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翠嵐   作者: 里梅紅弥
1~15 一章
7/18

七 「翠風~対峙したら退治する?~」


 インド三日目の昼。黒龍と白龍の二人は、まだ修業を続けていた。途中、ジイが昼食を持って来たので、今はしばしの休憩をとっている。

 因みにグィーノは、今日は用があるとかで朝からいなかった。

「ふうぅ~~。疲れた~…。あっ、そういえば黒龍。お前が言ってた、新しい術って、一体どんな術なんだよ? 教えてくれるんじゃなかったのか?」

 白龍がサンドイッチをくわえ、背もたれのある白い椅子に前屈みで座った。

「ん? ああ、そういえば…。すまん、忘れていた」

「うんにゃろ~。自分で教える、って言っといて、忘れてんじゃねえよ」

「ほう~、新しい術じゃと? このジイも、是非とも見てみたいものじゃな」

 ジイと白龍は、サンドイッチを食べながら黒龍の方を見る。黒龍も、サンドイッチを口にくわえながら答えた。

「仕方無い。そんなに見たいのか? ならば、今ここで見せてやる」

 そう言うと黒龍は立ち上がり、遠くにある一本の大木目掛けて手を向けた。

「ハァァァァ~~~」

 黒龍はちゃっちゃとサンドイッチを飲み込むと、力を溜め、呪文を唱え始めた。やがて鋭い早さで、手から炎に似たモノが発射され、大木は一瞬にして丸焦げになった。

「すげえぇ~…」

「グレティス家に代々伝わる菩提樹(ぼだいじゅ)の木が~!!」

 ジイが大木を見て、愕然とした表情を浮かべ、膝をつく。

「何てことをしてくれたんじゃ黒龍君! あの木はこの家の家宝! 昔からの大切な木なのじゃ! それを燃やすとは…!」

「そ、そうなのか? 悪かった…ジイ…」

 大切な木を消し炭にされ、憤慨するジイに対し、黒龍は慌てて黒焦げになった木に手をかざすと、何やら呪文を唱え始めた。

 すると、黒焦げだった大木が、見る見る内に元に戻っていく。そして最後には、元の綺麗な大木に戻っていた。いや、先程よりも一層輝きを増しているようだ。

「お、おお良かった良かった。危うくわしがカンナ様に消し炭にされるとこだったわい…。それにしても見事じゃな、黒龍君」

「フンッ、当たり前だっ。俺は黒龍だからなっ」

「オレもその火のヤツが使えるようになるんだなっ!」

 白龍が大木の方を見ながら、歓喜の目をする。

「何を言っている。これは白龍には教えん。どのみち教えた処で、白龍には出来ないのだからなっ」

「じゃあ何で今やったんだよ!」

「今のは試しうちだ。俺の実力を見せびらかそうと思ってな」

「何見せびらかしてんだ! まどろっこしいことすんな!」

「あれは炎系の魔法じゃな?」

 叫んでいる白龍を無視し、ジイが割って入った。

「そうだ。俺は闇の龍でもあり、炎の龍でもあるからな。それに俺は、白龍とは違い、日々の研鑽を積んでいるから、火と闇は勿論のこと、水、風、地なども、様々に操れるぞ」

 黒龍は、自慢気にポーズをとった。

「処で白龍は、何系の龍なのだ?」

「へ? そんなの知らねえよ。…強いて言うなら…光かな?」

「フンッ」

「鼻で笑うんじゃねえ!」

 白龍はそう言った後、黒龍を一瞥する。

「…オレ、いつも思うんだけどよ。お前もしかして、笑ってんじゃなくて、鼻詰まってるから、フンッて、やってるんじゃねえのか?」

「違うぞ! 妙な誤解を生むではないか! これは、格好良く笑うためにわざとしていたのだ。そしたらくせになった」

「なんだそりゃ。変人だな」

「何だと!?」

「これ、そこら辺にしなされ、黒龍君」

 怒る黒龍に対し、ジイが杖で制止する。

「で? オレには何教えてくれんだよ?」

「貴様に教えるのは、先程見せた治癒能力だ」

「ほえ~…。オレ…攻撃呪文の方が好きだな~…かっこ良くて…」

「何を言ってるんだ! あれは闇で研鑽を積んできた俺だからこそ出来る技! お前にはその方が向いている。しかも、治癒能力を甘く見ていると、痛い目を見るぞっ!」

「へ?」

「この治癒能力は、いわばそのモノの本来の再生能力を高めて、初めて出来るもの。ただ手をかざし、呪文を唱えれば出来るものではない。イメージが大切なのだ」

 黒龍は椅子に座り、またサンドイッチを食べ始めた。

「そうじゃな。これを食べ終わったら、修業の続きとするか。わしも黒龍君に何か教えてもらおうかのう。フォッフォッフォッ」

「何? ジイも教えて欲しいのか? しかし、人間のジイに出来る技があるかどうか…」

「あ、まあ、冗談じゃ。わしは来る魔物との戦いにおいて、体を鍛えることにするわい」

「俺もしっかり体を鍛えるぞっ。白龍には構っておれんから、一人で練習しろよ、白龍」

「呪文教えてもらわなきゃ、出来るもんも出来ねえじゃねえかよ!」

「違うな。出来ないものも余計出来なくなる、だ」

「どっちでも良いから早く呪文教えろよ」

 白龍はサンドイッチを口に詰め込み、紅茶を飲み干す。

「…まだ食べてるだろ!」

 黒龍はゆっくりとサンドイッチを食べ、優雅に紅茶の匂いを嗅ぐ。

「お前は国王様か」

「いや、黒龍様だ」

「どうでもいいから呪文教えてから食えよ」

「仕方が無いな。貴様は。呪文は、〝傷を癒す力よ、甦れ。自らの足で立ち上がる力を与えよ〟だ。…覚えたか?」

「え、えっ~と…、傷よ、甦れ。自分で…立てよ?」

「違うっ! 傷を甦らしてどうする!」

 黒龍は、白龍の頭を靴で叩いた。

「いって~~。何すんだよ!」

「傷を癒す力よ、甦れ。自らの足で立ち上がる力を与えよ、だ!」

「何でそんなまどろっこしい呪文にすんだよ! もっと簡単にしろ! 簡単に!」

「じゃあ、傷を癒す力よ、甦れ、でいい。さっさとあの花に呪文をかけろ」

「いや、どうやってやんのか、具体的に教えろよ」

「そうだな、花が甦るイメージをし、念を込めるのだ。さあ、早くやれっ」

「わかったよっ」

 白龍は、近くの枯れた花を見て、言われた通りに手をかざし、呪文を唱えた。

「傷を癒す力よ、甦れ…」

 白龍が呪文を唱えると枯れた花は、

「え? 何でだ?」

 枯れたままだった。

「やはり白龍には無理だったか…。向いていると言っても修業が足らんからな。一朝一夕で、出来るものではないしな」

「なっ! まだ一回試しただけじゃねえかよ! 勝手に決めんな!」

 白龍はムキになり、枯れている花に再び手をかざした。

「…傷を癒す力よ、甦れ…」

 やっぱり枯れた花は、枯れた花だった。

「ちくしょ~。何で出来ねえんだよっ~」

「頑張るのじゃ白龍君。白龍君は、やれば出来るはずじゃ!」

「そうだ。お前は元々、天の龍なのだから、魔力はあるはずなのだ。ただお前が呪文を覚えないだけだ」

「でもオレ、魔力があるなんて全然知らなかったぞ?  女神様も、そんなこと、言ってなかったし…」

「それは貴様が気付いていないだけだ。女神様も、言わずともそんなこと、わかっていると思ったのだろう。人間に変身する時も、多少なりとも、魔力は使っているはずだし…」

 そう言うと黒龍は、しばらく思案した後、口を開く。

「…やはり呪文が短いからか? だが、呪文は余り関係がないはず…。白龍、お前の花を愛する気持ちが、足りないんじゃないのか?」

「んなことねえよ。オレは花には人一倍気を使ってるぜ」

「じゃあ、やはり修業の足りなさだな」

「違げえよっ。きっと呪文の足りなさだなっ」

 白龍は、先程の枯れている花に、もう一度手をかざした。

「えっ~と…。傷をっ癒す、力よ、甦れ…。自らの…力で立ち上がれ、足を与えるのだ」

「違う! そこは、自らの足で立ち上がる力を与えよ、だ」

「おお、そうか。傷を癒す力よ、甦れ。自らの足で立ち上がる力を与えよっ」

 白龍がそう言っても、枯れた花は、枯れたままだった。

「全く。結局、元の呪文でやるのならば、初めから、そうすれば良かったではないか。しかも、呪文が間違っていないのに出来ないとは、やはり、修業の足りなさが原因だな」

「ちっくしょ~! 何で出来ねえんだよっ。おい黒龍! もしかしてお前、オレをハメてねえか? 間違った呪文とか、教えてねえだろうな?」

「何言っている! 俺がそんなことをすると思うか?!」

「思う!!」

「やめなされ二人共。…しばらく一人一人で修業をすることにしますじゃ。黒龍君は体を鍛える修業。白龍君は…、とりあえず回復呪文をマスターすることじゃて」

 ジイはそう言うと、庭の端と端に二人を引き離した。

 それぞれがそれぞれに修業を始め、一人一人が、思い思いに修業をした。








 まもなく日は沈みかけようとしていた。辺りがオレンジ色に染まり始める。そんな中で、白龍は一人、黙々と呪文を唱え続けていた。

「傷を癒す力よ、甦れ。自らの足で立ち上がる力を与えよ」

 もう何百回、同じ呪文を繰り返しているのだろう。枯れた花は一向に甦らなかった。

「まだやってるのか?」

「うるせぇーよ。集中出来ねえだろが」

 後ろから黒龍が話しかけるが、白龍はこちらをチラリとも見向きもせず、ただ、花と対峙するだけであった。

「そうか」

 黒龍はそのまま、白龍の修業の様子を見ようと、手元を覗きこんだ。

「なんだよ?」

「いや」

「邪魔だから自分の修業に戻れよ。こっちは出来なくて困ってんのによ~、見られてると余計出来ねえじゃねえかっ」

 白龍はそろそろ飽きてきたらしく、脱線しかかっていた。

 話しかけられたことで集中力が切れたのか、手を後ろに回し、空を仰ぐ。

「大体この修業って、何か意味があんのか?」

「あるぞ」

「どんな?」

「例えば俺が傷を負い、魔力が使えなくなった時、白龍の回復呪文があれば、俺は助かるではないか。貴様は戦力外だから回復班側だ」

「何だよ回復班って? 回復なんかなくたって、黒龍は不死身な気がする」

 白龍は、枯れた花を見つめながら拗ねた顔をした。

「とにかく、このままでは花が可哀想ではないか。花を労る気持ちを、貴様は持ち合わせていないのか?」

「ちゃんとやってんだけどな~、おっかしな~。それに何か、黒龍がやるのと、オレがやるのとでは何か違う気がする…」

「では、根っこの方に手をかざしたらどうだ? 根っこは、花にとって、一番大事な所と聞いたが…」

「おお。やってみよ」

 白龍は、枯れている花の根っこの方に、手をかざした。

「傷を癒す力よ、甦れ。自らの足で立ち上がる力を与えよ」

 白龍がそう言うと、枯れた花は少し元気が出たようだ。

「おおっ。黒龍っ、ちょっと成功したぜっ」

「ちょっとでは駄目だっ。ちゃんとやれっ!」

「いいじゃねえか! 成功したんだからよ!」

「少しだけではないか! そんなことでは貴様は、皆の足手まといになるぞ! 俺が苦労するではないか!」

「だあっ! もうっ! 偉そうにしやがって! じゃあお前は、どんだけ強いってんだよ!」

 白龍がキレかけたその時、ふと廊下の方を見ると、一人の男が抱えきれないほどのバラの花束を持って、真っ直ぐに、カンナが居る談義室へと向かって行った。







 一方変わって、こちらはカンナの談義室だんぎしつ

 カンナは、今日相談に来る人達の相手をしていた。

 カンナは週に一度、街の人々の悩みや相談事を聞き、解決への助言や意見を述べていた。

 多い時には数十人、カンナに相談に来る。

 そして、夕方が一番混む時間でもあった。

(今日で五十六人目…)

