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翠嵐   作者: 里梅紅弥
1~15 一章
4/18

四 「翠嵐~黒龍の決意~」


 黒龍と白龍が出会って幾日かが過ぎた。黒龍と白龍は、いつものように朝食の準備をしていた。どうやら二人で作ることにしたらしい。

 この数日の間、二人は容姿を変え、アパート代を稼ぐ為に、アルバイトを探していた。黒龍と白龍は、今の姿とは別に、容姿を変ることが出来るのだ。二人はそのことを忘れていたのだが、ようやく思い出したのだった。

 黒龍の方は、とうとう働き口が見つかって、今日が初出勤らしい。黒龍の仕事は、ホスト。女好きの黒龍には、お似合いの仕事だと、白龍が言っていた。

 白龍の方はというと、バイトを幾つか面接したのだが、どこも受からず、白龍はしばらく、家事に専念するのだった。これじゃますます、黒龍に妻扱いされてしまうと思う白龍であった。

 それはさておき、黒龍と白龍は、出来た朝食を食べながら何やら話をしていた。

「今日が俺の初仕事だっ。頑張って働いてくるぞっ。お前は妻だから、家のことをしっかり頼むっ」

「だから妻じゃねえってっ! …ちくしょ~。何でお前が面接受かって、オレが受からねえんだ…」

「また何か、ヘマでもやらかしたんじゃないのか? お前はドジで間抜けだからなっ」

 黒龍は、じゃがいもを食べながら言った。

「あっ、オレのじゃがいもっ。にゃろ~、オレのどこがドジで間抜けっつうんだよっ」

 白龍が箸で人参を刺し、口にいれる。

「あっ、人参…。フンッ。日頃の貴様を見ていればわかるっ」

 黒龍は糸こんにゃくを箸でつまんだ。

「あっ。こんにゃくっ。…くっそ~、お前にオレの性格を語られる覚えはねえっ。それに、オレはヘマなんてしてねぇよっ」

 白龍は、最後の一枚である、肉じゃがの肉を取ろうとした。

 と、その瞬間、黒龍と白龍の箸が肉の上でぶつかりあった。すぐさま肉の奪い合いが行われるが、話してる内容はまるで関係なかった。

「お前はトジで間抜けだっ。この前も、御飯に水を多くいれていたろうっ。俺が気が付いたから良かったものの、もしあのままだったら、また“お粥御飯”を食わされるところだったっ!」

「お前だって、人のこと言えねえじゃねえかよっ」

「なんでだっ?!」

「この前トイレの電気付けっ放しだったぜっ! 電気代が勿体ねえじゃねえかよっ!」

「前にも言ったが、あれは俺じゃないっ! 俺はそんなヘマは絶対しないっ! あれはお前の仕業だっ」

 二人の口論が交錯する中も、二人の目が睨み合いながらも、二人の箸はバッチリと、肉を捕らえて放さない。

 二人は口論に加え、皿の上の肉を奪う為、間合いを取った。

「オレだってそんなことはしねぇよっ。てめえ、ボケたんじゃねえか?」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるぞっ。お前はボケの上にドジで間抜けだっ」

「何っ!? お前なんて天然ボケじゃねえかよっ!」

「んなっ! 俺のどこが天然ボケなのだっ。お前にそんなことを言われる筋合いはないっ!」

「だったら、オレのこともそうじゃねえかよっ! オレだって、お前にボケだのドジだの間抜けだの言われる覚えはねえよっ!」

 二人の言葉はそこで一旦途切れた。が、すぐさま顔は肉の方へと向き、二人は同時に叫んでいた。

「おりゃ~~~!!」

 その瞬間、勝負が決まった。どちらかの箸が肉をしっかりと掴んだのだ。さて、軍配はどちらに上がったのか。

「フンッ。勝った…」

「くっそ~~、取られたぜ…」

 勝ったのは黒龍。ま、そんなくだらないことは置いといて、黒龍は肉を食べながら、時計を気にした。

「あっ、もうそろそろ俺は行くぞっ」

「え? お前ホストだろ? こんな早く出てどうすんだよ。ホストは夜からだろ?」

「いや、今日は特別に早いんだ。それに白龍。ホスト、ホスト言うんじゃないっ」

 黒龍はそう言うと、二十歳くらいに変身した。

「これでよしっ」

「おうっ、じゃあなっ」

「では、行ってくるっ」

 黒龍はネクタイをきっちり締めると、アパートを後にした。






 黒龍は電車に乗っていた。この街にもだいぶ慣れ、道はもう完璧に覚えて、アトト商店街での買い物も慣れ、お金の使い方もわかってきた。しかし、黒龍はこのことを、少し悲しく思っていた。確かにここは平和で、争いは何もない、自分の居た闇の世界とは全く異なる場所だ。

