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「愛人に帳簿は読めますか?」十年間領地を支えた私を捨てた夫へ。あなたの領地が財政破綻しても、もう戻りません。  作者: 抑止旗ベル
第一章 離縁された公爵夫人は、辺境領の帳簿を開く

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8/22

消された承認記録

 抜き取られた承認ページの跡は、何度見ても不自然だった。


 セラフィーナは保管庫の机に、三年前の徴税制度変更書と、その前後に作られた記録を並べた。


 制度の本文は残っている。


 変更理由も、適用される徴税方法も、紙の上では読める。


 けれど、起草者の名があるはずの頁だけがない。


 承認者の署名も、施行日もない。


 綴じ紐は途中で切れた形跡がなく、紙だけが抜き取られていた。


「なくしたのではなく、必要な部分だけを外したように見えます」


 セラフィーナが言うと、向かいに立つユリウスが記録を覗き込んだ。


「誰かが、名前を残したくなかったということか」

「断定はできません。ただ、偶然で三つの項目だけが消えるとは考えにくいでしょう」


 彼女は古い徴税簿を開いた。


 村ごとの合計額が、月ごとに整然と並んでいる。


 数字だけを見れば、矛盾はなかった。


 しかし、領民から聞き取った金額を書き込んだ新しい控えを隣に置くと、わずかな差が見えた。


 ある村では、帳簿に記された臨時徴収が銀貨四十枚だった。


 けれど、村人たちの記憶を合計すると、四十八枚になる。


「八枚の差です」

「誤差ではないのか」

「一人か二人の記憶違いなら、そうかもしれません」


 セラフィーナは別の紙を示した。


「ですが、受領証を受け取っていない人が五人います。そのうち三人は、通常の税とは別に銀貨二枚ずつ払ったと証言しました」


 六枚。


 帳簿との差に近いが、一致はしない。


 残りの二枚がどこへ行ったのかは、まだ分からなかった。


 だからこそ、確認が必要だった。


「徴税官に、集めた金の内訳を出させます」

「応じると思うか」

「応じるかどうかではなく、記録に残る形で求めます」


 セラフィーナは書面を作り、ユリウスへ差し出した。


「領主名義で確認を求める許可をください。領民側の控えと照合し、差額があれば調査を始めます」


 ユリウスは書面に目を通し、迷わず署名した。


 その日のうちに、該当する村の徴税官が呼ばれた。


 彼は最初、制度に従っただけだと説明した。


 臨時徴収は合計額で処理できる。領民への受領証も、発行しなくてよい場合がある。


 どちらも、制度の文面から外れてはいなかった。


 けれど、村人三人の支払いを記した控えを見せると、徴税官の手が止まった。


「この三名について、支払いの記録がありません」

「まとめて計上しています」

「では、まとめる前の記録をお見せください」


 返事はすぐには返らなかった。


 結局、その場で確認できたのは、銀貨二枚分の受領証だけだった。


 村人の一人に、新しい二通の受領証が渡される。


 一通は領主側へ。


 もう一通は、支払った本人の手元へ。



 不足分については、徴税官に再調査を命じる記録が作られた。


 全てが解決したわけではない。


 それでも、払った人の手に証拠が残った。


 セラフィーナは、その紙を受け取った領民の表情を見た。


 数字は小さい。


 けれど、その銀貨二枚は、冬を越すための薪になったかもしれない。子どもの靴になったかもしれない。


「数字が合っているかを確かめるだけで、守れる暮らしがありますね」


 ユリウスが静かに言った。


 セラフィーナは彼を見なかった。


「守るには、確かめ続ける必要があります」


 三年前の制度変更は、彼が領主になってから行われた。


 書類を閉じたユリウスが、低い声で言った。


「領主として、確認すべきだった」


 責任を逃げる言葉ではなかった。


 セラフィーナは少しだけ筆を止める。


「過去は変えられません。確認すべきだったと思われたのならば、これから確認しなおせばよいのです」


 慰めではない。


 これから同じ作業をする相手へ向けた、仕事の言葉だった。


 ユリウスは短く頷いた。


 その後も二人は、古い契約書と徴税関連の記録を調べた。


 欠落した承認ページに残っていた蝋印の跡と、似た赤黒い蝋が使われた書類を探す。


 いくつかの文書には、現在のヴァルハルト家の印とは異なる紋様が残っていた。


 ただし、印の持ち主も、どこから届いた書類なのかも分からない。


 セラフィーナは一枚の徴税記録を手に取った。


 末尾に、見慣れない文書番号が記されている。


 番号の横には、現在は使われていない役職名があった。


 この領の役人ではない。


 少なくとも、今のヴァルハルト領には存在しない役職だった。


「この記録は、別の場所で作られたものかもしれません」


 セラフィーナは、消された承認ページの跡を見つめた。


 この文書番号を辿れば、消された名前に近づける。




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