三 「翠嵐~運命の再会!?~」
ここは緑川アパートのニ〇三号室。
白龍は、朝食の準備をしていた。昨日の晩御飯はカップラーメンだったので、当たり前だが、今日はちゃんとした物を食べようということになったのだ。
「おいっ、白龍っ。飯はまだか?」
「もうすぐ出来るよ~」
白龍は、エプロンスタイルにお玉を持っている。何故いつの間にかこんなことをさせられているのだろうか。
「…って、おいっ! 何でオレが飯の用意してんだよっ! お前も手伝えよっ!」
「なんでだっ! 俺は夫の役だろっ。そしてお前は妻の役。夫である俺に、飯を作る義理はないっ」
「意味分かんねぇよっ! そもそも、何でオレが妻なんだっ! オレもお前も男だろ! 夫婦じゃねえっ! 役とかもねえっ!」
「お、みそ汁煮えてるぞっ」
黒龍が、沸騰しているみそ汁を見て言った。
「おっ、おっと、あぶねーあぶねえ。…じゃねえ!」
「それより、飯はまだか?」
その瞬間、黒龍の腹がぐぅ、と音をたてて鳴り響く。
「…はああ~…しょうがねえな。ま、取り敢えず出来たぞっ。朝の定番の、米とみそ汁と納豆と秋刀魚だっ」
「おおっ、さすがは俺の妻だっ」
「だからっ妻じゃねえってのっ!」
卓袱台に、ボンとお盆の乗った料理を置くと、はねあがる味噌汁が少し零れた。しかし、気にも止めない二人は早速料理を口に入れる。
「いただきまーすっ!」
ズズッと音がしたかと思うと、味噌汁を飲んだ黒龍がいきなり叫んだ。
「なっ! なんだこれはっ」
「どうした?」
「このみそ汁っ、しょっぱいではないかっ!」
「ん? うわっ、ほんとにしょっぺーっ。煮詰まっちまったな…」
白龍はみそ汁を口に入れると顔をしかめた。
「こんなみそ汁を飲まされるくらいなら、出てってやるっ!」
黒龍は怒って立ち上がると、玄関まで行った。
「えっ? ちょ、ま、待てよっ! 何言ってんだ? お前?」
「止めるな白龍っ」
「は? わかった、止めねえよ、達者で暮らせよ~」
立ち上がろうともせず、箸を持ったまま、黒龍に向かって真顔で手を振った。
「なっ! それはないだろ白龍!」
「へ?」
「普通止めるだろ!」
黒龍は白龍に、顔を思いっきり近付けた。
「え? だってお前が止めるなって…」
「そう言っても、止めるものなのだっ、コンビってのはっ! 俺達の翠嵐が解散してしまっていいのかっ!?」
「解散して、いいっ! ってか、翠嵐なんて組んだ覚えは、ねえっ!」
白龍は語尾を強調した。
「ああ! 解散するなっ解散するなっ」
「お前昨日からそればっかりだなっ」
白龍は眉をひそめながら、みそ汁をズズズっと飲んだ。
「それよりお前、良くそんな物を平気で飲めるな…」
「しょうがねぇだろ。作っちまったもんは…。捨てるのもったいねえし、飲むしかねえだろ。減らす為にお前も飲め」
「しょうがない、お湯で薄めるか…」
ポットに手を掛け、お湯を注いで飲んでみる。
「薄いっ! 薄めすぎたっ。くっそ、またみそ汁を足して…」
黒龍は、鍋からみそ汁をよそい、飲んだ。
「ぐわっ、濃い! いれすぎだっ!」
「お前、アホだな…。それに、それやってくと、だんだんみそ汁増えてくぞ…」
白龍は、呆れて黒龍の様子を見ていた。どこまで続けるのかと。
「しょうがない。みそ汁は諦めて…、魚を食うか…」
「諦めんのかよっ! ってか、みそ汁増えてるし…」
白龍は、みそ汁の入っている鍋を見た。お椀ではなく、鍋にお湯を入れたのか。黒龍は魚を食べようと秋刀魚を見た。
「んなっ! なんだこれはっ!」
「どうかしたのか?」
「こんなの食えるのかっ!?」
手にしていた秋刀魚は、丸焦げで、持ち上げると影も形もなく崩れ去り、とても食べられる状態ではなかった。
「いや~、油断してたらつい…」
「今のところは、新米主婦だ。これぐらいは見逃してやる…。だが…」
「新米主婦ってっ、オレは主婦じゃねえってっ!」
