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翠嵐   作者: 里梅紅弥
1~15 一章
5/18

五 「翠嵐~黒龍の長い一日~」






 ある日突然、白龍が出ていってしまった。どうやら俺に愛想をつかしたらしい。朝起きたら、荷物も何も無くなっていて、ベッドの上に、置き手紙だけが残っていた。



「もうお前には付き合ってられん オレは一人で暮らすから 探すな」



「何故だ…。何故だぁ~!!」


 俺は力いっぱい天を仰ぎ、思わずそう叫んでいた。

 しかし、心当たりが無いわけではない。




 ⎯⎯あれは一週間前のこと





 俺と白龍は、いつも通り卓袱台で飯を囲んでいた。

「おい、白龍。ごはんつぶこぼしてるぞ」

「お、わりぃわりぃ」

 白龍は手元に置いてあった台ふきで卓袱台を拭いていた。

「全く貴様は。いつも何かしらこぼすよな。この前は味噌汁、その前は…」

「いいじゃねぇか、ちゃんと拭たんだからよ。お前はオレの母ちゃんかっての」

「いや、俺はお前の作法のことをだな」

「へいへい。それより早く食えよ。仕事に遅れるぞ」





 …違う…この記憶ではないな…

 そうか。三日前のことだな。





 俺と白龍はいつも通りモデルの仕事をしていた。


「はい白龍君、黒龍君、並んで、それでポーズはこう!」

 カメラマンの小島が、いつも通り変なポーズを要求してくる。

 しかし、俺と白龍は仕事なので、少し変でも、気にせずに続けていた。いや、白龍は嫌がっていたか?

 モデルの写真を撮られているその時、俺は白龍の足を踏んでしまった。

「いて!」

 白龍は右足を痛そうにおさえた。

「あっ、すまん白龍…」






 …いや、これでもないだろう。ちゃんと謝ったのだから。第一、出ていくほどのことでもないだろう。

 では昨日のあれか?






 俺は久しぶりに一人で家にいた。すると突然、部屋のチャイムがなる。

「誰だ?」

 俺はドアを開けた。するとそこには、可愛い女性が三人、立っていた。

「黒龍様! 会いに来ちゃいました!」

「黒龍様! また、ケーキ食べて下さい!」

「黒龍様!」

「ハッハッハッ。女の子は大歓迎さ!」

 俺は勿論、部屋にあげた。こう言うことはたびたびあるが、ファンの子を追い返すことなどしたことはない。白龍がいる時にも来たことはあるが、あいつはいつの間にかいなくなっていたな…。

 俺がしばらく一人で三人の女性に囲まれていると、部屋のドアが突然開いた。

「ハッハッハッハ………はっ!」

 勿論、そこに立っていたのは白龍。白龍は俺を軽蔑するような、汚い物でも見るような顔をし、静かにドアを閉めた。

「まっ待て白龍! どうしたのだ?!」

 俺は白龍を追いかけようとしたが、女の子達が俺の服の裾をつかんで離さない。

「黒龍様~まだケーキ残ってるよ」

「黒龍様、またマジックみたい~」

 俺はファンの子に取り敢えず今日の所は、帰ってもらうことにした。

「す、すまん。今日は帰ってくれないか?」

「えぇ~?」

 渋る三人の女性に、俺は続けておでこにキスをした。

「また今度…でいいよな?」

 俺は爽やかな笑みでそう言うと、女の子達は「は…はい」と顔をポーと赤く染めながら帰っていった。俺はその後、すぐに白龍を追いかけ探したが、見つからずに、仕方なく家へと帰った。

 すると、白龍は既に家に帰っており、自分のベッドですやすやと寝息をたてていた。俺は慌てて白龍を起こした。

「は、白龍! いつの間に帰ったのだ?! 探したのだぞ!」

「ん? んあ? ああ…ついさっきな…」

「そ、そうか…、それでさっきのことだが…」

「あ、ああ。まあ、今更お前が女性をはべらしていたところで、オレには関係ないし…。女好きってことも知ってるからな…」

「じゃ、じゃあ…許してくれるのだな?」

「………。許すも何も、オレには関係ないないし…」

「そ、そうか…」

「じゃ、おやすみ…」

 そう言うと白龍は、俺に背を向けまた眠り始めた…。



 ……………。これでもない…だと?!







