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翠嵐   作者: 里梅紅弥
おまけ
16/18

おまけの翠嵐 一 「闇に生きるモノたち」 上

 

 黒龍の通信機に、闇の世界から連絡が入った時のこと。

「多分、一週間で帰ってくる」

 そう言うのは黒龍の経験的観測からなのだが、実際にはもっと少ない日数で魔物は倒せる。だが、ヴリトラを送った為に、何があるか分からない。黒龍は少し大げさに言った。

「一週間!?」

 白龍の顔が面白く歪む。黒龍はその顔をもう少し見たくなり、更に付け加えた。

「…もっとかかるかもな」

「つか、一生帰ってくんな」

 冗談めいたように言う白龍。

「ふっ、そうかもな」

「そうかもなって、おい!」

 白龍の声を待たずして、黒龍は、足元に現れた黒くどこまでも吸い込まれそうな丸い穴に、飲み込まれるように自ら落ちていった。








「全く…これからみゆきさんに会いに行く所だったというのに…」

 黒龍は背広にスラックスという、何とも戦いには不向きな格好だったので、自分の部屋に落ちていたジャージを持ってきて、穴の中で着ていた。

 真下へと長く延びている真っ暗な穴。中は思ったよりも狭くはない。闇の世界に繋がっている、ただ無機質な空間が目の前にはある。

「これでいいだろう」

 脱いだ服を小さくし、ポケットにしまうと、穴から真っ直ぐに落ち、地面へと着陸する。

 相変わらず荒涼とした大地が続く。陰鬱な気配と穢れが混じった空気に、黒龍は思わず口を押さえた。

 しばらく地上に居たせいか、慣れるまで少し時間がかかった。近くの岩に腰を掛け、高みから戦況を見下ろす。

 周りではもう既に戦いが始まっており、死屍累々といった感じで魔物達が伸びていた。

 ふと、味方なのか。一匹の竜がこちらに近付いてきた。

「黒龍様! 久しぶりであります!」

「まつり、戦況はどうだ?」

 岩から飛び降り、まつりの前に降り立つ。

 まつりと呼ばれた体長五十cmくらいの小さなドラゴン。カーキ色の鱗に、背中にはコウモリのような黒い羽が生えており、頭には二本の角が両脇に生えている。

 角と羽がなければ、一見、小型のワニにも見えなくはない。

「ワニじゃないであります!」

「ん? どうかしたか? まつり?」

「いや、今なんか悪意ある声が響いた気が…」

「とにかく、戦況はどうなんだ?」

 まつりを無視し、黒龍は両手を腰につけ、そう尋ねる。

「はい、それが古今東西、全ての魔物が一同に集結し、ヴリトラを襲い始めているであります!」

「そういうことは早く言え!」

 黒龍とまつりは、慌ててヴリトラの居る所へと走って行った。





「グィーノ!」

「やあ、黒龍、久しぶり…でもないか…」

 ヴリトラは傷だらけで既に倒れていた。

 黒龍はヴリトラの頭の側に立て膝で座る。

「貴様、何でこんなことを…」

 黒龍の表情は何処か暗く、うつむき加減でヴリトラを見ていた。そんな様子に、ヴリトラは少し苦笑した。

「お前が帰ってきた時、お前が帰る闇の世界がないと私がもう一度戦えないだろ?」

「そんなライバルみたいな言い方はよせ」

「え? 私はライバルのつもりだが…」

「俺のライバルは白龍だけだ」

「ハハッ…。ひどい…」

 そう言うとヴリトラは静かに目を閉じ、気絶した。

「とはいえ、グィーノがこんなになるとは…。強敵がいるということか? まつりは知っているか?」

 立ち上がり、周りを見回すが、それほど強い気配は今の所感じられない。黒龍は下にいるまつりを見る。

「自分は他の所にいたので見てないであります」

「そういえば、何故お前一人なのだ?」

「それが…」

「まさかやられたのか?!」

 思わずまつりの肩を揺さぶり、驚愕の顔をする黒龍である。

「みんなただいま二度寝中であります」

「何故すぐ起こさないのだ!」

 黒龍はまつりの頭を拳で殴った。

「いたいであります」

 まつりは短い前足で叩かれた頭を触り少し涙目になる。

