一 「翠嵐~黒龍と白龍の出会い~」
ここは神様が住むといわれる天界、白龍は女神様に会うために、天界の最上階を目指していた。
「ふぁ~あ、こんな朝早くに女神様も何の用だろ? オレが朝弱いのは知ってるくせに…」
白龍はあくびをしながら、長い長い螺旋階段を上っていた。
こいつは白龍。名前のまんま白い龍だ。
銀髪に銀の瞳のツンツンヘアーで、今は人間の姿をしている。
おしゃれなのか、左耳には銀色の四角いピアスが二つついていた。
白龍は見た目、十四・五歳だが、すでに千四百年以上は生きている。今や伝説と化してしまったが、昔、地球では龍が空を泳ぐ姿が、しばしば目撃されていたという。
しかし白龍は、龍の姿よりこの人間の姿をえらく気に入っていた。
そんなことはさておき、今から白龍が会いに行くのは、女神様という、神様で二番目に偉い人である。
因みに白龍は、そんな女神様に、密かな恋心を抱いていた。
「さてと。…失礼しま~すっ」
白龍はドアをノックすると、女神様の居る部屋へと入って行った。
「白龍、こっちへいらっしゃい」
女神様は白龍を近くへと呼んだ。
女神様は、見た目は十七歳であったが、もうすでに二千年以上は生きている。
金髪の青い瞳に、凛々しい顔立ち。白龍は、女神様の神々しい姿を見るたびに、胸がキュンとなるのだった。
女神様の隣には、この天界では見たことがない男の子が座っていた、こちらは、白龍と同じくらいの少年のように見える。
少年は、女神様にベッタリとくっついていた。
「めっ、女神様その男は…」
白龍が少々、嫉妬交じりな声で問う。女神様の隣にいていいのは自分だけ。いや、自分だってそんなに女神様に近づいたことはないのに。
「ああ、こいつは黒龍。闇の使いの者だ」
「闇の使い!? 何故そのような者がこの天界へっ?!」
「それは俺から説明しよう」
闇の使いの者・黒龍は、白龍の方へと近寄って行った。
「俺はある使命を女神様から授かったのだ」
「ある使命? それは一体⎯⎯⎯」
黒龍はさらに白龍に詰め寄った。顔を数センチの距離まで近づけてくる。
漆黒の髪の色に吸い込まれそうな黒い瞳。見るからに闇の者と思われる風体に、白龍は思わず後退りをしていた。
「それは───」
「それは…?」
緊張し息を飲む白龍。そして、黒龍はキザっぽく、女神様へと向き直った。
「それは、今から女神様に訊く!」
「は?」
「女神様っ、何か御用ですか?」
黒龍は、女神様へと立て膝でお辞儀をした。
「お前、訊いてなかったんなら威張るなよ!」
「白龍に黒龍。いい加減にしなさい。お前達に使命を授ける。…これは命令よ!」
「はっ! 女神様!」
女神様がキツイ口調で言うと、白龍も黒龍に続き、立て膝でお辞儀をした。
二人は同時に叫ぶと、女神様の言葉を待った。少しの間を置いた後、女神様は一つ溜め息をついた。
「お前達には、これから、下界での生活を命じる。共に暮らし、共に学べよ」
「え?! 女神様っ、それはどういうことですか! 何故オレがこのような、今会ったばかりの者と共に暮らさねばならぬのです!」
白龍は驚きを隠せず、女神様に近寄ろうとした。
「───女神様」
だが、すぐに黒龍の声に制止される。黒龍が静かに、されど、低い声で問う。
「本来、天の者と闇の者は、相入れぬ者同士ではないですか。何故、そのようなことを急に言い出すのです? まさか、俺達を左遷するとか言っているんじゃないだろうなっ」
「オイ、お前っ! 女神様に失礼なことを言うと、オレが許さないぞ!」
「いいんだっ。俺は黒龍だからなっ!」
「何がだ!」
高慢な態度の黒龍に、白龍は突っかかる。
何故そうも自信満々に言えるのか。二人はしばらく言い争っていたが、女神様が呆れた様子なのを見ると、すぐに静かになった。
