↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「愛人に帳簿は読めますか?」十年間領地を支えた私を捨てた夫へ。あなたの領地が財政破綻しても、もう戻りません。  作者: 抑止旗ベル
第一章 離縁された公爵夫人は、辺境領の帳簿を開く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/20

帳簿にない税金

 火事の翌朝、セラフィーナは机の上に焼け残った紙片を広げていた。


 端は黒く焦げ、中央にも灰がこびりついている。


 読めるのは、徴税を行った日付と、いくつかの数字だけだった。


 領民から受け取った金額。


 帳簿へ記された金額。


 二つは一致していない。


「ここから先は、読めませんね」


 背後から声がした。


 ユリウスが、昨夜よりも厳しい表情で立っている。帳簿庫の警備を増やしたのだろう。廊下の向こうには、見慣れない兵士の姿もあった。


「ええ。ですが、読めない部分を都合よく埋めることはできません」


 セラフィーナは紙片を指先で押さえた。


「証拠が足りません」

「火事の責任を、あなたへ問うつもりはない」

「責任を問われると思っているわけではございません」

「昨夜、ここで調査を続けると決めたのは私だ。あなたを呼んだのも私だ」


 ユリウスは焼けた棚へ視線を向ける。


「警備を増やす。だが、犯人が誰かも分からないまま、調べるなとは言えない」


 セラフィーナは、彼の言葉を聞きながら、レオナールの顔を思い出していた。


 妻なのだから守るべきだ。


 そう言いながら、危険を自分へ押しつけた夫。


 ユリウスは違う。


 危険を伝えたうえで、選択をこちらへ返している。


「領民から話を聞きたいと思います」

「徴税を担当する者たちを刺激すれば、あなたが狙われる可能性がある」

「承知しております」

「それでも行くのか?」

「はい。証拠が足りないなら、証言を集めます」


 ユリウスは短く頷いた。


「護衛をつける」

「目立つ人数は必要ありません」

「では、離れた場所から見張らせる」


 彼は調査を止めなかった。


 セラフィーナは、焼け残った紙片を封筒へしまった。



 ◇



 市場の一角には、塩を売る小さな店があった。


 棚に並ぶ袋は少なく、価格札は何度も書き直された跡がある。


 セラフィーナは店主へ、帳簿を見せてほしいとは言わなかった。


「今年の塩は、昨年より高いのですか?」

「仕入れが減っていますからね」

「税を納める時期と、仕入れの時期は重なりますか?」


 店主は、答えを濁した。


「税なら、払いましたよ。決められた分は」

「決められた分以外にも、求められたことは?」


 店主の手が、塩袋の紐を結ぶところで止まった。


「……橋の修理費と言われました」

「橋は直りましたか?」

「見てのとおりです」


 壊れた橋を思い出し、セラフィーナは頷いた。


 店主は声を落とした。


「最初の税を払った数日後、別の男が来ました。同じ村の徴税だと言って、また金を出せと」

「同じ名目でしたか?」

「いいえ。橋の修理費、魔獣避け、それから軍の補給費。毎回、違いました」

「支払いの控えは?」


 店主は首を横に振る。


「領主印のあるものを頼みましたが、後で渡すと言われました。逆らえば、次の収穫前にもっと取られるとも」


 別の場所で話を聞いた農民も、似た話をした。


 一度目は税。


 二度目は軍の補給費。


 さらに別の領民は、魔獣避けの費用を払ったと言った。


 誰も、正式な控えを持っていない。


 誰も、声を上げてはいなかった。


 セラフィーナは、彼らを責める言葉を探さなかった。


 収穫前の領民にとって、徴税人へ逆らうことは、来月の生活を差し出すことと同じなのだ。


「あなたがたが悪いのではありません」


 そう告げると、農民は驚いたように目を瞬いた。


「払った金額と、払った日だけ覚えておいてください。次に求められたら、何の名目だったかも」


 セラフィーナは、手帳へ短く記録した。


 塩の店。


 橋の修理費。


 魔獣避け。


 軍の補給費。


 焼け残った記録と照らし合わせると、公式帳簿に記された税額より、実際に領民が払った金額のほうが多かった。


 しかも差額は、一つの家だけではない。


 複数の村で、同じ割合になっている。


「これは記入の間違いではありません」


 セラフィーナは呟いた。


 仕組まれた二重徴税だ。



 ◇



 城へ戻ると、セラフィーナはユリウスへ調査結果を報告した。


「すぐに徴税人を捕らえるべきではないか」


 ユリウスは記録へ目を落とした。


「証拠が足りません。今のままでは、領民の証言が食い違った場合に終わります」

「では、どうする?」

「次の徴税から、領主印のある控えを二枚発行します。一枚は徴税を行う者が持ち、もう一枚は領民へ渡す」


 セラフィーナは紙束を見た。


「徴税人が帳簿を書き換えても、領民側の控えと照合できます」

「だが、紙も人手も足りない」

「使われていない帳簿の余白を切り分けます。村ごとに記録を作り、支払った金額と日付だけを写せばよいのです」


 華美な帳面も、立派な机も必要ない。


 証拠を残せればいい。


 ユリウスはしばらく考えたあと、頷いた。


「その方法で始めよう」

「よろしいのですか?」

「あなたの判断を聞くために、ここへ来てもらった」


 その言葉に、胸の奥がわずかに温かくなった。


 公爵家では、判断を任されているように見えて、責任だけを押しつけられていた。


 ここでは、提案が仕組みとして採用される。


 小さな一歩にすぎない。


 それでもセラフィーナは、初めて自分の仕事が領地を動かした気がした。


 その夜、焼け残った紙片を裏返したときだった。


 灰の下から、印章の一部が浮かび上がった。


 領主印ではない。


 けれど、二度目の徴税に使われた何かの印だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。