九 「翠嵐~恐怖のオーディション~」
「さあっ、さっさと踊れ!」
黒龍が、オレに向かって執拗に言ってきた。
(どうしてこんなことになってしまったのだろうか…)
そう、あれは昨日のこと。
仕事が終わったオレ達は、のんびりと、自分の部屋でテレビでも見てくつろいでいた。
《今大人気のさとうめマジカルランド! 連日、長蛇の列で……》
テレビからそう聞こえてくるレポーターの声。
オレはボッーとテレビを見ていたが、ふと横を見ると、黒龍が目をキラキラさせていた。
オレは何か嫌な予感が頭をよぎった。
「おい、白龍! ここに行くぞ!」
案の定、黒龍が嬉々としてオレの肩を掴み、体を揺さぶってきた。
「何でだよ! オレはそんな混むようなとこ、行きたくねぇ!」
「何でだ! 楽しそうではないか!」
「大体、男二人で行って、何が楽しいんだよ? お前の愛しの美幸さんとでも行けばいいじゃねえか…。まぁ、黒龍なんか相手にされるわけねえけど…」
オレは、美幸さんには申し訳ないが、つい、黒龍にそう言ってしまった。
だが、この言葉を発したことによって、後々後悔することになろうとは、この時は知る由もなかった。
「みゆきさん…、フッフッフッフ…」
黒龍は、何やら不気味な笑いをした。と思うと、すぐに立ち上がった。
「白龍。俺は少し出掛けて来るぞ」
「え? こんな時間に何処行くんだ? 美幸さんの家にでも行くのか? って、黒龍が知ってる訳ねぇし…」
「良いことを思い付いたのだっ」
黒龍はそう言うと、何処かへと出掛けて行った。
オレはこの後、すぐに眠りに入ってしまったので、黒龍がこの日、家に帰ってきたかどうかは、定かではない。
今日の朝、オレは黒龍に起こされ、無理矢理と言うべきか、強引に何処かの広場へと連れてこられた。
すると広場には、何かの特設会場のような物がある。
良く見ると表の看板には、『オーディション会場』と書いてあった。
オレは、何やら嫌な予感を背中に感じ、逃げようと踵を返した。
が、黒龍はその瞬間、オレの手をガッシリ掴み、しつこい笑みでニタニタ笑うと、オレを会場に、引きずり込むように連れて行った。
「何だよ? 黒龍? 痛てぇからひっぱんなっ。…あっ!」
黒龍に強引に連れてこられ、中に入って見ると、そこは何やら、小劇場の様になっていた。
舞台があり、パイプ椅子があり、照明や音響のような人までいる。
「おいっ黒龍! なんだこりゃ?」
「何って、オーディション会場だ」
「いや、それは何となく想像出来るんだけど、目的がわからねぇぜ。おめぇは一体何がしたいんだ? 大体なんで、昨日の今日でオーディションなんだよ? 美幸さんとの繋がりもわかんねぇし、訳わかんねぇぜっ」
「待て待て白龍。そんなに一辺に喋られては、いくら天才的な俺でも、こんがらがるぞ」
「こんがらがってんのはこっちだよっ」
オレは言いながら、まだ寝ぐせの付いた髪を、クシャクシャっと掻いた。
すると突然、後ろから声を掛けられた。
「あの~、オーディション会場というのは、こちらで宜しいのでしょうか?」
「は?」
オレは、声のする方を振り向いた。
何が何だかさっぱり分からなかった。
この可愛い、ポヤヤンとした女の子が、どうしてこんなオーディション会場にいるのかが。
すると、黒龍がいきなり後ろから割り込んできた。
「ああ。横峰オーナー主催のオーディションは、ここで良いんだ。因みに俺は、審査員の黒龍だ」
「まあ、あなたが黒龍さん。初めまして、望月紗也です」
そう言うと、紗也さんは、黒龍と握手を交わした。と、今度はオレの方を向いて言った。
「あ、それじゃあ、あなたが白龍さん?」
「え? あ、ああ…」
紗也さんは、黒龍の時と同様に、オレと握手を交わした。
「では、あちらの志願者席でお待ち下さい」
「はい」
紗也さんは、黒龍の言う志願者席へと座った。
「おい黒龍っ!? どういうことだ? 横峰オーナー主催のオーディションって?!」
「ム? 貴様知らなかったのか? 横峰オーナーに言われたのだ。俺達が歌の収録をした後にな。今日、オーディションを開くと。その為の手伝いをして欲しいとな」
