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翠嵐   作者: 里梅紅弥
1~15 一章
12/18

十二 「翠風~白龍の秘密~」


 白龍は、一足先にアパートに帰っていた。ベッドに入り、布団を頭まで、スッポリ被った状態である。

「白龍!!」

 ドアが勢いよく開いたのと同時に、黒龍は叫んだ。

 玄関に乱雑に脱ぎ捨ててある靴から、白龍が帰っていることは分かった。

「白龍? 帰っているのだな。どうしたのだ? いきなり走りだして?」

 壁に手をつき、自分の靴を脱ぐ黒龍は、白龍の靴もきちんと直しながら言う。

 返事の無い白龍を不審に思ったのか、訝しげな表情を浮かべる。

 黒龍は、白龍がうずくまっているベッドまで来て、白龍のベッドに腰を掛けた。

「何かあったのか?」

「…別に…。何でもねえよ…」

 白龍は顔を、目のところまで少し出した。

 白龍の顔を見て、安心したのか、黒龍はフッと息を吐くと、不意に立ち上がり、窓の外を見た。

「雪、積もっているな…」

「!!」

「さっき街頭のTVで言っていた。二十年来の大雪だそうだ」

「…………」

「雪が積もったら、たくさん遊べるな。…雪合戦、雪だるま、かまくら、雪ウサギ…」

「…遊ばねえよ。…オレ、雪嫌いだから」

 白龍は、ベッドから体を起こして、すねた顔をした。


(…雪が降ると思い出す…)


「お前、“白”龍なのに、同じ白い雪が嫌いなのか?」

「…同じじゃねえよ!」

「何でだ? お前、雪が嫌いってことは、年を取った証拠だな。子供は子供らしく、雪が降ったら喜ぶものだろう」

「子供って…。とにかく、オレは雪は嫌いだ!」


 …

《白龍っ、逃げ、て…》

 猛吹雪の中、血を流して倒れる女性。

 …


 白龍の脳裏によぎる、記憶の欠片。


(…雪が降ると思い出す…)


 白龍の顔が、何処か赤い。


「おい、白龍? …白龍!」


(見ていることしか出来なかった)


 ふらふらと身体が左右に揺れたかと思うと、白龍の身体が、ゆっくりと床に落ちていった。


ドタッ!


「白龍!!」


(雪に広がる赤が、君の体に覆い被さる白が、ただ見ていることしか出来なかった自分の無力さを、思い出すんだ…)







「…龍っ…。白龍!」

「え?」

「やっと見つけた」

 一人の女性が、洞窟の中で尻尾を丸めて寝ていた白龍に声をかけてきた。白龍は幼く、まだ人間にも変身出来ないで龍の姿で過ごしていた。

 白龍はびくついていた。正直、白龍は生まれた時からずっと一人で、自分以外の存在がいることを知らなかった。だから、人と会話するのはこの時が初めてだった。

「怖がらなくても大丈夫」

「白龍ってオレのこと?」

「そうだよ」

 女性はにこやかにふふっと笑った。

「私は、アイリス。天界の女神。白龍を迎えに来たよ」

 アイリスはそう言うと、まだ洞窟に閉じこもっている白龍に手を差し伸ばした。

 洞窟から見る太陽の光は眩しく、白龍は目を細めた。笑顔であることだけは分かるが、光の反射でよくは見えない。

 差し出された手の柔らかそうな感触だけが伝わって来た。

 白龍はしばらく躊躇していたが、指の先からとても優しい匂いがした。その香りにつられ、白龍は不意にアイリスの手を取る。

 何故だか知らないが、アイリスには、心を許せるような気がしたのだ。

 引き上げられるような形でアイリスの手から外へと出ると、白龍の目に世界の広さが飛び込んできた。アイリスの優しい腕に包み込まれると、白龍の心にはこれまで感じたことのない暖かさが広がっていった。






 ここは、中国の奥深くの山。この山は、年中雪が積もっていて、溶けることはない。

 白龍はこの雪深い山奥で生まれた。

 洞窟で動かず、雪ばかりを見ていた毎日だったが、アイリスが来てからは、外で一緒に遊ぶようになった。




「おい、待てよアイリス!」

「こっちだよ! 白龍!」

 アイリスと雪山を駆け回り、追いかけっこをする。白くてふわふわな雪に足をとられながらも、彼女の動きは驚くほど軽やかだった。弾むような足取りで上手に、白龍の捕まえようとする手をかわしていく。

