十 「翠嵐~おいしいものは少しずつ~」
「ここがフライドチキンの店か…」
「ついに店に来てしまったか…」
二人は店の前に突っ立って、看板を見上げる。というのも、事の発端は数日前に遡る。
二人は、休みの日はろくに出掛けもせず、いつも通り部屋でのんびりとくつろいでいた。
「なんかはらへったな」
「あぁ…では昼飯でも作るか。白龍、お前は何が食べたい?」
「ピザ」
「お前はそればっかりだな、たまには別の物が食べたいと思わんのか?」
「いいじゃねぇか、好きなんだからよー」
ピンポーン
白龍が言い終わるか終わらないうちに、突然部屋のチャイムがなる。
畳みに両手を後ろ手につけ、へだっていた白龍は「誰だ?」といいながら、おもむろに立ち上がると、ドアを開けた。
「こんにちは二人共、一緒にお昼食べない?」
でかでかと、おじさんの書かれたバケツを両手で抱えている山澄が現れた。山澄からは少し、揚げ物の匂いがした。
「おお、ちょうど昼飯にしようと思ってたんだ。何持ってきてくれたんだ? ピザか?」
「フッフッフッ。とっても美味しいものだよ」
山澄はドスッと思い音をさせながら、テーブルの上にバケツらしき物を置くと、どっこいしょ、と二人の真ん中に陣取り座る。そして、
「ジャジャーン!!」
といいながらバケツのフタをとった。
「なんだこれは?」
バケツの中には何やら茶色い、見た目にも明らかに高カロリーな物が敷き詰められていた。
「何ってフライドチキンだよ」
山澄はそう言いながら、手づかみでチキンをつかむと、我先にと早速一口ほお張った。
「い、いや、やまさん、悪いが俺は遠慮しておく。油っこそうなのはちょっと」
「え~、おいしいのに。そう言わずに…おいしいよ。ほら、白龍君も」
山澄に言われ、二人がしぶしぶ中のチキンを手でつかむ。
そして、一瞬顔を見合せるが、同時にせーので口に入れた。
「こ、これは…!」
「なんだこれは!」
「うめぇ~!」「うまい!」
「こんなうまいの初めてだぜ!」
同時に叫ぶ二人は目を輝かせた。
「そうでしょ」
「この濃厚な皮! 分厚い肉! 溢れだす肉汁!」
むさぼり食う白龍。
「口にいれた瞬間のスパイス的な香り、コリコリのなんこつ!」
むさぼり食う黒龍。
「ちょ、ちょっと二人とも…」
山澄の制止の声も耳に入らず、二人はチキンにしゃぶりついていた。
─この時二人は、確かに獣であった─
「こんなうまい物があったなんて、ピザの次にうめぇぜ!」
次々チキンを手に取る二人。骨をそこら辺に散乱させ、手を油でギトギトにしながらも、拭く時間さえ惜しいのか、食べ続ける。
「おい、黒龍! このクリスピーってのもうまいぜ!」
「なにっ! よこせ!」
黒龍はクリスピーを一つ手に取ると、
「うまい! サクサクのコロモに、中に入っているさっぱりとした肉! これはいくらでもいける!」
黒龍はクリスピーを、2個3個と続けて口に入れた。
「おい! 何すんだ黒龍!! 食べ過ぎだ!」
「いいではないか!」
「お前さっきと言ってること全然違うじゃねぇか! 何が油っこい物はちょっとだよ! 食いまくってんじゃねえか! 自重しろ!」
「こんなにうまいとは思わなかったのだ! それに貴様はピザの次と言ったろう! お前はピザでも食っていろ!」
口にいれたままケンカする二人。
食べカスが口から出て飛び散る。
「まぁまぁ、二人とも、そんなに気に入ったんならまた買ってきてあげるから、ケンカしないの」
山澄はそう言いながら、自分も食べようと手を伸ばす、だが。
「あれ?」
チキンが入っていたバケツの中は、すでにカラッポだった。
「ちょっと君達!」
「あっ?」