「だあ~! どれなんだあ~!」

 黒龍は体を後ろに曲げ、頭を床に押し付け、まるでブリッジのような体勢になり、思いっきり頭を抱えて、身悶えした。

「何故だ!? 何一つ思い当たらないぞっ!?」

 だが、その格好からすぐ様起き上がると、即座にある思いに至った。

「はっ! そうか…。白龍の奴…。俺に構って欲しかったのだな!」

 的外れなことを言い出す黒龍である。

「俺が女性にばかり構っているので、淋しくて構って欲くて、家出などという思考に至ったのだ! そうに違いない!」

 黒龍は早速、何処かへと出かけた。







 緑川アパートの階下、部屋のチャイムを激しく何度も押す黒龍。部屋の主は、その騒音にたまらず、勢いよくドアを開ける。そこにいたのは。

「うるせぇな! 誰だよ?!」

「邪魔するぞ! 杉山!」

「何の用だよ、黒龍! 何回もベルならしやがって! 言っとくけどな、俺はお前には用は…。? 白龍はどうした?」

 隣にいつも居る白龍の姿がないことに、素早く気付く杉山。黒龍は、杉山に白龍が書いた手紙を見せながら言った。

「白龍が家出をした」

「何!?」

 杉山はその文章を読むと、静かに、かつ冷静な顔をする。

「…これ…当たり前じゃねえか?」

「何だと!?」

「だってお前、自己中で女好きでわがままだろ?」

「何?!」

「これじゃあ白龍だって愛想つかすわ。可哀想な白龍。俺は探すのは手伝えねえな」

「何だと!? じゃあこのアパートから白龍がいなくなっても良いと言うのか?」

「もともと俺は一緒に暮らしてるのが気に食わなかったんだ。俺は自力で白龍を探すけど、見つかってもお前には教えねえ」

 あかんべーまでする杉山に黒龍は。

「分かった。ではお前のケイタイ? とやらを貸せ」

と、冷静な顔で手を差し出す。

「は? 何でお前に貸さなきゃいけないんだよ! ぜってぇやだよ!」

「貸さなければ全国にお前の()()()()をばらすぞ」

 顔を杉山に目一杯近づける黒龍。その凄みに、杉山は思わず後ずさりをして聞き返した。

「あ、()()()()って何だよ?」

「ほう、言っても良いのだな?」

 更に凄む黒龍に、杉山は思わずごくっと息を飲んだ。と、同時に、その視線に耐えられなかったのか、黒龍に携帯を貸してしまう杉山である。

「解ればいいのだ、解れば」

 黒龍が何処かに電話をかけようとしている横で、杉山が「あの秘密って何だ? もしやあれか? それともこれか?」と、一人で慌てふためいていたが、黒龍は敢えて無視した。

 因みに杉山の秘密など、黒龍のはったりだったのだが、杉山はまんまと引っ掛かってしまった。

「おい! 杉山! これの使い方はどうするのだ?」

「え? プー。今時、携帯の使い方も知らねえの?」

 頬を膨らませ、杉山は明らかに黒龍を小馬鹿にした。

「いいから、電話をかけるんだ!」

「あ、あぁ、分かったよ。全く怖えぇな…」

 杉山を脅し、電話をかけてもらう。よしおは忙しそうに電話に出た。

 黒龍はよしおに電話をしていたのだ。

「え? 白龍さんがいなくなった? すみません、俺、今バイト中で、凄く混んでて、抜けられそうにないんです」

「おいよしお! 配達だ!」

「はい! 今行きます! すみませんが一人で探して下さい。まぁどうせ黒龍さんが何かやらかしたん…」

 黒龍はよしおの言葉を最後まで聞かず、すぐさま電話を切った。

「よしおもダメとは…」

 電話を切ると早々に、携帯を放り投げるように杉山に渡すと、ドアの前に立ち、捨て台詞を吐いた。

「良いか、お前も白龍を探すのだぞ! 見つけたら、必ず俺に報告するのだっ。分かったな!?」