 対して白龍は、雪の上を滑るかのように浮遊し、アイリスを追いかける。アイリスがふと足を滑らせた一瞬を、白龍は見逃さなかった。

「──捕まえた!」

 白龍がアイリスの肩を掴むと、その勢いのまま二人は柔らかな雪の中へダイブした。

「わわっ!?」

「うわあぁっ!」

 ボフッ、という鈍い音がして、視界が真っ白に染まる。

 冷たいはずの雪が心地よく、顔を見合わせて弾けるように笑いあった。






 アイリスは、白龍に色々なことを教えてくれた。鳥、空、花、月、さまざまな知識と知恵。そして、人間の姿に変身する方法。






「白龍! 見て!」

「これは?」

 アイリスが木から降り積もった雪をどけると、ナナカマドの赤い実がひょこっと顔を出した。

「これは『赤』。情熱と命の色だよ」

 白龍は見たこともない色や形に驚いていた。よく見れば木にも色がついている。世界には白と黒しかないと思っていた白龍にとって、この経験はとても新鮮で、目の前が鮮やかに色づいた瞬間だった。

「はい」

 アイリスは白龍の口元にその()を持っていき、食べるように促した。

 赤だと分かった瞬間、指先からアイリスの口元にかけてふと目をやると、()はアイリスの唇の色に似ているのに気が付いた。その時、白龍は胸が高鳴るのを感じた。

 ドキドキと頬が赤くなるのを自覚しつつ、白龍はその指先から優しく実を食む。

「──!? 酸っぱ!」

「アハハっ!」

「騙したなアイリス!」

 無邪気に笑い合いながら、また二人で追いかけっこが始まった。







「頑張って! 白龍!」

「……う~んっ。…出来ないよ、アイリス…」

 アイリスから教わった人間に変身する方法。

 教わった通りに意識を集中させてみるものの、白龍は上手く人間になれない。しっぽが出ていたり、体が鱗で覆われたりと、完璧な人間のそれには近づけなかった。上手く出来ない自分に涙目になる白龍。

「もうやめた! 大体何で人間になんなくちゃいけないんだよっ」

 雪の地面に座り込んで、不機嫌そうに顔をしかめ、冷たい雪を手でほじくっては八つ当たりのように地面に投げつけた。

「こら、ふてくされないのっ」

「でも…」

「いい、白龍? これから天界で暮らしていくには、人間の姿の方が都合がいいの。それにほら」

 アイリスは不意に白龍の手を取る。

「…冷たい手。硬い龍の鱗のままだと私の体温も分け合えない。…でもね、人の姿になれば、こうして繋いだ手の温かさでお互いに温められるんだよ」

 アイリスに優しく頭を撫でられ、白龍はハッとした。自分が当たり前に感じている感覚が、アイリスのそれとは違うのだ。硬い鱗で覆われた冷たい自分の手と、アイリスの柔らかくて暖かな手。触れ合い、体温を感じ合えばどんなに心地よいだろうか。

「分かった。オレ、頑張ってみる」

 白龍は少しやる気を取り戻したのか、再び立ち上がり、また体に力を込めた。

「う~ん…」

 しかし、やはり上手くは変身出来ず、(うろこ)(にん)(げん)になった白龍。

「オレ、才能ないのかな…」

 自分の鱗だらけの手を寂しげに見つめ、白龍は深く項垂れた。

「いつか出来るよ」

 そんな白龍を諭しながら、アイリスは柔らかな笑みを浮かべてその頭を撫でた。










「白龍。こっちに来て」

 アイリスが手招きし白龍を呼ぶ。

「アイリス、危ないぞ」

 岩場の淵に立つアイリスを白龍は後ろから不安そうな顔で窺う。

「見て」

 アイリスが指し示す先には、今にも沈みそうな赤く燃え上がる夕日があった。

「わあ…!」

──こんな場所があるんだっ!

 白龍はそう叫んでいた。

 洞窟に籠っていたら一生知らなかった世界の色に白龍は目を輝かせた。

 そんな白龍の横顔を、目を細め、優しく見つめるアイリス。

「天界にはもっと綺麗な場所があるんだよ」

「へえ! 見てみてぇ~!」

 夕日を瞳にうつしながら、ここよりも美しい場所に思いを描き、無邪気に白龍は笑う。

「アイリスがいるテンカイってどんな所?」

「そうだね…まず雪がないね」

「え!? 雪がない!?」

 白龍が驚きに目を見開く。冷たく閉ざされた白の世界で育った彼にとって、雪が無いことなど想像も出来なかった。

「うん。それで一年中春の陽気で、晴れていて赤や黄色や青、色とりどりの花がずっと咲いてて…」

「? ハルって何?」

「ちょっと、説明は難しいかな…」

 小首を傾げる白龍に、アイリスは困った顔で苦笑いをした。









 アイリスと過ごしてから幾日かが過ぎたころ。

 白龍は、アイリスといつものように散歩をしていた。珍しく今日は比較的暖かな気候だ。やけに太陽が眩しく感じる。

「なぁ、アイリス。何でアイリスはずっとオレと一緒に居てくれるんだ?」

 アイリスの歩いている横を隣で低く飛びながら、白龍はふと疑問に思ったことを口にした。

「白龍と一緒に居たいから」

「答えになってねぇよ」

「白龍も一緒じゃない? ただ一緒に居たいだけ。それだけじゃ駄目かな?」

 アイリスがふいに立ち止まり、くるりと振り返って白龍の顔を覗き込んだ。

「駄目ってことはねぇけどよ…」

 自分の気持ちを見抜かれ、ポリポリと頬を掻く白龍。アイリスも自分と一緒に居たいと思ってくれていることに、嬉しくなった。と、同時に少し気恥ずかしくもある。白龍は照れを隠すように顔を横にやると、雪豹があくびをしていた。