「私の分も全部食べちゃったの?!」
山澄はあまりのことに目を丸くさせる。一個しか食べてないのに…、と山澄は付け加えた。
「あ、ああ、うますぎて…」
「つい…」
ケンカしていた手を止め、申し訳なさそうに肩を落とす二人。
「まあ、いいけどね…」
「それにしてもやまさん、こんなうまい物、どうやって手に入れたんだ?」
「えっ? 知らないの? サンタッキーだよ」
「サンタッキー?」
口を揃えてはてな顔で言う二人。
「知ってるか? 白龍?」
「ああ…入ったことはないが、確か駅前の店にそんな名前があったような…」
「そんなに気に入ったんなら行ってみると良いよ」
これが数日前の出来事である。
二人は店の前に立っていた。
店先のドアの隙間からは、何ともいえないチキンの香ばしい匂いが漂ってきた。
黒龍は店の前のおじいさんの人形を不思議そうに見た。
「何でこんなものが店の前に置いてあるのだ?」
「あぁ、何でもこのじいさん、店の創業者らしいぜ」
「なにっ! そうなのか!? こんなうまい物を作った人なのか…よし、拝んどこう」
黒龍は人形に手を合わせた。
「おい! 恥ずかしいからやめろよ!」
「別にいいではないか! 敬意を払っているのだ!」
「それより早く入ろうぜ」
「ああ」
美味しそうな匂いに耐えかねた二人は、ドアを開けると、店の中に入っていった。
「いらっしゃいませー」
女性の店員さんが笑顔で応対する。
黒龍はいつもならナンパしそうなものだが、この時はチキンの方にばかり目がいっていた。
レジの前にはメニュー表があり、そこに載っている品々はどれも美味しそうだ。
「おい、どれにするんだ黒龍?」
「むぅ、このサンドというのも旨そうだが、やはり骨付きのチキンにかぶりつきたい」
悩み、苦悶するが、すぐメニューを指差して言った。
「よし! 取り敢えず、この12個入りのパックにするか、一人6個ずつで…」
「そんな食えるのか?」
「まあ、余ったら、次の日食べればいいだろう」
「そうだな」
そうして二人は、パック12個入りのフライドチキンを受け取ると、自分の部屋に帰っていった。
一週間後。
山澄は、バケツのフライドチキンを持って、黒龍と白龍の部屋の前にいた。
「二人とも喜ぶかなぁ」
ピンポーン
部屋のチャイムを押す山澄。
「はーい」という黒龍の声とともに、ドアが開く。
「やあ、こんにち…は!?」
ドアが開いた瞬間、山澄は我が目を疑った。
山澄の目の前にいたのは、右手にチキンを持ち、髪の毛は油でつやつやの、パツパツのジャージを着て、でっぱったおなかが少し見えている、変わり果てた黒龍の姿であった。
「どうした、黒龍?」
続けて目の前に現れたのは、黒龍と同様、右手にチキンを持ち、パツパツのジャージで、でっぱったおなかが少し見えている、これまた変わり果てた白龍の姿だった。
「ちょ、どうしたの二人とも、その体?!」
山澄は、驚きのあまり、持っていたチキンのバケツを落としそうになるが、何とか持ちこたえた。
「何か変か?」
「いや、別に普段通りだが…」
「それよりやまさん、それ、チキンだろ? オレたちにくれるのか?」
「え? い、いや…」
山澄は、二人の変わり果てた姿に、これ以上はヤバいと思い、チキンを隠そうとするが、いつの間にか取られていた。
「ありがとーやまさん、実は今もチキン食ってたんだけどよ、どうゆうわけか、腹減っちまって…」
「ああ…何故かいくらでも入る気がする」
黒龍と白龍が、山澄から奪い取ったチキンを、一つずつ手にとって食べた。
その様子を、山澄はしばらく、なんとも言えない顔で見ていたが、突然二人の真ん中に来て、
バン!
