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翠嵐   作者: 里梅紅弥
1~15 一章
13/18

十三 「翠嵐~心のふるさと、中国へ行く~」

 

「ここが中国かぁ~。すげぇなぁ~」

 白龍は、周りを首いっぱいに見回しながら言った。


 春に中国に行くという約束通り、黒龍と白龍の二人は、取り敢えず、中国の黒竜江省という所にきていた。

 というのも、黒龍が「俺の名前がついているのだから俺と関係があるかもしれない」とふざけたことを言い出したからである。

 白龍の方は、「絶対関係ない」と言ったのだが、黒龍は聞く耳を持たず、結局黒龍の言うままに飛行機に乗り、とうとうここまで来てしまったのだ。

 一応、黒竜江省のハルビンという所に来たのだが、そこは思っていたよりも都会だった。

 整理された道に、高いビル。犬を散歩する人々。

 まるでおのぼりさんのようにキョロキョロと周りを見回す二人は、やはり何処か滑稽であった。

「あ、土産屋があるぜ!」

「またか貴様は! 重くなるから土産は最後と言っているだろう! また俺を()めて買わせる気か?! インドでも先に土産屋を見ていたが、中国でもまた何か買わせる気なのか!?」

 黒龍が一気に捲し立てた。しかし、白龍はそんな黒龍には慣れているので冷静に言い返す。

「いいじゃねえかよ土産屋くらい…。あっ」

 白龍は思い付いたようにこっそりと笑った。黒龍にバレないように。

「あのさぁ…オレ達ってコンビだろ? コンビなら普通、相手の為に土産を買っても良いと思うんだ。それに、黒龍なら重くてもオレの荷物持ってくれるよな? ほら、黒龍って力強くてたくましいから! オレの土産物の一つや二つ、軽々と持てるよな」

 白龍は早口で言うと、最後に「オレ達コンビだし!」と、語尾を強く付け加えた。黒龍は一瞬、戸惑うような素振りを見せたが、

「…仕方がない。…そんなに言うなら、仕方がない。まぁコンビだからな。俺達は。ハッハッハッハッ!」

 思いがけない白龍の言葉に、黒龍はふんぞり返るように笑う。

 黒龍のこの言動に、白龍は心の中でほくそ笑んだ。

(…やっぱアホだな…)

 口には出さないが、そう思わざるをえない白龍であった。

「しかし、白龍。本来の目的を忘れては困る。ここへは俺の記憶の手掛かりを探しに来たのだ」

 黒龍がそう言うのも、黒龍は自分自身が何故闇に落ちたのか、何故中国と聞いて懐かしいような感じがしたのか、その手掛かりを求める為にここへ来たのである。

「分かってるよ。…しかし、お前が記憶喪失? って、この場合言っていいのか分からねえが…まさかそんなだとは思いもしなかったぜ」

「ああ。俺もだ」

「お前自分のことだろ? 何で忘れてることを忘れるかな」

「仕方があるまい。千四百年も生きているのだ。そんな昔のことは忘れて当然ではないか?」

「全く…おじいちゃんかよ…」

 白龍はそう言うと、土産屋の開きっぱなしの両扉の外に置いてある品物を物色し始める。

 猿の置物やパンダのぬいぐるみ、皿や装飾品。

 雑に積まれたそれらを嬉々として見ている白龍は、続けて店の中へと入っていった。

 店の中も外と同様、乱雑に置かれた品々で溢れ返っていた。

 高価そうなツボに、床に適当に置かれた山積みの皿。天井からぶら下がっているのは、巨大な龍が描かれた垂れ幕。

 白龍は、その中の置物を一つ手に取ると黒龍に見せた。

「おい黒龍。この龍、何かお前に似てないか?」

「そうか? 俺はもっと格好いいぞ」

「お、これも良いなぁ…」

「おい白龍、土産は一つにしておけよ」

「すいませ~ん、これとこれ…」

「…だから貴様は人の話を…!」

 といいつつも、黒龍はお金を店員に渡し、品物を受け取って店を後にした。

 







「全く貴様は…荷物になるからとあれほど…」

「…ほい」

「あっ?」

 白龍はちょっと照れくさそうにしながらも、さっきの土産の入った紙袋を黒龍に渡した。中には先程買った置物が入っていた。

「何だこれは?」

「何って、土産だよ土産! いや~オレだけ買うのもわりぃしさ。やるよ」

「白龍…」

 と、少し感動しそうになった黒龍だったが、あることに気が付く。

「ん? ちょっと待て白龍。これ、俺が金払ってないか?」

「ひゅ~ひゅ~♪」

 口笛を吹き、ごまかそうと明後日の方向を向く。

「おい、貴様!」

「いいじゃねぇかよ、少しくらい! 安いし!」

「そう言う問題ではな~い!!」

 黒龍が盛大に叫ぶと、周りの人が一斉に振り返った。その様子に、二人は居たたまれなくなり、そそくさとその場を離れたのだった。








「全く、お前のせいで、変な奴に見られたじゃねぇか!」

「き、貴様のせいだろ!」

 ぎゃあぎゃあと人気(ひとけ)のない路地裏で喧嘩を始める二人。

 すると、その時。

「いただき!」

 何と帽子を被った薄汚れた少年が、二人がよそ見をしている隙に、ポケットから財布を抜き取っていった。

「こ、黒龍! 財布が!」

「あのガキ、この黒龍様の財布を盗むとは、いい度胸だな」

 そう言うと、手をポキポキとならし、黒龍は物凄いスピードで走り出した。

「ゲッ! 早!」

 少年もマラソン選手並みの早さで走るが、黒龍に敵わず、あっという間に追い抜かれる。

 黒龍は少年の前に仁王立ちをした。

「さあ、財布を返してもらおうか…」

 上から目線で凄む黒龍が怖かったのか、少年は、

「ご、ごめんなさい!」

 と、素直に財布を差し出した。

「おれ、実は三日前から何も食ってなくて…。つい出来心で…」

 その瞬間、少年の腹がぐうぅぅ~っとけたたましく鳴り響く。

「そ、それはむなしいな…」

 あまりの音に、黒龍は少し憐れむ顔をした。飯を食えないのは何よりも不幸だ。

「だ、だろ?! だから許してくれよ~」

「だが許さん」

「おい黒龍、許してやれよ。財布も戻ったことだし、それに相手は子供だぞ?」

「例え子供だろうが、犯罪は犯罪だ」

 仁王立ちを崩さず、偉そうに頑として譲らない。

「おい、貴様、名は何という?」

「え? お、おれ、李珠蘭(リーシュラン)…」

 リーシュランと名乗る少年は、おどおどと困惑気味の顔で黒龍を上目遣いで見た。

 年の頃は九歳くらいであろうか。

 顔をあげると、クリクリとした目が印象的だが、所々(すす)汚れている。

 綺麗にすれば、美少年と言っても差し支えなさそうだ。

「そうかそうか。では俺達と一緒に来てもらおう」

 黒龍はシュランの襟首を掴むと、思いっきり引っ張った。

「わ、悪かったから、離してくれよ! 警察だけは勘弁…」

「いいからついてくるのだ!」

「大人げねえな…」

 呆れた顔の白龍は、黒龍を止める術を知らず、渋々後をついていくのだった。








 襟首を捕まれ、必死に抵抗するも、黒龍の力にシュランは勝てない。

 シュランの襟首も伸びきったところで、黒龍はある場所の前で立ち止まる。

「ここにするか…」

「え? ここって…」

 中に入ると、テーブルと椅子が並んでおり、店員の声かけと共に座る三人。

 そこは食事処であった。

「さて、何にする? 白龍?」

「え? ああ、そういうことか…。そうだなー、ピザ」

「お前中国に来てそれ食うのか!? そもそもピザなど置いとらんぞ!」

「あ、そういやそうだな…。じゃあこれとこれとこれ」

 白龍がメニューを指差すと、黒龍が店員を呼び注文する。

 しばらくして食べ物が来ると、二人は食べ始めた。

 シュランは、目の前の料理をヨダレをたらしながら見ていた。

「食べんのか?」

 黒龍が揚げた豚肉の甘辛炒めを食べながら、顔もあげずに言う。その言葉にシュランは、

「いいのか!?」

 と円卓の上に身を乗りだした。

「ああ。黒龍はその為にここに入ったんだと思うぞ。遠慮すんな」

 白龍の言葉を聞いてか聞かずか、シュランは物凄い勢いで目の前の料理を平らげ始めた。


ガツガツガツガツガツガツっ!


