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僕らはソラを謳う  作者: 千代里
序章
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序章・三話

 教会からヨニが言う『俺たちの家』に向かうまでの距離は、ティモの広場から延々と歩き続けたヘイノにとっては、あっという間と思えるほどに短いものであった。

 時折、近況を語るヨニに相づちを打ちながら歩き続けること、十分ほど。先を行っていたヨニは、落ち着いた臙脂色に塗られた屋根が特徴的なこぢんまりとした二階建ての家の前で足を止めた。

 見た目は、教会に行く途中に見かけた民家と大差ない。大きさも、豪邸とは到底言えないが、兄弟ともう一人いると聞いている司祭の三人が暮す分には全く問題ない広さだろう。

「教会が建てられるちょっと前に、司祭さまが暮らせるようにって、周辺の人が用意してくれたんだってさ。だから、まだちょっと塗装の臭いとか残ってるかも」

「構いませんよ。そのうち慣れるでしょうから」

 家の手前には、今でこそ夕闇に沈んでいるが草花を育てるための前庭がある。まだ春の足音が遠い今は暗く沈んで見えるが、暖かくなる頃には緑に覆われる日が来るかもしれない。

 踏み固められた小道の先には、張り出しの玄関口が二人を出迎えてくれていた。

 勝手知ったる我が家といった様子で、ヨニは無造作に玄関の扉に手をかける。勢いよく扉を開いてから、彼は更に廊下に続く戸を開いた。外で待っているわけにもいかないだろうと、ヘイノは恐る恐る家へと足を踏み入れる。

「ただいまー、アナさん。ねえねえ、聞いてよ! さっき、教会の後片付けをしていたら、誰に会ったと思う? 当ててみてよ!」

「ヨニ。いつも言っているけれど、そのような時間の無駄にしかならない問答はやめなさい。それとも、私が当てて、あなたに何か良いことでもあるの?」

 聞こえてきたのは、女性特有の柔らかな声音だった。静かな語調ではあったが、ヨニの話していたアナ司祭は間違いなく女性だろう。

 名前から既にある程度予想できることではあったので、これが彼の言う『驚き』なのだろうかとヘイノは首を傾げる。

「アナさんは、いっつもそうなんだからなー。もうちょっと乗ってくれてもいいのに。でも、今回はアナさんも絶対に驚くよ!」

 ヨニがアナという女性司祭と話している傍らで、ヘイノはそーっと弟の背中から顔を覗かせる。

 そして、アナをその目で見た瞬間、ヘイノはヨニが『驚く』と言った理由が分かった。

 ヨニと話していた相手――その人物が、妙齢の女性だったからである。

 夜の空のように深い紺色の髪は、その厳粛そうな性格を裏付けるかのように、一分の隙もなく、きっちりとまとめあげられている。春の川を思わせる澄んだ翡翠色の双眸には、冷たさこそなかったものの、厳格な司祭然とした空気は漂っていた。

 丈の長い黒を基調とした司祭用のローブに、白い石がはまった大ぶりの耳飾りが揺れている。その装いからも、彼女が見習いたちを預かる司祭であることは間違いあるまい。

 声音からは年齢が推測できなかったことと、見習いを二人も抱えるという状況から、てっきり四十は超えた年配の司祭を漠然と想像していたので、この時ばかりはヘイノも目を丸くして純粋な驚きを覚えていた。

 だが、驚いたのはヘイノだけではなかったらしい。ヨニの背後からそろそろと顔を見せたヘイノの視線と、アナのそれがぶつかった瞬間、彼女もまた切れ長の瞳を一度ぱちくりとさせた。