 杉山の顔の前に指をさす黒龍は、そう念押しすると、ドアをバシッと思いっきり閉めた。

「見つけてもお前には教えねえよ」

 杉山は黒龍が去った後で、ひっそりと呟いた。







 黒龍はその後、山澄の部屋に行った。

「やまさん、白龍が居なくなった」

「え? どゆこと?」

「だから! 白龍が居なくなったのだ!」

 黒龍は、白龍の残していった置き手紙を、山澄にも見せた。

「え、嘘? 家出?」

 手紙を見ながら山澄は呟くと、黒龍の顔を一瞥する。

「全く…君達、何やってんの? また黒龍君が何かしたんでしょ?」

「んな! 俺は別に身に覚えなどないぞ!」

「君は昔からそういうとこあるよね…」

 山澄は腕を組み、感慨深そうな顔で頷いた。

「やまさん。昔とは、いつの昔だ? 俺がここに来た時のことか?」

「あ、あれ? 気のせいだったよ。黒龍君のことじゃないかな」

「やまさん、前にも似たようなことがあったような…」

 顎に手を置き、考える素振りを見せる黒龍に対し、山澄は慌てて言葉を遮る。

「それよりっ、白龍君、探さなくていいの?」

「やまさんは手伝ってくれぬのか?」

 少し悲しそうな顔をする黒龍である。その顔に、山澄も残念そうに眉尻を下げた。

「ごめんねぇ…私これから、部屋で仕事しなきゃいけないから…」

「仕事? そういえば、やまさんは何の仕事をしているのだ?」

「えっと……。内緒」

「そうか…、隠すような仕事なのだな」

「と、取り敢えず、探して来な。ほらっ」

 山澄はそう言うと、黒龍の背中をぐいっと押し、部屋から閉め出してしまった。







 それから黒龍は、大家の部屋へ行ったが、大家は、酒を浴びるほど飲んでいたらしく、玄関は開けっ放しで、でかいイビキをかきながら、日本酒を抱き抱え、安眠を貪っていた。

 黒龍はその様子を見ると、まるで苦虫を噛み潰したような顔をし、静かにドアを閉めた。







「くそ、頼りにならん」

 アパートを出、今度はアトト商店街を歩く。

 商店街はいつも賑やかで、黒龍はその賑やかさに、思わず目を伏せた。

 騒がしい道を歩くと、自分はこの世に一人だと感じる。綺麗で整った街。闇の世界とは真逆の、明るくて眩しい世界。

 手を繋ぎ、歩く人々は、皆、一様に笑顔で、幸せを謳歌しているように見える。

 しかし、自分はこんなにも一人で、何処かとは一概には言えないが、不幸だ。無論、それは目には見えないだけで、皆にもそれぞれの事情や思いがあるのは分かっている。

 けれども黒龍は、表向きでさえも、幸せを感じ取れはしない。どんなに取り繕おうが、どんなに頑張ろうが、ふとした時に全て無意味だと感じる時があるのだった。

「仕方ない。デパートにでも行くか…」

 黒龍は商店街の先にある、デパートへと入っていった。







「いらっしゃいませー」

 女性の店員が頭を下げて挨拶をする。いつもならナンパをする黒龍も、今日は気乗りがしなかった。白龍を探さなければ。黒龍はその店員に尋ねた。

「すまんが、銀髪で、ツンツンヘアーのアホ面を見なかったか?」

「いえ…申し訳ありませんが、私は見ていませんね」

「そうか…」

「迷子ですか?」

「まあ、そのようなものだな」

「わかりました。では迷子センターに案内しますね」

「お、俺は迷子じゃないぞ!」

「い、いえ、その子をお呼びしますので…。その子の歳はおいくつですか?」

「千四百……いや、十四歳だ」

「十四!? …そ、そうですか」

 店員は、歳を聞いたあと、フフッ、と笑うと、名前を聞き、黒龍と一緒に迷子センターへと向かう。