 カンナは少々、うんざりしていた。毎回毎回、同じことの繰り返しで、同じような相談事の内容に飽きてきていた。

 昔はこんなことは思わなかったのだが、黒龍と白龍に出会い、考えが変わってきたのだ。

 カンナは思わず、悩みを言っている人の前で溜め息をついてしまった。

「どうされました? 溜め息などをつかれて」

 男がそれに気付いたのか、喋るのをやめてカンナに聞く。

「相談を言っている身であれですが、私でよければ聞きますが…」

「いや、大丈夫だ。続けてくれ」

「そうですか」

 男はまた、喋り始めた。その男の相談が終わり、出ていってしばらくすると、また別の男が入ってきた。その男の顔を見た途端、カンナの顔が少し歪んだ。

「カンナさん! 今日こそ僕の思いに答えていただきますよ!」

「シンっ、また来たのか?! あれほどここには来るなと言ってあるだろ?」

「一日に一回は、あなたの顔を見なきゃ気が済まないのでね」

 シンと呼ばれた短髪で、色白の男は、手に抱えきれないほどのバラの花束を持っていた。

 シンは、すたすたとカンナの元へ寄っていき、カンナを壁へと押し付けた。

「!!」

「さあ、このバラの花束を受け取ってもらいますよ」

「シン、お前とは結婚しないと言ってるだろ! 何度も言わせるな。早く出て行ってくれ」

「またまたご冗談を。この僕が好きなくせに、そんなに無理なさらず」

 シンは、カンナに唇を寄せ始めた。カンナが、めいいっぱい足に力を入れて、シンの腹を膝蹴りしようとしたその時、ドアを勢い良く開ける音が聞こえた。

「貴様! 何をやってるのだ!」

 二人が声のする方に目をやると、そこには、黒龍が立っていた。隣には白龍もいる。

「黒龍!」

「何ですか、あなた達は? 僕のカンナさんに何か用ですか?」

「俺のカンナだ!」

「おい黒龍っ。お前のでもねえっての!」

 何の気なしに「俺の…」と言った黒龍の言葉に対して、カンナは少し頬を染める。

 黒龍は、シンの元へつかつかと寄ると、カンナからシンをひっぺがした。

不埒ふらちな野郎め! カンナが助けをうていたのは、やはり魔物からではなく、この男からだったのか!」

 黒龍の勘違いである。

「え、いや…」

「カンナさん! 何ですか、この人達は? 誰なのです?」

「俺は黒龍だ!」

「オレは白龍!」

「コンビ名は翠嵐だ!」

「だからコンビなんて組んだつもりはねえ!」

「変な人達ですねえっ。こんな人達はほっといて、僕の家に行きましょうか。カンナさん」

 シンはカンナの手を、少し強引に引っ張ったが、カンナはその手を払いのけた。

「嫌だ。何度も言わせないでくれ、シン。私は、お前とは結婚するつもりはないのだ」

「結婚!?」

 黒龍と白龍が、驚きの声を上げた。その問いにシンが答える。

「そうです、僕達は幼馴染み。結婚の約束もしてあるのです。フフフ…」

「そんな一歳の時の親同士の約束、記憶にはないっ」

「そうだったのか…」

 黒龍と白龍に、カンナの言葉は聞こえていなかった。二人して落ち込む。

「だから違うと言ってるだろ。私には好きな人が…」

「え?」

 カンナは、そう言ってからハッとした。そして、静かに黒龍を見た。

「何!? カンナには好きな奴がいたのか? 白龍っ、知ってたか?」

「へ?」

 白龍はそう振られ、一瞬言葉に詰まった。

(…ここで知ってたって言ったら、黒龍の奴、オレを問い詰めるに違げぇねぇぜ…)

