二 「翠嵐~晩御飯のおかず~」
もう何十分、この感覚を味わっているだろうか。それは、人にとって恐怖を与えると言われる物の一つ、落ちるという感覚。
今二人は、まさにその恐怖に直面していた。
「うわああああ!」
白龍が大声で悲鳴を上げていた。一身に風を受けるその姿は、落ちていることを実感させる。
まあ落ちると言っても、地に体がついていないわけではなく、長い長い滑り台式になっているのだが。
…但し、超高速の。これはもう滑るというより、落ちると言った方が相応しいであろう。
もう何十分も滑っているので、腰が痛く、ズボンが摩擦で破れそうだ。そんな中で黒龍は、一人クールに決めていた。
「フンッ! 情けないっ。こんなことで動揺するとは、貴様もまだまだ子供だなっ」
「も、って何だよ? も、って。…ってことはお前も怖いってことだなっ?」
「ちっ、違うぞ! そんなの、言葉の綾ではないか!」
「ふーん…」
「ふーん。…じゃないぞ!」
こんな落ちている中でもケンカ出来るとは、余裕があるのか、それとも只のケンカ好きなのか。
それはともかくも、段々滑り台が緩やかになってきた。出口が近いらしい。
「おっ、着きそうだぞ。その証拠に光も見えてきた」
「ちょっ、ちょっと待てよっ?! …もしかしたら、このまま行くと、空中に投げ出されて…」
白龍はそう言いながら、その時のことを想像した。
「…地面に真っ逆さま!?」
二人は声を揃えた。と、同時に、二人とも顔を真っ青にし、慌てふためき出した。
「どうするよ! このまま行くと、オレ達地面に激突するぜ!」
「ええい! 俺に聞くな! 人に頼るんじゃないっ」
「でも、このままじゃ二人とも死ぬぜっ。どうすんだよ! あっ! お前の魔力でなんとかならねぇのか?!」
白龍は、黒龍が魔力を使えるのを思い出すと、そう無茶ぶりのようなことを言い出す。だが。
「あっそうか! 俺の魔力ならこの事態を回避出来る! 俺におぶされ白龍!」
「お、おう!」
白龍の無茶ぶりにも動じず、黒龍は白龍を背中に、しっかりと乗せた。出口が段々と大きくなっていく。
そして。
「いくぞ白龍!」
空中に投げ出されたのと同時に、ボン! と、音がしたかと思うと、黒龍はカラスのように黒くて、鷲のように大きい鳥に変身していた。
白龍が丁度背中に乗っている。 間一髪、落ちる前に成功したようだ。
「黒龍っ! お前ってすげぇなっ! こんなことも出来んのか!」
「フンッ! 当たり前だっ。俺は黒龍だからなっ」
「だから、それ意味分かんねえって…」
黒龍の鳥は、ひとまず公園に降りる。と、同時に変身を解いた。
公園では、子供達が遊んでいた。
「はぁ…。全く。どうにかして欲しい物だな。ああいう物は…」
「ああ、おかげで危ない目にあったぜ」
「…なあ白龍。一つ思うのだが…」
「何だ?」
「俺達は黒龍と白龍なのだから、龍に戻れば助かったのではないか?」
「⎯⎯はっ!!」
黒龍と白龍は、パニックで、自分達がそもそも龍であることをすっかり忘れていた。
そんな話をしているうちに、いつの間にやら子供達が歓喜の目で二人を見ていた。
黒龍と白龍は、注目の的になっていた。
「しゅごーい! しゅごーい!」
「もっかい! もっかいやって!」
二人の周りには、子供達がわらわら集まってきていた。
「なあ、白龍。この状況って…。もしかして俺達が、龍だってことがばれてしまったのか? それとも、俺がかっこいいから集まっているのか?」
「いや、どちらもないだろう…。あるとしたら前者だな」
子供達は、黒龍と白龍にまとわりつき、アンコールをねだっている。
「ねっ。もっかいやって!」
「ヘンシンして! ヘンシンしてよ!」
「こういうの知ってる! 手品っていうんだよね!」
一人の男の子の言動により、謎は解けた。
どうやら鳥の姿から変身を解くのを見られていて、二人のことを、手品師だと勘違いしているらしい。
「ハッハッハッハッハッ!!」
「なになに!?」
黒龍が急に笑い出したので、子供達はまた何かやるんだと思い、期待の目で黒龍を見つめた。
すると黒龍は、腰を下ろし、五歳くらいの小さな女の子の手を取った。
「可愛いお嬢さん、俺と付き合ってくれませんか?」
黒龍は、その女の子の手に、軽くキスをしていた。
「犯罪だっ!」
白龍はそう言いながら、自分の靴で黒龍の頭をひっぱたく。
「いてっ! 何するんだっ。白龍!」
「誰彼構わず、だな…」
白龍は腕を組み、呆れた顔をしている。
「そんなことしてる暇があったら、期待に胸躍らせている子供達に、マジックでも見せてやったらどうだ?」
白龍が腕を組みながら親指で指差す方を見ると、期待の目で待っている子供達の姿があった。
「はやくー、もっかいっもっかい!」
「…貴様、覚えておけっ」
そう言うと黒龍は、白龍を無理矢理引っ張り、子供達の方へと行った。
「おいっ。オレは関係ねえぞっ」
「今から、こいつを猫に変えるから良く見てろよ!」