 だが、だからこそ黒龍は、闇の世界のことを忘れられないでいた。今、闇の世界がどのような状況なのか、自分が居なくても平気なのか、凄く気になってしまう。

 黒龍は、電車が嫌いだった。勿論、狭い空間や、人のゴミゴミした感じも嫌いなのだが、もっと嫌いなのが、この何もしない、ただ目的の駅に着くまでの、長い長い時間が嫌いだったのだ。

 無論、それは他の人にとっては、ただの数十分に過ぎなかったのかもしれない。しかし、黒龍にとっては、長い長い時間だったのだ。この時間のせいで、考えなくていいことまでも、余計に考えてしまう。

(…全く、俺はどうしていつもこうなのだっ)

 黒龍は怒っていた。何故だか知らないが、自分がとても腹立たしかったのだ。いや、理由はわかる。親しくない他人との共同生活。その生活に、一生懸命ついて行こうとしている白龍に対し、自分は知らぬ間に、白龍と距離をとっている。いつまでも仲良くなんか出来ない。そんな暗い方へと考えが行ってしまう自分に、黒龍は怒っているのだろう。所詮は闇に生まれた存在。そう思ってしまうのだ。

 黒龍がそんな思考を巡らせている間、ようやく駅に着いた。

「ふぅ~、やっと着いたか…」

 黒龍はそのまま繁華街の方へと歩き、少ししたところで店の前へとつく。

 いかにもな感じの装飾は、今は電気が消えており、少々怪しい雰囲気さえ醸し出している。

 黒龍は着てきたネクタイを少しただすと、自分のこれから働く店へと入って行った。


 昼間にしては薄暗い中に、一人の男性店員が立っている。店員はにこやかな笑みを湛えていた。

「おっ、来たなっ。オーナーがおまちかねだよ。君には、えらく期待してるってさっ」

 黒龍は一礼すると、その店員の言われるまま、奥のこれまた薄暗い部屋へと入っていった。

 そこには恰幅のいい男が一人、ドカッとソファーに座っていた。

「やあ、黒龍君。良く来たねっ。オーナーの横峰(よこみね)です」

「どうも」

「実はこんなに早く来てもらったのには、訳があるんだよ」

「?」

 横峰オーナーはタバコを吹かすと、灰を灰皿に落とす。

「実は私ね、こことは別に、ちょっとだけ芸能界と精通しててね…君、ちょっとモデルをやってみないかね?」

「モデル?」

「ああ、そうだっ。何せ君をホストにしておくのは、少々勿体ない気がしてね…。いや、嫌だったらいいんだが…」

「…モデルって何ですか?」

「え?」

 横峰オーナーは、一瞬固まった。自分の聞き違いではないかとも思ったが、すぐに豪快に笑う。

「がはははは。面白いじゃないか。モデルの仕事はね、ただ立って、写真に写ってくれれぱいいから。あと、君の今住んでいる所に二人、中学生の子供が居るだろう? 君達は兄弟なのかね? 悪いと思ったが、ちょっと調べさせてもらったよ。あの子らにも、よければモデルをやってもらおうかとも思ってるのだが…。どうかね?」

「えっ?!」

 黒龍は驚いて、茫然とした。二人の中学生…つまり、黒龍と白龍のことを言われたのだ。

 しかし、今の黒龍は二十歳。普段は十四歳。どう考えても、一人二役は無理に等しかった。横峰オーナーは勿論、他の誰もが今の黒龍を、十四歳の姿をした子が変身しているとは思わない。

 茫然として言葉が出ない黒龍に、横峰オーナーはその容姿に似合わず優しく言った。

「ま、こっちも困らそうとして言ってる訳じゃないんだから。今日の所は帰って、二人にそのことを話してからでも遅くはないから。ねっ? まあ、もしモデルをやるんだったら、ホストはやめてもらうけどね。明日また聞くから」