「なぁ、そういえば、なんでオレ、白龍って名前なんだ? 何か安直過ぎねえか?」

「いやなの?」

「い、いや。嫌って訳じゃないけど…。どうせオレ名前なかったし…。ただ、もっとこう、格好いい名前とかが…雪豹みたいな…」

「私はいいと思うけどな。白龍。この雪のように光ってて、眩しくて…」

 そう言うとアイリスは、雪の降り積もっている葉っぱに触れた。

 太陽の光を浴びて、雪で濡れた葉っぱが、キラキラと輝いている。白龍は思わずアイリスのその仕草にドキッとした。

「あ、あのさー、アイリスはなんでオレをテンカイってとこに連れていきたいんだ?」

 胸のトキメキを隠すように白龍が唐突に問うと、アイリスは、困ったような笑みを浮かべて優しく微笑むだけだった。その微笑みには、何かを隠しているような、けれど深い慈しみだけが溢れているような、不思議な色があった。

「一緒に天界で暮らそう」

 白龍には、テンカイとかそんなのはよく分からなかったが、アイリスと一緒なら、何処でも生きていけると思った。

「今夜の吹雪に紛れて天界に帰ろうと思う。いい白龍?」








 そうして吹雪の晩。天界に通ずる道が近くにあるとアイリスは言い、二人は山奥を歩いていた。

 視界を白く染め上げる猛吹雪の中、アイリスの輝く金髪が神々しい光を放っている。

 横なぐりの吹雪だったが、不思議なことに雪はアイリスをよけて吹いている。彼女とその周囲だけが、まるで時が止まっているかのように静寂に包まれていた。

 足下の道には、光の線が出来ていて、それが天界の道に通じているらしかった。その黄金色の道筋だけが二人の命の道。一歩外れれば瞬く間に暗黒の世界へと落ちて行く。

 二人は静かに雪煙の中をそれに沿って進んでいた。その時。


バァァァン!


 鋭い音と共に、何故かアイリスが、地面に倒れていく。

 何が起こったか分からず、呆然とする白龍。けれども白龍の瞳は、倒れ込むアイリスの姿を、まばたきもせずに捉えて離そうとはしてくれなかった。

 まるでスローモーションを見ているような感覚に襲われる白龍だったが、気が付けば、地面にうつ伏せに倒れているアイリスの姿があった。

「え?」

 アイリスの体から流れ出る血。その血で、真っ白だった雪は赤く染め上がっていた。

「アイリス、アイリス!」

「白龍っ、逃げ、て…」

 苦しそうに息をするアイリス。血に濡れた手が、白龍の頬を触る。

「やったか?!」

「いや、化け物の方に当たっちまった」

 二人の男が猟銃を手に持って白龍の方に近寄る。ザクザクと荒々しく足音を立てながら、横たわっているアイリスの側に立つ。

「化け物め…」

 そう言って男は、アイリスを蹴り飛ばし、白龍の首根っこを掴んで持ち上げた。

「まあいい。この白い龍を皇帝に捧げれば、俺たちは大金持ちだ!」

「でも皇帝は何でこんな()()()()()()()な生き物欲しがんだ?」

「お前知らないのか? 龍の肉を食えば不老不死になるらしい」

「は、離せ! 止めろよ!」

 白龍は必死で抵抗するも、男は白龍を掴んで離さない。そのまま連れて行こうと、男が踵を返したその時。

「は…白龍…」

 アイリスは最後の力を振り絞り、去り行く男二人の背中に光の玉のようなものを当てていた。

「うっ…」

 二人の男は前倒しに倒れ気絶し、白龍を手から離した。

「アイリス!」

 とっさに駆け寄る白龍。白龍はいつの間にか、今までどう頑張っても出来なかった人間の姿になっていた。鱗は白い服へ形を変え、柔らかな肌が露になった。初めて感じる人の足で雪を踏みしめる感触。人の足の歩きづらさ。だが、今の白龍には、気付く余裕すら与えてはくれなかった。