「……確かに驚いたわ。あなたが、ヨニが話していた双子のお兄さん?」

「は、はい。ヘイノです。ヘイノ・フィルップラ」

 話しかけてきたのは、これから、自分が世話になる相手であり、司祭としても先輩の相手だ。今日出会ったどの人と接するときよりも、一番に気を引き締めて自己紹介をする。

「はじめまして。私は、アナスタシア・エルヴァスティ。アナと呼んでくれて構わないわ。どうぞよろしく」

 すっと差し出された手を、ヘイノは緊張に震えながら握り返す。握手を終えてから、アナはヘイノと、その隣に並ぶヨニを交互に見やって、

「前々から聞いてはいたけれど、あなたたちって本当にそっくりね。黙ってそうして隣に並ばれると、どっちがどっちか分からなくなりそうだわ」

 アナがそう言うのも無理もない。

 廊下の照明を受けて淡く輝く金髪を、肩ほどまでの長さに流した髪型も。揃いの青と琥珀の色違いの瞳も。そのどれもが、二人が共通して持つ色合いだ。

 強いて言うなら、瞳の色の配置だけが異なっているが、その違いをぱっと見て判断できる人物はまずいないだろう。

「へへ、そうでしょ。故郷でも、しょっちゅう間違えられてたんだよね」

「でも、話したらすぐに分かるわね。それに、表情もよく見たら全く違う。ヨニ、あなたの方が落ち着きがない顔をしている」

「えっ、ちょっと! それってどういうこと!?」

「そのままの意味よ。それよりも、こんなところで立ち話をいつまでも続けていたら、体が冷えるわ。ヨニ、ヘイノに部屋を教えてあげなさい」

 荷物を置きたいと思っていたので、ヘイノとしてもアナの提案はありがたかった。だが、傍らにいる双子の弟は、どうやらそうではなかったらしい。何やら気まずげに視線を逸らし、

「へ、部屋の案内なら、夕飯の後でもいいんじゃない?」

「……ヨニ。あなた、昨日のうちに部屋の準備をするように言っておいたわよね。もしかして、まだやってないの?」

「今からやるから、ちょっと待ってて!」

 ヨニが渋ったのは、アナの言いつけをすっかり忘れていたためだったらしい。そうなると、ヘイノが部屋でゆっくり休むまでは、もう暫く時間がかかりそうだ。

 アナからの無言の圧力に屈したヨニは、ヘイノを玄関に置いて、玄関近くから二階へと繋がる階段を猛然と上がっていった。残されたヘイノは、呆然と彼の後ろ姿を見送るしかない。

 まだ自己紹介しかしていない先輩司祭と二人きりという状況は、些か気まずいものがある。もっとも、ヨニと共にいても、何も覚えていない状況が露見しないかという不安と背中合わせになってしまうのだが。

「兄のあなたにわざわざ言うまでもないことだろうけれど、ヨニは私の所に来てから万事あの調子なの。一人前の司祭と呼ぶには、いささか迂闊が過ぎるかしら」

「それは、司祭として失格……ということですか?」

「いいえ。あのような愛嬌が、必要になる場面もあるでしょう。ヘイノ、といったわね。あなたは、もう少し肩の力を抜いた方がいいわよ。私の軽口をそこまで重く取っていたら、気持ちが保たないでしょう」

 世間話として話したつもりだったが、ヘイノが今後の進路に関わるような深刻な受け取り方をした。それを見て、アナはヘイノのものの見方に偏りがあると思ったのだろう。

 月並みだが、緊張を解きほぐすためのその言葉には、指導の意味合いも含まれているように思えた。

「……すみません」

 だが、今のヘイノに言える言葉はこれしかない。自分がどう返事するべきだったのか、彼の中の引き出しにある答えはあまりに少ない。

『ヘイノ』としても。司祭としても。

「まあいいわ。長旅で疲れたでしょう。夕食が近いから、台所の準備はしておいたの。まずは、そこで寛ぐといいわ。ついでにヨニの準備が終わるまで、これからの話をしましょう」