「お、オイ何すんだよ!」
「わー、そんなことできるのー?」
嫌がる白龍を、無理やり布で隠し、黒龍は目を閉じると、何やら呪文を唱え始めた。
「───えし者よ。罪深き者に闇の罰を与えよ。この者を猫に変えよ!」
ボン! と音がした拍子に、白龍に掛かっていた布が取れた。しかし、白龍の姿は何処にもなく、変わりにいたのは、小さな虎猫。
「にゃっ! にゃにが起きたんにゃ?!」
「わーっ。ネコがしゃべってるー」
子供達は大喜びだ。だが、白龍にとっては猫にされるなど、たまったものではない。
「にゃっ! こくりゅー! 早く元に戻せにゃ!」
「暫くそのままでいろっ。俺を汚い靴で叩いた罰だっ」
「にゃ・ん・だ・と~~!?」
思わず拳を握りしめる白龍。だが、黒龍は白龍を無視し、子供達と何やら喋っていた。
「全く。こくりゅーの奴、好き勝手しやがって…。許せにゃいにゃ…。このままじゃ猫語喋りが癖ににゃりそうにゃ…」
「オイ、白龍。行くぞ。あっちだ」
言いながら黒龍は、魔法でホウキを出し、それにまたがった。白龍は、黒龍の肩に乗っている。
「じゃあ、ありがとうっ。子供達よ!」
黒龍は、空へと浮かんだ。
「しゅごーいっ!」
「飛んでるー」
「またマジックみせてねー」
「バイバーイ」
子供達に別れを言い、黒龍は公園を後にした。
「にゃっ、こくりゅー。何処向かってんにゃよ」
「何処って、国分寺市緑川町緑川アパート二〇三号室だ」
「何処か分かったのにゃ?!」
「ああ、この近くだそうだ」
「ところで、こくりゅー」
「何だ?」
「もうしょろしょろ元に戻してくれにゃいかにゃ?」
白龍が、少し控え目に頼んだ。すると、黒龍がニカッと笑う。
「…俺、夢だったんだよな。ホウキで空飛んで、喋る猫が一緒にいる。…何か映画みたいだろ?」
「映画って、お前映画とか見たことあるのにゃ?」
「…ラーララーラララーラー♪」
黒龍は、白龍の言葉を無視し、高らかに歌い始めた。闇にいた黒龍が、なぜ映画を知っているのかは知らないが、そんな下らない話をしているうちに、緑川アパートが見え、黒龍は、アパートの前へと降りた。
「さてと、この二〇三号室だなっ」
「さっさと、オレを元に戻せにゃ!」
「それは部屋に入ってからのがいいだろう」
「にゃあ、それもそうにゃね」
黒龍は白龍を連れて、二〇三号室のドアの前へ行ったが、そこで足を止めた。
「どうしたにゃ?」
「変なおじさんとか居たらどうしよう…」
「いるわきゃにゃーだろ!」
白龍は虎猫の姿になっても、突っ込みは鋭かった。
「では、開けるぞ」
黒龍が二〇三号室のドアを開けた。すると、そこは。
「普通の部屋だ…」
「当たり前にゃろ!」
白龍が、黒龍の足に突っ込みを入れた。
「ちょっと狭いし、カビ臭いな。窓開けよう」
「にゃ?」
黒龍が奥の窓を開けると同時に、白龍は、あるモノを見つけていた。
「何にゃ? これ? …ノ、ノミにゃ! か、かゆいにゃ!」
「くっくっく。白龍、どうしたんだ? 何か呪いの猫踊りって感じだぞ」
白龍のその様子を見て、黒龍は呑気に、白龍のノミと格闘する様子を笑って見ていた。
「笑ってにゃいで早く元に戻せにゃ!」
「わかった」
黒龍は笑いをこらえながらも、元に戻す呪文を唱え始めた。
「───みよ。この者の呪いを解き賜え。天の力、闇の力、全ての邪悪なる魂を消し賜え」
黒龍が力強くそう言うと、白龍は虎猫の姿から元に戻った。
「はああ~っ。やっと戻ったか…。おいっ、黒龍! 二度とこんなことすんなよ!」
「フンッ! 元はと言えば、貴様が汚い靴で俺様を叩くから悪いのだろうっ。自業自得だ」
「何言ってんだよ! お前が見境無しに誰彼構わず手を出すからいけねえんだろ!」
「貴様には迷惑掛けてないだろ!」
「……はああ~あ、もう止めよう、ケンカなんて。体力使うだけだ…」
白龍は、ゴロッと畳の上へ寝っ転がった。
「⎯⎯…そうだな」
黒龍も同じように寝っ転がろうとした。が。
「おいっ白龍! その前に掃除しないと汚く無いか?!」
「あっ!」
白龍は飛び起きた。
黒龍はスクッと立ち上がると、さっき入ってきたドアの方に行き、何やらポーズを構える。
「面倒臭いからこれで一気にやるぞ!」
「な、何だ?」
「こっちへ来ておいた方が身の為だぞ、白龍」
「お、おおっ…」
白龍は言われた通り、黒龍の方に行き、後ろへと隠れた。どうやらまた、何かの魔力を使うらしかった。
「お前、魔法にばっかり頼っていいのかよ?」
白龍が後ろで呟く。
「ではお前がこの部屋を掃除してくれるのか?」
「いや、オレ、掃除苦手だから…」
「そりゃそうだろう。あのゴミ屋敷を見たら、誰だってお前になど掃除は頼まんっ」
「悪かったなっ」
黒龍はそう言いながらも、呪文の用意をしていた。
黒龍は、持ってきたバッグを開けると、中からゴミ袋と、ホウキとチリトリを取り出した。
「ん? そんなもん何すんだよ?」
「こいつらが掃除をするんだっ」
