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翠嵐   作者: 里梅紅弥
1~15 一章
15/18

十五 「翠嵐~感動?の最終…回?~」

 

 中国を後にし、日本に帰ってきた二人は、一目散に山澄の部屋へと走った。

「やまさん!」

 勢いよくドアを開けるが、いつもなら部屋で酒でも飲んでいる山澄が、何故かいない。

 ドアには鍵もかかっておらず、何とも無用心である。

「あれ? やまさんは?」

「やまさんなら、朝からいないよ。何かちょっと様子がおかしかったなぁ~」

 大家が玄関先をほうきで掃きながら、呑気に言う。

「やまさんは何処に行ったのだ?!」

 ヅカヅカと階段を降りたかと思うと、突然黒龍が大家の肩を掴み揺らした。

「え? 知らないよ。ただ、笑顔が少し張り付いていて、ちょっと怖かったかな…」

「くそっ…」

 思わず右手の拳を左手のひらにぶつける。

 そんな様子を見、白龍は先程から疑問に思っていることを黒龍に聞こうとした。

「な、なあ黒龍?」

「何処だやまさん!」

 だが、白龍の呼び掛けも聞かず、黒龍は一目散に走り出した。

「おい! 待てよ黒龍!」

 白龍もその後を慌てて追いかけた。








「ここか!? やまさん!」

 黒龍はいつも山澄が通っている散髪屋のドアを勢いよく開けた。

「おい、黒龍!」

「ここにもいない」

 次は酒好きの山澄がいつも行く、居酒屋を五件ほどまわる。

「ここか!?」

「だからちょ待…」

「ここか!?」

「おい、聞けよ…」

「ここか!?」

「お前は人の話を…」

「ここでもないのか!?」

 必死で探すが、何処にもいない。

 黒龍と白龍はアパートから遠く離れた富士見橋までやってくる。

 そこから見える富士山はとても綺麗だ。

 沈みゆく夕日が水面に反射し、オレンジ色の明かりがたゆたう。

「何処だ何処だ何処だ」

 思いっきり息を吸い込むと、

「何処なんだぁ~!!」

 黒龍は富士見橋の上で夕日に向かってあらんかぎりの声で叫んだ。

 キーンと耳鳴りがし、白龍は自分の耳を押さえるが、先程から聞いているのに無視をする黒龍に苛立ち、こちらも負けじと叫んでいた。

「だ~か~ら!! おめぇは人の話を聞けよ!」

「ん? 何がだ?」

「だから! やまさんの正体は一体何なんだよ?」

「あ? そういえば言ってなかったか?」

「さっきから聞いてんだよ!」

 顔に青筋を立て目付きを鋭くするが、黒龍は冷静だった。

「やまさんの正体は…」

 黒龍がそう言いかけた時。

「あっ」

 そこには山澄の姿があった。

 山澄は川沿いののり面の草の上に座り、のんびりと川の流れを見ている。

 黒龍は何処か哀愁漂う山澄の背中に声をかけた。

「やまさん」

 黒龍の呼び掛けに、振り向く山澄。

 山澄の顔は、何処か寂しげで、いつもとは違う雰囲気が漂っていた。

 目の前に佇む二人。二人の顔は夕日のせいで赤に染まっていた。

「やまさん」

 黒龍が低音の低い声で名を呼ぶと、続けて真剣な面持ちで山澄を見つめる。

「お前は、俺の親父、だな?」

「え?!」

 静かにそう言うと、山澄はニッコリ笑い、立ち上がる。

「バレてしまいましたね…」

 笑顔のままそう呟く山澄。笑顔なのに、何処か悲しそうだった。

 白龍はその言葉に、一人、冷静ではいられなかった。

「本当かよ!?」

「ああ、こいつは俺の親父だ。俺を闇へ突き落としたのもこいつだ…」

「突き、落とした…?」

 白龍はいきなりの事実に驚き、ごくっと唾を飲み込み、やっとのことで喋った。

「思い出したんだ、やっと。俺はいつの間にか闇の世界にいて、闇の管理人にさせられていたようだ」