「どうなんだ? 白龍?」

「い、いや、知らなかったよ…ハハハ…」

 白龍は乾いた笑いをした。

「カンナさん! 誰なんです!? この僕を差し置いて…!」

「カンナ! もしかしてジイか! ジイなのか!?」

「そんな訳無いだろう! もうこの話は終わりだ。黒龍に白龍、お前達は先に帰っていてくれ。シン、あなたはここに残って!」

「カンナ…」

「カンナさんっっ」

 カンナのその言葉に、黒龍と白龍は落胆し、シンは二人に、勝ち誇った笑顔を向けた。黒龍と白龍は、渋々談義室を出た。

 黒龍と白龍がその場を去ってからすぐに、人の肌を叩くような、張り詰めた音が談義室に響き渡った。

 その夜、黒龍と白龍がカンナに会うことはなかった。







 インド四日目の昼。

 この日、黒龍と白龍は、少し息抜きをしようと、街へと出掛けた。

 すっかりと忘れていたが、緑川アパートに住む人達に頼まれた御土産を買っていたのだった。

「…で、土産って、これだけだっけ?」

 紙袋を、両手いっぱいに抱えた白龍が、同じく、紙袋を両手いっぱいに抱えた黒龍に聞く。

「いや、後は、大家に頼まれた仏像が残っている…」

「仏像かよ…。何だって大家は、そんなもん欲しがるんだ?」

「知らんっ。やはり、インドだからじゃないのか?」

「はぁ~…。それにしても、重めえな~。おい黒龍! ちょっと休憩してこうぜ! ほらあのカフェっぽいとこでっ」

 白龍が、オープンカフェになっている店を指で差す。

「何を言ってるんだ白龍。俺達にそんな暇はないぞっ。帰ったら、また修業だからなっ」

 黒龍がそう言い終わらぬうちに、白龍はすでに行動に移っていた。

「一休みっ一休み!」

「おいっ白龍! ったく…」

 仕方無く黒龍は、白龍に付き合うことにした。

 二人は注文をして、ジュースを手に持って店の外の椅子に、思いっきりもたれかかって座った。

「ふぅぅ~、疲れた~。やっと座れたって感じだぜ」

「全く。…あまりのんびりはせんぞ」

「わかってるよ」

「それに、 カンナのことも気になる。結局あの後、カンナに会えなかったからな」

「そうだよな。…あの男、確かカンナは、シンって呼んでたけど、やっぱり、カンナの結婚相手なのかなぁ…」

 白龍は、椅子にもたれながら言った。白龍はその格好のまま、ジュースを手に持って、飲もうとした。

「白龍、行儀が悪いぞっ」

「だってオレ、疲れたし、喉カラカラだからよ。いっただきまーす」

 白龍は、ジュースをゴクッと飲んだ。すると、白龍の表情が、見る見る内に歪んでゆく。

「どうした?」

「ひえ~、なんだよこのジュース。めちゃくちゃ甘え~」

「一体どんなジュースを頼んだのだ? 貴様は?」

「えっーと…何かよくわからん名前だった…」

「全く…」

 そう言うと黒龍は、自分のジュースを一口飲んだ。

「うっ! なんだこれはっ!」

「どうした?」

「このジュース、苦い味がする…」

「黒龍こそ、何のジュース頼んだんだよ?」

「俺は普通のヤツを頼んだのだが…、店員が間違えたのか?」

 黒龍は、もう店を出ようと、立ち上がった。

「行くぞ白龍。もう疲れは、十分取れたろう。土産物はあと一個だから、早めに済ませて帰るぞ」

「なんでだよっ、今来たばかりじゃねえか。ジュースがマズかったからって、そんなに、急がなくてもいいだろ?」

「ち、違うっ! 決してっジュースがマズかったからではないっ。俺は早く修業がしたいのだ!」

「あれ? 君達、昨日の人じゃないかい?」

 突然、声を掛けられた二人は、声のする方を向く。するとそこには、昨日、カンナを口説いていたシンがいた。頬には何故か、湿布が貼ってある。

「…おい白龍? 誰だ? こいつは?」

「って、おいっ黒龍! 昨日のシンって奴だよ。カンナと結婚とかなんとか…」

「…あっ! 貴様! 昨日の!」

「だからそう言ってるじゃねえか…」

 白龍は、呆れた顔をし、大きく溜め息をつき、肩を落とした。

 シンは、二人を見て髪を掻き上げる。その行動を見て、黒龍と白龍は、うんざりとした顔をした。







 黒龍と白龍とシンは、三人して商店街を歩いていた。

「で? 何で僕が、君達の荷物を持たなきゃいけないのかな?」

 荷物を両手に沢山抱えさせられたシンが、不機嫌そうに顔をひきつらせる。

「いいじゃねえか。三人いれば、荷物だってその分軽くなるだろ?」

「そのわりには、僕が一番持たされてる気がするんだけど…」

 実際、黒龍と白龍は、片手で軽々と荷物を持っていた。

「き…気のせい気のせいっ」

「ところで、シンっ。貴様のその頬の湿布は何なのだ?」

 気にしなくても目に入るのか、黒龍が湿布をジロジロと見る。その行動に、また顔をひきつらせ、頬を指先で少し触るシン。

「ああ、これは…。ちょっと昨日カンナさんに…」

「カンナに何かしたのかっ? 貴様!」

「この野郎! まさか…!」

「違いますよ。これは君達が帰った後、カンナさんにひどく怒られて、その時に、平手打ちを喰らわされて…」

「けっ! いい気味だぜ!」

「貴様が悪いっ!」

「君達は、僕を怒らせるのが上手だね…」

 シンが少し、溜め息交じりに肩を落とした。と、急に黒龍がシンに近付いた。

「どれ、見せてみろ」

「え?」

 黒龍が、シンの頬に貼っていた湿布を、無断で勢いよくはがした。

「いった~! 何すんだよっ!」

「少しひどいなこれは…」

「ああ。ちょっと青あざになってんな」

「な、なんだよ?」

 シンの問いには答えず、黒龍は白龍の方を向く。

 因みに黒龍は、はがした湿布を、シンのおでこへとつけた。

「白龍、昨日のできるか?」

「え? …ああ、昨日のか。これも修業か?」

「まあ、そんなとこだな。出来るか試してみろ」

「おおっ。…傷を癒す力よ、甦れ。自らの足で立ち上がる力を与えよ…」

 白龍が、シンの青あざに手を当て、呪文を唱えると、白龍の手が何やら光だした。

 見るとシンの青あざが、いつの間にかキレイに治っていた。

「やったぜ、黒龍! 成功したぜ!」

「まぐれだっまぐれっ」

「…あれ? 痛くない。おい、お前ら、今何やったんだ?」

 シンは、何が起きたか分からず、ただ自分の頬を触って、確かめるしかなかった。

 額に貼られた湿布を、はがして丸めた。

「白龍は、治癒能力という術を、俺から教わったんだが、一度も成功しなくてな。少し貴様で試させてもらったのだ」

「一回は成功したぜっ」

「あんなのは成功とは言わん。今のは何故出来たか知らんがな」

「黒龍っ。何か今、 オレの手が光ったけどよ、もしかして、光の力が目覚めたとかじゃねえのかな?」

 白龍が、自分の手を見つめながら言った。

「そんな訳ないだろうっ。そうだシン、何処かに仏像の売っている店は知らないか?」

「仏像? それなら、僕の家で売ってるけど…」

「そうか。ではそこへ、連れてってもらおうか」

「…って、オレの話し聞けよ。黒龍…」

 黒龍と白龍は、シンの後について、お土産屋へと向かった。







 シンの家のお土産屋。そこは、家が一体化しているお店であった。

 カンナの家といい勝負の、とてつもなくでかい家だった。

「もしかして、インドって金持ちが多いのか?」

「金持ち? ん~でも場所にもよるんじゃないかな。多民族国家だし…」

「そうだな。マンションにプールがついている街もあれば、スラム街では多くの路上生活者がいると聞くしな」

「ま、難しい話は抜きにして、早く仏像買っちまおうぜ」

 白龍は逃げるように、スタスタと歩き出した。

「えっ~と、仏像、仏像…あれ、見当たらねぇな」

「おい、シン。貴様、俺達をたばかったな? 仏像など、ないではないか」

「え? ごめん、売り切れてたの? じゃあ後で届けるよ。カンナさん家に」

「貴様にしては気が利くではないか」

「お前はカンナに会いたいだけだろ?」

 黒龍と白龍はシンのお土産屋を後にし、カンナの家へと帰っていった。









 家へと帰ると、門の前に人影が見える。カンナは壁に背をつけ、夕日を眺めながら玄関先で待っていた。

「カンナ…」

 二人が少し気まずそうに呼ぶと、カンナは少々怒っているような顔をこちらに向けた。

「何処に行っていたのだ?」

「あ、ああ。オレたち、みんなにお土産買ってたんだよ。日本のアパートのみんなに」

「そうか…。私も連れていって欲しかったな」

「ご、ごめん。だけどカンナ、忙しそうだし、結局今日の朝も会えなかったから、誘えなかったしな…。ほら、黒龍からも何か言えよ」

 左肘で黒龍の脇をつつく白龍。だが、黒龍は何を言っていいのか分からず、一言、「すまん…」と、言うだけであった。

「まあ、いい。二人とも、私の部屋に」

 カンナはそう言うと、家へと入っていった。後ろについていく二人は、カンナにバレないように、こそこそと話をしながら歩いている。

「なぁ、カンナの奴…何怒ってんだ? そんなにお土産屋見たかったのかな?」

「さあな。お前が何かしたんじゃないのか」

「何でオレなんだよ…。どっちかってゆうとお前だろ?」

「何でだ! 俺は何もしてないぞ!」

「何を話しているのだ? 二人とも…入らないのか?」

 いつの間にかカンナの部屋へとついていた三人。黒龍と白龍は、渋々カンナの部屋へと入った。







 カンナの部屋には、椅子が三個あり、テーブルがあり、でかいベッドがあり、仏像があった。

「で、何か用なのかよ? カンナ?」

「待て白龍。今、紅茶をいれる。話はそれからでも遅くなかろう」

「また紅茶かよ…」

 白龍は、紅茶をいれる黒龍を無視して、カンナに聞いた。

「で、カンナ。何か話しでもあんのか?」

「いや、別にないが…。昨日も今日も会えなかったからな。少し淋しくなっただけだ」

「怒ってるわけじゃねえんだな?」

「何故私が怒るのだ?」

 と、言いつつも、まだカンナは仏頂面を崩さない。

 黒龍が紅茶をテーブルに置き、カンナは「ありがとう」と言った後、それを飲むと、ようやく笑顔になった。

「実は相談をしたいことがあったのに、二人がなかなか帰って来ないからな。不安だったのだ。もしかして日本に帰ってしまったのかと…」

「何でだよ? 帰るわけねぇだろ? まだ魔物も見つかってないのに…」

「いや、許嫁がいるのに、他に好きな人がいる不埒な私に、愛想をつかしたのかと思ってな…」

「そういえば、昨日も言っていたな。好きな人とは誰のことなのだ? カンナ」

「あ、そ、それは…」

 助けを求めるように、白龍の方を向く。カンナのその視線に、黒龍がいち早く気付いた。

「はっ! 分かったぞカンナ!」

「ええ?!」

 カンナは自分の気持ちが知られたかと思い、思いっきり顔を赤らめた。

「今、白龍の方を向いたな。好きな人とは白龍のことだったのかっ」

 頷く黒龍に対し、白龍はすかさず突っ込みを入れる。

「違ぇよ、それはおめ…」

「わあ、白龍!」

 慌てて言葉を遮るカンナは、白龍の口を手で塞ぐ。そんなカンナに、白龍はこっそりと囁いた。

「何すんだよ? ホントのことだろ?」

「そうだが、そんないきなり言わなくも…。もう少しデリカシーを持ってくれ」

「黒龍よりはあると思うが…」

「それにしても、これだけあからさまに反応したら、もっと分かっても良さそうなものだが…」

「ああ、あいつは自分のことでいっぱいだからな。人の気持ちを汲み取る余裕がないんじゃねぇか?」

 勿論、黒龍には聞こえていないが、黒龍は、仲が良いなと思いながら二人を見ていた。

 二人の会話はさておき、黒龍は、紅茶の匂いを嗅いで飲み、一息つくと、思い出す。

「そういえばカンナ。昨日、シンに平手打ちを喰らわしたそうだな。シンから聞いたぞ」

「あ、あれはシンがいけないのだ。いつも来るなと言っているのに」

 カンナは恥ずかしそうに言うと、両手で紅茶のカップを、顔を隠すように持ちながら飲む。黒龍はいつも通り呑気に笑った。その様子を見ながら、白龍はポカンとしていた。

(…二人とも、一昨日(おととい)のこと、気にしてねえのかな…? 事情は知らねえけど、カンナなんて泣いてたし…。まぁ、実際、ジジイが慌てふためいただけの話だったが…)

「何ボケッとしてるのだ? 白龍?」

「え? あ、ああ。つい。ぼっーとしてた」

「フンッ、貴様のことだ。どうせ変な妄想にふけっていたのだろう」

「違げぇよ! 鼻で笑うなっ!」

 白龍は、ちぇっと一回舌打ちをし、机の上に左手で顎肘をついた。

「そういや魔物の件はどうなったんだよ? 水晶球も見つからねぇし、これからどうすりゃいいんだ?」

「そうだな、それについては何か考えがあるのか? カンナ?」

「ああ、そのことを相談しようと思っていたのだ」

 カンナは紅茶を一口飲むと、神妙な顔をする。

「私が昔見た魔物は、うろ覚えだが、角が生えていたな」

「角か…それは鬼だったのか?」

「分からない…幼い頃、故な」

「そんな衝撃なこと、忘れるか普通?」

「恐らく脳が忘れるように仕向けたのではないか? あまりにショックだと、忘れると聞くし」

「そういうもんか…」

「くそ、俺がその場にいれば闇に帰せたというものを…」

 黒龍は無力さに、拳を自分の太ももに打ち込んだ。

「闇に帰すってどういうことだよ?」

「ああ。そいつが鬼だった場合、元々、人間の恨みや怨念が凝り固まって出来た闇の者。俺の居た闇の世界に帰せたはずだ」

 白龍は、以前カンナと見た、闇の世界のことを思い出していた。今でも脳裏によぎる、あの時の恐怖。

「…闇の者…か…」

 白龍は小さく呟いていた。

「どうした白龍? 闇の者が怖いのか?」

「ち、違げぇよっ! 黒龍こそ怖ぇんじゃねえのか?」

「なに!? 何でだ!?」

「二人とも、そんなことで言い争うな」

 見兼ねたカンナが呆れて溜め息をつく。

「違うぞカンナ、これは言い争いではない。これは単なるスキンシップだ」

「キモいこと言うんじゃねぇ!!」

 白龍が叫んだ所で、黒龍は落ち着きを取り戻し、

「それにしても、魔物がどんなか分からない、目的も不明、いつ襲ってくるかも分からない上に、姿も変えられるとなっては、対策のしようがないな…」

と、顎に手を置き、冷静に分析をし始める。

「とにかく今は体を鍛えることに専念する他ないな。それでいいか? 白龍?」

「う~ん…。他に考えも浮かばねぇし…。まあ、それでいいや」

「それでいいや、とは何だ。貴様は考えが浮かばないのではなく、むしろ思考能力が足りないのではないか?」

「なんだと!」

 白龍がキレかけたその時、カンナの部屋のドアが思いっきり開いた。

「カンナさん!」

「シンっ」

 入ってきたのはシンだった。

 シンは、片手に花束を抱えていた。カンナへのプレゼントらしい。

「シン、何しに来たんだよ? しかも、毎回毎回よく花束持ってくるよな…」

「何しにって、カンナさんに会いに来たに決まってるじゃないか。あ、ついでにさっき頼まれた仏像も届けに」

「シン…毎日毎日花束を持ってくるのを、いい加減にやめたらどうだ?」

 カンナが呆れた顔をし、シンを一瞥する。

「カンナさんの為なら、これぐらい当然ですよ。それにカンナさんの為なら、例え火の中水の中…トイレの中、風呂の中…」

「それじゃチカンだ!」

 黒龍と白龍は、激しく突っ込んだ。カンナは呆れている。

「シン、カンナが困っているではないか。いい加減、付きまとうのはやめたらどうなんだ」

「どうして僕が、まだ会ったばかりの君達に、そんなことを言われなきゃならないんだよ? カンナさんのことだって、僕の方が一番良く知っている。ほんの数日、カンナさんの家にいたからって、勘違いされてはこっちが困るねっ」

「ハァ…」

 黒龍は、深く溜め息を付いた。

「どうしたんだよ? 言い返せないのか? そりゃそうだ。ホントのことだもんな」

「うるさい。俺は別に、貴様と言い合いするつもりはない。…不愉快だ、俺は修業に戻る。後は貴様らで好きにすればいいっ」

 バンッ! と、テーブルに思いっきり手をつき立ち上がると、黒龍は開いているドアから出ていった。

「…どうしたんだ? 黒龍君は?」

「ケっ。シンのことが不愉快なんだろうよ」

 顎肘をつき、不快そうな顔でシンを見る。

「そのまんまじゃないか。…それはそうとカンナさん、どうぞ、花束を受け取って下さい」

 シンは、カンナに花束を渡そうとした。が、白龍がそこに割って入った。

「おいシン。お前迷惑だってのがまだわかんねぇのか? 取り敢えず今日は帰ってくれよ」

「え?」

「すまんな。今日は帰ってくれ、シン」

 カンナがすまなそうな顔をした。その顔に負けたの。

「…わかりました。そうですね、今日のところは帰りましょう。カンナさん、また明日」

 シンはカンナにウインクすると、花束と仏像を机の上に置き、部屋から出て行った。







 黒龍は部屋の近くの庭に居た。庭には外に通じる門があり、黒龍はそこから夕日を眺めていた。

「フゥ…ほんの数日…か…」

 先程シンに言われた言葉を思い返す。勿論、修業などしていない。ただボンヤリと、夕日を眺めているだけだった。

(…確かに、俺とカンナは四日前に会ったばかりだ。なのに、前からの知り合いのように気が合っている気がする…。白龍の時もそうだった。会ったばかりなのに、妙に波長が合っていた。白龍は、俺をけむたがっているようだが…。こういうのを何て言った…? 気の合う者同士の…)

 黒龍はそこまで考えて、ハッと気付いた。

(…友達…)

 黒龍は今まで、一人で闇の世界を生きてきた。無論、友達などいはしない。だから長いこと、この言葉を見つけられなかった。

 友達がどういうことか、黒龍にはよくわからない。だが、きっとこういうことを言うのだろう。黒龍はそう思っていた。

「ここにいたのか…」

 後ろから声をかけられた黒龍が、振り向いて見ると、そこには、カンナと白龍がいた。

「何を考えていたんだ?」

「フンッ、別に。ただ魔物を、どうやって見つけるか考えていたのだ」

「そうだっ。おい黒龍、写真撮らねえか?」

「写真?」

 急に思い出したような顔をし、明るく言う白龍に、黒龍は訝しげな顔をする。

「ああ、やまさんが、土産をいっぱい買ってきて、写真をいっぱい撮ってきてって言ってただろ? オレ達インドに来てから、一枚も写真撮ってねぇじゃねえか。オレ達がインドに来たっていう証を残そうぜ」