と卓袱台を思いっきり叩いた。
「ん? どうしたんだ? やまさん?」
「二人とも、それ以上食べちゃダメよ!」
そう言うと山澄は、瞬時に二人の手からチキンを取り上げ、バケツに戻した。
「んな! 何するんだ! やまさん!?」
「まだ食ってんじゃねえか!」
ぎゃあぎゃあと思い巨体を揺らしながら、喚き散らす二人のデブ。
「落ち着きなさい!」
今までにないくらい山澄が大声を上げると、二人は途端にシュンとして、大人しくなった。
「どうしてこうなったの?」
手を腰につけ、まるで子供を叱るように言うが、二人には何のことかわからないようだ。
「何が?」
「何かオレ達変か?」
「自分の体を鏡でよく見なさい」
山澄は、何処から出したのか鏡を取り出し、二人の体を映した。
すると、異変に気付いたのか、自分の体をあちこち触る二人。
「何だこの体は?! ニワトリの呪いか?」
腹の肉をつまみながら黒龍が言う。
「で、どうしてこうなったの?」
再度二人を問いただす山澄。
いつの間にか二人とも、山澄の前に正座をしていた。
「いや~オレ達、ちょっとチキンにはまっちゃって…」
「ちょっと?」
「実はここのところ毎日昼はフライドチキンにしてたのだ」
「毎日!?」
その言葉を聞いて山澄はめまいを起こしそうだった。
「どおりでそんな醜い体に…」
山澄は呆れて溜め息を吐く。
とそこへ、部屋のチャイムが鳴った。
ピンポーン
「は~い」
落ち込み、まるでマンガのように頭にたれ線が見えている二人の代わりに山澄が出た。
「黒龍様~! 遊びに来ちゃいました~! あれ? おじさん誰?」
歓呼の声を響かせ、黒龍のファンが二人、家に押しかけてきた。
「おじさん…!」
若い女性におじさんと呼ばれ、山澄は少しショックで落ち込んだ。
女の子の声に耳ざとい黒龍は、すぐさま反応し、玄関のドアの前に駆けつけた。
「ハッハッハッ! 今日は何して遊ぼうか?」
髪をファサッとかきあげ、キザったらしく、油でギトギトの手で薔薇を一輪差し出す。
だが、女性二人の目は冷ややかな軽蔑の眼差しを黒龍に向けた。
「え? なにこのキモデブ。ちょーキモいんですけど」
「黒龍様の真似なんかして全然似てないっていうかホントキモイ」
その二人の女性の言葉によって、黒龍は石のように固まり、差し出した薔薇の花は何処からともなく吹いた風によって、花びらが一枚残らず散っていった。
「黒龍様がいないんじゃ意味ないし行こっ」
「どこに行っちゃったのかなぁ。もしかして、引っ越しちゃった?」
階段を下り、二人はそんな話をしながら去っていった。
しばらく固まっていた黒龍は、去っていく女性を遠目で見送っていたが、ドアを閉め、部屋に入ると突然叫びだした。
「うおおおおおお~!!!」
膝を折り、天に向かって叫ぶ黒龍。
「こうなったらやけ食いだあ~!」
黒龍はテーブルに置いてあったチキンを、両手に掴むと、交互に勢いよく食べ始めた。
「あっ、ずりぃぞ黒龍!!」
それにならい、白龍も負けじとチキンを食べだす。
「ちょ、ちょっと二人共! 落ち着きなさい!」
山澄はまたもや二人からチキンを取り上げ、今度は食べられないようにドアの外へ取り敢えず置いた。
「それ以上醜くなったらどうするの?」
「ハッ!」
山澄の制止の言葉に我に返る二人。
「ではどうすればよいのだ! こんな醜い体になり、女子に嫌われ、俺はこれからどう生きていけばよいのだ!」
「黒龍…」
黒龍は血の涙を流していた。
それを見た白龍も、少しもらい泣きする。
「やまさん…オレたち、これからどうしたらいい?」