 切なげに俯き、呟くと、今度は山澄の顔をキッと睨む。

「やまさん。何故お前は俺を闇の世界へ突き落としたのだ? 俺が憎かったのか? 息子の俺のことを…嫌っていたのか…? 何故、俺を闇なんかに…」

 黒龍は必死にやっとのことで立っていた。泣きそうな顔を懸命にこらえて。次の言葉を聞き逃すまいと。

「違うよ」

 山澄は静かに口を開いた。

「違うよ。君が憎かったんじゃない。君を嫌っていたんじゃない。愛していたよ。黒龍」

「じゃあ何故?」

「あの日…。あの時、多くの人間が私達の住んでいる洞窟に奇襲を押し掛けてきた。人間に災いをもたらす、黒い龍を殺せと」

「…!!」

 山澄はその時の状況を思い出しながら言った。

「二人とも、私のおでこに手を当ててごらん。口で説明するより、早いから」

 二人は山澄のおでこに手を当てた。

 すると、映像が何やら頭の中に流れ込んでくる。

 それは山澄が実際に見た映像だった。








「黒い龍を殺せ! 黒い龍を殺せ!」

 村人達は松明を握りしめ、山の奥へと、向かっていった。



「昔、白い龍は平和の象徴とされ、反対に黒い龍は災いを呼ぶものと考えられていた。黒い龍は何も悪くないのにね」

 山澄の声が頭に響き渡る。鮮明な映像とともに。



「ここだ。黒い龍の住む洞窟は!」

「いたぞ!」

「黒い龍だ!」

「何とまがまがしい!」

「おぞましい!」

 人々は口々にそう叫んだ。

「災いをもたらす黒い龍を殺せ!!」

「黒い龍を殺せ!!」

「黒い龍を殺せ!!」

 人々は山澄と黒龍に向かって、槍をつき出してきた。

 山澄は黒龍を背中に隠し、チラリと見る。その瞬間。

「…ごめんね。黒龍」

 山澄は呪文を唱えた。黒龍の周りに文字が渦をまき、やがてそれは円となって黒龍を囲む。

 伸ばされた黒龍の右手。だが、下には黒く深い穴が出来ていて、黒龍は闇の世界へと落とされた。









「私は黒龍君が殺されるくらいなら、闇の世界で生きていて欲しい。そう思い、自ら(いん)を踏んだんですよ」

 黒龍は呆然として声も出なかった。代わりに白龍が口を開く。

「ひでぇじゃねえか! だってそうだろ? 何で闇なんだよ! 少なくとも天界…オレと同じ天界に逃げりゃ、黒龍は傷付かなかったはずだろ?!」

「白龍…」

 黒龍はその言葉に少し胸が熱くなった。

 確かに闇ではなく天界に逃げていれば。そんなこと、黒龍は考えもしなかった。

 しかし、山澄は冷静に諭すように言い放つ。

「これは宿命なんだよ、黒龍君。こういうことがなくても、いずれ、黒龍君は私の下で私と共に、闇の統治を任されるべき龍だったんだ。それが少し早まっただけのこと」

「でも黒龍がどれだけ傷付いたか…。やまさんは何でもっと早く闇の世界に黒龍を迎えに行かなかったんだよ! でなけりゃ、こんなことには」

「私はあの時、黒龍君を闇へ落とした後、人々に痛め付けられ、体を癒す為、深い眠りについた。昨日のことのように覚えているよ。ほんの最近、二年前に私は目覚めたからね。驚いたよ。目覚めた時には時代は変わり、龍のことを誰も覚えていない、伝説上の生き物にされていたんだからね。私は怖かった。今更闇の世界へ赴き、黒龍君に会いに行くのが。…しかし、自分で会いに行く勇気はないが、会いに来させることはできる。私は各地へ赴き、黒龍君が地球にくるように仕向けた。わざと地震を起こしたり、水害を起こしたり、津波を起こしたりした。人が憎かったのかもしれない。あんな形で別れなければならなかったことを怒っていたのかもしれない。そして私は黒龍君に気付いて欲しかった。でも自分では言い出せない。だからインドではヴリトラに頼み、暴れて貰ったりもした」