「へ? こいつらが?」
意味の分からない白龍を無視し、黒龍はまた、呪文を言い出した。
「───仕えし者達よ、我に力を貸さん。その命、今ここで放たれよ!」
黒龍がそう言うと、ホウキとチリトリとゴミ袋が独りでに動き出し、掃除を始めた。
「えいしょっ、えいしょっ。黒龍様の為なら、えんやーこら、えいしょっ、えいしょっ」
ホウキとチリトリとゴミ袋はそう歌いながら、掃除をドンドン進めて行った。
「な、なんだこりゃ」
「知らんのか? 物には命がある。その眠っている命を起こし、有効活用しているのだ。掃除専用用具だから、掃除の時は動きも素早い」
「はっ? 知るかよっ。そんなのっ」
白龍は少し、怒りの混じった口調で言った。黒龍に馬鹿にされていると思ったのだ。
「ほら、もう終わったぞ」
「へっ?」
黒龍の言う通り、二人が話しているうちに掃除はもう終わってしまった。
「黒龍様、終わりましたー」
「ご苦労っ。もう元の姿に戻っていいぞ」
「はひ」
そうホウキとチリトリとゴミ袋が言うと、何事もなかったように、また元の姿へと戻っていった。
「お前…、何でも出来るんだな…。オレの部屋も同じ方法でやったのか?」
「いや、あれは俺一人でやった。早かっただろっ! 当然のことだっ。俺は、黒龍様だからなっ!」
「だからそれ分かんねえって…」
「さて、もう一仕事だ」
黒龍は、部屋の中心に行き、何やらまた、呪文を唱え始めた。
「今度は何しようってんだ? あいつ。…ってか、何かうらやましいなぁ。オレも魔法とか呪文とか、使ってみてえな」
「~なるがよい!」
黒龍が呪文を言い終わると、黒龍の居た部屋に異変が起きた。
部屋が光ったかと思うと、瞬く間にその部屋が光で包まれ、目を開けていられなくなったのだ。
次の瞬間、白龍が目を開けた時には、すでに元の狭い部屋はなく、黒龍の居る所を中心に、綺麗で広い部屋が広がっていた。
部屋になかった風呂もトイレも出来ており、何と一部屋増やして寝室まで出来ていた。
「お、おい黒龍! 何してんだよお前! こんなことして知らねえぞ!」
「気に入ったか?」
「そういう問題じゃ無くて、急にこの部屋だけでかくなったら、外からだって…!」
「大丈夫だっ。外からは普通に見える。魔力の結界を張ってあるからなっ」
黒龍は言いながら、すでに荷物を広げ、くつろいでいる。
「何くつろいでんだよっ。じゃあドア開けた時、人に中 見られたらどうするんだよっ」
「そこら辺は大丈夫だろう。多分なっ」
「多分って…。お前なあ~」
「そんなことより、お前も荷物を出して、くつろいだらどうなんだ?」
呑気に畳の上に寝そべっている黒龍を見、いい加減言い争うのも飽きたのか。
「…そうだなっ」
と、白龍は自分自身も畳の上に横になった。
白龍は、黒龍の魔法で小さくしてもらっていた荷物を、ポケットから出し、黒龍に元に戻してもらった。
「そういや~、何か腹減ったなぁ~」
寝っ転がりながら自分の腹を押さえる白龍。
「朝から何も食ってないからな。俺のいれたレモンティーでも飲むか?」
「いらねーっ」
「うまいのに…」
いつの間にいれたのか、黒龍は卓袱台でレモンティーを飲んでいた。
「あ~あっ、ピザ食いてーな~っ」
天井を見つめながらうわ言のように呟く。白龍は大のピザ好きであったのだ。
「ピザ?」
「ピザ!」
「なんだそれは?」
黒龍は、ズズズッとレモンティーをすすりながら、訝しげな顔で聞く。
すると、白龍は、卓袱台をバンッと叩いて叫んだ。
「お、お前っ、ピザ知らないのか!?」
「ああ。そんな驚くことかっ?」
「当たり前だろっ! ビザ知らない奴なんて、聞いたこと無いぜ!」
白龍の言葉には、明らかに偏見が入っていた。
「なっ! そんなに言わなくてもいいだろっ! いくら、強くて格好いい天才的な俺様だと言っても、知らないことくらいある!」
黒龍の言葉を待たず、白龍は自分の世界に入っていた。
「ピザってのはなっ…こう、チーズが…トロトロで、生地はカリカリ、サクサクッ! サラミにチーズっ! 薄切りトマトにベーコンっピーマンっ! 色々なモノをのせて食べる宇宙一美味い食い物さ! ゴクっ」
白龍は一気に捲し立てた。言いながら、よだれを垂らし、恍惚させた顔までする。
「きたなっ! よだれを拭け! よだれを!」
「お、おお、すまん。ピザのことを考えていたら、つい…。それに腹も減ってるしな…。よしっ! 今日の昼飯はピザにしようぜ! お前にもあの極上の味、味わわせてやりたいしなっ!」
「お前が、そのピザとやらを作るのか?」
「何言ってんだっ。オレが作れるわけないだろ? こういうものは、電話で注文すんだよっ」
言いながら白龍は、携帯電話を取り出した。どうやら天界には、天界専用の携帯電話があるらしい。
「なっ、なんだっ! それはっ!」
黒龍が白龍の持っている、細長くて四角い物を指差した。
「何って、携帯だ」
「ケイタイ? 天界にはそんなもんがあるのか?」