「みんな、これくらいじゃまだ大丈夫、まだ大丈夫。と言って起きてくれないのであります」

「とにかく、皆を起こさねばならんな」






 ここは闇の世界で唯一空気が澄んでいる場所。

 荒涼とした闇の世界とは対照的に、木が生え、緑と花が所々に茂っている。家の奥には滝までもある。

 家、というよりは大木に近い。中をくり貫き、そこを居住スペースにしていた。

 龍は空気が澄んでいる場所でないと生きられない。しかし、黒龍とまつり達は訓練をしているため、闇の世界の空気でも、ある程度は大丈夫なのだった。

 中は広い。木で作られたテーブルや椅子に、壁や床なども全ての木がむき出し状態でそこに存在している。何処となく、ログハウスにも雰囲気が似ている。

 黒龍は家のドアを思いっきり開けひらいた。

「おい! みこし、ししまい、はなび、ゆかた! 起きないか!」

「ん? なんっスか?」

「うるさいです」

「まだ眠いなの」

「も一回寝るんだぞ」

 小さな篭の中で寝る小さなドラゴン達は、もう一度布団を頭まで被った。

「寝るなぁぁぁ!!」

 黒龍が大声を張り上げると、四匹とも飛び上がり、一気に目が覚め、黒龍の前にちょこんと正座をした。

 まつりと色違いの四匹のドラゴンは、ばつが悪そうに下を向いている。

 因みに、どうでもいい情報だが、顔は五匹共似ているが、これは同じ種類の特性であり、兄弟ではない。

「貴様らは何をやっているのだ! 貴様らにはいない間の闇の統括、管理、制圧を任してあるだろ!」

「も、申し訳ないっス…」

「新しく竜メンバーが入ったから、そいつに任せきりにしてたのね」

「あいつは別にメンバーではないが…」

 少し呆れた顔でまつり達を見るが、黒龍は慌てて言う。

「取り敢えず、鎮圧に行くぞ!」

「あ、待つであります!」

「ん?」

 まつりは何処からかカセットテープレコーダーを持ってきて、その再生ボタンを押した。

 軽快なリズムが部屋中になり響く。


ジャジャジャジャーン!


 音と共に、五匹のドラゴンが一斉に居間の真ん中に集まり、それぞれ独自のポーズを構え、個々に声を張り上げた。

「あっしはみこしっス! カラーは黄色!」

「それがしはししまいです! カラーは赤!」

「うちははなびなの! ピンクなの!」

「オイラはゆかただぞ! 色は青!」

「そして自分はリーダーのまつりでありま…」


ゴンッ!


 まつりの名乗りを聞かず、黒龍がまつりの頭を力強く叩いた。

「何やっているのだ! 貴様らは!」

「いたいであります」

「これをやらないと調子がでないっス」

「とにかく急いでいるのだ! そんなもの後にしろ!」

「え~~~…」

 五匹の小さなドラゴン達は、渋々黒龍の後ろについていくのだった。






 黒龍とまつり達は、外へと飛び出した。見ると、茶色く冷たい地面の上には数万匹の魔物が倒れていて、その真ん中では魔物達が戦いを繰り広げていた。

 黒龍は人から龍へと素早く戻ると、その魔物達の真上へと飛び去り、まるで竜巻のように中央へと降り立った。

「貴様ら! 俺がいない間に争いなんぞ始めおって! おかげでみゆきさんに会えなかったではないか!」

 黒龍がそう叫んだ瞬間、魔物達は一斉に静まり返った。

 しかし、すぐに皆大声で笑いだした。

「黒龍じゃねえか! お前、地上に左遷されたんだろ? 何でいるんだ?」

「左遷ではない、一時的だ。誰がそのようなふざけたことを言っていたのだ?」

「そこの小せぇ緑の竜がよ、『黒龍様は左遷されたので、今日から自分が闇の世界の統率者であります』とか言ってたからよ。オレぁ、てっきり…」

 するとまつりが、そろりそろりと逃げるように忍び足を踏む。しかし、

「まつり」

 黒龍が呼び掛けた途端、まつりはその場で短い手足を垂直に伸ばした。

「貴様にはちゃんと言ってあっただろ!」

「だって黒龍様、いつ帰ってくるか分からないでありますから、その間だけでも天下気分を味わいたかったんであります」


ゴン!


「いたいであります。…全く黒龍様はすぐ手が出る…」


ゴン!


