八 「翠嵐~思い果てなく、そして強く願うこと~」
黒龍と白龍は、その日の夜、 緑川アパートに帰ってきていた。
「いや~御土産ありがとうね。この仏像、欲しかったんだよ~」
大家が、気味の悪い仏像を手に取り、喜びの声を上げた。大家は、仏像を愛でるように持ち、すりすりと仏像に、頬ずりを繰り返していた。
「い、いや、別にいいんだけどよ。何でそんな物、欲しかったんだ?」
大家の行動が、白龍には全く訳が分からなかった。
(何でそんな気持ちの悪い仏像が欲しいんだ? つうか、シンの奴、もっとまともなのはなかったのかよ!)
そう思ったが、それよりも、先程から異様な視線が、自分を見つめていることの方が気になる。異様な視線の主は、とうとう白龍に話しかけてきた。
「あのっ! 白龍っ! お、俺への…御土産は…?!」
マリモ色に染まりあがった、短髪の頭。杉山である。
杉山が、白龍にすがるような目で見つめてきた。その言葉に答えるように、黒龍が回答する。
「フンッ。貴様の分など、ある訳なかろう!」
「黒龍からの土産物なんかいらねぇよっ。俺は、白龍からのが欲しいんだ!」
白龍への熱い視線を反らさずに、杉山が、両手を願うように組んだ。
「あ、ああ、一応あるよ…」
「白龍。律義な奴だな、お前は。こんな奴にまで買ったのか…」
「いや、一応な…。オレは別に、杉山が嫌いとかそういうので、仲間外れみたいには、したくないだけだからな」
だから白龍は、杉山に御土産を買ったのだが、この行動、加えて今の発言は失敗だった。
「はっくりゅ~う! やっぱり俺のことを~!! 普段の言動は、やはり愛情の裏返しだったんだな~!? この、照・れ・屋・さん!!」
白龍は、自分の足に縋がり付いてくる杉山の、その最後の一言により、怒りのゲージが最大限に達した。
「気色悪りぃこと言うんじゃねぇ~~!!」
「ぎぃゃああああ!!」
案の定、白龍の改心の一撃により、杉山はそこら辺で伸びた。
「大丈夫ですか? 杉さん?」
「…大丈夫に…見えるか…?」
そんな杉山をほっとき、山澄の方を振り向く。
「それはともかく。やまさん、オレ達に何か言うがあるんじゃねえのか?」
白龍と黒龍は、このインドの旅を、何故、山澄が『インドまるごと七日間の旅』なんて言う嘘までついて、二人をインドへ行かせたのかが、不思議でならなかった。
「何か言うことがあるだろ? 今回のことでっ」
「いえ? 何も?」
スッとぼける山澄に、黒龍がすかさず問いただす。
「何もないはずないだろっ。やまさん、お前は何故、俺達をインドにやったのだ? インドまるごと七日間の旅。などというものは、全くのでっち上げだったではないかっ」
黒龍がそう言うと、大家は、仏像を磨いている先で、
「何? ホントか? やまさん?」
と、口先だけで尋ねた。
「話せよ! このままじゃ納得が行かねえっ!」
「フムぅ、今は話せません」
山澄は、至って軽めに言った。
「では、私は寝ますので、お休み~」
山澄は、二人の話を聞かずに、敷きっぱにしている布団にサッと入り、三秒も経たない内に眠ってしまった。
「おい、やまさん! やまさん!」
「やまさんは、一度寝たらなかなか起きないよ」
大家が振り向きもせず、仏像を磨きつつ言った。
「仕方無い。白龍、取り敢えず部屋に戻ろう」
「あ、ああ」
「…やまさん、インドでの写真だ。ここに置いておくぞ」
黒龍は、卓袱台に写真を数枚置き、山澄の部屋を後にした。
白龍と黒龍は、部屋に戻っていたが、山澄の言っていたことが気になり、紅茶でも飲んでいた。
「おい、黒龍。お茶零してるぞっ」
「あ、ああ…」
白龍は、ボンヤリと空を眺めている黒龍を、頬杖をつきながら横目で見る。
「やまさんの言ってた“今は話せない”ってことの意味、考えてんのか?」
「いや、別に俺は…」
「そりゃ~、気になるけどよ。だからオレも、考えてんだけど…。やっぱ考えたって、本人の口から言ってもらわないと、埒が明かないよな」
「いや、だから別に俺は、そんなこと、気にしていないぞ」
「じゃあ何だってんだよ?」
白龍は、普通気にするだろ、って顔をしながら、腕組みをし顔をしかめている黒龍に聞く。
「いや…。あのやまさんの気配を、何処かで感じたことがあったのだ。…何処だったか、忘れたが…」
「ホントかよ? 確か、前にもそんなこと言ってたけど、気のせいじゃねぇか?」
「それに、グィーノの言っていた“金髪の男”というのも気になる。…それが、やまさんのことなのか…?」
白龍は、あの戦いを思い出す。ドラゴンのヴリトラの声、姿は、永遠に忘れることはないだろう。
「そ、そんなことより…。そうだ! 明日、美幸さんにでも、会いに行って来いよっ。インドの土産買ってきたんだろ?」
「買ってきたことは買ってきたんだが、みゆきさんの家を知らないしな。会う為には、デパートに行くしかあるまい」
「じゃあ、明日にでも、一緒にデパート行ってみようぜ!」
「全く、呑気だなお前は…」
「そ、そうかな? 取り敢えず、飯にしようぜっ。オレが作るからっ」
白龍はそう言い、チェックの緑のエプロンを付けると、そそくさと台所で米を研いで、お釜のスイッチを入れた。
「……もしかして、気を使ってくれているのか?」
「え?」
「グィーノの言っていた、俺に対する恨みを聞いたから…」
「…ち、違げぇよっ。あてっ!」
白龍は、慌てて包丁で指を切ってしまった。
「いってぇ~。あ、そうだっ」
白龍は、思い付いたように、左手の人差し指を、右手で包むようにしてから。
「…傷を癒す力を甦れ、自らの足で立ち上がる力を与えよ!」
そう言ったのだが、傷口からは血が止まらなかった。
「あれ? …傷を癒す力を甦れ。自らの足で立ち上がる力を与えよ!」
白龍が何回か呪文を言っても、傷が塞がる様子はない。
「あれ~? 呪文間違ってねぇのに…」
「大丈夫か?」
黒龍は、白龍の人差し指を掴むと、呪文無しに傷を治した。
「全く、ドジだな」
「あ、あぁ、サンキュー。…おっかし~なぁ。シンのアザの時とカンナの傷の時は出来たのに…。手ぇ光ってて…」
「あれは恐らく、カンナの首飾りのおかげだろう。手の光は、首飾りの物と酷似していたそれに、首飾りの球も光っていたしな」
「お前戦ってたのに良く気付いてんのな。でもそうか…。ちぇっ。光の力が目覚めたって訳じゃなかったのか…」
白龍は、傷が治った指を気にしながらも、豆腐を切った。
「しかし、前にも言ったが、お前は天の龍なのだから、魔力くらい持っているはずだ。人間に変身している時も、魔力は使っているはずなのだ」
「でも、考えてもしょうがねぇよ、そんなこと。分かんねぇんだからよ」
「全く… (考える気がないんだな、こいつは…) そうだな。取り敢えず、俺も飯の支度を手伝うとするか。 白龍に任せると、また、何か変な物を食わされそうだからな」
黒龍は、白地に薔薇の刺繍の入ったエプロンを付けて、台所に立った。その言い種に、白龍は反論する。
「変な物って何だよ、変な物って。味噌汁くらい、簡単だっつうの」
「どの口が物を言ってるんだ。その鍋、味噌を入れただけで、ダシも何も入れてないではないか!」
「こ、これから入れんだよ!」
白龍は慌てて、市販のダシと、豆腐を鍋に入れてかき混ぜた。
「それに、おかずは何にする気だ? まさか、味噌汁しか作っていないのか!?」
「あ…。しょ、しょうがねぇじゃねえか。お前に任せっきりで、オレ、あんまり飯作ったことねえし…」
「ん? ああ、そうだったな。それにしても、お前はこんなに料理が下手で、天界ではどんな物を食べていたのだ?」
「あー、たまにピザとかで、あとそれ以外は、栄養が偏るとか言って、ミカがほぼ毎日作ってくれてたな」
「全く、甘やかしか…」
黒龍は、おかずを作ろうと、まな板の上に、人参、じゃがいも、玉葱を置いた。
「お、おいおい黒龍! まさか、カレー作るつもりなのか!? 味噌汁、意味ねぇじゃねえか! それに、カレーならカンナの所で散々食ったじゃねぇかよ!! うんざりだぜ!」
白龍は捲し立てた。一食だけ修業の片手間で食べれるようにと、ジイがサンドイッチを持ってきたが、インドにいた七日間、白龍の言う通り、昼と夜は本当に、毎日カレーだったのだ。
しかも、カンナのところはベジタリアンらしく、肉無しの野菜カレー。
「あ、ああ。何か無意識に体が勝手に…。習慣というものは怖い物だな」
「習慣にすんなよ…。で? おかずはどうすんだよ?」
「…じゃあ」
黒龍はそう言うと、冷蔵庫を漁り始めた。
「…お、パックの鯖の味噌煮があるからそれにしよう。今日が賞味期限だし、丁度良いではないか」
「鯖かぁ…。青魚あんま好きじゃねぇけど、なんか、日本に戻って来た、って感じがしていいな」
白龍は、黒龍におかずを任せ、暇になったので、少々インドのことを思い返していた。
(…全く、やまさんも何考えてんだか。おかげでこっちは、ドラゴンと戦うというとんでもない目に遭っちまった。ま、そのおかげでカンナやジジイに会えたし、強くなれた気がするし、黒龍の暗い過去も少し分かったから、良かったにしちゃ、良かったんだけどな…)
白龍はそこまで考えて、引っ掛かった。
いや、始めから山澄のことには引っ掛かっていたのだが、何か重要なことに気が付いた気がしたのだ。
(…あれ? 何だ? この違和感。まるでやまさんは…)
そこまで考えて白龍は、黒龍に尋ねた。
「なぁ、黒龍。やまさんて、まるで…」
「ああ、俺もそこが気になっていたところだ」
「お前もかよ!」
卓袱台の置いてある、畳の上に座っていた白龍が、思わず身を乗り出した。
「ああ。やまさんのあの行動は、やはりおかし過ぎる。まるで、俺達を、カンナやジイに会わせ、ドラゴンと戦わせるよう、仕向けたような、何か変な違和感がな」
黒龍は、パックを開け、鯖を皿に盛った。
「ほら、出来たぞ。卓袱台拭いとけ」
「お、おお…」
黒龍に投げ渡された台拭きを受け取り、それで卓袱台を拭きながら。
「まあ、何にせよ、やまさんが話せないって言ってる限り、聞けそうもないぜ。あれで口は固そうだしよ」
「そうだな。取り敢えず今は、明日みゆきさんに会う衣装のことでも考えるか。第一声とかな…」
黒龍は、両手に持った夫婦茶椀(ミカからもらったやつ)を、卓袱台の上に置いて、考えた第一声を言ってみた。
「みゆきLOVE…」
「だから、美幸さんには、えっと、なんてったっけ? あ、そうそう、結月君って奴がいるじゃねぇかよ。まだ会ったことねえけど…」