 アイリスの体を見つめ、大粒の涙を流しながら、白龍は手を握る。

「アイリス! どうして…こんな…」

 降りしきる雪が、アイリスから流れ出る血を覆い隠していく。

 アイリスの体からは、熱が段々と奪われていった。指先の感触がダイレクトに伝わってきて、暖かいはずの手が氷のように冷たかった。

「やだよ、オレ…、また一人になるのか? 楽しさも、世界の鮮やかさも、世界が白だけじゃないってことも、アイリスが教えてくれたのに…」

 アイリスが教えてくれた『命の色』。白一色だった白龍の世界を鮮やかに見せてくれた『赤』が、今は彼女を奪っていく色に見えた。白龍は、涙をいっぱいに溜めていた。

「アイリス! お前、神なんだろ!? だったらこんなことで死なねえよな? なぁ! アイリス! お願いだから返事してくれよ!!」

 自然と手に力がこもる。それでもアイリスは返事をしてはくれない。ようやく人の姿になれたのに、アイリスの手には温もりさえ感じられなかった。

「アイリス…、やだよ」

 白龍は、アイリスの体に被さるようにむせび泣いていた。

「──神は不死身ではない」

「へ?」

 突然、白龍とアイリスの目の前に、少女が現れた。年の頃は十歳くらいであろうか。少女の体には雪は当たっておらず、代わりに光が少女を包み込んでいた。闇に浮かぶ異様な姿は、神々しさもありながらも、表情は何処か哀しげであった。

 困惑する白龍の前で、少女はうつむき加減に涙を拭う彼を静かに見つめる。

「お前は?」

 袖口で涙を拭くと、白龍は少女に顔を向けた。

「私は、アイリスの娘、クルス」

「不死身じゃないって…どういうことだ? だって神なんだろ? 何百年も生きてるんだろ!?」

「確かに年はとらぬ。だが神は不死身ではない」

「じゃあ、アイリスは、このまま死ぬのか!? なら助けてくれよ! あんた、アイリスの娘なんだよな? 神様なんだろ!?」

「…ひとまず天界へ行こう。ここは神気が薄い。ここじゃ助けられない」

 少女が静かにアイリスと白龍の体に触れると、吹雪の音が遠ざかっていく。

 三人の姿は、雪に溶けこむようにして消えていった。








 三人は、広い建物の中のような空間にいた。

 青い硬質の床や壁は、冷たい印象を受ける。

 アイリスはそんな冷たい床に横たわり、白龍はアイリスの上半身を抱えるように座っていた。

「おい! アイリス! 返事しろって!」

「…神力で傷は塞いだが…」

 未だ目覚めぬアイリスに、白龍とクルスは不安な顔を向ける。すると、アイリスが息も絶え絶えながらも、静かに目を開けた。

「…白、龍」

「アイリス!」

「白…龍…。良かった…無事に天界に着いたの…」

 目の焦点も合わぬまま、微笑むアイリス。

「アイリス! すまぬ…もっと私が早く気付いていれば…。でもこれでっ!」

 クルスがアイリスの手を取り、悲しげだが、助かると信じて笑顔を向けた。

「クルス…白龍を…よろしく頼む…。私の女神の仕事を継いで、しっかり、ね…」

「! 何を言い出すんだアイリス!」

 クルスは途端に悲しみに顔を歪ませた。

「白…龍…」

「アイリス! ご、めん…。オレのせいで…こんな…」

 自分と出会わなければ、アイリスは死なずにすんだかもしれない。そんな後悔と自責の念に囚われて、白龍はアイリスの顔を見ることすら叶わなかった。

 しかし、アイリスは、白龍の震える頬にその冷たくなった指先でそっと触れた。

「白龍、お前のせいじゃない…。私は人間を撃ってしまった…。本来神は人間に干渉してはならないのに…。私はもうじき消える。…でも、それはお前のせいではない。私は誰よりもお前達の幸せを願っている…。白龍と居た時間、私は楽しかった。幸せだったよ…」

 白龍とクルスはもう悟り、何も言えなくなり、ただただ静かに涙を流すだけであった。

「大丈夫。私は神だよ? 例えこの肉体が滅んでも、風になり、大地になり、地球上の大気になって、お前達をずっと見守っている…だから、泣かないで…」

「アイリス! アイリス!」

「白龍の手…暖かいね…」

 アイリスの体は空気に溶けるように光の粒になって消えていった。

「…んでだよ…。なんでアイリスが死ななきゃなんねえんだ!! なんで…。…オレのせい? オレが…オレがアイリスを殺したのか!? …ごめん…。ごめん…アイリス…。ごめん…」






