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「愛人に帳簿は読めますか?」十年間領地を支えた私を捨てた夫へ。あなたの領地が財政破綻しても、もう戻りません。  作者: 抑止旗ベル
第一章 離縁された公爵夫人は、辺境領の帳簿を開く

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二重徴税は、三年前から

 同じ印章の痕跡は、三人の徴税担当者の帳簿に残っていた。


 セラフィーナは、机の上へ帳簿を並べる。


 担当者が交代した時期は、それぞれ違う。それなのに、二度目の徴税に使われた印章だけは、古い記録から新しい記録へ途切れず続いていた。


 一人が不正を働き、後任へ引き継いだだけでは説明できない。


「印章が、担当者より長く使われています」


 セラフィーナが言うと、ユリウスは帳簿を見下ろした。


「つまり、担当者が変わっても、同じ仕組みが残った?」

「その可能性があります」


 彼女は、徴税額の合計欄と、月ごとの内訳を照合した。


 ある年の記録だけ、合計は記されているのに、月ごとの頁がいくつも欠けている。


 領民へ配られた控えの数も、帳簿に記された徴税件数と合わなかった。


「この空白は、いつからでしょう」


 頁の端を追い、交代記録と照らし合わせる。


 欠落が始まったのは、三年前だった。


 ちょうど徴税担当者が交代した時期でもある。


 しかし、二重徴税の証言が示す最初の時期は、交代より前にさかのぼっていた。


 セラフィーナは、帳簿の上へ指を置いた。


「二重徴税は、三年前から始まったのではありません」

「では?」

「三年前から、組織的になったのだと思います」


 ユリウスが顔を上げる。


「私が領主になった後と重なる」


 その声に、苦いものが混じった。


「私が帳簿を確認していれば、もっと早く気づけた」

「今、その責任を数えている場合ではありません」


 セラフィーナは淡々と言った。


「確認できる記録を、今から確認しましょう」


 慰めるつもりはなかった。


 彼に必要なのは、優しい言葉ではなく、次に開くべき帳簿を決めることだ。


 ユリウスは短く頷いた。


「分かった。続けてくれ」




 ◇



 通常の徴税帳簿を調べ終えたあと、セラフィーナは棚の奥に、古い控えの束があることに気づいた。


 領民が支払った金額を記録したものらしい。


 紙は薄く、綴じ紐も傷んでいる。


 束の頁番号を確認すると、途中で数枚が抜き取られていた。


 欠落しているのは、三年前のある季節に集中している。


「ここだけ、綴じ紐の跡が新しい……」


 紙を抜いたあと、残った紐を切りそろえたのだろう。


 頁番号も飛んでいる。


 偶然、破れたのではない。


 誰かが意図的に抜き取った可能性が高かった。


 セラフィーナは、現在使っている領民側の控えと古い帳簿を比べた。


 今の試験運用では、支払った者の手元に必ず記録が残る。


 だが、過去の欠落期間には、領民側の控えがほとんど存在しなかった。


 そして、その期間に限って、二度目の徴税を訴える証言が多い。


「控えを残させなかったこと自体が、仕組みの一部だった……」


 支払いを証明できる紙がなければ、領民は二度目の請求を拒めない。


 徴税側の帳簿だけが残り、実際にいくら払ったのかを示す証拠は消える。


 帳簿の不備ではない。


 証拠を残さないための仕組みだ。


 セラフィーナは、抜き取られた頁の跡を見つめた。


 怒りは、熱くならなかった。



 むしろ、静かに冷えていく。



 ◇



「三年前の空白は、担当者の交代と同じ時期に始まっています」


 セラフィーナはユリウスへ報告した。


「ですが、二重徴税そのものは、交代より前からあった。担当者が変わったから始まったのではなく、担当者が変わっても続くよう整えられた可能性があります」


 ユリウスは、焼け残った記録と古い控えの束を見比べた。


「領主である私が、見ようとしなかった」

「見ようとしても、記録がなければ判断できません」

「それでも、確認する責任はあった」


 彼は視線を逸らさなかった。


 誰かのせいにして逃げることも、知らなかったから仕方ないと済ませることもしない。


 セラフィーナは、帳簿へ目を戻した。


「だから、今から記録を作り直します」

「三年前のものも?」

「残っているものはすべて。足りない部分は、領民側の控えと照合します」


 そのとき、現在の試験運用で作られた控えの束が目に入った。


 一枚の紙があるだけで、追加徴税を止められた。


 過去には、その一枚がなかった。



「領民側の控えは、ただの写しではありません」


 セラフィーナは呟いた。


「払った人が、払ったことを証明するための記録です」


 ユリウスは、使われていない帳簿を新しい控えへ回すよう命じた。


 その直後、セラフィーナは抜き取られた頁の綴じ紐へ、黒い跡が残っているのを見つけた。


 現在使われている印章とは違う。


 別の印章の痕跡だった。


 さらに、三年前の空白が始まった月には、徴税制度そのものが変更された記録がある。


 内容は、まだ読めない。


 しかし、日付だけは明らかだった。


 不正は、帳簿の中に隠されていたのではない。


 帳簿そのものを、隠すための仕組みが作られていたのだ。



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