「待てよ! オレちっとも聞いてねぇぞ?!」
「ええい! うるさいな貴様は! もう、モデルのオーディションの開催は決まっているのだ! 文句ばっかり言うな!」
「モデル?!」
オレは、黒龍に一気に捲し立てられて、頭がこんがらがってきた。だが、オレは冷静に言った。
「…ちょ、ちょっと待てよ黒龍? それと美幸さんと、何の関係があるんだよ?」
「みゆきさんはこのオーディションの、特別審査員として迎え入れられる」
「お、おい黒龍?! 美幸さんはただのデパートの店員だぞ?! そんな勝手なことしていいのかよ?! 横峰オーナーが何て言うか…!」
「横峰オーナーには、既に話が通っている。みゆきさんは可愛いから、それだけでOKなのだ!! あと、梨花さんと真菜さんと優子さんをオーディションに入れさせた」
「勝手だな……つうか、お前の行動は意味わかんねぇぜ…」
オレは、黒龍に付き合うのに疲れ果て、深く溜め息をついた。
「…あの………あの!」
「あ?」
オレと黒龍は、声のする方を振り返った。
どうやらさっきから呼ばれていたらしい。
見ると後ろには、女の子達が集まっていた。
「さっきから呼んでるのに、気付きもしないなんて。やっぱり来るんじゃなかったわ。いくら徹君の知り合いだからって…ねぇ真菜?」
「そんな梨花さん、またこの格好いい人達に会えたんだからいいじゃないですか。それより、やっぱりモデルだったんですね~」
「もう、真菜ってば、ミーハーなんだからっ。そんなことよりアンタ、あたし達がわざわざこんな所に、足を運んでやったのに。さっさと席へ案内しなさいよ」
梨花さんは強きな態度だ。それを、真菜さんがなだめる。
「フン、この審査員の黒龍に盾突くとは、度胸があるな」
「審査員?! あんたが?!」
「ああ、そして白龍もな」
梨花さんは今度は、オレの方をジロッと見た。
「白龍さんは知ってるわ。ファンだもの。宜しくね。白龍さん?」
梨花さんは今度は、オレの手を握り、上目遣いでオレを見てきた。
真菜さんにミーハーって言っときながら、こいつも十分ミーハーだ。
それにしても、顔と名前はミカとそっくりなのに、性格は、まるで正反対だな。
「うふっ」
「あ?! お、おい黒龍! 助けて…」
助けを求めるオレをほっとき、黒龍はというと、次々来る女の子達に囲まれていた。
「可愛いですね。失礼ですが、お名前は?」
「あっ、私、井上七海です! 七つの海で七海です!」
「素敵なお名前ですね。じゃあ、そちらの方は?」
「私は遠藤美穂です!」
「美穂さんっ。素敵なお名前だっ」
「あっ、わたしは吉田朋子です! 宜しくお願いします!」
「ああ、よろし、く?!」
黒龍の顔が、一瞬硬直した。
何故って、それは吉田朋子なる人物が、どう見ても二十代後半はいっているだろうおばさん…、いや、失礼…どう見ても、この場にそぐわないような人だったからだ。
それにしても黒龍の奴、女性に対して失礼だな。
「し、失礼ですが、吉田朋子さん。年はおいくつですか?」
「わたし? わたしは~、永遠の十七歳よ!!」
朋子さんがキラキラした、されど中は腹黒いような目をした。
「………、まあいいだろう…」
「いいのかよ!」
「なんだ白龍。その突っ込みは。貴様こそ三人はどうしたんだ?」
「梨花さんと真菜さんと優子さんには、何とか言って席に着いてもらったぜ」
「フッ、貴様もなかなかやるではないか」
「何がだよ!」
オレ達が言い合いをしている中、三人は少し困りながら聞いてきた。
「あの~、それで私達はもう席についててよろしいのですか?」
七海さんと美穂さんと朋子さん(!)がこちらを見ている。
「ああ、あっちの志願者席で待っていろ」
「はい」
七海さんと美穂さんと朋子さんは、志願者席へ座った。
と、黒龍が突然怒り出した。
「あっ、おい白龍! 貴様!」
「なっ、なんだよ急に!」
「梨花さんと真菜さんと優子さんが、何故、観覧席にいるのだ! 志願者席だろう!」
