帳簿を移した日に、領地の権利も動いていた
朝の支払予定表を確認して、セラフィーナは兵士の給与停止まであと十六日と書き添えた。
食料購入の期限も、あと二十四日しかない。
数字の横に置いたのは、北部の旧文書保管所から届いた返答書だった。昨日見つけた文書番号を、今日こそ権利台帳と担保台帳で照合する。
ユリウスが閲覧台帳へ二人の名と時刻を記した。
「原本はここから動かさない。写しを使う」
「承知しました」
セラフィーナは写しを受け取り、権利台帳の頁を開いた。
北部へ帳簿束が届いた日と同じ日付。その欄には、通行料徴収権と木材搬出料に付されていたものと似た記号があった。
文書番号そのものは異なる。けれど、前半の並びと末尾の扱いが同じだ。担保として処理する記録にだけ使われて
いる系列だと、これまでの台帳から分かる。
「ここです」
セラフィーナは細い罫線の間を指した。
「通行料徴収権や木材搬出料と同じ形式です。ただ、この番号は別の収入に付されています」
台帳には、その収入の名が帳簿の折り目に隠れるように書かれていた。セラフィーナは頁を押さえたまま、すぐには読み上げない。
領民や商人の暮らしに関わる収入であることは、添えられた日ごとの記録から明らかだった。
そこにも、担保処理を示す記号がある。
そして本来、承認者を記す欄には何もなかった。
「空白ですね」
ユリウスの声は低い。
「ええ。記載漏れなら、後から訂正の印か、理由を書いた紙が残るはずです」
セラフィーナは隣の頁をめくった。同じ頃の通常の登録には、承認者と受領者、確認の印がそろっている。
「こちらだけが何もないのは不自然です。権利の行き先を確定させないまま、担保処理だけを先に進めたのかもしれません」
誰が空白にしたのかは分からない。誰のための担保だったのかも、まだ台帳にはない。
だが、帳簿束を北部へ移した日と、領地収入に同じ記号を付けた日が重なる理由を、偶然とは呼びにくかった。
セラフィーナは収入の名が記された行の上下を、定規でなぞった。過去の月ごとの合計は残っているのに、支払った者ごとの控えはない。収入が減ったのか、別の名目へ移されたのか、それとも担保処理の前に帳簿から外されたのか。今は決められなかった。
だからこそ、現在の支払いを一件ずつ確かめる必要がある。
数字だけでは、誰の暮らしから失われるのか見えない。支払う者の受領証と、領地の控えがそろって初めて、失わせてはならない収入の姿が見えてくる。
昼前、管理所から受領証の照合が終わったとの知らせが届いた。
セラフィーナは帳簿を閉じ、ユリウスとともに管理所へ向かった。
通行料の控えには、前日に戻ってきた商人の番号が残っている。木材搬出料についても、運搬人が持参した受領証と日次帳簿の金額、番号、支払い理由は一致していた。
「今日も、書かれていない負担はありません」
管理所の者が報告する。
以前なら、その言葉だけでは確かめようがなかった。今は受領証を持つ者がいて、領地側の控えもある。
管理所では、商人や運搬人が紙を受け取る前に、額と理由を確認するようになっていた。問い返されることを面倒がる者は、もういない。確認される数字でなければ、領地の収入にはならないと、少しずつ皆が理解し始めていた。
セラフィーナはその変化を、日次帳簿の余白へ短く書き留めた。明日の照合にも使うために。
過去の帳簿を追うことと、今の帳簿を確かなものにすることは、別の仕事ではない。
記録を残せば、次に誰かが数字を隠そうとしたとき、隠せる場所を減らせる。
執務室へ戻る途中、ユリウスが言った。
「別の収入まで同じ手続きに入っているなら、先に全てを外へ知らせるべきではないか」
「知らせるためにも、まず確かめるものがあります」
セラフィーナは歩みを止めずに答えた。
「その権利から今どれだけ収入があり、誰が支払い、誰が記録を持っているか。そして担保台帳の番号と、北部の転送記録がどこでつながるかです」
「記録を揃えてから動く、と」
「はい。相手の名も、権利の行き先も分からないままでは、守るべきものまで見失います」
ユリウスは少し考え、それから頷いた。
「該当する記録はすべて開く。照合は君に任せる」
セラフィーナは机に戻り、北部の旧文書保管所へ送る二通目の照会文を作った。
尋ねるのは、転送に使われた文書番号、帳簿束の冊数、移送日、当時必要だった確認の規則、そして印章を扱う手
順だけである。
仮保管簿という名は書かない。赤黒い印についても、不正を疑っていることも書かない。
知られていることまで、こちらから渡す必要はなかった。
ユリウスは文面を読み、最後に領主としての印を置いた。
「これで送ろう」
「はい」
封を整える前、セラフィーナはもう一度、別の収入の台帳を見た。
余白の端に、薄く押された担保処理の記号がある。
通行料徴収権にも、木材搬出料にもあった印と同じ形だった。
帳簿を移した者は、一つの権利で満足していない。ヴァルハルト領の収入には、まだ次の順番が付けられていた。