「黒龍。父は、実は君をモデルに誘う為にホストに雇ったようなもんだよっ。断るのは勿体ないって」

「これ(とおる)、そんなに強要するなっ。がはははははっ」

 横峰オーナーの横にいた徹と呼ばれた男は、横峰の子供である。

 黒龍は、横峰オーナーに言われ、ひとまずアパートへ帰ることにした。




 ここは緑川アパートの二〇三号室。黒龍は、白龍に今日あったことを全て話した。卓袱台には紅茶が置かれ、白龍は片膝を立てて座っている。

「…そうか…。で? お前はモデルやるのか?」

「いや、俺がやる以前の問題に、オーナーが二十歳の俺と、十四歳の俺を別々に考えているから、まずその誤解を解かないと…」

「違うなっ」

「何が?」

「オーナーがどうこうの問題じゃなくて、これはお前のやる気の問題だと思うぜっ」

 白龍が、黒龍のいれた紅茶を一口飲む。

「まず、これは、一番大切なのはやる気だっ。お前がモデルをやりたいかどうかで、全てが決まるぜ」

「では、貴様はモデルをやりたいのか?」

「オレは前々から、モデルという仕事に興味を持ってた。だからオレはやるっ。お前はどうすんだ?」

「…しかし、やはり誤解を解く方が先決なのでは…?」

 黒龍が思案顔をすると、白龍は威圧的な目を向ける。

「いいか? 黒龍。何でオレが、やる気が大切って言ったかわかるか?」

「…?」

「そもそもオーナーは、十四歳のお前と二十歳のお前を両方使いたいと言ってるんだ。だから、お前さえやる気を出せば、十四歳のお前と、二十歳のお前は、入れ替わり立ち替わりになって、二人とも仕事が出来るっ」

 断言する白龍に、怪訝な顔をする黒龍は、

「そんなに上手くいくか?」

と、声を漏らした。

「そこら辺は大丈夫だろ。モデルってのは一人ずつ写真を撮ってくもんだ。三人とか、オレはあんまり見たことないな」

「なるほど! それなら入れ替わりも何とか出来そうだな。頭良いなっお前っ」

「それほどでもっ」

 白龍は調子に乗って、紅茶をおかわりしまくり、腹を壊した。





 次の日、黒龍は白龍とともに、早速横峰オーナーの元へ向かった。

 黒龍は二十歳の姿に既に変身しており、スーツにネクタイという出で立ちだ。白龍はというと、いつも通りで、ジャージのような服装をしていた。

「やあ、良く来たね。黒龍君に、そっちの君は…」

「あっ、俺は白龍っすっ」

「白龍君っ。一文字違いで、黒龍君と白龍君はやっぱり兄弟同士なのかね? …似てないけど…」

「えっ、ええ。そんな物です」

「そう言えば、 君達二人しかいないけど…。もう一人は来ないのかね?」

 横峰オーナーが周りを見渡した。

「い、いえ。遅れて来るそうです」

「そう」

 その様子に、白龍が黒龍に耳打ちする。

「おいっ、黒龍っ。例の作戦行くぞっ」

「ああっ」

 例の作戦とは、二人が寝る間も惜しんで考えた作戦であった。果たして上手く行くのか。

「あ、あの~、オーナー。トイレ借ります」

 そう言うと黒龍は、トイレの方へと歩いていった。

「ん? ああ、どうぞっ。…白龍君。もう一人の中学生の名前はなんて言うんだねっ?」

「えっ…。ええと…」

 白龍が言うのに戸惑っていると、壁の方から人が出てきた。

「お待たせしましたっ」

「ん?」

「…えっと、黒龍と白龍の兄弟の、青龍(せいりゅう)です。どうぞよろしく」

 青龍、基い、十四歳の黒龍は、名前を変えて登場した。何せ黒龍という名は、二十歳の黒龍が使っているので、同じ名前にする訳にはいかないと思い、青龍からちょっと名前を拝借したのだ。

(…青龍。少し名前を借りるぞ…)