「二回も殴ったであります!」

「お前が口答えするからだ」

 そう言うと黒龍は、腕を組み、魔物の方に睨みを利かせながら振り向く。

「それで? 今回の争いの原因は何だ?」

「ヴリトラって奴が現れて、私は地上で黒龍を倒した! とか言い始めて、それで次は闇を支配するとか言って、黒龍が倒れたならオレもなる、いや、オレがってんで、結局戦って決めようってことに…」

「まつり! 報告と違うではないか!」

 またもや殴ろうとした黒龍だったが、まつりは咄嗟に短い手で頭を押さえた。

 その様子を見、黒龍は敢えなく拳をしまったのだった。

「ふぅ…⎯⎯。つまり戦争ではないと?」

 嘆息気味に声を漏らす黒龍。イライラと、腕を組み、人差し指をトントンと鳴らす。そんな黒龍に対して、魔物の一人はニヤリと笑った。

「いや、戦争だ! 誰が最強であるかのな!」

 叫び出した魔物が黒龍に向かって拳を突き出してきた。しかし。

「最強は決まっている! この黒龍様だ!」

 黒龍は打ち出された拳ごと、逆に魔物を鋭い牙で噛み殺す。

「さあ、次に殺されたい奴はどいつだ?」

 口元の血を拭いながらギロリと睨むと、魔物達は一瞬にして怯む。だが、直ぐ様一斉に黒龍を取り囲んだ。

「全員でかかれば大したことねぇ! やっちまえ!」

「何でお前が指図すんだ! リーダーぶるんじゃねぇ!」

「そうだ! そうだ!」

 魔物達は言いながらも黒龍に向かって一気に飛びかかってきた。巨大な龍の姿の黒龍は、自分の顔よりも小さい魔物達に攻撃を食らうが、あまり効いてないようで呑気に笑っていた。

「ハッハッハッ! この黒龍様にそのような攻撃をしても、無駄にしかならんぞ!」

 そう言って体にしがみついている魔物達を、まるでハエか何かのように尻尾で追い払う。

「くそ!」

 魔物達は今度は離れて一斉に魔法を繰り出してきた。

「行け行け行け!」

 一気に炎やら氷やら、思い付く限りの攻撃を仕掛ける。

 黒龍は大きい体が災いし、全て直撃した。が、ダメージは殆ど皆無であった。

「ん? 何だ貴様ら? 弱くなったのか?」

「弱くねぇ! お前こそ強がってるだろ」

 一匹の者が叫ぶと、黒龍は何を思ったのか、人間の姿に変わる。

「ハンデをやろう。俺はこの姿で戦ってやる。貴様らなど龍になるまでもない」

 挑戦的な目付きで左手を前に突き出し、構える。

 さながらそのセリフはまるで悪役だ。

「黒龍様、人相が悪いであります」

 横で見ていたまつりがポツリと呟いた。






 かかってくる魔物達を黒龍はいっぺんに相手にする。

 次から次へと襲い来る魔物を、黒龍はちぎっては投げ、ちぎっては投げ、ついには魔物達を残り数匹までに減らした。

「くそっ…強ぇ…」

「昔より強くなってやがる…」

 魔物達は口々にそう言い合い、逃げ腰になっていた。

 構えてはいるものの、額に汗が浮かび、後ろへと後退する。

「どうした? 臆したか?」

「くそ、こうなったら…」

 魔物達は怯えたように踵を返したかと思うと、走って何処かへと行ってしまった。

「逃げたか…」

 黒龍は呟き、茶色い地面の上に横になった。

 流石に疲れたが、一時の高揚感が黒龍を襲う。

 平和な地上とは違い、ここは終始戦いに明け暮れている。

 ⎯⎯やはり、自分はここの方が居心地がいい。何も考えずにただ、勝てばいいのだ。

 もういっそのこと、地上には帰らず、ここに残ってしまおうかとさえ思う。

 だが、平和な地への憧れもある。うまい飯もある。

 自分には綺麗な眩しい世界。

 ⎯⎯結局、自分はどっちがいいのだろうか。








 そんなことを考えていると、意外にも、魔物達が戻ってきた。

 ニヤニヤとした下卑(げび)た笑みを浮かべて。

「さあ、黒龍。もう一度勝負だ」

「何度やっても俺には勝て…」

 渋々体を起こすと、そこで言葉を詰まらせた。

 目の前の、いや、魔物の後ろにいる奴を凝視する。

「やあ、黒龍」

 後ろには何故か先程気絶していたヴリトラがいた。

「何だ? 貴様は? 寝ていたのではなかったのか?」

「フフッ。もう一度お前と戦おうと思ってな」

「そんな傷だらけの体で俺に勝てると思うのか?」

「フッ」

 ヴリトラは一瞬、勝ち誇った笑みを見せる。すると、


バァリ! バァリ!


