↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「愛人に帳簿は読めますか?」十年間領地を支えた私を捨てた夫へ。あなたの領地が財政破綻しても、もう戻りません。  作者: 抑止旗ベル
第三章 燃えた帳簿と、死者の了承

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/40

次に奪われるのは、市場の収入でした

 朝の支払予定表を開き、セラフィーナは兵士の給与停止まであと十五日と確認した。


 食料購入の期限は、あと二十三日。その二つの数字を見比べてから、彼女は昨日の台帳の頁を開いた。


 担保処理の記号が付いた、名の伏せられた収入。


 文書番号を領地収入の記録と照らすと、答えはほどなく見つかった。


「市場の使用料です」


 向かいで写しを確認していたユリウスが、顔を上げた。


「荷を並べ、売買する商人が納めるあの使用料か」

「はい。通行料や木材搬出料と同じ系列の番号が使われています」


 市場は、領民が食料を手に入れる場所でもある。外から運ばれた穀物や塩も、まずはそこで荷を下ろすことが多い。


 その収入が領地の手を離れれば、金が減るだけでは済まない。


 古い市場使用料台帳には、他の権利と同じ担保処理の記号が残っていた。


 承認者欄は空白で、文書番号の末尾も書き換えられている。


 さらに、正式な使用料とは別の欄に、受領証の番号がない支払いがいくつかあった。


「場所確認料、ですか」


 セラフィーナは読める箇所を指でなぞった。


「どの場所を、誰が確認したのかも記されていません」


 金額よりも、その曖昧さが問題だった。商人は荷を広げた後に別の金を求められ、紙も残らなければ、次に市場へ来ることをためらう。


 支払う先が二つになれば、食料を運ぶ者は別の町を選ぶかもしれない。


 市場の使用料は、領地収入である前に、暮らしへ品物を運び込む道でもあった。


◆◆◆


 昼前、セラフィーナはユリウスと市場へ向かった。


 荷車のそばで、食料を運んできた商人が古い控えを見せた。端の擦れた紙には、使用料の横に読めない書き込みがある。


「前は、荷を下ろしてから別の紙を渡されました。次にいくら要るか分からないから、持ち込む日を決めにくかった

のです」

「これからは、使用料の額と理由を先に掲げます」


 セラフィーナは静かに答えた。


「支払いには二通の受領証をお渡しします。領地の控えと同じ番号です。紙のない追加負担を求められた場合は、支払う前に管理所へ知らせてください」


 商人は受領証の見本を見た。


「それなら、荷を持ち込む日を決められる」


 大げさな言葉ではなかった。だが、セラフィーナにはその重みが分かった。


 商人が予定を立てられれば、領民も必要な品を待てる。数字を明らかにすることは、誰かの予定を守ることでもある。


 商人は古い控えを折り畳み、新しい見本と重ねた。


「前の紙には、場所確認料の理由がありません。払ったことだけを示して、何に払ったのかは残らなかった」

「だからこそ、今回の受領証には理由を記します」


 セラフィーナは答えた。


「市場を使う方が、支払いを確かめられることが必要です」


 商人は頷き、荷車へ戻っていった。


 その背中を見送りながら、セラフィーナは帳簿の数字の先に、明日の市場を思い描いた。


 市場の管理者が持ってきた日ごとの荷の記録には、穀物、干し肉、塩といった品の名前が並んでいた。量は記されていても、使用料を納めた者ごとの記録は抜けている。


「合計だけでは、誰から受け取ったのか確かめられません」


 セラフィーナは言った。


「市場を使う商人が自分の受領証を持ち、こちらにも控えが残れば、後から別の名目を足しても隠せなくなります」


 管理者はすぐに頷いた。


「今日から、荷を下ろす前に額を示します」


 その返事に、ユリウスは市場の入口を見た。掲示板を置く場所を確かめるような視線だった。


 領地が商人へ一方的に命じるだけでは、品は集まらない。納める理由と額を明らかにして初めて、互いに次の取引を約束できる。


 ユリウスは市場を管理する者へ、セラフィーナの提案を命じた。


 市場の入口へ使用料と理由を掲げること。支払者へ二通の受領証を渡すこと。日ごとの記録を残すこと。台帳と担保台帳の写しを別に保管すること。


「受領証のない請求を受けた者は、支払う前に管理所へ来るように」


 領主の声は市場のざわめきに沈まず、短く届いた。


 その場で、セラフィーナは新しい受領証の控えに、使用料の理由を省かず記した。


 被害が起きてから、消えた金を追うのでは遅い。払う前に確かめられる記録があれば、失わせないために帳簿を使える。


 執務室へ戻る道で、ユリウスが言った。


「通行料、木材搬出料、市場使用料。別の収入に見えても、同じ流れで担保へ入れられていたのか」

「その可能性は高いと思います」


 セラフィーナは抱えた写しを見下ろした。


「一つずつ守るだけでは足りません。この記号が付いた記録を、領内すべてで探すべきです」

「必要な台帳は開かせる」


 ユリウスは迷わなかった。


「横断して照合してくれ。何を守るべきか、先に知りたい」

「承知しました」


 夕方、セラフィーナは市場使用料台帳をもう一度開いた。


 同じ系列の文書番号の脇には、次の処理へ続くことを思わせる小さな記号が添えられている。


 次に何が狙われるのかは、まだ読めない。


 だが、通行料でも、木材でも終わらない。誰かは領地の暮らしを支える収入を、一つずつ担保へ沈めようとしている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。