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翠嵐   作者: 里梅紅弥
1~15 一章
11/18

十一 「翠嵐~黒龍恋愛珍道中~」

 


 冬のある日。天気は快晴だが、空気は冷たい。

 そんな日に、駅に立つ三人の姿。

「何か、寒いな…」

「しょうがねぇじゃねぇか。みんな今日しか空いてないんだしよ」

 黒龍と白龍、ついでによしおである。

 待ち合わせの時間、十五分前。

 気温は10度。マフラーは欠かせない。

「みんな、来るんでしょうかねぇ?」

 よしおはコート、マフラー、手袋、それに帽子に耳当てまでしている。因みにお腹には腹巻き。

「…にっしても、よしお。そりゃ、いくらなんでも重装備(じゅうそうび)過ぎねぇか?」

「寒がりなんですよ、俺」

「全く。修行が足らんからだ」

 三人がそんな話をしている中、待ち合わせの時間になった。

 しばらくして、向こうから、優子、梨花、真菜が歩いて来るのが見える。

「うふ。こんにちは白龍さん」 

 梨花はわざわざ、白龍にだけ声を掛け、白龍にだけウインクをした。

「今日はありがとうございます。お誘いいただいて」

 優子は丁寧にお礼を言い、頭を下げた。

「いや、もとはと言えば、こちらのせいなのだ。モデルの話は無くなってしまったのだからな。もちろん、これで許してもらえるとは思っていないのだが…」 

「はい。今日はお詫びに、たっぷり付き合ってもらいますから!」

 優子はそう言って、二人にウインクをした。

「め、女神様!」

 白龍は、優子のその行動に、女神様の面影を見て、つい口走ってしまった。

「は?」

「あ、い、いや…」

 梨花に抱きつかれながらも、白龍は上の空で、女神様のことを考えていた。

(そういえば、女神様はウインクとか、そんなこと一度もしなかったな。それに性格も、どっちかというと、キツめだし…)