まるで捨て犬のような目をする二人に、山澄は一つ、大きな溜め息を吐く。
「痩せるしかないわね」
「え?」
「ダイエットよダイエット! 大変だけど、やまさんも手伝うから、頑張ってダイエットするの!」
「ダイエットか…」
「でも、どうやって?」
「そうねぇ。まずはランニングね! あと食事制限、勿論チキンも禁止。っていうか揚げ物禁止!」
「なに~!?」
山澄の言葉に、二人は同時に声を上げた。
「ひどいぞ!」
「揚げ物禁止か…。ピザはいいんだよな? 揚げ物じゃないし…」
「ピザも禁止、高カロリーだからね」
「まじかよ…」
白龍は、これでもかというくらい項垂れた。
「…君達? 痩せるためには高カロリーなものは禁止だからネ! 高たんぱく低カロリーだよ!」
「…はい…」
渋々頷くデブ二人。
こうして黒龍と白龍のダイエット作戦は始まったのだった。
早朝5時。
「ふあぁ~。こんな朝早く走らなくてもいいじゃねえかよ」
「気がたるんでるぞ白龍。腹の肉もたるんでいるが」
黒龍は白龍の腹をつまむ。
「何すんだよ! それはお前も一緒だろ!」
「いや、俺の方がまだ1㎝ほどへこんでいる」
「そんなの全然変わんねえだろうが!」
「はいはい、二人共、朝方なんだから静かにね」
山澄はジャージ姿で準備運動をしながら二人に諭した。
「それにしてもやまさん、早起きだな。眠くないのか?」
「実はやまさん、今日朝まで仕事してたのよ」
「え?」
山澄をよく見ると、目には充血、目の下にはクマ、ついでに頭にはフケがたまっていた。
「すまんやまさん、俺達の為に…」
黒龍は心底すまなそうな顔をした。
「いいのよ。あとで寝るし。それにやまさん夜型人間だしね。さ、準備運動も終わったしそろそろ行くよ。ハイ、出発~!」
山澄がそう言いながら手を叩くと、三人は一緒に走り出した。
朝7時。
ランニングから帰り、朝ご飯の支度をする二人。
「え~、これだけかよ?」
白龍が出来上がったご飯が見て、うるさくわめいた。
「白龍、お前は米を研いだだけだろ、文句を言うな」
「でもこれじゃ全然足りないぜ」
三人の前には、ヨーグルト、サラダ、納豆。あと、具たっぷりの味噌汁が置かれていた。
「何! 納豆があるではないか! 俺納豆嫌いなのに…」
「体に良いのよ。腸の調子も良くなるし。あっ、ちょうのちょうし…ぷくく…」
山澄ははからずも、オヤジギャグを言ったことで、自分で笑っている。
「まあ、やまさんはほっといて食べようぜ」
「ああ」
黒龍は米を持って食べた。
「んな! なんだこの米は!?」
「どうかしたか?」
「この米、しらたきが入ってるではないか! 白龍、お前が入れたのか!?」
黒龍はぶつ切りに切られているものの、繋がっているものもある、しらたきを、箸でぶら下げながら言った。
「いや、オレはやまさんの言う通りにしただけだよ…!」
「何! 何故だやまさん!」
黒龍は山澄の方に顔を向けた。
「いいですか黒龍君。こうすれば、お米のかさがまして、カロリーを抑えられるでしょ。炭水化物も減らさなきゃ」
「なに~!? 米もまともに食えないのか…」
「因みに、おかわり禁止」
「なに~!?」
「うるせえよ黒龍。さっさと食え」
既に納豆を口でネバネバさせている白龍が、黒龍に箸を向ける。
「きたな! きたない! ネバネバさせるな!」
「いいから黒龍君も納得してなっとおくえよ」
「むぅ…わかった…」
山澄のギャグにも気付かず、黒龍は嫌々ながらも、納豆を仕方なく食べ始めた。