 黒龍と白龍は心の中で合掌した。

「青龍君か。よく来たねっ。じゃあ早速写真を撮りにスタジオへ行くよっ。…って、あれまだ黒龍君が戻ってないのか…」

「あ、あの、さっきそこであって、長くなりそうだから先に行っててくれと言ってました」

「なんだい、腹でも壊したのかね? しょうがない奴だ。じゃあ、先にスタジオに行って、二人の写真だけ先に撮っちゃおうっ」

 横峰オーナーは、二人をホストの店の横にあるスタジオに案内した。どうやらそこも横峰オーナーが借りているらしい。





 そこは想像してたよりも狭く、恐らくここに立って写真を撮るであろう場所に照明が3個ある程度で、カメラマン含めスタッフも、二人しかいなかった。

「ここが、今日二人が写真を撮るスタジオだよ。…カメラマンの小島(こじま)さん! 例の二人、連れてきましたっ!」

「例の二人?」

 横峰オーナーが大音量で小島を呼ぶと、カメラを持って眼鏡をかけた短髪の男が、こっちに走ってきた。

「やあ、横峰さん。おはよう」

「ほらこの子達が例の…」

「おっ。おはよう。私はカメラマンの小島。今日はよろしくねっ」

「あっ、おはようございますっ」

「よろしくお願いしますっ」

二人は慌てて小島にお辞儀をした。

「では、早速撮り始めましょうかね?」

「そうだね、まず、二人には着替えてもらう感じで…」

「えっ? 着替える?」

「ああ、モデルってのはそういうモノだからねっ。格好良い服用意してるよっ」

 小島は、顔に似合わずウインクをした。

「じゃあ、そこにある服着たら、こっち来て二人で並んでね」

「えっ!? 二人!?」

「あぁ。そうだよ。黒龍くんが戻ってきたら三人で撮るつもりだからね。まずは二人で」

 その言葉に二人は驚愕した。これでは昨日考えていた、入れ替わり作戦が出来ない。

 黒龍と白龍は周りに聞こえないように耳打ちする。

「おい…どうするんだ、白龍。話が違うではないか。何が、三人では撮らない、だ」

「しょうがねぇだろ…ホントにそう思ったんだから。お前だって同調してただろうがっ」

「二人共、どうしたの? 早く着替えてよ」

 もたもたとして、まだ着替える素振りもしない二人を見て、小島が少々キレ気味な口調をする。

 その言動を見た二人は、すさまじい圧力を感じ、素早く着替えた。




 二人は色々なポーズをつけたり、服を着替えたりと、小島に言われるまま、写真を撮られていた。

「では、次は、そうだねぇ~…。この服に着替えてっ」

「は~いっ」

「小島さんっ。あなたも相変わらずだねぇ~」

 横峰がカメラ具合を見ている小島に話しかけた。

「いやぁ~、やっぱり格好いい男の子は、撮り甲斐あるよ~。横峰さんも良く、こんな子見つけて来たねっ」

「小島さんっ、いい絵に仕上げてくださいよ。この子らは絶対売れますからっ」

「わかってますよっ」

「それはそうと、黒龍君はまだ来ないのかね~?」

 横峰オーナーは、スタジオの入り口付近を見回した。

「あ、あの、俺ちょっと、トイレ行ってきます」

「あ、オレもっ」

「おっ、いってらっしゃい。…じゃあちょっと休憩っ」

 二人は足早にスタジオを出ると、トイレに駆け込んだ。

「おい、黒龍っ。これからどうすんだよっ」

「う~ん。難しい問題だな…」

「なあっ、お前の魔力で、黒龍をもう一人出すことって出来ねえのかよ?」

 あまりにも無茶振り過ぎな白龍。焦りすぎて、思考がおかしなことになっている。自分でも何を言っているのか分からなかった。だが。

「は! 出来るっ。迂闊だった!」

 黒龍は、青天の霹靂とでもいう様な顔をした。

「出来るのかよ! 自分で言っといて何だけど、さすがにアホなこと言ったと思ったわ」

「忘れていたが、この方法で、二股をかけたこともあったのだ…」

「最低だな…お前…」

 白龍は呆れたが、黒龍に変身するよう促した。

「おいっ、早く変身しろよっ。誰か来たらまずいだろがっ」

「そうだなっ」

 黒龍は二人に分裂し、さらにもう一人は、二十歳に変身した。

「これでいいだろうっ」

「ふぅ~、何かこっちまでヒヤヒヤするぜっ」

「お前がそんなに気にすることではないだろう」

「いや、一応オレの案だからな。少しは責任感じてんだぜ」

 白龍はポリポリと、ばつが悪そうに自分の頬を掻く。

「…すまん…」

「へっ?」

 白龍は、黒龍の意外な言葉にドキッとした。黒龍はそのまま言葉を続ける。

「白龍、俺は…。ずっと言えなかったけど、やはり闇に帰りたい…」

「えっ? 何言ってんだよ」

「俺はここに来て、わかったことが一つある。…闇の、龍…」

 黒龍は一瞬 間を置いて続けた。

「…どうしても俺は、闇の龍だっていうことだけだ。俺は今何の為にここいるんだっ? 俺はただ、闇で、争いを止めていればいいだけの筈だったのに…。なあ白龍…。女神様は、やはり俺がいらなくなったんじゃないのか? …俺がいなくなれば、闇の世界での争いを止める者はいなくなり、闇の世界自体が滅亡する…。女神様はそう考えたのではないのか?」