「アイリス…!」

 白龍は、布団からガバッと起き上がった。涙が頬を伝っているのがわかる。思わず自分の頬を触る白龍である。

「目が覚めたか? 白龍」

 黒龍が目の前にいた。

 黒龍は、白龍のベッドの横に椅子を持ってきて、腕組みをして座っている。

 慌てて涙を拭く白龍。

 黒龍は、おもむろに立ち上がると、台所の方に向かった。

「二日も目を覚まさないから心配したぞ」

 黒龍は、白龍に白湯をいれると、

「これでも飲め」

 と、差し出す。白龍はそれを静かに口にする。

「凄いうなされてたぞ。…怖い夢でも見たのか?」

「…別に…」

 白龍は黒龍から目を背けた。

「…アイリス…」

「!」

 思わず目を見開き、顔をあげ、黒龍の方を凝視する白龍である。

「とは、一体誰だ? 熱に浮かされて呟いていたぞ? アイリス…アイリス…とな」

「……お前には関係ねぇよ…」

「まぁ、言いたくなければ俺は構わんが…」

 白龍は黒龍の顔を静かに見た。心配そうな黒龍の顔を見ていたら、何だかとても居たたまれない気持ちになる。

「…お前、ずっとオレのこと看病してくれてたのか?」

「ん? ああ、何せ俺達はコンビだからな!」

 白龍は、親指をたててニカッと笑う黒龍に、何だか可笑しくなった。

「…ハハ、だからコンビじゃねえってのっ」

 言葉にはいつものような元気さはない。白龍は、覇気もなく笑った。それでもその笑顔を見て安心したのか、黒龍は安堵の笑みを浮かべていた。

「…にしてもお前、看病なんかしなくても、お前の魔力で治せたんじゃないのか?」

「はっ! …すまん、失念していた…」

「アホだな」

「何だと!? …しかし、貴様がいきなり倒れるから、俺も思わず慌ててしまったのだ」

「そっか…悪りかったな…」

 白龍が、ばつが悪そうな顔をしたので、二人の間にしばし沈黙が流れる。

 その沈黙を破るかのように、黒龍が切り出した。

「そうだ白龍。お前のために玉子がゆを作ったのだ。食べられそうか?」

「…ああ。もらおうかな」








 白龍はお盆に乗った玉子がゆを布団の上で食べ始める。

 暖かい食事に、冷えきった手足が暖まっていく。心の雪が溶け始めるのを、白龍は感じた。

 半分ほど食べたところで、白龍が不意に口を開いた。

「あのさ…アイリス…のことなんだけど…聞きたいか?」

「…ああ」

「…結構、きつい話になるけど…」

「…大丈夫だ。俺は黒龍だからな!」

 白龍は、その言葉に少し笑いそうになった。こんな黒龍になら、自分の過去を受け止めて貰えると思ったのだろう。白龍は、静かに語り始めた。








「…なるほど…。お前にそんなことが…」

「…結局、アイリスが死んだのって、オレが弱かったせい…なんだよな…」

 白龍は、また涙が零れてきた。

 とっくに乗り越えていた。自分自身でもそう思っていた。だが、時々夢に見る。

 まるで、死なせてしまった自分を責めるように。

「何言ってるのだ。お前が弱いのは通常運転だろ」

「な、何だと!?」

「白龍。自分のせいだと思っているようだが、それはとんだ勘違いだ。お前は幼い頃故、何の力もない。誰もお前のことなど当てにはしてないのだ」

「なっ! 何でそんなこと言うんだよ! 確かにオレは弱くて、力もないけど、オレ自身は助けたかった! オレに力があれば…」

「ち、違う! だから、お前がそんな顔をして、気に病む必要はないと言っているのだ!」

 言葉の端に少し照れ臭さがまじる。そんな様子を白龍は見逃さなかった。

「…もしかしてお前、オレのこと慰めようとしてるのか?」

「っ…!」

 思わず目を反らす黒龍。顔がほんのり赤く染まった。

「っか! …言葉下手かよ…。慰めるにしても、もうちょっと言い方ってもんがあんだろ…」

「う、うるさいな! 貴様は!」

 こういう時、何と言えばいいのか、黒龍は知らない。それでも慰めることなどしたことがない黒龍が、自分の為に気遣っているのは分かる。

 白龍は、呆れか安堵か、分からない息を吐いていた。

「しかし、そのアイリスという人が女神様の母親だったとは、驚きだ。俺も会って見たかったな…。さぞかし美人だったのであろう」

「そこかよ! …全く、お前は相変わらずだな…」

 白龍は、そんな黒龍を見て、苦笑いをした。

「では俺もお返しに、俺の過去を語ってやろう」

「何でだよ! 別に聞いてねえし…」

「貴様が過去を語ったのだ。俺も語るのが道理であろう」

「もう好きにしろよ…」

 白龍は、頭を押さえた。何を言っても黒龍には通じない。

「そうだな…俺が生まれたのは…」

 黒龍は、そこまで言って、組んでいた腕のまま固まった。

「ん? どうしたんだよ?」

 片手で顔の当たりを押さえている黒龍は、何処か難しそうな、考え込んでいる様子を見せた。

「…俺は…何処で生まれた?」

「は? …闇の世界じゃないのか?」

「いや。俺は、気付いた時には闇の世界にいた。しかし…それ以前の記憶がないのだ」

「おいおい、大丈夫かよ?」

「さっき、お前が中国で生まれたと言ったが…。中国と聞いた途端、何かを思い出せそうな気がしたのだが…。くっ、駄目だ」

 黒龍は頭を抱え込んだ。

「思い出せん…」

