その印章を、どこで手に入れましたか?
焼け残った紙片の裏から見つかった印章の跡を、セラフィーナは朝の光へかざした。
領主印より小さい。
輪郭も違う。中央に刻まれているはずの紋章が、途中で崩れている。
それでも、昨日聞き取った複数の村の記録に残る二度目の徴税と、同じ形の跡があった。
「この印章の持ち主に心当たりは?」
ユリウスへ尋ねると、彼は首を横に振った。
「領主印以外に、徴税へ使える印章があるとは聞いていない」
「では、焼け残った紙片だけでは証拠として不十分です」
セラフィーナは、印章の持ち主を推測しなかった。
推測だけで誰かを責めれば、昨日話をしてくれた領民たちを危険にさらす。
「徴税記録を自由に閲覧し、領民側の控えを作るための権限をいただけますか」
ユリウスの表情がわずかに曇った。
「既存の徴税担当者と衝突する。あなたを敵と見なす者が出るかもしれない」
「不正を疑うだけでは、領民を救えません。記録を照合できる権限が必要です」
彼は、焼けた帳簿庫のほうへ目を向けた。
「危険だと分かっていても、調べるのか?」
「はい」
「ならば、私が許可する。徴税記録を閲覧し、領民側の控えを作ることを認める」
ユリウスは、短い命令書を書いた。
そこには役職名も給与額もない。
ただ、セラフィーナが徴税に関する記録を調査し、照合する権限だけが記されていた。
「これで、あなたの判断を止める者はいない」
「止めようとする者が現れた場合は?」
「私へ報告してくれ」
その返事に、セラフィーナは小さく頷いた。
◇
試験運用を行う村へ向かうと、徴税を担当する男が帳面を抱えて待っていた。
新しい領主印を押した書類を二枚用意してほしいと伝えると、男は眉をひそめた。
「今まで、そのような決まりはありませんでした」
「今までは、領民が支払いを証明できなかったからです」
「紙も人手も足りない。余計な作業を増やされては困ります」
セラフィーナは、責めるような声を出さなかった。
「一枚は領主側の記録。一枚は支払った領民の証拠です。金額、日付、名目を同じように記します」
「もし後から別の徴税を求められても、控えがあれば確認できるということか」
「はい」
男は不満そうに古い帳簿を見た。
「その紙はどうするのです。新しい帳面を買う金などありません」
「買いません」
セラフィーナは、持参した古い帳簿を開いた。
記入されていない余白を指でなぞる。
「不要になった頁を切り分け、支払いごとに使います。領民側の控えには、同じ印を押してください」
男はためらったが、ユリウスの命令書を見て、しぶしぶ準備を始めた。
最初の領民が税を支払う。
金額と日付を記し、二枚の紙へ同じ印を押す。
一枚を徴税担当者が持ち、もう一枚を領民へ渡す。
領民は、何度も紙を見返した。
自分がいくら払ったのかを示す記録を、初めて手にしたのだ。
ところが、二枚目の書類へ印を押したとき、セラフィーナの指が止まった。
徴税担当者が持参した印章と、焼け残った紙片の跡が一致しない。
輪郭の欠け方も、中央の線も違う。
「この印章を、どこで手に入れましたか?」
男の手が止まった。
「代々、徴税の際に使っているものです」
「では、こちらの記録に残る印章は?」
セラフィーナは焼け残った紙片を示した。
男は答えなかった。
現在の担当者が別の印章を使っているのか。
過去の記録が書き換えられているのか。
それとも、複数の者が同じ印章を使っているのか。
まだ断定できない。
「この記録と、過去の徴税記録を照合する必要があります」
セラフィーナは、その日の控えを持って城へ戻った。
◇
翌日、同じ村へ別の徴税人が現れた。
男は領民へ、橋の修理費として追加の金を求めた。
領民たちは怯えたように顔を見合わせる。
けれど、一人が新しく作った控えを差し出した。
そこには、橋の修理費をすでに支払った日付と金額が記されている。
「これは、もう払っています」
徴税人は紙を奪おうと手を伸ばした。
セラフィーナがその前へ立つ。
「領主側の記録と同じ控えです。持ち去る理由はございません」
徴税人は舌打ちし、追加の徴収を取り下げた。
領民の手に残った一枚の紙が、彼らを守った。
数字が、人を守る。
その事実を目の前にして、セラフィーナの胸に小さな達成感が生まれた。
だが、城へ戻り、古い徴税担当者の交代記録を調べたとき、その感情は消えた。
同じ印章の跡が、複数の担当者の在任期間にまたがって残っている。
最初に二重徴税が始まった時期も、帳簿上の担当者交代とは一致していなかった。
これは、誰か一人の横領ではない。
領地そのものが、二重に徴税する仕組みを抱えている。