隣では、「あ、あれ?」という山澄のむなしそうな声が聞こえてきたが、唯一聞こえていた白龍は、敢えて無視した。
「じゃ、二人共、それ食べ終わったらまた、運動ね! やまさん、今から寝るから。さぼっちゃダメよ」
「え? やまさんも運動に付き合ってくれるのではないのか?」
「言ったでしょ? 寝てないって。じゃ、よろぴく」
山澄はドアの外で、顔の横で手を振ると、ドアを閉めた。
「…やまさんも出て行ったことだし…さぼるか」
「そうだな、あれだけ走ったんだし、休んでもいいよな」
二人が腕を組み、頷いていると、
「因みに」
いきなりドアが開き、やまさんが言った。
「休まないか見張らせてるからね」
「誰にだ!?」
二人が山澄に向かって大声を張り上げたが、またもや顔の横で手を振り出ていく山澄の返事はなかった。
「見張らせているとは…一体?」
「…どうせハッタリだろ?」
顎をかかえて考える黒龍に対し、白龍はご飯を食べ終え、ごろんと横になる。
「しかし、やまさんのことだ。実際に何処かで見てるのかもしれんぞ」
「んなバカな…」
プルルル…
突然白龍のケイタイがなった。それに寝ながら出る。
「はい、もしもし?」
「食べて寝ると、牛になるよ」
まるで見えているかのように山澄の声がケイタイに響く。
「なっ! 何で分かんだよ! まさか、監視カメラでもついてんのか?!」
びっくりして飛び起きる白龍は、辺りを見回す。
「やだなぁ、そんなのつけないよ。じゃ、ダイエット頑張ってね」
一方的に切られた電話に、白龍は震えた。
「やべぇよ、やまさん。マジやべぇよ…」
「と、取り敢えず、ランニングにでも行くか?」
黒龍と白龍は、慌てて部屋を後にした。
ランニングから帰り、疲れ果てた二人が少し横になると、そのままいつの間にか眠ってしまい、起きた時には既に16時であった。
「…ああ! やべぇ! もう4時じゃねえか!」
「何?! そういえば、今日はモデルの仕事ではないか! 急いで行かねば!」
黒龍と白龍は、その格好のまま、髪はボサボサ、服はジャージ、腹はタプタプのまま、家を出た。
「横峰オーナー、遅れました!」
「え?」
二人の変わり果てた姿を見、横峰オーナーは、
「君達、誰? 何勝手に入ってきてんの?」
と、あまりにも変わり果て、面影もないのか、二人のことが分からないらしい。
横峰オーナーは怒り心頭で、大層ご立腹の様子で叫んだ。
「それより黒龍君と白龍君はまだ来ないのかねぇ。全く、責任感て物が無さすぎる! もうたっぷりお説教しなきゃね!」
二人はその怒りっぷりに、逃げようとした。が、しかし、このまま挨拶もしないで帰るのは、やはりいけないと思い返し、オーナーに頭を下げた。
「横峰オーナー、すみません、遅れて…」
「え? だから誰よ?」
「オレ達、白龍と黒龍です。実は寝坊しちまって…」
「え? 嘘でしょ」
二人の身体を睨めつけるように見る横峰オーナー。
何せ、服はジャージ、髪はボサボサ、おまけに腹はタプタプ。
その変わり果てた姿を見て、横峰オーナーはますます声を荒らげた。
「なってな~~~い! 君達なってないよ! モデルの自覚が! 何それ? 何その髪! その腹! そんなお腹で良く仕事来ようと思ったね! 君達、うちはフレッシュさがウリの雑誌なの! 君達のその体のどこにフレッシュさがあるの?!」
そう捲し立てる横峰オーナーは、自社の雑誌で、二人の頭をパンパンと叩いた。
「もう君達クビ」
「え?!」
「と、言いたいとこだけど、チャンスをあげましょう。貴重な戦力を失いたくないし、CDも発売したし…」