「障害があればある程、二人の恋は盛り上がる…」
「だから、お前一人で盛り上がってんだよ!」
黒龍と白龍は、少し遅めになってしまった晩御飯を食べながら、和気あいあいと話をし、明日のことを考えながら眠りについた。この平和な夜がいつまでも続くと思いながら。
次の日二人は、美幸に一目でも早く会おうと、十時開店のデパートの前に、三十分前に並ぼうと、ふざけたことを言い出し、支度を急いでいた。
「なあ、やっぱりオレも行かなきゃ駄目か?」
「当たり前だろ? お前が一緒に行こうと言い出したのではないか」
「そりゃあ、そだけど…。お前が迷子放送なんかで呼ぶから、オレはあんまり行きたくねえんだよ…」
白龍自身、インドのことで頭がいっぱいだったが、デパートに行こうということで思い出した。
ほんの数日前の“迷子の白龍君”事件。
顔見知りがいるデパートだ。きっと笑われるに決まってる。
「そんなことより、白龍、どの服が良い? 久しぶりにみゆきさんに会うのだ。正装して行かねば…」
「全く。昨日、第一声の言葉ばかり考えてて、服決めてなかったのかよ?」
白龍は、気乗りもしないので、その辺にあった服をポポイッと着た。
「き、貴様、その格好で行くのか?」
「あん? 何でだよ? 変か?」
「そんな格好で行ったら、みゆきさんに失礼だろ! 正装しろ! 正装!」
黒龍は、白龍の服を引っ張り、脱がそうとした。それに抵抗する白龍。
「脱がすなよ! 別に変じゃないだろが! お前が変だよっ。美幸さんにプロポーズするわけでもないのに、何で正装しなきゃなんねぇんだ!」
「プロポーズ!」
黒龍は、白龍のその言葉に物凄く反応した。そのまま妄想モード突入の黒龍。
「プロポーズ! みゆきさん…。結婚して下さいっっ! …そんな黒龍さん、私なんかで良ければ…」
「はいはい。そこら辺にしねぇと、キャラ壊れっぞ。つか、もう実際壊れてっけどな…」
白龍が、そんな黒龍の耳をつまんで引っ張った時、どこからか、ビー! ビー! という、けたたましい機械音が聞こえてきた。
黒龍は自分のポケットから通信機らしき物を取り出したかと思うと、どっかのボタンを押し、それに出た。
「ん? 俺だ。…ふむふむ」
「…おい…お前そんな物持ってたのかよ…」
「今話し中だろ! …ああ、すまん、白龍の馬鹿がうるさくてな。で、さっきの話だが…」
白龍は、黒龍の身勝手ぶりに口を尖らせた。でも、これ以上何か言って理不尽に怒られても、癪に障るので、黙って聞くことにする。
次第に黒龍は、会話をしながら、白龍の方をチラチラと気にし始めた。
「?」
「…ああ。わかった。すぐ行く」
「おい黒龍、お前そんな物特ってたのかよ?」
白龍は、会話の内容はさておき、まずそこから聞き始めた。
「ああ。ケイタイとやらは知らなかったが、これは闇の世界とだけ繋がる、いわば通信機のような物だ」
「ふーん。で、なんだって?」
「俺に、今すぐ戻って来て欲しいそうだ」
「今すぐ戻って来て欲しいって…モテモテだなー」
「何、冗談を言っている。…どうやら俺の管理する、闇の世界が大変なことになっているらしい。今、東西南北の魔物同士で、世界魔法戦争を繰り広げているのだそうだ」
「た、大変じゃねぇか!」
白龍は、前にカンナと見た過去のことを思い出していた。そんなことが、また闇で起こっているなんて。
白龍は、少し怖くなり、黒龍を見た。
「もしかして、それってグィーノを闇に送ったせいで、暴れてる…とかか?」
「いや、グィーノは寧ろ、ドラゴンの使命感に駆られ、俺の部下たちの手伝いをしているのだそうだ」
黒龍の方は、至って冷静だった。
「お前、随分冷静だな」
「ああ。俺はこういうことには慣れているのでな。この通信機から入る連絡は、大抵そんな内容だ。俺にとっては当たり前みたいなものだな」
白龍は、冷静に言う黒龍に対し、少し悲しい気持ちになった。そんなことを平気で言えるようになってしまうほど、黒龍は戦ってきたのか。
白龍は、少し落ち込んだ。
「ん? 何だ? 俺が居なくなるのが淋しいのか?」
「いや、淋しくねぇよ!」
「俺が居ない間、他の奴と、コンビ組んだりするなよ」
「オレ達はコンビじゃねえし。ってか、お前がいなくなって、せいせいするよ」
白龍はわざとらしく、ぶっきらぼうに腕を組み、そっぽを向く。
そんな話もそこそこに、急に黒龍の動きが慌ただしくなる。
「…と言うわけで白龍。悪いが俺はすぐ、闇へ行かなければならない。みゆきさんの所へは一人で行ってくれ。これ、俺のインド土産。みゆきさんによろしく」
「お、おお…」
「あ、あとそれと」
黒龍は魔法で、何と、抱えきれないほどの真っ赤な薔薇の花束を出し、白龍に持たせた。
「お、おいっ!」
「それをみゆきさんに渡しとけ。ちゃんと、俺からと言うんだぞ」
「こんなでかいの、オレが恥ずかしいだろ!」
五十本くらいあるであろうそれを、重そうに抱えている白龍。そんな白龍を見て、黒龍は笑った。
「多分、一週間で帰ってくる」
「一週間!?」
「…もっとかかるかもな」
「つか、一生帰ってくんな」
「ふっ、そうかもな。じゃあな!」
「そうかもなって、おい黒龍!」
そう言う黒龍の下には、黒く、どこまでも吸い込まれそうな、丸い穴が出来ていて、黒龍はその穴に、飲み込まれるように落ちて行った。
白龍が叫んだ時には、もう既に黒龍は穴に吸い込まれ、穴は瞬時に閉じていた。
「…美幸さんより大事なのかよ。黒龍…」
白龍は淋しそうに呟いていた。時計を見ると、いつの間にか、もう十時を過ぎていた。
仕方無く白龍は、その薔薇の花束を持って、美幸に会いに行くことにした。
(…別に渡すのはオレの自由だけど。…でも、やっぱ渡さないと、黒龍の奴、後が怖いからな…)
白龍は、薔薇の花束と御土産をなんとか持って、アトト商店街を歩いていた。ふと、誰かの笑い声が聞こえてくる。
「クスクス。何あの花束。すごいわねぇー」
「きっと、プロポーズにでも行くのよ」
白龍はその言葉に、この場に居たたまれなくなり、顔を真っ赤に、足早にデパートへの道を急いだ。
白龍は、幸運にもすぐに美幸に会えた。
「あ、あの~、美幸さん…」
「あら白龍さん。クス、どうしたの? その花束…」
「ああ、え、えっと、これ、黒龍から、美幸さんに!」
「黒龍さんから?」
美幸は、その花束を重そうに受け取ると、
「黒龍さんは何処にいるの?」
と、キョロキョロ辺りを見回した。
「え、っと、黒龍は…その、実家に帰ってるんだよ。今日一緒に来ようって言ってたんだけど、急に連絡が入って…」
「そう」
「あと、これ、インド土産。みんなで、わけて、じゃ、じゃあ」
白龍はそう言うと、走って行ってしまった。すごく恥ずかしかったのだ。
「あ、白龍さーん。ありがとー!」
白龍は、緑川アパートの前まで来ていた。
見ると、山澄が緑川アパートの敷地内にある裏の林で、木の手入れをしている。
「よお、やまさん」
「あぁ、白龍君。…黒龍君は一緒じゃないのかい?」
「え? ああ。黒龍は、じ、実家に帰ってんだよ」
「そうですか…」
山澄は、意味ありげな顔をした。
「そうですね。もうお盆ですもんね。白龍君は帰らないの?」
「あ、ああ。オレは遠いから」
白龍は、そう言いながらも、少し女神様のことを思い出していた。
(っていうか、どうやって帰れるのか知らねぇし…)
もうお昼になっていることに気付き、白龍は山澄に挨拶をしてから部屋に戻った。
何の気なしに、畳の上にゴロッと横になる。
「…この部屋って、こんなに広かったんだな…」
白龍はそう言ってから、自分の呟きに驚いていた。
「って、何言ってんだ? オレ? ま、あいつがいなくなってせいせいするや。しばらくのんびり出来るゼェー!」
言いながら、両手足を思いっきり伸ばした。
その瞬間、腹の虫が、飯をよこせと鳴り響く。
「全く…朝飯、卵かけご飯しか食ってねぇからもう腹減ったぜ。黒龍の奴が朝イチで並ぶとかふざけたこと抜かすから…」
渋々起き上がると、流し台には朝の洗い物が残っていた。
「あ、そういや今日は、オレが洗い物する日だった。チェッ」
白龍は、台所に立つと、洗い物を洗い始めた。その時。
ガシャーン!
手が滑ったのか、白龍は、黒龍の茶碗を割ってしまった。
「あ、やべっ。すまん、黒龍っ」
床に散らばった破片を見てから、白龍は、顔を上げて黒龍に謝った。しかし、黒龍の姿はそこにはない。
「あっ、そっか。あいつ居ないんだっけ…。まあ、夫婦茶碗が割れて良かったぜ。ミカが聞いたら怒りそうだけど」
そう言うと、白龍は茶碗の破片を拾う。
「黒龍の茶碗…まだ買わなくていいよな、居ないんだし…。いてっ!」
ボケッとそんなことを考えながら拾っていたので、破片で指を切ってしまった。
「にゃろ~。…傷を癒す力を甦れ。自らの足で立ち上がる力を与えよ! ……はあ~、やっぱり治らねぇ…」
仕方無く、怪我した指をくわえると、絆創膏を探し始めた。
キョロキョロと棚の辺りを探すが、あることに気付く。
「そういや、下界に降りてきてから、いつも黒龍に治してもらってたんで、絆創膏使うのなんて久し振りだな」
白龍は、自分の鞄の中からやっと見つけた絆創膏を指に貼ると、溜め息混じりに言った。
「…便利な奴が居なくなったな」
何気にひどいことを言う白龍である。
白龍は少し、黒龍に早く帰って来て欲しいとも思ったが、それではのんびり気分が味わえなくなるので、首を横に振った。
黒龍はこの日、やはり帰っては来なかった。
黒龍が、闇に行ってから三日たった。
この日白龍は、モデルの仕事の日だったので、電車でスタジオへと向かった。
スタジオに着くと、横峰オーナーと徹がいて、カメラを磨いている小島も隅にいた。
「やあ、白龍君。あれ? 黒龍君は?」
「あ、あぁ。黒龍は、何か実家で親が危篤らしくって…。二日前に帰って行きました」
「危篤!? 何、勝手なことしてんの。普通連絡するでしょ? 仕事なめてるの!?」
いつも温厚な横峰オーナーは、突然怒り出した。
「え?!」
いきなりのことに白龍はフリーズした。
あまり怒られ慣れていない白龍は、何を言っていいか分からず、ただ立ち尽くすだけであった。
「まあ、居ないんならしょうがない…。取り敢えず今日は、みんな撮っちゃおうかっ」
横峰オーナーは、そう言って、手を叩いた。その言葉に、スタッフ達が動き始め、小島のカメラを拭いていた手が止まった。
眼鏡がキラリと光る小島である。
「これに着替えてね。次はこれ。その次は…」
(全く黒龍の奴~! オレが怒られたじゃねえか!)