「───実は今、人間界に不穏な気配が漂っていてな。それをお前達に確認し、報告して貰いたいのだ。そして、人間に害あるものならそれを倒してきてほしい。…ついでに、お前達に、仲良くなってもらおうと思ってなっ。…行ってはくれぬか?」
女神様が少しばかり可愛く言うと、二人は同時に、
「───わかりましたっ」
と、答えた。口には出さないが、
(たやすい男共だな…)
と、女神様は思った。
「コホンっ。住む所はこちらで決めてある。日本の東京の国分寺という所だ。緑川アパートの二○三号室。鍵は黒龍に預けた。明日下界へ降りてもらう。荷造りをしておけ」
「ああ、この鍵はアパートの鍵か。俺はてっきり、女神様の部屋の鍵だと思った」
「へ? 何でだよ?」
白龍がはてな顔で黒龍を見た。
「いや、いつでも忍び込んでいいという意味かと…」
「んなことあるか~!!」
「こら、お前達! さっさと準備をしろ!」
女神様に言われ、白龍と黒龍は、足早に女神様の部屋を後にした。
二人は螺旋階段を降り、これまた長い長い廊下を歩いていた。
天界は広い。城の中は全体的に明るく、白で統一されている。
外から見ると丸い円柱のような城は、廊下も何処となく緩やかな曲線を描いている。
「全く。何でオレがこんな奴と一緒に住まなきゃなんねーんだよっ」
「こんな奴?! …そ、そうか、自己紹介がまだだったな。俺は黒龍。黒くてかっこいい龍、黒龍様だ! 覚えておけ。あ、それと言っておくが、俺の名前を覚えない奴は、俺の魔力で可愛い女の子に変えてやるからな、覚えておけよ」
「うっ…。わかったよ、黒龍だな。こ・く・りゅ・う」
嫌々ながらも、白龍が名前をインプットするかのように、こめかみを押さえた。
すると、黒龍が白龍の前にスッと立ち塞がる。
「ん? 何だよ」
「これからよろしくなっ、白龍!」
黒龍は、しつこい程に爽やかな笑みをしながら、握手をしようと、手を前へと出した。
「えっ? ああ、よろしく…」
白龍は、渋々黒龍と握手を交わした。するとそこへ、少し幼さの残る顔の、白い服を着た女の子が走ってきた。
「あっ。白龍」
「ミカ」
ミカと呼ばれた女の子は、背中に羽が生えていて、天使といわれる容姿をしていた。
金髪のウェーブがかかった髪が、とても可愛らしい。
「あれ? こちらのかっこいい御方は?」
「俺は黒龍だ。可愛いお嬢さん」
黒龍はそう言うと、何処にあったのか、赤い薔薇の花を一輸出した。ミカはそれを嬉しそうに受け取る。
「あら、ありがとう」
ミカは白龍にこそっと耳打ちをした。
「白龍より格好いい人ね」
「ほっとけ」
白龍はミカと別れ、また歩き出した。隣を歩く黒龍は、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「──ふ~ん」
「なんだよ黒龍っ。その気持ち悪りぃ笑みはっ」
「俺が思うに、あの子はお前が好きなんだろうな」
「は? 何でだよ?」
「わからんのか? あの子の瞳は恋をしている目だった!」
黒龍が確信を突く。しかし、白龍は分からないという顔をした。
「は? それよかお前、闇に行って荷物取ってこなくていいのかよ?」
「心配はいらん。荷物なら、すでにポケットに入っている」
「ポケットに入ってるって…。お前のポケットは異次元空間か?」
ズボンのポケットをポンポンと叩く黒龍。白龍は手ぶらで歩く黒龍の姿を見回した。
「そ、そんなに見つめるなっ 俺がうらやましい程にかっこいいからって…」
「お前はヘンタイか? …オレが見てたのは、荷物なんて持ってねぇからだよっ」
「こいつだ」
黒龍は、ポケットに入っていた荷物を、白龍に見せた。そこには小型化されたバックとリュックがあった。
「おもちゃか?」
「何を言っている。お前も荷物を小さくすることくらい出来るだろうっ」