渋々譲歩する横峰オーナーは、こんな提案をしてきた。
「一ヶ月! 一ヶ月で痩せなければクビ!」
「ほげぇぇぇ~~~!!」
あまりの無理難題にキャラ設定も忘れ、叫ぶ二人であった。
こうして黒龍と白龍は、死に物狂いで痩せにかかった。
食事制限、ランニング、腹筋、背筋、腕立て、スクワット。
思い付く限りのトレーニングを続けていたが、白龍は既に、3日で飽きてきていた。
黒龍の方はというと、トレーニングは闇の世界で慣れているので苦にはならず、順調に痩せていった。
だんだんと二人の体重差が開き始める。
そして、15日目のこと。
「白龍、お前は何キロ痩せた?」
「えっと…ニキロ…」
「何?! まだそれしか痩せてないのか?! 一ヶ月で痩せねばならんのだぞ?!」
「そういうお前は何キロだよ!」
「俺は既に四キロ痩せている。もう少し痩せれば元通りだ」
「何で同じメニューなのに差が出てんだ? お前、サバ読んでんだろ」
「お前はすぐへばり、休憩とか言っておやつを食べているのを、俺は知っているぞ」
「ゲッ、んなとこ見てんじゃねえ!」
「しかし、白龍がそんなセコいことをしているくせに」
「セコいってなんだよ!」
「やまさんの奴は見張っていると言いながら、全然何も言って来ないではないか。やはり、見張っていると言うのははったりであったのか」
「ったく、あれは何だったんだよ」
「とにかく貴様はもう少し痩せろ。でなければ、お前だけモデルの仕事をやめる羽目になるぞ」
「…まあ、そうなったらしょうがねえから、別の仕事探すよ」
「貴様はそう簡単に仕事が見つかると思うのか? ただでさえ中学生に見えているのだぞ? 貴様、俺のヒモになる気か?」
「気色悪いこと言うんじゃねえ!」
「じゃ、一生懸命痩せることだな。このデブ」
白龍の腹を指でツンツンとつつく。
その屈辱的な行為に、白龍は黒龍の手を勢い良く払った。
「んな! チクショー! オレが本気出せばすぐ痩せれんだよ!」
白龍が叫んだところで、突然部屋のドアが開いた。
「黒龍君! 白龍君! 調子はどう? もう痩せた?」
山澄がにこやかな笑みを称え、ヅカヅカと勝手に入ってくる。
「だから、オレ、鍵かけといたはずだろが!」
叫ぶ白龍を無視し、黒龍は困惑気味に山澄に聞く。
「や、やまさん、今まで何処にいたのだ?」
「あ、ちょっと、仕事部屋に籠ってて」
「ったく、見張ってるってたのに、やっぱ嘘じゃねえか」
「え?」
山澄は何故か驚くような顔をした後、少し考える素振りをしたが、すぐに笑顔で言った。
「あ、ああウソウソ。君達がサボらないようにはったりかましたのよ」
「何か今の間気になるな…」
「そ・れ・よ・り! ちゃんと順調に痩せてるの?」
山澄は二人の腹を同時につまむ。
「あれ? なにこれ? 白龍君! 全然痩せてないじゃない! 横峰オーナーに、一ヶ月で痩せなきゃクビって言われたんでしょ? 頑張って痩せなきゃ!」
「それが白龍の奴、こっそりおやつを食べていたのだ」
「なっ! 言うんじゃねえよ!」
「まあ、それは悪い子ね」
「だあもう! 二人してうるせえな! 食べなきゃいいんだろ?」
白龍は何処に隠し持っていたのか、お菓子を卓袱台の上に山のように置いた。
「クッキー、せんべい、ポテチ…。貴様! 真面目に痩せる気はあるのか?!」
「わりかったよ…」
と言いつつ、白龍はクッキーの袋を開け、口にポイッと一個放り込んだ。
「な、なにやってるのだ貴様は! 今言ったばかりであろう!」