「迷子の、白龍君。迷子の、白龍君。お連れ様がお待ちです。至急、東の入口までお越し下さい」

 白龍を呼び出すと、店員に礼を言い、黒龍は出入口に立つ。







 二時間後。

「待っても待っても全然来ん! あいつ、隠れているのか!?」

 入口前で人の目も気にせず、叫ぶ黒龍は、重大な事実へと、今更ながら気付く。

「はっ! 白龍がこのデパートに居ないということか?!」

 そのことに"今”、気付いた時、黒龍は落胆し肩を落とした。しかし。

「いや、まだ白龍が隠れている可能性も捨てきれん」

 そう言うと、二階に行ったり三階に行ったりしたが、結局白龍は見当たらなかった。

「あれ? 黒龍さん?」

「みゆきさん!」

 黒龍の姿を見、咄嗟に話しかけた美幸は、しまった、と顔に出すが、既に遅し。黒龍は嬉しくなりつつも、一つ咳払いをしてから尋ねた。

「白龍を見なかったか? 家出をしたのだ、あいつ」

「白龍さんが? 私は見てないです」

「まあ、そんなことはもうどうでもいい。みゆきさん、俺と今からデートしませんか?」

 思わず美幸に会ったことで、ナンパ心を取り戻したのか、美幸の手を握る黒龍。

「い、いえ。仕事がありますので…」

 困り顔で、やんわり断る美幸だったが、黒龍はしつこく誘う。白龍という、突っ込み役とブレーキを失った黒龍を止めるものはなく、美幸は段々と腹が立ってきた。

「あの、黒龍さ…」

「いいではないか」

「…黒…、てめえ!! うるせえんだよ!」

「へ?」

「しつけぇんだよ! 嫌だってんだろが!」

「み、みゆきさ…」

 その勢いに黒龍は思わず後退りをした。いつもの優しい美幸は何処へ行ったのか。鬼のような形相をした美幸が、そこにはいた。

「いいからもう帰れよ!」

「……はい」

 黒龍は涙目になりながらも、何とか家に帰っていった。







 結局黒龍は、白龍を見つけられないまま、夜になってしまった。一応、杉山にも確認したが、見つからなかったという。嘘はついて無さそうだった。







 黒龍は、部屋で白龍の帰りを待っていたが、一向に戻って来る気配はない。

 ──思えば自分は何故こんなにも白龍を探しているのだろうか?

 いない奴などほっとけばいい。探すなと言われているのだから探さなくても良いではないか──

 しかし、このまま女神様の命令を一人でこなすのも…。

 黒龍は畳の上にゴロンと寝転がり、ちっと舌打ちをする。

 闇の世界で一人で生きてきた。これから一人でも別段問題はない。なのに──

 暫く横になって考えていた黒龍だったが、突然立ち上がると、

「もしやあの場所か!?」

 と言い、部屋を飛び出した。








 白龍はそこにいた。公園のブランコに一人でユラユラと座っている。

 その公園とは、黒龍と白龍が下界に来る時に、()()()()()()()()で死にそうになった時に、初めて降り立った、()()場所である。黒龍は白龍の姿を見つけるとようやく安堵し、一つ溜め息を付いた。

「ここにいたのか、白龍…」

 黒龍は、白龍の隣のブランコへと座る。白龍は黒龍の姿を視認すると、気まずいのか、そっぽを向いた。

「何故、家出などしたのか…。俺に話せ、白龍」

 話しかけても答えない、振り向かない。段々と黒龍は腹が立ってきた。

「何故だ! 白龍! 俺が何かしたのか! 全然身に覚えがないぞっ!」

「…そうゆうとこだよ…」

 白龍が静かに呟く。

「…そうゆうとこだよ! 何で分かんねえかな! 全部だよ全部! いちいち小言がうるせぇし、足踏まれたし、挙げ句の果てに女、家に連れ込むのとか、そういうのが積み重なってだよ!」