「それはいいが、カメラはあるのか?」

「あっ…!」

 カメラを持ってくるのを忘れていた白龍は、しまったと口に手を当てる。

「フンッ。大丈夫だ白龍。そんなこともあろうかと、俺はカメラを持ってきている。俺のマイカメラだ」

 黒龍はポケットから、魔力で小さくしていたポラロイドカメラを出し、元に戻した。

「マイカメラ~? お前そんな物持ってんのかよ?」

「う、うるさい! さっさと撮るぞ!」

 黒龍と白龍、それにカンナの三人は、メイドさんにシャッターを頼み、夕日をバックに写真を撮った。

 先程まで黒かった写真が、段々浮かび上がってくる。

「おお、出て来た出て来た。…でもよー、一枚だけ撮ってもしょうがねえよな…」

 写真を見ながら呟く白龍。

 すると、黒龍が写真を白龍から取り、その写真を三枚に分裂して、二人に渡した。

「…白龍、カンナ。この写真は、俺達がインドに来たという証だ。そして、カンナという一人の女の子に出会い、友になった。これは俺達三人が、友達になった証だ…」

「おい、黒龍? なんだよいきなり?」

「そうだな黒龍。この写真を友の証として、大切に持っていよう。また会う時までな」

「おい、カンナまで何言ってんだ?」

 白龍は、二人についていけなかった。

「フンッ。理解力の遅い貴様は黙っておけっ」

「なんだと黒龍! オレも仲間にいれろよ!」

「フンッ」

 二人がそうやってケンカしている中、突然後ろからジイが現れた。

「カンナ様。ここにおられたのですか。もう準備は出来てますぞ」

「準備? 何のことだ?」

「なんとっ! そうですか…。今日は年に一度の祭り()だというのに、忘れなされたのですか…」

「えっ!? それは今日だったか?」

 カンナは、ジイの言葉に驚いた顔をした。ジイはそのまま続ける。

「やれやれ、あれほど楽しみになさっていた祭りだというのに、そうですかそうですか。では今日の祭りは中止ですなっ」

「す、すまんジイ。忘れていた…。祭りには出るよ」

「…わかればいいのですじゃ」

 ジイは少しばかりすねたように言ったが、機嫌を取り戻したらしい。

 二人のやり取りに、黒龍と白龍は首を傾げていた。

「祭り?」

「祭りならば、一昨日やったではないか。何故にまたやるのだ?」

 二人の問いに、カンナが答えた。

「一昨日のは、黒龍と白龍の歓迎会だろ? 今日のは、年に一度の星祭りの日なのだ」

「そうじゃ。ここでは夏に年に一度、星祭りという日があっての。ただ皆で集まって騒ぐのじゃが、最後には盛大に、花火が上がるのじゃ」

「日本とあんま変わんねえんだな…」

 白龍は密かに呟いていた。








 年に一度の星祭りの日、などと言っても、黒龍と白龍の歓迎会と比べ、何ら大差は無かった。

 但し、今回はカラオケ大会はなしだが。

「何故カラオケがないのだっ!」

 黒龍は、この不条理な仕打ちに怒っていた。

「誰も黒龍の歌なんて、聞きたくねえからじゃねえ?」

「なんだと白龍! それは貴様の方だっ!」

「何がだよ?」

「皆はお前の歌が聞きたくないのだ!」

「何だとっ!」

 二人のケンカが本格的になろうとした瞬間、それは、ジイの手によって止められた。

「コリャ! うるさいぞ二人共っ」

「ったく。どうせ祭りで騒いでるんだから、ちょっとうるさくしても別に良いじゃねえか」

 一昨日も酒を飲み、騒ぎまくっていた街の人々は、今日も案の定、大宴会だ。

 裸で踊る者、インドの名前も分からない楽器を引く者、曲に合わせて踊り出す者。

 その光景を見ながら白龍は、言葉の端に皮肉を混ぜた。

「…しっかし、ここの連中は相当な祭り好きなんだな…」

「全くだ。魔物の正体もまだ掴めんというのに、呑気に騒いでいる」

「黒龍、今日は年に一度の星祭りだ。魔物のことなど忘れて、一緒に楽しもうではないか。呑気に騒げるのも今のうちなのだから」

「カンナ。何故そんなに、元気でいられるのだ?」

「私は祭りが好きなだけだ。ただ黒龍と一緒に、祭りを楽しみたいだけだ」

 カンナは最上級の笑みで、黒龍が惚れそうな位の笑顔をした。そして、黒龍の手を引っ張り、星空の下、鳴る曲とともに、黒龍と回り踊り始めた。

「…おいジジイ。いいのかよ?」

「何がじゃ?」

「お前の愛しのカンナが黒龍にとられるぞ」

「わしは別に、黒龍君とカンナ様が結ばれるならかまわん。白龍君とだったら、何としてでも止めたがね」

「相変わらずひでぇジジイだぜ」

 二人がそんなことを話している時、後ろから、何かすすり泣く声が聞こえてきた。

「? 何だ?」

 見るとそこには、筋肉質の親父隊(おやじたい)がズラリと並んでいた。

 どうやらカンナの成長を喜んでのことらしい。中にはシンの姿も見えたが、白龍は敢えて無視した。

「怖ぇえよ…。ジジイ…」

「無視じゃ無視っ!」

 取り敢えずジイと白龍は、場所を移動した。







 黒龍とカンナは踊っていた。何故か知らないが踊っていた。いや、カンナには、黒龍を好きという理由があったが、黒龍はその理由を知らないでいた。

(…カンナは何がしたいのだ? 踊りと言っても、回っているだけだが…)