「へ? 何のことだ? 俺には出来ねぇよ」
「何! 魔力も使えんのか!」
黒龍は驚きと同時に、明らかに白龍を馬鹿にしていた。
「ってか、まりょくって何?」
「バカか貴様は!」
「ん? ちょっと待てよ? お前ここに来て、初めて女神様から、下界で暮らすこと聞いたんだよな?」
「ああ、そうだっ」
黒龍は、さりげなく話題が変えられたことに気付かない。
「なんで荷物持ってきてんだよ?」
「フンッ! 俺は馬鹿な貴様とは違って、頭が良く、準備がいいからな! 天界へ呼ばれた時、何かあると思ったんだっ」
黒龍は自慢気に鼻をならした。うんざりとした顔の白龍。
そんな下らない話をしているうちに、白龍の部屋へと着いていた。
「おっと、オレの部屋だ。まぁ一応、なんだから上がってく?」
「なんだからってのが気になるが…。せっかくだから、邪魔するぞ」
黒龍は白龍に続き、部屋へと入ろうとした。
「うわっ! なんだこの部屋は!」
部屋を開けた途端、異様な悪臭と、辺りに散らばる埃やら雑誌やら、転がったちり紙やら、無数のゴミなどがあった。
「何か変か?」
「汚いではないか! 良くこんな所に住んでいられるなっ。ゴミだっ。ゴミ屋敷だ! 病気になるぞ!」
「そんなに言わなくてもいいじゃねえかっ。男の部屋ってこんなもんだろ?」
「何を言っているっ! 俺の所は全然違うぞ! 俺はお前と違って綺麗好きだ!」
黒龍はいきなり、周りにあるゴミを片付け始めた。雑誌を片し、不要だと思われる物は次々とゴミ袋へと入れる。
「おいっ、何してんだよっ」
「見てわからんのかっ、片付けているのだ!」
「お前、余計なことすんなよ!」
この立場からは決して文句を言えない白龍ではあったが、そんなことは気にしていなかった。そもそも白龍は、黒龍のことを良く知らないし、何となく苦手だと、体が拒絶反応を起こしていたのだ。
「余計なことだとっ?」
黒龍は、怒りながらも掃除をする手は止めない。
「いいか良く聞けっ。俺は黒龍だっ。魔力も使えんお前は、俺のすることに口は出せんはずだ。そもそも俺がこうして掃除してやってるのは、お前が、ここに帰ってきた時、部屋を開けたら絶対臭いぞっ。今でもこんなに臭いのだっ。ドアを開けただけで死ぬぞっ。カビが生え、周りにも被害が出るぞっ! それに、こんなに汚いのは嫌だろう。帰って来るならやはり綺麗な部屋がいいだろうっ。俺はお前のためを思って掃除してやってるのだ~!」
黒龍は白龍の顔にめいいっぱい近付き、一気に捲し立てた。その迫力に、白龍は気圧され気味である。
「わかった。わかったからっ」
「わかればいい。さて、掃除は終わった」
黒龍はパンパンと手を払った。
黒龍の言う通り、あんなに汚かった白龍の部屋には、いつの間にやら、埃一つ、落ちてはいなかった。
「何っ! お前、どうやってこんなに早く…?」
白龍は驚きでただ茫然としていた。
「当たり前だっ。俺は黒龍だからなっ」
「それじゃわかんねぇよっ」
「さてと、掃除も済んだことだし、俺にこの天界を案内してはくれないか?」
黒龍はそう言うと、しつこい笑みでニッと笑った。
白龍はうんざりしていたが、他にやることもないので、仕方無く天界を案内することにした。
二人は天界の庭を歩いていた。
天界の庭には、蓮池があり、池には蓮の花が浮かんでいる。その奥には、大きな大木があり、そこには、大きな知恵の実、つまり林檎が生っていた。
ついでに、林檎の木のそばには『ご自由にお食べ下さい』の立て札があった。そこに広がる何とも神聖な風景を見て、黒龍は静かに呟いた。
「ここは、綺麗な所だな」
「おおっ。オレもここ好きなんだ。水仙の花が咲いてて、その横にはアイリスの花が咲いててよ。たんぽぽも可愛いしな。そうだっ、お前知ってるか? たんぽぽの神の御告げ」