「地上にもあるぜ。闇の世界にはないのか?」
「あ、ああ…」
「そうか…。…あっ!」
「どうした?」
「地上のピザ屋なんて知らねえよ…」
白龍は意気消沈し、頭を抱えた。が、次の瞬間。
「仕方ねえっ!」
「は?」
「ピザ屋探しに行くぞ!」
白龍は急に立ち上がったかと思うと、いきなり黒龍の腕を掴んで歩き出したのだった。
ここは、アトト商店街。『あっと言う間に人がトコトコ集まるように』とつけた商店街らしい。
それはともかくも、黒龍と白龍は、ピザ屋を探すため、このアトト商店街を歩いていた。
「くっそーっ! ピザ屋ピザ屋っ! ピザ屋は何処だっ~!」
人目を、全く気にせずに、大声で叫ぶ白龍。
「おい白龍。いくら腹が減っているからとはいえ、あんまりやかましいことはするな」
「やかましいことってなんだよっ」
白龍が、さらにやかましくがなった。
「それより白龍!」
「なっ、なんだよっ」
黒龍が急に大声を上げたので、白龍は少々驚いて後退した。黒龍もかなり人目を気にしてはいなかった。
「ピザを買うのはいいが、ここでは金という物が必要なのではないのか? お前はいくら持ってるんだ。因みに俺はそんな物、見たことも触ったこともないぞっ」
「あっ! 良く考えれば、オレ達、金なんて持ってねぇじゃねえか!」
「では、ピザは買えんなっ。緑川アパートの家賃も、水道代も光燃費も電気代も払えんということだなっ」
「じゃ、じゃあどうすんだよっ! アパート住めねえじゃねえかっ! こっちは、腹減ってんだぞ!」
冷静に言う黒龍に、白龍は意味も無くあたった。
「腹が減ってんのは俺も同じだ」
黒龍は、少し思案顔するが。
「⎯⎯白龍っ」
「へ?」
「俺にいい考えがある」
すぐにニヤリと笑うと、商店街を道行く人々に聞こえるように、いきなり大声で演説のように喋り始めた。
「皆さん、長らくお待たせしました! 翠嵐のマジックショー! 今日はこのアトト商店街にいらしている皆様だけに! 存分にご奉仕させていただきますので、どうか気にいられましたら、御捻りの程を宜しくお願いします。まずはサービスのお花をどうぞ!」
黒龍は言い終わりに、パチンと指を鳴らした。
すると、上から綺麗な花がたくさん降り、道行く人々は思わず立ち止まると、驚きと歓喜の声を漏らした。
「おい黒龍っ。何やってんだっ」
一人状況を飲み込めない白龍が、黒龍に小声で耳打ちをした。
「何ってマジックショーだっ。子供たちからヒントを得た。貴様も手伝えっ」
「えっ?」
「さて、皆さんっ。次は、私の助手を猫に変えます!」
「またかよ! てか、助手かよ!」
白龍は逃げようとしたが、これが儲かればピザが食えると思い、仕方無く付き合った。
「私がある呪文を唱えると、こいつが小さな子猫になるのですっ! では見てて下さい! ……我に力を与えん。我に仕えし者達よ───」
黒龍が呪文を唱え始めると、白龍は自ら布を被り、猫にされるのを待った。
しばらくすると、白龍の周りが白い煙に包まれ、白龍は体が猫になっているのを自覚した。
「すげえっっ!!」
観客達は大いに盛り上がっていた。見ると、観客は先程の倍ぐらいに増えていた。
観客達は、黒龍に向かって、御捻りを投げ始めた。
「…おいっ、今あの猫、喋らなかったか?」
一人の男性が白龍の猫を見て、隣の彼女らしき人にそう尋ねる。
「馬鹿ねっ。これはマジックよ。猫が喋るわけないじゃない。空耳よっ!」
「早く元に戻せにゃ!」
白龍が苛立って黒龍の足を蹴る。その様子を見ていた客は、一瞬ポカンとした表情をした、が。
「猫が喋ったっ!」
「猫が喋ったぞーっ!」
「わああああっ」
白龍が喋ったことにより、観客は沸き立ち、御捻りの数がさらに倍を増した。しかし、これは黒龍の魔法であり、観客達を騙していることもあって、白龍にとっては少々、心苦しかった。
「わかったからっ! 戻せばいいんだろうっ」
「早くしろにゃっ」
「…天と地と光と闇の神々よ。この者の呪いを──」
黒龍が呪文を言い始めると、また白龍は自ら布を被った。
しばらくすると、また白龍の周りが白い煙に包まれ、同時に白龍は、体が元に戻ったのを自覚した。
「うおおおっ! 戻ったーっ!」
「凄いわっ。こんなに凄いマジックを近くで見られるなんて…」
「ここの商店街に来てよかった!」
「すげぇぜっ!」
「すごーいっ!」
観客達は口々に言うと、また御捻りを投げ始めた。白龍は こんな素直な歓客達を平気で騙せる黒龍を、少し軽蔑した。
「では次は、このトランプのマジックを見せましょうっ」
黒龍は、軽蔑している白龍を差し置いて、どんどんマジックを続けている。
黒龍がマジックで人々を驚かす度に、御捻りが投げられた。そんな状況に、白龍が堪らず耳打ちした。
「おいっ、黒龍。もうそろそろ止めた方がいいんじゃねえのか?」
「むっ? そうだなっ。では、そろそろ止めるか…。白龍っ。お前は金を袋へ詰めろっ。早くしろよっ。金を詰めたらすぐずらかるからなっ」