服を着替え、写真を撮られながら白龍は、後で黒龍に文句を言おうと、あれこれと考えていた。
こうして数時間のうちに、今日の仕事は終わった。白龍は家に帰ったが、この日も黒龍は帰って来なかった。
黒龍が闇へ行ってから五日目。この日も白龍は、仕事だった。
「は~あ。まだ帰って来ねえのか、黒龍の奴…。でも、ま、一週間で帰るって言ってたしな…。明後日か…」
白龍は時計を見た。
仕事の時間までまだ二時間もある。今日はお昼からなのだ。
いっそのことに、早めに行って、どっかで昼飯でもと思い、白龍は寝転んでいた体を、渋々起こす。
すると、部屋のチャイムが鳴った。
「あ? 誰だろ…? (まさか黒龍じゃねえだろうし…) は~い」
部屋のドアをおもむろに開けると、一人の女の子が立っていた。
「やあ、久しぶりだね。白龍」
「カ、カ、カンナ! 何で!?」
そこにいたのは何とカンナであった。
それにしても、一週間程前別れたばっかりで久しぶりとは、少々おかしい気もする。
白龍は、カンナのいることに驚いて、その場に腰を抜かした。
「だ、大丈夫か? 白龍?」
「何でカンナがいんだよ?!」
白龍は何とか立ち上がり、カンナを居間へと通した。
卓袱台を挟んで、二人は座る。
「いきなり、驚かせてすまぬな」
「ってか、そういえば住所渡してなかったのに、よく場所分かったよな」
「ああ、それは、カラオケ大会優勝記念の銅像を、受け取ったろう? あ、あそこに飾ってある」
カンナは目敏くも、窓際に飾ってある銅像を見つけた。
その銅像によって、部屋の景観が損なわれていることに、カンナは全く気付かない。
「あれに、発信機が付いていてな。それで分かったのだ」
「おい! それってストーカーだろが!」
「いやいや、無くした時の為に付いているのだが、それを逆に利用したのだ」
「無くした時って… (別にいらねえだろ…) あれ? そういえばカンナ、日本語出来るのか?」
「ああ、黒龍に日本語が分かる飴とやらを、いくつか渡されてな。日本に来る時なめるといいと言われて」
「よくあんなまずい飴なめれるな…」
「まずい? 普通に美味しかったぞ? 紅茶味で」
「何!? オレん時は、青汁と牛乳みたいな味だったのに…あの野郎…!」
白龍は怒りで思わず拳を握った。そんな白龍には気にも止めず、カンナは白龍の出したお茶を、ズズっと飲んだ。
「そうだ、黒龍は何処だ? 黒龍にも会いたいのだが…」
「ああ。黒龍は、闇に帰ってるよ」
「何?! そうか…とうとう黒龍も、白龍に愛想を尽かし、出て行ったか…」
「だから違げぇよ! 変な誤解を生む発言は止めてくれよ。黒龍は…闇で戦争が起きたとかで、帰ったよ…」
そう言う白龍の表情は、何処か暗かった。
「そうか、心配だな」
「で、でも明後日には戻るはず…。あ、そうだカンナ! あの水晶球で、黒龍のいる闇の世界に行けないかな? それで黒龍がピンチだったら、助ける! 我ながらいい名案だぜ!」
「いや、それは無理だ」
白龍はカンナの言葉に驚いた。
カンナだったら賛成して、一緒に闇に行ってくれると思ったからだ。
「当たり前だろ? そんな莫大な力は、私にはない。あれはせいぜい、数分過去を見るだけに過ぎないのだ」
「ちぇっ、分かったよ。…で? カンナは何しに来たんだよ?」
「…話したいことがあったのでな」
カンナはそう言うと、お茶を一口飲んでから一呼吸置く。
「…金髪の男…」
白龍はカンナのその言葉に、少し顔を硬直し、目を丸くさせた。
何故、カンナが知っているのか。
あの時カンナは、気絶していたはずなのに。
「バスが炎上する前、その男に言われ、私達は半信半疑ながらもあの場所にいた。実はそこに魔物が現れるという情報をくれたのが…」
「金髪の男…」
カンナの言葉を汲むかのように、白龍は呟いていた。
「ああ、変な猿のお面をしていてな。残念だが、顔は分からなかったのだが、確かに金髪だった」
「そういや、グィーノも言ってたな。金髪の男に会ったって。金髪なんて珍しくもないけど、同一人物なのかな?」
「それは私には分からんが…」
「電話で済みそうなもんだが…、ってかそういや、電話番号も、教えなかったし、聞かれなかったもんな。そうだ、カンナの番号教えてくれよ」
白龍は、おもむろに携帯電話をポケットから取り出す。
続けてカンナも、自分の荷物から、それを取り出す。
「ん? カンナ、何だ? それ…」
「何ってスマホだ。白龍のこそ、随分古そうなものを使っているな…。あまり見たことはないが…」
「古い!? これ、天界の最新型だぞ?」
白龍は、カンナと自分の携帯電話を見比べる。
カンナのは、鮮やかな緑色に、少しピンクのワンポイントが入っていて、形も薄い。
対して、白龍のは、ちっちゃな液晶が申し訳程度についた、四角く黒い、不格好な形。
「地球は進んでんのな…」
「天界の方が遅れているのではないか?」
「ま、まあいいや、取り敢えず番号を…」
白龍とカンナは、互いに見せ合い、番号を交換した。
「そうだ、黒龍の番号も教えて欲しいのだが…」
「ああ…。あいつ、ケイタイ持ってねぇんだよ…」
「何!? 今のご時世、ケイタイの一つも、持ってないのか?!」
「あいつはどうも、機械が苦手っぽいんだよな。自分では隠してるつもりらしいけど。闇の世界とだけ繋がるとか言う通信機も、パッと見、ボタンが二、三個しかなかったし…」
顎に手を置くと、その手で、卓袱台の上に置いておいた自分の携帯電話のボタンを触る。
「まず、ボタンが五個以上ついてると駄目らしい。毎回のように説明書読んでるし、『説明書読むのが好きなのだ』とか言ってけど、ぜってぇ嘘。電車の回数券も、毎回オレに買わせるし…」
白龍は、思い出しながらも呆れていた。自分の分のお茶をズズッと飲む。
「そ、そうなのか…」
話を聞き、想像するカンナは、少し可愛いな…と思うのでだった。
「わざわざそれだけの用事の為に、手間かけさせて悪かったな」
「いいや、もう一つの用事のついでだ」
カンナは、またお茶を飲んだ。
今度は少し、頬を赤らませる。
「実は黒龍に、結婚を申し込んだんだが…」
「け、結婚?!」
「ああ、帰り際に。黒龍から聞いてないのか?」
「あいつ、〝貴様には一生教えん〟とか言うから、問いただしても全然答えてくんねぇしよ」
白龍は一瞬、黒龍の声真似をしたが、全然似ていなかった。それはカンナに気づかれることなくスルーされる。
「それで、色々問題はあるが、覚悟が決まったら結婚してくれるというので…」
「え? それって、黒龍と結婚するってことか?!」
「ああ。それで、私は思ったのだが、このまま日本に住もうかと」
「に、日本に住む!?」
卓袱台を バンッ! と思いっきり叩くと、カンナの顔を凝視する白龍。
カンナは、待て、というように、手を前へと出す。
「…住もうかと思ったのだが、なかなかジイが許してくれなくてな」
「ま、まさか、それで、インド飛び出して家出してきたわけじゃねぇだろうな?!」
「いや、実は黒龍に意見を仰ごうと、ジイと一緒に来ることになっていたんだが、直前になってジイが…」
そう言ってカンナは、日本に来る前のことを回想する。
『さて、カンナ様、早速行くことにしますじゃ』
『ああ、そうだな』
『ぐぎっ!?』
ジイは立ち上がった瞬間、腰を押さえ倒れた。
『ジイ?! どうしたんだ?!』
『カ、カンナ様…。どうやらジイは、お迎えが来たようですじゃ…』
『何!?』
『ですがカンナ様…、お行きなされ…。…このジイの…このジイの屍を越えて、何処までも高く飛び立つ···うううぅぅ…』
『ジイ~~!!』
「その後、医者に見せたのだが、ただのギックリ腰だったんだ。全く、ジイは大袈裟なんだからな…。それで取り敢えず、日本に住むのは延期して、私一人で」
「え?! じゃあ早く帰らねぇとマズイんじゃねえのか!?」
「大丈夫だ。ジイならちょっとやそっとのことで、死ぬわけがないだろう」
「ああ、それもそうだな (ドラゴンだし…)」
白龍は妙に納得していた。
不意に時計を見ると、既に十一時を過ぎていた。
「…うわっやべ!」
「どうした?」
「今日十二時から仕事なんだよ! あ、昼飯…、いいや。あとで!」
「仕事って、モデルだったか?」
「え? そうだけど?」
カンナは、白龍のその言葉を聞くと、ニヤリと笑った。
「私も一緒に行くぞ!」
「は?」
「ほら、早く行くぞ! 遅刻しそうなんだろ?」
「あ、ああ…」
白龍はカンナに引きずられるようにして、電車に乗り、スタジオに向かった。
スタジオにはもちろん、横峰オーナーと徹、そして小島カメラマンがいた。
横峰オーナーは白龍、そして、カンナを見つけると、にこやかに近寄る。
「白龍君、珍しく遅いじゃないか。どうしたのかね? それにその隣の子は…」
「え、っと、オレの友達のカンナです。インドから来たんですけど、モデルの仕事を見学したいんだそうで…」
「はじめましてー」
「カンナちゃん? …まあいいよ、じっくり見学してね。ところで黒龍君は、まだ実家から戻って来ないのかね?」
横峰オーナーは周りを見回した。
「はい…。でも多分、明後日には帰ってくると思います」
「親が危篤なんでしょ? 大丈夫かね~」
「あ、んんあと横峰オーナー、そろそろ始めませんか?」
白龍は、嘘を付いているのが、少し心苦しく、横峰オーナーの言葉を遮るように慌てて言った。
「そうだね。じゃあ始めようか!」
こうしていつも通り、撮影は終了した。
アパートへの帰り道、カンナが物凄く楽しそうな笑顔を浮かべている。
「ああ、面白かった! モデルというのはあのような仕事なのか」
「何処が面白いのか知らねえが…。それよりカンナ、いつインドに帰るんだよ?」
「そうだな。観光もしたいし、三日くらいはいるよ。その間に、黒龍も帰ってくるだろう。白龍の家に泊まるが、いいよな? そうだ。泊めてもらうお礼に、御飯は私が作ろう」
息継ぎもろくにせず、カンナは捲し立てた。
「え?! い、い、いいよ。オレ作る! オレ作るから!」
「遠慮するな。うまいカレーを作ってやるぞ」
(だからだよ…)
白龍は、やる気満々のカンナを、心底嫌そうな顔で見ている。
すると、アパートの前に山澄が居た。
山澄は白龍とカンナの姿を見つけると、
「やあ、白龍君。…そちらの可愛い子はどなただい?」
と尋ねた。
「ああ、インドで知り合ったカンナだよ」
「…あっ金髮…」
カンナは山澄の金髪姿に、少々びくついた。
「ってカンナ、今どき金髪も珍しくねぇぞ」
「…あ、それもそうだな…インドから来たカンナです」
丁寧にお辞儀をし、挨拶するカンナに、山澄は少し驚いたような表情をした。
「随分、日本語上手だね」
「ああ、それは、黒龍から…」
「黒龍?」
「ととっ!」
白龍は慌ててカンナの口をふさぐ。
「こ、こ、こ、国際留学したんだよな!? 昔?」
「え? なに言っ…」
「へえ、そうなの」
山澄は疑う様子もなく、白龍はホッと、安堵の息をつくと、そそくさとカンナを連れて、部屋へと戻っていった。
「カンナ…困るぜ。オレ達が龍神だってことは、秘密にしてんだから、“黒龍からもらった飴で分かるようになりました”。とか言えねえだろ?」
「…あの男は事情を知っているのではないのか?」
「何でそう思ったんだよ?」
「あの男……人間じゃないぞ」
「!?」
白龍は、カンナのいきなりの言葉に驚愕して、すぐには何も言えなかった。
「…はっ…な…」
と、詰まる息を漸く飲み込み、言葉を発す。
「何言ってんだよ? どう見ても人間だろ? …確かに、ちょっとおかしいとは思うし、黒龍だって、気配を感じたことがある。とか言ってっけど ………まさか魔物が変身した姿とでも言いたいのか?」
白龍は、反論しつつも、言葉は震えていた。
この震えは一体何処から来るのか、白龍にも分からなかった。
(やまさんが、魔物…?)
「…魔物、かどうかは分からないが、水晶球の気が人のそれと違う物を放っていたし、それに自責の念みたいな物も…」
バシーン!