「…だがっ、この米はなんだっ! ぐちゃぐちゃではないかっ!」
黒龍は、茶碗に入っている御飯を見せた。御飯は見事にお粥状態だ。
「いや~、水入れ過ぎたらしくて…」
「お前は米も炊けないのかっ! 俺は、俺は…っ!」
黒龍は震えていた。
「へっ?」
「俺はお前をそんな奴に育てた覚えはないっ!」
「オレもお前に育てられた覚えはねえよっ!」
「もういいっ! 翠嵐解散だ…!」
「お前そればっかりだな。…ってか、早く食っちまえよ。この後、近所に挨拶周りに行くんだからよっ」
「むっ。そうだったな」
黒龍は、白龍に上手く丸め込まれた。
「おいっ、貴様がさっきから食ってるそれはなんだっ?」
「へっ? 納豆だよっ。知らねえのか? これが旨いんだぜっ!」
白龍は、口をネバネバさせながら喋った。
「きたなっ!」
「そんなこと言わずに、おめえも食ってみろよっ」
「そうか、そんなに旨いのか…」
黒龍は、納豆をお粥ご飯にいれ、かき混ぜてみる。
「ぐっ、臭いっ! お前、これ腐ってるではないかっ!」
「まあ、腐ってるっちゃ、腐ってるんだけど…。こういう食べもんなんだよ」
「そ、そうなのか…」
黒龍はそう言い、納豆を口へと運んだ。すると。
「ぐわっ! ネバネバするっ、まずいっ! 臭いっ! こんな物食べるお前は変人だっ!」
「なんだとこの野郎っ!」
黒龍は驚きの余り、我を失った。言っておくが、今の台詞で、黒龍が全ての納豆ファンの怒りを買ったことは間違いない。
「お前なぁ~! そんな文句言うくらいなら、食うなよっ! ってか、自分で作れっ!」
「しょうがないっ! こんなまずい飯を食うくらいなら、自分で作るっ!」
黒龍は立ち上がると、台所で何やら料理を始めた。
「ったくよ…。せっかく作ったのに文句言うなんて、信じられねえぜっ」
白龍は、そう言いながら、黒龍の分の飯も食べた。
「さて、俺の飯が出来たぞっ」
「早っ! もうかよっ、早えよ! …まさか、 またカップメンか?」
「フンッ、そんな物食うわけないだろっ」
黒龍が持ってきたお盆の上には、ちゃんとした料理が乗っかっていた。
卵焼きに、鯵の開き、それに白菜の漬物に、サラダ。栄養バランスを考えた、ちゃんとした食事である。しかし、米とみそ汁は、白龍が作った物。
「どうだ? この出来栄えはっ」
「うっ、オレの作ったのとは雲泥の差だっ。まぶしいっ…。ってか、お前どうやってそんな豪華そうなもん、こんなに早く作ったんだよっ。白菜の漬物とか、明らかに前もって漬けとかなきゃ、出来ねえじゃねえか!」
「早いに決まっているだろっ。俺は黒龍だからなっ!」
「だからっ! それじゃ意味分かんねえよ!」
白龍を尻目に、黒龍は、自分で作った料理を食べ始めた。
「うまいっ! さすが俺様っ。こんな俺の妻になって、お前は幸せ者だなっ!」
「妻じゃねえよっ! (つか、この材料じゃ分からねぇとか言っときながら、ちゃんと作れてるじゃねぇか…) ……はああ…」
白龍は、突っ込み疲れたらしく、呆れて黒龍を見た。
「そ、そんなに見るなっ。俺がお前より明らかに格好良いからって…」
「呆れてんだよっ。…それより、早く食っちまえよっ。挨拶にいくんだからなっ」
「わかっているっ」
黒龍と白龍は、朝食を食べ終えると、タオルを四枚持って部屋を出た。まずはこのアパートの大家に挨拶に行く。
さて、ここで少々説明しておかねばなるまい。この緑川アパートは、たった六部屋しかない小さなアパートだ。そして、一〇一号室と一〇二号室は、ここの大家の家になっている。つまり言えば、この緑川アパートの住人は、大家と黒龍、白龍もいれて、わずかに六人。
まあ、ここの大家も、道楽半分で気ままにやっているのだから、あまり関係はないが。道楽半分なので、家賃はてきとーで、めちゃくちゃ安い。
まあ、そんなことはさておき、白龍は、大家の住んでいる部屋のベルを押そうとしていた。