「たんぽぽの、神の御告げ?」
黒龍は、怪訝そうな顔で白龍を見た。
「そう。たんぽぽは花が咲き終わると、綿毛をつけるだろ? その綿毛を、願いを込めて一息で吹き飛ばすことが出来れば、その願いは叶うと言われているんだ。それが、たんぽぽの神の御告げだっ」
「そうなのか…。でも、俺にそんな話されても分からんなっ、花なんてものは、闇の世界にはなかった。たんぽぽがどれなのかも全く分からんっ」
「何っ!? じゃあ今の話、意味ねえじゃねえかっ!」
白龍は驚いたが、すぐに落ち着いた。
「…まあ…いいや。とにかく、花の世話は大変だが好きだな。綺麗だし。特にオレが好きなのは、水仙と蘭の花かな」
「お前、花について詳しいのか? 俺は、花は女性が持つ物、と聞いたぞ。男の癖に花が好きなんてっ」
黒龍が明らかに嘲笑の口調をした。小馬鹿にした表情まで浮かべている。
「なんだよ、そういうお前だって、綺麗好きじゃねえかよ」
「綺麗好きに男も女も関係ないだろうっ」
「自分の価値観で物言うなよ。言っとくけどな、ここの花は、殆どオレが育てたんだぜ。毎日毎日、水あげたり、雑草抜いたり、楽しいんだぜっ。あっ、そういやぁ、闇の世界には花はないんだよな。じゃあ、草も木もないのか? なっ? 闇って、一体どんな所なんだよ?」
白龍がそう言った途端、黒龍の様子が少し変わった。
「⎯⎯どうした?」
「………なっ…」
黒龍は小さく何かを呟いた。様子も何処かおかしい。
「へ? 聞こえねえよ。オレもこうして天界案内してんだ。お前の故榔も少しは話せよっ」
「⎯⎯…そんなことはどうだっていいだろっ!」
黒龍はいきなり大声を張り上げた。突然のことで、白龍にはその意味が分からなかった。白龍は、何の悪意も無く、ただ聞いただけだ。
なのに、微かに黒龍には、額に汗が浮かんでいる。それに、何処か苦しそうだ。震えている様にも見える。
「おいっ。黒龍っ。どうしたんだよその汗⎯⎯」
白龍が、黒龍に触ろうとした。だが。
「触るなっ!」
黒龍は白龍の腕を思いっきりはねのけた。
「黒龍、お前⎯⎯」
しかし、この言葉は途中で遮られることとなる。
「きゃ~~っ!」
「何だっ?!」
二人は同時に叫び、悲鳴のする方を見た。
すると、天使の姿をした可愛い女の子達が、二人に向かって走って来る。
どうやら悲鳴だと思ったのは、女の子達の歓呼の声だったらしい。
「キャ~~! あれが闇の世界で有名な格好いい黒龍様よ~~! 本当に天界へ来てたのね~!」
「あっ! その隣にいるのは、綺麗な白い肌と綺麗な銀髪の髪で有名な白龍様よ~! 何て幸運な、わ・た・し・た・ち!」
あっと言う間に女の子達に囲まれてしまった黒龍と白龍は、顔をつねられたり、髪の毛を引っ張られたりと、もみくちゃにされていた。この女の子達の甚だしい行動に白龍は、
「ちょっちょっと、痛て、痛てぇっ、痛てぇ~!」
と、叫んでいた。その悲鳴を聞き、女の子達は、やっと落ち着きを取り戻した。
「あっ、ごめんなさいっ。嬉しくて、つい…」
一人の女の子が掴んでいた白龍の腕を放して、シュンとすると、二人の顔を上目遣いで同時に見やった。
「⎯⎯迷惑でしたか?」
「いやっ、女の子は大歓迎さ!」
黒龍は大手を広げると、すぐさまその女の子の手にキスをした。
「あっ! ずるい!」
「黒龍様! サイン下さい!」
「ハッハッハッハッハッ!!」
そんな黒龍と、女の子達のやり取りを見て、白龍は呟いた。
「あいつ、さっきまではあんなに汗かいてて、何か苦しそうだったのに…。切り替え早いな~っ。もしかして浮気性か?」
しかし、さっきのことを思い返すと、笑っていた顔から途端に笑みが消える。
(…さっきのあいつの様子、何か尋常じゃなかったな…。一体、あいつに何があったんだろう?)