「!!」

 黒龍はヴリトラの行動に目を見開いた。

 骨の軋む音と肉を割く音が黒龍の耳に響く。


 ⎯⎯ヴリトラは目の前にいる魔物を喰い始めたのだ。


「き、貴様…。何をしているのだ?」

「魔物を捕食し、私の栄養分にするのだ」

 血まみれの口で更に魔物に喰らいつく。

 今まさに喰われいく魔物が言う。

「オレたちは魂の存在。喰われても悪の心が改心しない限り、何度でも体は甦る」

「痛くはないのか?」

「痛いに決まってんだろ!」

「何故だ? 何故そこまでする? いい加減、改心し、生まれ変わった方がいいのではないのか?」

「どうせ魂の()(よう)は決まってる」

 魔物は少し切なげに言った。

「オレたちは、どうせ生まれ変わっても、ろくでもない人生に決まってるんだ。略奪と殺戮の限りをつくし、オレたちの魂はもう落ちない所まで汚れちまってるのさ」


 ⎯⎯⎯消せない汚れが魂にまで染み付いている。黒く穢れた魂が⎯⎯。


「しかし、それでは…」

 黒龍が何かを言おうとした時、ヴリトラが今語っていた魔物を一噛みで殺し、飲み込んだ。

「貴様、まだ喋ってるだろ!」

「え? 悪い、悪い。気付かなかったよ」

「貴様…!」

 黒龍は龍に瞬間的に戻り、ヴリトラに向かい、掴みかかった。

「それでは何の為に俺は戦っているのだ!」

 先程言いかけた言葉を吐き捨てるようにヴリトラへと投げつける。

「俺は今まで、魂は必ず救われると信じて戦ってきた。なのに、元は人間だったというのに…、ここの魔物達は人間に戻りたい。新しく生まれ変わりたいとは思わんのか?」

「そんなの私に言われても困る。…けど」

 ヴリトラは黒龍の目を見ながら続けた。

「皆、悲観してるのではないか? “どうせ何をしても無意味だ”。“一度、闇に落ちてしまってはそう簡単には這い上がれない”。差し伸ばされた手を掴めるのは、その手を信じて掴んだ者だけだ」