「え? そんな物まで用意してあったのか? 知らなかったんだから仕方ねぇだろっ。大体、誰が見に来るってんだよ?」
「誰って、家族や関係者や、後は、マスコミかな?」
「マスコミって、マスコミまで呼んだのかよ黒龍!?」
「いや、呼んではいないが、来ると思ってだなっ」
オレは、黒龍のその言葉に呆れ返った。
「…あのな、黒龍。マスコミってのは、こういう場合は、こっちから呼ばなきゃ来ねぇもんなんだぞ?」
「なっ、何?! そうなのか? 知らなかった…」
「あのなぁ~。…馬鹿か?」
「なっ! なんだと!」
黒龍が叫んだ瞬間、会場の電気が薄暗くなった。
すると、ステージにはスポットライトが。
誰かが幕から出てきたと思うと、それはよしおだった。
「何?! 黒龍、お前よしおまで呼んだのか?」
「ん? ああ、パシリとして使えそうだからな」
オレは、その言葉には大いに納得した。
よしおを見ると、手にはマイクを持っていた。
《開催十五分前で~す。オーディションを受ける皆様、頑張って下さい! では…》
よしおはそう言うと、また幕に引っ込んだ。
と、会場の電気が元に戻った。
オレが横を見ると、入り口の方から、誰かが息を切らして入ってきた。
「…ま、間に合ったか?」
「ん? 誰だ? お前は?」
「あ…お、俺、光永龍之介っつうもんだけど、オーディションは、もう始まっちゃったのか?」
龍之介さんは、走り疲れたのか、片手を膝に突いて、汗を拭っている。
こんなオーディションを受ける為に、そこまでするのか。
オレには理解出来なかった。
「いや、オーディションはまだだが…。ん? 光永龍之介? はっ! 俺と同じ龍が付いている! さては俺達の仲間か! よし、いいだろう。席に着け」
「やっぱ、黒龍は馬鹿だな…」
オレは、黒龍に聞こえないように、ボソッと呟いた。
ともかくも、オーディションは始まってしまった。
オレは無理矢理、舞台の上にあがらされた。
何故って、オレも審査員にされてしまっているから。
黒龍が審査員席から立ち上がると、真ん中に立ち、マイクを持って声を張り上げた。
《では只今から、モデルオーディションを開催します!》
黒龍がそう言うと、何故か拍手が巻き起こった。
そしていつの間にいたのか、何故かマスコミが駆け付け、後ろの方ではカメラも回っていた。
観覧席には人々の姿があり、その中に杉山の姿もあったが、オレは敢えて無視した。
《一番の望月紗也さん、二番の井上七海さん、三番の遠藤美穂さん、四番の吉田朋子さん、五番の光永龍之介さん、六番の佐原梨花さん、七番の田山真菜さん、そして八番の栗栖優子さん。舞台の上へどうぞ》
黒龍がそう促すと、みんなが舞台の上へ上がってきた。
《そして、今日の特別審査員! 神崎美幸さんです!》
黒龍が、大袈裟に下手の方を向くと、スポットライトに照らされて、美幸さんが姿を現した。
《今日は皆さん、頑張って下さい》
美幸さんは、そう言ってお辞儀をすると、真ん中の席を一つ空けて、つまり、オレと椅子一個分あけて座った。
何故なら真ん中の席は、黒龍、と名札がちゃんとあったからだ。
《ではまず、皆さんには、自己アピールをしてもらいます! 一番の望月紗也さんから、どうぞ!》
黒龍は、よしおにマイクを持ってこさせ、紗也さんに渡した。
そして自分は、審査員席の真ん中に座った。
《…えっと、一番の望月紗也ですっ。好きなことは歌うこと、と、ミミニーちゃん。後、ミミニーちゃんと寝ることです》
紗也さんは、ここに来た時も、ずっと抱いていたぬいぐるみを、舞台の上でも大事そうに抱えていた。
《紗也さんは、そのぬいぐるみが大好きなんですね?》
《はいっ!!》
紗也さんは黒龍に向かって、最上級の笑みで答えた。
《合格だ!!》
「へっ?」
《望月紗也さん! あなたは見事合格しました! 今後モデルとして、大いに活躍して下さい!》
黒龍は、よしおから合格証をもらい、紗也さんに渡した。
紗也さんはそれを受け取ると、
「ありがとうございますっ」
と、一言言い、観覧席の方に座った。
「ちょっ、黒龍…!」