「ちょ、それオレの…」


ガツガツガツガツガツガツっ!


「俺の水餃子がぁ!」


ガツガツガツガツガツガツっ!


 凄まじい勢いで皿を空にしていく。そして。

「おねえさ~ん! 追加お願いしま~す!」

「まだ食うのか!」

 二人は同時に叫んでいた。

 円卓をバン! と思いっきり叩き、立ち上がると、テーブルの空の食器がカタカタとなった。

「ま、まあ、三日も食ってなかったんならそうなるか…」

 しかし、小さいシュランの体の何処に、そんな入る隙間があるのだろうか。

 結局シュランは追加の皿まで全部一人で平らげたのだった。








 店を出、表で財布の中身を残念そうに確認する二人。すっかり重さを失った財布はしょんぼりと萎れていた。

 そんな二人をよそに、シュランは腹をこれでもかと膨らませ、パンパンと叩いた。

「ああ、食った食った」

「貴様は少しは遠慮という言葉を…」

 ワナワナと拳を握る黒龍。だが。

「お兄さん達、ありがとう」

 というシュランの言葉に、拳をしまう。黒龍は深く溜め息吐いた。

「しかし、何故三日も飯を食えなかったのだ?」

「いや、おれ、屋敷から逃げて来たんだ。まず、おれは親に売られたんだけど…」

「親に売られた?!」

「ああ、それで売られた先が飛んでもなくひどいところでさ。屋敷の主人の変態に襲われそうになって…」

「そ、それは災難だな…」

 白龍は自分と少し重ねた。

 自分も杉山には散々迷惑を被られ、その度に殴り倒してきたが、まるでゴキブリ並みの生命力の杉山に、ほとほと辟易している。

「しかし、主人とは飛んだ変態だな。女の子ならいざ知らず、男の子に手をかけようとするとは」

「男の子? おれ、女だけど…」

「お、おんなぁ~?!」

 あまりの衝撃に、素頓狂な声をあげる二人。

「何だと思ってんだよ」

「しかし、その食べっぷりといい、格好といい、どう見ても男ではないか!」

「これは、女だとなめられるからしてるだけで…」

「くっ…。黒龍一生の深く! よもや女の子を見抜けぬとは…!」

 その言葉に白龍は呆れて苦笑いをするしかなかった。

「と、とにかくだ。シュランは逃げてきて、これからどうするのだ? その分だと、金も身寄りもなく、路頭に迷うだけだぞ?」

「そ、それは…」

 何も思い付かず、うつ向き、地面を見つめる。黒龍はそんなシュランの様子に再び大きく溜め息を吐く。

「しょうがない。女の子が困っているのなら、この黒龍、手を貸さないわけにはいかんな」

 黒龍は自分の頭を掻いた。

「よし、シュラン。取り敢えず、俺達が泊まっているホテルに来い。そこで汚い体も洗え」

「ちょ、ちょっと黒龍! 何勝手に決めてんだよ?」

「では貴様はこのまま女の子を放って置けると? 貴様はとんだ薄情ものだな」

「そ、そういう訳じゃねえけど…」

 白龍は、「ちょっと耳貸せ」と言いながら、黒龍の肩を掴み、ひそひそと耳打ちする。

「金はどうすんだよ? 今のでほぼおろした金なくなっちまったぞ」

「おろせばいいではないか」

「でも、銀行も見当たらねえし、そもそもオレたちはお前の記憶の手掛かりを探しに来たんじゃねえのか? そんな暇あんのかよ?」

「あ、あのさ~」

 二人がこそこそとやっていると、察したのか、シュランが申し訳無さそうに言い出した。

「おれ、家帰るよ」

「え?!」

「飯までおごって貰った上に、泊めてもらったんじゃお兄さん達に申し訳ないし、さ…」

「子供が遠慮するな」

「お兄さん達だって子供だろ?」

「何、言ってるのだ。俺は龍神の黒龍! 1400歳だ!」

 黒龍が思いっきりそう自己紹介すると、白龍は慌てて制した。

「ちょ、黒龍! いい加減やめろって! その自己紹介の仕方! 誰も信じね…」

「龍神!?」

 白龍の叫びに被せて、シュランが目を輝かせる。

「お兄さん、龍神なのか?!」

「あ、ああ、そうだ。白龍もな」

「すげえ!」

「ハハハ…」

 子供って素直だな、と白龍は思った。

「じゃ、じゃあさ、じゃあさ! やっぱりおれの村に来てくれよ! おれの村、今水が足りなくて困ってるんだ! 龍神って、雨を降らせるんでしょ? 頼むから来てくれよ!」

 シュランが二人の服の裾をこれでもかと引っ張る。だか、シュランの力ではびくともしない。

「分かったから服を引っ張るな!」

 こうして、二人はシュランととも、村に行くのだった。








 電車で四時間、更にそこから徒歩で二時間、山を登って一時間の所に、シュランの村はあった。

「ハアハア、…まだ登ってくのかよ?」

 体力のない白龍はすぐへばり、膝に手をついている。シュランは慣れているのか、ピョンピョンと跳ねるように軽々と登っていく。

「まるで猿だな…」

 そう一人言を呟く白龍に、黒龍は真横で腕を組みながら呆れていた。

「情けないな貴様は。ピザばっかり食べているから、そんな軟弱になるのだ」

「ピザを馬鹿にすんじゃねえ! ピザはな、パーフェクト食なんだよ。野菜も入ってるし。お前なんか魚ばっか食ってけど、一向に頭良くならねえじゃねえか、DHAとか意味ねえな、あ、お前の場合はOHAか」

「OHA?」

「逆から読んでAHO(アホ)ってこと」

「アホとは何だアホとは。それは貴様だろ!」

「何言い争ってんの? もう着いたよ」

「え?」

 シュランに言われるまま、目の前を見ると、広大な山々に囲まれた畑に、民家がちらほらと点在している、何処か懐かしさを感じる風景が広がっていた。

「田舎だな」

 畦道をひたすら歩いていると、おじいさんが畑の様子を見ていた。

 畑は少し干からび、茶色い土が所々ひび割れている状態であった。

 ふと、おじいさんがこちらを向き、シュランの方に駆け寄る。

「シュ、シュラン! お前、本当にシュランか?」

「ワンじいちゃん…」

「お、お前、こんなにとこにいて、母さんが何て言うか…」

 おじいさんがシュランの肩に手を置いたその時。

「おじいさん、そろそろ…」

 山の中で採ってきた山菜を籠に数個ほど持ったシュランの母親、美朱(ミンシュウ)がシュランを見つけた。

「シュラン!」

「か、母ちゃん…」

「あんた何でここに…」

「い、いや、それはその…」


パシーン!