「黒龍…。それは、違うんじゃねえか…?」

「何?」

 白龍は、黒龍の暗い言葉、考えを聞き、自分の中にある物思いを正直に答えた。

「確かに、俺達は今、人間界ってとこで生活してるけど…。女神様の考える所は、もっと別な物なんじゃないのか? 下界で生活させてるのも、本当に何か、悪意のあるものがいて、…上手く言えねえけど…きっと違う。女神様は、」

 白龍が何かを言いかけた時、トイレのドアが開いた。開けたのは小島だった。

「あっ、いたいたっ。何してんの? みんな待ってんだけど。黒龍君に白龍君、青龍君も続きを撮ろうじゃないかっ」

「えっ、は、はい」

 またもや少しキレ気味に、小島は三人を呼んだ。三人は、小島の後について行き、スタジオへ戻った。スタジオに入ると、横峰オーナーが迎え出た。

「やあ、黒龍君、遅かったじゃないかっ。さ、すぐに写真を撮ろうっ。まず、黒龍君一人で。その次は、三人で撮ろうかな? …あ、後、私の息子も来てるんだ、紹介しようっ。黒龍君は一回会ってるよね?」

 横峰オーナーは急いでいるのか、早口で捲し立てた。

「おい、徹っ。ちょっとこっちへ来てくれっ」

「はいっ。…あ、昨日の…」

「これが息子の徹です。モデルもやってんですよ。まあ、トンビが鷹を生んだって奴ですかねぇ~、自慢の息子ですよっ。がははははっ」

「あっ、徹です。よろしくっ」

「じゃあ三人で撮り終わったら、その次は、徹も入れて四人でどうですか? 小島さんっ」

「そうですねえ~。出来るなら、服も色々着させてやる感じで…。ぐふふ…」

「おぉ、いいねっ。それで決まりっ」

 そうやって二人の話がまとまると、すぐに写真を撮っていった。

 まずは二十歳の黒龍から。そして、白龍と十四歳の黒龍をいれて三人で。その次は徹をいれて四人。

 次々と写真が撮られて行く中、十四歳の黒龍の様子がおかしくなってきた。白龍は十四歳の黒龍に耳打ちする。

「おい、黒龍っ。どうしたんだ? どこか気分でも悪いのか?」

「いや、そうと言えばそうなのだが、そうと言わなければそうではない…」

「は? 意味わかんねえよ…」

「とにかく、今は、黒龍の様子を見ろ」

「え? 黒龍はお前…」

「違うっ。でかい方だっ」

「ああ、でかい方…」

 白龍は言われるまま、二十歳の黒龍の方を向いた。

「おいっ、黒龍っ。何かでかい黒龍も様子がおかしいぞっ」

「…気付いたか、白龍…」

「いや、気付いたとかじゃなくてお前が見ろって…」

 だが、十四歳の黒龍は、白龍の言葉は耳に入ってはおらず、そのまま言葉を続けた。

「白龍。でかい黒龍の様子がおかしいのは…もう限界なんだ」

「…限界?」

「俺は変身した後、重大なことに気が付いた。…俺がこの方法で二股をしたのは聞いただろう? 俺は二股をしてる時、その二股がばれたんだ。何故かわかるか?」

「ま、まさかっ」

「俺は、この状態を一時的にしか保っていられない。…だから…」

 十四歳の黒龍がそう言うと、ボンッという音とともに、周りが煙に包まれ、煙がなくなった頃には、二十歳の黒龍の姿が、跡形もなく消えていた。

「…こうなってしまう…」

「黒龍君っ?! 一体何処へっ? 何が起こったんだ?」

「なっ、消えたっ!? 黒龍君が消えた?!」

「何かあるとは思っていたが、まさかいきなり消えるとは…」

 一同は、思い思いの言葉を口にしたが、やはり謎は説き明かされなかった。

「横峰オーナー、小島さん、徹君。…すいませんでしたっ!」

「へっ?」

「実は、二十歳の黒龍はいないんですっ。黒龍は、この十四歳の俺なんですっ。青龍ではないんですっ。ごめんなさいっ」