オレは、いきなりの黒龍の言動に、ついて行けなかった。行きたくもなかったが。
「何で合格なんだ?! ちゃんと説明しろよ!?」
「可愛いからだ!」
「へ?」
「可愛いからに決まってるだろう!」
黒龍は、自信満々に言った。
「それじゃ説明になってねぇよ!」
「じゃあ黒龍だから」
「はぁ!?」
「だから、俺が黒龍だから合格させたんだ!」
「それじゃ余計説明になってねえぇぇ!!!!」
オレは、黒龍の手前勝手な理由に、有らん限りの怒鳴り声を上げた。
「あっ…」
ふと、我に返ったオレが、顔を上げてみると、周りは静まり返っていて、残ったのは、マイクの“キーン”という反響音だけだった。
「あ、あの。そろそろ次の方を始めませんか?」
美幸さんが言うと黒龍は。
「はい! みゆきさん!」
と、嬉しそうに答えていた。
オレはもう、どうでも良くなっていた。
《二番の井上七海さん》
《はい、井上七海です。七つの海で七海ですっ! ダンスも歌も大好きです》
《合格だ!》
七海さんは、合格証を受け取り、席に戻っていった。
オレはもう、どうでも良くなっていた。
《三番の遠藤美穂さん》
《はい! 遠藤美穂です。この美貌と、可愛い声を生かして、モデルのトップを目指します!》
《合格!》
美穂さんは合格証を受け取り、席に戻っていった。
オレはもうどうでも良くなっていた。
《よ…四番の吉田朋子さん…》
《はい! 吉田朋子ですっ。この美貌と、可愛い声を生かして、モデルのトップを目指します!》
《…それ、さっき美穂さんが言った言葉ですよね?》
《いいえいいえ。これは私の言葉ですよ?》
《…後がうるさそうだから、合格証渡しとくか…》
《やったっっ!》
朋子さんは合格証を受け取り、席に戻っていった。
オレはもうどうでも良くなってい…。
「おい白龍!」
「…ぁん?」
「お前、何さっきから、もうどうでも良い。ような顔をしているのだ! せっかく俺がボケたのだから、しっかりつっこめ!」
「は? お前ボケたの?」
「ボケたではないか! …後がうるさそうだから。ってとこで。普通なら“そんな簡単に合格証渡すなよ!”とか“うるさそうってなんだよ!”とか、言うではないか!」
「…お前の方がうるせぇよ…」
「何?」
オレは、黒龍の横暴さに、さすがに怒りが頂点に達した。
「何だよ! 何でオーディションとかになってんだよ?! つうか結局、お前一人で全部やってんじゃねえか! オレらただ座ってるだけじゃねぇか! いなくても良いんじゃねえ? 大体なんでオーディションのこと、一言も相談しなかったんだよ?! 勝手に自分でバンバン決めやがってっ、一言くらい言えよ! そんなにオレって、頼り無いのかよ。…オレ達…コンビじゃなかったのかよ…?」
オレは、いつの間にか立ち上がっていた。
自分が何を言ってるのか、少し…分からなかった。
「…白龍」
黒龍がオレの方を向いた。
「そうかそうか! お前は寂しかったんだなっ? コンビなのに、頼られない。何も相談されないっ! よしっ、お前が俺の一番だ! 一生大事にしてやるっ!」
黒龍は、オレの頭をグリグリと、自分の胸に押しつけた。
「気色悪りぃことすんな!!」
オレは思いっきり、黒龍をひっぱがした。
「そういう意味じゃねぇ!」
「何?! そういう意味にしか聞こえなかったぞ!?」
オレと黒龍は、言い合っていたが、美幸さんがこっちを、白い目で見ているのに気付き、オレ達は言い合いをやめた。
《ご、ゴホンっ! では、オーディションの続きをする!》
黒龍は、わざと咳払いをし、オーディション開始を告げた。
《五番の光永龍之介さん》
《…え? は、はいっ! 光永龍之介、十八歳。え、え~っと…。お、俺、翠嵐さんのモデル姿みて、憧れでこのオーディションに来たんですけど…》
《何?! そうなのか!?》
《…お二人って、仲悪かったんですね…》
《いや、これは単なるスキンシップだ》
「違げえよ!」
オレは今度は、すんなりとツッコミをいれていた。
《スキン…シップ…ですか》
龍之介さんは、呆れたような、愛想笑いを浮かべていた。