「わかったけどよ、…その台詞、何か強盗っぽいぞ…」
白龍はそう言いながら、御捻りを全て袋へ詰めた。黒龍も黒龍なりに、悪いことをしている気にはなっているらしい。
「おっと、もうこんな時間だっ。私は忙しいので、次のところに行かなくては…」
黒龍はわざとらしく、ありもしない腕時計を見た。
「では皆さん! また会う日まで!」
黒龍は、また黒い鳥に変身すると、白龍を背中に乗せ、大空へと羽ばたいていった。
「キャ~! 鳥になったわっ! 去り方もなんだか格好いい!」
「また来て下さいね~!」
人々が空に向かって手を振るのを横目に、白龍は黒龍の背中で呆れた様子で呟く。
「…お前、良く平気で魔法をマジックだと偽れるよな。オレ、なんか少し心苦しいぜっ」
「フンッ。天界にいたお前と一緒にするな。嘘も方便という言葉があるだろうっ。少なくとも、これで緑川アパートの家賃も、水道代も、光熱費も、電気代も払えるということだ。お前の好きなピザも買える。俺達が生きてゆくには、仕方のないことだ」
「そうだけどよ…」
「取り敢えずこのままピザ屋を探すか」
黒龍は話題を変え、ピザ屋を上空から探した。
それから三分後。
「おいっ、白龍。ピザ屋らしき建物は見つかったか?」
「ん~? あっ! 建物はないが、看板はあったぞ!」
「よしっ、じゃあそこに降りてみようっ」
黒龍の鳥は看板の前に来ると、変身を解いた。
「これがそうか?」
「ああ、確かにピザ屋の看板だ。めちゃくちゃ美味いピザ屋っ。って書いてあるし」
「ん? GO! Delivery?」
「それは恐らく、その店の名前なんだろう。ここに電話番号が書いてあるから、電話して緑川アパートに届けてもらおうぜ」
白龍は携帯で、GO! Deliveryに電話をした。
「あ、もしもし。注文なんですが…。…おいっ黒龍っ。ピザどれにするか決めてないぞっ」
「俺はピザなんて物は知らん。てきとーに頼んでおけっ」
「え? しょうがねえな。…あ、もしもし、すいません。じゃあそちらのお勧め品にして下さい。あ、はい。はい。…一万円?! あ、はいはい。わかりました。住所は国分寺市緑川町緑川アパート二〇三号室です。あ、はい。わかりました~」
白龍は手慣れたように電話を切った。
「おい、黒龍。ピザ一万円だってよ…」
「何っ! …それは、高いのか? 安いのか?」
「オレに言われたって分かんねえよ。とりあえず、アパートに帰るぞ」
「あ、ああ。わかった」
黒龍と白龍は、緑川アパートへと大急ぎで帰った。
ここは、緑川アパートの二〇三号室。
因みに家賃は六百八十九円の四畳半一間。トイレ共同、風呂無し。とは言っても、黒龍の魔法で部屋を広くし、トイレと風呂を付けたので、そんなことは関係ないが。
まぁそれはさておき、黒龍と白龍は、ピザが届くのを待っていた。
「遅いぞ、白龍っ。頼んでから一時間は立つぞ」
「オレに言うなっ。オレだって腹減ってんだから…」
白龍がそう言うと、部屋のベルが鳴った。
「GO! Deliveryで~す! ピザお届けに参りやした~!」
「あっ、はいは~い!」
「全く、遅いではないか!」
黒龍は怒り、ドアを勢い良く開けた。
「すいません。何しろ場所が分からなくって。こちらになります」
GO! Deliveryの配達員は、ピザの入っている箱を、二人に見せるように傾けた。
「こちら、ピザが入っているので、くれぐれも傾けたりしないで下さいねっ」
「今傾けたじゃねえか!」
「いえいえ、傾けてませんよ。中身確認します?」
配達員は、ピザの中身を、ふたを取って見せた。
「ほら、傾いてない」
自慢気に見せる配達員だったが、白龍はそのピザを見て、一瞬言葉を失った。そのピザは、とてもこの世の物とは思えぬ色をしていたからである。
「なんだよこのピザはっ!」
「ピザってこんな物なのか?」
「んなわけねえだろ! …こんな物、食えるか!」
白龍は怒り、ピザを配達員に投げ付けた。
「何! ピザを頼んだのに違うのを持ってきたのか?!」
「いや、確かにピザなんだけどよ…色が…」
白龍の言葉が聞こえなかったらしく、黒龍は、配達員に詰め寄った。
「帰れっ! 貴様、それ持って帰れ!」
「あっ、でもお代がまだ…」
「誰が払うかっ。貴様の名はなんだ?」
黒龍は配達員の左胸のポケットにかかっている名札を見た。
「そうか、よしおだな。覚えたぞっ。もう二度と来るな! また来たら、俺がお前をウサギに変えてやるから覚えておけ!」
「あははっ。そんなこと出来るはず無いじゃ…」
「俺は黒龍だから出来るんだっ!」
「…フッ、それも素敵だっ」
よしおはそう微笑むと、部屋を出て行った。
「全く、ふざけてるぜ。こっちは腹が減ってるのによ」
「しょうがない。この金で材料を買って、何か作る他はないな」
黒龍が、先程マジックショーで奪ったお金を見ながら、少し苛立つ白龍に提案する。
「そうだなっ。でもよ、この金って、いくら集まったんだよ?」