 ミンシュウが、シュランの頬っぺたを叩く。途端にシュランは叩かれたほっぺをさすると少し涙目になった。

「仕事はどうしたの?」

「だ、だって、おれ…」

 シュランが言い淀んでいると、ワンじいちゃんがミンシュウをなだめるようにシュランとの間に立つ。

「ま、まあまあ、お母さん。そんなに怒らず…」

「シュランも、変態主人がいやで逃げ出して来たんだ」

「子供を売るなんてひでぇじゃねえか!」

 白龍がシュランの代わりに、眉間にシワを寄せて、思わず拳を握った。ミンシュウはその言葉に、少し訝しんだ様子を見せる。

「売る? シュランにはお屋敷に働きに行かせたのよ?」

「でもこんな小さい子を変態親父のとこなんかに…」

「え? お屋敷の主人は女の人だけど」

 更にはてな顔で二人を見るミンシュウに、黒龍も顎に手を当てはてな顔になる。

「ん? 何か話が噛み合わんな…」

 ミンシュウはそのままシュランの方に向き直ると、今度は目をつり上げた。

「シュラン! せっかくいいとこ見つけたのに、毎日お風呂にいれてもらえるし、ご飯だって三食出してくれるって言ってくれてるのに」

「いいところではないか!」

「またそんな薄汚れた格好をして…」

 ミンシュウがシュランの汚い格好を、上から下までジロリと見ると、シュランはばつが悪そうに呟いた。

「だ、だって、おれ、お風呂嫌いなんだもん…」

「はあ?!」

 白龍がこれでもかと言うほどの素頓狂な声をあげた。

「つ、つまり、どういうことだぁ?」

「だから俺達は、シュランに一杯喰わされたようだな。こちらはいっぱい食わしたが…」

「つまり風呂が嫌なだけだと…。だからオレ達のとこで風呂入れって言った時、突然帰るとか言い出したのか…」

「とにかく、あなたはお屋敷に戻りなさい!」

 ミンシュウがシュランの手を強引に掴む。シュランはその手を振りほどこうと、もがいていた。

「しかし、子供に働かせるほど、貧しいのか?」

「さっきから何なの? あなた達?」

「い、いや…オレ達は…」

 突然の睨みにうろたえた白龍は、後ろに二、三歩ほど後退した。

「人の家の事情に勝手に口を挟まないで!」

「まあまあミンシュウ。いいじゃないか」

 ワンじいちゃんがミンシュウの肩に手を置くと、二人の前にやって来てポツリと呟いた。

「ここらへんは最近、雨が降らなくてな。作物が育たんのだ。雨が降って作物が育てば、シュランもお屋敷なんぞに働きに行かなくてもいいのだが…」

 ワンじいちゃんのその言葉に、シュランは思い出したように言った。

「あ、そうそう! 母ちゃん! こいつらが雨降らしてくれるって! 龍神だってさ!」

「龍神?」

 ミンシュウが黒龍と白龍を見つめる。

 どうみても中学生くらいの人間にしか見えない二人に、ミンシュウは深く溜め息を吐いた。

「またあんたそんな嘘を…。とにかく、今日はもう帰れないから、あなたは明日、お屋敷に戻りなさいね」

 ミンシュウは山菜を持って家の中に入っていった。

「………」

 話を聞いてくれない母親にうつむくシュラン。だが、やがて唇を噛みしめ、山の奥へと走り去ってしまった。

「シュラン!」

「あいつもまだ子供だ。親に甘えたい年頃なのだろう。それを無理に引き剥がされたとあっては、納得出来ないところもあるのだろう」

「とにかく追いかけようぜ!」








 シュランは意外にも近くにいた。

 目の前には巨大な沼があり、何か異様な雰囲気に包まれている。

 湖ほどの大きな沼は、ドロドロと茶色く濁っていて、底が見えない。

 シュランはそんな沼を、木の上に登り、眺めていた。

「シュラ~ン!」

 黒龍と白龍の声が響く。二人は木の上にいるシュランには気付かずに通り過ぎていく。目の前の巨大な沼に目を奪われた白龍は一歩踏み出し、水面を覗きこんだ。

「ん? 何だこの沼?」

「あんまり近寄らないほうがいいよ。底なし沼だから」

 シュランは仏頂面をしながら、木の枝に足だけでぶら下がり、逆さになって、二人の前に顔を出した。

「え?!」

 シュランが覇気もない声で注意すると、白龍は咄嗟に後退りする。

 シュランは木からくるりと降り、服をパンパンと叩く。シュランの顔はまだふて腐れていた。

 黒龍はその沼をジーっと、凝視している。

「黒龍?」

 白龍が呼び掛けると、黒龍は我に返ったのか、

「あ、ああ。すまん」

 と、二人に向き直った。

「ったく…」

 呆れた顔を黒龍に向けると、今度はシュランの方にその顔を向けた。

「お前何で急にいなくなるんだよ?」

「別に…」

 何も答えようとしないシュランに対して白龍はフッと息を吐く。

「何でこんな汚い沼なんか眺めてんだよ?」

「…おれ、嫌なことがあるとここに来るんだ。ほら、ここ底なし沼だから誰も近寄らないし、一人になれるから…」

 そう言うとシュランは、二人の顔をじっと、真剣な面持ちで見つめた。

「あのさ…本当に…龍神…なんだよね…?」

「ああ」

「じゃあさ。おれのお願い…聞いてくれる?」

 いつもの元気さは何処へいったのか。シュランはとても悲しげに呟いた。

「おれ、さ。本当は母ちゃんと離れたくないんだ。父ちゃんは出稼ぎに行ってそのまま死んじゃって。もしこのまま離れたら、おれも父ちゃんみたいに死んで、二度と母ちゃんに会えなくなるんじゃないかって…。不安でさ」

 シュランの目には少し涙が浮かんでいた。それを袖で拭うが、顔はずっとうつむいたままだった。

「大丈夫だ」

 黒龍が静かに、けれど芯のある声ではっきりと言う。

「俺がいるのだ。何しろ龍神だからな。ハッハッハッ!」

「はあ? 何が大丈夫なんだよ?」

 いつも通り自信満々に高らかに笑う黒龍に、白龍は聞き返した。

「いいから俺に任しておけ。シュラン。お前は先に家に戻っていろ」

「え? でも…。帰ったら母ちゃんに死ぬほどお説教くらいそうだからな…」

 頭をボリボリとかきむしるシュラン。

「では野宿をするか」

 黒龍はキョロキョロと辺りを見回し、寝床になりそうな物を探し始める。

「え?! や、やっぱ帰るよ! こんな熊が出るとこで野宿なんてぜってぇやだからな!」

 そう言うとシュランは一目散に走り去って行った。

「全く。根性が足らんな」

「お前じゃねぇんだからいらねぇだろ」

 白龍は呆れた顔で溜め息を吐いた後、静かに呟く。

「しかし、雨が降らないことにはどうしようもねぇよな…」

 上を見上げ、雨を乞うように空を見る。多少雲ってはいるが、雨が降りそうな匂いは今の所しない。

「雨を降らすことは簡単だ」

「ホントかよ?」

「ああ。だが、しかし、皆の前で降らすわけにも行くまい。それに降った所ですぐに作物が育つわけでもない」

「そうだな。それじゃまたシュランが親と離れなきゃならなくなっちまう」

「ではこうしよう」








 その夜。

 ミンシュウとシュランの寝ている窓の外に、二人の影があった。

「おい、何でオレが龍に戻らなきゃいけないんだ?」

「さっき言ったではないか! 俺が戻ってもいいが、明かりもない夜、俺の体では黒すぎる。それに、もし見つかった場合、白龍の方が神聖的だろう? 俺はどちらかというと、邪悪的に見えるらしいからな」