「どうした黒龍? 顔が固いが?」

「いや…。しかしカンナ。こんなことをしていて楽しいのか?」

「楽しいぞ」

 カンナは回りながら、満面の笑みを浮かべている。本当に楽しそうだ。しかし、黒龍はカンナとの踊りをやめようと、止まった。

「どうした黒龍? 楽しくなかったのか?」

 カンナの不安そうな顔に、黒龍は少し戸惑った。が。

「カンナ、それより一緒に写真を撮らないか?」

「二人だけでか? かまわないよ」

 黒龍とカンナは、そこら辺の人にシャッターを押してもらう。

 すると突然、ドーンという音と共に、空が明るくなった。花火が上がったのだ。

 花火に照らされた顔が赤く移ると、暗い中、気付かなかったが、白龍とジイが近くにいた。

 二人はこちらの姿に気付いたのか、手を振りながら近付く。

「おっ、こんなとこにいたのかよ。カンナ、黒龍」

「探しましたぞ」

「白龍とジイこそ、何処にいたのだ? 姿が見えなかったが…」

「ああ…、ちょっとな…」

 白龍は、さっきの奇妙な親父隊を思い出していた。

「…星祭りの花火は、これで見納めだな」

「そうじゃのぉ~。ですが、また秋には祭りがありますじゃ」

「何!? そんなに祭りがあんのかよ?!」

「? 月に二回はありますじゃ」

「日本にはないのか?」

 カンナとジイが不思議そうに二人を見た。

「そんなにある訳ねえだろ! どんだけ祭り好きなんだよ。この街は…」

 白龍は、すでに呆れるしかなかった。

「おっ。最後のふいな~れじゃぞ」

「おおっ」

 人々は夜空を見上げ、感嘆の声を漏らした。最後の花火がドーンと高く上がり、空に火の花を咲かせた。

 インド四日目の夜。








 インド五日目の昼。

 街の全体の人の殆どが、騒ぎ疲れて、もう昼間だというのに外で眠っていた。

 酒瓶を持ったまま寝ている者、裸で仰向けに寝ている者、塀の上で寝ている者までいる。

「全く。俺達はこんなにも、修業をしているというのに、街の人々の、この呑気さは何なのだ!? 白龍っ」

「オレに言うなよ。つっても、オレもかなり眠いけどな~」

 白龍はそう言いつつ、欠伸を噛み殺した。と、そこへ疲れた顔も微塵に見せないカンナが後ろから話しかけてくる。

「眠そうだな白龍」

「あ? あぁ…。カンナ、一つ聞くけどよ。祭りの後はいつもこうなのかよ? みんな、騒ぎ疲れて寝てっけどよ」

「ん? そうだなぁ…大体いつもこんな感じだが。…何故だ?」

「い、いや…」

 白龍は、カンナと目を逸らした。これが普通と思っているカンナの感覚に、何処かヤバい物を感じたのである。慣れとは恐ろしいものだな、と白龍は思った。

「オレ、もう一眠りするかな…」

「じゃあ俺も」

「んだよ、やっぱお前も眠かったんじゃねぇか」

「うるさいな貴様は」

 黒龍は白龍にそう返すと、ふと、カンナと目があった。

「私は部屋で少し仕事をする。何かあったら来てくれ」

「ああ」

「了解」

 そう言うと、カンナは自室へ、黒龍と白龍は泊まっている客間へと動き出した。







 カンナが部屋で書類をまとめ、仕事をしていると、部屋のドアを叩く音が聞こえた。

「誰だ?」

 カンナがドアを開けると、そこに立っていたのは黒龍であった。黒龍はしばらく、何か言いたげな顔をしてカンナを見つめていた。

「どうしたのだ? 黒龍。私に言いたいことでもありそうな顔だな」

「ずっと我慢していた。一ヶ月ずっと」

「? 一ヶ月? お前が来たのは五日前であろう?」

 カンナの言葉を聞かず、黒龍は素早くカンナの背後に回ると、無情な顔でカンナの首に一撃を入れた。

 薄れ行く意識の中で、黒龍の顔をじっと見つめるカンナ。

 冷たい顔をした黒龍に、「どうして…」と呟くと、カンナは完全に意識が遮断された。












「キャー!! カンナ様!!」

 そこに、メイドさんの1人が現れ、驚いたメイドさんは持っていた紅茶を床にこぼした。

「ちっ」

 黒龍はカンナを連れて屋根の方へと逃げていった。

 悲鳴を聞きつけ、その場に駆けつけたのは、ジイ、白龍、そして、黒龍であった。

「何があったんだ!?」

「きゃー!!」

 黒龍の顔を見ると同時に、メイドさんは思わずジイにすがり付く。

「ど、どうしたんじゃ?」

「カ、カンナ様が…連れ去られました」

「何と!」

「誰に?!」

 メイドさんは恐る恐る黒龍の方を指差す。

「俺は何もしてないぞ!」

「黒龍様がカンナ様を連れて屋根の上へ…」

 メイドさんは今度は屋根の方を指差した。

 慌てて中庭へと駆け降りる三人。

 左脇にカンナを抱きかかえ、屋根の上にいる人物。確かにそこには、黒龍の顔をした者が立っていた。

「こ、黒龍君が二人?!」

「どっちが本物なんだ?!」

「いや、俺の方に決まっているだろ」

 白龍の隣にいる黒龍が、冷静な顔つきをする。

「俺の方が数百倍、格好いいではないか」

 自慢気に鼻を鳴らすその行動に、白龍は頷く。

「あ、その言動は確かに黒龍だな」

「顔で解れ、顔で!」

「同じ顔だろ?」

「何だと?!」

「フフフ」

 屋根の上にいる黒龍の顔をした者は、不意に、顔に手をやる。その手を離した瞬間、その者は、別人の顔に変わっていた。

 皆はその顔に見覚えがあった。

「お、お前は…グィーノ!!」

「何故カンナを連れ去る!!」

「カンナ様!」

「グィーノ、貴様は何故こんなことを」

「それは私の本当の名ではない」

 グィーノは髪をかきあげ、続ける。

「私はヴリトラ。この一ヶ月ずっと機会を伺っていた。皆が寝たのを見計らい、ようやく計画を実行に移せると思ったが…」

 ヴリトラと名乗るグィーノは、懐に持っていた水晶球を手に持ち見せると、

「これはもういらないな」

と、屋根の上から地面に投げ捨てた。

「あれは盗まれた水晶球! お前が犯人だったのか」

「危なかったな。もう少し盗むのが遅ければ正体がバレていた。何せこの娘は片時も水晶球を離さなかったものでな。黒龍」

 グィーノは黒龍の方を見下ろす。

「お前には感謝している。お前が来たおかげでカンナ様も油断し、ようやく水晶球を手放したのだからな」

「くそ、俺があの時、裸にさえなっていなければ…」

「これを機会に、上半身裸で修業はやめるこったな」

「いや、それは止めん」

「これお前達、今はそんなこと言ってる場合ではないぞ!」

「そうだった…! カンナ!」

「グィーノ、いや、ヴリトラよ。お前は何故カンナ様をさらうのじゃ! 何が目的か!」

「フフフ、ハハハハハ」

 グィーノは高らかに声をあげて笑うと、続けた。

「この娘の力は凄い。人間にしてはな」

 そう言うと、気絶しているカンナの頬から顎にかけてを手で撫で付けた。

「だったら、俺を食べればいいだろ!」

 その様子を見ていた黒龍は、憤りを感じ、思わず自分を差し出す。

 意図も容易く自らを差し出せる黒龍は、あまりに自分を軽んじている。白龍は少し悲しくなった。

「黒龍…」

「食べる? 何か勘違いしてないか? 誰が好き好んで人間なんぞ食うものか」

「何? でも、10年前とバスの事件はお前の仕業だろ?」

「10年前? バス? ああ、あいつのことか…。言っておくがバスの事件も10年前のことも私ではない」

 グィーノは魔物を思い出すように話を続けた。

「確かにあの魔物は、人間を食ったとかほざいていたがな。そいつは私が食った。人間を食っていたせいか、あまりうまくはなかったがね」

「じゃあ何故カンナをさらう!」

「勿論食うためさ…但し、髪の毛を」

「か、髪の毛!?」

「知らないのか? 人の髪には霊力が宿る。それを食うことで私達は強くなれるのだよ」

「髪か…それならいいか…」

「いや、よくないだろ!」

「しかし、命をとる訳ではないのだろう?」

「ああ、一生、つるっぱげにはなるがね」

「つるっぱげ…」

「つるっぱげだと?! そんなの、このジイが許せませぬ! カンナ様はおなごなのですぞ!」

「おい! 起きろカンナ! つるっぱげにされるぞ!」

「カンナ様! ウオオオー!!」

 突然ジイが叫び出したかと思うと、ジイの様子が段々と変わっていく。

 ジイには翼と白い角が生え、さらには緑色の鱗に鋭い眼差し。

 ジイは巨大なヘビの姿へとなっていた。

「ジジイ!」

「わしのカンナ様をハゲ散らかそうとは笑止千万!」

 威圧的な体に、野太くなった声。しかし、グィーノはジイのその姿を見ても、臆さなかった。

「ほう、面白いじゃないか」

 続けてグィーノの様子も、咆哮とともに変わると、ジイと同じような大きさのドラゴンの姿になり、二人して街を破壊せん勢いのバトルが始まった。

 ついさっきまで寝ていた人々は、その様子を見た途端、散り散りになってカンナの敷地内から逃げ出した。

「ど、どうなってんだ!? ジジイはヘビ、グィーノはドラゴンだったのか?!」

「ナーガ、だな。インドの守り神の竜だ」

「え? ってことは、ジジイもオレたちと同じ竜ってことかよ!」

「西洋系と東洋系の違いはあるがな」

 驚きのあまり、顔に汗が滲み出る二人。二人が喋る間も、ジイとグィーノの攻防戦は続いていた。

「ヴリトラ、カンナ様を離すのじゃ!」

 ジイがヴリトラに向かい、拳を振り上げる。

「おっと、いいのかな? カンナ様に当たるぞ?」

「くっ。おのれ、ヴリトラ卑怯な…!」

 振り上げた拳を一瞬下げたところに、すかさずヴリトラは、ジイに腹蹴りを食らわす。

「ぐはっ!」

「ほらほら! カンナ様を取り返すんじゃないのか?!」

 一方的にやられ続けるジイを見、黒龍は、独り言のように呟く。

「しかしどうする。これでは俺達も龍になるしかないな」

「え?」

 黒龍はそういうも、変身を解き、いきなり元の姿の黒い龍に戻っていた。ドラゴンのヴリトラよりもジイよりもでかいその姿は、見るもの全てを圧倒していた。

「手伝うぞジイ!」

「おお、黒龍君!」

 黒龍は言うなり、ヴリトラに掴みかかった。

「貴様! カンナを離せ!」

 黒龍がその姿になるや否や、驚いた顔のまま、動かないヴリトラ。

 その隙を見逃さず、すかさずカンナを、ヴリトラの手から奪い返すと、庭にある大木に、気絶しているカンナを寄りかからせた。

「さて、カンナは返してもらったぞ」

「え? 何だ? お前、その姿…その(いか)つい顔…」

 硬直し、目を見開き、黒龍を指差す。

「ハハハ、そんなわけない! こんな所にあいつが言ってた伝説の龍がいるはずない!」

 ヴリトラは突如として錯乱し、黒龍に向かって拳を突き出してきた。しかし、それを黒龍はさらりと避けると、尻尾でヴリトラの頭を激しく強打する。

 ヴリトラはそのまま地面に突っ伏した。

「俺がその伝説の龍だ」

「ハハ…、思わず取り乱してしまったが…。まさか本当に会えるとは…。黒い龍に…」

「ん? 何故お前が知っている?」

「そりゃ、有名だからじゃねえのか?」

「そうか、やはり強くて格好良くてスーパースターで、純情可憐でおまけにみんなの人気者の黒龍様は、ついに下界の竜族にまでも名を轟かしてしまったというのか。ハッハッハッ!」

 黒龍は高らかに笑った。その後すぐに、白龍が気付いたように真顔で言う。

「そっか、我が儘で強欲で浮気性で女好きで、おまけに自己中心的で私欲まみれだから、黒龍はついに、下界のドラゴンにまで目の敵にされたんだな」

 白龍は素直にそう言った。白龍の言うことのが、合っている。

「なんだと!」

「い、いや。私は、前に一度、黒い龍と一度戦ったことがあるんだよ。あの時は負けてしまったが…。フフフ」

「ほら、やはり俺のファンだ」

「違げぇって! どう見てもやる気満々の顔してんだろあいつ! お前、前にあいつと戦ったことあんのか?」

 黒龍は、しばらくヴリトラの顔を見、眉をひそめて考えた。

「…貴様など知らんぞ!」

「何? 良く言うな。私ははっきり覚えている。あの闇の世界で、お前に倒されたことを」

「!!」

「お前を恨まない日はなかった。だからこそ強くなろうと…だから…だから…!」

 そう言うと、ヴリトラはいきなり黒龍に殴りかかった。

「だから私はお前を越える! あの時の恨みを、今ここで晴らしてやるんだ!」

「くっ!!」

 黒龍はそのまま殴られ続けた。殴られ続けたことで、ガードが緩み、地面に転がる。

「黒龍!」

「今じゃ!」

 黒龍を倒したことに満足したのか、一瞬の隙が出来るヴリトラ。その瞬間、突如としてジイが叫んだ。

「くっ。食らえ、我が奥義、シアロン!」

 ジイの口に熱気体が集まったかと思うと、光の弾のような物が飛び出した。

 しかし、ヴリトラはそれを間一髪の所で避ける。

「おっと、危ない危ない…」

 ヴリトラが避けたことで、カンナの家の一部が破損、加えてその場所は、ジイの寝床であった。

「わ、わしの部屋が~!!」

 落胆し、肩を落とすジイ。その行動を見、黒龍はジイの前に背中を向け、立ち塞ぐ。

「ジイは手を出さないでくれないか?」

「?! どうしてじゃ黒龍君!」

「どうやらこいつは、俺に用があるらしいからな」

 真剣な顔付きでヴリトラを睨む。

「ほう。一対一で勝てる見込みがあると? こちらは三人でかかってきてもいいのだぞ?」

「フンッ、貴様など、俺一人で十分だ」

 黒龍はそう言うと、ヴリトラに飛びかかった。

「ジイ! お前はカンナを守っていろ!」

「黒龍君!」

「随分余裕だな。じゃあこれはどうかな?」

 ヴリトラは、肩に掴みかかる黒龍から、間合いをとると、炎弾のような物を、口から三発連続で吐き、黒龍の体に命中させた。

「ぐっ…!」

「何やってんだよ黒龍! お前ならそんなの避けられただろ!」

「貴様は黙っていろ!」

 心配する白龍をよそに、黒龍は振り向きもせず、ただヴリトラの前に、対峙するだけであった。








 ジイはヘビの姿でカンナに寄り添っていた。

 カンナは夢を見ていた。優しく、何かに包まれる、懐かしい夢を。

(昔…父と母が生きていた頃に似ている…。優しく暖かい…。あの時もそうだった)

 カンナは昔、親が死んだ時のことを思い出す。

(あの時…泣きつかれて眠ってしまったあの日、大きくて優しい何かが、私を包み込んでいた。私はその暖かさに、安心したんだ…)








「くそ、オレも何か出来ねぇのか…」

 無力な自分に、ただ、焦りが顔に滲み出る。何も思いつかず、無意味に時間だけが過ぎて行く。

「ならば白龍君も、龍に戻ればいいのじゃ!」

「へ?」

 ジイの突然の提案に、白龍は動揺したが、頷くと、龍に戻っていた。

 黒い龍と並んだ白い龍が、そこには浮かんでいた。

「フンッ。龍になった処で、貴様に何が出来るのだっ」

「どうして黒龍はそうやって、悪役っぽいセリフを吐くんだよ」

「やはりお前も龍か…。しかも白い龍とは…。二人とも単純な名前だな…」

「何?」

「何だとこの野郎…! この名前を馬鹿にする奴は許せねぇ!」

「やめろ白龍!」

 白龍は怒りが爆発すると、黒龍が止めるのも聞かず、思わずヴリトラに向けて拳を突き出していた。

 しかし。

「あり?」

「ケッ、弱いな。お前…」

 ヴリトラはそれを容易く避け、転びそうになる白龍に、火の弾を吐き出した。

「白龍!」

「白龍君!」

 黒龍とジイが同時に叫んでいた。もう駄目だと、白龍が思ったその時、白龍の体が、突然光を放ち、火の弾を防いでいた。

「え?」

「ど、どうなってんだ? オレの体が、光ってる…」

「白龍! どういうことだ? これは?」

「分からねぇ。…もしかして、光の力が目覚めたのか?」

「違うな…」

「グィーノ?」

「きっとその力は、カンナ様が貸した、その球のせいだろう。白龍の角の先にかかっている」

 ヴリトラは、白龍の首飾りを指差した。首飾りからは光が放たれている。

「ああ、これか…」

「分かったか? 所詮お前には、力などないのだよ。誰も救えやしない」

「何だと?」

「お前は下がっていろ」

 再び怒る白龍に対し、黒龍は庇うように前に出る。

「おい、俺とやり合いたいのだろう? だったら、他の奴に構わず、俺とだけ戦えば良い」

 皆に被害が及ばぬように、自らを盾として差し出す黒龍。

「…フッフッフッフッフッ…フハッハッハッハッハハハ。そうだ。私はお前と戦いたい! 言われなくてもやってやるさ!」

「フンッ。お前に、俺は倒せない」

「そんなこと、やってみなきゃ分からない!」

 ヴリトラは、黒龍に向かって、また攻撃をし始めた。

「…く…っ、く…」

「オラ、どうした! さっきの威勢は!? 私にお前は倒せないんじゃないのか!」

「フ、フン…。これで良いのだ…くっ…」

 ジイと白龍は、黙って黒龍とヴリトラの戦いを見つめていた。やり返さず、一方的なヴリトラの拳を受け続ける。

「闇の龍も大したことないな」

「く…ぅ…。ぬぅ…」

「や、やめろ~!!」

 白龍は叫んでいた。叫ぶと同時に、ヴリトラと黒龍の間に入っていた。

「おい、黒龍! 何でやり返さないんだよ! グィーノも、こんな戦い無意味だろ?」

「何だ? 天の龍のお前には関係ないだろ?」

「関係ねぇ。関係ねぇが…関係なくねぇ! 黒龍は…、オレの…友達だ!」

 白龍はいつの間にか、そう叫んでいた。

「白龍…」

「…友達、か…。何故お前は、闇の龍であるこいつを、そうまでして助ける? 天の龍であるお前が、こいつと一緒にいる理由なんかないはずだ」

「そ、それは…」

「女神様の命令だからだっ」

 黒龍は、ヴリトラと白龍の話に、割って入っていた。

「もう良いだろう! おい、グィーノ。いつまで喋ってる気だ」

 黒龍は、龍の鋭い目で、ヴリトラを睨む。その挑発に応じ、ヴリトラはまた、黒龍を痛め付け始めた。

 ジイと白龍はそんな様子を、黙って見ているしかなかった。








 カンナが目を覚ますと、目の前にはジイの顔があった。ジイはヘビの姿ではなく、人間の姿に戻っていた。

「カンナ様! 気がつかれましたか!」

「ジイ……。今、何かが私を暖かく包んでいた気がしたのだが…」

「そ、それは、きっとこの毛布のことではないかの?」

 ジイは、毛布を取り出し、カンナの膝の上にそっとおいた。

「毛布…。いや、もっと大きいものだったような…」

「それよりカンナ様! 痛いところはないですかな?」

「は! そうだ! 黒龍が私を殴り、でも黒龍じゃなくて冷酷な黒龍で…あれ?」

「落ち着きなされカンナ様。それは黒龍君ではなく、黒龍君に変身したグィーノ…。グィーノは自らをヴリトラと名乗り、ドラゴンに姿を変えたのですじゃ。今、黒龍君と交戦中じゃ」