 白龍は叫んでいた。気持ちを全部吐露するかのように、黒龍を睨みながら。しかし、黒龍は物怖じしない。

「いや、足のことは謝っただろう! それに、女の子は連れ込んだのではない! わざわざ俺を訪ねて来てくれたのだ! 追い返せるわけなかろう!」

「はああ…本当お前にはうんざりだせ。だから女神様に、この任務は中止にしてもらおうと思ってたのによ…」

「まさか、ここに来たのは、落ちてきた穴から帰れると思ってのことなのか?」

「まあな。でも、どうやって帰れるかわからねぇし、聞こうにも、やっぱりいざとなると女神様に連絡するか、踏ん切りがつかなくてな。いつの間にかこんな時間になっちまった…」

 落ち込んでいる白龍。その様子に黒龍は。

「…アパートに、帰る気はないのか?」

と、静かに聞いた。黒龍の顔に暗く影が落ちる。その問いに白龍は答えず、俯いたままだった。沈黙が二人に流れる。

「……すまん!」

 突如として、黒龍が、頭を白龍に向け、(こうべ)を垂れて謝った。いきなりの言動に白龍は驚いた顔をしたが、すぐに真顔に戻った。

「あ?」

「お前がそこまで怒っていたとは、俺は愚か者だ」

「まあ…別に謝って欲しいわけじゃねよ」

「では、白龍。俺はどうすればいいのだ? 何をすればアパートに戻って来てくれる?」

 黒龍は、泣きそうな顔で白龍を見た。白龍はそんな黒龍の顔を見て、ちょっと罪悪感を感じる。

「まあ、戻ってやってもいいよ…」

「本当か?」

「ただし…そうだな。お前がもう女の子を誰彼構わず家に上げないとかなら、戻ってやろうかな」

「ああ、善処しよう」

「それから、もう小言は言わない」

「ああ、分かった」

「後、飯はお前が作れ」

「ああ、了解した」

 白龍は、黒龍が何でも言うことを聞くので、面白くなってしまった。少し調子に乗る白龍。

「あと、そうだなぁ…給料をオレに半分よこして、食事は一日一回は必ずピザ。あとオレのことは白龍様と呼べ」

「ああ、わかっ…って、それはいくらなんでもおかしいだろ!」

「やっぱバレた?」

「当たり前だ!」

 白龍はいつの間にか笑っていた。その笑顔に、黒龍も釣られて笑う。

「それにしても、本当に探したのだぞ」

「悪りかったよ」

「皆の各部屋を回り、商店街に行ったり、迷子センターで呼んでもらったり…」

「ちょっと待て」

 白龍が手を前に置き、黒龍の言葉を一旦制止させた。

「迷子センターって何だよ?」

「デパートに探しに行った時、貴様をわざわざ呼び出したのだ。居なかったがな」

「何してんだよ!? 恥ずかしいだろが!」

「貴様がいけないのだろ? 家出などと、馬鹿な真似をするからだ」

「バカはどっちだよ!? 何てことしてくれんだ…。…もうデパート行けねぇじゃねぇか…」

 心底落ち込み、頭を抱える白龍。

「しかし、俺はお前のことを心配してだな」

「もういいよ! 取り敢えず帰るぞ!」

 白龍はブランコを、ピョンと、飛ぶように降りると、さっさと歩き出す。

 二人はみんなのいるアパートへと帰って行った。







「白龍君! 家出したって聞いたけど、大丈夫なの!?」

 アパートの前に立っていた山澄が、白龍の姿を見るなり、驚きの形相をして思いっきり顔を近づけてきた。

「あ、ああ」

「取り敢えず、疲れたでしょう? みんな私の部屋で待ってるから。話はそれからね」

 アパートに帰ると、山澄の部屋にみんな集まっていた。気まずそうな顔をし、ポリポリと頬を掻く白龍。

