照会文書は、届く前に消えた
照会文書の最後の一行を書き終えたとき、セラフィーナは筆を置いた。
制度変更の承認者。
文書番号の管理元。
三年前に記録されていた、北部監査補佐官という役職の実在。
そして、赤黒い蝋印の使用記録。
尋ねることは四つに絞った。
曖昧な質問では、曖昧な返事しか返ってこない。
だから、いつ、どの文書が、誰の名で処理されたのかを、相手が答えざるを得ない形にした。
「これで送れるな」
向かいのユリウスが、書面に目を通す。
「はい。ですが、その前に確認したい記録があります」
セラフィーナは第九話で見つけた末尾番号を、古い権利台帳へ移した。
徴税制度の命令書と同じ番号が、領地の権利を記した頁にも書かれている。
ただし、内容は税ではなかった。
街道の通行権。
川を渡るための渡し場の管理権。
そして、領地の一部を担保に入れる場合の登録欄。
番号は同じなのに、文書の種類だけが違う。
「制度変更の命令が、権利の台帳と同じ整理番号で管理されている」
「偶然ではない、と?」
「そう考える方が自然です」
セラフィーナは、台帳の余白に残る薄い線を指で示した。
別の紙を重ねて書いた跡だった。
「誰かが、同じ番号を使って複数の記録を動かしていた可能性があります」
ユリウスは眉を寄せた。
「照会を出せば、ヴァルハルトの帳簿に問題があると外へ知らせることになる」
「はい」
「相手が制度変更に関わっていたなら、こちらが調べていると知った時点で、残っている記録を処分するかもしれない」
セラフィーナは、完成した文書を見つめた。
照会をやめれば、何も分からないままだ。
送れば、相手に手を打つ時間を与える。
「だからこそ、問いを送る前に、こちらの証拠を守ります」
彼女は別の紙を取り出した。
制度変更書。
文書番号が一致する徴税簿。
印章台帳。
銀貨六枚が保管確認手数料として処理された記録。
原本を一か所に置いたままでは、失われたときに取り戻せない。
セラフィーナはそれぞれを写し、文書の末尾に作成日と写しを作った理由を書き添えた。
「原本は保管庫に残します。写しは別の場所へ移しましょう」
「どこに置く」
「一部は私の作業室に。残りは、領主の執務室へ」
ユリウスは首を横に振った。
「同じ建物の中だけでは足りない」
彼は少し考えた。
「印章台帳の写しは、兵站庫の記録箱に入れる。制度変更書は私の執務室に置く。徴税簿の写しは、君が管理してくれ」
大げさな隠し場所ではない。
ただ、すべての記録を一つの棚に集めない。
失われたとき、どの文書が欠けたのか分かるようにする。
それだけの、領主として当然の備えだった。
写しを封筒に収め、照会文書にも封をしようとしたとき、セラフィーナは手を止めた。
宛先の下に、小さな文字がある。
彼女が書いた覚えのない、細い線のような書き込みだった。
文書番号の末尾に、見慣れない数字が一つ加えられている。
「これは……」
セラフィーナが指で触れると、墨は完全に乾いていた。
誰かが、彼女の文書を見た。
あるいは、書かれる前から番号を知っていた。
封筒の蝋封にも、わずかな違和感があった。
押しつぶされた跡の上から、もう一度印を押したように見える。
誰が触れたのかは分からない。
使用人の誰かを疑う根拠もなかった。
「送付を止めるか」
ユリウスの声に、迷いはなかった。
「いいえ。止めれば、相手にこちらの動きを知らせずに済むかもしれません。ですが、送る方法を変えましょう」
セラフィーナは封筒を一度開いた。
「通常の使者ではなく、別の経路を使います。控えを先に分け、受け取った記録が残る方法で」
「分かった。送り先も一つに絞らない」
二人は同じ机に向かい、送付方法を決めていった。
その途中、セラフィーナは権利台帳の頁へ目を戻した。
末尾に付された番号が、台帳の隅に記された番号と一致している。
そこには、担保の対象となる権利の名称が書かれていた。
しかし、所有者の欄だけが空白だった。
空白は、最初から書かれていなかったのか。
後から消されたのか。
今の彼女には判断できない。
ただ、徴税の記録だけを隠したのではない。
誰かは、領地の権利そのものを書き換えようとしている。
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