「そういうもんか」

「とにかく、お前はそこに立っていろ。俺が話すから、お前は立っているだけでいい」

「わかったよ」

 そうして白龍は龍の姿で窓の外に立った。

「起きろ」

 黒龍の声が響く。

 声に驚き、ミンシュウが窓に映る影を見た。シュランは声には気付かず隣でぐっすりと眠っている。

 くっきりと白い龍の形に映る影は、夜だと言うのに光輝いて見える。ミンシュウは眩しさに思わず目を細めた。

「な、何?」

「そのままで聞け。我は龍神なり」

「りゅ、龍神様!?」

 ミンシュウは咄嗟に祈るように両手を組み、その場に正座した。

「ミンシュウよ。何故お前は、子供を手放し、働きにいかせるのか」

「て、手放したつもりはありません! ただ、うちにはお金がなく、明日食べるものにも困る日々。子供でも働いてくれないと困るのです」

「それでシュランがさみしい思いをしてもか?」

 ミンシュウは寝ているシュランを横目で見た。悲しい夢でも見てるのか、シュランの目には少し涙が浮かんでいた。

「そ、それは…。ですが、雨も降らず、作物も育たない…。私にどうしろと?」

「俺…私が雨を降らしてやってもいい」

「ほ、本当ですか?!」

「その代わり、シュランに寂しい思いをさせず、親子仲良く暮らせ。分かったな?」

「は、はい。分かりました」

 それだけ言うと、窓の外の龍は姿を消した。

「ん…母、ちゃん……」

 涙を流しながら寝言を呟き、布団を蹴飛ばすシュラン。ミンシュウはそんなシュランの布団を直しながら、頭を撫でるのだった。








「ふぅ。これで雨も降って、シュランも親から離れなくてよくなるな」

「お前は立っていただけだろ」

「んな! お前が立ってるだけでいいっつったんだろが!」

 思わず拳を強く握るが、フッと呆れた息を吐くと、少しイラつきながら舌打ちをした。

「それで、雨はどうすんだよ?」

「今降らす」

 黒龍は天に両手をかざし、呪文を唱えた。

 すると、薄い雲の隙間から見えていた星空がだんだんと分厚い雲に覆われ始め、ついには大粒の雨が二人の顔に降り注いだ。

「ひ~冷てぇ~! 早く中入ろうぜ」

 白龍が身震いをし、両腕を抱く。しかし、黒龍はその言葉を聞かず、降りしきる雨をじっと眺めているのだった。

「黒龍?」

「これで本当に良かったのだろうか…」

「え?」

「いや、一回雨が降っただけでは、また元通りになってしまう。俺達が毎回雨を降らせにくるわけにはいかんし…。それにこの水不足…。何か裏があるのではないかと思ってな…」

「考えすぎじゃねえか?」

「お前は楽観的過ぎだな」

「お前が悲観的過ぎんだろ?」

 その言葉に、思わず二人は顔を見合わせた。しばらくの間の後、フッと黒龍が笑った。

「取り敢えず、明日、この地の守護獣に会ってみようと思う」

「守護獣?」

「ああ。昼間のあの沼…。何かいる気配がしたのだ」








「おい、こっちで合ってんのかよ?」

「うるさいな、貴様は」

 次の日二人は、昨日来た沼に行こうと山を登っていた。

 しかし、昨日は走っていたため、うろ覚えで、さっきから似たような場所を延々と歩いている。

「昨日こんなに登らなかったろ。道間違ってんじゃねえか?」

「ではお前は道を覚えているのか?」

「いや、オレはお前についてきただけだから…」

 ポリポリと頬を掻き、思わず目線を反らす白龍である。

「文句を言うな白龍」

「なあ、オレついてこなくてもよかったん…じゃ」

 白龍がそう言った瞬間、目の前には巨大な沼が茂みの隙間からいきなり姿を現した。

 沼は昨日と同様、何か異様な雰囲気に包まれていた。

「確かに何かいそうな気配だな…」

 二人は同時にゴクッと息を飲む。

「取り敢えず、呼んでみるか…」

「どうやって?」

「こうするのだ」

 黒龍はそこら辺にあった小石を投げ込む。投げられた小石は一度水面に浮くが、やがて沼にポチャリと沈んでいった。

「おい、お前もやれ」

「いいのか? こんなことして…?」

 そう言いつつも白龍は、黒龍に渡された石を投げ込む。そうして、二人してその場に落ちている石だの、木の枝だのを投げ込んだ。

 しかし、沈みゆくばかりで、一向に守護獣は現れる気配すらなかった。

「だああああ~!!!」

 黒龍が痺れを切らしたのか、生えている木に勢いよく、蹴りを食らわす。すると、木は蹴ったところからポッキリと折れ、茂みの方へと倒れてしまった。黒龍はその折れた木を両手で掴むと、そのまま沼へと放り投げた。

「ゴリラかよ…」

 呆れた顔で呟き沈む木を見つめる。すると、何やらブクブクと沼に泡がたち、水柱が沼の水面に勢いよくたった。

「うるさ~い!! さっきから何なんじゃ! おちおち寝てられんわい! ゴミを捨てるな!」

 巨大な何かが沼から勢いよく出てきた。

 その何かは黒い亀のような姿をしていた。

「ようやく出てきたか」

「ん? 何じゃお主達、この気配…。龍ではないか」

「お前がこの地の守護獣か?」

「そうじゃ。わしがこの地の守護獣、玄武じゃ。して、お主ら、龍神が、何か用なのか?」

「最近、雨が降らなくて困っている村がある。お前寝ていないで何とかしたらどうだ?」

「お、おい黒龍! 四聖獣って結構偉い立場のヤツだろ?! そんな口聞いていいのかよ?」

「いいんだ、俺は黒龍だからなっ」

「また始まった…“俺は黒龍病”が…」

 そう言って白龍は少し目眩がし、頭を抱えた。

「黒龍?」

 その名を聞いた玄武が、不思議そうに黒龍を見つめる。

「黒龍ならお主が雨を降らしてやればよいではないか」

「ああ、しかし俺は今、日本に住んでいる故、そう単純な話でもないのだ」

 黒龍がそう言うと、玄武は一言、そうか、とだけいい、落ち着いた声で静かに言った。

「残念だが人間に肩入れすることは出来ん」

「何故だ? お前は場を守護するもの。困っている人を見捨てるというのか?」

「お主の方が人間に、ちと、深入りし過ぎではないのか? 我らは神獣とはいえ所詮獣…、人間とは関わりを持ってはいかんのじゃ。それが掟じゃ」

「では幼い子もこのまま見殺しにすると?」

「全ては自然の摂理…滅びゆくのならそれも仕方のないこと…」

「どうしてだよ!?」

 白龍が感情的に声を荒らげ、苦悶の表情を浮かべる。

「それじゃオレたちは何の為に存在してるんだ!? 助けられもせず、何も出来ないまま、滅びを受け入れろってのか? そんなの、オレは許さねぇ! 目の前の命に伸ばす手が、力がオレたちにはある。そんなの怠慢だ!」