「あ、ああ。みんなには心配かけちまったな…」

 その姿に、山澄の影から何かが飛び出してきた。

「…はっくりゅう~!! お前が無事で良かったよ~! ああ俺が見つけたかった~!」

 杉山が白龍に抱きつこうと、両手を伸ばし飛びかかってくる。が、

「だから、気色悪りぃって何度言えばわかんだよ! オメエは!」

 白龍の顔面蹴りにより、杉山は案の定、床に転がり、伸びた。

「キュゥゥゥ~……」

「でも何が原因なんすか?」

 転がっている杉山を一瞥するも、さして興味も無さそうに無視するよしおは、白龍の方を向いた。

「ああ、それは黒龍がな…」

「あ、やっぱり黒龍さんが原因なんですね~」

「何だと!?」

「本当のことだろ? …それにしても、何でみんなこの部屋に勢ぞろいなんだよ?」

「それはね、白龍君が心配だったからよ」

「やまさん…」

「ついでに、大家さんとの飲み会も兼ねて」

「いや、絶対そっちが本音だろ」

 白龍が突っ込んだ所で、伸びてたはずの杉山が、超回復で起き上がる。

「白龍! 俺も探したんだぞ!」

「んだよ。だから呼び捨てにすんな」

「でも、正直驚いたぜ。デパートの放送から、白龍とか聞こえてくるから」

「ああ、それは黒龍の奴が勝手に…」

「にしても《迷子の白龍君》はねえよな」

「はあ?! 何だよそれ! 普通、迷子とか、そんなこと放送じゃ言わねえはずだよな?」

「ああ、それは俺がそう言ってくれと頼んだのだ。お前が思わず出てくるような言葉を、と思ってな」

「やめろよ! オレはいねぇんだから、出ていけるわけねぇだろ! それに、そんなこと言われたら、余計出ていきたくねえわ。お前はどんだけオレに恥かかせりゃ気がすむんだよっ」

 白龍が叫ぶのを気にも止めず、黒龍がらしくもなく、いきなり大あくびをした。

「人が怒ってんのに…。でも、珍しいな、お前が人前で」

「ああ。貴様を散々探し回ったからな。いくら鍛えている俺でも疲れは出る」

「いや、元はと言えばお前がだな…。まあ、いいや。やまさん、オレたち疲れたからもう寝るわ」

 立ち上がり白龍は、眠気で目を擦る黒龍の肩を抱えると、

「お前自分で歩けよ」

と、言いながら自分の部屋へ行こうとした。しかし。

「ちょっと待ちなさいっ」

「え? 何だよやまさん?」

「ちょっとここに二人とも座りなさい」

「ん?」

 黒龍と白龍の二人は、山澄に言われるまま、汚い座布団の上へと座った。

「何だ? やまさん?」

「…実は、二人にお願いことがあるんです…」

「んあ?」

「二人とも、インドは好きですか?」

「は?」

「実は、この券が、『インドまるごと七日間の旅』がっ! 商店街のくじ引きで、ペアで当たったのですっ!」

 山澄は券を見せながら、高らかな声をあげる。その声に驚き、黒龍は一瞬にして眠気が覚めた。

「すげえじゃねえかやまさんっ!」

「そんなくじ引きがあったとは…。知らなかったな…」

「でも…、私にはある問題が…」

「何?」

「これはペアなので、私にはもう一人、連れ添う家族も居ません。アパートの他の皆さんに聞いたところ、用事があるやら何やらで、行けないと言ってたので、どうしようかと迷っていたのです。明日までの期限だし…。それでです。やまさんは、ある提案をしました。仲直りの印に、黒龍くんと白龍くんが、このインドに行くのが一番だと思うのです。 私の代わりに、インドに行ってイインド?」