白龍は、そこまで考えたが、分からないので思考を中断した。
所変わってここは天界の大広間。黒龍と白龍はそこに来ていた。
大広間では、世話しなく天使達が動き回っていた。白龍と黒龍の送別会をやろうというのである。
「俺の為に…こんなことまでしてくれるのか…っ」
「正確には、オレ達の、だけどな…」
二人は、目の前の準備を見守っていた。黒龍はその様子を見て本当に泣いている。
「お前、そんなに嬉しいのかっ?」
「当たり前だろうっ。お前はこんな幸せな天界に住んでいるからっ、こういう有り難みがわからんのだっ!」
白龍はその言葉に少しドキッとした。さっきの黒龍の苦しそうな様子が脳裏によぎる。
「オイ、黒龍…、お前は⎯⎯」
だが、またもやこの言葉は中断されてしまう。天使達が割って入ったのだった。
「あの~、お話し中、申し訳ないんですけど…」
「何?」
「準備が出来るまで見られたくないので、散歩でもしてて下さいっ」
「へっ?」
そう言われ、白龍と黒龍は、半ば強制的に大広間から追い出されたのだった。
「………」
「なあ、白龍。まだ天界の案内の途中だったろ? 連れてってくれないか?」
「えっ? あ、ああ…」
白龍は、黒龍のあの様子が気になって仕方がなかった。だが、言えぬチャンスを掴めぬまま、大広間でのパーティーが始まってしまった。
ワイワイ、ガヤガヤ。そんな感じのこのパーティー会場は、大勢の天使達で賑わっていた。
その奥の中心にある、『白龍・黒龍送別会』と、でかく飾ってある下の席には、黒龍と白龍が、まるで結婚披露宴とでも言いたげに座らせられていた。
言うなれば、黒龍が新郎で、白龍が新婦の席。
「オイ、黒龍っ。何か怪しい雰囲気になってないか?」
白龍が小声で言った。黒龍はそんなことは全く気にせず、ただ目の前にある料理を平らげていた。
「そうか? 俺は楽しいがなっ。飯も俺が作るのと同じくらいうまいっ」
「それは関係ねぇだろ!」
二人の会話を遮る様に、一人がマイクを持ち、司会を始めた。
《え~、では、これより、白龍と黒龍の結婚披露パーティーを始めたいと思います》
「何~~~!!」
二人は同時に叫んだ。
送別会のはずなのに、司会者がいきなり、鳥肌の立つようなことを言い出したからである。
「ちょっと待てよ! なんでオレと黒龍の結婚なんてことになってんだっ!」
「まあいいではないか白龍。この際だ、結婚しようっ!」
「オレは嫌だ! ってか、男同士だろ! 結婚出来ないだろ!」
白龍はパニックに陥っていた。いきなり司会者が結婚パーティーと言うは、黒龍が結婚しようと言うは、訳が分らなかった。
「仕方がない!」
「何だよ!」
黒龍は白龍を無理矢理立たせ、肩をがしっと掴むと、こう言った。
「白龍!」
「あっ?」
「俺とコンビを組もう! コンビ名は翠嵐だ!」
「はっ? いきなり何言ってんだよっ! 今それ所じゃねぇだろ!」
黒龍は司会者のマイクを奪い取り、言い放った。
《俺達は! 今ここにコンビを結成する!!》
黒龍がそう言い放った瞬間、何故か会場が一斉に沸き上がった。
白龍が誤解を解こうと、四苦八苦しているうちに、パーティーはいつの間にやら終わっていた。
二人は、白龍の部屋にいた。黒龍は闇には帰らず、白龍の部屋に泊まることにした。っていうか、最初からそのつもりだったらしい。
白龍はというと、綺麗になった部屋に落ちつけないでいた。黒龍と白龍は、ベットのことでもめていた。
「オイ、白龍。ベッドは一つしかないから、一緒に寝るしかないな?」
「なんでだよ! お前床で寝ろよっ」
「なんでだ! だったら貴様が床で寝ろ!」
「ここはオレの部屋だぞ! 何でオレが床で寝なきゃなんねえんだよ!」
「仕方ない。自分のベッドを出すか…」
「って、持ってきてんのかよ! なら、一緒に寝るとか言うな!」
「いや、翠嵐結成の記念として…」
黒龍は、自分の小さくしていたバッグを大きくし、さらにその中に入っていた自分の小さくなっていたベッドを取り出し、元の大きさに戻した。