「ちょっと白龍さん! あたしをほっといて、何考えてんのよ!?」

「真菜さん、みゆきさんはどうしたのだ? 姿が見えないのだが…」

 黒龍は、美幸の姿をキョロキョロと探した。

「も、もうそろそろ来ますよ…」

 真菜のその挙動不審に、黒龍は首を傾げた。しかし、すぐにその理由が分かった。

「お、お待たせ~。黒龍さん。白龍さん…」

「………」

 何と美幸の後ろには、やはりというべきか、結月がいた。

 とにかく格好良いその姿は、周りにオーラを放っているようにも見える。

「んな!?」

「ああ…やっぱりか…」

 白龍は二人の姿を見た後、苦笑しつつ黒龍に目をやった。

「取り敢えず行こうぜ…」

 みんなは電車に乗り、“さとうめマジカルランド”へと向かった。

 因みに電車に乗っている時、結月は美幸の肩に手を乗せ、いかにも黒龍に見せつけていた。







 一行はマジカルランドについていた。

「…こ、これが、遊園地なるものなのか…」

「黒龍さんは、遊園地初めてなの?」

「あ、ああ。みゆきさん」

「ムッ。みゆ、あっちへ行こうっ!」

 結月は美幸の手を引っ張り、さっさと中へ入っていった。

「あ、みゆきさん!」

「待てよ黒龍!」

「白龍さん!」

「ちょ、待って下さいみんなぁ!」

 皆が皆、引きずられるようにして、中へと入って行った。

「…ハァ、ハァ…。あ、みゆきさん。一緒に観覧車に乗りませんか!」

 黒龍が二人に追いついたのは、ちょうど観覧車の前だった。

 黒龍は、美幸に手を差し出して、エスコートしようとした。

「みゆ、こんな奴と乗ることないぞ!」

「え? でも…」

「俺と乗ろう! みゆ!」

「え、ちょっと結月…」

 結月は美幸と、強引に観覧車に乗った。

 美幸の顔は満更でもなかったが。

 結月は少し不機嫌そうな顔を、観覧車の中から黒龍に向ける。

「ああ! みゆきさん!」

「あきらめろ黒龍。あの二人はラブラブだ。邪魔すんなよ、黒龍」

 いつの間にいたのか、白龍とよしおと梨花が後ろにいた。

「…優子さんと真菜さんはどうしたのだ?」

「それが…はぐれてしまったみたいで…」

「何!? しょうがない。俺は白龍と乗るか…」

「何でだよ!? オレだって嫌だよ!! ってか、男同士で乗って、何が楽しいんだよ!?」

「じゃあ、あたしと乗りましょ。白龍さん!」

「え、い、いや…」

 梨花は強引に、嫌がる白龍の腕を引っ張り、観覧車へと乗せてしまった。

 観覧車の中から白龍の悲痛な視線が投げられるが、もうどうしようもなかった。

 取り残された黒龍とよしお。

 しばし見つめ合う二人。

 だが、次の瞬間には、何故か観覧車に乗る二人であった。







 結月と美幸は、少し気まずい雰囲気に包まれていた。

「みゆ。何でいつもあいつの言うこと聞くんだ? 今回の遊園地だって、あいつに誘われたんだろ?」

「だって黒龍さん、しつこいし…。断りきれないよ…」

「あいつの名前は口にするな。まだ中学生の癖に、俺の美幸にちょっかい出して…」

「結月」

 結月は美幸をそっと抱きよせると、そっと唇にキスをした。

「みゆは、俺だけのみゆだ」

「結月…」

 何とも幸せそうな二人である。







 一方変わって、こちらは異様な雰囲気に包まれていた。

 向かい合って座る、白龍と梨花。

 梨花は強引に白龍を乗せたにもかかわらず、手を膝の上でモジモジとさせていた。

「白龍さん…」

(何か、見合いみたいになってねぇ…?)

 白龍は少し青ざめていた。

 梨花はやがて焦れたように、顔を赤らめながら言ってきた。

「あ、あの、白龍さん」

「あ?」

「あたし、あたし! 白龍さんのこと、前から!」

 白龍は、梨花の言いたいことが大体、いや、100%予想が付いた。

 どうしようもなく、おどおどするしかない白龍である。

「アイラヴューン!! 白龍!!」

 梨花は白龍の唇を奪おうと、身を乗り出してきた。

「ヒー! 助けて~!!」

 観覧車が激しく揺れた。白龍あやうし。







 黒龍とよしお。二人は意外にも真面目な話をしていた。

「黒龍さんは、どうして白龍さんと一緒に暮らしているんですか?」

「あぁ。それは女神様から俺たち龍神に、害のあるものを倒せという命令をされたからだ。だから、害あるものを見つけ倒せば、白龍は天界へ、俺は闇の世界へまた帰らねばならん。しかし、女神様は俺と白龍に、妙な繋がりがあると言っていたが、一体何なのだろうか…」