突然ドアが勢い良く開いた。そこには何と山澄が立っていた。
山澄は何処となく、こちらを鋭い目で見ているようにも見える。だが、次の瞬間。
「二人共、おなか空いたでしょ? 実は私、今日カレー作り過ぎちゃってね。お裾分けに来たのよ~」
「あれ? 鍵かけ忘れたっけ?」
白龍のその問いには答えず、ニッコリ笑顔で山澄は、カレーを鍋ごと部屋に持ってきて、二人の間を遮るようにして、真ん中に座った。
「私もここで食べるから、一緒に食べてちょん」
「は? なんで?」
「一人で食べるのは、淋しいのよん」
白龍はポカンとしたが、急いでカンナに聞こえないように山澄の耳元に囁く。
「や、やまさん。ちょっと勘弁してくれないかな? オレ、カレーはインドで散々食べて、見たくもないんだけど…」
「何言ってるの白龍君。カレー以外に何食べさせるつもりなの?」
「あ、いや、それは…」
すぐには献立が思い付かず、どもってしまう。
二人のそんなやり取りに、カンナが口を挟む。
「あの、山澄、さん? あなた人間じゃな…」
「わあっとと!!」
白龍はまたもやカンナの口をふさぐ。
「どうしたんです? 白龍君」
「い、いや。なんでも…」
白龍はこの時、心底思った。
(黒龍~。早く帰って来てくれ~!)
…と。
しかし、白龍の願い通じず、この日も黒龍は帰って来なかった。
そして、白龍の晩御飯は、結局カレーだった。
黒龍が闇へ行ってから六日目。
「おい、カンナ。お前一人で本当に大丈夫なのか?」
白龍が不安そうな顔でカンナを見つめる。
と、いうのも、今日も白龍は仕事なので、カンナを一人、家に置いていかなければならない。
カンナは、カンナで、心配する白龍をよそに、満面の笑みを浮かべていた。
「大丈夫だ。子供ではないのだから。留守番くらい出来るぞ」
「でも、やっぱりオレ、仕事休もうかな」
「大丈夫だって。ほら。遅刻するぞ?」
白龍の背中をポンと押し、仕事へと送り出す。
「じゃあ、何かあったら、電話くれよ」
「ああ」
カンナは白龍の背中を見送ると、
「さて、掃除でもするか」
と、腕捲りをした。
黒龍が居なくなったことにより、掃除の手が行き届かず、少し散らかる部屋。
カンナは掃除機を探す。
だが、この部屋には掃除機など、高価な物はなく、あるのはホウキとちり取りのみ。
カンナはあまり、掃除をしたことがない。
いつも、メイドさんが何でもやってくれていたのだ。
取り敢えずそれを使い、掃除をするカンナ。テキトーに丸く掃く。
白龍の散らかした、ピザの空き箱を片付けたり、コーラの空き缶を捨てたり、脱ぎっぱの服を畳んだりと、カンナはせかせかと動いていた。
「よしっ。これでいいかな」
一通り片付けが終わると、部屋のチャイムがなった。
「は~い」
「はっくりゅー! 遊びにきたぜー!」
相変わらず、テンションが高い杉山が、ドアを開けると同時に、カンナを白龍だと思い込み、勢いよく抱きつこうとした。
だが、カンナは咄嗟に避け、杉山は床に転がる。
「ヘボッ!」
「白龍ならいないぞ」
転がる杉山を侮蔑の目で見下ろす。
見知らぬ女性がいることに、平常心ではいられず、杉山は思わず立ち上がった。
「だ、誰だ? お前?」
「お前こそ誰だ?」
いきなり抱きつかれそうになったカンナは、杉山を変態を見るような目で見つめた。
「お、俺は、杉山! 白龍の…下僕…いやファン…いや恋人だ!」
自らを格上げし、ここぞとばかりに誤解を植え付ける。
「そ、そうなのか…。まさか白龍にこんな変な男の恋人がいたとは…」
素直に信じるカンナであった。
「で、お前は誰だよ。白龍はやらねぇぞ!」
「あ、ああ。私はカンナ。インドから来た」
「イ、インド?! 白龍のケツを追っかけて来たのか?!」
「いや、私は黒龍と結婚する為に…」
「結婚? あいつと?」
すると杉山は、頬を膨らませ、嗤う。
「プー。やめとけやめとけ。あいつの正体知らねえだろ?」
「しょ、正体?」
「あいつは女と見るとすぐ手ぇ出すし、誰彼構わずナンパしてるし、女、家に連れ込むようなヤツだぜ。ぜってぇやめといた方が…」
「黒龍を侮辱するな!」
その時、杉山の頬にカンナの一撃が直撃し、杉山は玄関先で伸びた。
「キュウゥ~…」
「はっ! しまった! 大丈夫か? 杉山とやら…。軽くしか叩いてないのに…」
慌てて気絶する杉山を抱き起こそうとするが。
「杉さんなら大丈夫ッスよ」
隣の部屋で聞いていたのか、いつの間にかよしおがいた。
よしおは、杉山の両肩を前から引きずるように持ち、
「この人は俺が見ますんで」
と、部屋の中に引きずって行こうとした。が。不意に、こちらに目を向ける。
「あ、杉さんの言ったこと、全部嘘ですから、気にしないで下さい」
そう言うとよしおは、部屋に入っていった。
カンナは、先程杉山に言われたことを考えていた。
「確かに黒龍のヤツ、私の家のメイドに、片っ端から声をかけていたな…」
黒龍は、薔薇を配るように、片っ端からメイドさんに渡していた。
そして、一様に言う言葉がある。
『俺とデートしてくれませんか?』
「やはりあれがナンパというものか…。それに、女を家に連れ込む?」
カンナが一人、思案していると、また部屋のチャイムが鳴った。
「今度は誰だ?」
それに出ると、今度は可愛い女の子が二人、立っていた。
「黒龍様~! また来ちゃいました」
「あれ? 黒龍様は?」
(黒龍…様?!)
目の前の女の子達に、顔をひきつりつつも、カンナは、
「黒龍ならいないぞ」
と、あたかも平静を装う。
「え? っていうか、あなた誰よ?」
こちらを怪訝な目で見つめる女の子に、カンナは少し怯むが、負けじと声を張り上げた。
「わ、私は…黒龍の、妻になる女だ!」
「黒龍様の!?」
「黒龍様、もう結婚相手決まってるんだ…」
後ろで、もう一人の女の子が結婚相手と聞いた途端、落ち込みを隠せずに呟く。
「それで、君達は?」
少し憤慨気味に言う。
「あ、うちらは黒龍様ファンクラブの会長と副会長です。といっても、会員はまだうちら入れて、三人しかいないんですけどね」
「その黒龍様ってのは?」
「これは、よく黒龍様が、自分のこと“黒龍様だっ”て言ってるのをふざけて呼んでいるだけです」
「黒龍様、何でこの女性と…」
大人しそうな女性が少々悲しげな顔でカンナを見つめると、隣の女の子がすかさずフォローに入る。が、それはカンナにとって、聞き捨てならない言葉だった。
「どうせ遊びでしょ? 黒龍様、まだ十四歳だし。遊びたい年頃なのよ」
カチンッ。
と、カンナの中で何やら音がした。
「あ、遊びとはよく言ったものだな。黒龍のことを何も知らないくせに…」
ひきつった笑顔で反論するが、目は笑っていなかった。
「それに、黒龍は千四百歳だっ。しかも、龍神だぞ? ただの人間の方が、遊びだと、私は思うが」
付け加えて、「私のように力あるものでなければ…」と、カンナが言おうとした時、
「え? そのネタ信じてるんだ…」
目の前の女の子が、さも哀れんだ様子でカンナを見つめる。
「へ?」
「確かに黒龍様、よく言ってるけど、流石にその中二病のネタ、信じる人っていないと思うけど…」
「な、何だと? 本当のこと…」
カンナがさらに反論しようとしたその時、言い争いを破る人物が現れた。
「ちょっ、お前ら、人ん家の前で何してんだよ!」
慌てて鉄の階段をかけ登り、カンナと二人の間に割って入る。
「白龍。丁度良かった。今この子らに、黒龍が千四百歳の龍神であることを言ったところだ」
「な、何勝手なことやってんだよ?!」
思わず声を荒らげるが、ハッと我に返り、カンナに耳打ちした。
「オレ達が龍神ってことは秘密って言っただろ?」
「しかし…っ」
カンナの仏頂面をよそに、白龍はカンナの肩を抱き、二人に振り向く。
「い、いやぁ悪かったな。こいつ、ちょっと妄想癖があるからさ。気にしないでくれよ」
「妄想癖…!」
白龍の理不尽な言い訳に、カンナは白龍の方を思いっきりガン見した。
「そうなんだ。取り敢えず、うちら帰ります。黒龍様もいないし…」
「お、おう。じゃあな」
階段を降り、立ち去って行く女の子達を見送ったあと、白龍はふぅ、と肩の荷が降りたように、息を吐いた。
その後ろで、何やらカンナがこちらを睨み付けている。
「カ、カンナ?」
「誰が妄想癖だ! 誤解されてしまったではないか!」
「わ、わりかったよ…。でも、カンナだって悪いぜ。秘密って言ったろ?」
「確かにそうだが、これでは、黒龍との結婚も、私の妄想だと思われるじゃないか!」
「へ? カンナ、あいつらに結婚のこと言ったの?」
「ああ」
「ま、まあ、ほっといても大丈夫だろ。だって結婚するんだろ?」
「…ん、まあ。そうだが…」
何処か腑に落ちないが、そう言われ、悪い気はしない。
「それにしても、その怒り方…。何か黒龍に似てきてねぇか?」
「そ、そうか…?」
黒龍に似てると言われ、少し嬉しくなるカンナである。
カンナの怒りも収まったのか、部屋へと入っていく二人。
「それより白龍。何か気付かないか?」
「あん? 何がだ?」
白龍は、部屋に入った途端、来ていた上着をポポイッと、放り投げた。
「ちょ、折角私が片付けたのに…」
「え? カンナ、片付けたの? それにしては…」
部屋を見回す。
片付けたとは名ばかりの、ゴミを一ヶ所にまとめただけであった。
因みに畳んだ服は、押し入れには入れず、そのまま床に直に置いてあった。
まあ、散らかし放題の、白龍の部屋に比べれば、まだマシなのだが。
「見れば分かるだろ?」
「いや、分からねぇ…」
白龍がそう言いかけたとき、カンナの顔が膨れっ面になっていく。
「あ、い、いや、き、綺麗になったなぁ~」
「そうだろそうだろ」
ウンウンと頷くカンナ。
(この奇妙な共同生活…いつまで続くんだ…?)