 黒龍は、突如として頭を下げ、素直に謝った。この行動に皆は勿論、白龍までもが驚いていた。

「青龍、君…? それは、何の冗談かね?」

「横峰オーナー、冗談ではないんですっ。二十歳の黒龍は、この俺が変身した姿で…」

「おい、黒龍…」

「じゃあ、今までいた黒龍君は? どうやって?」

「それは…、あの…俺が分身して…」

黒龍は言いにくそうに、口をモゴモゴさせた。

「分身っ?」

「俺達を騙してたのか?! 横峰オーナー、どうします?!」

 小島が撮影を邪魔されたからなのか、顔を赤くして怒鳴ると、横峰オーナーの意見を仰ぐ。

 横峰オーナーは一人静かに俯いていた。

「…がっははははははっ!」

が、突然顔を上げ、口がはち切れんばかりに笑い出した。

「青龍君っ。君が黒龍君なのは良くわかったよっ。だがそれがどうかしたのか?」

「えっ?」

 皆はその言葉に驚いた。横峰オーナーは、さらに続ける。

「いやいや、実に素晴らしい手品だったよ。…青龍君っ…いや黒龍君っ。…小島さん。徹。実はこの二人、 翠嵐っていう手品師なんだって。新聞に書いてあったよ。『商店街に翠嵐と名のる謎の手品師現わるっ!』ってね」

「あ、やっぱ新聞に載ってたか。あんな大々的にやったもんな…」

 白龍は顔を少ししかめた。その言葉を聞いて黒龍が続ける。

「じゃあオーナーはその記事を見て俺達を雇ったのですか?」

「いや、そうではないんだよ。第一、二十歳の君と十四歳の君とでは、全然違うからね。気付きもしなかったよ」

「じゃあ?」

「その記事を見たのは今日でね。君のことも調べさせておいたし、一緒に住んでるのは知ってたが、まさか、二十歳の黒龍君は実在しなくて、十四歳の君が黒龍君だって? よくやってくれるよっ」

 横峰オーナーは笑いながら、その後、決定的な言葉を吐いた。

「…君を、黒龍君を、辞めさせる訳にはいかぬな。むしろ、辞めてもらっちゃ困るっ。君は私にとってとても必要な人材なのだからねっ」

 横峰オーナーはさりげなくウインクをした。

「…やったな黒龍!」

「…フッ。…あ、当たり前のことだ」

「とか言って、顔かほころんでるぜっ」

 黒龍と白龍は共に喜びあった。これでモデルの仕事が続けられると。横峰オーナーが、以前よりも生き生きした顔で言った。

「じゃあっ、写真撮っていきましょうかっ!」

「はいっ!」


 黒龍と白龍は、この日の仕事を無事終え、帰路に就いた。




 ここは、帰りの電車の中。電車の窓から、街の灯りが流れるように過ぎていく。時折、振動で揺れるそれは、まるで、光る花の様だった。

 白龍は椅子の端に座り、黒龍は、白龍の隣の手すりに、寄っ掛かるように立っていた。

「なあ、白龍…」

「ん?」

「…何でもない…」

「何だよっ。言えよ、気になるじゃねえか…」

「やっぱりいい…」

「ガキじゃねえんだからよ」

 白龍のその言葉に、黒龍が口を開く。

「俺、やっぱり、闇には帰りたくないな」

「は? なんだよ急に?」

「俺、何で俺はこんな所にいるんだって、ずっと悩んてた…」

「………」

「ずっと、闇の世界へ帰りたいって思ってた…。でも、今日のことがあって、俺はまだ未熟だということが思い知らされた」

 白龍は俯いたまま、黒龍の言葉を静かに聞いている。

「…俺、ここの世界で、もっと強くなる。闇の世界全体を守れるような強い龍になるっ。今決めたっ。…女神様のことも、多分、俺をここにやったのは、俺をもっと強くする為にここに連れてきてくれたんだと思うことにする。俺がまだまだ弱いから、ここで精神を鍛えろってことだよなっ。なっ? 白龍?」