「何~~!?」

 二人は山澄のギャグにも気付かずに、同時に叫んだ。

「…やまさん…、本当に行っても良いのかよ?」

「良いですよっ! その代わり、写真をいっぱい撮ってきて、お土産もいっぱい買ってきてちょんまげっ!」

「よしっ! 白龍! 明日からインドだっ! 早速、用意するぞっ!」

「何っ?! 本当に行くのかよっ!? お前眠かったんじゃないのかっ!?」

 黒龍と白龍の二人は、足早に部屋へ戻り、早速明日の旅行の準備に取りかかった。







 翌日の朝頃、黒龍と白龍はアパートの前にいた。アパートの住人達が見送りに来ている。

「インドに行ってくれて、やまさんは感激でマッスるっ」

「おい、白龍。元気でな…。俺、手紙書くよ…」

 杉山は白龍と離れるのが心底嫌みたいである。まるで永達の別れとでも言うように、涙まで流していた。

「杉山の奴、失礼な奴だなっ。それじゃまるでオレが永遠に帰らねぇみてぇじゃねえかっ」

「杉山っ! 俺は白龍と旅行に行ってくるぞっ!」

 黒龍は、わざわざ杉山にケンカを売った。杉山は心底悔しがっているみたいだ。

「ぐっぞ~! 黒龍の奴め~~!」

 杉山は白色のハンカチを前歯で噛みしめている。因みに白色なのは、白龍の白をイメージしてである。

「まあまあ杉さん…。あの二人もいずれ幸せになりますよ」

「お前、ケンカ売ってるだろ…?」

 そんな下らないことを皆と言い合っているうちに、山澄がふいに腕時計を見た。

「あっ、もうそろそろ行かないと、飛行機に間に合わないかもかもっ」

「何っ!? そういうことは早く言えっ!」

「い、急ぐぞ、白龍。走るんだっ!」

「オレに命令すんなっ!」

 黒龍と白龍は、急いで駅の方へと走って行った。その後ろ姿を見て、山澄が人知れず呟く。

「あの二人…、名コンビだね~。……しかし、それが吉と出るか…凶と出るか…」

「んあ? 何か言ったかな? やまさん?」

「いえいえ? …何でもありませんよ…」

 そう言うと山澄は、二人の走って行った方を見て、フッと笑った。まるでこの後起こる二人の大事件を、予測しているかのように…。







 黒龍と白龍が駅を発ってから数十分後。二人は何とか飛行機に乗れた。

「はあああ~、何とか間に合ったな…」

 白龍がそう言っても、隣の席の黒龍からは返事がなかった。見ると黒龍は、何か考えている様子だった。

「ん? どうしたんだ黒龍?」

「いや、何でもない…」

「…お前、 その何でもない止めろよな~」

「いや、本当に何でもないのだ」

「そうか?」

 この時黒龍は、二つのことを考えていた。一つは、あのCAさんのパンツの色は、ピンクで、イルカが入っているということ。さっき、チラッと見えたのだ。

 それはさておき、もう一つは、あの山澄というオヤジのことだ。どう考えてもうさん臭い。

(あの山澄という男、絶対に何かある…。あの山澄という男は、何かを隠している、胡散臭い気配がする。一体何者なのだろうか…)

 黒龍は、山澄について知ってることを、頭の中で整理していった。

(…山澄は、まず、小太り…汚い不潔な男…年は三十歳…だが、四十過ぎに見える…後は、親父ギャグが大好き…酒好き…人望も厚く、アパートの住人からは頼りにされている男…人がいいお人好し…。そんなとこくらいか…)

「おい、見ろよ黒龍! すげぇえ」

 白龍は窓から顔を離さず、黒龍の肩をポンポンと叩いた。飛んでいる外を眺めて叫んだりしている。

(…白龍の奴、子供並だな…。そんなに上空からの景色が珍しいのか…。しかしそれにしても、あの山澄の闇の気配…。どっかで感じたことがあるんだが…。何処だったか…。なんだか懐かしいような…)

 黒龍がそこまで考えると、思考を中断させる音が響いてきた。

「きゃああ、すいません…」

 CAが、ドジって転び、お茶を零したのだ。

(あ、あのCAさんっ! …パンツが茄子模様だった! 何故っ?!)

 黒龍の思考は、ドンドン山澄から逸れて行った。飛行機の機体は、昼の空を走り続けている。



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