いい加減、帰って欲しくなる白龍であった。
黒龍が闇に行き、七日たった。
「あれ? そういや、カンナ、今日帰る日じゃなかったっけ?」
カンナが『三日くらいいる』と言った日から数えて、今日がその三日目だった。
「いや、帰るのは明日だぞ?」
「え? でも来た時、三日って言ってたよな?」
「それは、次の日から数えて三日だ。何だ? 白龍は、私に早く帰って欲しいんだな」
「そ、そういう訳じゃないけど…」
白龍は額に汗を浮かべ、詰め寄るカンナに、思わずたじろぐ。
「あ、カ、カンナ。観光したいっつってただろ? 今日はオレも休みだし、付き合ってやるよ」
誤魔化すように、慌てて言う。
「しかし、今日黒龍が帰ってくるのではないか?」
「確かに一週間で帰るとか行ってたけど、何時に帰ってくるか分からねぇし。そもそもガキじゃねぇんだ。オレ達が家にいなくても平気だろ?」
「そんなに言うなら仕方ないな。白龍に付き合うか…」
「いや、付き合うのはオレだけど…」
二人がそう言って立ち上がった瞬間、突然カンナのスマホが鳴りだした。
スマホの画面を見ると、そこにはジイと書いてある。
「ん? ジイからだ」
カンナはそれに出る。
「ジイ? どうした?」
《カンナ様! 黒龍君には会えましたかの?》
「いや、それが黒龍は、闇に帰っているのでな…会えなかったのだ…」
《左様でございますか…。処で、もうそろそろ帰ってきて欲しいのでございますが…》
「どうしてだ? 黒龍が今日、帰ってくるやもしれぬのに」
《…実はカンナ様がいなくなり、街の人達が不安がっておりましての。あんなことがあった後じゃ。まだ心の整理がついておらぬ者もおりましての。皆、カンナ様のお顔を見て、安心したいとお思いなのじゃ》
「なるほど…。それは仕方ないな…。では急だが、帰るよ」
《お待ちしていますじゃ》
ピッと電話を切るカンナ。
横で聞いていた白龍は、腕を組みながら、
「心の整理がついてないって…あんなに、祭りで馬鹿騒ぎしてた奴らがか?」
と、腑に落ちない顔をした。
「何だ、聞こえていたのか?」
「ああ。少しな…」
「祭りで騒いでいたとはいえ、ふと日常に戻ると、不安になる時だってある。逆に静かな方が、色々物事を考えやすいだろう? 白龍にもそういうことはあるだろ?」
「ん~ある…かな…」
ポリポリと頬を掻くと、カンナはすまなそうに眉尻を下げる。
「さて、すまんが、私は急遽、インドに帰らねばならなくなった。黒龍に会えなかったことは口惜しいが、またいずれ日本に来る」
「ああ、何か急だな…」
カンナは、床に置いてあった荷物をまとめ、帰る支度をすると、荷物を背負った。
「じゃあ、白龍。黒龍によろしく、またそのうち遊びに来るよ」
「お、おお…」
カンナは不意に、黒龍のベッドに目をやる。
そこには、今まで気付かなかったが、何故かカエルのぬいぐるみが置かれていた。
「あれって…黒龍の?」
「え? あ、ああ。そう言えば、ここに来た時からあいつが持ってたものだけど?」
「黒龍に似合わないな」
くすっと笑うと、何気なく、カエルのぬいぐるみを持ち上げる。
「確かに、黒龍にしちゃ可愛過ぎだぜ」
カンナはそのぬいぐるみを元の場所に戻すと、白龍に見送られながら玄関から出ようとした。すると、次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴッ。
と、地響きが鳴り始めた。
「何だっ! 地震か?」
いや、地震ではなかった。何と部屋が縮小しつつあったのである。
ゴゴゴゴゴッ!
為す術もなく立ち尽くしていた二人が動けたのは、部屋が完全に戻ってからであった。
「んな! 何で部屋が元に戻ってんだ!?」
黒龍と白龍がここへ来た初日、黒龍が魔力を使い、勝手に広くした部屋が、魔法をかける前の状態に戻ってしまったのである。
「…ど、どういうこと、白龍!? 部屋が縮んでしまったぞ!」
「と、取り敢えず、カンナ。カンナは帰れ。ここはオレが何とかするから」
「で、でも…。折角私が片付けたのに…」
「い、いいから!(カンナがやると面倒くさいことになりそうだし…)」
半ば無理矢理カンナを追い返した後、白龍は驚愕の顔で、一人呟く。
「何でだ? こんなこと、普通、起きるのか…?」
冷静になろうと、縮んだ部屋を見回す。
「まさか、黒龍の身に何か起こったんじゃ…? 魔法にゃ、あんま詳しくないけど…じゃなきゃ、かけた魔法が、元に戻る訳ねえよな?」
白龍は、狭い部屋に集められた家具やらを、取り敢えず片付けることにした。
この狭い部屋にどうしていいか分からず、取り敢えず、ベッドを二つ折り畳むと、卓袱台と一緒に立て掛けた。
白龍は家具を片付けている間も、気が気じゃなかった。
(…黒龍…大丈夫…だよな…? でも、もしかしたら…。いや! あいつはドラゴンにまでも勝ったんだ! 負けるはずねえよ! うん!)
幸いキッチンの方は、魔法を行使せず、そのまま使ってたため、被害はない。
何とか生活スペースは確保したものの、白龍は、一段と狭くなった部屋を、呆然と見るしかなかった。
「…何で、こんなことに…」
しばらくボーっとしていた白龍だったが、気が付くと、黒龍と出会った時のことを思い返している自分がいた。
「思えば…オレ達、害ある者とかいうのを倒しに来たんだよな…。で、それを黒龍は女神様の陰謀とか言って…。はっ!!」
白龍は、恐ろしい推測にたどり着いてしまった。
「…こんなこと、思いたくねぇけど…まさか本当に…女神様の陰謀? 闇の世界が、今大変なことになっているのも、女神様の計画通り…なのか…?」
白龍がそんなことを思案していると、突然、携帯電話が鳴りだした。
「ワァ! は、はい!」
《やあ、白龍。久し振りだな。地球の様子はどうだ?》
「め、女神様!」
白龍は、立体画面に映る女神様の姿を見て、思わずドキッとした。
自分の考えていることが、まさか女神様に知られてしまったのではないかと。
何もかも見透かしているような、その澄んだ目に。
「め、女神様…何故オレに、立体通信を…」
《黒龍が、闇の世界へ行ったことは知っている…》
「! じ、じゃあ、やはり女神様が、仕組んだことだったんですか!?」
《ん? 何のことだ? 私はお前が淋しくしているのではないかと思って…》
「…こ、黒龍が言っていたんです。もしかしたら女神様は、闇の世界を、壊したいのかもしれない…と」
《黒龍がそんなことを…。あいつもまだ、世界の全てを知っているわけではないのだな…》
「?」
女神様はそう言って微笑むと、白龍に諭すように話し始めた。
《いいかい白龍? 闇の世界が壊れれば、世界の均衡が崩れ、天界だけではなく、地球…下界にまで影響を及ぼしてしまうんだ。無論、闇の世界には罪を犯した者がたくさんいる。この世界で一番秩序が悪いのが闇の世界なんだ》
「え? じゃあなんで女神様は、黒龍を下界にやったんですか?! 黒龍がいなくなっては、闇の世界の統轄が…」
《………》
「女神様!」
《……話さないと納得しない顔だな…》
白龍の真剣な顔をじっと見、少し苦笑する。
《…お前も、言うようになったものだ…》
「あっ! す、すみません女神様! 出過ぎた真似を…」
《いや、いい。…実は、黒龍がいない闇の世界が、どのくらいで崩れ始めるかを、実験していたんだ》
「…じ、実験!? でもそれってかなり危ない…下手したら世界の均衡が…」
《ああ。…だから二人には言えなかった。言ったら反対するだろ? 特に黒龍はな…》
「…はい」
白龍は、少し安堵していた。
女神様が、自分達を下界によこした理由が、理不尽なものではなかったからだ。
「ですが、何故そのような危険な実験をされたのです?」
《…そうだな、話しておこう。実のところ…黒龍にも、 天界に来てもらい実務を頼もうかと思っていたんだが…》
「えっ!?」
《だが、やはり黒龍がいないと、闇の世界はもたないらしい。…黒龍にばかり戦いを強いていては、気の毒だが…。他に戦える奴もいないしな…》
「そっか…」
そこで白龍はハッと気付いた。女神様なら、黒龍の安否が分かるかもしれない…と。
「女神様! 黒龍は…その…今、闇の世界で…大丈夫なんでしょうか!?」
《…ああ、大丈夫だ。もう時期に、魔法戦争も決着がつく。…見るか?》
「み、見れるんですか!」
《ああ》
そう言うと女神様は、何処かのボタンを押した。
すると、立体面面には黒龍の姿が映し出された。
「黒龍!」
白龍は、画面に映し出された黒龍を見て、安堵の笑みを浮かべた。
しかし、すぐに愕然とし、落ち込んだ様子に変わる。
「……あ…」
黒龍の体は傷だらけだった。
《…心配か…?》
「あ…い、いえ! あいつがいなくて、のんびり気分を味わっていたところですから!」
白龍は、わざと虚勢を張って見せた。
いつの間にか画面が女神様に変わっている。
その意地っ張りな姿を、女神様は暖かい眼差しで見つめていた。
《…白龍、私がお前に事の真相を言った意味が分かるか?》
「え? ……あっ!」
《…そうだ。黒龍が闇の世界へ帰った時点で、この実験は終了だ。…ただ、お前達にはもうしばらく下界に居てもらうこととしよう》
「何故です? 女神様?」
《…最初に言っただろう。お前達に、仲良くなってもらいたいというのも、私の本音だしなっ》
女神様はそう言うと、ニッコリと微笑んだ。しかし、すぐに神妙な顔つきに変わる。
《それに、害ある者の存在もまだ、確認が取れとらんし…》
「え? それってやっばり、実際にいるんですか?」
《当たり前だろ? 何の為にお前達を下界にやったのだと思ってる。ちゃんと調査はしているのだろうな?》
「あ、あはは…」
白龍は、乾いた笑いをした。
《全く…そうだ白龍。…例の実験のことは、黒龍には内緒にしておいてくれないか?》
「え?」
《あいつのことだ。言ったらきっと、怒るに決まっている。私も、黒龍に怒られるのは嫌だからな…》
女神様は苦笑した。白龍もつられて笑う。
《黒龍には、今回の任務と、闇の世界の戦いを両立出来ると思った、とでも言っておいてくれ。じゃあ、私は仕事に戻る…》
「あ、お疲れ様です!」
《うむ、じゃあな》
白龍の携帯電話の画面がプツッと切れた。
「あれ? 今の話って、何処まで黒龍に言っていいんだ? 世界の均衡までかな? 黒龍も知らなかったみたいだし…」
そう言うと、もう一つ女神様に聞きたかったことを思い出す。
「あっ、そういや、女神様にやまさんのこと、聞くの忘れた…」
白龍は、手に持った携帯電話を睨みながら、女神様に掛け直そうか迷った。
「う~ん…。 (女神様もいろいろ忙しい身だし、もう一度掛け直したりしたら、迷惑かな? でも今聞かないと、後じゃ掛け辛いし…) ん~…」
頭を抱え、身悶えをしている。
「ん~~~……。ん~~…、う~~ん…」
白龍は迷った。
「っ~~ん……。~ん~ああ…」
迷った!
「くぅ~~……」
迷った!!
「ぬぅおぅうあ~~~~!! はぁ~~……。やっぱやめとこ」
結局白龍は、女神様に電話出来なかった。
深く溜め息を吐いた後、携帯電話をポケットに入れると、情けなく呟いた。
「オレ…根性ねぇな…」
大好きな女神様に、自ら電話すら出来ない白龍であった。
黒龍がいなくなり、白龍が部屋に一人になってから、十二日目の夜のことだった。
「…一人って…何か淋しいよな…」
悲しげに呟く白龍がそこにいた。
ここ数日、モデルの仕事もなく、部屋から出る理由もない為に、誰にも会わずに過ごしていたのである。
山澄もよしおも、いつもはうるさいあの杉山にでさえ、会ってはいなかった。
(…昔は一人でも良かったのに…。いつの間にかオレの周りには、女神様がいて、天界の人達がいて……それに、黒龍がいて…。知らない間に沢山の人と関わり合ってたんだな…オレ…)
白龍は無意識に、フゥと溜め息をついていた。
「それにしても、黒龍の奴遅せぇよな…」
またも呟きがもれる白龍である。
もっとも、白龍自身、うすうす気付いてはいたが、気付かない振りをしてきた。
黒龍がいない今、淋しく思いはじめている自分がいるということに。
(…大丈夫…だよな。でも、いくらなんでも遅すぎやしねぇか? …もう…大切な人が居なくなるのは嫌なのに…何でオレには何も出来ねぇんだよ…)
自分の無力さを、何度も思い知らされてきた白龍。
その度に、白龍はあの日のことを、あの人のことを思い返す。
「アイリス…」
そう呟いた瞬間、白龍の目からは涙が零れ出ていた。
それを白龍は、静かに袖で拭った。
黒龍が闇に行って、既に十三日目。
「黒龍の奴、もう二週間近くもたってんのに。一体いつ帰ってくるんだよ…。女神様は、もう時期に決着がつくって言ってたのに…」
ピンポーン!
