消された承認記録
抜き取られた承認ページの跡は、何度見ても不自然だった。
セラフィーナは保管庫の机に、三年前の徴税制度変更書と、その前後に作られた記録を並べた。
制度の本文は残っている。
変更理由も、適用される徴税方法も、紙の上では読める。
けれど、起草者の名があるはずの頁だけがない。
承認者の署名も、施行日もない。
綴じ紐は途中で切れた形跡がなく、紙だけが抜き取られていた。
「なくしたのではなく、必要な部分だけを外したように見えます」
セラフィーナが言うと、向かいに立つユリウスが記録を覗き込んだ。
「誰かが、名前を残したくなかったということか」
「断定はできません。ただ、偶然で三つの項目だけが消えるとは考えにくいでしょう」
彼女は古い徴税簿を開いた。
村ごとの合計額が、月ごとに整然と並んでいる。
数字だけを見れば、矛盾はなかった。
しかし、領民から聞き取った金額を書き込んだ新しい控えを隣に置くと、わずかな差が見えた。
ある村では、帳簿に記された臨時徴収が銀貨四十枚だった。
けれど、村人たちの記憶を合計すると、四十八枚になる。
「八枚の差です」
「誤差ではないのか」
「一人か二人の記憶違いなら、そうかもしれません」
セラフィーナは別の紙を示した。
「ですが、受領証を受け取っていない人が五人います。そのうち三人は、通常の税とは別に銀貨二枚ずつ払ったと証言しました」
六枚。
帳簿との差に近いが、一致はしない。
残りの二枚がどこへ行ったのかは、まだ分からなかった。
だからこそ、確認が必要だった。
「徴税官に、集めた金の内訳を出させます」
「応じると思うか」
「応じるかどうかではなく、記録に残る形で求めます」
セラフィーナは書面を作り、ユリウスへ差し出した。
「領主名義で確認を求める許可をください。領民側の控えと照合し、差額があれば調査を始めます」
ユリウスは書面に目を通し、迷わず署名した。
その日のうちに、該当する村の徴税官が呼ばれた。
彼は最初、制度に従っただけだと説明した。
臨時徴収は合計額で処理できる。領民への受領証も、発行しなくてよい場合がある。
どちらも、制度の文面から外れてはいなかった。
けれど、村人三人の支払いを記した控えを見せると、徴税官の手が止まった。
「この三名について、支払いの記録がありません」
「まとめて計上しています」
「では、まとめる前の記録をお見せください」
返事はすぐには返らなかった。
結局、その場で確認できたのは、銀貨二枚分の受領証だけだった。
村人の一人に、新しい二通の受領証が渡される。
一通は領主側へ。
もう一通は、支払った本人の手元へ。
不足分については、徴税官に再調査を命じる記録が作られた。
全てが解決したわけではない。
それでも、払った人の手に証拠が残った。
セラフィーナは、その紙を受け取った領民の表情を見た。
数字は小さい。
けれど、その銀貨二枚は、冬を越すための薪になったかもしれない。子どもの靴になったかもしれない。
「数字が合っているかを確かめるだけで、守れる暮らしがありますね」
ユリウスが静かに言った。
セラフィーナは彼を見なかった。
「守るには、確かめ続ける必要があります」
三年前の制度変更は、彼が領主になってから行われた。
書類を閉じたユリウスが、低い声で言った。
「領主として、確認すべきだった」
責任を逃げる言葉ではなかった。
セラフィーナは少しだけ筆を止める。
「過去は変えられません。確認すべきだったと思われたのならば、これから確認しなおせばよいのです」
慰めではない。
これから同じ作業をする相手へ向けた、仕事の言葉だった。
ユリウスは短く頷いた。
その後も二人は、古い契約書と徴税関連の記録を調べた。
欠落した承認ページに残っていた蝋印の跡と、似た赤黒い蝋が使われた書類を探す。
いくつかの文書には、現在のヴァルハルト家の印とは異なる紋様が残っていた。
ただし、印の持ち主も、どこから届いた書類なのかも分からない。
セラフィーナは一枚の徴税記録を手に取った。
末尾に、見慣れない文書番号が記されている。
番号の横には、現在は使われていない役職名があった。
この領の役人ではない。
少なくとも、今のヴァルハルト領には存在しない役職だった。
「この記録は、別の場所で作られたものかもしれません」
セラフィーナは、消された承認ページの跡を見つめた。
この文書番号を辿れば、消された名前に近づける。




