兵士の給与を、五日早く支払えました
セラフィーナは帳簿を捲りながら、安堵のため息をついた。
それから改めて、立替金の受領証、正規収入の日次帳簿、給与名簿を並べる。立替金は給与の欄に分けてあり、食料や別の支払いへ回していない。
支払い後の残高と、返済に使える収入の欄も照らした。
「今日、支払えます」
ユリウスが尋ねる。
「期限まで待たなくていいのか」
「待たせる理由がありません。契約どおりの資金があり、兵士給与以外に使わないことも確認できました」
ユリウスは支払予定表へ署名した。
「領主として、前倒しの支払いを承認する」
管理所の机に、給与名簿と受領証を並べた。
兵士は一人ずつ名を確認し、受け取った額を確かめてから署名を残す。セラフィーナは名簿の欄と受領証を照らし、印の抜けがないか見た。
金貨を受け取った兵士が、受領証を手にしたまま言う。
「これで家へ、今月の見通しを伝えられます」
「働いた分を、記録とともにお渡ししただけです」
セラフィーナは次の名を呼んだ。
支払いの順は、名簿に記された所属ごとに決められていた。先に受け取った者が、遅れて来る者の分へ手を出せないよう、受領証にはそれぞれの名と日付を残す。
金庫から出た額、名簿の合計、受領証の枚数が一致することを、ユリウスにも確認してもらった。
誰かの善意や記憶ではなく、受け取った者と領地の両方に残る紙で、兵士の暮らしを守る。その形にできたことが、セラフィーナには何より確かだった。
大きな歓声はなかった。
ただ、受領証を折って懐へしまう手つきに、張りつめていたものがほどけるのを見た。
給与名簿の最後の欄まで確認してから、彼女は支払予定表の兵士給与へ完了の印を付けた。
見えない権利を差し出したから守れたのではない。
誰のために使う金か、いつ返すか、誰が責任を負うかを紙に残したから、商人も領地も同じ約束を確かめられた。
だが、食料購入までは十三日。立替金の返済もこれからで、帳簿上の余裕はまだ薄い。セラフィーナは完了の印の下に、次の支払い予定を書き直した。
午後、彼女とユリウスは発見した帳簿束の前に座った。
閲覧台帳には開封の時刻と理由が記され、新しい封、写し用の紙、箱の外側を記録した控えが揃っている。
セラフィーナは表書きの貼り替え跡、継ぎ直された封、火事前の別扱い指示と同じ系列の番号を、順に読み上げた。
ユリウスが確認し、二人で箱を正式に開く。
最初に、箱に収められた帳簿の冊数を収納控えと照らした。一冊も足りないことはない。
紙の端には長く閉じ込められていた埃があり、表書きだけを替えてから、何度も出し入れされた様子はなかった。
セラフィーナは頁をめくる前に、帳簿束の順番と傷んだ箇所を写し取った。後から抜けた頁があっても、いつからないのかを曖昧にしないためだった。
中には、担保に付された権利の控え、臨時徴収を移し替えた記録、保管確認手数料の処理が綴じられていた。
頁の端には、通行料、木材搬出料、市場使用料の台帳にあった担保処理記号が並ぶ。
だが所有者欄は空白で、担保にした者も債権者も、記録だけでは読めない。
帳簿束には、同じ日に複数の記録を確かめたことを示す欄もあった。そこだけ、確認者の名ではなく別紙参照と書かれている。
誰かの名が書かれていないからこそ、その別紙は帳簿より重い意味を持つのかもしれなかった。
中ほどに、細い紙片が挟まっていた。
そこには、確認者別紙を添付すること、と記されている。
「担保処理と帳簿束の移送を確認した者を、別に記していたのでしょうか」
「別紙はあるのか」
セラフィーナは頁の綴じ糸を見た。
「ここにはありません。抜き取られたか、別の封にされた可能性があります」
紙片の端には、赤黒い色がかすかに残っていた。曲線の一部は、制度変更書や執行書に残った蝋印の痕と似ている。
けれど、それだけで印の持ち主を決めることはできない。
「似ている、という記録に留めます」
「それでいい。名を急いで決めるな」
ユリウスは、帳簿束の発見も給与支払いも外へ知らせないと決めた。
「まず写しを作り、頁の順と別紙の痕を確かめる」
セラフィーナは次に照合する記録を並べた。
担保処理記号と、三つの収入の台帳。
保管確認手数料と、火事前日の別扱い指示。
確認者別紙の記載と、北部監査補佐官の印章台帳。
そして、抜き取られた頁や別紙の痕跡だった。
「原本と写しは分けて保管します」
「財務官として必要な記録を開け」
ユリウスは許可の文書へ署名した。
頁を数え直していたセラフィーナは、綴じ糸の切れた箇所で手を止めた。
確認者別紙があったはずの位置に、紙は残っていない。
そこには文書番号だけが書かれていた。その末尾は、廃止済みの北部監査補佐官、赤黒い蝋印、先代辺境伯の死後の了承記録へ続く系列と同じだった。
記録番号だけが、そこに静かに残されていた。
兵士の給与を守れた朝、セラフィーナは、帳簿を動かした者が最後に隠した名前の場所へ辿り着いていた。