「どうしたんだ? 白龍」
「この場合って…。昨日引っ越してきた、白龍と黒龍ですけど…。で、いいのか?」
「何言っているっ。この場合は、昨日引っ越してきた翠嵐ですけど、だ!」
「なんでだよっ! オレは翠嵐組んだ覚えはねえっ!」
黒龍と白龍が部屋の前で言い争っている中、外が騒がしかったのか、大家が部屋から出てきた。
「なんじゃね、君達はっ」
「あ、あの、オレ達…」
「昨日引っ越してきた、翠嵐ですっ。どうぞお見知りおきを…」
黒龍は、白龍を押し退けて、大家にタオルを渡した。
「ありゃ? あの部屋は、確か、クルス・ソレイユっていう、美人で、ないすばでぃな外人さんに、借したはずだったが…」
「クルス・ソレイユ?」
二人はその名に首を傾げたが、白龍がすぐに思い出した。
「ああっ。女神様の名前かっ! すぐには思い出せなかったぜっ」
「何っ? 女神様には名前があったのか?」
「あるに決まってるだろっ、今まで何だと思ってたんだよ」
「いや、女神様という名前かと…」
「んなわけあるかぁ!」
二人のボケとツッコミを見て、話を本題に戻そうと、大家が尋ねた。
「だから、何で君達があの部屋に住むのか、わしには良く分からんのだがね?」
「それは、そのクルスさんが、俺達、翠嵐の為に借りた部屋だからだ。俺達翠嵐が住むということを、言い忘れていたんだな、女神様は…」
「そうか、それは残念だね…。せっかくあのべっぴんさんが住むのかと期待してたのに…。一緒に茶菓子でも食べたり、一緒にお茶飲んだり、洗濯したり掃除したり、四六時中居ようと思ったのに…。夜中に部屋に忍び込んだりもしたかったのに…」
「それは犯罪だっ!」
二人は思わず叫んでいた。
「何なんだこのじいさんは…」
「ここは、男ばかりが借りてるから、女の人に貸してあげたのに…。あーあ残念だっ。 まあ、しょうがないか…。タオルありがとねっ」
大家はたいそう残念そうにしながら、部屋のドアを閉めた。黒龍と白龍は呆然としていた。
「何なんだ、あのじいさんは…。俺の女神様を我が手にかけようと…」
「お前のじゃねえよ。それに、女神様は元々ここには住まないんだから、女神様があのエロジジイに襲われる心配はねえよ。それより次の部屋いこうぜっ」
黒龍と白龍は、次の部屋、一〇三号室に向かい、ベルを鳴らした。
「すいませーんっ。昨日引っ越してきた…、えっ~と…」
「翠嵐ですけど、だっ」
「ああっ、翠嵐ですけど…」
白龍は思わず釣られて言ってしまった。が、言い直す前に部屋から赤縁眼鏡を掛けた、髪の毛がマリモ色でスポーツがりの、変な男が出てきた。
「あ、あの、二〇三号室の…」
「翠嵐ですけどっ」
「翠嵐…さん? プゥっ。変な名字ですねっ。因みに下の名は?」
男は、馬鹿にした笑いをした。
「なっ! 何だと貴様…っ!」
「まあ、落ち着け黒龍っ。翠嵐って名は確かに変だからっ」
「こくりゅうぅ~? これまた変な名前っ。じゃあそっちの人は?」
「えっ? オレは白龍だけど…?」
「あっはははっ! 黒龍に白龍っ! 変な名前だっ! どっかのお笑い芸人か何かかっ?! あっはっはっはっはっ!!」
黒龍と白龍は、思いっきり馬鹿にされ、暗黙の了解で、その男をぶちのめすことにした。
「貴様っ!」
「この野郎っ!」
「ぎゃあああっ!」
男は一発で、簡単に伸びた。
「きゅう~…」
「全く、弱いくせに生意気なっ」
「本当だぜっ! ムカつく野郎だなっ!」
「こいつの名は何だっ!?」
黒龍は、この男の表札を見た。
「ん? 杉山爽? 顔に似合わん名前だな!」
「全くだぜ。何処が爽やかだよ。こいつ、顔も何かオタク顔だし、同じ名前の人が気の毒だぜ。それに、オレ達の方がよっぽどモテるし、千四百年生きてるし、超っ! かっこ良いよなっ。次行こうぜ、次っ!」
黒龍と白龍は杉山をほっとき、二階へ上がった。
「次はこの二〇一号室だなっ」