 黒龍は白龍の方へと向いた。

「…オレは、もっと違うと思うぜっ」

「えっ?」

「女神様がここにオレ達を連れてきたのは…ただ単に龍同士のオレ達に、仲良くして欲しかっただけなんじゃねえのかな…?」

 白龍が電車の天井の先にあるかのような天界に、思いを馳せるように上を向いた。電車は二人の目的の駅へと着いていた。





 山澄の部屋。ここはいつも、何故か賑やかである。二人はここに来ていた。山澄がいつでも来なさいと言ってくれたのだ。見掛けによらず、山澄は優しく、寂しがり屋のオジさんだった。

 因みに山澄は、このアパートの住人から、厚い人望を受けていた。頼りになる心強い人である。

 今日も山澄の部屋には、アパートの住人が集まっていた。と言っても、居るのは山澄、大家、杉山、よしお、そして、黒龍と白龍の六人だけだが。

「いや~、やまさん。今日はありがとうねっ。お陰でうちのバイク、すっかり直って、調子も万全じゃっ!」

「いえいえ、大家さん。それも、この間の恩返しですよっ。やまさんの恩返しっ。なんちゃってっ」

「もう~、やまさんは冗談が上手いんだから~」

 山澄と大家は二人で酒盛りし、スッカリ出来上がっていだ。だが、山澄は普段からこの状態なので、酔っているのかどうかは分からないが。

「おい、よしおっ。お前、ピザで、殺人未遂したんだって? 白龍から聞いたよっ」

「杉さん、白龍さんの言ったことはでたらめですよっ! …確かに、ピザもまともに作れない半人前ですけど…」

「何っ? 俺に口答えするのか?! 白龍の言ったことは絶対なんだよっ」

「杉さん! わかったから、眼鏡を俺に掛けないで下さい~。…ああう…、ガリ勉になってしまう~…」

 こっちはこっちで、何やら盛り上がっているみたいだ。それはさておき。

「あの~、やまさん」

「ん? なんだい白龍君っ?」

「…オレら…実は、モデルになったんだよ…。一応みんなに報告を、と思って…」

「んな? 何~! モデルだって~!?」

 山澄は酔いも覚めるような勢いで叫んだ。が、次の瞬間。

「ま、いいんじゃないの?」

「叫んどいてそりゃーねえだろ…」

「若いうちは、うんと思いっきり人生経験しなきゃ駄目だからねっ」

「えっ? 待てよ白龍っ!」

 杉山が驚いた様子で、白龍に近寄ってきた、微かに手が震えている。

「なんだよ? 呼び捨てにすんなよっ」

「…お前、モデルってもしかして…。裸とか…」

「何馬鹿なこと言ってんだよっ!! そんな訳ねえだろがっ! オレ達がやったのは、ファッション雑誌のモデルだよっ!!」

「ファッション雑誌? …何て雑誌だ? 買うから名前教えてくれよっ!」

 杉山は白龍のファンらしい。が、黒龍のことは嫌いらしい。まあ、二人とも杉山が好きではないので、まとわりつかれる白龍にとっては、非常に心底、とことん迷惑である。

「…おっ前、気持ち悪りぃなぁ~! くっつくんじゃねえよっ!」

「なあなあっ。教えてくれよっ! 買うからよっ」

「わかったよっ! わかったから離れろ! 気色悪りぃ!」

 白龍がついに観念して言おうとすると、黒龍が割って入った。

「確か…。FRESH(フレッシュ)って、名前だったな。俺達が載る雑誌は。他にも、俺達の写真集とか出るかもな…」

「ぷっ。FRESH?」

 よしおはその名前に笑った。と、同時に杉山は怒り出した。

「んなっ! 黒龍っ。俺は白龍に聞いてんだっ。お前に聞いた覚えはねえっ…!」

「ふ…っ」

 黒龍は、わかってやっているらしい。ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。杉山に対して、最大の嫌がらせをしているつもりらしかった。

「フンッ。そんな馬鹿でドジで間抜けな白龍のファンになるなんて、頭がイカれてるな。さすがはオタクだ。何なら俺が、その白龍の、馬鹿でドジで間抜けな私生活を、一回一万円で教えてやろうか?」