 胸に沸き上がる思いを、腹の底に沈む何かを、白龍は吐き出すことしか出来なかった。

「ふぅやれやれ…お主、名は何と申す?」

「え? オレは白龍…」

「白龍…か…」

 玄武は何やら思案顔をし、深く息を吐く。

「そんなに言うなら、一つ勝負をしようかの」

「勝負?」

「お主達が勝ったらわしも雨を定期的に降らすよう尽力しよう」

「ホ、ホントか!」

「では早速始めるか」

 黒龍が手をポキポキと鳴らし、戦闘態勢を取った。しかし。

「待て待て。勝負とは言ったが戦いではない」

「なんだと?」

「わしは争いは好まんのじゃ」

「では勝負とは一体何をするのだ?」

「これじゃ」

 玄武は何処から出したのか、巨大な酒樽をドカッと二つ出した。

「わしと酒の呑みくらべをしてもらう!」

「ええ?!」

「酒…か…。しかし、デカすぎやしないか? これではお前に有利であろう?」

 玄武のサイズならいざ知らず、酒樽は人間の姿を優に越えている。

 樽の高さは二メートルほどあった。

「何を言っておる。お主らが龍になればよいことじゃ。さ、二人がかりでかかってきてもよいのじゃぞ?」

 余程自信があるのか、玄武はいかにもな顔を二人に向ける。

「しょうがない」

「ゲッ、ホントにやんのかよ…」

 嫌そうな顔をする白龍に対して、黒龍は肩を(すく)めた。

 二人は言うなり、龍の姿へと戻っていた。









 十分後。

 顔をこれでもかと赤くした三匹の獣の姿がそこにはあった。

 辺り一面には酒気が漂い、玄武の吐く息が、何故か白い霧になって漂っている。

 すっかり出来上がった玄武は、とても愉快そうに上機嫌で笑っていた。そして、何故か黒龍も大笑いをしていた。

「ハッハッハッハッ!」

「ガッハッハッハッ!」

「ハッハッハッハッ!」

「ガッハッハッハッ!」

「な、なあ…何がそんなに可笑しいんだ?」

 飽きもせず笑い続ける二人に対して、一人、冷静の白龍は、何か見てはいけないものを見た時のように、顔を怯ませていた。

「面白いではないか! むしろ何故貴様は笑わない? こんな愉しいことはないぞ!」

「そうじゃそうじゃ!」

「いやお前らが変だよ。ただ酒飲んでるだけで笑うって…。笑い上戸って奴か?」

「ん? ただ酒を飲んでいる…。そうか!」

 黒龍は膝を打つように何かに気付いた。

 龍に膝はあるのだろうか…。

「何かが足りないと思っていた。白龍。お前、芸をしろ」

「はあぁぁ?!」

 いきなりの提案に、白龍の顔はこれまでにないほどひん曲がった。

「何でオレが芸なんかしなきゃならねぇんだよ!?」

「場を盛り上げる為だ」

「ぜってぇやだよ!」

 黒龍の理不尽な言い様に、白龍は酒を持ちながらそっぽを向いた。

「ガッハッハッ。白龍よ。やってみてくれんか? わしも見たいのぅ」

 玄武の申し出により、白龍は嫌々ながらも了承する。

 四聖獣という偉い立場の者に、白龍は巻かれるしかなかった。

「ちっ…。でも芸って何やりゃーいんだよ?」

「そうだな…。面白いこと、だな」

「面白いこと!? その振りが一番困る奴じゃねえか!」

「ハッハッハッ! 面白いな! 白龍!」

「まだ何もやってねぇよ…」

 呆れた顔を黒龍に向ける。

 白龍は何を始めるのか、龍の姿で空中に舞った。

「じゃ、じゃあこの白い体を生かして…」

 白龍はそう言うと、しっぽを下にして体をぐるぐると巻き、頭を上にちょこんと乗せて、

「鏡餅!」

 と、言った。

 一瞬、二人の顔が真顔になったが、やがて二人は大笑いをしだした。

「ハッハッハッハッ! 鏡餅! ハッハッハッハッ!」

「ガッハッハッ! 鏡餅が何かは知らんが、面白いのぅ!」

 ひとしきり笑ったかと思うと、黒龍は白龍の状態をまじまじと見始める。

「しかし、白龍。それは鏡餅というより、うん…」

「言うな! それ以上言うな!」

 白龍は一気に恥ずかしくなり、地面へと降りた。

「よし! 次は俺が芸を見せよう!」

 黒龍は酒の飲み過ぎでフラフラになりながらも、何とか空に舞う。

「お、おい。大丈夫か?」

「大丈夫だ! そうだな…俺が見せるのは…」

 黒龍は何を思ったか、その場で大きく口を開いた。

「秘技! 黒龍火炎!」

 何と黒龍は、森に向かって火を吹いた。勢いよく吐き出されたそれは、意図も簡単に辺りに火をつけ、森の木を燃やし続ける。いきなりのことに白龍は慌てふためき、その場を旋回していた。

「んなっ! 何やってんだ黒龍!? どうしよ! どうしよ! どうしよ!」

「ガッハッハッハッ!」

 慌てる白龍だったが、玄武は呑気に笑っている。

「呑気に笑ってる場合じゃねえよ!」

「うむ。これはちとまずいな…」

 しかし、すぐに真面目な顔付きに変えると、玄武は思いっ切り息を吸い込んだ。そして。

水流飛瀑(すいりゅうひばく)!!!!」

 玄武は口をすぼめた。口からは大量の水がまるで鉄砲水のようにとめどなく溢れている。

 白龍が呆気に取られている間に、玄武はその鉄砲水で、森の火を全て消し去っていた。

「す、すげぇ…」

「ガッハッハッ! わしにはたやすいことじゃ」

 豪快に笑う玄武の前に、今まさに火をつけた張本人が地面に降りてくる。

「す、すまん…。調子に乗った」


ゴン!