「変な奴じゃないと良いがなっ」
白龍は、部屋のベルを鳴らした。すると、小太りの、中年と思われるおじさんが、ジーパンにヨレヨレの白Tシャツで出てきた。
「は~いっ! …何ですか? 新聞なら間に合ってますけど…」
「い、いえ、オレ達、二〇三号室に越してきた、白龍と黒龍です。すいません、突然…」
「因みにコンビ名は翠嵐だっ!」
黒龍は自慢気に鼻を鳴らした。
「翠嵐? コンビ名? お笑い芸人か何かですか?」
「まあ、そんなとこだっ」
「違げえよっ!」
「これは、つまらんものだが、受け取れ」
黒龍は小太りの男に、タオルを渡した。
「あ~、ありがとうございますっ。これでお風呂に入れマッスる。…なんちゃってっ!」
「………」
二人は呆れている。
「あれ? 面白くなかった? …ごめんなさいねぇ、タオルのお礼をギャグで返したかったもんで…」
「…それより、 …今まで風呂に入っていなかったのか…?」
黒龍が、呆然としながらも疑問を口にする。
「え? ええ…。何せタオルが無くて、お金はまあ沢山あるんですけどね…」
「それだけかよっ! タオル無くても銭湯ぐらい行けよっ! ってか、金あるならタオルぐらい買えよっ!」
白龍が鋭い突っ込みをいれた。
「いや~、行く暇もなくてね~…。銭湯で、洗浄…なんて…ぷくくっ」
「…くだらねぇ~…。全く、親父ギャグが過ぎる、困った中年のおっさんだぜっ…」
「何を言いますっ。私はまだ三十歳ですぞっ」
「何だって!?」
二人は驚愕した。どう見ても四十代後半のおっさん …。基い、どう見ても中年は過ぎている顔だ。しかし、頭は金髪。
「ど、なっ、え?」
黒龍と白龍は驚きの余り、すぐには言葉が出ず、奇妙な声を発していた。
「疑ってるんですか? 何なら、車の免許証を…。はいっ」
男は車の免許証を取り出し、二人に見せた。確かに、この男は三十歳。しかも金髪。黒龍は、免許証に書いてある名前を見た。
「名前が読めん…」
「山澄虹終と読みます」
「確かにこのおっさん、口臭キツそうだぜっ」
「ひどい言い様ですな…。まあよろしいっ。 私のことは、やまさんと呼んで下さいねっ。…では、よろぴくっ。眉毛ピクピクっ」
山澄は笑顔で、顔の横で手を振り、ついでに眉毛もピクピクさせながら、自分の部屋へと戻って行った。
ドアを閉める瞬間、山澄の部屋がチラッと見えたが、凄い汚れ様であった。白龍の部屋以上にだ。思えば、髪の毛にもフケが溜まっていた気がする。まともな住人が居ないのかと二人は思った。
一人はエロジジイ、一人はオタク、一人は老けた金髪のおっさん。次こそはまともな奴であるようにと願い、白龍が、二〇二号室のベルを鳴らす。
すると、男が出て来た。
「は~いっ。どちら…様っ!?」
男は、言い終わるか終わらない内に、すぐさまドアを閉めようとした。が、黒龍と白龍によって、ドアを閉めるのを阻止される。二人は、その男に見覚えがあったのだ。
「貴様っ! よしおっ!」
「何でお前がいるんだよっ!?」
男はよしおであった。昨日、黒龍と白龍がピザを頼み、この世の物とは思えぬピザを作って持ってきた男、それがよしおである。
「何でいるかって…。それはここが俺の部屋だからですっ!」
「そうか…。取り敢えず上がらせてもらうぞ、よしおっ」
「あああっもうっ、勝手に入んないで下さいっ!」
黒龍と白龍は、よしおの言葉を聞かず、強引に上がり込んだ。
「随分狭い部屋だな」
「それに汚ねえしよっ。ちゃんと掃除してんのか? よしお」
「勝手に上がり込んどいて何言うんですかっ。そもそも俺の名前はよしおじゃなくて、吉野健悟ですっ」
初めてよしおの本名が明かされた瞬間だった。
「何っ! 名札によしおと書いていたではないかっ!」
「あれは、仕事上の名というか何というか…。本来はGOって呼ばれてますけどね」