「黒龍が?」

 カンナは不意に、上の方を見やる。

 すると、龍の姿で飛ぶ黒龍と、ドラゴンのヴリトラの姿があった。

「あれが…黒龍?」

 見るものが見れば、黒く、猛々しい黒龍の姿は、厄災を運ぶ邪悪なものと思うのだろう。しかし、カンナはその気高く戦う姿を見、

「格好良い…」

 などど、頬を赤らめる。

「オホン! そんな場合ではありませぬ。ヴリトラはカンナ様の髪の毛を狙っておられるのですぞ」

「か、髪の毛?!」

「そうですじゃ。一生つるっぱげにされそうなのですぞ」

「つるっぱげ…」

 カンナは思わず、自分の髪の毛を触る。そして、上空にいる黒龍の姿を見た。

 黒龍は傷だらけで、ヴリトラの攻撃をひたすら耐えていた。

「…!!」

 その様子に驚いたのか、カンナは目も離さず立ち上がると、家の中へと駆け出していった。

「カンナ様!」








 黒龍がヴリトラの拳を耐える中、カンナが走って家の中に入るのを見る。

「目が覚めたのだな、カンナ…」

「よそ見をするとは、まだまだ余裕だな…」

(くそ、多少なりとも攻撃せんと、気付かれるか…?)

 ヴリトラが拳を突き上げた瞬間、今まで攻撃を耐えていた黒龍は、不意に避け始める。

「これで俺が、盾になる必要はなくなった。さて、ここからが本気の勝負だ」

 そう言った途端、構える黒龍。そして、今まさに、ヴリトラに目掛けて、攻撃を仕掛けようとしたその時。

「グィーノ!」

 突如としてカンナが家から飛び出し、ヴリトラの前に立ちはだかった。

「カ、カンナ。何故出てきたのだ?!」

「もうやめて! もう争うな!」

 少し興奮気味に話すカンナは、右手を掲げた。

「グィーノ! お前はこれが欲しかったんだろ! くれてやるから、もう争いはするな!」

 掲げた右手には、ハサミを持っていた。カンナは自分の髪に、ハサミを当てると、

「やめろ! カンナ!」


ジョキン!


 黒龍が止める間もなく、カンナは肩から下までの髪を、自ら切り落とした。

 その様子を見ていたヴリトラは、驚いた顔をしていたが、おもむろに人形(ひとがた)に戻ると、カンナの前に来る。

「馬鹿な真似を…」

「グィーノ、もう黒龍を傷つけるのはやめてくれ…。お前の欲しかったものは、ほら」

 カンナは髪の毛を差し出す。

「フフフ、ハハハハハ!」

 グィーノはそれを受け取ると、突然笑いだした。

「これでは足りないのだよ!」


バシーン!


「え?」

 グィーノがそう叫んだ瞬間、グィーノの右手が、カンナの体を下から上へ通り抜ける。

 気付いた時には、赤い血が、服を斜めに裂かれたところから、染み出しているのが分かった。

「カンナー!!」

 何が起こったか分からず、カンナは仰向けで、後ろに倒れるだけだった。

(痛い…! 何が起きたんだ? 胸のところが熱い…)

 思わず人間に戻り、カンナに駆け寄ると、黒龍は血に染まったカンナを抱き寄せた。

「黒龍…。ごめんなさい…。私、余計なこと…」

「もういい! 喋るなカンナ!」

 カンナはそのまま黒龍の腕の中で、静かに目をつぶり、意識を無くした。

 あんなに綺麗で長かったカンナの髪は、今は不揃いで短い。

 黒龍はカンナの髪を優しく触ると、耐えきれず拳を握る。

「き~さ~ま~っ!!」

 とても冷静ではいられず、烈火の如く怒る黒龍は、再び龍の姿に戻っていた。グィーノも、その様子を見ると、またドラゴンのヴリトラの姿になり、空を舞う。

「おい! 黒龍! カンナはどうすんだよ?!」

「白龍! お前に頼む!」

「え?」

「俺はこいつを片付ける。お前は治癒能力で、カンナの傷を塞げ」

「オ、オレに出来ると思うのか?!」

 戸惑う白龍に、黒龍は焦りなからも、ニヤリと笑う。

「お前を、信じているぞ」

「え?」

 そう言うと黒龍は、ヴリトラと共に、雲の上の見えないところまで行ってしまった。

 白龍は、人間の姿に戻り、カンナの隣に膝をつくと、カンナの胸の傷に手を当て、呪文を唱え始めた。







「任せてもいいのか? あんな使えない奴に? カンナ様は死ぬぞ」

 羽根を羽ばたかせ、嘲笑するヴリトラに、黒龍はいかにも冷静な顔で笑う。

「大丈夫だ。俺はあいつを信じてるからな」

 ヴリトラは手に持っていたカンナの髪の束を飲み込む。すると、体が熱くなったのを感じ、ヴリトラは自分が強くなっているのを自覚した。

「おお! 少量でこの威力! 全部食べれば世界最強にさえなれそうだ」

「その願い…永遠に叶いはせん。何故なら世界最強はこの黒龍様だけだからだ!」

 黒龍は、ヴリトラの肩に噛みつく。だが、ヴリトラはさほど痛くもないのか、動揺もせず、黒龍の腹を殴った。

「ぐっ…」

 思わず肩から口を外す黒龍。

「どうした? もう盾になり、守る必要がなくなったのだろう? もっと殺す気で来い」

「お、俺は…お前を…殺さない…」

「何?」

「カンナが言った…もう争いはするなと…。確かにその通りだ。同じ龍同士、殺し合って、何になるのだ?」

「何、甘いこと言ってんだよ。これはどちらが強いか、死ぬまで戦い続ける勝負! 今更逃げられない!」

「逃げはしない…俺はお前を止め、闇に送り返す!」

 黒龍は、今度はヴリトラの片羽かたはに噛みつき、その羽根を噛みちぎった。

 ヴリトラは片羽を失うと、地面に落ちていった。










 一方、白龍は、何度も何度も同じ呪文を繰り返していた。

「何でだよ!? 何で傷が塞がらないんだ?」

「落ち着くのじゃ、白龍君。精神が乱れていては、出来るものも出来はしない」

「でもオレ、完璧に出来たのはシンのアザの時だけだし…。こんなデカイ傷、無理だよ!」

 逃げ出したい。でも、ここで逃げたらカンナは死ぬ。自分しかカンナを救えないのだ。

(こんなことになるなんて…。またオレは、誰かを死なせちまうのか?)

「白…龍…」

「カンナ!」

 カンナは痛みに目を細める。だが、白龍が震えているのを感じ取ると、安心させるように手を握った。

「大丈夫だ。お前なら出来る。私はお前を信じてるぞ…」

 カンナはそう言うと、また目を瞑った。その時、白龍はハッとした。

((お前を、信じているぞ))

 脳内に反響する黒龍の言葉。

(そうだ…二人とも、オレを信じてるんだ)

 白龍は大きく深呼吸をし、呪文を唱えた。

「傷を癒す力よ、甦れ。自らの足で立ち上がる力を与えよ…」

 白龍の首飾りが光、白龍は、自らの手が暖かくなるのを感じた。









 黒龍が空中に浮かんでいると、ヴリトラは黒龍目掛けて炎弾を放ってきた。だが、それを間一髪のところで避ける。すると、黒龍はそのまま倒れているヴリトラの前に降り立った。

「俺の勝ち…で良いよな?」

「何とぼけたこと言ってんだ。私はまだ負けてない!」

 ヴリトラは、両手で黒龍の頭に生えている角に掴みかかり、炎弾を顔に直撃させた。

「ぐわっ!」

「死ぬまで戦い続ける…それが私達の運命ではないのか? ましてや闇の龍。散々殺しまくったお前が、今更殺さないなどと…」

「黙れ!」

 黒龍は思わずヴリトラの首を絞める。ヴリトラは静かに笑った。

「やはり殺すんじゃないか…」

 苦しそうな声で言うヴリトラ。

 黒龍はその声に、ハッとなり、手を緩めてしまう。その隙を見逃さず、ヴリトラは黒龍の腹を蹴り飛ばした。

「がはっ…!」

 地面に転がる黒龍を横目で見、今まさに治療中のカンナの方に顔をやる。

「カンナ様も馬鹿なことをしたものだ」

「何?」

「白龍なんかに、自身の身を守る首飾りを渡すから、結局私に付け入る隙を与え、死ぬ羽目になる」

「カンナは…まだ死んでいない…」

 そう言うと黒龍は、傷だらけの体で何とか立ち上がる。

「ボロボロのお前に何が出来る? 立ち上がったところで、私に蹴り倒されるだけだ!」

 ヴリトラは、黒龍を蹴り倒す。黒龍が倒れた後も、何度も何度も蹴り続けた。しかし、黒龍はやり返さない。

「何でやり返さないんだ? このままじゃお前、本当に死ぬぞ?」

 何度倒されても、何度蹴られても、黒龍は立ち上がるだけで、決してやり返しはしなかった。その行動に、ヴリトラは、ついには攻撃する手を止めていた。

「こんなつまらない勝負、もうやめだ」

 ヴリトラは、人の姿に戻ると、やれやれと掌を空に向けた。続けて黒龍も、人の姿へと戻る。ボロボロになり、やっとの思いで立っていた。

「何故だ? 何故お前はやり返さない? カンナ様を傷つけられ怒っていたのではないのか? まさか、この期に及んで、私を殺すのを躊躇っているのか? 闇の龍ともあろうものが」

「フッ、確かに、俺はカンナを傷つけられ、怒っている。だが、怒りからはなにも生まれない。グィーノ、お前は俺を恨んでいると言ってたな」

「ああ、だが、殴っても殴っても、気が収まらない。それどころか、次々に恨みの心が溢れ出してきて、苦しい…」

 グィーノは苦しさのあまり、思わず胸を押さえた。

「私はどうしてしまったんだ? こんな思い…今まで感じたことがない」

「グィーノ、お前は何故手を止めた? それは、お前が本当は、俺を殺したくはないと思ってるからじゃないのか? 種族は違えど同じ龍同士…傷付け合いたくはなかったからではないのか?」