「おっ、聞きてぇ聞きてぇっ!!」

 杉山が黒龍に近寄ろうとしたその時、杉山と黒龍の頭に、スリッパがぶつけられた。

「痛っ!」

「妙な話するんじゃねえっ!」

「痛いではないか白龍っ!」

「ああ、この痛み…。白龍の愛の鞭…」

 その杉山の言葉に、白龍はキした。

「気色悪りぃんだよっ! お前はっ!」

「ぎゃあああ~!」

 案の定、杉山は白龍に思いっきり蹴られ、一発で伸びた。

「全く…。弱いくせに生意気だぜ…」

「全くだなっ…」

「黒龍っ! 半分はお前のせいなんだぞっ!」

「まあまあ白龍さん。杉さんは白龍さんのファンなんですから。夜中に忍び込みたいとか言ってましたよ」

 よしおは杉山をかばうどころか、白龍の怒りをさらに増幅させた。

「それが気色悪りぃんだよ! 帰るぞっ! オレの用事は済んだからなっ!」

 白龍は怒りながら、山澄の部屋のドアをバシッと閉めて出ていった。

「全く…白龍の怒りんぼめ…困ったものだ。俺みたいに常にクールでなければ」

「黒龍さんも白龍さんとそんな大して違いありませんよ」

「何だと!? 何処がだ!」

「そういうとこ…」

 よしおが黒龍の性格を適切に言い当てた。

「黒龍君、そんなに怒らないの。あの頃はまだマシだったのに…」

「何、どういうことだ? やまさん。まるで、俺を知っているような口振りだな」

「え? 私、何か言った? ん~? やまさん、ちょっと酔っぱらったかも。黒龍君、介抱して~!」

 何と山澄は、黒龍の膝にダイブしてきた。

「え!? ええ…?」

 黒龍は戸惑い、よしおに助けを求める視線を送る。

「あ~。やまさん、たまにそうなるんですよ。俺もやられました」

「そ、そうなのか? しかし、介抱しろと言われてもな…」

「ほっといて大丈夫です」

「二人共。ひどいいいようですな…」

 山澄は黒龍の膝から渋々起き上がった。

「黒龍君。さ、私の膝に寝なさい」

「何故俺が、女性ならまだしも、男の膝に寝りゃならんのだっ」

「いいじゃないの、昔はよくしあげたでしょ?」

「だから! 昔の話をされても、俺は知らんぞ!」

「ん? ああ、やまさん勘違いしてたよ。何せ酔っぱらってるからねえ」

 山澄はそう言うと、しゃっくりを一回した。

 黒龍は少し訝しむ。だが。

「そうか、勘違いなら仕方ないな」

と、大して追及もせず、ふと時計を見た。

「む? もうこんな時間か。俺はそろそろ部屋に帰るとするか。白龍も淋しがっているだろうしな」

 黒龍はそう言うと、山澄の部屋を後にし、一つ向こうの自分の部屋へと帰っていった。








 真っ暗な部屋の中、黒龍と白龍は寝る準備をしていた。今日は初めての仕事でハプニングもあり、精神的に疲れたのである。白龍は既に眠そうだった。

「なあ、白龍」

「何だ?」

「…いや」

「はっきり言えよ。いつもそこで止まるよな、お前」

「やまさんが気持ち悪いんだが…」

「はっ?」

 白龍は予想もしなかった言葉に、思わず肩がずり落ちる。

「俺に介抱しろと膝の上に寝るし、膝に寝ろとか言うし、挙げ句の果てに、昔はしたとか…訳のわからないことばかり…」

「ただの酔っぱらいの戯れ言だろ?」

 そう言いながら、白龍は、眠そうにあくびをした。

「しかし、俺にはあまり、酔っているようには見えなかったのでな」

「…淋しいんじゃねぇか? あの年で子供もいなさそうだし、結婚もしてない。きっとアパートに住む人達は、みんな自分の家族か兄弟かのように思ってんじゃねえの?」

「そういうもんか?」

「そうだろ」

 白龍は寝ようと、自分のベッドに入った。黒龍もつられるように、自分のベッドに入る。

「でも、俺は昔、山澄の気配を感じたことがある気がする」

「ホントかよ? 気のせいだろ? お前は考えすぎなんだよ」

「しかしだなっ…」

「わりぃ…オレもう限界だわ…。…話…なら…あ…した…に…」

 白龍はそう言った途端、電池が切れたのか、深い眠りに落ちていった。

(…この不安な思いを、どうすればいいのだろう…)

 黒龍は一人静かに目を閉じた。



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