「そういえば、お前、ピザ運んで来た時よっ。場所どこかわかんなくて、道に迷ったって言ってたよな。お前、どうして自分の住んでるアパートの場所もわかんなかったんだよっ。…さてはお前…、わざと遅れて来たんだなっ!」
白龍が凄い剣幕で言い寄った。ビザを食べられなかった恨みは恐ろしい。
「ち、違いますよっ! …誤解されて怪我したくないから白状しますけど…俺、極度の方向音痴なんです。ここには最近引っ越してきたばかりだし、まだ慣れていないし、アパートの方角も、わかんなくなっちゃうんです。それで何度か警察のお世話になったりとか…」
「警察!?」
「お前、さては、自分の作ったピザを無理やり食べさせて、殺人未遂とか…」
意味不明な推理を始める白龍である。
「だから違いますよっ! 方向がわかんなくて、交番で道聞いたりしたんですっ! …でも、それでもわかんなくなっちゃって、道をグルグル周って、何度か交番で聞いてるうちにお巡りさんに“しょうがないからそこまで送ってやるっ”ってのも、多々ありまして…」
「アホだな…」
「ああ、アホだ…」
二人は完全に呆れていた。
「でも、引っ越してきたってどこからだ? 何で引っ越してきたんだよ?」
「あなた方にそこまで話すいわれはないと思いますけどね…」
よしおが少し嫌そうな顔をした。
「別に良いではないか、知られてまずいことでもあるのか?」
「別にないですけど、見も知らぬ年下に話す理由もないじゃないですか。って、何で俺、年下に敬語使ってんでしょ?」
「敬うのは当たり前だろっ。俺は闇の世界のこく…」
「黒龍っ」
黒龍がそこまで言うと、白龍が止めに入り、耳打ちした。
「おいっ、そこまで言っちゃまずいだろっ。オレ達は身分を隠さなきゃいけないんじゃないのかっ?」
「でもそんなこと、女神様に言われてないだろ。良いではないか。俺がどんなにすごい奴か思い知らせてやるんだっ」
「でもこれから先、人間としてやってった方が何かと都合が良くないか? そういうことばれちまうと、動きづらくなるような気がするんだが…」
「あの~、何を話してるんでしょう?」
二人の不審な行動を見て、よしおが割って入った。
「あ、ああっ話し変えるけどよ、お前いくつだ? 二十五歳くらいか?」
「えっ?! 何言ってるんですか! 俺まだ十七歳ですよっ!」
「えっ!?」
この衝撃の事実に、黒龍と白龍は驚愕した。
「良く間違えられるんですよ。二十歳過ぎに…。そういえば、あなた方は中学生ですよね? なのに二人で住んでるんですか?」
「何言ってる! 俺達はもう千四百…」
「おいおいっ黒龍っ!」
慌てて白龍が止めに入る。
「だから、そういうことは隠せって言ってんだろっ!」
「なんでだっ! 別に良いではないかっ!」
黒龍はよしおの方を向き、仁王立ちをした。
「ちょっ、黒龍っ!」
「よしおっ。教えてやろうっ! 俺は闇の世界の黒龍様だっ! 千四百年生きている、とても偉い龍なんだぞっ!」
「もう、どうなっても知らねえぞっ!」
白龍は怒り、そっぽをむいた。
「闇の…世界?」
「そうだっ!」
黒龍が自慢気に鼻をならすと、よしおは予想通りの答えをしてくれた。
「あっははっ。ヘ~~っ…で、何の作り話ですか? すごい中二病ですね?」
「だから、話さねえ方がいいって言ったのに…」
白龍が呆れて頭を抱える。
「ん? チュウニビョウとは何だ? 白龍?」
「あぁ…。いわゆる、妄想癖のことだな」
「んなっ! 何を言っている! 本当のことだっ! 天罰が下るぞっ!」
「あはは、無理ですって」
「出来るんだっ! 俺は黒龍だからなっ!」
「フッ…それも素敵だっ…」
よしおは黒龍の言葉を軽く流し、白龍の方に首を向けた。
「それより、俺がやってしまった嘘のような本当の話でもしましょうか?」
「おうっ、聞かせてくれよっ!」
「んなっ! 貴様らっ! 俺を馬鹿にして…!」
白龍が嬉しそうに言い、よしおの話に耳を傾けた。黒龍は不機嫌な顔をしている。そんな黒龍を無視し、よしおは話し始めた。
