十四 「翠嵐~突然~」
二人は続けて中国を旅していた。
黒龍と白龍は最初に来たハルビンを歩いていた。
ここの所ずっと山に登ったり、川に流されたりと、大変な目に遭い、白龍の疲労は既に限界に達していた。
「全く…、こっちは疲れてんのに、どんだけ歩かせんだよ? おめぇは?」
「俺のせい…なのか?」
「当たり前だろ? おめぇが忘れなきゃこんなことにはなってねえし…」
「しかし、貴様も忘れてただろ? 俺だけのせいにする気か?」
「自分のことは自分で覚えとけって話だよ」
ジト目をして黒龍を見ると、フッと溜め息をしながら上を見る白龍。
「にっしても高い建物ばっかだな…」
「ああ、これでは昔を思い出す取っ掛かりがないようなものだな…」
来た時も上を見上げたが、改めて見ると、やはり高い。中国らしさというものがあまり感じられなかった。
「なあ、場所が悪かったんじゃねえか?」
「何?」
こんなビルばかりでは昔のことなど何も分からないだろう。それに白龍はこの場所が少し気に食わなかった。
「いや、おめぇが、名前だけで決めたのが悪ぃんだろっての。何が“自分の名前がついてるから”だよ。全く関係ぇねぇじゃねえか!」
「いや、関係はある!」
「は? 何でそんなに自信満々に言えんだよ?」
「それは俺が格好いいからだ!」
「は?」
「皆、俺の格好良さを称えてこの名前をつけたのだ!」
ウンウンと頷く黒龍である。
「はぁ? じゃあ何でオレの名前がねぇんだよ? お前があるんだったらオレだってあるはずだろ?」
あまり自分の容姿については言いたくはないが、自分だって黒龍と同じくらいには格好いいはず。白龍は黒龍に詰め寄った。
「白龍」
珍しく真剣な顔で白龍を見つめる。白龍はその真剣な目に、少したじろいだ。
「な、なんだよ?」
しかし、黒龍から出た言葉は。
「お前はどうせ脇役だ」
「は?! 勝手に決めんな!」
「だから俺より目立つなっ」
「意味わかんねぇ!」
黒龍の言っている意味が少しも理解できない。白龍はちっ、と舌打ちをした。
「で? 結局どうなんだよ? 何か思い出したか?」
「まだ戻ったばかりであろう」
そう言うと黒龍は、何処か思案顔をする。
「なあ、白龍? 少し龍になり、中国を空から見たいのだが…」
「は? 駄目に決まってんだろ? 見つかったらどうするんだよ?」
「別に見つかってもいいではないか」
「お前考えて物言えよ。龍の姿がここにいる大勢に見つかったらどうなる? パニックになるだろ」
周りを見回し、ちらちらと人の目を気にし、ハァッと安堵やら溜め息やらの息を吐く。
「それに下手したら捕まって、見世物小屋に売られたり、もしかしたら解剖されたり、博物館で剥製にされるかも…」
白龍はその時のことを考えて身震いをした。
「はあ…しょうがないな貴様は…。じゃあ見えなくすればいいのだろう?」
「は? お前そんなこと出来んの?」
「寧ろ貴様は出来ないのか?」
「だから魔力なんて知らねっつの」
ちっ、とまた舌打ちをし、怪訝そうに黒龍を見ると聞く。
「何でそこまでして空を飛びたいんだよ?」
「そうすることで昔、地上で空を泳いでいた時のことを思い出せるかも知れんのだ」
黒龍の真剣な面持ちに白龍はうなずき、二人は何処か人気のない路地裏に来ると、龍の姿に変身し、空へと高く舞い上がった。
二人が空を飛び始めてすぐのこと。
白龍は、上から見る大陸の姿に若干興奮していた。
「すげえ! 上から見るとこんななのか! 久しぶりに飛んで見たけど、やっぱ空を飛ぶのは気持ちいいな! なあ、黒龍!?」
「貴様ははしゃぎすぎだ。まあ、確かに気持ちいい物ではあるな」
黒龍も何処と無く嬉しそうな顔をした。
雲の間を滑空し、二人はしばらく空を悠然と泳いでいた。
下には万里の長城や、雄大な自然がこれでもかというほどに広がっている。二人は当初の目的も忘れ、景色を堪能していた。
そうして、数十分くらいが経過した頃だろうか。黒龍はまたもや思案顔をしていた。
「…………。やはり何も思い出せんな。俺は空を泳いだことがないのか…?」
「いや~それはねえんじゃねえか? 龍なんだし…」
「取り敢えず何処かに降りるか…」
二人は、何処か人のいなさそうな山の中腹に降り立ち、人間の姿に戻った。
黒龍は、人間に戻ってからもずっと考え込んでいる様子だったが、白龍の方は呑気に伸びをしていた。
「ふぅ~。しかし、いい景色だったな~。てかここどこだ?」
「さあな。適当な、人気のなさそうな山に降りたのだが」
思案顔の黒龍は白龍の方を見ようともしない。
その時。
グゥルルルッ!
