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届かない声

声」


 収録が終わったあとも、


 空気はしばらく動かなかった。


 誰も、すぐに喋らない。


 ただ——


 さっきのやり取りが、残っている。


 「……やばかったな」


 誰かが、小さく呟く。


 その言葉で、やっと現実に戻る。


 でも、違う。


 前と違う。


 “顔”じゃない。


 “声”の話をしている。


 「白瀬、よかったよ」


 ディレクターが言う。


 「今までで一番、刺さってた」


 「……ありがとうございます」


 短く返す。


 でも。


 その言葉が、素直に入ってこない。


 視線が、自然と横に向く。


 黒崎。


 何も言わず、台本を閉じている。


 表情は、変わらない。


 でも——


 どこか、余裕がある。


 「黒崎もさすがだな」


 別のスタッフが笑う。


 「やっぱレベル違うわ」


 その一言で、


 胸の奥が、わずかに引っかかる。


 (……わかってる)


 そんなことは。


 ブースの中で、はっきり感じた。


 ぶつかった瞬間。


 引き込まれた。


 自分の声が、


 “持っていかれる”感覚。


 「……」


 拳を、少しだけ握る。


 悔しい。


 でも——


 それ以上に。


 (楽しい)


 初めてだった。


 こんなふうに、


 “勝負”だと思えたのは。



 「帰るの?」


 声。


 振り返る。


 黒崎が、いつの間にか隣に立っていた。


 「……はい」


 「ふーん」


 興味なさそうに頷く。


 そのまま歩き出す。


 つられて、隣を歩く。


 しばらく沈黙。


 足音だけが響く。


 「どうだった?」


 黒崎が、前を見たまま聞く。


 「……楽しかったです」


 正直に言う。


 少しだけ、間。


 「そっか」


 短い返事。


 それだけ。


 でも——


 なぜか、その一言が重い。


 「じゃあさ」


 足を止める。


 振り向く。


 目が合う。


 「なんで止めたの?」


 心臓が、跳ねる。


 「……何の話ですか」


 「最後のとこ」


 淡々と続ける。


 「もう一段いけたでしょ」


 逃げ場がない。


 完全に、見抜かれてる。


 「……」


 言葉が出ない。


 「怖かった?」


 軽く言う。


 でも——


 逃がさない。


 「……はい」


 小さく、認める。


 少しだけ、笑う。


 「だろうね」


 あっさりと。


 「顔、残ってたもん」


 その言葉で、


 一気に熱くなる。


 「……関係ないですよ」


 「あるよ」


 即答。


 「守ってるじゃん」


 視線が、刺さる。


 「全部出したら、崩れるかもしれないって」


 言い返せない。


 図星だ。


 「でもさ」


 一歩、近づく。


 距離が縮まる。


 「それじゃ、一生勝てないよ」


 静かな声。


 でも、確信がある。


 「俺には」


 その一言が、


 妙にリアルだった。


 「……」


 何も言えない。


 悔しい。


 でも——


 否定できない。


 「別にいいけど」


 肩をすくめる。


 「そのままでも、売れるし」


 軽く言う。


 でも、その言葉は——


 少しだけ、冷たい。


 「イケメンだし」


 背中を向ける。


 歩き出す。


 「……っ」


 思わず、呼び止める。


 「黒崎さん」


 足が止まる。


 振り返らない。


 「なんで」


 声が、少しだけ震える。


 「そこまで言うんですか」


 少しだけ、間。


 それから——


 「ムカつくから」


 即答。


 「……は?」


 振り返る。


 少しだけ、笑っている。


 「持ってんじゃん」


 指を向ける。


 「ちゃんと」


 心臓が、強く鳴る。


 「なのに使わないの、イラつく」


 真っ直ぐな目。


 初めて。


 軽さが消えている。


 「……」


 言葉が出ない。


 「だからさ」


 少しだけ、柔らかくなる。


 「次、全部出せよ」


 その一言に、


 妙な熱がある。


 「どうせなら」


 一瞬だけ、笑う。


 「ちゃんと潰し合おうぜ」


 その言葉を残して、


 今度こそ、去っていく。



 一人、残る。


 静かな廊下。


 さっきの言葉が、


 頭の中で何度も響く。


 ——全部出せよ。


 ゆっくりと、息を吐く。


 手を見る。


 少しだけ、震えている。


 怖い。


 全部出したら、


 どうなるかわからない。


 でも——


 「……はは」


 小さく、笑う。


 胸の奥。


 さっきまでとは違う熱がある。


 「……やるか」


 呟く。



 その夜。


 台本を開く。


 何度も、読み返す。


 言葉の裏。


 感情の流れ。


 全部、拾う。


 でも——


 途中で、止まる。


 「……違うな」


 閉じる。


 目を閉じる。


 考えるのを、やめる。


 感じる。


 残ってるものだけを。


 怖さも、


 迷いも、


 全部、そのまま。


 「……」


 静かに、息を吸う。


 そして——


 「……なんで来た」


 声に出す。


 さっきより、少しだけ深い。


 でも、まだ足りない。


 「……違う」


 もう一度。


 削る。


 でも今度は——


 逃げない。


 「……なんで来た」


 少しだけ、震える。


 それでもいい。


 そのまま出す。


 「……」


 静寂。


 その中で、


 はっきりとわかる。


 前より、近い。


 “本気”に。



 スマホが震える。


 画面を見る。


 黒崎からのメッセージ。


 『まだ余ってる』


 思わず、笑う。


 「……うるせぇよ」


 小さく呟く。


 でも——


 その言葉が、


 嫌じゃなかった。



 次の収録。


 そこで、


 全部ぶつける。



 勝つとか、負けるとかじゃない。



 “本気”でやる。



 それだけでいい。



 でも——



 その先にあるものを、


 少しだけ、見てみたくなっていた。


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