「…たく。あの司会者もキモいこと言いやがって…」
「すまん。それについては俺も悪乗りしすぎた…」
「全く。何でオレとお前がコンビ結成しなきゃならねえんだよ。大体なんでコンビ名がスイランなんだ?」
「い、いいではないかっ…、寝るぞ」
黒龍は照れ臭そうな声で言うと、部屋の電気を消してしまった。
それから、何時間過ぎただろうか。白龍は、未だ眠れずにいた。
「なぁ、黒龍…。寝たか…?」
暗闇の中、顔を少しずらし黒龍の方を振り向く。だが、黒龍からの返事はない。
「何でコンビ名がスイランなんだ?」
独り言のように呟く白龍。すると黒龍はその独り言に答えるように、静かに口を開く。
「………。…お前が昼間、水仙の花と、蘭の花が好きって、言ってただろ。だから、水仙と蘭を掛け合わせて、スイランって…」
「何だよ。起きてんなら言えよ。びっくりするだろ」
「すまん…」
「それに、水仙と蘭を合わせてスイランなんて、安易すぎねえか?」
白龍は寝ながら、思わず腕を組んだ。
いくら自分が好きと言ったとはいえ、安直過ぎる発想に、白龍は苦笑する。しかし、黒龍は自慢気に言い返した。
「何言ってる、かっこいいだろう。スイランのスイは翡翠のスイ。スイランのランは嵐のランだ。これでかっこ悪いはずがないっ」
「いや、かっこいいとか悪いとかの話じゃなくてよ…」
「それにこの翠嵐という文字には、ちゃんとした意味があるんだ。青々とした山の姿。木々の緑の鮮やかな様子だ。今の俺達にぴったりだろっ」
「何がだよっ! ってか、それ、辞書で見たまんほの答えだろっ」
「かっこいいっ。さすがこの俺、黒龍様だっ」
「人の話聞けよ…。ってか、意味分かんねぇ…」
自分の言葉にしたり顔の黒龍。そのまま二人は喋らず、しばらくの間があいた。
暗闇は二人を包み、全ての時間の感覚を狂わせる。
もう二人とも、寝たかに思えるそんな中で、またもや白龍が口を開いた。今度は何処か、深刻そうに顔をしかめている。
「……昼間…さ。オレ…お前に、お前の居た闇は、どんな所だったか…聞いたよな…」
「………」
「そん時お前、凄く汗かいてて、何処か苦しそうだった。…一体、お前の居た闇の世界ってのは、どんなとこなんだ?」
「………」
「い、いや、その、答えたくないんならいいけどよ…」
白龍がそう言うと、暫くして、黒龍が重い口を開いた。
「…俺は、闇の世界の黒龍だ」
黒龍が深刻な面持ちで語る。
「…俺は闇の使いの者なんだ。闇の世界では、争いが絶えることなく続いている…。……そんな世界で俺は生まれ、生きてきた。…千四百年だ。俺は、争いを止める為に居る龍だから、俺が居なくては争いは止むことはない。だが、俺が居ても、争いはなくならない…。実は、俺が天界に来たのは、あの闇の世界を抜け出すための単なるきっかけで…、本当は、そのキッカケを、ずっと欲しかったのかもしれない…。…本当はずっと、あの闇の世界を、…抜け出したかったのかもしれない……。しかし、俺は下界に行くことで、闇の世界を抜け出したとは思ってはいないっ…。それはどうあがいても、俺は闇の者であり、闇の龍だ。それは永遠に変わらない…。下界で起こる戦争や犯罪の数々、人々の恨みや拓み…。それらは闇の世界そのものだ…」
「黒龍…」
その話に、白龍はいたたまれなくり、つい、本題とは別な所に話を持っていった。
「黒龍……何か、かっこつけてねぇか? それに台詞が長げぇし…」
「…なっ、格好付けてなどいないぞ! そんなに茶化すのであれば、もう俺の話しなど二度としてやらん!」
黒龍は思いっきり白龍に背を向けた。
「えっ、なんでだよっ。第一、今の説明じゃ、あんまり恐ろしく感じないぜっ。なんつーか…今のは、オレには、お前のただの苦労話にしか聞こえなかったっ」
「……お前は闇の世界を見たことがないから、そんなことが言えるのだっ」
黒龍はいきり立ち、ベッドから上半身を起こして、白龍に怒鳴った。