「だから、中二病は発動しなくていいですから…」

「だ・か・ら! 俺は千四百年生きている闇の…!」

「わかりましたよ、わかりました!」

「フン…全く」

 これ以上何を言っても、頭の悪いよしおには、理解出来ないと思ったのであろう。

 黒龍は、話題を変えた。

「それにしても、お前、あの梨花って奴が好きなのだろう?」

「えっ!? なな、何言ってるんですか!」

 よしおは顔を赤らめ、激しく動揺した。

「わかるぞ。真菜さんと優子さんははぐれたのに、お前はついて来たし。梨花さんの裾を、こっそり掴んでいたからな」

「ば、ばれてる…」

「ん、あそこを行くは、優子さんと真菜さん! み、見失ってしまう! 降りねば…」

「や、やめて下さい黒龍さん! 大体、どうやって降りるんですか。窓も開きませんし…って、何してんスか!」

 よしおは、窓を蹴破ろうとしている黒龍を、必死に後ろから羽交い締めにして止めた。

「こんな上から落ちたら死にますよ!」 

「大丈夫だ! 俺は黒龍だからな!」

「いや、 そういう問題じゃ無く…」

「あっ! …ほら見たことか! 貴様が止めるから、二人を見失ってしまったではないか!」

 黒龍は、よしおの手を払いのけ、苛立ちも隠さずに椅子にドカッと座った。

「フンッ!」

(…アァ、やだなぁ…。何で俺、こんなとこきちゃったんだろう…。梨花さんだって、白龍さんと乗っちゃったし…。大体なんで俺、黒龍さんなんかと…。下で待ってれば良かったのに…。そうか…きっと黒龍さんが怖かったんだ…。うん、それもあるけど、何で二人は中学生同士なのに、一緒に住んでるのか聞きたかったんだよな。なのに黒龍さんは、中二病の話ばっかりで、まともに聞いてもくれないし…)

 よしおは、黒龍と乗ってしまったことを後悔しだした。だんだんと体が下に向いていくのが分かる。







 そんな頃、白龍はというと、梨花の熱~いキスから、間一髪、難を逃れていた。

(あ、あぶねぇー…)

「チッ!」

 梨花は、激しく舌打ちをした。

 白龍は、梨花のその形相が怖かったので、聞かなかったことにした。

「あ、あのさー。一つ聞いていいかな?」

「うふ、なんですか?」

「何で、オレなの?」

「…だって、あの人ったら、全然…」

「あの人?」

「あ、何でもないわよっ…」

「もしかして、よしおのことが好きだったりして…」

「な、何で分かったの!?」

(図星かよ…)

「だって、健悟君ったら、全然あたしに告白してくれないし…」

 白龍は心の中で呆れた。しかし、一つ疑問に思うことがある。

「じゃあなんで、さっきキスしようとしたんだよ!?」

「それは…白龍さんが格好良いから。あたし白龍さんのファンだし」

 白龍は、うんざりした顔をした。

「おい。多分よしおも梨花のこと、好きだと思うぞ」

「えっ?」

「あの態度を見りゃ分かる。それに梨花も、自分から告白すればいいのに…」

「だって、あたし、男の人に告白されるのが、夢だったんだもん」

「けど、よしおの奴、かなり奥手だぞ。自分からいかなきゃダメだと、オレは思う」

「そっか…。ありがとう白龍さん」

 梨花は白龍の頬にキスをした。

 白龍は、キスされた頬を触ると、梨花のいきなりの行動に驚きを隠せなかった。

「なっ! なな…」

「うふ、お礼よ。あたし、白龍さんのファンは止めないから」

 梨花は白龍に、ウインクをした。白龍はまたもや、うんざりとした顔になった。








 傍目にも分かるほど、よしおは落ち込んでいた。

 そんなよしおを見兼ねて、黒龍は溜め息を付いた後、言った。

「そういえば…」

 目だけ黒龍に向けるよしおである。

「今日、雪が降るかも知れないんだったな」

「え? 天気予報では何も…」

「何を言っているのだ。そのくらい、空を見れば分かる。俺は龍神だからな。元来龍は、雷、風と共に現れるというのだぞ。それに雲を呼び、雨を降らせることも出来る。白龍も、気付いているのではないか?」

