財政赤字になった元夫の領地から、食料商人が戻ってきました
朝の支払予定表で、セラフィーナは食料購入停止まであと十一日と確認した。
兵士給与は前倒しで支払い済みだ。短期立替金の返済予定は残り、給与用の資金を食料へ回すことはできない。
彼女は食料購入に使える金と、十一日間に入る正規収入を別の欄へ書き分けた。
急ぐからといって、収入の権利を担保に入れたり、商人へ曖昧な後払いを求めたりはしない。
支払える日を言えない契約は、食料を運ぶ者へも不安を渡すだけだ。セラフィーナは納入予定の前に、使える金の範囲と、納入後に残すべき資金を確かめた。
兵士給与を守れたからこそ、別の暮らしを削って次の危機を越えるような借り方は選べなかった。
そこへ、公爵領と取引している商人から書面が届いた。
商人は、以前セラフィーナへ支払いの相談をしてきた者だった。
公爵領へ契約内容、支払期限、供給を止めた場合の影響、回答期限を示したが、支払いの順番も責任者の名も、支払日も返されていないという。
新たな供給は保留する、と書面にはあった。
商人が管理所を訪れたのは昼前だった。
「公爵領からは、まだ何も決まりません」
その声に怒りはなく、長く待った者の慎重さだけがあった。
「仕入れ先へも、いつ金が戻るかを伝えられないのです」
セラフィーナは書面を机へ戻した。
「不安になるのは当然です。ですが、公爵領の資金、備蓄、現在の契約を知らない私が、外から支払いの順を決めることはできません」
「分かっています。奥様――いえ、財務官様に、公爵領の判断をお願いしたいわけではありません」
「回答がないことで生じる不利益を、商人様だけが負う必要もありません。供給を続けるか保留するかは、雇い人と仕入れ先を守るために、お決めになってよいことです」
セラフィーナは、元の領地へ答えを与えなかった。
帳簿を読める者がいることと、決める責任を負う者がいることは違う。公爵領に必要なのは、外から彼女が支払い順を整えることではなく、今の領主が責任を持って決めることだった。
代わりに、ヴァルハルト領との取引を望むなら、公爵領とは別の契約として整えると伝えた。
食料を納める日、納める範囲、支払い日と原資、受け取る者、最終責任者。納入量や状態に違いがあれば、受領前に記録すること。
受領証は二通。領地と商人の双方に残す。
通行料、木材搬出料、市場使用料の権利は渡さない。公爵領の未払いも、この契約には含めない。
商人は支払日の欄を読み、次に受領証のひな型を確かめた。食料の品目ごとに、納入時の状態と受け取った量を書く場所がある。
これなら後から不足分を誰かの言葉だけで決めずに済む。セラフィーナは、商人がその欄を何度も見直すのを待った。
「紙が揃えば、こちらも仕入れ先へ説明できます」
商人は供給契約の案を読み、そう言った。
「誰が払うのか、いつ受け取るのかが分かれば、運ぶ日を決められます」
ユリウスは契約書を確認した。
「領主として、支払いの責任を負う」
その署名を見て、商人は自分の署名を添えた。
セラフィーナは食料の納入予定と受領証のひな型を支払予定表へ綴じた。
食料はまだ届いていない。それでも、十一日後に必要なものを、誰から、どの条件で受け取るかは決まった。
管理所の者が供給予定の控えを見て、静かに言う。
「これなら、受け入れる場所も運ぶ日も決められます」
記録は金を数えるためだけのものではない。商人が仕入れ、運搬人が荷を動かし、領地が受け取る準備をするための約束でもあった。
契約書の写しは商人へ渡し、領地側の控えは閲覧台帳へ記したうえで保管する。どちらか一方が紙を失っても、もう一方が取引の内容を確かめられる。
過去の帳簿ではその当然の形が壊されていた。だからセラフィーナは、納入前の紙にも同じだけ注意を払った。
夕方、供給契約の写しを分けて保管した後、セラフィーナは帳簿束へ戻った。
確認者別紙の文書番号と、鉱山投資契約の余白にある確認記号を、保管確認手数料の処理記録へ重ねる。
同じ曲線が、手数料の欄にも残っていた。
手数料を受け取った者の名はない。確認した者の欄も空白だった。
鉱山投資契約では署名の確認が省かれ、領地の帳簿では確認者の名が消されている。
同じ人物が書いたのか。同じ場所で作られたのか。それは、まだ分からない。
ただ、不正な確認省略の形式が、領地収入だけでなく、個人の契約にも使われた可能性は強まった。
セラフィーナは食料供給の受領証ひな型を、保管確認手数料の記録の横へ置いた。
二通の受領証には、支払う者、受け取る者、金額、理由、日付を残す。
過去の記録では、確認した者の名だけが消されていた。
セラフィーナは二つの紙を並べたまま、確認欄を指でなぞった。空白にされた欄と、これから必ず名を残す欄。その違いが、守れる暮らしを分けるのだと思った。
誰かの責任を逃がさないために。
食料を守るために作った受領証は、かつて誰かが消した「確認した者の名」を、二度と消させないための紙でもあった。