「貴様は、天の世界で平和に暮らし、争いもなく、ただのうのうと、平和に平凡に生きてきたのだろうっ! 千四百年何もせずに遊んでたお前と、千四百年、ただ争いを止めるだけに必死になって生きてきた俺と貴様とでは、所詮世界が違うんだっ! 分かり合える筈もないっ!」
「黒龍…」
黒龍は今にも白龍に殴りかかりそうだった。それほどの剣幕が、黒龍にはあった。
白龍は知りたいと思った。今まで黒龍は、どんな生活をしてきたのか。
白龍は、そんな黒龍を不意に見つめた。すると、今まで気付かなかったが、服の隙間から見える黒龍の体には、無数の痛々しい傷跡があった。
黒龍が今までどんな辛い目に遭っていたのかは、白龍の想像を遥かに超えていた。
「あっ、そういえばお前、荷物まとめたのか?」
黒龍が、突然その疑問を口にすると、白龍は思わず叫んだ。
「あっ! お前に天界案内してたから、荷造りするのすっかり忘れてたぜ!」
「何っ! 今の言い方はなんだ! それじゃまるで、荷造り出来なかったのは、俺のせいだと言っているみたいじゃないか!」
「だってお前、天界案内しろっ、天界案内しろって、しつこく言ってたじゃねえか! お前のせいだろ!」
「と、とにかく、今すぐに荷造りしろっ。出発は今日の朝、七時だっ。あっ、後三十分しかないぞ!」
「オレらちっとも寝てねえじゃねえかっ! ってか、お前が片付けたせいで何処に何があるか分かんなくなっちまったじゃねえか! どうしてくれるんだよ!」
「片付けてない貴様が悪いんだろ!」
「オレには分かるように置いてあったんだ!」
「…仕方ない、手伝ってやるから急げ!」
二人は、言い争いながら、慌てて白龍の荷造りをした。
天界。朝の七時。太陽の光は蓮池を輝かせ、蓮の葉に命を与えている。
黒龍と白龍は、そんな庭の真ん中にいた。丁度蓮池の隣には、人間界へと通じる穴があり、二人はそこを通って人間界へと行くのである。
因みに蓮池は、地獄へと繋がっている。さらにその地獄の下には、黒龍の居た闇があるのであった。
「では、人間界での役目、存分に果たして参れよ」
女神様は二人の見送りに来ていた。
「あぁ、はい…。わかりました…」
白龍は眠かった。何せ黒龍と話し込んでいて、ろくに寝てないのである。
それに、女神様の意思の、黒龍と仲良く生活っていうのも白龍には少し気に食わなかった。こんな自己中な奴と一緒にやっていけるのか。考えただけで眠れなくなる。
しかし、そんなことを女神様に言える筈もなく、ただ白龍は流されていた。
眠いと言えば黒龍もその筈なのだが、何故か普段より、明るさが増していた。
「あ、そこの彼女。見送りに来てくれたのだな。今からデートの約束を…」
黒龍は、見送りに来ている女性達に、片っ端から声をかけていた。
「女神様、この黒龍が帰った暁には、是非、女神様の部屋に泊まり…」
「何で、そうなるんだよっ! 誰彼構わず声かけんな!」
「オイ、お前達、早く行かんか~!」
女神様が二人に向かって怒鳴った。と、同時に、女神様の後ろから、突然人影が飛び出してきた。
「ちょっと待ってっ」
「ミカ!」
飛び出してきたのはミカだった。ミカは汗をかいて息を切らしている。恐らく走ってきたのだろう。
「すいません、女神様っ。…どうしても、これを二人に渡したくて…」
「別に構わないよ。そんなに急いで来たんだから、黒龍と白龍にとって、何か重要な物を渡しに来たんだろう? で、何を渡しに来たんだ?」
「…これです」
ミカが持ってきたのは、二つのお茶碗だった。白龍はその茶碗を受け取る。
「って、ミカ! これ夫婦茶碗じゃないか!」
「まあ、いいじゃないか白龍。俺が夫の方を使えば済むことだろ?」
「違げえよ! 男同士じゃねえか! 夫婦じゃねえよ!」
「お前達!」
白龍が一人で騒いでいるのを見て、女神様が怒鳴った。と、次の瞬間。
「…早く行け! 馬鹿たれっ!!」
何と女神様は、黒龍と白龍を足蹴にし、穴へと落としたのだった。