「おいおい、大丈夫かよ?」

「…まぁ…何しろ1400年も前のことだからな。そのうち思い出すだろう」

 顎に手を当て、何故か少し微笑む黒龍を、白龍は改めてまじまじと見ながら呟く。

「黒龍って、見かけによらずおじいちゃんだよな…」

「んな! 誰がじいさんだ!?」

「だって昔のこと、全然覚えてねぇし。インドの時だって、グィーノのこと忘れてたろ?」

「じゃあ貴様は1400年の間のこと、全て覚えてるというのだな?」

「全て…とは言わないけど、黒龍よりは覚えてるんじゃねえかな? オレ案外記憶力いいし」

「誰が記憶力が良いだと? 呪文もまともに覚えられない貴様が!」

「あれは! まどろっこしい呪文にするお前が悪りぃんじゃねえか!」

「いいや、やはり俺の方が記憶力はいい」

 自信たっぷりに呟き、頷く黒龍に、何を言っても無駄と思い、白龍は諦めた。

「仕方ない。白龍! 中国に行くぞ!」

「え? 何だよ突然!?」

「俺の記憶の鍵がそこにあるかもしれんのだ! 貴様も付き合え!」

「えぇ!? ちょっと待てよ! 今、冬だぞ? オレ、雪が嫌いつったろ? 中国なんか今猛吹雪だろ? それに寒いのもやだし…」

「なに!? お前は雪深い山奥で育ったんだから、平気ではないのか?!」

「いや~それがよ…。ほら、天界って年中春の陽気であったかいじゃん? そこでぬくぬく過ごしてたら体がそれに慣れちまったみたいで…な」

 白龍はポリポリと頬を掻いた。

「全く、ここでも甘やかしか…。仕方ない。中国に行くのは、春になってからにするか」

「ああ、わりぃな」

 こうして黒龍と白龍は、春に中国へと旅立つ約束をしたのであった。












 ふと、窓に目をやると、外が明るい。見ると、雪の気配などなかったかのように空は晴天していた。

「そういや、あれほど降ってた雪はどうなったんだよ」

「それが…。お前が寝ている間にほぼ溶けてしまった…。遊びたかったのに…」

「オレは嫌だっつーの。それにしても二十年来? の大雪っつてたのに簡単に溶けちまったんだな」

「それが妙なのだ。お前が寝込んだ後、小降りになったと思ったら、いきなり止み、急に晴れたのだ。気象予報士も首を傾げていた」

 黒龍が腕を組み、思案顔をしていたその時、部屋のドアが突然開いた。

「黒龍君! 白龍君の様子はどうだい?」

 入って来たのはやはりと言うべきか、山澄であった。山澄は何やら鍋を手に持ち、部屋にある卓袱台の上にそれを置くと、

「あら? 起きたのね~白龍君。具合はどう?」

 と、言い、唐突に白龍のおでこに触り、もう片方の手で自分のおでこと比べる仕草をした。

「…うん。熱はもう引いたみたい。もうやまさんびっくりしちゃったよ。黒龍君がいきなり、『白龍が倒れた!』って部屋に入って来た時には。心配でやまさん、お酒しか喉を通らなかったよ…」

「…酒は飲むんだな…」

 呆れた顔を山澄に向ける。

「ごめんね、白龍君…」

「ん? 何でやまさんが謝んだよ?」

 山澄は思わず“しまった”と言う顔をしたが、すぐにいつも通りのにこやかな顔に戻る。

「やまさん?」

「え? …い、いや~…。か、看病出来なくてごめんねって意味っ」

 山澄は慌てて取り繕う。

「そんなの。別にいいよ。ほら、こいつがいるし」

 白龍は親指で後ろにいる黒龍を指さす。

「こいつとは何だっ。人が折角看病してやっているというのにっ」

 白龍の上から物を言うような態度に、黒龍は心外そうに頬を膨らました。

「お前は軟弱だから風邪など引くのだ。俺を見ろ! 風邪など一回も引いたことがないぞ!」

「あっ…やっぱ黒龍ってそうなんだ…」

「ん? 何のことだ?」

「馬鹿は風邪引かないって話…」

「貴様はそうやって人を愚弄することしか出来んのか?」

 いい加減に溜め息ばかりが出る黒龍だった。

「ってか風邪引いたことない自慢って、やっぱおじいちゃんじゃねえか」

「だからじいさんではないと言って…」

「まあまあ二人とも。やまさん、鍋持って来たのよ。鱈鍋(たらなべ)。二人と食べようと思って」

「またここで食うのかよ!?」

「フフフ、鍋はね、みんなで囲むものなのよ」

 言うが早いか、山澄はさっさと卓袱台の上に皿とタレを用意し、二人に手招きをした。

「でもオレ、さっき玉子がゆ食ったからな」

「取り敢えず座って座って」

 山澄は、まるで自分の家のように振る舞う。

 二人を座らせると、案の定自分はいつも通り、二人の真ん中に陣取り、鱈をお碗へよそった。

「鱈は、たらふく食べてね」

「まただじゃれかよ。まさか、それが言いたいが為の鱈鍋か?」

「うん、まあそんなとこ」

「全く…。呆れて物も言えんな。まあ、鱈は旨いが…」

 よそられた鱈をうまそうに食べる黒龍。

「オレも食いてえけど、今腹一杯だしな…。こんなことなら黒龍の玉子がゆなんか食わなきゃよかったぜ」

「んな! 貴様、折角の俺の好意が無駄だと言いたいのか?! 俺は貴様が腹が減っては可哀想と思ってだな…!」

「ああ、はいはい…。もういいよ、お前に何言っても、無駄だもんな。オレが悪かったよ」

「何か(しゃく)に障るが…まあいい」

 そう言ってまた鱈を食べようとした時。


バーン!