「いた!」

 いつの間にか人間の姿に変わっていた黒龍と白龍。

 白龍は、謝り(こうべ)を垂れる黒龍の頭を思いっきり殴った。

「やっていいことと悪いことがあるだろが!」

「す、すまん…」

 意外にもやり返さず、素直に謝る黒龍に、白龍は面食らったが、大人しいことを良いことに、冗談っぽくこんなことを言ってみた。

「許して下さい。白龍様と言え」

「…ゆ、許して下さい白龍様…」

「はあぁ?」

 言わせといて何なのだが、白龍はその言葉に、またもや顔がひん曲がった。黒龍がそんなこと、絶対に言うはずはない。

 白龍は黒龍の顔を少しつねった。

「お前、本当に黒龍か?」

「ん? ああ…。俺は黒龍…だよな?」

「オレが聞いてんだよ…」

 明らかに様子がおかしい。白龍は調子が狂うとばかりに頭をボリボリと掻いた。

「お前酔っぱらってんのか?」

 黒龍を覗き込む。火照った顔は紅潮し、呼気からは酒の臭いがツンと来る。確実に酔っぱらっている。しかし。

「何を言う! これくらいで酔う黒龍様ではないぞ!」

 いきなり大声を張り上げたかと思うと、黒龍は再び龍の姿へと戻り、そばにあった樽に目をやる。そして、豪快に樽を抱え込み一気飲みした。

「お、おい! そんなに一気に飲んだらヤバイだろ!」

 白龍が叫ぶが、そんなものは耳にも入らず、黒龍は樽の酒を飲み尽くした。

 ドンッ! と樽を置くと黒龍はフラフラになりながらも「どうだ?」と自慢気に言った。

「だ、大丈夫…なのか?」

 恐る恐る聞く白龍。

 黒龍は体を左右にひどく揺らすと、目を回し、後ろに倒れた。

 体は倒れた拍子に、人間の姿へと変わっていた。

「こ、黒龍!」

 慌てて近寄る白龍が、倒れた黒龍を心配そうに見つめる。

 目を瞑り返事がない。

 まさか…と思い白龍が黒龍の口に手を当て確認する。その時。

「ガァァァ…」

 黒龍は高いびきをかいていた。

「んだよ。寝てるだけか…」

 肩を下ろし、安堵の息を吐くと、へなへなと地面に座り込んだ。そんな様子を見、後ろにいた玄武が白龍に問う。

「どうするんじゃ?」

「何が?」

「勝負じゃよ勝負! お主がまだ勝負をするなら、わしも続けるが…」

 玄武は樽の頭をトンと叩く。

「あ~……いいや。どの道負けてるし。オレ一人じゃ勝てねぇし、黒龍もこんなだしな…」

「ではわしの勝ちということでよろしいな?」

「あぁ」

 白龍はごろんと冷たい土の上に仰向けに寝っ転がった。

 酒で火照った体が丁度良く冷やされて心地よい。

 白龍はそのままいつの間にか眠っていた。








 次の日の朝方。黒龍はあまりの寒さに飛び起きた。

 まだ辺りは薄暗く、しかも霧が立ち込めている。

 黒龍は起きた瞬間、あまりの頭痛に頭を抱えた。

「ぐわっ!」

 昨日のことはあまり覚えていない。黒龍は自分の今の状態を確認する。上半身は裸であった。

「んな! 何でだ!」

 叫ぶと同時に頭に激痛が走る。

 キョロキョロと周りを見回すと、何故か白龍が自分の上着を毛布代わりに使っている。

「フンッ」

 怒ったように鼻を鳴らし、黒龍はそれを勢いよくひっぺがした。

「へっくし! んあ?」

 くしゃみと共に起き上がると、白龍は寒そうに身震いし、腕を擦り合わせる。隣には上着を着る黒龍がいた。

「? 何でお前服着てんだよ?」

「着ていたら悪いか!」

「いや、だから、何で脱いでたみたいに着てんだよ?」

 はてな顔で聞いてくる白龍に、黒龍は少し怒りを覚えた。

「き、貴様…」

「はぁ…まあいいや…。それよりお前、昨日はやらかしたな」

「ん? 何の話だ?」

「お前があんなに酒癖悪いとは思わなかったぜ」

「だから! 何の話だと聞いている!」

「え? お前、昨日のこと覚えてねぇの?」

 白龍は、じっと睨みを利かす黒龍に怯みもせず、寧ろ意気揚々と昨日のことを全て話した。








「で、お前はそのまま寝ちまったんだ」

 その話を聞いた途端、黒龍は全てを思い出したように顔を両手で隠す。

 ついでに上着のことも思い出した。

 一度目が覚めた黒龍が、隣で寒そうに寝ている白龍に、自らの上着をかけたのだ。

「ぁぁぁぁ…………」

 黒龍は奇声を発した。

 耳が真っ赤に染まっていく。

 黒龍はもう二度と酒は飲まないと、心に固く誓ったのであった。

「お前でもそんな反応、するんだな…」

 珍しい物が見れたと苦笑する白龍だったが、黒龍は突然白龍の肩を掴むと、凄んだ声で言い放つ。

「忘れろ…」

「は?」

「全てを忘れろ!」

 懇願するような真剣な眼差しを向ける。だが、白龍は愉快そうに喉を鳴らして笑う。

「え? やだよ、こんな面白いこ…と…」

 白龍が笑い終わらぬ内に、黒龍は白龍の目の前に仁王立ちをすると、ポキポキと指を鳴らした。

「忘れないなら、ここで俺が貴様の記憶を消してやる!」

「ちょ、ちょっと待てよ! 自分が悪ぃんだろが! それに記憶を消すなんて、そんな術、いつ覚えたんだよ!」

「何発か殴れば記憶は飛ぶ」

「魔法じゃないのか!」

 慌てて立ち上がると、二人して沼の周りをひた走る。

 逃げ惑う白龍に、追いかける黒龍。

 しかし、沼を一周もしないうちに、白龍は黒龍に襟首を掴まれた。

「ハッハッハ。捕まえたぞ」

「くそ…」

 掴まれた瞬間に白龍は押し倒され、黒龍が馬乗り状態に上に乗っかる。白龍は、思わず顔を両手でガードした。

「お前マジで止めろよ! 何でオレが殴られなきゃなんねぇんだ!」

「そこまでじゃ」

 白龍が叫んだその時、襟を掴んでいる黒龍の左手をとった人物がいた。

 黒龍は怪訝そうに後ろを振り向く。

「誰だ?」

 その人物は奇妙な格好をしていた。

 中国の漢服を着ているのだが、黒い布地に赤い襟と袖口が何とも目立つ。

 黒く艶やかな髪の毛は長く、頭の上で髪をまとめた冠がちょこんと乗っかっている。

「やれやれ、乱暴者じゃな」

 男はハァッと深く溜め息を吐くと、美しく整った豪気な顔を困ったように歪ませた。

「あ? 誰だ?」

 白龍は立ち上がると黒龍と同様、怪訝な顔を男に向けた。だが、男はそんな二人には構わず続ける。

「わしは争いは嫌いだと言うたろうに」

「は?」

 いきなりの不審人物に、二人は戸惑いを隠せず、男の顔を凝視する。しかし、黒龍はその誰とも知らぬ男に言った。

「別に本気で殴ろうとしたわけではない。冗談だ」

「じょ、冗談!? 明らかに本気だったろうが!」

 思わず拳を握りしめる白龍。

「本気も冗談も分からぬとは、貴様もまだまだだな」

「全く…。で? こいつは一体誰なんだ?」

 腕を組み、じとっとした目で男を見つめる。

「わからぬのか? 白龍?」

「へ?」

「昨日一緒に酒を酌み交わしたろうに…」

「え?」

 男の言葉に白龍は一瞬真顔になった。

「も、もしかして…」

 まじまじと顔を見ると、綺麗なシュっとした目尻が印象的だが、面影は全くない。

「玄武!?」

「そうに決まっとるじゃろ」

「いや、分かるわけねえよ! 大体何で人間になってんだよ! そもそもその顔とその声、どんだけイケメン要素取り入れてんだよ!」

 白龍はパニクり、訳も分からず叫んだ。

「人間に親しみ易いように人間界の流行りの服にしたのだが…。ちとまずかったかのう?」

「何百年前の流行りだよ…」

 まるで、時代物のドラマのような服装に、白龍は呆れて呟いた。

「それで? …お前は何で分かってんだよ?」

 白龍はいかにも不満そうな顔を黒龍へと向ける。

「それくらい、気配でわかるだろ。あっ、お前はわからんか」

 黒龍は遠回しに嫌みを言った。ニタニタとした笑みを浮かべて、白龍を馬鹿にする。

「へいへい…。流石、黒龍様ですね…」

 白龍は軽くあしらうように手を横に振った。

「で? 何でお前は人間になってんだ?」

「昨日酒の勝負をしたろう」

「あ、そういや、お前が勝った時の話聞いてなかったな。オレ達は何すりゃいいんだ?」

「待て待て、白龍。何故俺達が負けたことになっているのだっ」

「は? だから昨日お前が暴れて伸びたせいでもう決着ついたろ?」

「いや、お前が続けてやれば良かっただろ!」

「やだよ! そもそもオレそんな飲めねぇし、黒龍みたいに奇行に走ったらアホみてぇじゃねぇか!」

「貴様はいつもいつも…!」

「全く…。お主らは仲が良いのか悪いのか分からぬな」

 玄武がやれやれと、呆れて自分の額に手を置いた。

「はぁ…。話がそれちまった…。それで? 何で酒の勝負と人間の姿が関係あるんだよ?」

「それなんじゃが、お主達が昨日言っておった村に行って見ようと思ってのう」

「え? もしかして、雨でも降らしてくれるのか!?」

「うむ」

「解せんな。何故昨日人間に肩入れするなと言った貴様が、いきなりそんなことをするのだ?」

「気が変わったんじゃ。昨日は楽しかったからの。あんなに騒いだのは1000年、いや、2000年ぶりじゃ。それにお主達龍神が、記憶が飛ぶほど飲み、アホになってまでわしを楽しませてくれたのだからな」