黒龍はそんな二人を見つめて、色々考えていた。自分のいた闇の世界のこと、ここに来る羽目になったこと、ここに来てからのこと。
黒龍は、こんな自分を呪っていた。何で自分がここにいるのかわからない。白龍と出会って、まだ三日。まだ白龍のことを何にも知らないのに、何故一緒に暮らさねばならぬのか。これからどうやって生きていけばいいのか。今、闇の世界はどうなっているのか、自分がいなくなって闇の世界は大丈夫だろうか、女神様は何を考えているのか。
(多分、大丈夫だろう…。俺の信用のおける部下を、数匹残してきたのだから…。でも、あやつらは小さく頼りない。果たして無事なのか…。いや、それよりも、女神様は何を考えているのだろうか…。俺がいなくなれば、闇の世界の混乱は治まらんというのに…。何かを試しているのか? それとも、やはり女神様は俺を…)
黒龍はそこまで考え、思考を中断した。何事も、暗い方へ持ってきてはいけないと思ったのだ。明るく考えなければ。取り敢えず黒龍は、二人の会話に耳を傾けた。
「あと、電車のホームから落ちたり」
「飛び下り自殺かっ!?」
「そんなことしませんよっ! ただ、寝ぼけて落ちたんです。俺、朝メチャクチャ弱いんです。それで駅員さんに助けられたりとか、何度もあって、顔とか覚えられて“また君か…”とか、言われたりもしました…」
「そりゃまたすげえな…。駅員と顔見知りかよ…」
白龍は、半ば呆れた顔をした。黒龍がここに来た経緯を思い返している中、ずっとよしおは“やってしまった馬鹿なこと”を話していた。その話もそこそこに、よしおが思い出したように聞いた。
「そういえば、あなた達の家、チラッと見たけど、随分広かったですよね。おかしいな…。全部部屋の広さは変わらないはずなのに…。家賃いくらですか?」
「六百八十九円だぜっ」
「安っ! 俺んとこより安いじゃないすかっ!」
「まあなっ」
「そうか、よしおも大変だなっ」
黒龍は話半ばでそこまで聞くと、スクッと立ち上がった。
「えっ? 今、部屋の家賃の話…」
「よしおっ! 今日からお前は、俺達の翠嵐仲間だっ! 有り難く思えっ!」
「はっ? 何で急にそんな話になってんだよっ? それに、なんでよしおが翠嵐に入んだよっ。翠嵐なんて組んだ覚えはねえし、よしおが可哀想だろがっ!」
「白龍さん…」
よしおは初めて、白龍のその言葉に感激した。よしおも白龍も翠嵐に入るのは嫌らしい。
「何言ってる白龍っ。俺達が翠嵐をやるためには、自由にこき使える人間が必要だろうっ。よしおがいれば、家来も同然に扱えるぞっ。そしてよしおの名前は灰龍だっ!」
「…そうだな、オレ達の家来にしようぜっ、こいつ。翠嵐はオレはやんねえけど、代わりによしおがやるってのはいいかもなっ」
よしおは白龍のその言葉に、少しでも感激した自分を恥じた。
「ちょっと待って下さいっ! 何でそんな話になってんすかっ! 灰龍とか、翠嵐とか…。大体なんで、名前が灰龍なんすか?」
「何故なら灰龍は、俺と白龍の子供だからだ! 黒と白を混ぜて灰龍だっ!」
「何言ってんだよお前っ! 誰がオレとお前の子供だって?! オレ達は夫婦でも何でもねえだろっ! ただの同居人だっ! 同・居・人! 大体、オレはよしおが子供なんてぜってえ嫌だねっ! ピザもまともに作れない奴なんざ、お断りだぜっ!」
白龍は思いっきり叫んだ。よしおが子供になるのと、ピザを作れるか作れないかは直接は関係ない気がするが、それはひとまず置いとくとして、黒龍は、白龍の言葉になぜか納得していた。
「それもそうだな…。よしおが子供では手が掛かる。それに俺は子供にするなら、可愛い女の子がいいな。白龍に女の子を十人くらい生んでもらい、俺のハーレム状態完成だっ!」
「何でオレが生むんだよっ! オレは男だから生めねえだろがっ! そんなに子供がほしけりゃ、自分で生みやがれっ!」