「つまり、俺には信用がないと?」

「皆、信じるのが怖いのさ」

 そこで一端途切れ、ヴリトラはフッと笑うように吐息を漏らす。

「でも、確かにお前には信用が欠けているな」

「何だと!」

「当然だろ? 女の尻ばかり追いかけている不真面目な奴を誰が信用するんだ?」

「女の尻ばかりではない。白龍の尻も追いかけている」

「え? お前そっち系だったの?」

「そっち系とは?」

「いや、男もイケル口だったのかなと…」

「何を言ってるのかよくわからんが…。白龍は俺のライバルだぞ? 追いかけ、追いかけられる存在だ」

 フフンと何故か自慢気に胸を張る黒龍である。

「はあ…話が通じない…」

 呆れて頭を抱えるヴリトラ。


 ⎯⎯白龍はよくこんなのと一緒に付き合えるな⎯⎯と、思うと、ある意味尊敬の念すら(いだ)く。

「さあ、お喋りはこのくらいにして、とっとと始めるか」

 黒龍は戦闘準備のように拳を突きだし構えた。

「前回同様、私が勝つ」

 同じく拳を突きだすと、ヴリトラはニヤリと笑った。

 魔物も喰らい、回復と強化を同時に行った体は、前よりも強固になっている。まるで既に勝った気でいるヴリトラに黒龍は言った。

「前は俺が勝っただろ? 忘れたのか? 矮小(わいしょう)な脳ミソがっ」

「私の方が優勢だった。私が攻撃をやめたから、お前が生きていられていることを、そっちこそ忘れたのか?」

「あれは地上の建物に被害が出ないように力を抑えて戦っていただけのこと。俺が全力で戦えば、貴様など、五秒も持たん」

「言ってくれるね…」

 ヴリトラがギリッと奥歯を噛み締めると、二人はお互いに間合いを取った。

 そして、どちらとも譲らぬ勢いで、両者、殴りかかる。


 僅かに軌道がそれ、黒龍の拳はヴリトラをかする。が、ヴリトラの拳は黒龍の左顎に直撃した。

「くっ…⎯⎯⎯」

 その瞬間、反撃するように黒龍の尾がヴリトラの体に強打する。

 ヴリトラは衝撃で横に倒れた。

「ちっ…」

 だが、すぐに起き上がると背中の翼を広げ、空中へと飛び去り、上から黒龍に向かって炎弾を放つ。


 黒龍はそれを難なく避けた。


 仕返しとばかりに黒龍も同じく炎弾を三発ほど撃つ。

 それを空中でヒラリと避けるヴリトラである。









 しばらく両者とも譲らぬ戦いを繰り返し、一時間ほどが経過した。

 二人とも魔法を使ったり、肉弾戦をしたりと攻防を繰り広げていたが、どれも決定打には至らず、じれったそうに顔を歪ませる。

 黒龍とヴリトラは空中戦に突入していた。

 ヴリトラはまどろっこしい戦いに嫌気が差し、トドメを刺そうと大きく口を開ける。

「我が最大の炎魔法。猛炎岩獎(もうえんがんしょう)

 ヴリトラの口から赤く、燃え盛るマグマのように、高温の液体が勢いよく吹き出す。

 黒龍はその様子に一瞬目を見張った。避けるのは困難かと思われた矢先。

「全てを無に()せ。闇孔(アンク)

 鼻先に丸く円を描くように暗闇が出現する。その穴は何処に通じてるのか、それとも全くの無の世界なのか。黒龍自身も知らない。

 まるでブラックホールのような真の暗黒の暗闇がヴリトラのマグマを全て飲み込んだ。

「…ハァ⎯⎯⎯…ハァ⎯⎯」

 全ての力を出しきり、息を整えるヴリトラ。

 黒龍は暗闇を閉じると、目の前のヴリトラを凝視する。

 明らかにヴリトラの様子がおかしい。肩で荒く息をし、あぶら汗が額に浮き出ている。

「お、まえ…⎯⎯そんなことも出来たのか…」

「当たり前だ。俺は闇の龍だからな」

「炎しか見たことないから、てっきり、それしか出来ないのだと…」

「炎を使うのは派手で格好いいからだっ!」

 キラーンと目を輝かせ、親指を立ててしたり顔で笑う。

 疲れたように息を吐くヴリトラ。

 ヴリトラはそのまま地面へと降りた。

「どうした? もう戦わんのか? 意外に体力ないな…」

 黒龍も続けて地面に降りると、ヴリトラの顔を覗く。

 ヴリトラは俯きながら黒龍へと視線を向けた。

「なぁ…。ちょっと聞くが」

「あ?」

「何故闇の世界はこんなに体が重い? いつもならこんなに早くバテることはないのに…」

「知らないのか貴様?」

 一拍置き、黒龍が続ける。

「それは穢れた空気が溜まっているからだ。俺達龍は澄んだ空気にしか生きられない。この穢れた空気が俺達の動きを鈍くするのだ」

「お前は大丈夫そうだが…」

「俺は闇の世界で千四百年戦ってきたのだぞ? 今さら穢れごときで動きが鈍るほど、やわではない」

 なおも荒く呼吸をし続けるヴリトラに対し、黒龍は深く溜め息を吐いた。

「ハァ⎯⎯⎯⎯……。そんなことでは俺のライバルにはなれんな。やはり俺のライバルは白龍だけだ」

「ひどいな…。その白龍とも、こうして戦っているのか?」

「地上で簡単に龍の姿で戦えるわけなかろう。馬鹿か貴様は?」

「では何故あいつがライバルなのか、教えて欲しいものだな」

 黒龍が嘲笑するのを気にも止めず、ヴリトラは人間の姿で仰向けになり、黒龍の方に顔を向ける。


 ⎯⎯⎯何故雌雄を決している私ではなく、あの白き龍にそこまで固執しているのか⎯⎯⎯。


 黒龍も人間に戻ると、ヴリトラの近くへと座った。

「⎯⎯⎯…それは⎯⎯」

 それは黒龍の本音だった。白龍の前では決して言えない本音。

 呟かれた言葉に目を見開き、ヴリトラは左腕を目の上にやる。

「ハッ。それはライバルじゃない。それは友達…だろ?」

 呆れ返り、息を吐き捨てるように笑う。

「黒龍様ー!」

 まつりが小さい体で羽をばたつかせながら、黒龍の元へと駆け寄ってきた。

「まつり。今まで何処にいたのだ?」

「黒龍様が戦っている間、暇だったんでお昼寝していたであります!」


ゴン!