「へ? 黒龍かな?」
思いっきりドアを開ける。
「黒龍!」
「え?」
ドアの前に立っていたのは、きょとん、という顔をした山澄の姿だった。
「何だ…。やまさんか…」
「何だとはなんですか。それより、黒龍君は?」
「黒龍ならまだ帰ってないけど…」
「そうか…心配だね…怪我、ひどくなきゃいいけど…」
「え?」
白龍はその言葉を疑問に思った。
(黒龍が闇の世界で戦ってることなんて、知らないはず…だよな…)
なのに山澄は、確かに“怪我”と言った。
闇で戦っていることを知らなければ、出て来ない言葉である。
「やまさん? 怪我って何のこと? 黒龍は親の見舞いに行った (ということにしておいた) んだけど…」
「あ、あれ? ああ、そうそう。そうだったね。やまさん、勘違いしてたよ」
「…勘違い…」
「処で白龍君、横峰オーナーから電話があったよ。黒龍君が帰ってきたら、すぐに二人で事務所に来るようにだって。何かしでかしたのかい?」
「え? 何だろう…? 何もしてないけど…」
「そう。また後で来るよ。じゃあね」
そう言うと山澄は、スタスタと行ってしまった。
閉められたドアの前で、白龍は訳も分からず叫び始めた。
「…横峰オーナー…一体何だろう…。つうか、オレに直接電話すればいいのに…。直接言えないこと? まさかクビか!? ああもう! 黒龍は帰って来ないし! 大体何でまだ帰って来ないんだよ! 『一週間で帰る』とか言っといて、もう十三日もたってんじゃんかよ! 黒龍のバカ野郎~~!!」
「誰が馬鹿だ!」
「へ?」
後ろから、聞き慣れた声がした。
声のする方へ白龍が振り向くと、その瞬間、白龍の顔はこれまでに無いほどの驚きと動揺で、何とも言えない間抜け面になっていた。
「…黒龍!?」
真後ろに立っていたのは、いつもと変わらぬ、何とも自尊心の塊というような風采の、黒龍の姿だった。
「ハッハッハッハッ! 相変わらずの間抜け面だな!」
「んな! い、いきなり後ろに、しかも部屋の中に現れて、驚かない奴なんているかよ!!」
「俺は驚かんぞ」
「…そりゃ、お前は驚かねぇかも知れねえけど…」
白龍はしかめっ面で黒龍を見つめた。
「…お前、相変わらずだな…」
「ん? 相変わらずも何も、俺は俺だが?」
白龍は、その黒龍の間の抜けた台詞に、溜め息だか安堵だか分からない息を吐いた。
「…そういや、お前、怪我は大丈夫なのか?」
「ああ。全て治癒魔法で治療済みだ。…しかし、何故貴様が怪我のことを知っているのだ?」
「おっ、そうそう! 女神様から電話があってよ!」
「ほう、お前の愛しの女神様から…」
「そう、オレの愛しの女神様から……って、そんなことはどうでも良いんだよ!」
黒龍へのツッコミはさておき、白龍は何処か得意気に喋り出した。
「女神様から聞いた話によればだな…『闇の世界が壊れたら、世界の均衡が崩れて、天界だけじゃなく、下界にまで影響を及ぼしてしまう』ってことらしいんだ。だから、女神様は闇の世界を壊そうなんてこれっぽっちも思ってないんだぜ」
「な、何!? そうなのか? 知らなかった…。そうだよな、闇の世界を壊そうと考えていれば、初めから俺に戦いを強いるようなことは、言わないものな…」
黒龍は納得したように頷いた。しかし、すぐに妙な違和感に気付く。
「……ん? 何かおかしいぞ白龍。では何故俺に、下界の任務を命じたりしたのだ? 俺がいなければ、闇の世界の争いが止まず、世界の均衡が崩れてしまうではないか!」
「え、えっと…それはだな…」
言うに困り果てた白龍の口から出た言葉は。
「…秘密…」
「何!? ……秘密の白龍君…」
「は?」
「何故秘密なのだ! 秘密の白龍君!」
「じょ、冗談だよ! (てか“秘密の白龍君”て何だよ…) えっと…本当は、そうそう! 黒龍なら下界の任務と闇の世界の戦いを両立出来ると思ったんだってよ! いや~、黒龍って強くてたくましいから! ほら、この通り!」
デマカセである。
「何!? フフッ…そうかそうか! 当たり前だ! 俺は黒龍様だからな! ハッハッハッハッ!」
どうやらごまかせたらしい。安堵の息を吐く白龍は、高笑いしている黒龍を呆れ顔で見ている。
しばらくして笑い終えたのか、黒龍がいきなり強い口調で言い出した。
「処で白龍! 貴様この部屋一体どうなっておるのだ!」
「今頃それ言うのかよ…。何か知らねえけど…いきなり縮んじまって…」
そう言うや否や、黒龍は集められた荷物の中を、ゴソゴソと掻き回した。
「何やってんだ? せっかくオレが片付けたのによ」
「…貴様…あれは何処にやった?」
「あれって?」
「俺のベッドの上に置いてあった、カエルのぬいぐるみだ!」
「え? それなら、そこの袋の中に…。でもそれって、お前にとってそんなに大事な物なのか?」
慌てた様子の黒龍の行動に、白龍は少し不思議な気持ちでいた。
黒龍がそれをとても大切にしているように見えたからである。
しかし、黒龍は、見つけたカエルのぬいぐるみを白龍に見せながら、こう言った。
「この部屋にとっては大事な物だったのだ!」
「へ、部屋?」
「これには、固定魔法がかけてあってな。動かすと、部屋が元通りになってしまうのだ」
「なっ! 何でそんな物かけんだよ!」
「だから! この部屋を形作るための言わば要なのだっ、このぬいぐるみは! それを貴様は…」
「ま、待てって! 動かしたのはオレじゃねぇぜ!」
「じゃあ誰が動かしたというのだ!? 貴様以外に誰がベッドに…!」
「カンナだよカンナ! カンナが家に泊まりに来たんだよ! それで黒龍のベッドで寝て帰りに…」
黒龍がしつこい程に怒るので、白龍は何とか自分の目から背けさせようと、カンナの名前を持ち出した。何せ黒龍はカンナに弱い。
「何!? カンナだと!? 本当だろうな?」
黒龍はそう言うと、部屋の隅に立て掛けてある自分のベッドの匂いを嗅ぎ出した。
「はっ! これは! まさしくカンナの匂い!」
「…だから、何で分かるんだよ…。てかその行動怪しいぞ…」
「…まぁ、良い」
動かした主がカンナだと知ったからか、黒龍の怒りも落ち着いたようである。
「とりあえず部屋を広くするか…」
「またやるのかよ!」
「じゃあこのままでいいのか? 俺は別に、お前と狭いこの部屋の、“一組しか敷けない布団”で、顔を突き合わせて寝ても構わんが…」
「……うげっ! それだけは勘弁しろよ…」
白龍は渋面で言った。
そんなの絶対死ぬほどごめんである。
白龍が瞬きしている間に、黒龍が呪文を言い終えると、もう既に広い部屋に戻っていた。
因みに家具も、黒龍がやったのか、いつもの定位置にある。
黒龍はベッドの上に「もう触るなよ」と、言いながら、ぬいぐるみを置いた。
「だから触ったのはオレじゃ無く…。あ、そういえば何でお前、カエルのぬいぐるみなんか持ってんの? 大切な思い出か何かなのか?」
「いや、これはこの街に来た時、ゴミ置き場に捨ててあったのを拾った物だが? 魔力の自立式に丁度良いと思ったのでな」
「何の思い出もカケラもねぇじゃねぇか!」
白龍はそのカエルのぬいぐるみが、何か黒龍の大切な物なのかとずっと思っていた。何故か裏切られた気分の白龍であった。
「勝手に言っていろ。それより、何故カンナが家に来たのだ?」
「ああえっと…。確か、黒龍と結婚がどうの…」
「ああそのことか…」
「何で結婚なんてことになってんだよ?」
「べ、別にいいではないか」
黒龍は顔をほんのり赤く染める。
「また内緒かよ…」
「ああ、内緒だな」
「だったら、お前だって“内緒の黒龍君”だな」
「おおっそれは面白いな」
「いや、面白くねぇよ」
さっきの仕返しのつもりなのか、ふざけてそう言うが、黒龍には何の効き目もない。
「ところで、俺がいない間も、ちゃんと“俺の分まで”モデルの仕事をやってくれたろうな?」
「…何でオレがお前の分までやんだよ…。…あっ! そう言えば横峰オーナーから、事務所に来いって言われてたんだ。早く行こうぜ!」
「ぬ? そうなのか…さては貴様が何かやらかしたのではなかろうな?」
「いや、何もしてないけど…どちらかと言えばお前だろ?」
「何でだ?!」
「お前が横峰オーナーに何も言ってかないで闇に行ったせいで、オレがオーナーに怒られたんだぜ!」
「いや、そういうのは、お前の役目だろ。そもそも俺は連絡手段を持ち合わせていないのだから」
「だからケイタイ持てってんのに…」
「と、取り敢えず、急いで横峰オーナーの所に行くぞっ」
黒龍と白龍は横峰オーナーの事務所に向かった。
黒龍と白龍は横峰オーナーにすぐ会えた。
「黒龍君、久しぶりだね! 早速だけど、はいこれ。白龍君も」
「何ですか? これ?」
「今度二人とも、CD出すことが決定したから、その楽譜と歌詞だよ」
「C、CD!?」
黒龍と白龍は同時にそう言うと、その紙に目を通す。
二人に渡された歌詞は、こんなのだった。
『翠嵐~青く吹く風~』 Vo:翠嵐(黒龍・白龍)
(黒龍ソロ・白龍コーラス)
儚くも大きな謎が 俺の中に一つあるんだ 闇の中で生まれた思い 解けないパズル
虹色に輝く光 俺の中に見えた気がした 闇の中じゃ見えない光 埋もれる未来
周りのモノが 全て 見えなくなる 色を無くして 溶けてゆく
青く吹く風 光はその中に 救われぬ俺の唯一の光 闇から抜け出せる 唯一の光
(白龍ソロ・黒龍コーラス)
突然の出来事で 俺は真実を見抜けなかった 闇に落ちて生きてる人を 俺は知らない
閉じ込めた吐きだせぬ思い 俺の胸に閉まった過去は 平和な地で生きていてさえ 俺は忘れない
幸せ過ぎた 天界での暮らし 幸せが消え 溶けてゆく
青く吹く風 闇はその中に 知らなかった俺の真実の闇 光があるから 闇が生まれる
(黒龍低・白龍高)
青く吹く風 光はその中に 救われぬ俺の唯一の光
青く吹く風 闇はその中に 知らなかった俺の真実の闇
青く吹く風 答えはその中に 出会って初めて真実はわかる
正義か悪なんてわからないまま
一通り歌詞に目を通し終わったのか、渋い顔の白龍が歌詞を睨みながら言った。
「…それにしてもこの歌詞、一体誰が書いたんだよ?」
「そうだな。何か…俺達の正体を知っているような内容の歌詞だな…」
「世界的に有名な作詞家でね。名前は『ぐみさん』って言うんだけど、顔も一部の人しか知らないし、謎が多い人なんだよね。何でも、翠嵐の大ファンらしいよ」
「ほ、ほう…」
「そんなことよりその歌詞と…はい、曲。一応サンプルで私が歌ってるけど、あまり気にしないでね」
(いや、絶対気にするって!)