「何言ってるんだ白龍! 俺は夫でお前は妻! 妻は子供を育てるのが当たり前だろう!」
「だからそういう問題じゃなくてよ! ってか、そのネタいつまで引っ張る気だよっ」
黒龍と白龍の荒いケンカの中、よしおが一人呆れて叫んだ。
「あああっ! もうっ! 黒龍さんに白龍さんっ! ケンカなら自分の家でやってくださ~~い!!」
よしおが堪り兼ねて叫んだにも関わらず、二人はケンカを続けた。すると、よしおがスクッと立ち上がり、黒龍と白龍を抱えるように脇腹を掴んだ。そして。
「もうっ! 出てって下さいっ!」
何とよしおは、そのまま二人を両脇に抱え、ドアの外へと放り出した。黒龍と白龍は、それぞれ放り出された時にぶつかった所を押さえている。
「痛てててっ。なんだよよしおの奴っ。全く乱暴だぜっ」
「全く…。…それにしてもよしおがあんなに力持ちだったとは意外だ…。俺達二人を抱えて放り投げるとは、なかなかやるじゃないか…」
黒龍は別な意味で驚いている。
「一体、今までどんな力仕事をしてきたんだっ?」
「そういう問題かよ。っていうかあいつ、オレ達の家来の癖に生意気だぜっ。オレ達より確実に年下の癖によっ」
白龍が不満げに言っても、よしおは見た目二十五歲で、本当は十七歳。よしおから見た白龍と黒龍は、見た目、十四歳。明らかによしおの方が年上だと、誰もが思ってしまう。
「まあいいではないか白龍っ。今日はもう部屋に戻ろうっ。いつの間にやらもう昼近くになっているぞっ。昼飯の時間だっ」
「そうだな…。今日の所は取り敢えず部屋に帰って、明日またよしおの部屋に遊びに行くとしようぜっ」
「うむっ」
そう言うと二人は、隣の自分の部屋へと入って行った。
「ところで黒龍。朝はオレが飯作ったんだから、昼はお前が作れよなっ」
「んなっ、何を言っているっ。貴様は俺の妻だから、飯を作れっ」
「だからそのネタ引っ張んなっ。それに…、オレが飯を作ると、朝食べたような物食わされる羽目になるぞっ」
白龍は少し脅している。
「うっ。それは嫌だな…。そうだっ、この際、交互にやったらどうだっ? 今日は白龍で明日は俺とか…」
「それは良い考えだが、何でオレが今日なんだよ? お前が今日で、明日オレでもいいだろ?」
「ええいっ、そんなに文句を言うのならば、五芒星ゲームで、決着を着けようではないかっ!」
黒龍はいきり立った。白龍は、五芒星ゲームという聞き慣れない言葉に戸惑っている。
「…五芒星、ゲーム? 五芒星って、星の文様のことだろ? ゲームなんてあるのか?」
「知らんのか? 闇の世界では有名なゲームだっ。これで良く勝ち負けを決めるもんだ」
「知るかよっ!」
「ではルールを説明しようっ!」
黒龍は、大声を張り上げながら素早く立ち上がる。
「ルールは簡単だっ。まず、五、芒、星! と言い、二人同時に手を出す」
「それって…、ジャンケンと同じルールじゃねえのか?」
「全然違うぞっ! 五芒星ゲームだっ! …木は人差し指、土は掌、水は指二本、火は人差し指と中指と薬指、金は親指と小指で表現する」
黒龍はそう言いながら、自分でやってみせた。白龍はその様子に顔をしかめている。
「これは五行相剋が基本だ」
「…五行相剋? …五行っていやぁ、天地の間を循環し続ける、五つの元素で、相剋は、木は土に勝ち、土は水に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝ちって、五行が順番に相手に勝つっつうあれか?」
「そうだ」
黒龍が相槌を打つと、白龍はまた顔をしかめた。
「…何か、難しそうだな…。ん? 待てよ、じゃあそれだと、あいこが多くならねえか? 例えば、木と火だと、どうなるんだよ?」
「それが五行相生だ」
「五行相生? 今度は、木は火を生み、火は土を生み、土は金を生み、金は水を生み、水は木を生む、っていうあれか? 何かわかんねえな…。どうやんだよ?」