「それで黒龍が死んでも良かったのかよ!? あん時はマジで大変だったんだぞ!」

「私は黒龍君なら勝てると信じていたし、実際勝てたじゃないか。少しやり過ぎたとは思うが…」

「さっきから聞いていれば勝手なことばかり…。やまさん」

 今までずっと黙っていた黒龍が静かに口を開いた。

「俺はずっと、闇の世界で、戦って戦って戦い抜いてきた。…ずっと一人で…。生きていくために! それを今更、そんな話を聞かされて、看過できると思うのか? 行いを許せと? 納得なんか出来るものか! 宿命など、俺の知ったことではない!」

 だんだんと語気を強め、左手を前へと勢いよく払う。

 激しい憤りを、やり場のない怒りを、感情を黒龍はぶつける。

 過去のことをいくら語られても、取り戻せはしない。やり直せはしない。

 黒龍の顔は怒りに満ちていた。

「確かに今更だよ…。でも、私だって何度も自分のことを明かそうと思った! でも、その度に君の顔が、あの、闇に落とされる時の泣きそうな顔が頭から離れない。私を許してくれないのではないのかと思って。だからアパートで君達が挨拶にきた時は心底驚いたよ。しかし、しばらくしても何も言ってこない。敢えて私を無視しているのではないかと…。でも、何も覚えてなかったなんて…。こんなことなら早く名乗り出れば良かった…」