「まさかやり返さなかったのは、敢えてやられていたということか」

「ああ、そうだ。俺はわざとやり返さなかった。恨みをこの身に引き受け止める為に…」

「だが、私が手を止めなければお前は死んでいた。こうなることも全て分かっていたのか?」

「いや、俺はただ、お前の救いを求める心にかけたのだ」

「救い?」

「お前は思っていた。心の底では救われたいと…」

「救いか…そんなこと…私は…」

 しかし、グィーノはそう言った途端、目から涙が零れ出た。

 涙を拭おうともせず、自分が壊してしまった建物を見、傷付けてしまったカンナに目をやる。

「私はこれからどうすればいい?」

 グィーノはそこで初めて確信した。自分自身が救われたいと思っていることに。その気持ちを悟った黒龍は、静かにグィーノの体を指差し、呟く。

「闇に帰る時が来たのだ」

 グィーノは自らの体を見た。すると、体が段々透けていく。

 グィーノは自分が、闇の世界へ戻されることを確信した。

「黒龍!」

「白龍っ。カンナはどうした?」

「それが…傷は何とか塞いだんだが、まだ目が覚めねぇんだ…。今ジジイが、カンナの部屋に寝かしてる」

 落ち込む白龍に、黒龍は笑顔で答える。

「それは大丈夫だ。回復とはいえ、前倒しで体力を持っていくようなものだからな。時期に目が覚めるだろう」

「そうか…良かった…。ってか、おめぇもボロボロじゃねえか…」

「ん? ああ、この傷のことか…。悪いが見た目ほどダメージは食らってはいない」

 黒龍はそう言い、自らの体に両手をかざすと、呪文もなしに回復をした。

 先程まで傷だらけだった体が、綺麗なすべすべお肌に戻っている。

「ほら、これで大丈夫だ」

 そんな黒龍を見、グィーノが呆気にとられ、乾いた笑いをした。

「アハハ…。そういうことか…。どの道私は負けていたということか…何もかも…」

 覚悟を決めるように俯き、今度は静かに微笑む。

「あいつのおかげで黒龍に会えたが、こんなことなら、初めからお前に頼んで、闇の世界でのんびり暮らせば良かったな」

「あいつ? あいつとは誰だ?」

「あいつは…。私も名前は知らないが、金髪の男で、もう時期、黒い龍がインドに来るって教えてくれたんだよ」

「あいつ…。金髪の男? 誰だ?」

 黒龍は、顎に手を置いて、真剣な表情で考えている。

「今のところ、知り合いで金髪はやまさんしかいないが…。警戒した方が良さそうか…?」

 黒龍の真面目な顔とは裏腹に、グィーノはフッと笑う。

「じゃあ、私はそろそろ行く。カンナ様に謝っといてくれないか?」

「ああ。闇の世界で達者に暮らせ」

「じゃあな」

 グィーノはそう言うと、跡形もなく完全に消えていった。

「見事、悪いドラゴンを倒しましたな」

 グィーノが消えるのを見計らってか、ジイがいつの間にか横に来ていた。

「悪いドラゴン? そんなものは本当は存在しないのかもしれない。あいつは、俺に対する恨みが増幅し、前しか見えていなかった。本当に悪いのは、そんな環境を作り出してしまった、俺自身なのかもしれない」

 自責の念ともとれる黒龍の言動に、二人とも黙りこくるしかなかった。

 そんな暗い空気に居たたまれなくなり、白龍は話題を反らす。

「それにしてもジジイがヘビだったなんて、全然気付かなかったぜ。二百歳ってたけど、元気なジジイだなって思ってたわ」

「馬鹿だな貴様は。人間が普通二百歳も生きるわけなかろう」

「何だと?!」

「まあ、本当は二百歳ではなく二千歳なんじゃがな…」

「二千…?! オレ達より年上かよ…」

「それよりこのことは、カンナ様には黙ってて欲しいのじゃが」

「何でだよ?」

「わしの役目は、力有るものを影ながら見守ること…。正体がバレては、カンナ様の元を離れねばならぬ」

「そういうもんか?」

「良くばれてないものだな」

「修業したからの。常に気を張り、上手に隠しておるのじゃ。水晶球からもな」

 ジイは、会話を切り上げるように一呼吸置き、カンナの部屋の方をちらりと見ると、二人に向き直る。

「さて、話はこれくらいにして、カンナ様の様子を見てくるかの」

 インド五日目の夜。

 グィーノとの戦いの果て、疲れ果てた黒龍達は、カンナの様子を見に行ったが、カンナからは起きる気配もなく、まるで死んだように眠っているのだった。












 インド六日目の夜。

「カンナはまだ目覚めんのか?」

「もう傷は治ってるというのに。…もしかしたら白龍君の回復が、間違っていたのかもしれぬな」

「何だとジジイ!?」

 後ろで騒ぐ二人をほっとき、黒龍が、ベッドの脇に座り、まだ目覚めぬカンナの髪に触れる。すっかり短くなった髪は、いつの間にか整えられ、綺麗に撫で付けられていた。

「もう明日、帰る日だというのに、これでは帰るに帰れんな…」

「今の内に、記憶を消去した方がいいかもしれぬな」

 突然、耳を疑うような言葉がジイから出る。二人は驚きのあまり、ジイの顔を凝視した。

「はっ!? 記憶を消去って何だよ?!」 

「昔、カンナ様の両親が魔物に襲われた話をしたじゃろう。カンナ様はその恐怖(ゆえ)、夜も眠れず苦しんでおった。わしはもうあんなカンナ様を見とうないのじゃ」

「そういえば言っていたな。魔物の姿を覚えていないと…。それは幼さ故ではなく、ジイの仕業であったのか…。しかし、それは子供の頃の話だろう? カンナも、もう大人なのだ。いくら何でも記憶を消すというのは…」

「じゃが、それでカンナ様が苦しんだらどうするんじゃ? 夢の中、恐怖の記憶にさいなまれでもしたらこのジイは…」

「ジジイ…」

 ジイの言葉を制止するかのように、白龍が、静かに、されど、強い口調で言い放つ。

「それはおかしいんじゃねぇか? 良い記憶も、悪い記憶も、ジジイが勝手に決めることじゃねぇ。それはカンナ自身の記憶…。人が好き勝手にいじっていいもんじゃねえよ!」

「白龍…」

「記憶ってそういうもんだろ? 悪い記憶かは、自分で決める。例え悪い記憶でも、自分にとって、無意味な物は一つもないんじゃねぇか?」

 ゆっくりと、何かを思い出しているかのように、自分に当てはめているかのように、白龍は本音を漏らす。

「記憶…か…」

 黒龍は、今度はカンナの頭を不意に撫で、顔を覗き込むように見る。

「っ……ん…」

「カンナ!」

「カンナ様!」

 カンナが、今まさに目を開けたその時、黒龍の顔が目の前にどアップで映る。カンナは驚いて、いきなり起きあがると、黒龍とおでこがぶつかった。

「いた~っ」

 悶絶し、ぶつけた所を押さえる二人。少し涙目になりながらも、黒龍は笑顔でカンナの方を向く。

「カ、カンナ。目が覚めたのだな? 良かった…」

「ホント良かったぜ。オレの回復が間違ってたとかジジイがぬかすから、ひやひやしたぜ」

 黒龍の後ろで遠巻きに見ていた白龍は、安心した様子で腕を組んだ。

「わ、私、いつの間にベッドに…。ハッ! というか、グィーノはどうなったのだ!?」

 〝グィーノ〟という単語を聞き、三人は途端に静かになる。

 カンナにケガをさせ、自分で切ったとはいえ、髪の毛まで奪われた。カンナの心についた傷は、見た目ではわからない。

「どうしたのだ? 三人とも…?」

「あ、ああ、あいつは…黒龍が闇に送ったよ…」

 誰も喋らないので、戸惑いながらも、ようやく白龍が言葉を捻り出した。

 白龍が先頭を切ってくれたお陰で喋りやすくなったのか。

「カ、カンナ、グィーノが言っていたのだが…」

 そこまで言い、黒龍は、思案した。

 グィーノのことをこのまま言い続けて、カンナはつらくなるのではないか。傷は治っているのに、痛み出すのではないか。

 色々な思いが駆け巡り、出かけていた言葉を飲み込む。

「?」

「いや…。もう傷は大丈夫か?」

「傷か…」

 自らの胸に手を当て、少し考え込む。その様子に、皆は息を飲んだ。

「白龍が治してくれたのだな? ありがとう白龍」

「え? いや、面と向かって言われると、何か照れるな…」

 白龍はポリポリと頬を掻く。

「もうすっかり大丈夫だ。…それで? グィーノが言っていたことというのは?」

「……お前に…、謝っといて欲しいと…」

 先程喉の奥に詰まり、迷った言葉が、そう聞かれてふっと出る。だが、黒龍はこの言葉を慌てて取り繕った。

「い、いや、あいつもあいつなりに、反省していると思う…思うのだが…。もし、許せなければ…」 

「…すまない…」

「? 何故にカンナが謝るのだ?」

「気を使わせてしまったな…。グィーノのことは…怒ってはいない…。むしろ怒っているのは、私自身に対してだ」

 脳裏によぎるのは、痛め付けられていた黒龍の姿。

 傷つき、ボロボロになっているのに、まるで自分を壊すような戦いの仕方。

「あの時、私は衝動的に動いてしまった…。駄目だな…、やはり現実で目の前にすると…。冷静さを欠く行動は、私には許されなかったのに…」

 過去の映像の時でさえつらかった。ましてや現実。手が届く所にいて、助けられると思ったら、既に体が動いていた。

「悔いているのか?」

「悔いてはいない。…確かに、愚かな行動をしたとは思っているが…」

 俯き加減に、視線を落とすカンナは、次の黒龍の言葉を待った。優しい言葉を、期待した。

「…そうだな、愚かだ」

 だが、黒龍は、予想に反して、呟くように言い放つ。

「!!」

「カンナ様に何てことを!」

「おかげで俺は、身の裂ける思いをした。死ななかったから良かったものの、危険なことだったのだぞ?」

「す、すまない…」

「だが、俺のことを思っての行動だったと分かっている。ありがとうなカンナ」

「ああ、想っている…」

 カンナは、密かに呟いていた。

「それに、その髪もなかなか似合っているしな」

 黒龍はカンナの髪を自然と触っていた。その行動に、カンナは顔を赤く染め上げ、まるでリンゴのようだった。

「オッホン! さて、カンナ様も起きたことですし、お祝いの祭りでもしますかの~」

「はっ? また祭りすんのか!?」

「街の人達は、魔物が出て行ったことに大喜びで、すっかりお祭りモードなんじゃ。皆、カンナ様を待っておられるのじゃよ」

「しかし、今起きたばかりでカンナもつらいはず…」

 ウキウキ気分のジイに対し、心配するように、黒龍はカンナの顔をちらりと見る。だが。

「行きます」

「行くのかよ!?」

 黒龍の心配とは裏腹に、カンナの笑顔は晴れやかだった。









 ジイの言った通り、街の人達はお祭り騒ぎだ。朝からこの状態らしい。

 黒龍と白龍は、さすがにその様子に、うんざりしていた。既に酒を飲み、泥酔している者までいる。

「おい黒龍。この様子を見てどう思う?」

「俺に聞くな…っ。…要するにだ、この街の連中は、祭好きの馬鹿ばっかりということだ」

 黒龍と白龍は、少し落ち込みかけていた。あんなに苦労したのに、その苦労が報われない気がしたのだ。こんなに呑気なら、魔物の一匹や二匹、居ても、別段、問題無い気さえした。