二人は心の中でそう叫んだ。
「あと、一週間後には、もう録りに入っちゃうから、そのつもりで」
「一週間後!?」
「時間もないしね…」
「ハハハ…」
横峰オーナーがチラリと黒龍の方を向いた。
黒龍は思わず乾いた笑いをした。
黒龍と白龍は取り敢えず、家に帰ってきていた。
「一週間後か…」
白龍は気怠るそうに呟いた。
「オレ…歌苦手なのに…」
「横峰オーナーもチャレンジャーだよな…」
二人の顔は、何処か青い。白龍は、チラリと黒龍の方を向いた。
(…どうする…? 歌の苦手なオレがCDなんて…。そんな物が発売でもしたら、世間の…いや、世界中の笑い者だぜ! やっぱり…ここは黒龍の魔力で何とかしてもらうしか…。でも、黒龍に頼むのなんて癪だし、第一そんなのずるい気がする…)
「どうしたのだ? さっきからこっちを見ているようだが」
「え? い、いや、何でもないよ! それより、横峰オーナーからもらったサンプル聴いて見ようぜ!」
「あ、あぁそうだな」
黒龍はCDを、横峰オーナーから貸してもらったプレーヤーに入れると、再生ボタンを押した。
格好良い前奏が流れ始め、歌の部分に直ぐ様差し掛かる。
《♪儚くも、大きな謎が~》
「んな! これは!!」
「うめぇ!! めちゃうめぇよ!! 横峰オーナー!」
二人はその上手さに驚愕する。と、同時に落ち込む白龍である。
「どうした白龍?」
「…こんなに上手くて…オレますます自信無くすぜ…」
白龍が落ち込んだ所で、部屋のチャイムが鳴った。
「ん? 誰だ?」
黒龍がドアを開けると、そこには山澄がいた。すると、驚いた様子の山澄である。
「こ、黒龍君! いつ帰ってきたの!?」
「え? ああ、ついさっき…」
《♪青く吹く風~! 光はそのな~かに~》
「あれ? 何? この曲…」
CDから流れ出る曲に、はてな顔で聞く山澄に、黒龍が答えた。
「やまさん。実は俺達、今度、CD出すことが決定して、そのデモテープを…」
「あ、良いのか? 発売前に…?」
黒龍と白龍のその言葉を聞き、山澄はまたもや驚いた。
「そうなの~!? 良かったね~二人共っ。…ねえ、今日はここで、一緒に夕飯食べても良いかな?」
「へ? 何で?」
「前にも言ったでしょ、一人で食べるのは淋しいのよ。それに歌を出す祝いも兼ねて」
「別に祝うほどのことでもねえよ。それよりこっちは地獄なんだよ…」
白龍は、物凄く落胆した表情であったのだが、そこへ山澄が諭すように言った。
「声はね、親がくれたたった一つの楽器なんだよ。だから、心を込めて歌ってきなさい」
山澄はいつになく真剣で、それでいて優しい笑顔だった。
「やまさん…。オレ、何か感動したぜ! よし! 今日はオレが夕飯作るよ!」
「やめておけっ。やまさんを殺す気か!?」
「何だと!? オレだって少しは…」
「はいはい二人共。その辺でやめなさい」
山澄は、二人を見兼ねて、割って入る。
さすがに山澄も、白龍の手料理は食べたく無いのか、
「…黒龍君、じゃあ夕飯作ってもらえるかな?」
と、名指しする。
「え? あ、ああ…」
突然の名指しに驚くも、黒龍は、いつもの薔薇のエプロンをつけ、台所に立つ。
「ちぇ…」
白龍は拗ねたような顔をし、卓袱台に肘をつき、遠巻きに、料理する黒龍の背中を見つめた。
「白龍君、黒龍君とは仲良くやっているかい?」
突如として山澄が聞くと、白龍は少し驚いたような顔に変わった。
「何でそんなこと聞くんだよ? …仲良くなんか…やってないよ…」
「そうなのか…。じゃあ、仲良くしてあげてくれないかな? 淋しい子だから」
「? 何でやまさんがそんなこと言うんだ? 大体なんで黒龍が淋しいんだよ?」
「それは…顔を見れば分かるよ」
そう言うと、山澄は黒龍の方を見た。
白龍には、 何故山澄がそんなことを言うのか分からなかった。
(やまさん、何でそんなに黒龍のこと気にするんだ? …まさか、仲良くさせといて、無くした時のショックを大きくさせようという魂胆の…闇の世界の魔物!? 黒龍を狙ってきたのか!?)
白龍は、気付かれないように、怖い顔で山澄を凝視した。
「黒龍君! そろそろ出来そうかい?」
「ああ、もう少しだ」
「じゃ、私はテーブルでも拭いとくか。早く食べたいからね。もうやまさん、お腹がバイブレーション!」
山澄は、自分の肉厚のお腹を掴み、上下に素早く揺らした。
「は?」
黒龍と白龍は、その行動に、思わず目が点になってしまった。
「…なあ、やまさん? …今の、良く意味が分からないんだけど…」
「いや、だから~、お腹が空き過ぎて、バイブのようにブルブル~ってお腹の虫が鳴ってるの」
「ははは…」
二人は乾いた笑いをした。
(やっぱ、このやまさんが闇の世界の魔物なわけねぇよな…ハハハ)
その日の夜は、和気あいあいと過ぎて行ったのだった。
次の日、黒龍と白龍はCDを聞きながら考え込んでいた。
「…ハァ~…。何で横峰オーナーは、あの顔でこんなに歌が上手いんだよ。人は見掛けによらねぇよな! こんなに上手いんだから横峰オーナーが歌出せば良いのに…」
「それはそうだが、それでは意味がないだろう…。そんなに歌うのが嫌なのか? 白龍?」
「…ああ、オレは嫌だ。下手なのに、CD出しても笑い者になるだけだぜ…」
その落ち込みように、黒龍はしばし考えた後、
「……俺の魔力で何とかしてやろうか?」
と言った。
それは、白龍には願ってもないことであったのだが、ある思いがよぎる。
「…でも、それってズルくねぇか? 第一、その歌が売れた後、またCD出すことになったら、その度に黒龍の魔力に頼ることになるじゃねぇか」
「それはそうだが。 (…随分先のことまで考えているのだな。歌が売れる保証はないのに…) では、魔力はいらないのだな?」
「ああ。だから黒龍」
「ん?」
「オレに上手く歌うコツを教えてくれ! …オレはオレなりに、自分の力で頑張ってみたいんだ! 魔力や、黒龍なんかに頼らなくても、一人で出来る力を付けたいんだ!」
白龍は真剣に、黒龍の目を見ながら言った。
その勢いに、黒龍もただならぬ雰囲気を感じたのか。
「お前がそこまで言うのなら…、分かった! 俺が指導してやろうではないか!」
「おう! サンキュー!」
「しかし、いつになく熱心だな、貴様は。俺が居ない間に、何かあったのか?」
「…いや、別に…」
白龍は、自分の無力さを否応なく感じていた。
黒龍が居ないことでの、虚脱感にも似た、何ともいえない空虚な思い。
白龍は自分自身の、異常なまでの落ち込みようを思い出し、恥ずかしくなった。
思いがけずに白龍の顔が赤く染まる。
「んな!? 何故赤くなる?! さては貴様、カンナと何かあったのか!?」
「へ? な、何もねぇよ! 妙な誤解すんなよっ」
「いや、男と女が一つ屋根の下で暮らしておいて、何もないはずはない!」
「だから何もねえって。ああ、そういや…」
「何だ!?」
「カンナが言ってたけど…」
白龍はそこまで言いかけてやめた。
カンナが、黒龍によろしくと言ったことをわざわざ伝えるのも、何か癪に障ったのである。
「早く言え、白龍っ」
「…いいや。何でもない」
「いやっ、俺は良くないぞ! 白龍君!」
「はあ?!」
その言葉を聞き、白龍の口は、思いっきりひん曲がった。
「白龍君って何だよ…君って…」
「 “君”は“君”だ」
「気持ち悪いからや・め・ろっ」
「どうしてだ? やまさんだって横峰オーナーだって、言っているではないか!」
「お前が言うと、何か気持ち悪いんだよ!」
「貴様が言わないからいけないのであろうっ!」
白龍は、そこでもう一つカンナが言っていたことを思い出した。
「そういえば、カンナが言ってたけど…」
「やっと言う気になったか」
黒龍はほくそ笑むと、少し期待して、次の言葉を待った。
「……やまさん…人間じゃないって…」
「は…?」
黒龍の目が、一瞬色を失う。
「…何を言ってるのだ? お前は…?」
しかし、声が少し震えていた。
そう言う黒龍にも心当たりはある。
まだアパートに入りたての頃、山澄の部屋で、黒龍と白龍の歓迎会をやった時のことである。
山澄はじっと、黒龍の方を睨むように見つめていた。その時感じた殺気のようなものは、人間の数十倍も、闇の色が濃かったのである。
これは、余程後悔をしていることがある人にも見られるが、それは非常に稀な例だ。
そして闇の世界の魔物の気配にも似ている。
それに…グィーノが言っていた金髪の男。
「どうするんだ? 黒龍?」
黙りこくり、蒼白の顔に汗がタラリと落ちる黒龍に、白龍は耐え切れず、沈黙を破った。
「………どうするって…」
黒龍は、息を飲み、
「…今まで通り、警戒はする。そしてもし、山澄が魔物であれば……殺す…」
静かにそう言った。
「まっ、何にしても、やまさんが人間である可能性も捨て切れん。それにもし魔物だったとしても、あちらから攻撃を仕掛けてこない限り、俺は戦わない」
「そう…か」
「それに今は、お前の歌の特訓のこともあるしな。さて! 取り敢えず飯にするかっ」
黒龍はそう言って立ちながら、まだ不安そうな顔をする白龍の頭を、くしゃくしゃっと撫でた。
白龍は少し安心していた。勿論、黒龍に頭を撫でられたからではない。
むしろ、白龍にとって、黒龍に頭を撫でられることは、屈辱以外の何物でもなかった。
それでも白龍は、いつものようには反論せず、大人しかった。
(どうしたんだ…? …オレ?)
困惑する白龍は、静かにそっと、飯を作っている黒龍の後ろ姿を覗き込む。
どうやら、白龍の心境には気付いていないらしい。
白龍は少しホッとした。こんな思いを知られたらきっと黒龍のことだ。また馬鹿にしてくるに決まっている。
そんな白龍自身、理由など一つしか思い当たらなかった。
(…そっか…。やっぱり…淋しかったんだな、オレ…)
改めて、人との繋がりを感じた白龍は、もう二度と、何も無くしたくはないと、強く思ったのだった。
そしてとうとう、CD録りの日がやってきた。
「ああっ、ついにこの日がやってきたのか! どうしよどうしよどうしよ!!」
白龍はじたばたと足音を立てながら、レコーディングスタジオの控え室の中を、行ったり来たりしていた。
「うるさいぞ白龍。もう少し、落ち着いたらどうなのだ? そんなことでは、緊張で声が裏返ってしまうぞ」
「だってよ! つうか、お前は緊張しねえの?」
「当たり前だ。俺は黒龍様だからな! ハッハッハッハッ!」
白龍ほどではないが、椅子に座っている黒龍は、何処となく落ち着きが無く、貧乏ゆすりまでしていた。
「そのわりには、震えてっぞ」
「そ、そんなはずはないだろう! 貴様の見間違いだ!」
「翠嵐のお二人~! 中へ入って下さ~い!」
「は、はい~!!」
ADさんに突然呼ばれた二人は、緊張で、思わず声が裏返ってしまった。
中は、思っていたよりも狭かった。
部屋には機械やら何やら、難しそうな物がいっぱいあり、更にドアが二つついていた。
一つは、ガラス越しに見えるブースに、繋がっているのだが、もう一つは、どうやら機械室の扉のようだ。
二人は緊張と驚きで声を漏らした。
「すげえ! 何だこれ! 変な物がいっぱいあんぞ!」
「何だこの機械は?! 世界の文明の利器は、これほどまでに進んでいたのか! 俺は1400年間、何をしてきたのだ!」
キョロキョロと辺りを見回す白龍と、立ち尽くす黒龍。
そんな二人の姿は、何処か滑稽であった。
二人が機械類を夢中になって見ていて、十分ほどたった頃だろうか。
「あれ? 遅いなぁ~」
一人のスタッフが腕時計を気にしながら、ドアをチラ見する。
「いつも時間通りには来るのに…」
「まだ誰か来るのか?」
「どうりで。まだ始まらない訳だぜ」
二人の緊張も解きかけた時、その人物はドアを開けた。
「いやぁ~、遅れてごめんね~。電車で痴漢に間違われちゃって…」
入って来たのは何と山澄であった。
何故山澄がここにいるのか、二人には、理解が出来なかった。
「やまさん! 何故ここにいるのだ!?」
「実は私、プロデューサーなんですよ。二人を驚かそうと思ってね」
「でもやまさん! オレ達がCD出すって言った時、本気で驚いてなかったか?」
「それも、二人を驚かす為に一芝居うったのよ」
そう言いながら、山澄はウインクをした。
「君達! 音楽会のカリスマ、コウシュウ ヤマズミを知らないのか!?」
「は?」
「作曲は勿論、ピアノ、ドラム、ギター…。そして弦のあるものは何でも弾きこなすと言われる、伝説のコウシュウ ヤマズミを!!」
「はぁ??!」
二人は顔をひん曲げた。
「そんなに褒めないでよ」
山澄は照れて頭を掻く。
その頭からは、粉状の白い物が落ちていた。
この様子に、黒龍と白龍の二人は、ますます顔を歪めながらも、山澄に聞くのだった。
「ほんとにそんな凄い奴なのかぁ?」
「やまさんが仕事を内緒にしているから、てっきり、人に言えない仕事だと思ったのだが…」
「まぁそんなにも凄くないかな」
山澄は、しれっと言った。
「どっちだよ…」
「そんなことより…私が遅れちゃったんで、とっとと録り、始めましょうか」
「お、おう…」
黒龍と白龍は、ガラス張りの重いドアを開けると、そこにあった二本のマイクにそれぞれ立ち、同じくそこにあったヘッドホンを付けた。
「…なぁ、白龍。やはり怪しくないか?」
「あぁ…」
「大体痴漢に間違われたら、十中八九、犯人にされると思うのだが…」
「そっちかよ!」
「二人共、聞こえてるよ~」
スタッフがマイク越しに喋る。
そちらに音声が届く仕組みになっているとは露知らず、二人は小声で話しているつもりだったので、
「げっ!」
と、奇声を発した。
「はいはい。じゃあ練習から始めようねぇ」
山澄は、そんな二人の会話を知ってか知らずか、強引に曲を流し出した。
そんなこんなでCD録りはいきなり始まってしまった。
五時間後。
「う~ん、白龍君。もう少しそこ丁寧に。黒龍君、ちょっと声、裏返ってるよ」
「な、なぁ…、CD録りって…こんなに時間が掛かる物なのか…?」
「はあ、はあ…お、俺に聞くな」
「山澄さん、あの二人、五時間休み無しですよ。もうそろそろ、休ませてあげた方が」
「だんだん声の調子が悪くなっているように感じたけど、やっぱり歌い通しだからか…。よし、五分休憩!」
(五分!?)