 後悔と自責の念に耐えかねて顔を歪ませると、山澄は息苦しさに胸の所に拳を当てた。

「黒龍、私は…!」

「俺の名前を気安く呼ぶな!」

「黒龍君…」

 山澄は口を強くつぐんだ後、静かに言う。

「黒龍君、すまなかったと思っている。でも、私は一度たりとも君のことを忘れた日はなかった」

 悲しげにそう呟くと、山澄は俯く。三人はそのまま何も言えなかった。

 山澄の気持ちも分かる。だが、黒龍の気持ちは、荒れ狂う津波のようにざわついて、少しも落ち着きを取り戻してはくれない。

 自分の中で気持ちを咀嚼し続けると、やがて黒龍は口を開いた。

「俺と勝負しろ、山澄」

「え?」

「俺と勝負して、お前が勝ったら全てを水に流す」

「で、でも…」

 渋る山澄をよそに、黒龍は、猛々しい巨大な龍の姿へと戻った。

「こ、黒龍君!?」

「ま、まずいだろ! 人間に見られでもしたら!」

「お前も。見えないようにすることが出来るのだろう?」

 恐ろしい龍の目で睨む黒龍。山澄は思わずゴクッと息を飲んだ。

 その後、天に手をかざし、何やら結界のようなもの張った。

 そして、自身は龍の姿へと戻った。




 黒龍と同様、巨大な龍だった。ただ少し違うのは、鱗の色が黒ではなく金色。そして、黒龍にはない翼が生えていた。

 夕日を浴びたその姿は、燃えるような赤にも見える。山澄が動く度、その鱗は虹色に光輝いていた。

「私の本当の名は、応龍(おうりゅう)。三千年生きた龍神」

 その姿に、黒龍と白龍の二人は、目を見開き言葉を失う。唾を飲み込むと、やっとのことで口を聞けた。

「それがお前の本当の姿、か…」

「何か派手だな…」

「まあいい。こっちから行くぞ!」

 黒龍は油断をしている応龍に頭から突っ込んでいく。

 黒龍は応龍に向かって、小手調べに拳を繰り出した。

「ちょ、ちょっと黒龍君。私は君とは戦いたく…」

 そう言いつつ、拳を全て避けきる。

 黒龍は今度は口から炎の玉を吐き出してきた。

「わっ!」

 それも上手に避ける応龍である。

「避けるな!」

「だって、当たったら痛いじゃない」

 黒龍が放った炎は、応龍の後ろに飛んでいき、結界がその炎を吸収する。

 続けて二、三発と炎弾を吐くが、応龍はそれを全て避け、避けた一発が地面に着弾し、その衝撃で火の欠片が白龍の足元の近くに跳ねた。

「うおっ!」

 間一髪の所でそれを避けると、身の危険を感じた白龍は、叫んでいた。

「黒龍! やめろって! こんな戦い無意味だろ?!」

「止めるな白龍! 俺は俺の中で、思いを整理した結果、山澄を倒すことを決めたのだ! 部外者は黙っていろ!」

「ぶ、部外者だと!?」

 何だかんだ言っても、記憶の手掛かりを探しに中国までついて行き、ここまでずっと一緒に付き合っている。そんな自分を黒龍は『部外者』と枠外へと放り出した。

 白龍はその言動に段々と腹が立ってきた。

 そんな白龍の気持ちは露知らず、黒龍は今だに応龍に攻撃を繰り出していた。

「避けるな!」

「だから避けたいのよ」

「では少しは攻撃したらどうだ? 避けてばかりでは俺には勝てんぞ」

「う~ん…。でも戦ったら私の方が強いし…」

「なん…だと?」

 悩むように顎を抱える応龍のその言葉に、黒龍は怒りで震えた。

「いや! 俺の方が強い! ずっと眠っていた貴様に比べ、俺は1400年間、ずっと戦って来たのだ! 負けることなどありえない!」

「全く…。まるで駄々っ子だね…」

 呆れたように言い放つ。すると、応龍は今まで避けてばかりいた攻撃を、急に受け止め、続け様に黒龍の顔を殴った。

「ぐわっ!」

 もろにくらい、後ろに倒れる黒龍。応龍はそんな黒龍の上に乗っかり押さえつけた。

「気が進まないけど、痛いのは嫌だし、駄々っ子の子供には、押さえつけとくのが一番かな?」

「貴様…」

 鋭い目で応龍を睨む。

 白龍はその顔に愕然し、ぞっとした。心臓がギクリと跳ね上がり、顔は青ざめている。

 今まで見た中で、一番怖い顔を黒龍はしていた。

 このままでは黒龍の心が闇に落ちる。そんな思いが白龍を過った。

 白龍は咄嗟に龍の姿に戻り、二人の真ん前に走り出す。そして、


ゴン!


ゴン!


「いた!」

「いたい…」

 白龍は黒龍と応龍の頭を続けて殴ったのだった。

「目ぇ覚めたかよ?」

「何するんだ白龍!」

「どうして私まで殴るの?」

 殴られたショックから、二人は人間の姿に戻っていた。続けて白龍も人間に戻る。

 二人の問いには答えず、白龍は眉間にシワを寄せていた。

「お前らいい加減にしろよ!」

「へ?」

「何争ってんだよ! 親子喧嘩ならよそでやれ、よそで!」

「何だと? 貴様…!」

 殴られた痛みと、戦いを邪魔された怒りによって、黒龍は思わず拳を握る。だが、白龍は黒龍に詰め寄った。

「それに黒龍! 誰が部外者だって? ここまでずっと一緒だったろうが! 確かにオレ達は正反対だけど、それでも関係ねぇこたねぇだろ? 一緒に暮らして、一緒に旅して、一緒に馬鹿やってきただろうが! それでも関係ねぇって言いたいのかよ!? お前の言うコンビは何処にいったんだよ!」