「アホは黒龍だけだろ?」

「いや、貴様もアホだろ」

「まあ、二人ともアホじゃな」

 その言葉に、三人とも顔を見合わせたが、白龍は疲れたように大きく息を吐いた。

「はあ…とりあえず村に行こうぜ。オレ腹減っちまったよ…」

 三人は取り敢えず、村に歩いて行くのだった。








「お兄さーん!」

 朝から畑仕事を手伝っているシュランが三人の方に手を振り走ってくる。土で泥まみれの顔は、何ともにこやかな笑顔であった。

「昨日はどうしたの? お兄さん達いないから、帰っちゃったのかと思ったよ」

「おう、わりかったな」

 黒龍と白龍の後ろには、二人より背がでかく、目立つ顔の玄武が立っていた。シュランは異様な雰囲気を醸し出す玄武を、訝しげに見つめる。

「その後ろの派手な人…誰?」

「わしはこの地を守る玄武じゃ」

 威風堂々と、名乗りをあげる玄武にシュランは、

「玄武? って、何だっけ…?」

 と、考える素振りを見せる。その発言に三人は同時にこけた。

 シュランは、思い出せなかったのか、「まあいいや」と一言言うと、嬉々とした表情で黒龍の方を向く。

「それより昨日おれ、凄いの見ちゃったんだ! 何か森が一瞬で燃えたんだけど、その後、物凄い勢いの水が押し寄せて、あっという間に火を消しちまったんだよ! お兄さん達にも見せたかったな」

「ア、アハハ…」

 黒龍と白龍は乾いた笑いをした。

「そ、それより、シュラン。オレ、腹減っちまったよ。何か食いもんねぇか?」

「え? う、うん。分かった。ちょっと待ってて」

 そう言うとシュランは自分の家の方へと走って行った。

「さて、少し調査してみるかの」

 玄武は去り行くシュランを見届けると、畑に片膝をついてしゃがみ込んだ。

 土を手に握り軽く触ると、さらさらと崩れ落ちる。

 更に玄武は畑の周りの水捌けや、うねの高さなども調べた。

「うむ。畑は別段問題ないようじゃな」

「じゃあ早く雨降らせろよ」

「しかし、原因を取り除かなければいかんな…」

「原因?」

 玄武はその問いには答えず、立ち上がると、手の土をパンパンと払った。

「何やってるの?」

 シュランが不思議な顔で三人を覗き込むと、握っていた物を見せながら言った。

「あの、おれんち、こんなのしかないけど…」

 シュランの手に持っていたのは、細く痩せ細っている芋が二個ほどだけであった。

「シュランは普段、こんなのを食べているのか?」

「え? う、うん。後、山で取った山菜とか、木の実とか…」

 黒龍は少し泣きそうになった。育ち盛りの子供がこんな物では栄養も何も取れていないだろう。

 黒龍はシュランの肩に手を置き、

「シュラン! 俺に任せろ!」

 と、言い、畑にバッ! と勢いよく手をつく。

 すると、シュランが先程種を蒔いた畑から、見る見る内に芽が出て、あっという間に野菜が出来た。

「どうだ? シュラン。これで腹一杯食えるぞっ」

 得意満面の笑みで言う黒龍であったが、横で見ていた玄武が、黒龍の頭を思いっきり叩いた。

「自然の法則をねじ曲げるでない!」

 普段温厚そうに見えた玄武だったが、さすが四聖獣だけあって、自然の摂理に反する行動を見逃すわけには行かない。

「貴様っ…」

 殴られた頭を押さえ、玄武に睨みを効かす。


ゴン!


