――ぬくもり――
ずーん…
私は後悔していた。
クオンと結ばれたことでは無い。
あっ、クオンと言うのは彼の名前。
永遠、悠久、彼方、久遠……彼が自分を差す言葉が、揃いも揃って似たようなものだから、愛し合ってる内に、自然と一番名前っぽいもので呼んでた。
最初に呼んだ時は彼も驚いたけど、直ぐに優しい顔になった。
多分、間違ってなかった。
いや、そうじゃない。
それは問題ない。
それも問題ない。
取引に於いて、対価を先に支払うのは珍しいことではない。
本物の契約は反故に出来ないし、私は彼を信じている。
何より気持ち良かった。
生まれて初めての経験。
吟遊詩人の歌は話半分に聞いてたけど、痛いのも気持ちいいのも想像以上だった。
まだ身体の中に彼がいるような感じがする。
股の痛みは治療神術で既に治まっている。
神術万歳。
神様ありがとう。
今までで一番感謝してる。
…そうではない。
問題は順番でも結果でも無くて、やった場所。
背中が痛い。
迷宮の床はベッドでは無いから当然だ。
お互いの服を下敷きにしてやったけど、焼け石に水。
背中に手を回したり、抱き締めたり、持ち上げたりしてくれた彼は、もっと痛かったと思う。
でも仕方ないじゃない。
折角盛り上がったところで、離れた場所にある自室に誘うなんて、いい雰囲気がぶち壊し。
柔らかい布団と雰囲気を天秤に掛けた結果、私は後者を取った。
私は自分で思ってたより、ずっとロマンチストだったらしい。
でも私は謝らない。
いっぱい盛り上がったし、私は別の場所が痛かったから。
もし宮廷でやってたら、分厚い扉越しに、声が漏れたんじゃないかってくらいに盛り上がった。
この思い出の前では全てが許される。
今も太くない腕で、私に腕枕をしてくれていることは、起きたら礼を言ってもいい。
…と思っていた時代が、私にもありました。
「どうしてこうなった?」
事の発端は、あの後直ぐ。
クオンの愛する美しいお腹が空腹を訴えたので身を起こすと、寝た振りをしていた彼も起きた。
気持ちは分かる。
私だって彼が先に起きたら同じことをしていた。
それから私の研究室に移動した。
異界の迷宮内と言っても、私にとっては一年を過ごした生活の場。
食料を求めて外に出る度に色々持ち込んだので、生活に必要な物は大体揃っている。
入り口には、見張りに立たせた上位魔神。
見上げるような巨体に、捩じれた禍々しい角、全身を覆えそうな大きな羽、棘の生えた尻尾を持っている。
異界の一人暮らしには、これくらいの用心は当たり前。
近所に住んでる淫魔の女王だって、下位魔神のダースは飼ってるんだから、この程度は可愛いもの。
見張りの魔神は私たちを見つけると、子猫が三頭地獄犬を連れてきたような、珍妙な顔で出迎えた。
そんな顔も出来たのね。
何重にも結界を張った研究室は、広いけど狭い。
物が増える度に、魔術で掘り広げただけの部屋。
それでも、入り口の垂れ幕を潜ると、外とは別世界。
床には王城の私室から持ち込んだ、年代物の絨毯。
壁には何とかと言う、有名な職人の作ったカーテン。
床の上には、壁沿いに積み重ねられた、古い魔術書や歴史書の山。
壁の一角には、これまた王城から持ち込んだ、豪華な毛皮の布団。
また別の一角には、調理器具や食器、食べ物が山積みになっている。
クオンが料理を作った。
その美味しさに衝撃を受けた。
私は料理が出来ない。
王国を継ぐ勉強や世界を救う研究に明け暮れていた私に、料理を学ぶ暇なんてあるわけ無いじゃない。
そこに積まれた食べ物だって、城下町で買い込んで、保存の魔術を掛けただけの物。
食べる時だって、硬過ぎたら熱して柔らかくするのが関の山。
だから、彼の料理を口にした時は涙が出たわ。
最近は城下町も冒険者で溢れてるから、顔がバレる危険を冒してまで出来立てを食べなかった。
それを差し引いても、美味しかった。
アスフィアの料理の後に口直しで食べた、メイドの間食より美味しかった。
大した物ではないという彼の言葉に、涙が止まらなかった。
だってそうでしょ。
これが当たり前だって言うなら、今まで私が食べていた物は何?
家畜の餌以下?
私のやってきた事って何?
皆がぬくぬく美味しい料理を食べてる間も、粗食に耐えて世界平和?
モヤモヤするものはあったけど、私は直ぐに考えるのを止めた。
…だって、目の前に彼の笑顔があったから。
お父様やお母様、アスフィアや爺やの顔を思い出した。
私はあの笑顔のために此処に居るんだ。
私の粗食は無駄じゃない。
彼が微笑んだ。
私も顔が自然に綻ぶのを感じた。
久しぶりに誰かと食べる食事は楽しかった。




