじゃないんです。私が、ちょっと一生懸命になりすぎてしまったというか、空回りしてしまっただけで」

 ネコヤナギの枝をぎゅっと握り、ニコは先日教えてもらったばかりの言葉を思い出す。

「……私、いっぱい頑張らなきゃって思ってました。シニッカさんにも、ヘイノ先生たちにも、たくさん助けてもらいましたから。でも、シニッカさんは、頑張らないことも大事だって言ってくれたんです」

「頑張らないことが大事……ですか」

「はい。休むことを自分に許してあげましょう、って。ですから、今はその勉強をしています。頑張らないやり方の勉強を」

 始祖が定めた休息日を知っている司祭にとっては、休息の重要性などわざわざ語るまでもないことだろう。ニコはそう思ったが、意外にもヘイノは微かに目を見開いていた。

「……ヘイノ先生?」

「ああ、いえ。そうですね。シニッカさんの言う通りだと思います。ヨニ曰く、俺も一人で頑張りすぎてしまうところがあるそうですから、ちょっと耳が痛いですね」

「なんだか意外です。ヘイノ先生は、私よりもずっと大人ですから、そういうことも全部知っているものだと思っていました」

「知っていることと、実際にできるかどうかは全く別ですよ。俺も、日々勉強をしている身です」

 そう言うと、ヘイノは「次の家があるでしょうから」とニコとアウリを送り出した。

 ネコヤナギの枝を揺らしながら、アウリとニコは事前に用意していた訪問先の一覧を書いたメモを取り出す。

「ニコ、次はどこにしますの?」

「ええと……それじゃあ、ベロニカさんの家――カムさんの家に訪問しましょうか」

「あそこの家、いつも行ってはいますけれど、当たり外れがありますのよ。優しい顔のおばあさまなら丁寧に持て成してくれますけれど、怖い顔のレディの場合、つっけんどんな対応をされてしまいますの」

 アウリは訳知り顔でそう言うものの、彼女の言葉を聞いてニコは口角を緩めてしまった。なぜ笑うのか、とアウリが首を傾げていると、

「その怖い顔のレディは、分かりづらいかもしれませんが、とっても素敵な方なんですよ」

「ええっ。全くそんな風には思えませんわ!」

「いいから、いいから。それなら、怖い顔の方が出てきましたら、私が先におまじないをかけますね」

 そっと吹き込んだ春風が、ニコたちの持つネコヤナギを揺らす。村中に幸運を送るため、小さな御使いたちは足取り軽く、次なる家へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。