↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「愛人に帳簿は読めますか?」十年間領地を支えた私を捨てた夫へ。あなたの領地が財政破綻しても、もう戻りません。  作者: 抑止旗ベル
第一章 離縁された公爵夫人は、辺境領の帳簿を開く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/21

その記録は、辺境領のものではなかった

 古い徴税記録の端に書かれた役職名を、セラフィーナは現在の役職一覧と照らし合わせた。


 該当する名前はない。


 ヴァルハルト領の役人にも、近隣の村を束ねる者にも、そのような役職は存在しなかった。


「北部監査補佐官……」


 読み上げた言葉が、保管庫の静けさに落ちる。


 現在の一覧にあるのは、徴税官、兵站官、村落管理官だけだ。北部全体の税を監督するような役職は、少なくとも今の制度にはない。


 セラフィーナは文書番号を指でなぞった。


「この記録が作られた三年前には、別の組織があったのかもしれません」

「領内の役職が変わっただけではないか」


 ユリウスの問いに、彼女は首を横に振った。


「役職がなくなったなら、廃止の記録が残るはずです。名称だけでなく、文書番号の付け方まで変わっています」


 彼女は税務記録の束を一枚ずつめくった。


 同じ番号が、別の資料にも現れる。


 徴税簿。



 臨時徴収の命令書。


 荷車の輸送記録。


 印章台帳。


 どの記録にも、最初の数字は一致していた。


 ただし、末尾だけが異なる。


 ある紙では四。


 別の紙では四の上に薄く別の数字が重ねられていた。


 書き換えられた跡だった。


「同じ命令を、別の記録として処理したのでしょうか」

「それは、何のために?」

「分かりません。ですが、誰が見ても同じ書類だと分からないようにした可能性はあります」


 セラフィーナは輸送記録を開いた。


 そこには、臨時徴収で集めた金の一部が、税ではなく「保管確認手数料」として処理されていた。


 金額は銀貨六枚。


 前に見つかった不明金とは一致しない。


 それでも、徴収した金を別の名目に移し、個々の支払いから切り離す仕組みは同じだった。


「銀貨六枚が、徴税の記録から消されています」

「消えたのではなく、別の場所へ移された」

「はい。ですが、移した先で何に使われたのかは書かれていません」


 ユリウスは記録を見つめた。


「この資料を外へ照会すれば、三年前の制度変更も知られる。領内の帳簿が信用できないと、自分から伝えることになる」

「何も知らないままにしておく方が危険です」


 セラフィーナは静かに答えた。


「兵士の給与まで三十三日しかありません。次の徴収で同じことが起きれば、足りない金額さえ正しく分からなくなります」


 ユリウスはすぐには返事をしなかった。


 窓の外では、風が古い屋根を鳴らしている。


「照会する」


 やがて彼は言った。


「ただし、必要な範囲に絞る。制度変更の承認記録と、この文書番号の管理元だけを尋ねる」

「それなら、質問を分けて作成します」


 セラフィーナが紙を取り出すと、ユリウスは彼女の手元へ自分の印章を置いた。


「この照会文書は、君に任せる」


 単に清書を頼まれたのではない。


 何を尋ね、どこまで書くか。その判断を任されたのだ。


「私が作成してよろしいのですか」

「領地の財務を見ているのは君だ。必要な問いも、君の方が分かっている」


 胸の奥に、わずかな熱が生まれた。


 公爵家では、帳簿を整えても、誰かに報告する価値すらない仕事として扱われていた。


 ここでは、問いを立てることそのものが役目になる。


 セラフィーナは筆を走らせた。


 制度の施行日。


 起草者と承認者。


 文書番号の管理元。


 そして、赤黒い蝋印が使用された命令書の発行記録。


 照会文書を書き終えたあと、彼女は印章台帳の古い頁を開いた。


 そこには、現在のヴァルハルト家の印とは異なる紋様が、三年前の記録に一度だけ登場していた。


 使用者の欄は空白だった。


 発行元の欄も、途中から別の紙に差し替えられている。


 セラフィーナは差し替えられた紙を裏返した。


 そこに、古い文書番号の末尾へ小さく付された別の番号があった。


 それは徴税制度の番号ではない。


 領地の権利や担保を記録する帳簿に使われる形式だった。


 徴税制度を調べていたはずなのに、彼女の指は、もっと大きな権利の記録へと伸びているのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。