「ああっ、簡単なことだ。例えば、木は火を生むから、木と火では、火が勝つんだ。そして火と土では土、土と金では金。金と水では水、水と木では木が勝つんだ。これに、五行相剋を加えてやれば、五芒星ゲームは完成するっ。やり方はわかったか?」
「まあ…。だけど何か難しくねえか? 普通のジャンケンにしねえ?」
「何っ!? ここまで説明させといて、普通のジャンケンで決めろというのか?! 貴様は何て奴だっ! 人を馬鹿にするにもほどがあるぞっ!」
黒龍は白龍の面倒くさそうな顔と態度に、物凄い剣幕で怒った。
「わかった、わかったっ! それでやってやるよっ! …でも、一回練習させてくれねえか?」
「しょうがない、一回だけだぞ。では、せ~のでやるぞ。せ~の…」
「五、芒、星!」
黒龍と白龍は、同時に手を出した。勝敗はどちらに上がったのか。
「む? 俺が火で、お前が水。お前の勝ちだな」
「よっしゃ~っっあ!!」
白龍は、これまでにない喜びを見せた。上を向き、高らかに両手をあげる。
「では本番だ」
「ん? 何のことだ?」
すっとぼけた顔をする白龍。
「んなっ! とぼけるなっ! 今、練習と言ったろうっ!」
「へ? そんなこと言ったっけ?」
白龍は完全にしらを切っている。
「早く本番をやるぞっ!」
「…しょうがねえな~」
「せ~の…」
「五、芒、星!」
掛け声と同時に二人は手を出した。
「む? 俺が土で、お前が火、ってことは、俺の勝ちだなっ!」
「なんでだよっ! さっきはオレが勝ったじゃねえかよっ!」
「わかった! もう一回だっ!」
「せ~の…」
「五、芒、星っ!」
二人はいつになく真剣な表情で、五芒星ゲームを続けた。そんなに飯を作るのが嫌なのか。
そうして、どちらとも決着がつかないまま、一時間ほどが経過した。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
「ハァハァ、ハァ…」
「…な、なかなか、やるじゃないか白龍…」
「…お、お前こそ…、 なかなかだぜ…」
二人は五芒星ゲームで白熱し、疲れ果てていた。そんな現状に、白龍がついに決定的な言葉を口にした。
「そ、そろそろ止めにしねえか? 腹減っちまったよ…」
「そうだなっ。では次負けた奴が飯を作るんだっ! せ~のっ…」
「五、芒、星っ!」
二人は、ついに決着をつけようとしていた。同時に手を出し、互いの手を見つめた。そして。
「俺が、金でお前が木ってことは…。俺の勝ちだっ!」
勝ったのは黒龍だった。黒龍は、今までに見せたことがないような喜びようであった。どっちにしろ、これでやっと、飯のことでもめることはないだろう。
「おい白龍っ! 昼飯だっ。黒龍様がお待ちかねだぞっ」
「何、威張ってんだよっ! …はい、飯っ」
「ん? 何だ、これは?」
「飯だよ飯っ! 早く食えっ!」
黒龍の目の前には、朝炊いた“お粥御飯”の残りが置かれていた。一応おにぎりにしたつもりらしいが、どうもグチャグチャで、お椀に入っている。因みにこれは塩にぎり。
「こんな物食えって言うのか~~っ!」
黒龍は怒りの余り、卓袱台をひっくり返した。
「なっ、せっかく人が飯作ってやったのにっ!」
「こんな物、飯じゃな~い!」
黒龍は怒って台所に行った。また何か作るらしい。
「ったくよ~。これじゃいつもと変わんねえだろがよ…」
「出来たぞっ」
「今度は何作ったんだよっ…。いっ? みそ汁、具なし!?」
白龍は、黒龍の作ったみそ汁を見た。
「これを飲むのか?」
「違う。これに御飯をいれて、ぶっかけ御飯にするのだ。そうすれば少しはマシな味になるだろうっ」
「お。オレも真似しようっ」
こうして、黒龍と白龍の御飯騒動は、質素な飯で終わりを告げた。
そして今日も、黒龍と白龍の一日は過ぎて行くのであった。