「どうしてすぐ殴るでありますか?」

 痛そうに頭を押さえるまつり。

「貴様は寝ることと食べることしか考えてないのだな…」

「ちゃんと敵を倒した時の決めポーズも考えているであります!」

「ハァァ…。これだから貴様に闇の世界を任せるのは不安なのだ」

 額に指を当て、不安と呆れで悩みは尽きない。そんな黒龍を知ってか知らずか、まつりは後ろで寝ているヴリトラを一瞥した。

「ヴリトラを倒したでありますか? 流石黒龍様であります!」

「まあな…」

「おい、待て。私はまだ負けてはいない」

 ヴリトラは重い体を無理矢理、上半身だけ起こした。

「何言ってるのだ? 貴様は? 既に決着はついているだろう?」

「こんな負け方、認められない。また明日勝負だ」

「懲りんな…。貴様は…」

 ハァ、と深く溜め息を吐き、両手を腰に当てると、黒龍は今度はその手でヴリトラを指差した。

「何度やっても同じだが、貴様は体力を戻せ。そのままではまつりにすら、勝てはせんぞ」

「え? 自分、今のヴリトラになら勝てるでありますか?」

「あ、まあ…言葉の綾だ。貴様には飛べることと火を少しはけるくらいで、後は何の能力もないだろ? ヴリトラはそれくらい弱っているということだ」

「何の…能力もない…!」

 まつりは一瞬顔を劇画調に固まらせる。

「何の…能力もない…」

 余程黒龍の言葉が響いたらしく、まつりはその場にへたりこんだ。








「で? 何で貴様がここに居るのだ?」

 顔をひきつらせ、ピクピクと片側顔面が上に歪む。

 黒龍が家に帰り、滝で水浴びを済ませ、部屋に入ると、何故かヴリトラが部屋の真ん中でくつろいでいた。

「あ、おかえりー」

「だから! 何故居るのだ!」

 上半身裸でタオルを肩にかけ、髪の毛が少し濡れている黒龍は、ヴリトラへと詰め寄る。

 その瞬間、跳ねた水がヴリトラの顔に少しかかった。

「つめたっ⎯⎯!」

 ヴリトラは顔にかかった水を手で拭いながら。

「何故って、私はここに住んでいるから」

「何!?」

「あ、黒龍様、それは自分が説明するであります」

 突然まつりが脇からしゃしゃり出てくる。黒龍に言われたことは既に忘れているようだった。

「ヴリトラが上から堕ちて来た時…⎯⎯⎯」


 まつりはそう言いながら回想に入ろうとした。が。


「回想はいい! 端的に述べろ!」

 黒龍がまつりの頭をガシッとわしづかみにした。

「わ、分かったでありますっ。つまりは闇の世界の空気にやられて伸びていた時に、自分らが助けてここに運んできたんでありますな。ここは闇の世界で唯一の空気の澄んでいる場所でありますから」