《光永龍之介さん。あなたは俺達と同じ、龍仲間だっ! 翠嵐のコンビには入れられないが、オーディションは合格だ!》
《ありがとうございます》
龍之介さんは、
「龍仲間って…何だ?」
と、一人言を言った後、合格証を受け取り、階段を降りて、観覧席に座った。
《六番の佐原梨花さん》
《はい…佐原梨花です》
梨花さんは、少しすねたような顔をして答えた。
やはり、黒龍のことが気に食わないらしい。
《あたしは…白龍さんに質問されたいです》
「へっ?」
「だそうだ。良かったな白龍。ミカと似ているからやり易いぞ」
黒龍は、オレにマイクを渡しながら言った。
(似てる、っても性格はまるで正反対なんですけど…)
オレは取り敢えず、ミカ…、じゃなくて、梨花さんに質問を始めた。
《え、えっーと、趣味はなんですか?》
《趣味は…、白龍さんのおっかけ(ストーキング)と、白龍さんのグッズ集めと、白龍さんの写真集を一日中眺めるのと》
オレは、聞いててうんざりしてきた。モテるのは悪い気はしねぇけど…。
《…後は、黒龍さんの写真を燃やすことと、黒龍さんに呪いをかけることかな?》
《待った! 最後の方待った!》
「どうしてだ? 白龍?」
「どうしてって、お前、聞いてなかったのかよ!? 今呪いとか言ったぞあいつ!」
「大丈夫だ。俺は簡単に呪われたりはしない。それに呪詛返しも出来るしな」
黒龍は、自慢気に鼻を鳴らした。ってか、呪詛返しってなんだ?
「ともかく、梨花さんは合格だ。可愛いからな」
「え?」
黒龍は、またも勝手に決めた。
いいのかよ…。自分に、挑戦的な言葉かけた奴を合格にして…。でもこれ以上、梨花さんに何か言われたら怖いので、ここは素直に聞くことにした。
《じゃ、じゃあ~、合格っ!》
《やったあ! 白龍さんっ。だぁ~いすきっ!》
梨花さんは、合格証を受け取った後、オレに抱きついてこようとした。オレは間一髪、席を離れ避けた。
梨花さんは残念そうにしながらも、よしおに言われたので、席に戻った。
よしおの奴、結構、役に立ってんじゃねえか。
《七番の田山真菜さん》
《はい。田山真菜です》
《合格だ!》
《あ、あの黒龍さん。まだ何も…》
戸惑う真菜さんに黒龍は。
《真菜さんは有無を言わさず合格だ!》
《は、はあ…》
真菜さんは、困惑した様子だったが、合格証を受け取り、席に戻った。
黒龍もますます訳が分からねえ奴になってきてると思うのは、オレの気のせいだろうか…?
《八番の栗栖優子さん》
《栗栖優子です。ダンスとか、舞台とか、歌にも興味ありますが、この身長を生かしてモデルをしながら、演劇をやりたいと思います!》
《合格!》
何か、一番まともな答えだな…。女神様に似てるからかな?
優子さんは、合格証を受け取り、席に戻っていった。
するとすぐに、よしおが袖から出てきた。
《以上で、オーディションを終了します。この後、翠嵐のお二人の写真撮影会があります。そちらの方も是非、御参加下さい》
「はあ? そんなのまで用意したのか?」
「いや、俺は知らんが、きっと横峰オーナーの計らいだろう」
《それでは、用意が出来るまで、三十分の休憩を取りたいと思います》
よしおって、結構役に立つんだな。オレは、よしおを改めて、見直した。
そう言えば、美幸さんに、聞きたいことがあったんだよな。
「なあ、美幸さん。何でわざわざ、こんなオーディションに参加したんだ? 断れば良かったのに」
「えっ、だって…」
美幸さんが、何かを言いかけた時。
「美幸!」
物凄く格好良い男が、ドアを押し破って入ってきた。
「こんな所で何してんだよ!」
黒龍より百倍は格好良い男の人は、舞台の上に、ヅカヅカと上がってくると。
「お前なんでこんなことしてんだよ…?」
「だって、結月。黒龍さんが、どお~しても、って…。何回断っても、付きまとってくるし…、煩わしくって、しつっこくて、くどくて。断り切れなかったの…」
オレはその言葉を聞いて、大いに納得した。
「とにかく帰るぞ!」
結月と呼ばれた、格好良い男は、美幸さんの手を取り、攫うようにして、会場を出ていった。