「あ、ああすまん…。つい、な。菓子が目の前にあると、つい、手を出したくなるんだよ…」
そう言って白龍は、目の前の山積みのお菓子をチラリと見、何かを決意したような顔を山澄に向ける。
「やまさん! この菓子全部やる!」
「え? いいの?」
「ああ、目の前にあってもつらいだけだし」
「それはいいけど…。これ全部食べたら、やまさんも太っちゃうなぁ」
「いや、やまさんもう既に中年太りだろ?」
その時、ドタドタと激しい足音と共に、何かが部屋のドアの前に来たと思うと、そのドアが勢い良く開いた。
「じゃ、じゃあその菓子、俺にくれよ!」
マリモ色の短髪の頭が嬉々とした顔で白龍に近寄る。
「何だよ杉山…。ってか、会話聞こえてんのか?」
「フフ、この盗聴器で四六時中白龍の会話は録音ず……」
「ふざけてんじゃねえ~~~!!!!」
「ヘボォォォォ~~!!!!」
盗聴器という言葉に、怒髪天をつき、白龍は杉山を思いっきり蹴り倒し、ついでに黒龍も一緒になって倒れている杉山を両足で踏みつけた。
案の定、杉山はボロ雑巾のようになり、そこら辺で伸びた。
何ともワンパターンなやつである。
「全く、盗聴は犯罪だ!」
「それにしてもこの菓子どうすんだ?」
「だから! 俺が食べるって!」
伸びていたはずの杉山が超回復力で起き上がる。
「え? 杉山食べてくれるのか?」
「ああ! 白龍の物は全部俺が頂く!」
「その言葉は気色悪りぃが…。まあ食ってくれんなら助かるわ」
「それにしても、白龍。随分太ったな…」
杉山は白龍の体をなめるように見ると、顔をポッと赤く染める。
「丸くて、コロコロしてて、可愛い…」
「だから! 気色悪りぃってんだろが!」
またまた白龍に蹴り飛ばされる杉山である。
杉山は再び超回復力で起き上がると、卓袱台の上にあった菓子をひとまとめに持ち、
「この白龍の菓子は全部俺んだ!」
と、捨て台詞を言い放ち、出ていった。
「それにしてもあいつの回復力は凄まじいな…。もしかして魔物か?」
そう独り言を呟く黒龍。
それに対して、山澄は誰にも気付かれずにフッと笑った。
「さて! やまさん、これから仕事だし、二人とも! 引き続きダイエット頑張ってね!」
山澄はパンッと自分の太ももを打ち、言うと、顔の横で手を振りながら出ていった。
「俺達は腹筋でもするか」
「ゲッ」
白龍はその言葉に嫌な顔を見せるが、自分の腹の肉をつまむと、余分な脂肪が姿を現す。
仕方なく白龍は腹筋を余儀なくされるのであった。
─そして一ヶ月後─
「どうやら痩せてきたみたいね」
横峰オーナーの前に立たされ、シュンとした顔の二人がいた。
もうタプタプのお腹ではなく、髪もさらさらで、服もジャケットとスラックスというちゃんとした出で立ちであった。
横峰オーナーはフッと溜め息を吐く。
「これに懲りたらもう暴飲暴食はしないことね」
黒龍と白龍はもう二度と、どれだけおいしくとも毎日食べはしないと誓ったのだった。
二人がアパートへ帰ると、見知らぬ相撲取りが前を歩いている。
相撲取りは、こちらを振り替えると、白龍の方へと突進してきた。
「白龍~!」
「誰だ?」
近寄ってきて息を切らす相撲取りに、白龍ははてな顔で聞いた。
「ひどいな、俺だよ。杉山だよ!」
「す、杉山?! お前どうしてそんなに醜く…」
「白龍からもらった菓子を食ってたら、こんなになっちまった。なあ、どうにかしてくれよ!」
「知るかよ…」
白龍は、杉山に対して冷徹な目を向ける。
「たぁすけてくれぇ~~!!!!」
杉山の悲痛な叫び声だけが儚く空に散りゆくのだった。