「そゆこと」

 ヴリトラが何故か紅茶を飲みながら、おまけにシナモンスティックまで浮かべて、ほっこりしている。

「懐かしいでありますな…」

「何が?」

「ほら、黒龍様が堕ちてきた時も…」

「⎯⎯まつり」

 制止するかのような鋭い声で黒龍が言い放った。

「⎯⎯それ以上は、言うな」

 冷たく尖りを見せた黒龍の視線に、まつりとヴリトラは背筋が凍る。

 青ざめた二人のその顔に、釈然としない気持ちで溜め息を吐く黒龍。

「というか、何故貴様は俺が作ったアールグレイを飲んでいるのだ?」

「え? ああ、うまくて、ついな…」

「うまいのならまあいいが…。しかし、何故シナモンなのだ」

「私が好きだから」

「貴様、アールグレイにはミルクだと相場が決まっているだろう!」

「人の趣味嗜好に口出しされても…」

「やはり貴様とは相容れん! 明日早朝、決闘だ!」

「フッ、言われなくてもっ」

 バチバチと火花を散らし、相対するように顔を近付けるが、すぐにそっぽを向く二人。

 黒龍は怒りながら、部屋のドアをバシンッと思いっきり閉めた。

「全く…。黒龍様は…子供でありますな…」

 聞こえないことをいいことに、ひっそりと呟くまつりであった。









 三階一番奥の部屋。そこが黒龍の闇の世界での部屋だった。随分長い間帰って来なかったが、まつり達が掃除をしているおかげか、部屋には埃一つ溜まっていない。

 だが、黒龍はそんなことには気付きもせず、暗い部屋の隅のベッドの上で横になり、考え込んでいた。


 ──ヴリトラが家にいる──


 そう思うだけで、何処(どこ)か何故だか居心地が悪い。

 敢えて言うならば、家に兄弟やらの友達が勝手に上がりこんで、知らない内に自分の居場所が失くなっている──そんな感じだった。


 あまつさえ、自分の部下とも何故か親しげで、しかも勝手に竜メンバーにされている。

 やはり同じ西洋系ドラゴンだから気が合うのか──。


 下からは楽しそうに聞こえるヴリトラとまつり達の笑い声。談笑でもしているのだろう。騒がしさが耳に障る。

「ちっ…⎯⎯」

 ⎯⎯これではどちらが居候か分からない。

 別にヴリトラのことは嫌いでもない。奴には奴なりに思うところがあり、あのような凶行に走ったのだろう。

 カンナが傷付いたのも、ヴリトラが悪いわけではない。全ては自分が未熟だった故。

 そこまで考え、黒龍は先程のまつりの言葉を思い出す。


 自分がここに堕ちて来た時⎯⎯。


 あの時のことを思い返すと、酷く頭痛がする。


 黒龍は静かに目を瞑った。









 次の日の朝。

 いつも薄暗い闇の世界。どんよりと暗雲が垂れ込める中、外に出、相対する二人の影。と、五匹。

 黒龍とヴリトラは、互いに睨みを利かせていた。

「貴様、アールグレイにはミルクが最高の嗜好だと、分からせてやるっ」

 ボキボキと拳を鳴らし、口元にほんのり笑みを浮かべて黒龍はそう言った。

「俺はシナモンが嫌いだ!」

「いや、そんな理不尽に怒られても…。そもそも私達が戦っているのは、そんなくだらないことの為ではないだろう?」

「ん? では、俺達は何の為に戦っているのだ?」

 頭にはてなの文字を浮かべ、黒龍は聞き返した。その言動にヴリトラは、

「やはりアホか…」

 と、嘲笑気味に答える。続いて、

「アホであります」

「アホなの」

「アホっス」

「アホだぞ」

「アホです」

「貴様ら…っ!」

 ヴリトラに呼応するかのように、五匹の竜達が口々にそう言う。黒龍は思わず拳を握った。

 続けざまにヴリトラは勇むようにうっすらと笑い。

「忘れたのか? 私がお前に恨みがあるということを!」

「!!」

 ヴリトラが黒龍に向かって拳を振り上げてきた。

 それをガードするように瞬時に両腕を前にクロスさせる。

 しかし、


ドーーーーン!!


 振り上げた拳が黒龍に届く前に、いきなり目の前のヴリトラが横に吹っ飛んだ。

 何が起きたか分からず、思考が停止する両者。

「キャーーーー!!」

 突然の歓呼の声に我に返ると、黒龍は既に魔物達に囲まれていた。

「黒龍様よ! 闇の世界に黒龍様が帰ってきてるわ!」

「昨日見たのはやっぱりそうだったのね!」

「黒龍様!」

「黒龍様!」

 セイレーンやケンタウレ、オグレスなどの女性型の魔物が黒龍を取り囲む。黒龍は一気に上機嫌になった。

「ハッハッハッハッ!」

「黒龍様!」

「黒龍様!」

 魔物の肩を抱き、高笑いする黒龍。

 ヴリトラは戦いを邪魔されたことに怒り、顔に青筋を立てていた。

「女ども! うるさい! 私と奴は、決着をつけねばならないんだ! そこをどけ!」

「え~~~…」

 邪魔だと言わんばかりに、手を前へと勢いよく振り払う。

 黒龍に抱きつくセイレーンは、冷ややかな視線をヴリトラに向けた。

「うるさいのは貴様だ」

 黒龍は淡々と静かに言った。

「貴様、俺ばっかりモテてるから妬いておるのだろう?」

「いや、どっちかというと興味はないが…私はお前との決着の方が…」

「俺の至福の時間を邪魔するな!」

 更に女性型の魔物を力強く抱き締める黒龍。セイレーンは黒龍に抱きつきながら、ヴリトラに向かってあかんべーと舌を出した。

 ヴリトラは一回舌打ちをする。

「私との決着はどうする」

「それは明日でよかろう」

 その物言いに、もう一度舌打ちをするヴリトラ。

 ──こちらの方が先約だというのに、何故、後回しにされなければならないのか。真面目に自分と戦う気がないのか…。

 そんなヴリトラの気持ちを悟り、まつりは隣で呟く。

「黒龍様は無類の女好きでありますから、しょうがないであります…」

 その言葉に、ヴリトラは深く溜め息を吐くのだった。








「ハッハッハッハッ!」

 黒龍は家に女性達を連れ込み、居間で上機嫌にお酌をしてもらっていた。と、言っても、飲んでいるのは酒ではなく、庭の木で採れた桃のジュースだが。

「黒龍様! どんどん飲んで下さい!」

「ズルい! 私が黒龍様にお()ぎして差し上げたいのに!」

 ソファーの真ん中にドカッと座り、ふんぞり返って女性達にもてなしを受ける黒龍。テーブルの上には、何かの肉の塊や、フルーツの盛り合わせ。更に銀食器のコップの中には、ドライアイスのようにモクモクと煙が溢れ出ている(かすみ)が注いであった。