 黒龍は、窓の外に目をやった。

 観覧車も、もう終盤に差し掛かっている。

 結月と美幸は、もう既に降りて、下で待っていた。

 別に待つ必要もない、と結月も思っていたが、一言黒龍に何か言わなければ、気が済まないでいた。

 程なくして、白龍、梨花、そして黒龍、よしおが、観覧車を降りた。

「みゆきさん!」

 黒龍が、わき目も振らずに、美幸の元へ走ってきたので、結月は、黒龍の前に立ちはだかった。

「お前、みゆに近付くなよ! 嫌がってるのが分からないのか!?」

「なっ!? …み、みゆきさん…、嫌、なのか…?」

 美幸はしばしの間を置くと、コクッ、と小さく頷いた。

「ガーーーーン!!」

 顔面蒼白の黒龍である。そんな黒龍を皆はほっとき、よしおが小声で白龍に言った。

「あの、白龍さん…、梨花さんと何かありました?」

「ああ、ヤバかったぜ。いきなり襲いかかってきてよ。危うく、オレの唇を、奪われそうだった…」

「え!?」

「そんなこと聞いてくるなんて、お前やっぱり、梨花のことが好きなんだな?」

「は、はい。中学・高校の時の先輩で…。でも未だに言い出せずにいるんですよ。黒龍さんにもばれて…」

「黒龍は、自分のことは鈍感なくせに、人のこととなると、何故か敏感だからな…」

 白龍とよしおは、チラッと黒龍の方を見た。

「ハッハッハッハッハッハッ!」

「おい、黒龍…。まさか自暴自棄になってんじゃねえよな?」

「違うぞ白龍! 俺は決めたのだ! みゆきさんに好かれるまで、俺はあきらめんとな!」

(…美幸さんにとっては、迷惑な話だな…)

 白龍は前言撤回した。

 黒龍は人の気持ちにも鈍感だ。

 そして白龍は、黒龍に対しての見方も変わらない。ただの我が儘、自己中、強欲、女好き、ナルシストであることを。

 六人は、優子、真菜と合流でき、思いっきり遊んだ。

 ジェットコースター・メリーゴーラウンド・空中ブランコ・コーヒーカップにミラーハウス。

 しかし、どれを乗るにも、結月と美幸は二人一緒であった。

 因みにその間に、よしおと梨花は、いつの間にかデキていた。真菜と優子は親友。結局この(かん)、黒龍と白龍は二人で乗るしかなかったのだった。そして次は、お化け屋敷だ。

「お、お化け屋敷…ゴクッ」

 白龍は息を呑んだ。ここのお化け屋敷は、とにかく怖いと有名なのである。そんな白龍の様子に、黒龍は、からかい甲斐があるとふんだのか。

「どうした白龍? 顔が青いぞ? まさか怖いのか?」


ギクッ!