「白龍!」

 と、いきなりドアを開けて入ってきたのは案の定、杉山だった。

 その後ろにはよしおもいる。

「白龍! 目が覚めたんだな? 良かったぜ!」

「白龍さん、大丈夫スか?」

 ヅカヅカと当然の如く入ってくる二人は、狭い部屋の中、ぎゅうぎゅうと押しくらまんじゅうのように、押してきた。

「お前近寄り過ぎだろ、あっち行けよ」

 窓際付近まで追いやられ、奥にいた黒龍は肩をこれでもかとすぼめ、隣にいた山澄の肉厚の腹が黒龍の膝の上に乗っかる。

 それにしても男五人、狭い空間に密集し、何とも暑苦しい。

 そんなことはお構い無しに、杉山は白龍の隣を当然のように陣取った。

「白龍、俺、心配でこんな痩せちまったよ…」

 相撲取り並みに太っていた杉山が、いつの間にか元のサイズに戻っていた。

「元通りになって良かったじゃねえか」

「それで白龍。俺、お見舞いの品にピザ持ってきたんだ!」

「何?! 気が利くじゃねえか!」

「正確には俺が働いているとこのピザです。杉さんはお金出しただけ」

「金出してんだからいいだろ?!」

「ゲッ。よしおんとこのピザかよ…」

 と、言いつつ、白龍はピザの蓋を開けてみる。

 案の定、ピザの色は紫色と青色が主体の、この世の物とは思えない色をしていた。

「これ、ここに越してきた時に頼んだヤツじゃねえか! ホントにこんなピザ、うまいのか?」

 白龍は嫌そうにピザを指先でつまんだ。

「名付けて! ハワイアンピザ! 紫は紫キャベツ! 青はバタフライピー! 赤はトマトで黄色はパプリカ。後、諸々入ってます」

「諸々ってのが気になるな…」

「因みにこれで一万円」

「相変わらず高けぇな!」

「は、白龍。お前病み上がりなのにピザは食えるのか?」

 黒龍が困惑の顔を向ける。

「何言ってんだ? ピザに病み上がりとか関係ねえだろ?」

「そ、そうか…」

「まあ、取り敢えず食べてみて下さいよ。うちのおすすめ品なんスから」

 そう言われても、食べられるものと食べられないものがある。白龍はピザを一瞥(いちべつ)した後、杉山の方を向く。

「杉山はこれ、食ったことあんのか?」

「いや、ないけど…」

「じゃあ、お前、ちょっと食ってみろよ」

 白龍は毒味役に杉山を選んだ。

「え? でもこれ白龍に買って来たのに」

「いいから食えよ!」

 白龍は杉山の口にピザを押し込んだ。

「…」

 食べた瞬間、思考が一時停止する杉山。

「う、うめえ~!!」

「は?」

「何かよく分からんが、めちゃくちゃうめぇ~」

「ホントかよ? こんなもんうまいはずが」

 言いながら、意を決して、ピザを一口食べてみた。

 杉山と同じく思考が一時停止する白龍。

「う、うめえ~!」

「当たり前ですよ! お店で売ってる人気商品なんスから」

「何でこの色でこの味になるんだよ? これじゃ詐欺だろ。こんなうまいなら始めっから食っときゃ良かったぜ」

 白龍はあまりのうまさにピザを次々に口に運ぶ。

「お、おい白龍。慌てて食うと腹を壊すぞ。玉子がゆを食べて腹が一杯ではなかったのか? それに二日も寝ていたのだ。もっとゆっくり食べたらどうだ?」

「さっきから黒龍は何言ってんだ? ピザで腹なんか壊すはずねえよ。なぁ、よしお?」

「そうスね。白龍さんは壊しませんよね」

 よしおはスマホをいじりながらテキトーに答える。

「やまさんと杉さんはどう思います? あれ、やまさん?」

 さっきから黙って静かにしていると思っていた山澄は、いつの間にか黒龍の膝の上で寝ていた。

「うっ!」

 いきなり白龍が腹の当たりを押さえ、前に倒れこんだ。

「何か…気持ち悪い…」

 隣にいた杉山が咄嗟に白龍を介抱するように背中をさする。

「全く、俺の忠告を聞かんからそんなことになるのだ」

「白龍! 大丈夫かよ! くそ、誰がこんなことを…」

「いや、貴様が持ってきたピザのせいであろう」

「何涼しい顔してんだ! 白龍がこんなに苦しんでるのに、お前はコンビとして何もしてやらねえのか!?」

 と、言いつつ、杉山は背中以外にも白龍の顔やら、頭やら尻やらを撫でるようにさする。無抵抗状態をいいことに。

「おま! 何処触って! うっ…気持ち悪りぃ…」

「はっ! コンビ!」

 杉山のコンビという言葉に反応し、黒龍はこれでもかと目を見開く。すると、突然立ち上がると、近くへと座り、白龍の頭を自分の膝の上に押しやった。