「さあな。数えて見るか? …ふむ。…この無数にある丸い物は、一円、五円、十円、五十円、百円、五百円と書いてあるな。多分、これの価値の値段なのだろう。それと、この紙切れは…」
「千円、二千円、五千円、一万円…。一万円が一番高い位か。よしおの言ってた一万円って、この一番高い紙のことだったのか…。あの野郎っ」
黒龍と白龍は、お金を試行錯誤しながら数えていった。そして、何とか数え終わった時には、すでに二人とも疲れていた。
「…よし、何とかわかったぞっ」
妙な達成感に包まれながら並べた小銭を一瞥する二人。
「合計で…一万九千四百六十三円だ。ん? これって高いのか、安いのか?」
「そんなの知るかよ? ま、そんなことより、飯の材料買おうぜっ」
黒龍と白龍は、晩御飯の材料を買うために、スーパーに向かうことにした。
ここはアトト商店街。そこを抜けた奥には、大手デパート『ニチオン』がある。
ここでは、食料品は勿論、衣類や電化製品、家具、雑貨、何でも揃っている。二人はそこの食料品売り場へと来ていた。
「な、何でここはこんなに広いんだっ、白龍っ」
「そんなことオレに言うなよっ。取り敢えず、何か食える物買うぞっ。こっちは腹減ってんだからよ」
黒龍と白龍は、食料品売り場を見回した。
「おいっ、白龍! あれは何だっ?!」
黒龍が鮮魚市場の方を指差して言った。
「えっ? ああっ、青魚だよ。知らねえのか? オレはあんまり好きじゃねえけどな」
「じゃあそれは?」
今度は近くにある肉類コーナーを見た。
「鳥肉に豚肉に牛肉。おっアザラシ肉ってのもあるぞっ」
「じゃあこれは?」
「茄子じゃねえかっ。お前、なんにも知らねえんだなっ。一体今まで何食ってたんだよっ」
「龍だから、霞とかな」
黒龍が少し自慢気に言ったが、白龍はうんざりした顔をした。
「げろげろっ。ん? 待てよっ。お前確か、送別会の時、料理作るみたいなこと言ってたじゃねえかっ。どんな料理作ってたんだよっ」
「…フッ…いろいろとなっ」
黒龍が不敵に笑うと、その笑みに白龍はゾッとした。白龍は話題を変えようと、夕飯の話をした。
「あ、あのさ、飯作るって言ってもよ、何の料理にするか決めてなかったよな。どうするんだ?」
「そうだな…。と言っても、この材料では、俺には全く分からんしな」
「そ、そうなのか? (この材料じゃって、じゃあどんな材料ならいいんだよ~。怖くて聞けねえぜ…) じゃ、じゃあ取り敢えず、適当に何か買おうぜっ」
「いや待て。今後のこともあると思うから、なるべく安い物を買おう」
「そうだな…」
黒龍と白龍は、品物を物色しながら買い物をしていった。
「なあっ、これ何かどうだ? 冷凍食品のピザだってよっ。旨いのかなっ?」
「俺はピザは食ったことないから分からんっ。ところで、れーとー食品とは何だ?」
「え? 冷凍食品も分かんねぇのかよっ」
「う、うるさいっ! 質問に答えろっ」
黒龍は少し顔を赤らめた。
「えっとだな。ま、平たく言えば、食品を保存の為に凍らせた物かなっ」
「そうか。でも、そのピザは買わんぞっ。四百円だからなっ」
「えっ? いいじゃねえかよっ。ピザ食いてぇもんっ」
白龍はピザを掴んで離さない。
「駄目だっ。どうしても食いたいなら、俺が作ってやるっ」
「えっ? お前作り方分かんのかよ?」
「大丈夫だ。よしおの持ってきた、あのピザみたいに作ればいいのだろうっ」
「違げえよ! ってかあれ、ピザじゃねえって言ったのお前だろっ!」
「そうだったか?」
黒龍と白龍の騒いでいる中、殆どの周りの人々は二人を見つめていた。日本の人々には、二人の姿がとても滑稽に見えたのであろう。
何せ、一人は黒髪で黒服なのはまだましなのだが、もう一人は、銀髪に真っ白な服だ。周りの人から見れば、その姿を見ただけで、どうしても、漫才コンビに見えてしまう。
まあ、二人とも顔は良いし、服も似合っているから、文句はないのだが。
「ママ~、あの人の髪の毛、銀色だねっ。外人さんかな~?」
「そうね、外人さんね」
一組の親子連れがそんな話をしているのが聞こえる。
「ん? 白龍っ。俺たち目立ってないかっ?」
「そうだなっ。大声でケンカしちまったからなっ」
「それだけじゃないぞ白龍。きっと、お前の髪の毛が目立ちすぎるのだっ!」
黒龍はそう言いながら、白龍の髪の毛を引っ張った。
「いてててっ!! 何すんだよ!」
「坊主にしろっ坊主にっ! それか黒に染めろっ! 俺みたいに格好良くなるぞっ!」
「嫌に決まってんだろっ! それに、黒に染めてお前みたいに馬鹿になったらどうするんだよっ!」
「何だと貴様っ!」
黒龍は、思わず拳を握った。
「ちょっ、ちょっと待てっ! オレ達なんか忘れてねえか?」
「ん? そういえば、何だったか…?」
白龍は、上手く話をごまかした。それとも黒龍が馬鹿なだけか。
「あっ!」
「どうしたっ?」
「オレ達、買い物の途中だったな。ケンカしてる場合じゃねえなっ」