「何だ? 白龍。凄い腹の音だな?」
「へ? いやオレじゃねえよ? お前じゃねえのか?」
「そんな訳ないだろ。俺は腹など減って…」
「!?」
黒龍と白龍が同時に後ろを振り向くと、そこにはキバをむき出しにし、こちらに臨戦態勢で今にも襲いかからんとしている虎の姿があった。
ガァアアア!!
虎が両足を上げると、体長2㍍以上の高さになり、二人の体を優に越える。
黒龍と白龍はその恐ろしげな姿に、思わず一瞬抱きしめあったが、すぐに離れ、全速力で走って走って走りまくった。
「ギョエエエエ!!」
グワァァァアア!!
逃げ出す二人の後を虎も負けじと追いかける。
右足左足と、足をこれでもかというほど早く動かし、黒龍と白龍は虎から逃げまくった。
「ギャァァァァア!!」
そうして逃げているうちに、虎の縄張りから出たのか、いつの間にか虎はいなくなっていたが、二人は知らずにまだ走っていた。
黒龍と白龍は、崖っぷちの所でようやく止まると、静かに後ろを振り向き、虎がいないことを確認する。
そうして、やっと安堵の息をつくのであった。
「ハアハアハア…。全くビビらせやがって…」
「ハア…。全く、止めて欲しいな…。ああ言うものは…」
二人が息を整えると、ようやく気付いたのか、眼前には崖。白龍は思わず身震いをした。
「は、早いとこ戻ろうぜ…っ」
白龍はそう言い、踵を返した。が。
「うお?!」
「白龍っ!!」
何と、白龍の足が崖から滑り落ちそうになる。黒龍は咄嗟に白龍の腕を捕まえ、身を一回転させ、白龍を地面のあるところへ投げ出した。が、その反動で今度は完全に黒龍の方が崖に投げ出されてしまった。
右手を差し出し、掴もうとするが、中指が微かに触れるだけで、二人の距離が離れていく。
「黒龍~!!」
落ちていく黒龍を、白龍はただ見ているだけしかできなかった。
黒龍は、崖から落ち行く中、意外にも冷静な頭で考えていた。
伸ばされた届かなかった右手。
その時、脳裏にフラッシュバックする記憶。
黒龍は前にも同じ経験をした覚えがあった。
(あぁ、そうか…。俺は中国にいたことがある)
目の裏に写る鮮明な記憶の映像に、黒龍は目を奪われていた。
思い出すと共に息苦しさが胸を締め付ける。あの時の感情が不意に甦り、黒龍はハァっと、息を漏らした。
黒龍は山澄が自分を暗闇へ、闇の世界へと落とすのを記憶の中で見た。
(そうか。やまさんのあの気配。感じたことがあるのは、やはり気のせいではなかった)
黒龍は全てを思い出した。
(そうだ。そうだった。やまさんは…俺の…)
地面は既に足の下にある。
黒龍はすれすれの所で体を一回転させたかと思うと、地面にタンっと右足の爪先をつけ、魔力で背中に黒い翼を生やし崖に沿うようにして大空へと飛び立っていった。
「黒龍~~!!」
白龍は叫び続けていた。目からは大粒の涙が零れている。
「黒龍…。お前が死んじまうわけないよな?」
届きそうで届かなかった右手。
いつも自分の手は何かを掴めずにいる。
白龍はその右手で地面を殴り付けた。
(オレ、助けてもらってばかりで…ごめん。黒龍は騒がしくて女好きで自己中だけど、いざという時はオレのこといつも守ってくれたよな? オレ、やっと気づいた。誰かにいつも守られていたこと…)
白龍は涙をふき、顔をあげると、崖下に向かって溢れる思いを叫んでいた。
「だけど、今度からはオレも誰かを助けたい! 魔力が使えないオレに、何が出来るか分からねぇけど、それでも少しでも役に立ちたいんだ! だから黒龍、返事してくれよ…! 黒龍~~!!」
「そんなに叫ばなくても聞こえているぞ」
黒龍はゆっくりと白龍の前に降り立つ。と、同時に背中の翼を瞬間的に消した。
「俺がこのくらいで死ぬわけないだろ」
「黒龍っ!!」
「何だ? 泣いていたのか?」
「ちっ、違ぇよ! これは…鬱陶しい奴がいなくなったと思って…。嬉し涙だ!」
「フッ。恥ずかしがらなくても全部聞こえていたぞ」
「なに!?」
白龍は顔を少し赤らめた。そんな白龍の様子に黒龍はクールに笑う。
「それより白龍。俺は全部わかったぞ」
「?」
「俺は、前に中国にいた。俺は中国で生まれたんだ」
「え!?」
「そしてやまさんのことだが、あいつは人間ではない。思い出したんだ。全て」