オレは見たけど、美幸さんは、満更でもない顔をしていた。
美幸さんが嬉しそうにしていたこと、黒龍には黙ってた方が良いかな。
「ああっ! みゆきさんっ!!」
「あきらめろ黒龍。恋人登場じゃ、どう見てもお前の負けだ」
オレは、黒龍がこれ以上暴れないよう、諭すつもりだったが、逆効果だった。
「き、貴様のせいだ!」
「何が?」
「貴様のせいで、みゆきさんは行ってしまったのだ! それに、貴様がみゆきさんを止めていれば、こんなことにはならなかったはずだ!」
「おめぇが止めれば良かったじゃねぇか!」
「俺は、この休憩時間を利用して、オーディションに合格した人達に、話を聞いていたのだ」
黒龍は偉そうに、胸を張った。
別にそんなこと聞いてないのに。
「それに、オーディションでのやり方も気に食わん! 貴様には一から、オーディションというものを教えてやらねばならんようだな!」
「今はそんなこと、関係ないだろ! それに、お前一人でやってたようなもんだろ!」
黒龍は、無理矢理引きずるようにして、オレを真ん中に立たせると。
「まず、やはり歌からだな。オーディションをするためには、出場者の気持ちを分かっていないとな!」
「もうオーディション終わってんのに、やる必要ねぇだろ! それに、さっきは質問だけだったじゃねぇかっ。お前が勝手に、合格っ。とか言ってただけでよ。お前のワンマンオーディションだったじゃねぇか」
「不合格!!」
黒龍は、いきなりオレに指を差して言った。
「は?」
「審査員に口答えは許さん!」
オレはもう、さすがに疲れてきたので、逆らわずに従っとくことにした。
「へいへい…」
「へいじゃないっ。返事は、はい。だ」
「…ハイハイ…」
「はいは一回っ!」
「……ハイ」
全く、黒龍に付き合うのも疲れるぜ。だから嫌だよっ、たく。
「まず審査は歌だ。今から歌を流すから、一回聴いた後に歌え」
黒龍はそう言うと、歌詞を書いた紙を、こっちに渡した。
黒龍がパチンと、指を鳴らすと、曲が流れた。
正義か悪か~。味方か敵か~。いつの間にやら、やって来る~。
戦う戦士、ハトウマン。マントのハの字が風になびくぜ!
迫るコッティーやっあ~つけ~ろ~!
「おいおい! これって、日曜日、朝九時からやってる、人気アニメの〈ハトウマンとぐみっぴー、~コッティーマンとその仲間達~〉って番組の、主題歌じゃねぇか!」
「お前が知っている歌にしただけだ。カラオケで歌っていたではないか」
オレは、確かにカラオケで歌ったが、さすがに公衆の面前でこの歌は…。
恥ずかしい…。
黒龍のセンスも考え物だな。
歌なら、一ヶ月前に録音した[翠風~青く吹く風~]でいいのに。
あ、でもまだ発売されてねぇんだっけ。発売前にそれはマズイか。
「ほら、さっさと歌え!」
「い、いや…」
黒龍は、オレに有無を言わせず、指をパチンと鳴らした。
曲が強制的にかかり始める。
オレは、少しノリノリで歌おうとした、が。
「や~めた!!」
黒龍が、いきなり大声でそう言うと、曲はストップしてしまった。
「なっ、何で止めるんだよ!?」
「不合格!」
「はあ?!」
「口答えをしたから、不合格!」
「…じゃあ、どうやったら合格になんだよ…?」
オレは、別にどうでも良いのだが、つい、不覚にも、そんなことを聞いてしまった。
「踊れ!」
「は?」
「上手に踊れたら合格だ!」
いきなり何言い出すんだよ。てか、踊りって…。
「さっきのオーディションでは、そんなのなかったじゃねぇか!」
「良いから踊れ!」
「嫌だ! 踊るくらいなら、不合格で良いよ、もう!」
というか、このオーディション自体、どうでも良いんだけどな。
オレは、もう自分だけ、さっさと帰ろうとした。
しかし、黒龍がオレの肩を掴んできた。
「さあっ、さっさと踊れ!」
黒龍が、オレに向かって執拗に言ってきた。
(どうしてこんなことになってしまったのだろうか…そう、あれは昨日のこと…。)
「白龍! さっさと踊れ!」
命令口調の怒鳴り声により、白龍は我に返った。
