亡くなった辺境伯の了承で、帳簿は動いていた
朝の支払予定表に、兵士の給与停止まであと十日と記した。
食料購入までは十八日。期限を数える数字の下に、セラフィーナは昨日の時系列表を広げた。
制度変更。仮保管簿の移送。通行料徴収権、木材搬出料、市場使用料に付いた担保処理。
先代辺境伯が亡くなった後の短い期間へ、印が集まっている。
セラフィーナは担保台帳の写しと、北部から届いた返答書を並べた。
同じ文書番号の系列を追うと、一枚の古い移送控えが見つかる。
下の承認欄には、かすれた文字で「先代辺境伯了承済み」とあった。
その一文の横へ、彼女は時系列表を置いた。
移送控えの処理日は、先代辺境伯が亡くなった後だった。
何度見比べても、日付は変わらない。
「辺境伯様」
セラフィーナは、声を抑えて呼んだ。
「この了承は、先代辺境伯が亡くなった後に記されています」
ユリウスは黙って紙を受け取った。
承認欄と日付を確かめ、ゆっくり息を吐く。
「亡くなった兄が、後から了承を出せるはずはない」
「はい。単なる記載漏れではありません」
先代辺境伯の死後に了承を偽って文書を作ったのか。死後もその権限や印を使ったのか。日付か承認記録を書き換えたのか。
方法までは分からない。
ただ、帳簿の隙を使っただけではない。誰かが、死者の名まで使って権利を動かした可能性が高い。
通行料の日次帳簿を開くと、朝からの支払いは受領証の控えと一致していた。木材搬出料も、市場使用料も同じである。
商人が持つ紙には、支払った理由と額が残る。領地側の帳簿には、その紙と同じ番号が残る。
先代辺境伯の死後に作られた記録には、誰が認め、誰が受け取ったのかが抜けていた。
今の帳簿には、その空白を作らせない。
セラフィーナは一件ずつ確認済みの印を置いた。小さな印は、誰かの都合で収入を奪わせないための防ぎ手だった。
その積み重ねが、十日後の給与を守ることにもつながる。だから手を止めなかった。今日も。
ユリウスは移送控えを机へ戻した。
「担保処理の記号が付く収入について、外部への移転、引き渡し、新しい執行を止める」
「正規の徴収まで止めれば、領民と商人が困ります」
「通行料も、木材搬出料も、市場使用料も、今の形で続ける。止めるのは、誰かが勝手に権利を移すことだけだ」
領主としての判断を、彼は自分の名で口にした。
セラフィーナは頷き、停止命令書の便箋を引き寄せた。
対象となるのは、担保処理記号が付いた収入記録。
確認が終わるまで、外部への移転、引き渡し、新たな執行を認めない。
ただし、現在の正規の通行料、木材搬出料、市場使用料は、受領証と日次記録を用いて継続する。
支払先を急に変えさせず、二重の負担も生ませないための文面だった。
ユリウスは読み終えると、領主の印を置いた。
セラフィーナは、停止命令書の控えへ文書番号と発行時刻を書き込んだ。原本は領主館の保管箱へ、写しは管理所と市場に置く。
誰が読んだか、誰へ渡したかも閲覧台帳へ残した。
この手順が増えれば、仕事は少し遅くなる。けれど、急いだ結果、承認者のいない紙に領地の収入を預けるよりはましだった。
ユリウスは、管理所へ送る使者へ口頭の指示を加えなかった。文書に書かれた範囲だけを伝え、判断を曖昧にしい。
セラフィーナはその姿を見て、最終判断を領主が負うという任命書の一文を思い出した。
止めるべきものを決めるのはユリウスであり、止める理由と続ける徴収を記録するのが自分の仕事だ。
役割が分かれているからこそ、急ぐ時にも誰か一人へ重さが集中しない。
午後、停止命令の写しが管理所と市場へ届けられた。
市場の商人は、掲示された文面を読んでから、受領証を手にした。
「これまでどおり、ここへ払えばよいのですね」
「はい。記された使用料以外を求められた場合は、支払う前に管理所へお知らせください」
セラフィーナが答えると、商人は安心したように荷車へ戻った。
大きな解決ではない。
それでも、誰かの権利争いのために、今日の荷や明日の食料が止まることを防げる。
執務室へ戻り、セラフィーナは問題の移送控え、時系列表、北部からの返答、担保台帳の写しを別々に保管した。
ユリウスは、これらに触れる者をすべて閲覧台帳へ記すよう命じた。
証拠を一か所に置かず、紙の行き先も残す。
今度は、混乱を理由に記録を曖昧にさせない。
「次は、先代辺境伯の了承を誰が使えたかを追いますか」
ユリウスが尋ねた。
セラフィーナは首を横に振った。
「先に、その了承を根拠に、どの権利がどの順に動かされたのかを追います」
名を推測すれば、記録のない場所へ踏み込むことになる。
けれど、動いた権利には必ず帳簿が残る。残された数字を並べれば、誰かが隠した順番も見えてくるはずだった。
夕方、セラフィーナは承認欄と時系列表をもう一度並べた。
先代辺境伯が亡くなった後の日付に、確かに「了承済み」と記されている。
それは、亡くなった辺境伯の了承を使って、生きている領民の収入を奪おうとしていた何者かの存在を示していた。