「そ、そんなわけねえだろ! お化け屋敷…最高だぜ、ハハッ…」

 これ以上馬鹿にされては困る。と、白龍は負けじと言い張った。

「では、さっき、ギクッとしたように見えたのは、俺の気のせいか…」

「あ、当たりめえだよ…!」

 白龍の意地っ張りの様子を面白がる黒龍は、優しくこう言ってみた。

「…そんなに怖いなら、手を握っててやろうか?」

「ああ、頼む…」

 白龍もその優しい口調に、思わず本音が出るが、すぐに首を振る。

「じゃなかった、いらないね、そんなの。オレは一人で入れるぜ」

「さて、みゆきさん。俺と一緒に入りませんか?」

 黒龍は白龍を軽く無視し、美幸に手を差し伸べた。

「え?」

「ちょ、黒龍! オレはどうなんだよ!」

「お前は一人で平気なのだろう?」

「うっ…」

 白龍は自分の言葉に後悔した。

 いざとなったら、この場から逃げようとさえ思った。しかし。

「黒龍さん、白龍さんと入ってあげて」

「え? 何故ですか? みゆきさん?」

「あんなに怖がってるんだもん。一人で行かせちゃ可哀いそうよ」

「おい、みゆ! 行こう!」

「あ、結月?!」

 美幸と結月は、またしても二人で行ってしまった。

「ああ、みゆきさん…」

「な、なあ、オレ達は、休まねえか?」

 白龍は何とか逃げ道を作ろうとした、が。

「追うぞっ白龍!」

「へっ?」

 黒龍は白龍の腕を引っ張り、無理矢理にお化け屋敷へと入って行った。








 黒龍と白龍の二人は、お化け屋敷の中を歩いていた。

「みゆきさん、みゆきさん、みゆきさん」

「お、い、黒龍。あの二人のことは…あきらめようぜ…。入り込む余地なんてねえよ…」

 白龍は黒龍の後ろに、へっぴり腰でへばり付いていた。

「おい白龍…もうちょっと離れてくれないか? 歩きづらい…」

「そう言って、オレを置いて、走っていっちまう気だろ!」

「全く、疑り深い奴だ。そんなこと、俺がすると思うか?」

「黒龍の今までの言動から察するに、大いに有り得るね!」

 白龍は、黒龍の服の裾を、掴んで放さない。

(……まあいいか…)


《キャーーー!!》


「!!」

 遠くから悲鳴が聞こえ、 その声に、黒龍も白龍もびくついた。

「オレ、苦手なんだよ…。お化け屋敷の幽霊よりも、遠くから聞こえる人の悲鳴がよ…」

「何だ、やっぱり苦手なのではないか…」

「何言ってんだよ。黒龍だって、今びびってたじゃねえか」

「貴様こそ、何を言っている。そんなこと、あるわけなかろう。今のはただ、声に驚いただけだ」


ガシャーン!!


「ギャーーー!!」

 白龍は、突然目の前に現れた人形にびびり、思わず走り出した。

「おいっ、白龍! 一人だと危ないぞ!」

 慌てて黒龍が、後ろから追いかける。

 すると今度は、上から冷たい物が二人の首筋を撫でる。正体はコンニャクなのだが、今の白龍にとっては、それで十分だった。

「ギョエーーー!!」

「白龍、コンニャクだ…。っておい!」

 まともや一目散に走り出す、白龍である。

 走り疲れた二人は、息を切らして止まった。

「おい…な、なんだよ…。コンニャクならコンニャクって…、始めから言えよな…」

「いや、始めから予告していたら、何の意味もないだろ」

 休んだのも束の間、いきなり異様な空気が流れ始める。

 すると、後ろから突然、病院着を着た、顔のただれたゾンビがこっちへゆっくり、ゆっくりと歩いてきた。

「のわ~~~!!」

 白龍は全速力で、走って、走って、走りまくる。黒龍もその後を慌てて追いかけていく。そうしていくうちに、いつの間か、お化け屋敷の外へと出ていた。

「ハァ、ハァ、ハァ…」

「だ、大丈夫? 二人共…?」

「みゆきさんっ?!」

 何と外で待っていた、美幸に情けないところを見られてしまった。呆れた目で、結月はもちろんのこと、梨花もよしおも優子も真菜も、二人を見ていた。

「お、俺は違うぞ! 白龍があまりに怖がり、走って先に行ってしまうものだから、付き合って走っていただけだ!」

「しょうがねえだろ! マジで怖かったんだからよ!」

「…まあまあ、二人共。取り敢えず少し休みませんか? あのゲームセンターにでも入って…」

 真菜がそう言って、遊園地内にある、小さなゲームセンターを指した。

「それって真菜が行きたいだけでしょ?」

「うんっ!」

 優子が笑って言うと真菜は大きく頷いた。

 真菜はゲームセンターが大好きなのである。

 一同は、ここにいても仕方がないので、ゲームセンターに入った。

 ゲームセンターに入るなり、真菜は物凄い勢いで、ゲームをやり始めた。

「おりゃおりゃおりゃー!」

 その気迫に、黒龍と白龍の二人は、気圧されつつある。だが、他の五人は見慣れているらしく、気にもしていなかった。

 そんなことはさておき、美幸がUFOキャッチャーを見て叫んだ。

「きゃー! これって今人気の『バイオレンスウサギ』じゃーん!」

 美幸はUFOキャッチャーの中のぬいぐるみを見て、嬉しそうに叫んだ。


──バイオレンスウサギとは、今、巷で人気の、アニメキャラクターのことである。

 ウサギ型のぬいぐるみなのだが、逆三角の目に、手には鉈。ヘそにはボタンで、しっぽはなく、『ぬいぐるみの街』に夜な夜な姿を現しては、自分のしっぽを切った相手を捜して、しっぽを取り戻そうとしているのである。