 因みに黒龍の膝の上で寝ていた山澄は、黒龍が立ち上がったことでゴロゴロと転がり、卓袱台に頭をぶつけ、目を覚ます。

 無理矢理 膝に押し付けられ、白龍は思いっきり顔を歪ませた。

「何すんだよ! 気持ち悪いからやめろ!」

「気持ち悪そうだから介抱しているのだろう?」

「そっちじゃなくてお前の行動がだな! うっ、駄目だ。吐く…」

「まさに()く龍だな…」

「くだらねえこと言ってねえでビニール袋…うっ…」

 白龍が臨界点に達す寸前、気を利かせた杉山がビニール袋を持ち、間一髪の所で受け止めた。だが、次の瞬間。

「おえ~!」

 杉山がもらいゲロをくらい、吐きそうになる。

「す、杉山! 吐くな! ここで吐くな!」

 何とかこらえ、息を飲む杉山が、そこで一言。

「白龍のなら貰っても良かったんだが…」


ブチッ


 白龍の中で何かがキレる音がした。

「言うことが他にねぇのか! おめぇは!」

 楽になったのか、元気を取り戻した白龍は、杉山を思いっきり蹴飛ばした。

 蹴られた瞬間、山澄がタバコを吸おうと開けていた窓から、あわや、杉山は吹き飛ばされ、汚い星になった。

「汚い…言うな…」

 そんな杉山を気にも留めず、先程までスマホをいじっていたよしおは部屋を見回す。

「それにしても、やっぱりこの部屋おかしくないスか? 他の部屋と作りが違うような…」

「き、気のせいではないか?」

「そんなはずないじゃないスか。どうみても部屋が多いし、トイレと風呂までついてるし、明らかにおかしいスよ」

 違和感が拭いきれないよしおである。

「しょうがない、ホントのことを言うか…」

 観念したように呟く黒龍である。

「実はこれは魔力…」

「リノベーションしたんでしょ?」

「え?」

 突然窓際でタバコを吸っていた山澄が口を挟んだ。山澄は二人に目を向けながら再度繰り返す。

「リノベーション、したんでしょ?」

「あ、あぁそうそう。実は契約者の親がやってくれてな」

 白龍は慌てて山澄の言葉に乗っかった。

「何だ、そんなことですか」

「さて、私はそろそろ帰るよ。吉野君はどうするんだい?」

「あ、じゃあ俺も帰ります。行きますよ杉さん」

 星になったはずの杉山がいつの間にか復活していた。

「俺は帰らねぇ! 俺は帰らねぇ!」

 よしおに襟首を掴まれた杉山は、白龍の袖を引っ張りじたばたと抵抗する。

「おめ! やめろよ! 伸びる!」

「帰らねぇ! 帰らねぇ!」

 更にわめき散らす杉山。しかし、よしおの力は凄いらしく、いとも簡単に引き剥がされてしまう。

「駄々こねないで下さい」

 よしおは暴れる杉山を引きずるようにし、出ていった。







 皆がいなくなり、静かになった部屋。

 床には先程の騒ぎで散らかったゴミが散乱し、ピザの食べ散らかした後や、卓袱台には山澄が忘れていった鍋などが残されているだけであった。

 黒龍はそれを深く溜め息を吐いた後、片付け始める。

 白龍は疲れたのか、ベッドに横になっていた。

「なあ、やまさんおかしくねえか?」

「何が?」

 ベッドに横向きで片肘をつきながら、白龍は片付けをしている黒龍にそう聞く。

「何かオレたちに助け船出さなかったか?」

「そうか? 本当にリノベーションしたと思ったのではないか?」

「そんな感じじゃなかった気が…」

「それより白龍」

 片付けの手を一端止め、黒龍はその場でゴミと向き合いながら、白龍の方を振り向きもせずに尋ねた。

「リノベーションとは何だ?」

「は? 知らないで言ってたのかよ…」

 そのままの体制で呆れた顔を黒龍に向ける。

「リノベーションってのは要するにあれだ。部屋を改造ってことだ」

「なるほど、俺はリノベーションをしていたのか…」

「ああ、勝手にな」

 ごろんと仰向けになると、白龍は眠そうに少しあくびをした。

「貴様、何故寝ている?」

「あ? 別にいいだろ?」

「片付けを手伝え! お前がピザを食い散らかしたのだろう? 貴様はいつも何も片付けないではないか!」

「だって、オレが動く前にお前がやってくれるし」

「お前は初動が遅いのだ! 大体いつもお前は…」

「はいはい、わかったよ。もう、ホントお前って黒龍様だよな」

 頭をボリボリと掻きながら、白龍は仕方なく、部屋の片付けを手伝ったのだった。


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