臨時財務責任者から、正式な財務官になりました
朝の支払予定表で、セラフィーナは兵士の給与停止まであと十二日と確かめた。
食料購入までは二十日。受領証を整えたことで収入の行方は見えるようになったが、期限そのものが遠のいたわけではない。
通行料、木材搬出料、市場使用料の日次帳簿を順に開く。どの控えにも、支払った者へ渡した受領証と同じ番号が残っていた。
北部の旧文書保管所へ送った二通目の照会文は、受領記録の残る経路で発送済みだ。まだ返答はない。
セラフィーナは帳簿を閉じ、今日も証拠を守るための閲覧台帳へ時刻を書いた。
「少し時間をくれないか」
◆◆◆
ユリウスの執務室に通されたセラフィーナは、机の上に置かれた一通の文書に気がついた。
厚い紙の表題には、ヴァルハルト領財務官任命書とある。
セラフィーナはすぐには手を伸ばせなかった。
「私に、ですか」
「ああ。臨時財務責任者として任せてきた仕事を、正式な職として定めたい」
ユリウスは文書を開いた。
役職はヴァルハルト領財務官。職務は帳簿照合、領地収入の記録整備、支払予定の作成、契約と担保記録の確認。つまり、臨時財務責任者からヴァルハルト領財務官への正式任命だ。
必要な帳簿、契約、徴収記録を閲覧し、不備があれば確認を求める権限も記されている。
そして、最終的な領主判断はユリウスが負う、とあった。
最後に、月ごとの正式な給与を支払うこと。財政危機を越えるまで任命を継続し、その後も一定の時期ごとに双方
で職務を見直すことが明記されている。
報酬という文字に、セラフィーナの視線が止まった。
結婚していた頃も、彼女は帳簿を開き、契約を読み、使用人の給与が遅れないよう金を動かした。
けれど、そこに職務の範囲を書いた紙はなかった。
妻だから。家のためだから。
そう言われれば、どこまで働くべきかも、誰が最後に決めるのかも、曖昧なままでよかった。
今、目の前にある文書には、彼女が何を担い、どこまでを担わず、誰が責任を負うのかが書かれている。
働くことに、値段と責任の両方がある。
その当然のことが、セラフィーナには少し眩しかった。
ユリウスは任命書とともに、給与の支払いを示す別紙も差し出した。金額は領内の同等の職務に準じ、月ごとに支払うと記されている。
施しではない。帳簿を整え、記録を守り、領地の収入と支払いを確かめる仕事への対価だった。
セラフィーナは別紙の文面を、何度も確かめた。自分が受け取るものより、ここまで明確に書かれていることに戸惑った。
仕事を引き受けるなら、頼む側は責任と条件を示す。引き受ける側は、権限の範囲で判断する。
それがあれば、失敗の責任だけを一人へ押しつけずに済む。
「受け取ることを、ためらう必要はない」
ユリウスは書面を指で示した。
「君が守った記録は、すでに兵士や商人の暮らしに届いている」
セラフィーナは小さく頷いた。給与を受け取ることは、家のために働かなかった証ではない。仕事をしたことを、正しく認める形なのだ。
任命書には、危機を越えた後も職務を見直す一文があった。必要がなくなれば、同じ形で続けることを求めない。
その余白まで含めて、セラフィーナには新しかった。働き手を縛るためではなく、双方が納得して続けるための文書だった。
彼女は初めて、署名欄の自分の名をまっすぐに見つめた。そこには迷いがなかった。
「内容に不足はありますか」
ユリウスの問いに、セラフィーナはあらためて文面を読んだ。
「最終判断を、辺境伯様が負うと明記されています」
「君に帳簿を見てもらう。だが、領主として決めるべきことまで君へ押しつけるつもりはない」
「報酬も」
「仕事を依頼し、結果を求めるなら、払うべきだ」
声は穏やかだった。
「領地のためだから無償で働け、とは言わない」
セラフィーナは指先で任命書の端を整えた。
彼の言葉は、特別な慰めではない。ただ、彼女の仕事を仕事として扱っていた。
「承知しました。財務官として、お引き受けします」
署名を終えた後、セラフィーナは市場使用料の記録を確認するため、市場管理者のもとへ向かった。
今日の受領証と日次帳簿を照合すると、額、理由、番号に抜けはない。
「表示があると、荷を持ち込む日を決めやすくなりました」
荷車のそばにいた商人が言った。
「前は、下ろした後で別の金を言われるかもしれませんでしたから」
「これからも、記されていない支払いはお受けにならず、管理所へお知らせください」
セラフィーナは受領証の控えを閉じた。
財務官として守るのは、銀貨の枚数だけではない。商人が安心して荷を運び、領民が必要な品を待てる記録である。
執務室に戻ると、任命書の写しを原本と別に保管し、閲覧台帳へ記した。
担保処理の記号が付いた記録、北部へ送った照会文の受領記録、現在の収入源の控えも同じように整理する。
権限を得たからこそ、帳簿の奥に隠された不正を追える。
誰かの厚意に頼るのではなく、任された職務として。
セラフィーナは任命書の原本へもう一度目を落とし、静かに息を吸った。
私はもう、誰かの妻として帳簿を支えるのではない。ヴァルハルト領の財務官として、自分の名でこの領地を守る。




