偽造された私の署名が、辺境領の帳簿につながっていました
帳簿によると、食料購入停止まであと十二日。
兵士給与の欄には、昨日付けの完了印がある。短期立替金は契約どおり給与に使われ、返済予定の最初の日付がその下に書かれていた。
通行料、木材搬出料、市場使用料の受領証を日次帳簿へ重ねる。支払者側の紙と領地側の控えは、すべて一致していた。
今の金の行き先は追える。
けれど、食料の購入資金を埋める必要は残っている。セラフィーナは不足の欄を閉じ、昨日開封した帳簿束の頁を広げた。
前倒しで給与を支払えたからといって、金庫が満たされたわけではない。返済日までに正規収入を積み上げ、次の食料購入へ残す金を守らなければならなかった。
数字はまだ厳しい。それでも、見失わずに済む。
現在の記録を守る手を止めるわけにはいかない。朝に受け取った市場使用料の控えも、昼までには日次帳簿へ綴じ
るよう管理所へ伝えてある。
過去に何が隠されたかを追うほど、今日集めた金を同じように見失わない仕組みが必要だと分かる。二通の受領証は小さな紙だが、金を払った商人の手にも証拠を残していた。
確認者別紙が抜き取られた箇所には、文書番号だけが残されている。
彼女はその番号を、北部監査補佐官の印章台帳、先代辺境伯の死後に作られた了承記録、帳簿束の担保処理欄と並べた。
末尾の数字だけではない。途中に挟まれた小さな記号と、別扱いにするときの記載の順番まで似ている。
「同じ形式です」
ユリウスが帳簿へ視線を落とした。
「番号を管理していた者まで分かるか」
「まだ分かりません。ですが、確認者別紙を外した記録も、死後の了承を使った記録も、同じ流れで処理された可能性があります」
文書番号は名前ではない。
それでも、記録を動かす者が何度も同じ形を選んだなら、残された数字は手の癖になる。
セラフィーナはしばらく帳簿束を見つめ、それから自分の荷を取り寄せた。
箱の底から、鉱山投資契約の控えを出す。離婚前、署名の照合に使うために写し取って残した紙だった。
自分の名の下にある筆跡は、見慣れた自分のものではない。
その事実を初めて確かめたときの冷たさを、今も指先が覚えている。
契約書の余白には、小さな確認記号があった。
その近くには、署名を確認した者の名も、本人へ内容を確かめた記録もない。契約を進めるために必要な紙だけが揃い、引き受けるはずのない責任だけが、彼女の名の下へ置かれていた。
セラフィーナはそれを帳簿束に残った番号の途中へ重ねた。
「こちらにも、同じ形があります」
ユリウスは契約書を見たが、すぐには手を伸ばさなかった。
「見せてくれるのか」
「領地の帳簿を守るために必要なら、照合すべきです」
セラフィーナは契約書の写しを机の中央へ置いた。
「これは、私の署名を偽造して、責任だけを私へ負わせようとした契約です。誰が作ったのかは、まだ分かりません」
長い説明は要らなかった。
数字と記号が、自分の名を使って作られた危険な紙へつながっている。それだけで、ユリウスには示す理由が伝わるはずだった。
「原本と写しをどう扱うかは、君が決めろ」
「原本は私が保管します。今回は写しだけを、領地の証拠群へ加えます」
「分かった」
ユリウスは写しの受け取りを閲覧台帳へ記し、保管先も彼女の指定どおりに書き入れた。
勝手に領地の証拠へ組み込まれるのではなく、自分で必要な範囲を選ぶ。その違いが、セラフィーナには大きかった。
契約書は過去の傷を示す紙でもある。だが今は、同じような紙で誰かの暮らしが奪われるのを止めるために使える。
帳簿束と契約書を並べると、不正の形が少しずつ見えてきた。
領民には受領証を渡さず、集めた金の一部を記録から外す。
領地収入は所有者や承認者を空白にしたまま、担保処理へ進める。
そして鉱山投資契約では、署名を確かめずに、失敗した責任だけを誰かへ渡す。
帳簿を一行だけ書き換えるより、確認を省略した紙を重ねるほうが、責任の行き先を隠しやすいのかもしれない。
誰がそれを作ったのか。誰が利益を得たのか。そこまでは、まだ紙の上にない。
しかし、領民、領地、そして自分に、説明のない負担を押しつけるための仕組みが使われた可能性は、もう無視できなかった。
ユリウスは時系列表を開いた。
「この契約書は外へ送らない。まず写しで照合する」
セラフィーナは次に並べるべき記録を指で示した。
「確認者別紙があった箇所の文書番号。鉱山投資契約の確認省略の形式。北部監査補佐官の印章台帳。元徴税官の最後の照合記録。そして、先代辺境伯の死後の了承記録です」
「すべて時系列表へ加えよう」
ユリウスは原本と写しを分けて保管する命令へ署名した。
夕方、セラフィーナは鉱山投資契約の余白を改めて見た。
小さな処理記号の曲線は、確認者別紙が抜かれた頁に残る記号と、ぴたりと重なる。
同じ番号ではない。同じ名も、まだ出ていない。
それでも辺境領の帳簿を壊した手は、私の署名を奪った手と、同じ形をしていた。