 白龍は一気に捲し立てた。ハァハァと肩で息をし、荒ぶった呼吸を整える。

「すまん…白龍」

 黒龍が静かに言う。

「お前がそこまでコンビを大切にしていたとは思わなかった」

「はっ?」

「お前はいつもコンビではないと言い、迷惑そうな顔を俺に向けていたが、やはり相方というのはお互いを大切に思う物なのだな!」

 ひしっ、と白龍に抱きつく黒龍。

 嬉しそうな顔の黒龍とは対照的に、白龍の顔はこれ以上歪められないほど歪んでいた。

「ち、違げぇよ! そこまで言ってねぇだろうが! 抱きつくな!」

 黒龍の腕を振りほどき、即座に距離をあけ、リーチを取り戻す。後ろではすまなそうな顔の山澄が立っていた。

「ごめんね。白龍君…」

「全く、やまさんもやまさんだよな。戦わないとか言っといて、結局ヒートアップしてんじゃねぇか。親子喧嘩も大概にしろよっ」

 白龍は呆れて自分の頭を掻きむしる。

「親子…」

「そうか、俺達は親子…か…」

「はっ? なに当たり前のこと言ってんだ? それとも親子じゃねぇのか?」

「いや、親子だ」

 黒龍はフッと顔をほころばせるように笑った。

 今まで見たこともないような笑みに白龍は驚く。

 小馬鹿にした笑いや、勝ち誇った自信満々な笑顔はこれまでに幾度となく見て来て、その度に少しイラつきを感じさせたのだが、その笑顔は何とも普通の少年のような笑顔であった。

「お前、普段からそういう顔してりゃ、少しは可愛げあるものを…」

 白龍はポツリと呟く。

「は? 何か言ったか?」

「ああ…何でもねぇよ。それより帰るぞっ。もう日も暮れて夜になっちまったし…」

「そうだね、黒龍君。親子の証しに酒でも呑み交わそうじゃないか」

「俺は絶対酒は飲まん!」

 肩を組もうとしてくる山澄を、黒龍はさっと避けた。








 アパートの一室。山澄の部屋からは賑やかな声が聞こえてくる。

 相変わらず酒を呑み、大家と山澄は既に出来あがっていた。

 そんな中で、白龍に言い寄るマリモ頭の杉山。

「白龍! 何で俺も遊園地に連れてってくれなかったんだよ! 俺も行きたかったよ~!」

「お前、何ヵ月前の話ししてんだよ? つか、今知ったのか?」

「よしおが写真を見せびらかしてくんだよ~」

 半泣きになりながら白龍にすがり付く杉山。まあ、嘘泣きだが。

「おい、よしお! 杉山には内緒っつったろ! うるせぇから」

「いや、杉さんの反応が面白くてつい…」

「全く。よしおは気が利かんな。灰龍は灰龍らしく、親の言うことを聞いていろ」

「いや、オレ、灰龍とかじゃないんで」

 冷めた口調で黒龍にキッパリと言うよしおであった。

「しかし、あの時の白龍は大変だったな」

 遊園地のことで思い出したのか、黒龍がニヤリと口角を上げる。

「何だよ、蒸し返すなよな」

「気付かないのか? 白龍?」

「何が?」

「あの雪、やまさんの仕業だぞ」

「何!? んにゃろ~。あれがなけりゃ、黒龍にあんな恥ずかしいとこ見せずにすんだのによ~」

 ジロリと恨めしそうに山澄を見ると、山澄は酒をすすりながらギクッと肩を揺らし、気まずそうに話す。

「あれは…。遊園地で君達に別の試練を与えようと思って…。気まぐれに雪を降らせたんだけど。最近雪見てないなぁと思って。まさか白龍君が試練前に逃げるとは思わなかったけど」

