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「愛人に帳簿は読めますか?」十年間領地を支えた私を捨てた夫へ。あなたの領地が財政破綻しても、もう戻りません。  作者: 抑止旗ベル
第一章 離縁された公爵夫人は、辺境領の帳簿を開く

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7/20

三年前、制度は変わった


 三年前の徴税制度変更に関する記録は、古い帳簿の下から見つかった。


 紙の端は黄ばんでいたが、文字はまだ読める。


 セラフィーナは燭台を引き寄せ、細い指で一行ずつ追った。


「戦時および凶作に際しては、領民への受領証の発行を省略できる……」


 そこで、指が止まった。


 省略できる。


 必ず発行するのではなく、発行しなくてもよい。


 さらに読み進めると、臨時に徴収した税は通常の税と分けて記録し、担当官の印のみで処理できる、とあった。


 領主の確認印は必要ない。


 個々の領民がいくら納めたかも、報告時には省略できる。村ごとの合計額だけを提出すればよい。


 理由として挙げられていたのは、徴税の迅速化だった。



 飢饉や戦の際、細かな記録に時間をかければ、必要な金が集まらない。だから手続きを簡略化する。


 文章だけを読めば、領民を救うための配慮にも見えた。


 けれど、セラフィーナは目の前に置かれた二枚の紙を見比べた。


 一枚は、正式な税の受領証。


 もう一枚は、橋の修理費として徴収された金の控えだ。控えと呼ぶには粗末で、領民の手元には何も残らない。


 最初の税は、正式な帳簿に記録される。


 二度目の金は、臨時徴収として別に扱われる。


 領民に受領証を渡さず、徴税官は合計額だけを報告する。


 これでは、個々の領民がいくら支払ったのか、後から確かめようがない。


 村の合計だけが合っていれば、帳簿の上では問題にならないのだ。


「帳簿を偽造しなくても、最初から書かなくていい仕組みなら……」


 セラフィーナの呟きに、向かいで書類を読んでいたユリウスが顔を上げた。


「記録に残らない」

「はい。正確には、残さなくても制度上は処理できてしまいます」


 胸の奥に、冷たい怒りが広がった。


 誰かが一枚ずつ数字を書き換えたのではない。


 徴収した金額を、領民ごとに隠せる道が、制度の中に用意されていた。


 このやり方なら、二重に徴収しても、村全体の合計だけを整えられる。


 領民からすれば、払った証拠がない。


 領主からすれば、村の合計額しか知らされない。


 どちらも、真実に手を伸ばせない。


「この変更は、私が領主になった年と重なっている」


 ユリウスの声は低かった。


「当時の承認記録を、私は確認していない」


 責めるような響きはなかった。ただ、事実を述べている。


 セラフィーナは彼を見た。


「これを知らなかった私は、領主失格だ」

「今、知りました」


 セラフィーナは帳簿に視線を戻した。


「ならば、今から直せます」


 慰めるつもりはなかった。


 彼を責め続けても、失われた金は戻らない。必要なのは、次の徴収を同じ形にしないことだった。


 ユリウスはしばらく黙っていたが、やがて記録の束をこちらへ押し出した。


「承認された時期の書類を探そう。保管庫にあるものは、すべて見ていい」

「ありがとうございます。制度を変えた理由と、誰が確認したのかを確かめます」


 まず、今後の徴税方法を書き出した。


 通常の税も臨時徴収も、必ず二通の受領証を作る。一通は領主側へ、もう一通は支払った領民へ渡す。


 臨時徴収については、村ごとの合計だけでなく、個々の支払いも記録する。


 徴税官の印だけで終わらせず、最後に領主の確認印を重ねる。


 紙の上では、簡単な変更だった。


 しかしユリウスは、書き終えた提案書を見ながら眉を寄せた。


「全員に徹底させるには、人手が足りない。徴税の時期も近い」


 セラフィーナがこの土地へやって来てから、既に数日が経過していた。


「……兵士の給与まで、あと三十四日です」

「そうだ」

「なら、優先順位を決めます。まず兵士の給与を守る。そのうえで、徴収記録を残す仕組みを始めましょう」


 すべてを一度に変える必要はない。


 変えるべきことを記録し、できることから実行する。


 ユリウスは短く頷いた。


「この提案を正式な記録に残す。明日から、領主印を使える者も決めよう」


 小さな前進だった。


 けれど、紙の上に残った一行は、これまでの曖昧な徴税とは違う。


 誰が、何を、どのように確認するのか。


 少なくとも、これからは隠せない形にできる。


 その後、二人は三年前の承認記録を探した。



 制度変更の本文は残っている。


 だが、最後に綴じられているはずの承認ページだけがなかった。


 誰が起草したのか。


 誰が承認したのか。


 いつから効力を持ったのか。


 その三つを示すページだけが、きれいに抜き取られている。


 偶然とは思えなかった。


 セラフィーナが紙の端を持ち上げると、綴じ穴の近くに、固まった古い蝋の欠片が付着していた。


 赤黒い蝋。


 そこに刻まれた紋章は、現在のヴァルハルト家の印とは違っていた。


 誰の印なのかは、まだ分からない。


 ただ、この制度は辺境領の中だけで決められたものではないのかもしれなかった。


 セラフィーナは、抜き取られたページの跡を見つめた。


 誰かが、この制度を作った。


 そして誰かが、その名前だけを記録から消した。




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