 そう言うと、アナはヘイノを先導するように、階段の裏手にある、玄関から見て右手側にあった扉を開いた。

「先ほど通り過ぎた、玄関の手前の左側の部屋が客間ね。その向こうが居間。それで、こちらが台所になっているわ。普段は、ここで食事をすることになるから、覚えておいて」

 アナの説明の通り、扉の向こう側には居間とキッチンを兼ねた空間が広がっていた。部屋の奥に据えられたキッチンストーブからは、冬の名残を思わせる冷えた空気を追いやるように、ごうごうと熱が放たれている。

 食事をとる場所としても使うためか、簡素なテーブルと椅子が部屋の片隅に置かれていた。

「とりあえず、そのあたりに座ってちょうだい。お茶を用意するわね」

「いえ、それぐらいは俺がやります。見習いの仕事って、そういうものもあるでしょうから」

「あなたの言う通りではあるけれど、まだあなたはカップの位置も分からないでしょう。そんなに慌てなくても、いずれ仕事はたくさん任せてあげるわ」

 アナから正論を返されて、自分が前のめりになっていることをヘイノは自覚する。町に着く前から、司祭としての心構えを強く意識していたのが、ここでは裏目に出てしまったようだ。

 大人しく椅子に腰を下ろしながらも、ヘイノは次こそは自分が淹れられるように彼女の一挙一動を目で追いかけた。

 程なくして、アナは湯気の漂う紅茶の入ったカップと、ベリーのジャムが入った小さな器を添えて出した。夕飯が近いので、口寂しさを紛らわせるためのものだけを用意したようだ。

「それでは改めて。パユヴェシの教会にようこそ。ヘイノ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 椅子に座ったままで、ヘイノは深々と頭を下げる。

 玄関口ではヨニの言動に振り回されて、礼節を重んじた態度とは言えないやりとりになってしまった。

 だが、相手はこれから先長らく世話になるだろう相手だ。たとえ、思っていたより若い女性だったとしても、本来ならばもっと敬意をもって接するべきだと、改めてヘイノは態度で示す。

 しかし、ヘイノが下げた頭を上げたとき、アナは少し意外そうな顔をしていた。驚くというほどに明らかな変化ではないが、どう反応したら良いか戸惑っているかのような。

「……何か、おかしなことをしてしまいましたか?」

 自分の振る舞いに誤りがあるなら、早急に修正せねばならない。それが司祭として必要ならなおのこと、とまたぞろヘイノが前のめりになりかけたところを、

「いいえ。ただ、ヨニと比べてあなたは随分と、気を張っていると思ったものだから。ヨニは、私と初めて会った時からあの調子だったものだから、その兄というのも似たようなものかと思っていたわ」

 ヘイノの中には、ヨニと過ごした日々の思い出はない。だが、目を覚まして再会してから何度か言葉を交わしたことはあり、その時の振る舞いからも、弟は楽天的かつ明朗快活な性格だと認識していた。

 しかし、それはあくまで家族や親しい人間相手に限られているのではと思っていたが、そういうわけでもないらしい。アナの言葉にあわせて、笑顔を作ろうとしたとき、

「一夜にして、原因不明の大火で故郷と家族を亡くしたと聞いていたから、もっと悲壮感に満ちているものかと思ったわ」

「――――っ」

「あなたは、司祭である私と対面することに緊張はしている。でも、隣人や家族を亡くしたことの悲しみに囚われている気配はない。それはそれで、私としては助かるのだけれど、少し意外に思えたのよ」

 そこで、アナはカップに手を伸ばし、紅茶を口に含む。その間に、自分の言葉を聞いて、ヘイノがどんな変化を見せるか観察しているかのようだった。

 ソーサーにカップを置く硬い音が響く。窓から差し込む夕陽はとっくの昔に深い闇に落ち、二人の間にある燭台の灯り以外の照明もないため、部屋全体が夜そのものに取り込まれたようだった。

「配慮に欠けた物言いになってしまったかしら」

「……いえ。この先、共に暮らす者としては必要なことだと思いますから」

「そう思ってくれたならよかったわ」

 アナの回答を聞きながらも、ヘイノは自分の振る舞いはこれでよかったのだろうかと、彼女の表情からその心情を読み取ろうとした。だが、カップの水面を見つめる淡いグリーンの瞳からアナの気持ちを読み取るには、ヘイノは彼女を知らなさすぎた。