「そういえば、腹減ったな…」
黒龍と白龍は、また買い物に戻っていった。
周りの人々はそんな二人を、漫才コンビとしか思えなかったのだった。
「そういえば白龍。俺は聞いたことがあるぞ。アパートに越す場合は、隣近所に手土産を持って行き、挨拶周りをすると。それはどうするんだ?」
「お前、変なことは知ってる癖に、常識ないよな」
「何だと!」
「取り敢えず、今のところは品物だけ買って、挨拶は明日にしようぜっ」
「そうだなっ」
怒る黒龍を軽く流し、白龍は買い物カゴをレジへ置いた。と、その時、黒龍が驚きの声を上げた。
「はっ!」
「どうした? 黒龍」
「女神様!」
黒龍の目の前には、レジを打ってる女神様の姿があった。だが、二人を見ても、何の反応も示さない。
白龍も思わず声を上げた。
「めっ、女神様!」
「は? 何のことですか?」
「いや待て黒……」
何かに気付いたのか、白龍が止めようとするが、止めるまもなく黒龍は叫んでいた。
「女神様っ、俺達は、貴様のせいで散々苦労してるんだぞっ。それなのに、何のこととはないだろうっ!」
「おい黒龍っ。良く見ろ! 髪は茶色だし、目も黒だ。顔は同じだけど、別人だぜっ」
女神様と呼ばれた店員は、不思議な顔で二人のやり取りを見ていたが。
「私の名前は栗栖優子ですけど…」
そう名乗ると、カゴの中にビニール袋を二枚入れた。
「えっ! …そうですか。人違いですか…」
黒龍と白龍は悲しそうに俯いた。
「はい、四千五百二十円ですっ」
二人はお金を払って、カゴをサッカー台の上へと乗せた。
暫く俯いていた二人だったが、おもむろに品物を袋へと詰め始める。
「おいっ、黒龍っ。今度ばかりはお前のせいだからなっ。お前が女神様なんて言い出すからっ」
白龍は、袋に物を押し込みながら、黒龍にわざとケンカをふっかけるように言った。
「……ああ…そうだなっ…」
「へっ?」
白龍はてっきり、黒龍が言い返してくるのだと思い込んでいたので、拍子抜けだった。
黒龍の声には、少し落胆が混じっていた。
「…黒龍?」
「……女神様も、何で俺達を下界に何かよこしたんだろうな…」
黒龍が、心底暗い顔で、自分に問い掛けるように俯いた。その、独り言のような問いかけに、答える白龍。
「そ、それは、この世界に不穏な空気が漂ってるって。害があれば倒せって、言ってたじゃねえかっ。それに、オレ達を仲良くする為だってっ。女神様には女神様なりの考えがあったんだろうよっ」
「それにしたって、これはあまりにもいきなりではないのかっ?!」
黒龍は堪らず大声を上げ、白龍の方に振り向いた。
「黒龍…」
「そうだっ。女神様も何だか知らないがっ、いきなりこんな見知らぬ所へ追いやられ、仲良くしろとか、倒せとか、好き勝手なこと言っているが、人間に害する敵など居なく、もしや俺達は…⎯⎯」
「黒龍っ!」
黒龍が、続けてその先の何かを言おうとした時、白龍が言葉の端を遮った。
「黒龍…。…その先は…言うなっ…」
「白龍…。⎯⎯すまん…」
「…と、取り敢えず、挨拶周りのタオルだかなんだか買って、さっさと家に帰ろうぜっ。腹減っちまったよっ」
白龍は、人懐っこい笑みで、ニッと笑った。黒龍を励まそうとしているのがよくわかる。
「そうだなっ。腹減った」
二人は、エスカレーターを昇ると、日用品の売り場がある三階に来た。
「えっ~と、タオルタオルっ」
「何かお探しでしょうか?」
二人がタオルを探していると、可愛い店員が声を掛けてきた。
「あの~、タオルを…」
白龍がそう言い終わらぬうちに、黒龍はすでに動いていた。
「可愛いお嬢さんっ。お名前はなんですか?」
黒龍が、何処から出したのか、バラを一輪持って、店員に迫っていた。
「あらっ、格好いい人っ。コホンッ。私は、美幸って言いますー」
「みゆきさんっ。素敵なお名前だ!」
黒龍は素早く、美幸にバラを渡した。
「あら、ありがとうっ」
「お前はホンットに、見境なしで誰彼構わずだなっ!」
白龍はそう言いながら、黒龍の頭を叩いた。
「いたっ!」
「あっ、あの、何かお探しなんですよねっ?」
美幸が少し可愛く、上目遣いで顔を横にひねる。
「タオル⎯⎯」
「みゆきさんっ。タオルを探しているのですがっ…」
「あっ、ああ、タオルですか? それならこちらに…」
白龍と美幸の間に、黒龍が割って入った。その行動に美幸は少し動揺したが、営業スマイルだけは何とか崩さなかった。
「ありがとうございますっ。みゆきさんは親切な人だっ」
「あぁ、仕事ですからっ」
「おい黒龍っ、どのタオルにすんだよっ、変なの近所に配れねえだろっ!」
「全く、うるさいな貴様はっ! …あっ。あはははっ」
「あはははっ…」
黒龍と美幸は、乾いた笑いをした。
「処で、引っ越していらしたんですか?」
「ええっ。緑川アパートの二〇三号室にっ」
「ああ、あのボロ安アパート…い、いや、あそこですか~」
「ええっ。今度遊びに来ませんか?」