「別に逃げてねぇし!」

「やまさん雪降らすの久し振りだし、ちょっとやり過ぎちゃった。てへ」

「全く何が『てへ』だよ! こっちは散々な目にあったんだぞ!」

「黒龍く~ん。お父さんと一緒にお酒飲もうよ~」

 話をそらそうと白龍の方を無視し、顔を真っ赤に染めながら、山澄が黒龍にもたれ掛かるように気持ち悪く甘えてくる。

「話しそらすな!」

「やめろ山澄! 俺の膝は女の子専用だ!」

「お父さんて呼んでよ~」

 山澄はどさくさ紛れに黒龍に酒の入ったコップを渡す。が、黒龍はそれをテーブルに、ガンッと置いた。

「だから俺は酒は飲まん! 玄武の所でやらかしたからな。もう一生酒は飲まんと心に固く誓ったのだ!」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 黒龍さん未成年ですよね? なのに酒飲んじゃ駄目じゃないっスか! それにやまさんも、進めちゃ駄目ですよ!」

「まあ、俺は未成年ではないが…。つまりそういうことだ。やまさん」

「だからお父さんって…」

「そんな恥ずかしい単語、死んでも呼ばんっ。呼ぶなら…」

 そこまで言い黒龍はハッとした。山澄に流され、自分は一体、何を口走ろうとしたのだろうか。

 ニヤニヤと黒龍の顔を見る山澄。黒龍は頬をほんのりと染め、そっぽを向いた。

「何々? 呼ぶなら何なの? 黒龍君?」

 含み笑いをしながら肩に手をかけ言い寄るが、黒龍はその手を思いっきり払った。

「しつこいな貴様は!」

「ちぇっ…。父さんでも親父でも何でもいいのに…」

 残念そうに項垂れる山澄に、隣の大家が山澄のコップに酒を注ぎながら不思議な顔で聞く。

「え? やまさん、子供いたのかい?」

「黒龍君がね、私の息子なのよ」

「え?」

 その言葉に、その場にいた全員が固まった。

「え? やまさん、確か、三十歳でしたよね? 黒龍さんが子供ってことは…十六の時の子供!? 結婚も出来ない年なのに、随分やんちゃしてたんすね…」

「よ、よしお! 真に受けるな! 酔っ払いの戯れ言だ。つ、つまり、アパートの皆は子供のようだと、やまさんは言いたいのだ!」

 慌ててフォローに入る黒龍。

「え? ああ…いつもの冗談ですか…」

「全く、やまさんは冗談がうまいんだから~」

 山澄に酒を注ぎながら、肘で肩をつく大家。

「本当なのに…」

 チビチビと酒をすすりながら、山澄は密かに呟く。

「さてと、俺は疲れたからもう寝る。あんまり呑みすぎるなよ、お、おや、おや…」

 山澄の方を指差し、口をパクパクとさせたが、顔を赤くし、後ろを向くと、黒龍はちっ、と言いながら部屋を出ていった。

 その様子に、山澄は気恥ずかしそうな顔をしながら笑う。

「全く、昔から素直じゃないんだから…」








 黒龍は窓を開け、星を眺めていた。

 耳まで赤くなった顔を冷ますように、風に当たる。

 先程のことを思い返すと、気恥ずかしさで全然熱が取れない。

 黒龍はフッと溜め息を吐いた。

「呼んでやりゃーいいのに」

 突然の声に振り向く。いつの間にか白龍が後ろにいて、黒龍の隣に来る。

「そう簡単にはいかん」

 フンと顔を窓の方にやり、また星を眺める。

「今の今までやまさんと呼んでいた奴に…、いきなり…ぉ、おや、親父などと言えるかっ」

「ハハッ。でも親ってことは認めてんだろ?」

「ん? まあ…」

「だったら、呼べるのも時間の問題だな」

「しかし、まだちゃんと謝っても、もらっとらんし…」

「え? じゃあやまさんが謝ったら呼ぶのか?」

「だからそう言う問題ではないと…」

「まあ、いんじゃね? 長生きのオレ達には、そんくらいゆっくりの方が丁度良いって」

 黒龍の言葉を遮り、白龍も窓の外の星に目をやる。都会の空には珍しく、今日は星がよく見える。

「まあ、全てはこれからだよな」

 黒龍も白龍に続いて顔を上げた。

 その時、夜の風が二人の髪を優しく撫でた。


一応これで終わりですが、まだおまけを二、三個書きます。

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