 黒龍はそれを手にし、口元へ寄せ、思いっきり吸い込む。

「いい神気(しんき)だ。魔力が高まる」

 黒龍の行動により、周りの女性達は一斉に沸き立った。

「黒龍様! これ食べて下さい!」

「ハッハッハッハッ!」

「私のも食べて!」

「ハッハッハッハッ!」

「あたしのも!」

「ハッハッハッ…ハッ!?」

 一匹、妙な魔物が混じっている。濃い化粧に、真っ赤な口紅。野太い声に、おまけに顔には青ひげ。どうみても女性ではないその魔物を、黒龍は無視することにした。

「いや、無視してどうする?!」

 一部始終を見ていたヴリトラが、不本意ながらもツッコんだ。

「ハァ…。いい加減にしてくれないか? ここには、私とまつり達もいる。そろそろ帰って欲しいのだが…」

「貴様はそうやって邪魔ばかりするな…。混ざりたいなら混ざりたいとはっきり言えばいいものを…」

「だから混ざりたいわけじゃなく…」

 呆れて言葉も出ない。

 ヴリトラは大きく肩で嘆息した。

「黒龍様! はっきり言って迷惑であります! そんなに女性と遊びたいなら、別の所に行って欲しいであります!」

 堪忍袋の緒が切れたように、まつりがこれまでにないような口調で言い放つ。

 そして続けて他の四匹のドラゴン達も。

「そうっス! これじゃお昼寝も出来ないっス!」

「迷惑なの!」

「女好きにも程があるんだぞ!」

「変っ態です!」

「貴様ら…」

 言いたい放題のまつり達に黒龍は凄んだ目で睨む。まつり達はその強烈な視線に一瞬びくっと肩を震わせた。しかし、

「ハァ…。分かった…。今日の所は帰ってもらう」

 頭を掻きながら、珍しく黒龍は引き下がった。

「えぇ? 黒龍様~…」

「すまんな…。また明日だ」

 女性達の悲しそうな声に、黒龍は眉尻を下げて答えた。そんな黒龍の顔を見、女性達は渋々家から出ていくのだった。

「え? 黒龍。明日は私と対決する予定では?」

「ん? そうだったな。まあ、暇があれば付き合ってやらなくもない」

「暇って…。戦う気はあるのか?」

 ヴリトラが呟くが、黒龍は高笑いをし、聞いてはいなかった。









「黒龍。お前、私との決着は一体いつになったらするんだ?」

 結局あれから五日、女性達が毎日家に押し寄せ、無下には出来ない黒龍が、家の中でハーレムの王様と化していた頃に、いよいよヴリトラは痺れを切らしたように漏らした。

「ん? 何の話だ?」

「だから! この間決着は明日だとか言っといて、もう五日も経つぞ! よもや、約束を反故にする気か!?」

 ダンッ! とテーブルを思いっきり叩き、黒龍に詰め寄る。だが、黒龍は、オグレスに果物を食べさせてもらっていて、ヴリトラの話など右から左に聞き流していた。

「お前はもっと自ら進んで戦闘を仕掛けるような奴だと思っていた」

「俺は戦闘狂ではない」

 言いながら、おもむろに立ち上がると、黒龍は玄関のドアの前に行き、そこで立ち止まる。

「だが、そうだな。神気も充分に満ちた。久々に戦うとするか…」

「お前っ! まさかわざとっ!」

 ヴリトラはテーブルに置いてあった銀食器のコップを見た。

 黒龍はわざと神気を満たすために、女性達に霞を持って来させ、自分だけ回復したのだと。

「ズルい! ズル過ぎる! 卑怯だ!」

「黒龍様! やることが悪どいであります!」

「貴様は魔物を食えば回復するだろう? 俺は魔物は食えんからな」

 ドアを開け、ヴリトラを睨む。

「それで? ヤるのか? ヤらんのか?」

「ちっ! やるよ!」

 ヴリトラは黒龍に続いて、外へと出ていった。






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