 アナの言葉に間違いはない。

 ヘイノにとって始まりの記憶となったあの目覚めの直前、そのような大きな事故が故郷であったらしいとは後から聞いている。恐らく、ヘイノの記憶が損なわれたのも、その大火が原因だったのだろう。

 ヨニがヘイノの無事を泣くほど喜んだのは、彼の家族や隣人と呼べる人がヘイノしか残っていなかったからだ。

 ヘイノがヨニを見捨てきれない理由の一つも、そこにあった。

 もし、弟に何も覚えてないと伝えれば最後、ヨニは自分の思い出を共有する相手を全て失ってしまう。それは、あまりに寂しいことだ。思い出を持たないヘイノだからこそ、そのように感じずにはいられなかった。

「……ヨニにも同じようなことを?」

「いいえ。あの子は、見ていてわかるわ」

「まあ、確かに悲壮感とは無縁に見えますよね」

 あの通り、ヨニは楽観的な性格の持ち主だ。そのおかげで、ヘイノは危ない綱渡りをこうして続けていられている。

 アナは同意の言葉は口にせず、お茶請けのジャムを口に含んでいた。語るまでもない、ということだろうか。

「ともあれ、私はあなたたちの境遇を気の毒には思うけれど、それに配慮して、あなた達をかわいそうな子供扱いするつもりはない。そのことを先に伝えておきたかったの」

「はい。俺も、そのような扱いは望んでいませんから」

 司祭としての気構えもあるが、ヘイノ個人の事情としても、腫れ物に触るような扱いは避けてほしいところだった。

 何せ、腫れ物であるところの事故のことを、ヘイノは何も覚えてない。失った家族や隣人と過ごした日々も、彼の中では白紙そのものだ。それに対して同情されても、適切な対応ができる自信がなかった。

「あなたもヨニも、話が早くて助かるわ。だって、人手はいつだって足りないのですもの。あなたたちの休暇については、残念ながらあまり期待しないでおいてね」

 そこで初めて、アナは苦笑と微笑みを混ぜた笑みを口の端に浮かべてみせた。

 そうすると、先ほどまでの凛とした厳粛な雰囲気がいくらか和らぎ、薄暗かった室内も不思議と二人を包む心地よい隠れ家のように思えた。

 つられて、ヘイノの口角もゆっくり持ち上がる。それは、今日一日ずっと浮かべることのなかった、自然な微笑みであった。

(アナさんなりに、俺の立場や、どう接していくつもりかをきちんと説明しておきたかったんだろうな)

 そう考えれば、不躾とも思えるほどにはっきりと過去のことに触れた理由も分かる気がした。

 この人とならば、自分は肩に力を入れすぎず、しかし気を緩めすぎることもなく過ごせるのではないか。ヨニと話していた間も特段、記憶について疑われる場面もない。ならば、ヨニとも存外うまくやっていけるのではないか。

 これまで不安だらけだった時間の中でようやく得た、微かながらも確実な安堵。それが、彼の強張っていた口の端を緩めてくれていた。

「俺はここに休みに来たわけではありません。仕事があるのは、望むところです」

「それなら、遠慮なく色々と頼ませてもらうわ。その前に、ヘイノ。あなた、体の方はもう大丈夫ということで良いのかしら」

 アナが体調について尋ねたのも、先だっての事故の件と関係があった。

 原因不明の大火の中、唯一助かった双子のうち、ヘイノは記憶の消失だけでなく、肉体にもいくつか大きな怪我をしていた。彼が目覚めてすぐ、体に痛みを覚えたのはそのせいだ。

 外傷は二週間もすれば殆ど治ったのだが、問題は体を支える骨の一部にヒビが入っていたことだった。そのため、ヘイノはしばらくベッドからなかなか降りられず、動けるようになってからは、今度は寝台での生活で衰えた体力を回復させるのに注力する必要があった。