「格好良いんだよねー。特に、番組の最後に毎回呟く、『こいつも、おれのしっぽを持っていなかったか…』のセリフが、凄いシビれるんだよねぇ~」

 美幸はそう言うと、結月の方を向いて、

「取って、結月っ」

 と、可愛くお願いをした。黒龍は、その美幸の姿を見逃さなかった。

「こんなぬいぐるみの何処がいいんだよ、みゆ?」

 結月は呆れ顔である。

 と、言いつつも、結月はUFOキャッチャーに挑戦する。だが、ぬいぐるみはそう簡単に、取れはしなかった。

「残念~」

「次は俺がやってやる! 見てて下さい、みゆきさん!」 

 黒龍は、結月を押し退け、UFOキャッチャーの前に立ち、ぬいぐるみを取ろうとした。だが、やはりぬいぐるみは無情にも、滑り落ちる。

「何~~!? 結構難しいのだな」

 黒龍は今度こそと思い、お金を入れた、だが。

「はい、美幸さん。二個取れたから、一個あげます」

 何と黒龍の後ろでは、真菜がもう一台あったUFOキャッチャーから、バイオレンスウサギをGETしていたのであった。その様子を落胆の表情で見ていた黒龍の後ろで、無情にも、時間切れで自動的に動き出したUFOキャッチャーが、ぬいぐるみにかすりもしなかった。

「ありがとう、真菜」

「いえいえ。あたし、得意なんですよ。それにしても『バイオレンスウサギ』って、格好良くて、それでいて、可愛いですよね~」

「真菜、私にも取って~!」

「あたしにも!」

 真菜は、優子と梨花にも、バイオレンスウサギを取ってあげた。

 この真菜の行動により、男共のメンツは丸潰れであったのだが、そんなことは気にしない女性陣は満面の笑みを浮かべ、ゲームセンターを後にした。

「あ…!」

 皆がゲームセンターから出た時、ふと、急に美幸はめまいを起こしたようで、結月の方へもたれかかってしまった。

 結月はそっと、美幸を抱き留める。

「みゆ!」

「ど、どうしたのだ? みゆきさん!」

 心配になった黒龍が美幸に触れようしたその瞬間、何と美幸が黒龍の手を思っきり払いのけた。黒龍は、その瞬間、何が起こったのか、理解が出来ないでいた。

「みゆきさん!?」

「触んじゃねえよ!」

 美幸の口から驚くべき言葉が出た時、一同の空気は、一瞬にして凍ってしまう。

「どうしちゃったんだよ?! 美幸さんに、一体何が起こったんだ?!」

 白龍と黒龍は、こちらを鋭い目で睨み付ける美幸に、慌てふためいていた。しかし、他の四人は事情を知っているのか、冷静に事の様を見ている。

「おい」

 黒龍は、なかなか口を開こうとしない皆を一瞥し、最後に結月の方に向いてこう言った。

「みゆきさんは、一体どうしたというのだ。突然倒れたかと思えば、この変容ぶり…それに、皆は事情を知っているようだし…」

 結月は黒龍と目を合わせなかった。

 苦しそうに息をする美幸。黒龍はその美幸の様子を見て、苛立ちも押さえず結月の胸ぐらを掴んだ。

「貴様! 何を隠している!」

「ちょっ、待てよ黒龍! やめろよ! 人には色々事情ってもんがあんだろっ! 結月君も、言いたくないなら言わなくていいからな」

「しかしっ…」

 白龍は、黒龍の腕を結月から離し、制した。結月はばつが悪そうな顔をし、美幸を見た。そして、静かに口を開いたのだった。

「…い、依存症だったんだ…」

「何?」

「みゆは…薬物依存症だったんだ、昔…。それは何とか克服出来たんだけど、その代わりに、タバコを吸うようになって…それで、しばらくの間タバコを吸わないと、人格が変貌してしまうんだ…」

 黒龍と白龍の二人は、動揺を隠せず、美幸と結月をただ見ているしかなかった。

(…タバコを吸わないと人格が変貌…?)