目の前には、踊りを強要する、黒龍。
「さあっ、さっさと踊れ!」
「踊らねぇ!」
「踊れ!」
「踊らねぇ!」
黒龍は必要以上に、白龍に踊りを強要して来た。
「じゃあ貴様が踊るかどうか、このねこ箱で決めてやる!」
「ねこ箱!?」
黒龍は、どこから出したのか、口の所が手を入れるために開いている、微妙な表情の、猫の形の箱を取り出した。
白龍はそれを、手にとってみる。
「おい、なんだよ、このオレンジ色の猫は。あ、色紙張ってるのか。っつかよく見ると、牛乳パックで出来てるじゃねえか! しかも、何で裏面にまで顔あんだよ。これじゃ胴が繋った猫じゃねぇかっ。可哀そうだろ! 足まで付けやがって」
「俺の手作りの、可愛いねこ箱に、何か文句があるのか…?」
黒龍は凄んだ声を白龍に向けた。
しかし、そんなことより白龍は、手作りという言葉に驚いていた。
「手作りかよ! どおりでなんか、微妙に歪んでると思ったぜ」
「とにかく。その中に、紙が二枚入っている。踊れ、と書かれた方を引いたら踊れ」
「ったく、しょうがねえな~」
白龍は嫌々ながら、ねこ箱の口に手を入れた。
(…何か、本当に不気味だよ。この箱…)
白龍は、一枚の紙を取り出すと、開いて見た。
「ん? 残念…? ってことは…踊るのか!?」
「貴様は何を聞いていたんだ。残念は踊らない方で、俺の気持ちだ。まさしく残念だったな、白龍」
「紛らわしいことすんなよ! オレは踊りたくねぇんだよ! むしろオレは残念で嬉しいよ」
白龍はそう言うと、ホッと、安堵の息を付いた。
我に返った二人が周りを見ると、お客さん達が、失笑したり、冷ややかな目で見たりしていた。
因みに梨花は、何故かハンカチを噛んでいる。
黒龍と白龍は、取り敢えず、舞台から降りた。
「よっ。お二人さん!」
舞台から降りた途端、いきなり小島が二人の肩をガシッと掴んだ。
「小島さん!」
「チッチッチッ。私のことは、コッティーと呼びたまえ」
「コッティー?」
二人ははてな顔で聞き返す。が、その問いに答えない。
小島は手に紙袋を持っていた。
「さあさあ、二人共。これから写真撮影会があるから、着替えてきて」
小島は、新作の服が入った紙袋を二人に渡した。
「ってか、小島の奴、いつの間にいたんだ?」
「…最初からずっと。じゃないのか?」
二人は服を着替える為、更衣室へ向かった。
黒龍と白龍が着替えから戻ってくると、すでに写真撮影会の準備は整っていた。
「おっ、来たね。二人共」
「横峰オーナー!」
小島と同様、いつの間にいたのか、横峰オーナーは徹と一緒にいた。
「横峰オーナー。聞きたかったんですけど、何でいきなり、オーディションなんですか? 黒龍も何も言わないし、オレ、びっくりしちまったよ」
「そうかそうか。…実は二人共、さっきのオーディションね。ちょっと、ふざけてみただけなんだよ。本当は、こっちの写真撮影会と、あともう一つのお楽しみの方なんだ」
「は?」
黒龍と白龍は、意味が分からずポカンとした。
「だから、さっきのオーディションは、おふざけなんだ。実は全部、私が仕掛けたことなんだよ。こっちで用意した仕掛け人、全員ね」
「何!? じゃあ、さっき、光永龍之介さんが、走ってきたのはなんだったんだよ? オーディションに遅刻しそうだったからだろ?」
「龍之介君はちゃんとしたモデルで、今日は仕事で来てもらったんだよ。仕事に遅刻しちゃいけないだろ?」
横峰オーナーは、あっけらかんとしていた。
「じゃあ、あの吉田朋子さんは!?」
「彼女も仕掛け人だよ。一人くらいああいう人がいたら、面白そうだからね」
「なに~~!?」
黒龍が突然、大声を上げた。
「じゃあ、俺達は騙されていたのか?!」
「黒龍も知らなかったのか?」
「ああ。全く、見事に横峰オーナーに振り回されてしまったな。まあ、俺は楽しかったから、別に良いがな」
「楽しかったろ? 黒龍君。白龍君も」
「オレは全然楽しくなかった! 黒龍に振り回されてうんざりだぜ!」
白龍は思いっきり、膨れっ面をした。
(こういうのを、金持ちの道楽って言うのかな?)
