帳簿にない税金
火事の翌朝、セラフィーナは机の上に焼け残った紙片を広げていた。
端は黒く焦げ、中央にも灰がこびりついている。
読めるのは、徴税を行った日付と、いくつかの数字だけだった。
領民から受け取った金額。
帳簿へ記された金額。
二つは一致していない。
「ここから先は、読めませんね」
背後から声がした。
ユリウスが、昨夜よりも厳しい表情で立っている。帳簿庫の警備を増やしたのだろう。廊下の向こうには、見慣れない兵士の姿もあった。
「ええ。ですが、読めない部分を都合よく埋めることはできません」
セラフィーナは紙片を指先で押さえた。
「証拠が足りません」
「火事の責任を、あなたへ問うつもりはない」
「責任を問われると思っているわけではございません」
「昨夜、ここで調査を続けると決めたのは私だ。あなたを呼んだのも私だ」
ユリウスは焼けた棚へ視線を向ける。
「警備を増やす。だが、犯人が誰かも分からないまま、調べるなとは言えない」
セラフィーナは、彼の言葉を聞きながら、レオナールの顔を思い出していた。
妻なのだから守るべきだ。
そう言いながら、危険を自分へ押しつけた夫。
ユリウスは違う。
危険を伝えたうえで、選択をこちらへ返している。
「領民から話を聞きたいと思います」
「徴税を担当する者たちを刺激すれば、あなたが狙われる可能性がある」
「承知しております」
「それでも行くのか?」
「はい。証拠が足りないなら、証言を集めます」
ユリウスは短く頷いた。
「護衛をつける」
「目立つ人数は必要ありません」
「では、離れた場所から見張らせる」
彼は調査を止めなかった。
セラフィーナは、焼け残った紙片を封筒へしまった。
◇
市場の一角には、塩を売る小さな店があった。
棚に並ぶ袋は少なく、価格札は何度も書き直された跡がある。
セラフィーナは店主へ、帳簿を見せてほしいとは言わなかった。
「今年の塩は、昨年より高いのですか?」
「仕入れが減っていますからね」
「税を納める時期と、仕入れの時期は重なりますか?」
店主は、答えを濁した。
「税なら、払いましたよ。決められた分は」
「決められた分以外にも、求められたことは?」
店主の手が、塩袋の紐を結ぶところで止まった。
「……橋の修理費と言われました」
「橋は直りましたか?」
「見てのとおりです」
壊れた橋を思い出し、セラフィーナは頷いた。
店主は声を落とした。
「最初の税を払った数日後、別の男が来ました。同じ村の徴税だと言って、また金を出せと」
「同じ名目でしたか?」
「いいえ。橋の修理費、魔獣避け、それから軍の補給費。毎回、違いました」
「支払いの控えは?」
店主は首を横に振る。
「領主印のあるものを頼みましたが、後で渡すと言われました。逆らえば、次の収穫前にもっと取られるとも」
別の場所で話を聞いた農民も、似た話をした。
一度目は税。
二度目は軍の補給費。
さらに別の領民は、魔獣避けの費用を払ったと言った。
誰も、正式な控えを持っていない。
誰も、声を上げてはいなかった。
セラフィーナは、彼らを責める言葉を探さなかった。
収穫前の領民にとって、徴税人へ逆らうことは、来月の生活を差し出すことと同じなのだ。
「あなたがたが悪いのではありません」
そう告げると、農民は驚いたように目を瞬いた。
「払った金額と、払った日だけ覚えておいてください。次に求められたら、何の名目だったかも」
セラフィーナは、手帳へ短く記録した。
塩の店。
橋の修理費。
魔獣避け。
軍の補給費。
焼け残った記録と照らし合わせると、公式帳簿に記された税額より、実際に領民が払った金額のほうが多かった。
しかも差額は、一つの家だけではない。
複数の村で、同じ割合になっている。
「これは記入の間違いではありません」
セラフィーナは呟いた。
仕組まれた二重徴税だ。
◇
城へ戻ると、セラフィーナはユリウスへ調査結果を報告した。
「すぐに徴税人を捕らえるべきではないか」
ユリウスは記録へ目を落とした。
「証拠が足りません。今のままでは、領民の証言が食い違った場合に終わります」
「では、どうする?」
「次の徴税から、領主印のある控えを二枚発行します。一枚は徴税を行う者が持ち、もう一枚は領民へ渡す」
セラフィーナは紙束を見た。
「徴税人が帳簿を書き換えても、領民側の控えと照合できます」
「だが、紙も人手も足りない」
「使われていない帳簿の余白を切り分けます。村ごとに記録を作り、支払った金額と日付だけを写せばよいのです」
華美な帳面も、立派な机も必要ない。
証拠を残せればいい。
ユリウスはしばらく考えたあと、頷いた。
「その方法で始めよう」
「よろしいのですか?」
「あなたの判断を聞くために、ここへ来てもらった」
その言葉に、胸の奥がわずかに温かくなった。
公爵家では、判断を任されているように見えて、責任だけを押しつけられていた。
ここでは、提案が仕組みとして採用される。
小さな一歩にすぎない。
それでもセラフィーナは、初めて自分の仕事が領地を動かした気がした。
その夜、焼け残った紙片を裏返したときだった。
灰の下から、印章の一部が浮かび上がった。
領主印ではない。
けれど、二度目の徴税に使われた何かの印だった。