 一方、軽傷だったヨニは、入院生活を続ける片割れを置いて、一足早く見習いとして赴任したというのが、ヘイノの知るここ数ヶ月の経緯だ。

 ヨニ曰く「一足早く着いて、ヘイノが来た時には仕事を教えられるくらいになっておく」とのことだったが、部屋の準備をうっかり忘れるくらいには忙しい日々を送っているのだろう。

「はい。今はもう、すっかり。今日も、ティモの広場からここまで歩いてきました」

「それはまた、随分と歩いてきたわね。寒かったでしょう?」

「歩いていると体が温かくなりますから、そんなに冷えませんでしたよ。雪も降っていませんでしたし」

「そういえば、あなたの故郷はここよりもずっと雪が降るところだったわね。だったら、こちらはずっと暖かく感じるのかしら」

 世間話に適度に頷き返しながら、ヘイノはようやく出してもらった紅茶に口をつけた。

 急いで出したせいか、茶葉の味はやや淡くぼけていたが、お茶請けとして出されたジャムの甘酸っぱさを引き立たせるには丁度いい。

(この辺りは、『前の俺』が暮していたところより暖かいのか。覚えておかないとな)

 実際のところ、ヘイノは故郷の気温がどうだったのかという思い出はない。

 だが、彼は何も覚えていないわけでもない。

 ジャムを目にすれば甘酸っぱい味を想像できるし、紅茶の味わいも予想がつく。春になれば花が咲くことも、冬になれば雪が降ることも知っている。味覚以外にも記憶とは異なる形でヘイノの中に残っているものはあった。

「その様子なら、ヨニと同じ仕事を任せても大丈夫そうね。細かいところは、実際に任せるときに説明することになるだろうから、今は簡単に触れるだけにしておくわ」

 そう前置きを挟んでから、アナは見習いである二人にやってもらいたいことの説明を始めた。

 教会の管理者としての清掃や備品の確認。『太陽の日』の礼拝前の準備や、礼拝に来た人々の案内。礼拝の後に開かれる、子供向けの教導の際の指南役。

 祝い事や祭りの日にあわせたお菓子や花の準備。他にも、教会に保管されている資料の整理や、人々の仲介や土地の管理の手伝いを行うアナの付き添いなども、見習いがしなければならない業務の一つだ。

 もちろん、ヘイノたちが暮すこの家の清掃や食事の準備も仕事のうちに入る。

 そして、アナが提示しているこれらの業務を、ヘイノは当然のものとして受け入れていた。

(……ということは、以前の俺はこれらのことを知っていたんだろうな)

 ヘイノの中に、過去の思い出はない。だが、常識や知識と呼べるものの一部は残っている。

 もしそうでなかったら、ヘイノはこうして乗り合い馬車に揺られて町に辿り着くことも、それどころか服を身につけることすらできなかっただろう。

 おかげで、ヘイノは人並みに生活を営む程度のことはできる。もっとも、その知識を身につけた記憶がないため、違和感は覚えてしまうのだが、今はそんなことに拘泥している余裕はない。

「それで、早速なのだけど、明日からヨニの手伝いをしてもらえるかしら。一人では手一杯のようだから、彼を手伝ってあげてちょうだい」

「わかりました。一人で手一杯というのは、資料整理か何かでしょうか?」

 腰を落ち着けて作業をするのはヨニは苦手そうだ、とヘイノが思っていると、アナは全く予想外の言葉をヘイノの耳へと放り込んだ。

「いいえ。学校よ」

「え?」

「だから、学校。近所の子供たちが、昼過ぎから数時間教会に来て、言葉やら計算やら歴史やらを学ぶの。あなたとヨニは、その先生」

 アナがにべもなく告げたその言葉が、今日一日のどんな出来事よりもヘイノを驚かせたのだった。


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