その言葉に二人は苦々しくも、笑うしかないのだった。
録音室とは別に、休憩室なる物もある。
二人は、ADさんに案内されて、そこに来ていた。と、言っても隣の部屋だが。
「はあ~…」
ドシッと音を立ててパイプ椅子に座る。
二人は背もたれにこれでもかともたれかかった。
「なぁ、鬼か!? 鬼なのか!? 仕事の鬼なのか!?」
黒龍は、白龍の肩を掴み、揺らす。
「オレに聞くなよ。…でも、多分間違いねぇよ…」
「山澄の企みがわかったぞ!! CDの発売など真っ赤な嘘! 本当の狙いは、こうして俺達の体力を奪い、喉を枯らさせ、助けも呼べぬようにし、疲弊しきったところで俺達の命を奪うつもりなのだ!」
「でもよぉ、それにしてはやり方が回りくどいような…」
「何を言っているのだ! インドの事件を忘れたのか?! グィーノが言っていたのはやはり山澄のことで、山澄は直接手を下さずに俺達を仕留めるつもりなのだ!!」
「何の話をしてるんだい?」
ADさんがお茶の入ったペットボトルを長机に置くと、紙コップに注ぐ。
「君達、疲れたろう。やまさんは仕事の鬼だからね、はいお茶」
「!!」
「あ、ありがとう…」
白龍は手渡されたお茶を飲もうとした、しかし。
「おい白龍、待て」
黒龍は白龍の肩を寄せると、小声で話した。
「何だよ?」
「今、言ったばかりであろう! 山澄は俺達の命を殺めるつもりかもしれないと。しかも、“直接手を下さずに”だ。もしかしたら、その紙コップに注がれたお茶の中にも、毒が入っているかも知れんぞ!」
「ど、毒!?」
「幸い、俺は昔の経験により、毒への耐性はあらかた出来ているが…。白龍、お前はどうだ?」
「んなもんあるわきゃねえだろ!!」
「とにかくも、まずは俺が毒味をする…」
「あ、あぁ…分かった」
黒龍は、白龍の手に持っていたお茶を、ぐぐぃっと一気飲みした。
「…どうだ?」
恐る恐る聞く白龍である。
「…うまい!」
「ガクッ…、おい、コントやってんじゃねぇんだからよ…」
「どうやら、毒は入っとらんようだ」
「そんなに喉が渇いてたのかい? 黒龍君。慌てなくても、まだあるから」
そう言ってADさんは、白龍にお茶の入った紙コップを渡した。
「お茶は好きに飲んで良いからね」
と、そばのペットボトルを指すと、ADさんはその場から離れ、仕事に戻っていった。
「じゃあ、オレも…」
と、白龍がそのお茶を飲もうとした時。
「待て!」
黒龍は、白龍の腕をガッと掴んだ。
「んだよ? 毒は入って無かったんだろ?」
「“俺の飲んだお茶には”な」
「ハァ?」
「もしかしたら、今、白龍が手渡されたお茶に、毒が入っているかもしれん!」
「あのなぁ…そんなこと言ってたらきりないぞ」
「良いからよこせ!」
黒龍は、白龍から強引に紙コップを奪うと、一気に飲み干した。
「どうだ?」
白龍が呆れ顔で聞く。
「…うまいっ」
「だから! そのやり取りいらねぇんだっつの! つか、毒見なら、飲み干す必要あんのか?!」
白龍は、黒龍の手に持っていた紙コップを奪い返すと、そこにあった、2㍑のペットボトルから、お茶を注ごうとした。しかし。
「…待て、白龍!」
何と黒龍は、今度は2㍑のペットボトルから、直接飲み始めた。
ゴクッ! ゴクッ!!
「ああ゛あ~~~~!!!!!!」
白龍が驚きと呆気にとられている間に、黒龍は世界新記録とも取れる早さで、お茶を一滴も残さず飲み干してしまった。
「何すんだよ!!」
「…うまいっ」
「だから!! いらねぇんだよ!!」
「怪しいところは徹底的に調べる! それが俺、黒龍様だっ!」
キラーン☆ と何故か歯が光る黒龍は、如何にもしてやったりな顔をしていた。
「だからって、全部飲み干すこたないだろ! 大体、さっきも今も、同じペットボトルから注いだお茶なんだから、一回毒味すりゃ充分だろが!!」
「仕方あるまい、底の方に毒が沈んでいたらどうする。大体、毒への耐性が出来ていない、お前が悪い」
「おめぇじゃねえんだから、出来るわけねぇだろが!!」
白龍がそう叫んだところで、ドアが突然開いた。
「翠嵐の二人! 休憩終わりだよ!」
「何!? まだ3分53秒しか経っとらんぞ! 五分休憩ではなかったのか?!」
「げっ! ああもう! お前のせいでオレ、お茶飲めなかったじゃねえか! オレ、死ぬ程喉渇いてんのによ!」
白龍は、心底疲れた顔をした。しかし、もうお茶は無い。
仕方なく二人は、急いで休憩室を後にした。
CD録りが始まって九時間目に入り、ようやく山澄が本録りをしようと言ったので、黒龍と白龍の二人は、ふっと、胸を撫で下ろした。
「全く、長かったな…」
「本当だぜ、どんだけ練習させりゃあ気が済むんだよ…」
「まさに仕事の鬼だな…」
「つうか…オレもう体力的に駄目かも…」
「弱気になるな白龍! …と言ってやりたいが、流石の俺様も、ここまで歌わされて、同じように限界だ…」
「オレの分のお茶、飲んだくせに…」
白龍は根に持っていた。それもそのはず。結局あれから一度も休憩など、無かったのだから。
黒龍と白龍は、疲弊しきっていた。
「さて、本番いくよー」
それもこれも山澄の思惑通りに…。
山澄は、黒龍と白龍に気付かれないように何か呪文を唱えると、手の平からそっと、二人に向けて吐息を放った。
(あれ…何か…体の疲れが)
(さっきより、いい感じ…)
山澄は何故か、回復魔法のような物を二人に向けて放っていた。
山澄の思惑が一体何だったのかは、この時の二人には、知る由もない。
こうして、二人の収録は、無事に終わった。
「お疲れ様~」
「お疲れ様です」
「あぁ…疲れた…」
「黒龍君、白龍君、これからみんなで打ち上げだけど、来るかい?」
「ああ…行きたいのはやまやまだけど…」
白龍は、人目もはばからずに、大あくびをすると。
「流石に疲れた…帰って寝るよ」
そう言って思いっきり伸びをした。
夜遅く家に着いた黒龍と白龍。
白龍は、帰って来てそうそうに、台所に走っていった。
「麦茶っ麦茶!」
白龍は、沸かしてあった麦茶をコップに注ぐと、一気飲みし、結局、三杯飲んだ。
「はああ~、生き返ったぁ~。全く黒龍のせいでホント死ぬかと思ったぜっ!」
「完成祝いにジュースを一本、貰ったではないか」
「あんなんじゃ全然足りねぇよ! …黒龍は、2㍑飲んだからいいかもしんねえけど!」
「…しかし、俺はお前が毒に侵されないか心配で…」
「毒って…。結局無かったじゃねえか。お前は考えすぎなんだよ」
「す、すまん…」
謝る黒龍を呆れた顔で一瞥する。
「もういいよ。にしても疲れたぜ~! オレもう寝るわ」
白龍は、そう言った途端、倒れ込むようにベッドに横になった。
ピンポーン
二人とも、ベッドに横になり、寝ようとしていたところへ、部屋のチャイムがなった。
「あ? 誰だよ、こんな時間に…。おい、黒龍、お前ちょっと出ろよ?」
「は? 何でだ?」
「オレ疲れ果てて、体がベッドから離れてくれねえんだ…頼むよ…」
素直に頼みごとをする白龍に、黒龍も満更でもない様子。
「ったく、しょうがないな貴様は…」
と、言いつつ、言葉には少し、優しさがこもっていた。
「誰だ?」
黒龍が言いながら、ドアを開けると、そこには山澄がベロベロの状態で立っていた。
「ひっく。黒龍く~ん。私の部屋へ来てよ~。お父さん、寂しいよ~」
「はっ!?」
開けた途端、酔っぱらって抱きついてくる山澄に、黒龍は深く溜め息を吐く。
「全く、またいつもの冗談か…」
抱きつく山澄を引き剥がし、チラリと時計を見ると、時計は既に、午前0時を過ぎていた。
「いつまで飲んでいる気だ!」
「ん~? 黒龍君が来てくれるまで」
「はあぁぁ~………」
呆れ果てて溜め息しか出ない黒龍。
「おい! 白龍! やまさんが、部屋へ来いと言っているが、どうする?」
「ぐうぅぅぅ~~……」
取り敢えず、白龍に向かって叫ぶが、白龍は既に夢の中へと出掛けていた。
「くそっ…」
「フフフ、いいから、いいから…」
そう言って山澄は、何故か黒龍のジャージのズボンを引っ張る。
「んなっ! 何故ズボンを引っ張る! やめろ!」
酔っぱらっている山澄は、執拗に黒龍のズボンを引っ張る。そして。
「わぁぁぁぁ~~~!!!」
黒龍は勢いあまり、白龍の寝ているベッドまで転がった。
因みにズボンは脱げ、おまけにパンツも脱げた。
「…ん? ……何だ?」
あまりのうるささに白龍が目を覚ますと、目の前にはぶつけたのか、頭から血を流す黒龍の姿。
「…白龍」
「ギョエエエエエエ~~!!!!」
白龍の雄叫びが、アパート中にむなしく響いた。




