離婚した私に、元夫はまだ命令できると思っているようです
朝の支払予定表を確かめ、セラフィーナは兵士の給与停止まであと十三日と書き添えた。
食料購入までは二十一日。目をそらせない期限だった。
その隣では、市場使用料の日次帳簿と受領証の控えが並んでいる。支払った商人の紙と、領地側の番号、金額、理由はすべて一致していた。
北部の旧文書保管所へ送った二通目の照会文も、すでに受領記録が残る経路へ載せてある。返答はまだない。
待つ間にも、今の帳簿は守らなければならなかった。
午前の半ば、セラフィーナ宛ての封書が届いた。
公爵家の印を見た瞬間、指先がわずかに冷える。
けれど封を開き、便箋を読んでいくうちに、その冷たさは別のものへ変わった。
レオナールは、彼女の最初の返答を受け取ったことだけは書いていた。
だが、その後に続くのは、支払いと契約が滞っていること、公爵領へただちに来て帳簿を整え、必要な支払いを指
示してほしいという求めだけだった。
業務の範囲はない。誰が現在の責任者かも、セラフィーナへどこまでの権限を渡すのかも書かれていない。
報酬も、期間もない。
前の依頼で示した条件についても、謝罪についても、一行も触れられていなかった。
セラフィーナは前回の返答文の控えを取り出し、二つの書面を机に並べた。
一方には、仕事を任せるために必要な条件が記されている。
もう一方には、してほしいことだけが記されていた。
レオナールは、彼女に支払いを指示させたいのだろう。だが、その判断が誤ったとき、誰が責任を負うのかは書かれていない。
彼は返答を理解できなかったのではない。
理解する必要がないと思っているのかもしれなかった。
セラフィーナは新しい便箋を置いた。
自分はすでに公爵夫人ではなく、ヴァルハルト領の財務官であること。
公爵領の帳簿や支払いを指示する権限は持たないこと。
業務、責任者、権限、報酬、期間が示されない依頼は受けられないこと。
そして公爵領の支払いを決める責任は、現在の公爵家が負うべきであること。
必要なことだけを、静かに書き並べた。
返答そのものも控えとして残す。依頼の条件が曖昧なまま仕事を引き受ければ、後から責任だけを押しつけられる。その形へ、二度と戻らないために。
返答文の最後には、依頼を受けられない理由だけでなく、今後も同じ依頼をするなら必要な条件を書き残した。相手が条件を示さない限り、自分も判断を引き受けない。
それは拒絶のためではない。働く者と、決める者の責任を分けるための、当然の手順だった。
セラフィーナは封に日付を記し、受領記録の残る経路で送るよう、使者へ渡した。控えは机の鍵箱へ収めた。静かに。
「また、公爵領からですか」
文面を確かめ終えた頃、ユリウスが尋ねた。
「はい。前の返答には答えず、来てほしいとだけ書かれていました」
「行くつもりは」
「ありません」
セラフィーナは首を横に振った。
「私が公爵領の混乱まで引き受ければ、こちらの兵士や領民の暮らしを守る仕事が止まります。今、私が責任を持つべきなのはヴァルハルト領です」
ユリウスは返答文を取ろうとしなかった。
「ならば、その判断を尊重する。君の時間も、ここで必要なものだ」
引き留める言葉ではなかった。ただ、彼女の仕事を彼女のものとして扱う声だった。
セラフィーナは小さく頷いた。
市場では、朝から新しい表示板の前で、商人が使用料の額を確かめていた。
管理者は、荷を下ろす前に理由を説明し、支払いの後には控えと同じ番号の受領証を渡している。
ある商人が、紙を裏返しながら言った。
「これなら、あとで場所確認料のようなものを足されても、払う前に確かめられます」
「はい。記されていない支払いを求められたときは、受領証を受け取らず、管理所へお知らせください」
セラフィーナが答えると、商人は帳簿の控えと自分の紙を見比べ、安心したように荷車へ戻った。
かつては、払った金額も理由も、領地側の帳簿だけが知っていた。今は支払った者も記録を持つ。片方の数字だけを消しても、金の行方を隠すことは難しい。
その小さな違いが、市場へ荷を運ぶ者の予定を守り、領民の食卓へ続く品物を守るのだと、セラフィーナは思った。
返答を封緘した後、彼女は担保処理の記号が付いた記録を並べた。
通行料、木材搬出料、市場使用料。
現在の収入源には、受領証と日次帳簿がそろい始めている。支払う者の手にも、領地側にも、同じ番号が残る。
過去の不正を追うためにも、今の帳簿で同じことを繰り返させないことが必要だった。
市場管理者が持ってきた今日の控えにも、記載漏れはない。額と理由を先に示すことで、商人たちも荷を運ぶ予定を立てられるようになっている。
セラフィーナは控えの端をそろえ、写しの保管先を閲覧台帳へ記した。
ふと、机の端に置いたレオナールの書面が目に入る。
末尾には、短い一文があった。
――公爵領のため、これまでどおり頼む。
彼は私を妻として手放したのに、私の仕事だけは、まだ自分の好きに出来ると思っているらしい。
セラフィーナは呆れのため息をついた。




