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「愛人に帳簿は読めますか?」十年間領地を支えた私を捨てた夫へ。あなたの領地が財政破綻しても、もう戻りません。  作者: 抑止旗ベル
第一章 離縁された公爵夫人は、辺境領の帳簿を開く

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照会文書は、届く前に消えた

 照会文書の最後の一行を書き終えたとき、セラフィーナは筆を置いた。


 制度変更の承認者。


 文書番号の管理元。


 三年前に記録されていた、北部監査補佐官という役職の実在。


 そして、赤黒い蝋印の使用記録。


 尋ねることは四つに絞った。


 曖昧な質問では、曖昧な返事しか返ってこない。


 だから、いつ、どの文書が、誰の名で処理されたのかを、相手が答えざるを得ない形にした。


「これで送れるな」


 向かいのユリウスが、書面に目を通す。


「はい。ですが、その前に確認したい記録があります」


 セラフィーナは第九話で見つけた末尾番号を、古い権利台帳へ移した。


 徴税制度の命令書と同じ番号が、領地の権利を記した頁にも書かれている。


 ただし、内容は税ではなかった。


 街道の通行権。


 川を渡るための渡し場の管理権。


 そして、領地の一部を担保に入れる場合の登録欄。


 番号は同じなのに、文書の種類だけが違う。


「制度変更の命令が、権利の台帳と同じ整理番号で管理されている」

「偶然ではない、と?」

「そう考える方が自然です」


 セラフィーナは、台帳の余白に残る薄い線を指で示した。


 別の紙を重ねて書いた跡だった。


「誰かが、同じ番号を使って複数の記録を動かしていた可能性があります」


 ユリウスは眉を寄せた。


「照会を出せば、ヴァルハルトの帳簿に問題があると外へ知らせることになる」

「はい」

「相手が制度変更に関わっていたなら、こちらが調べていると知った時点で、残っている記録を処分するかもしれない」


 セラフィーナは、完成した文書を見つめた。


 照会をやめれば、何も分からないままだ。


 送れば、相手に手を打つ時間を与える。


「だからこそ、問いを送る前に、こちらの証拠を守ります」


 彼女は別の紙を取り出した。


 制度変更書。


 文書番号が一致する徴税簿。


 印章台帳。


 銀貨六枚が保管確認手数料として処理された記録。


 原本を一か所に置いたままでは、失われたときに取り戻せない。


 セラフィーナはそれぞれを写し、文書の末尾に作成日と写しを作った理由を書き添えた。


「原本は保管庫に残します。写しは別の場所へ移しましょう」

「どこに置く」

「一部は私の作業室に。残りは、領主の執務室へ」


 ユリウスは首を横に振った。


「同じ建物の中だけでは足りない」


 彼は少し考えた。


「印章台帳の写しは、兵站庫の記録箱に入れる。制度変更書は私の執務室に置く。徴税簿の写しは、君が管理してくれ」


 大げさな隠し場所ではない。


 ただ、すべての記録を一つの棚に集めない。


 失われたとき、どの文書が欠けたのか分かるようにする。


 それだけの、領主として当然の備えだった。


 写しを封筒に収め、照会文書にも封をしようとしたとき、セラフィーナは手を止めた。


 宛先の下に、小さな文字がある。


 彼女が書いた覚えのない、細い線のような書き込みだった。


 文書番号の末尾に、見慣れない数字が一つ加えられている。


「これは……」


 セラフィーナが指で触れると、墨は完全に乾いていた。


 誰かが、彼女の文書を見た。


 あるいは、書かれる前から番号を知っていた。


 封筒の蝋封にも、わずかな違和感があった。


 押しつぶされた跡の上から、もう一度印を押したように見える。


 誰が触れたのかは分からない。


 使用人の誰かを疑う根拠もなかった。


「送付を止めるか」


 ユリウスの声に、迷いはなかった。


「いいえ。止めれば、相手にこちらの動きを知らせずに済むかもしれません。ですが、送る方法を変えましょう」


 セラフィーナは封筒を一度開いた。


「通常の使者ではなく、別の経路を使います。控えを先に分け、受け取った記録が残る方法で」

「分かった。送り先も一つに絞らない」


 二人は同じ机に向かい、送付方法を決めていった。


 その途中、セラフィーナは権利台帳の頁へ目を戻した。


 末尾に付された番号が、台帳の隅に記された番号と一致している。


 そこには、担保の対象となる権利の名称が書かれていた。


 しかし、所有者の欄だけが空白だった。


 空白は、最初から書かれていなかったのか。


 後から消されたのか。


 今の彼女には判断できない。


 ただ、徴税の記録だけを隠したのではない。


 誰かは、領地の権利そのものを書き換えようとしている。




ここまでセラフィーナの物語をお読みくださり、本当にありがとうございます。


「面白かった」「ここまで読んでよかった」と感じていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から評価していただけると、とても嬉しいです。


皆様からいただく評価やブックマークが、今後も物語を書き続ける大きな励みになります。どうぞよろしくお願いいたします。

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