「でも、それじゃ、梨花さんと真菜さんと優子さんと、それにみゆきさんまで騙したことになるではないかっ。なんてお詫びをすれば!」
「いや~、それについては、ごめんごめん! (でも君がどうしてもって言うからオーディションに参加させたんだけどね…) これで許してくれるかな?」
横峰オーナーはそう言うと、ポケットから何やら紙を取り出して、黒龍に渡した。
「ん? これは! 今人気の、“さとうめマジカルランド”のフリーパス券!」
黒龍は、そのチケットを見るなり、目を輝かせた。
「こ、こんなんじゃ騙されねぇぞ! なあ、こくりゅ…」
「仕方無い、許してやるか」
「いいのかよ!」
白龍はそう言いながらも、少し、嬉しそうな顔をした。
結局は白龍も、行きたかったのである。
「さあさ、写真撮影会を始めるよ!」
横峰オーナーがそう言うと、二人はまた舞台に立たされた。
横には、徹や、仕掛け人の紗也、七海、美穂、朋子、龍之介、そして何故か、よしおまでもがいた。
梨花は、マイカメラで、白龍ばかりを撮り続けていた。
そして最後は、ここにいる人全員で、写真を撮った。
写真撮影会が済むと、横峰オーナーが衝撃的なことを口にする。
「次は、来週発売される、君達のシングルを発表するから」
「何~!? そう言うことは早く言えよ!」
「全く、いつもいきなりだな。横峰オーナーは。お楽しみって、それのことだったのか…」
舞台の上にはすでに、二人が歌う準備が進められている。
二人は立ち位置に立つと、マイクを渡された。
準備が整ったところで、よしおが袖から出てきた。
《さて、本日のメインイベント! 来週発売の[翠嵐~青く吹く風~]翠嵐のお二人の、初のシングルです! では、どうぞ!》
この様子だと、よしおは最初から知ってたらしい。
曲がかかり始め、黒龍と白龍が、前奏で踊り始める。
数十分後、 黒龍と白龍は、部屋に帰ってきていた。
「あ~あ。今日は疲れたな~」
「全くだな。まさか横峰オーナーに、弄ばれていたとは」
「お前のせいだぞ、お前がまんまと、横峰オーナーの策略にはまるから!」
「まあ、楽しかったから良いではないか」
「オレはちっとも楽しくなかったぞ!」
そう言う白龍に、黒龍は横峰オーナーからもらったチケットを見せた。
「ではお前は行かないのか?」
「い、行くけどよ!」
「早速、みんなを誘わないとなっ。ついでによしおも誘うか」
「ああ、今日は何か、頑張ってくれたからな」
白龍は、よしおの働き振りを、偉く感心していた。
「いつ行くか、みんなで決めないと行けないな…。また、みゆきさんにでも会いに行くか」
「黒龍。今日、美幸さんかっさらってった、凄く格好良い人だけどよ」
「あいつがどうかしたのか?」
「いや、美幸さんが行くなら、あいつも行くんじゃねぇのかと思って」
「別に俺は構わんっ。こういうのは、 正々堂々、勝負すべきだからな。ハッハッハッハッハッ」
黒龍は自信満々にそう言った。
(何で勝つ気満々なんだよ…。美幸さんと結月って人は、好き同士だから付き合ってるってのに…。この自信はどこから来るんだか…)
白龍は黒龍を、呆れた目で見つめていた。
こちらは山澄の部屋。
いつも騒がしい山澄の部屋だったが、今は一人だ。
しかし、電話をしている様で、会話が聞こえてくる。
《おい、やまさん。ちゃんと渡したよ。あのチケット》
「そうですか。ありがとうございますね。横峰さん」
《でもやまさん。何でわざわざ、こんな遠回りにチケット渡すんだい? 直接渡しゃ良いのに。まあ、こっちは助かったけどね》
「直接じゃ駄目なんですよ。…インドでは少し、やり過ぎましたからね…」
《ん? 何だい?》
「いいえ、こちらのことですよ」
山澄はそう言うと、ニコッと笑った。
「二人の出かける日が待ち遠しいですよ…」
その横顔の意味を知る者は、誰もいない…。




