選ぶ側
机の上。
スマホが、震え続けている。
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通知。
未読。
着信履歴。
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止まらない。
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マネージャーが、ため息をつく。
「……全部、オファー」
少しだけ笑う。
疲れているのに、
どこか嬉しそうだ。
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「どうする」
真面目な声に戻る。
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白瀬は、画面を見る。
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作品名。
制作会社。
役名。
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増えている。
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「……多いですね」
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「そりゃな」
マネージャー。
即答。
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「今、一番“気になる声”だからな」
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白瀬は、何も言わない。
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ただ、指を止める。
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一つの台本。
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ページを開く。
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読む。
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静かに。
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数秒。
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閉じる。
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「……これ」
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一つ、指で示す。
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「受けます」
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マネージャーが、眉を上げる。
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「それ?」
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有名じゃない。
予算も大きくない。
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他に、もっといい条件はある。
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「理由、聞いていいか」
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白瀬は、少しだけ考える。
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「……余白、あるんで」
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それだけ。
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マネージャーは、少し黙る。
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そして、
小さく笑う。
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「ほんと、変わんねえな」
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現場。
新しい作品。
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規模は小さい。
人も少ない。
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でも——
空気が、柔らかい。
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「今回、参加する白瀬です」
軽く頭を下げる。
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ざわつく。
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知っている顔。
知らない顔。
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でも、
全員が知っている。
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“あの声”。
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「よろしくお願いします」
声が返る。
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でも、
少しだけ違う。
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前より、
重い。
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期待が、
混ざっている。
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収録が始まる。
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主役の声。
まだ若い。
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上手い。
でも、
固い。
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「……」
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止まる。
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流れが、
少しだけ詰まる。
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「……カット」
ディレクター。
少しだけ困っている。
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「もう一回いこう」
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やり直す。
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でも、
同じ。
――――
固い。
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「……」
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空気が、
詰まる。
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そのとき。
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「……すみません」
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白瀬。
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全員の視線が向く。
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初めて。
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白瀬が、
“止める”。
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「一回だけ」
短く言う。
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「少し、間変えてもいいですか」
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ディレクターが、少し驚く。
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でも、
頷く。
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「……いいよ」
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やり直す。
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主役。
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白瀬の後に、入る。
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その一瞬。
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白瀬が、
“置く”。
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ほんの少し、
遅らせる。
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空気が、
開く。
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主役が、
入る。
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今度は——
流れる。
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自然に。
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「……カット」
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沈黙。
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ディレクターが、
小さく頷く。
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「……それだ」
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主役が、
少しだけ息を吐く。
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「……やりやすいです」
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素直な声。
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白瀬は、何も言わない。
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ただ、戻る。
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“選んだ”。
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作品を。
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そして、
空気も。
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――――
帰り道。
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マネージャーが隣にいる。
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「さっきのさ」
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少しだけ笑う。
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「完全に、選ぶ側だったな」
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白瀬は、少しだけ空を見る。
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「……別に」
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静かに言う。
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「いつも通りです」
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マネージャーは、肩をすくめる。
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「それが、変わったんだよ」
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――――
白瀬は、何も言わない。
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でも——
わかっている。
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選ばれるだけじゃない。
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“選んでいる”。
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その事実が、
静かに、
形になっていく。