「えっ?! え、ええ…、でも仕事が忙しいから…」
明らかに美幸は嫌がっており、後ずさりをしていた。得意の営業スマイルも、曇っている。それを見て白龍が叫んだ。
「おいっ、黒龍! 早くしろよっ」
「貴様っ」
「あ、あの、私仕事がありますので…」
「ああっ、みゆきさんっ!」
黒龍は、足早に去っていく美幸を見送った。
しばらく下を向き、黙っていた黒龍だったが、次第に肩を震わせる。
「…貴様のせいだっ!」
「あっ?」
「貴様のせいでみゆきさんが行ってしまったではないかっ!」
「オレのせいって、美幸さん嫌がってただろ!」
「俺にはそんな感じはしなかった!」
黒龍が自信ありげ、かつ、怒って語尾を強くする。
「お前、女の気持ちも分かんねえようじゃ、女にモテねえぞっ。我が儘だし、自己中だし、強欲だし、浮気性だし、いいとこねえじゃねぇかよっ」
「なっ! きっ、貴様にだけは言われたくな~~~い!!」
黒龍は大声で叫んだ。
「すいません、そこの御二方」
後ろから声を掛けられ、黒龍と白龍が振り向くと、二人の女性店員が立っていた。
「あまり店内で大声を出すのはやめて下さいません? 他のお客様の迷惑になるので…」
「そんなことより梨花さんっ。この人達、格好いい人達だねっ。モデルとかやってるのかな?」
「もうっ。真菜ったら、ミーハー何だからっ。…それよりあんた達っ。さっき、美幸に変なちょっかい出してたようだけど、あまり変なことしないでくれますっ? 美幸にはちゃんと結月君って人がいるんだからねっ」
「ミカ…」
「ちょっと、聞いてるの?」
白龍は、思わずその名を呼んだ。梨花と呼ばれた人は、ミカに瓜二つだったのだ。だが、白龍は、さっきの女神様のこともあり、他人の空似だと思うようにした。
黒龍はというと、似てようが似てまいが関係ないのか、二人を口説き始めた。
「可愛いですねっ。二人ともっ。お名前はなんですか?」
「えっ、どうしようっ。梨花さんっ」
「ほっときなさいよっ。そんな男」
「まず、あなたから名前が聞きたいですねっ」
そう言うと黒龍は、梨花の手に軽くキスをした。
(げっ、何この男…)
「あっ、梨花さんいいなー」
「はっ? わ、私は、佐原梨花よっ」
「あっ、あたし、あたし、田山真菜っ!」
「二人とも素敵なお名前だっ」
黒龍は、またもや何処から出したのか、 バラを二本だし、二人に渡した。
「全くっ。またかお前はっ!」
「いてっ! 痛いではないかっ!」
「見境なく誰彼構わずナンパするなっ!」
「…そんなことより、梨花さん、真菜さん。これを下さい」
黒龍は、当初の目的であったタオルを買おうと、二人に見せた。
「あっ、はい。会計はあちらで…」
「お願いします」
「全く…。オレが探したタオルだってのに…」
白龍はぶつくさと頭をかくも、黒龍と一緒にレジへと向かい、お金を支払った。
「引っ越して来たんですか?」
梨花が、タオルを入れた袋を渡しながら、場を持たせようと仕方なく聞く。
「ええっ、緑川アパートの二〇三号室にっ」
「ああ、あのボロ安アパート…」
梨花と真菜が声を揃えると、二人とも、しまったと顔を硬直させた。その後、真菜が顔を引きつりながらも、苦し紛れに何とか言葉をひねり出した。
「ひ、引っ越していいですよね~」
「梨花さんも真菜さんも、良かったら、今度遊びに来ませんか?」
「えっ?」
「おい黒龍っ! 二人とも困ってるだろっ! 行くぞっ!」
「あっ、あの…っ!」
白龍は黒龍を引っ張って、その場から連れ去った。
梨花と真菜は、ずっと手を振っていたが、二人が見えなくなると、ホッと安堵の息を付くのであった。
黒龍と白龍は、家への帰り道を歩いていた。
「おい白龍! 貴様、俺の邪魔をするなっ!」
「邪魔ってなんだよっ。邪魔なのはお前の方だろっ! 二人とも困ってたじゃないかっ!」
「いいんだっ! 俺は黒龍だからなっ!」
「黒龍だったら何してもいいのかよっ! 困らしていいのかよっ!」
白龍はそこで珍しく反抗した。
「もういいっ! コンビ解散だっ!」
「はっ?」
「翠嵐のコンビ解散だっ!」
「おっ、良かった。ってか、元から組んだ覚えないけどなっ」
「ああっ! 解散するなっ! 解散するなっ!」
黒龍は、いきなり意見をひるがえした。
「何なんだっ、お前…。解散するんじゃなかったのかよ…」
「解散するなっ! 解散するなっ!」
「わかったよ…。でも意味分かんねえぜ」
こうして、黒龍と白龍の、ドタバタの買い物は終わり、二人は家へと帰っていった。
ここは、黒龍と白龍の部屋。
「おいっ、お湯沸いたぞお湯!」
「わかってるよっ! あちっ!」
「大丈夫か? ぎゃあっ! こっちは中身がこぼれたっ!」
「何してんだよ!」
二人は、慌ただしく夕飯の準備をしていた。しばらくすると、夕飯が出来上がったようだ。
さて、今日の夕食は何に決まったのか。
「いただきまーすっ!」
──そこには、二人淋しく、カップラーメンをすする姿があった。