 黒龍と白龍は病気については何も知らない。しかし、現に美幸の様子は、明らかにおかしくなっている。結月は美幸を喫煙所へと連れ出し、タバコを吸わせた。

「みゆ、大丈夫か?」

「あ、ありがとう、結月…」

「そんな…みゆきさん…」

 黒龍はショックを受けていた。清純そうな美幸の裏に、そんな事情があり、しかも結月はそんな裏の顔を知っていても、それでも美幸を好きだと言う。黒龍は負けた気がした。

「…結月とやら…。どうやら…俺の負けのようだな…」

「…お前ははじめから負けてんだよ…」

 白龍は、黒龍に聞こえないように呟いた。その言葉に、周りの四人は頷く。しかし、結月は静かに言った。

「…勝ち負けなんて関係ない。大切なのは美幸の気持ちだけだ」

「結月…」

 結月の顔は真剣そのもので、一段と輝いていた。その結月の顔に、美幸は改めて惚れ直したのだった。







 もう夕日が沈みかけようとしている中、最後にもう一度だけ、今度はみんなで観覧車に乗ろうということになって、皆は観覧車に向かう。

 歩きながら、白龍は隣を歩くよしおに聞く。

「おい、よしお。さっきの『バイオレンスウサギ』って、何なんだよ? そんなに人気なのか?」

「そうですよ! まあ、俺も良く分からないんですが…、何故か女子の間で流行ってるんですよね。俺も梨花のために取ろうとしたんだけど」

「ふーん」

 白龍は、理解できない、というような顔をした。白龍は少し、寒気がして、腕の辺りをこすった。その様子に、よしおが思い出したような顔をする。

「あ、そういえば、今日雪が降るそうですよ。黒龍さんが言ってました。…あれ?」

 よしおは、頬に何か、冷たい感触を感じた。

 上を見上げると、見事に空から雪が降ってきていた。

「あ、雪だ! みなさん、雪ですよ!」

「えっ…」

 白龍は、よしおの言葉に驚いた様子で、慌てて上を見上げた。揃って一同も、上を見上げ、声を漏らした。

「まさか黒龍さんの予言が当たるなんて…」

「まさかとはなんだ! それに予言ではなく、単なる、予報だ。もちろん白龍も、当然気付いていたよな? 龍神なのだから」

 黒龍はからかおうと、白龍の方を向いた。

 白龍の様子はというと、上を見上げたまま硬直している。

 微かに震えてもいるようだ。

「白龍…?」

「…あ、ご、ごめん! オレ、用事思い出したから帰るよ!」

「え? 観覧車は?」

 そう言うみんなの声を聞かず、白龍は、一目散に出口の方へと走って行ってしまった。

「おい、白龍!?」

 怪訝な顔をしていた黒龍は、不安な声で、白龍の名前を呼んだが、白龍は立ち止まることはなく、姿は小さくなっていくばかりである。

 そして白龍は、とうとう遊園地の外へと、出て行ってしまった。

 その様子を見ていた黒龍は、怪訝な顔を不安な顔へと変えていた。

「…すまん! 俺も抜ける!」

「黒龍さん…」

 美幸が心配そうに、黒龍を見つめた。

「白龍… (あいつのあんな顔…今までに、一度だって見たことない…) すまぬな…!」

 黒龍は、白龍を慌てて追いかけた。




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