↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「愛人に帳簿は読めますか?」十年間領地を支えた私を捨てた夫へ。あなたの領地が財政破綻しても、もう戻りません。  作者: 抑止旗ベル
第三章 燃えた帳簿と、死者の了承

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/42

給与を守るため、領地の収入は売りません

 朝の支払予定表で、セラフィーナは兵士の給与停止まであと九日と記した。


 食料購入までは十七日。


 通行料、木材搬出料、市場使用料の正規収入は、受領証と日次帳簿によって確かめられるようになっている。



 けれど、金庫にある資金と支払い予定を並べると、給与日までに必要な額にはなお届かなかった。


 昨日までの収入が確かでも、九日後までに金庫へ入る金と、先に払わなければならない費用は同じではない。数字は正直に、足りない分だけを残していた。


 ユリウスは支払予定表を見てから、静かに尋ねた。


「資金を得る方法はあるか」

「あります。ただし、収入の権利を担保に入れる方法ではありません」


 セラフィーナは通行料、木材搬出料、市場使用料の記録を指した。


「今、これらを別の形で差し出せば、怪しい担保処理を止めた意味がなくなります」

「目先の給与を守るために、次の収入を失う」

「はい。今月を越えるために、来月の領地を売るわけにはいきません」


 彼女は新しい便箋へ、短期立替契約の条件を書き出した。


 用途は兵士の給与に限ること。


 返済の原資は、現在の正規収入のうち領地が自由に使える範囲に限ること。


 通行料、木材搬出料、市場使用料そのものの権利は渡さないこと。


 返済期限と、遅れた場合の扱いを明記すること。


 契約書、受領証、返済記録を双方に残すこと。


 最後に、領主であるユリウスが最終責任を負うこと。


「金を借りる以上、貸す側にも理由が必要です」

「今のヴァルハルトを、信用してもらう理由か」

「はい。返せる見込みと、返せなかったときの扱いを、先にお示しします」


 帳簿が黒字に見えるだけでは足りない。誰が払った金か、どの収入がいつ入るか、そして誰が返済を引き受けるか。紙に残る形で示して初めて、相手も自分の仕入れ先へ説明できる。


 昼前、セラフィーナとユリウスは管理所を訪れた。


 正規通行路を再び使うようになった商人が、受領証の控えを持って来ていた。市場を利用する者や木材を運ぶ者の記録も、同じように帳簿へ綴じられている。


 セラフィーナは日次帳簿を開き、現在の収入と返済に回せる範囲を説明した。


「領地収入の権利そのものは、お渡ししません。返済は、この記録に残る正規収入から、期限を決めて行います」


 商人は受領証の番号と帳簿の控えを見比べた。


「紙が残るなら、こちらも仕入れ先へ説明できます」


 救済の言葉ではなかった。


 貸した金が何に使われ、どのように戻るのかを確かめたい者の、当然の返答だった。


「兵士の給与以外に使わないことも、契約へ書かれますか」

「はい。用途が変わる場合は、あらためて双方の書面が必要です」

「返済が遅れた場合も、権利を渡すのではなく、記録を示して協議する。そう書けますか」

「書きます。貸す側だけに曖昧な負担を残さないためです」


 商人は契約案を受け取り、短期立替を検討すると答えた。受領証の控えを握ったまま、別の商人にも条件を伝えると言う。その手にあったのは好意ではなく、確かめられる約束だった。


 セラフィーナは、立替金を受け取る時刻も記した。契約書へ双方が署名した後、領地側は一通の受領証を渡し、商人側にも同じ内容の控えを残す。返済のたびに日付と額を双方の帳簿へ記す。


 以前なら、金庫へ入った銀貨だけを数えて終えたかもしれない。


 だが、誰から受け、何のために使い、いつ戻すのかが残らなければ、借りた金もまた領民の不安になる。セラフィーナは用途の欄に、兵士の給与以外の文字を書き込ませなかった。


 執務室へ戻ると、ユリウスは契約案を最後まで読んだ。


「領主として、私が署名する」

「返済予定表は、私が作成します」

「それでいい。借りる判断の責任は私が負う。君は返済できる形を整えてくれ」


 言葉は短いが、役割は曖昧ではなかった。


 セラフィーナは返済予定表へ、正規収入の受領日と支払い日を一つずつ記した。返済に使う欄と、食料購入に残す欄を分ける。給与を守るために、次の支払いを消してはならない。


 夕方、商人から立替契約を受ける意思が伝えられた。


 まだ金は動いていない。けれど条件と責任者、用途、返済の道筋は決まった。明朝、双方が契約書へ署名し、立替金の受領証を交わす段取りも整えられた。


 管理所の者が、兵士への給与が守られる見込みが立ったと伝えに行く。


 大きな歓声はなかった。


 ただ、帳簿を受け取った者の表情から、張りつめていたものが少しだけほどけた。九日という数字は消えていない。それでも、無記録の借金に頼らずに越える道が、紙の上に引かれていた。


 返済予定表を整えるため、セラフィーナは過去の支払記録を開いた。


 元徴税官が残した最後の照合記録が、帳簿の間から滑り落ちる。


 火事の前日の日付。


 その末尾には、帳簿束を通常の棚から外すよう求める不自然な指示と、見覚えのある文書番号の一部が残されていた。


 急いで写しを作るべき記録だと、彼女はすぐに理解した。


 兵士の給与を守るために開いた帳簿の中に、帳簿庫を燃やした者へ続く最後の記録が残されていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。