「だから前にも言っただろう。この街の連中は、皆、祭り好きと」

「もううんざりだ」

「今度はカラオケ大会もあるのですじゃ」

「何?! …仕方無い。そんなに俺の歌が聞きたいのか」

「違げえよ…」

 街の人達は、祭りと平行して、カンナの家の修復に取り掛かっていた。

 と、言っても、あれだけ暴れたにも関わらず、大きな損害は、ジイがシアロンで自ら全壊した、ジイの部屋だけに留まったが。

 因みにジイは部屋が直るまで、庭でテント暮らしをしているのだった。

 

 祭りの呑気さに当てられたのか、白龍が呟いていた。

「フゥ~、良かったな黒龍。これでこの街の人達は、魔物の存在を恐れずにゆっくり眠れるぜ」

 黒龍と白龍は、地べたに座っていた。手にはジュースの入った木のコップを持っている。

「しかし、この祭り好きは、どうにかして欲しい所だな」

「今は良いじゃねぇか。それにしても、大変だったよな。痛くなかったか?」

「痛くないはずないだろうっ。貴様は馬鹿か。全く、使えない奴がいると困るっ」

「なんだとっ!」

「何を話してるんだ? 二人共?」

 黒龍と白龍が話をしてる所へ、カンナが、同じくジュースを持ってやってきた。

「ああ。白龍が使えないって言う話だ」

「何でだ!」

「そうだ白龍。お前に貸した球を返してくれないか?」

「え? あ、あぁ…」

 白龍は少し、この首飾りが欲しかった。

 しかし、貸すと言われた以上、返さない訳にもいかないので、首から首飾りを取ると、カンナに渡そうとした、が。

「貸せ、白龍」

 黒龍は、白龍から首飾りを奪うと、カンナの首に掛けてやった。

「可愛いぞ、カンナ」

「あ、ありがとう…」

「やることがくせぇんだよ」

「なんだと!」

「カンナ様! 抜け出されては困りますじゃ。次はカラオケ大会なのじゃからなっ」

「何っ! とうとうカラオケ大会か!」

 突然、後ろからジイが現れた。

 何故かジイの長い髭は、おさげにされ、先っぽにピンクのリボンまでついている。

 おしゃれのつもりなのか。

「何だよジジイ、その髭は?」

「可愛いじゃろ? カンナ様がやってくださったのじゃ。何せ髭が邪魔ですからの~」

「じゃあ切れっ」

「いやじゃ」

 プイッと顔を背けると、ジイの長い()()()()が揺れた。

「カラオケ大会はこっちだ。一緒に行こう。二人とも」

「い、いや、オレは歌わねぇよ」

「フンッ、やはり歌が下手な貴様は出ない方が賢明だ」

「へいへい。せいぜい歌ってこいよ」

 黒龍とジイ、それにカンナは、白龍を残して行ってしまった。

 突然舞台が光り、白龍はそちらを向いた。

《さって、始まりました第836回カラオケ大会っ。司会は(わたくし)、シンが務めさせて頂きます。飛び入り参加自由っ。優勝した人には何と豪華賞品が。どんどん飛び入りして下さい。さて、最初は、我らがカンナ様ですっ》

「…シン。何であんな所に…、ハハハハ…」

 白龍は乾いた笑いをした。

 こうして、カラオケ大会は始まった。

 曲がかかり、カンナは歌い始めた。





未来を信じてる だからまだあきらめないで 争いはいらないの

穏やかな朝を迎え みんなで微笑みあう そんな暮らし 誰もが出来ると良い 

争いはいらないの ほら、また誰かが声を殺して泣いている 

守ってあげたい 争いの続く世界から 哀しみまでも受け止めて 





 歌が終わり、大きな拍手が鳴り響く。白龍は一人、感心していた。

「カンナって、やっぱ歌上手かったんだな」

《最高の歌声でしたね、カンナさん。では、次の》

「でも、シンが司会ってのが気にくわねぇよな」

 一通り進み、やっと黒龍の番が回ってきた。

《では、次は黒龍君です》

 結構いい加減に、無表情でシンがそう言うと、黒龍が出てきた。黒龍は、スタンドからマイクを取ると、こう言った。

《今から歌う歌は、俺がまだ若い頃に作った曲だ。聞くが良い》

「こ、黒龍君。では伴奏はないのか? アカペラで歌うつもりか?」

 シンが困り顔で、慌てて聞いた。

「いや、それならある」

「え?」

 シンをどかし、黒龍がパチンと指を鳴らすと、ステレオから曲が流れてきた。

「え? どういうこと?」

 シンは、困惑しながらも、舞台からはけた。





片目をあけた空から覗いている あいつは誰だ?

見張られているのは誰だ? 黄色いまなこが俺を惑わす

この世の中、全ての運命(さだめ)を狂わすもの

縛りつける鎖だけが 生きることを責め立てる

夢の中で痛め付けられ 臆病になっていくカラダ

ただ闇に落ちてゆくだけ





 黒龍の歌が終わると、カンナの時と同様に拍手喝采が訪れた。

「何でみんなそんなに拍手すんだよ? そんなに黒龍の歌、上手いか~?」

《さて、全て終わりましたので、ただ今、歌の審査中です》

 シンはそう言うと、舞台からはけた。白龍はシンが司会ということでウンザリしていた。

 審査が終わるまで、黒龍が一人で座っていると、カンナが横に座り込んだ。

「暗い歌だな、黒龍」

「そうだな。これは俺自身の思いを表したものだ。今聞くと、本当に暗いものを感じる。過去がつらかったんだと…」

「でも、もう大丈夫だろ? 黒龍には白龍もいるし …私もいる」

 カンナはそっと、黒龍の肩に顔を寄せた。黒龍は、()()()()()()()、カンナの思いに気が付いた。

《お待たせしましたっ。優勝者は……黒龍君です!》

「何?! カンナじゃないのか?!」

「良かったな黒龍。行ってこい」

 カンナは、黒龍の背中をポンと叩いた。

《おめでとう黒龍君。はい、優勝者の銅像です》

 シンは、なげやりにそう言うと、黒龍に銅像を渡した。

 裸の男がマイクを持って掲げている、そんな変な銅像だった。

 土台には〈カラオケ大会優勝記念〉と、ヒンディー語で彫ってある。

「こんな変な銅像いるか~~!!」

「何言ってるんだ黒龍。由緒ある、ちゃんとした銅像だぞ」

「いるか! いらんぞこんな物!」

「いいじゃねえかよ黒龍。記念だぜ、記念っ」

「だから! こんなもんはいらんと言っている~! 何処が豪華賞品だ~!!」

 黒龍が思いっきり叫んだ所で、カラオケ大会は幕を閉じた。








 インド七日目の朝、別れの日。黒龍と白龍、それにカンナとジイは空港にいた。

 因みに荷物にはしっかりと、〈カラオケ大会優勝記念〉の銅像がくくり付けられてある。

「もうちょっと長くいればいいのに…」

「そうじゃ、いっそのことこっちに住めばいいのじゃ」

「うむ。そうしたいのはやまやまなのだが、一週間で帰ると、皆に言ったのでな。帰らないわけには行くまい」

「それに、仕事もあるしな」

「仕事?」

「ああ、オレ達、モデルの仕事やってんだよ」

「モデル!」

 カンナとジイは、その言葉に驚愕した。

「そうだったのか…」

「…あれ?」

 白龍は、自分が何処か、変わってゆくのに気が付いた。そして、次の瞬間には、ヒンディー語がわからなくなっていた。

「おい、黒龍! どうしよう! ヒンディー語がわからねぇぜ!」

「ああ。あの時渡した、飴の効力が切れたのだな」

「飴? ああ、インドに来た時、渡されたヤツか…」

「あの時言ったであろう。飴の効力はおおよそ一週間だと」

「じゃあ飴くれよ」

「あれはもうない」

「何っ!? しょうがねぇ。英語だ」

 白龍はカンナに、英語で話しかけた。

「? 白龍は何を言っているんだ? 黒龍?」

 カンナは、不思議そうな顔で、白龍を見ている。

「カンナ。白龍は英語で話しかけたのだが…」

「…英語。…すまぬが、私、英語は苦手なのだ…。喋るのがどうにも…」

 カンナがすまなそうに言った。最初に黒龍が、誰もが英語を出来る訳がないと言っていたことが的中してしまった。

「カンナは英語が出来ないそうだ。…白龍、お前はそこで黙っておれ」

「ガーン!」

 顔面蒼白の白龍をほっとき、黒龍とカンナは、二人だけで話し始めた。

「またインドに来るよな? 黒龍」

「ああ。多分」

「あのね黒龍。…本当に、日本へ帰ってしまうのか?」

「何でだ?」

「私は、出来ればこの国で、黒龍と一緒に暮らしたい」

「そうか…」

 黒龍は黙って聞いていた。

「…私は、黒龍がいれば、それだけで良い。私は、黒龍が好きなのだ。…結婚してはくれぬか?」  

「カンナ様。結婚はまだ早過ぎますじゃ」

 ジイが、一足飛んだカンナの発言に、突っ込みを入れた。

「カンナ、俺も出来ればお前と結婚したい…」

「黒龍…っ」

「しかし、俺とカンナは龍神と人間…。結婚となると、色々と問題が生じてくる。俺はいずれ闇の世界に帰らねばならぬし、それに、寿命の問題もある。生まれてくる子にも負担を強いることになる。つらい運命を背負わせねばならぬ…。そして、俺にはまだやらねばならない使命もある。カンナはまだ若い。もう少しちゃんと考えて、結論を出しても遅くはないのではないか?」

 黒龍のその言葉に、先程まで笑顔だったカンナの顔が、見る見る内に暗くかげりをおおう。

「だが、もし、考えて、考え抜いた末に、それでも一緒に居たいと言うのであれば。…その時は結婚しよう」

「そうか…。黒龍は、先のことまで考えているのだな。私が浅はかだった」

「感情に流されるというのは、若い頃には良くあることだ」

 黒龍とカンナの間に、しばし、薄桜色うすざくらいろの沈黙が流れた。

「じゃあ、カンナ。元気でな」

「ああ。黒龍も…」

 黒龍と白龍は、カンナに背を向き、やがて見えなくなっていった。

「カンナ様…」

 カンナは、泣いていた。肩を震わせ、俯き、瞳から出る涙を必死に袖で拭った。だが、拭っても拭っても、溢れる物は止まらない。

 無論、黒龍との結婚が保留になったからではない。ただ別れのつらさに涙が零れた。

(私は、いつの間にこんなに泣き虫になったのかな? 黒龍と会ってから、泣いてばかりだ…)

「また、会えますじゃ…」

「…ああ。わかっている…」

 カンナはしばらく、その場で泣き続けた。ジイはその様子を、ただ見守っていた。









 黒龍と白龍は、日本行きの飛行機の中だった。空を飛ぶ飛行機の中で、白龍が思い付いたように話しかける。

「おい、黒龍。カンナと何喋ってたんだよ? 二人だけで話すなんて、ずるいぜ」

「フンッ。貴様がヒンディー語を勉強してないからいけないのだろう」

「は?  (普通勉強するかよ…) で、結局、何喋ってたんだ?」

「ん? 気になるのか?」

「当たり前だろ。オレは分かんなかったんだからよ」

「そうだな。またインドに来い、と言っていたな」

「そうか。他には何か言ってたか?」

「他、か…」

 黒龍は、カンナの言葉を思い出していた。

(…カンナが、俺を好き、か。それにしてもカンナ、可愛い人だったな…。結婚ってことになっていたらどうなっていたのだろうな…)

 黒龍は今になって、少し恥ずかしくなった。

「なに赤くなってんだ?」

「…フ…フンッ。貴様には一生教えんがなっ」

「何だとこの野郎!!」

 黒龍と白龍は、飛行機の中で騒ぎまくり、怒られた。

「黒龍」

「ん?」

「また、インドに来ような…」

「ああ」

 インドにいた七日間は、長かったような、短かったような、不思議な一週間だった。

 けれども、黒龍と白龍にとって、とても貴重な物になったに違いない。

 インドで出会った人々のことを胸に抱き、飛行機は、日本に帰ろうとしていた。



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