「いってっ」

 黒龍は隣にいた白龍の頭を思いっきり殴った。

「何でオレを殴んだよ!?」

「何となくだ!」

 畑の異変に気付いたミンシュウが、山菜の入った籠を片手に森から飛び出してくる。

 ミンシュウは畑にしげしげとなっている野菜達を見、思わずその場に腰を抜かした。

「どういう…こと?」

「母ちゃん! 龍神のお兄さん達が、畑に野菜を生やしてくれたんだよ!」

「龍神…様…?」

 すると、ミンシュウは立ち上がると、三人の前に来て、白龍の手を握った。

「あ、ありがとうございます! 白龍様!」

「へ?」

「一昨日見た白い龍…。あれは夢ではなかったんですね!」

「あ、あの…」

「お付きの方もありがとうございます!」

「俺のことか!?」

「わしもか!?」

 黒龍と玄武は続け様に叫ぶと、驚愕した顔でミンシュウを見る。黒龍は明らかに落胆し、肩を落とした。

「くそっ、こんなことなら俺があの時出るべきであったか…」

 白龍の握られた手を羨ましそうにジロリと見る。白龍の方はあまり嬉しそうにはしていなかったが。

「コ、コホン…。さて、そんなことより早く飯を食って山に登るぞ」

 玄武が咳払いをすると、少し遠くにある一番高い山をチラリと見た。

「え?」

「どうやら原因は山にあるようじゃからな」

「や、山~!?」








「はあはあ……。何でまた登るんだよ…。いい加減にしろよ…」

「また文句か白龍。そんなに言うなら、貴様はついてこなくても良かったのだぞ」

「ここまで関わったんだ。どんな原因か気になるじゃねえか」

「だったら何も喋らず、ひたすら足を動かせ。貴様の鈍行な足に付き合ってられるほど、俺達は暇ではない」

「何、忙しぶってんだよ? お前もどうせ暇だろ?」

「忙しぶってない!」

「にしてもよ、玄武の奴、何で速ぇんだよ? 亀は普通のろまって言うだろ?」

「知らないのか? 白龍? 亀は意外と足が速いのだぞ」

「まあいいけどっ。ってか後どれくらいだよ? もう足が棒だぜ…」

 シュランの村を出、かれこれ三時間ほど歩いている。しかし、行けども行けども同じ景色ばかりで全然進んでいる気さえしない。

 昨日も一昨日も山登りをさせられ、筋肉痛が治っていないのだ。白龍は既に疲れが限界に達していた。

「野菜しか食ってねえから腹減ってきたぜ…。ピザ食わせろ! それから肉だ! 肉!」

「ほれ、ついたぞ」

 白龍が思いきり叫んだ所で、玄武が指を差した。前を見ると、二人とも異様な景色に思わず叫んだ。

「え? 何だここ!?」

 二人が見たものは、山の頂上だと言うのに木が一本も生えておらず、荒れ地と化した山の姿だった。

「一体どうなってやがんだよ?」

「分からんな。こんな殺風景になるものなのか?」

「水の流れも悪いみたいだし…」

 足元にある川を見る。

 その川は滝に繋がっているのだが、どうにもひょろひょろで流れが弱い。

 川の上の方には染み出してくる湧水がかろうじて流れている程度であった。その様子に、玄武は何かに気付いたように声をあげた。

「ん? あ!」

「どうしたんだ?」

「そういえばわし、前に水害が発生した時にここの蛇口を少し閉めとったんじゃ。すっかり忘れておった」

「蛇口?」

「蛇口って…。水道で出来てんのか!?」

「いやいや。これはわしが管理する泉の一つで、蛇口というのは単なる呼び名じゃ。これを開けたり閉めたりすることで水害の時は閉め、乾燥している時は開け放つんじゃ」

「成る程…。ただでさえ少ない降水量が、この蛇口を閉めていたせいで川に水が行き届かず、雨が村まで届かなかったということか…」

「つーことは…。全部おめぇのせいかよ!」

「ガッハッハッハッハッ!!」

「笑ってごまかすな!」

 呆れ果てて、白龍が思わず頭をかきむしるが、玄武は意に介さず、泉の中へと手をやる。

「この蛇口をひねれば簡単に…。あれ? 簡単に…!」

 玄武が力を込め、蛇口を目一杯ひねろうとするが、固くなっている蛇口はそう簡単には開かなかった。玄武は渾身の力を込めて蛇口を勢いよく回す。すると、その時。


ザバァァァァァァァ!!!!


 力任せにひねられた蛇口から、勢いよく水しぶきが上がったかと思うと、その水量に押され、白龍が川に流されてしまった。

「うわっ…ぷ!」

「白龍!」

 黒龍は咄嗟に川に飛び込むが、白龍を助けようと手を伸ばした途端、水圧に押し負かされ、水の底へと沈んでしまう。


 二人の意識が遠のいていく…。








 次に二人が目を覚ましたのは、村の近くの川だった。

 黒龍と白龍は、川の縁に押し流され、やっとのことで陸に上がる。

「ゲホッゲホッゲホッ!」

 水を飲んだらしく、二人とも激しく咳払いをするが、何とか生きていた。

「おい、黒龍! お前助けるならちゃんと助けろよ!」

「しょうがないではないか! 寧ろ貴様が流される方が悪いだろ!」

「好きで流れたんじゃねえ!」

「良かったではないかっ。降りる手間が省けて」

「こんな濡れ鼠状態になるくらいなら、歩いて降りた方がましだっつの!」

「貴様はどの道、文句ばかり言うのであろう!」

 ギャアギャアといつも通りに喧嘩を始める二人。すると、いつの間にいたのか、玄武が後ろに立っていた。

「二人とも大丈夫じゃったか?」

 呑気な顔で聞く玄武に対し、二人は勢いよく玄武の方を睨むと、

「お前が一番悪い!」

 と、声を揃えてどなったのだった。








「ありがとうございます、龍神様!」

 次の日、すっかり龍神の存在を信じ込み、思いっきり二人をもてなすミンシュウの姿があった。

 と、言っても、目の前には畑で取れた野菜と、山菜くらいしかないのだが。

「これ、美味しいから食べて下さい!」

「お兄さん! これも食べてよ」

「ハッハッハッ!」

 持ち上げられ、すっかり上機嫌の黒龍。黒龍は、ミンシュウの母親の手を握る。

「ミンシュウさん。俺とデート…」

 黒龍が言い終わるか終わらないうちに、白龍が自分の靴で黒龍の頭を叩く。


バン!


「いた! まだ何も言ってないではないか!」

「お前の言うことはお見通しなんだよっ。全く…」

「ガッハッハッハッハッ! やってるのう!」

 部屋のドアを開け、入ってくる男がいた。

 玄武は、手に何やら足を縄で(くく)って逆さづりになっている鶏を持っている。鶏が激しく鳴いた。

「え? 何だよ玄武。その鶏…」

「何ってご馳走じゃ。肉が食いたいと言っておったじゃろう。こいつをさばいてお主らに食わせようと、ひとっ走り市場まで行ってきたんじゃよ」

「さ、さばく!?」

 笑顔の玄武とは裏腹に、黒龍と白龍は青ざめた。すると、シュランが。

「あ! おれやるよ!」

 と、手をあげる。

「お兄さん達には世話になったからさ。少しでも恩返ししときたいんだ」

 鶏を受け取ると、満面の笑みを二人に向ける。

「シュ、シュラン…。無理しなくていいのだぞ?」

「そ、そうだよ…。鶏なんかオレ達食わなくても…」

「大丈夫だって! おれ、小さい頃からさばくのは上手いんだ!」

 包丁を持ち、鶏の首を落とすと、テキパキと解体していくシュラン。

 二人の目にその顔は、何処か猟奇的に写っていた。シュランが捌いた鶏を、今度はミンシュウが料理する。


 そうして、黒龍と白龍は泣きながら調理された鶏を食べたのだった。








 半ば青ざめた顔で村の入り口に立つ二人。

 黒龍と白龍は、シュランとミンシュウ、それに玄武に別れを告げていた。

「ガッハッハッハッ! 次会った時はまた酒の飲み比べをしようぞ!」

「絶対飲まん!」

 玄武の誘いを頑として突っぱねる黒龍である。二度とあんな醜態を晒してはいけない。

「二人とも、ありがとうございました。おかげでまたシュランと一緒に暮らせます」

 深々とお辞儀をするミンシュウ。

 ミンシュウは隣にいるシュランの背中に手を添えた。

「ほら、シュランもお礼、言いなさい」

 ミンシュウに背中を押されても、シュランは俯くばかりで、顔をあげようとはしない。シュランは泣きそうになり、後ろを向いてしまう。

「シュラン」

「あ、ああ…良いよ。オレ達もう行くわ」

「ああ、じゃあなシュラン」

 後ろを向き、去り行く二人。

 シュランは黒龍と白龍の背中をチラリと見る。

 シュランは振り向き、涙を両手で拭くと、

「お兄さーんたちー!!」

 笑顔で手を思いっきり振った。その瞬間、シュランの被っていた帽子が脱げ落ち、帽子の中にしまっていた長い髪が風になびく。その笑顔と綺麗な髪を見、黒龍は思わず叫んだ。

「なっ! 白龍!」

「は?」

「俺は村へ帰らねばならん! シュランをナンパするのを忘れたのだ!」

「はぁ!? ここまで来て何言ってんだ! 今戻ったら恥ずかしいだろうが!」

「あんなに可愛いとは思わなかったのだ!」

「お前シュランはまだ子供だぞ! 本当見境ねぇな! いいから帰るぞ!」

 白龍は嫌がる黒龍の耳を無理矢理引っ張り、村を後にしたのだった。









「さて、日本に帰るか」

「ああ、そうだな…」

 黒龍と白龍は帰る支度をし、空港への道を歩く。

 色々あったが、中国での旅はまた一つ二人を成長させたようだった。

 こうして黒龍と白龍の中国旅行は終わった。

 …


 …


 …


 …


 …


 …


 …


 …


 …


 …

「ん? オレ達なんか忘れてないか?」

「あ? そういえば…何だったか…」

 顎を抱えてしばらく二人で考えると、突然白龍が思い出したように大きな声をあげた。

「あ!」

「どうした白龍?」

「元々中国に来たのはお前の記憶の手掛かりを探す旅だったろうが! 何で本人が忘れてんだよ!」

「は! そうだった! 色々ありすぎてすっかり失念していた…」

「とにかく戻るぞっ。ちっ! また始めの街からかよ!」

「くそっ! 今度こそ記憶の手掛かりを探さねば!」

 黒龍と白龍は急いで最初に訪れた街まで行くのだった。


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