壊してでも、届かせろ
収録スタジオの空気が、いつもと違う。
ざわついているわけじゃない。
静かだ。
でも——
どこか張り詰めている。
「今日、あのシーンか」
小さな声。
スタッフ同士の囁き。
自然と耳に入る。
白瀬は何も言わず、台本をめくる。
問題のシーン。
感情のピーク。
これまでなら——
“削る”だけで成立させてきた。
でも、今回は違う。
「……」
目を閉じる。
黒崎の言葉が、浮かぶ。
——全部出せよ。
ゆっくりと息を吐く。
怖さは、消えない。
でも——
消す必要もない。
「白瀬、いけるか?」
ディレクターの声。
「……はい」
短く返す。
それ以上は、いらない。
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ブースに入る。
マイクの前。
黒崎が、すでに立っている。
目が合う。
何も言わない。
でも——
わかる。
試されてる。
「いきます」
合図。
静寂。
数秒の、無音。
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「……なんで来た」
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声が落ちる。
低く。
静かに。
でも——
今までと違う。
奥に、揺れがある。
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黒崎が、わずかに笑う。
「呼ばれたからだろ」
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軽い。
でも、深い。
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ぶつかる。
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白瀬は、止まらない。
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「帰れ」
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今度は、強い。
押す。
でも——
押し切らない。
まだ、余白がある。
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「嫌だね」
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黒崎。
声が変わる。
一瞬で、空気が塗り替わる。
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「ここで終わるつもりないし」
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重い。
圧がある。
飲まれそうになる。
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(……違う)
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白瀬の中で、何かが引っかかる。
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まだ、守ってる。
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どこかで、止めてる。
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(全部出せよ)
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あの声。
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「……っ」
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息が、乱れる。
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怖い。
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崩れるかもしれない。
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でも——
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それでいい。
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「……帰れって、言ってんだよ」
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声が、変わる。
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揺れる。
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少しだけ、荒い。
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整ってない。
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でも——
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“生”だ。
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空気が、止まる。
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黒崎の目が、わずかに見開く。
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「……」
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反応が、一瞬遅れる。
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初めて。
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“持っていった”。
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白瀬は、止まらない。
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「帰れよ」
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低く、押す。
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「ここに来んな」
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震えが混じる。
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でも、隠さない。
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そのまま、出す。
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「……来るなって言ってんだよ」
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空気が、歪む。
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誰も、息をしない。
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音が、消える。
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黒崎が——
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笑う。
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「……いいじゃん」
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低い声。
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今までで、一番深い。
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「それだよ」
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ぶつかる。
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今度は、対等に。
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逃げ場がない。
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「じゃあさ」
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一歩、踏み込んでくる。
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「もっと来いよ」
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挑発。
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でも——
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もう、引かない。
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「……うるせぇ」
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即座に返す。
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間を置かない。
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「勝手にしろ」
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叩きつける。
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空気が、爆ぜる。
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完全に、ぶつかった。
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「カット!!」
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声が響く。
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でも——
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誰も、動かない。
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終わってるのに、
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終わってない。
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余韻が、残りすぎている。
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「……今の、何」
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誰かが呟く。
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「やば……」
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別の声。
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でも、言葉が足りてない。
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説明できない。
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ただ——
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“何かが変わった”のだけは、全員わかる。
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白瀬は、ゆっくり息を吐く。
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胸が、うるさい。
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怖かった。
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でも——
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「……」
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少しだけ、笑う。
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楽しい。
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ブースを出る。
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視線が、一斉に集まる。
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でも、前と違う。
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“顔”じゃない。
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“今の声”を見てる。
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黒崎が、隣に来る。
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少しだけ、間。
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それから——
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「……やっとか」
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小さく言う。
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その声は、
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少しだけ、嬉しそうだった。
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「どうでした?」
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白瀬が聞く。
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黒崎は、一瞬だけ考えて——
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「ギリ、合格」
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ニヤッと笑う。
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「でもさ」
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少しだけ、近づく。
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「まだ、壊せるでしょ」
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心臓が、跳ねる。
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「……は?」
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「今の、途中だよ」
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あっさりと言う。
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「もっと行ける」
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その目は、本気だ。
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「次」
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振り返る。
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「ちゃんと潰すから」
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その言葉を残して、去っていく。
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一人、残る。
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静かなスタジオ。
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さっきの感触が、まだ残っている。
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届いた。
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確かに、届いた。
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でも——
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(まだ、上がある)
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息を吐く。
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自然と、口角が上がる。
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「……上等だよ」
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呟く。
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これはもう、
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仕事じゃない。
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本気の、ぶつかり合いだ。
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