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「愛人に帳簿は読めますか?」十年間領地を支えた私を捨てた夫へ。あなたの領地が財政破綻しても、もう戻りません。  作者: 抑止旗ベル
第三章 燃えた帳簿と、死者の了承

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北部の保管所に、仮保管簿はなかった



 朝の支払予定表を開き、セラフィーナは兵士の給与停止まであと十七日と確かめた。


 食料を購入できる期限までは二十五日。余白は、まだ薄い。


 通行料の日次帳簿には、昨日増えた銀貨三枚が正規の収入として記されている。受領証の控えもすべて揃い、番号に飛びはなかった。


 その時、執務室の扉が控えめに叩かれた。


「北部の旧文書保管所から、受領記録付きの返答です」


 差し出された封書を、セラフィーナはユリウスとともに閲覧台帳へ記した。封を切る前に、原本を扱う手順を省かない。

それが今は、ただの決まりではなかった。


 返答は簡潔だった。


 三年前、ヴァルハルト領から「特別文書一束」が確かに到着している。冊数は持ち出し記録に残る数字と一致し、添えられた文書番号の前半も、焦げた手形照合帳に読めたものと同じだった。


 仮保管簿に関わる帳簿束だった可能性は、これで一段強まった。


 けれど、次の一文にセラフィーナの指が止まる。


 ――当該文書一束は、到着後まもなく別の手続きにより、当保管所の管理から外れた。


「保管所には、残っていないのですね」

「ああ」


 ユリウスの返答は短かった。


 同封された転送記録の写しを並べる。移送日はある。冊数もある。だが、転送先の欄は空白だった。受領者の名もなく、命じた者を示すはずの承認欄には、線だけが引かれている。


「正規の移送なら、少なくとも受領先と承認者は記されます」


 セラフィーナは紙の端を押さえた。


「帳簿を預かった側が、誰へ渡したのか分からないままでは、返却も照合もできません」

「当時の保管所の者を責める根拠にはならないな」

「はい。ですが、記録がこの形にされた理由は確認すべきです」


 文書を雑に扱った結果とは思えなかった。必要なところだけが、きれいに残されていない。


 転送記録の下端には、かすかな色が残っていた。



 赤に黒を混ぜたような、古い蝋の痕。制度変更書で見つけた欠片や、通行料徴収権の執行書に押された印と同じ色合いだった。丸い縁に沿う曲線も、わずかに似ている。


 断定できるほどではない。それでも、制度変更、担保処理、仮保管簿の持ち出し、そして保管所からの転送が、同

じ印の近くにあった。


「この印が使われた手続きだけでも、尋ねられます」


 セラフィーナは言った。


「印の持ち主を問うのではなく、保管所で転送を受ける際、どのような規則で確認していたかを」


 ユリウスは頷いたが、すぐには次の紙を取らなかった。


「転送記録の原本を送らせるべきか」

「今、原本を求めれば、相手は警戒するかもしれません。まずは文書番号、冊数、移送日、それから印章を扱う規則だけに絞りましょう」

「帳簿の名は書かない」

「はい。仮保管簿という言葉を知っていると伝える必要はありません」


 ユリウスは机の上の便箋をセラフィーナへ寄せた。


「任せる。問いを選んでくれ」


 昼前、木材を積んだ荷車の御者が管理所へ来た。


 搬出料を納めると、受領証の番号を確かめるように指でなぞった。


「昨日の分も、控えと合っていました。今度は紙が残るのですね」

「領地側にも同じ番号を残しております」


 セラフィーナが日次帳簿の控えを示すと、御者は安心したように紙をしまった。


 新しい受領証は、支払う者にとっても面倒を増やすものではなかった。理由と額が一枚に残るため、次に荷を運ぶとき、前に何を納めたかを持ち出しの記録と照らせる。


 御者は控えを受け取りながら、掲示板の方を見た。


「以前は、払っても帳簿に載ったか分かりませんでした。荷を急がせていると、紙を求めることもためらってしまって」

「これからは、紙が渡らなければ、その場でお申し出ください。支払う前に額と理由を確かめることも、ためらわなくて構いません」


 御者は深く頭を下げることはせず、ただ「では、次もこちらを通ります」と言った。


 その一言で、セラフィーナの胸に静かな手応えが残った。無理に金を集めるのではなく、記録を見せ、納める者にも確かめてもらう。領地の収入は、そうして初めて続くのだろう。


 管理所の者も、控えを帳簿へ綴じる手つきが以前より慎重になっていた。誰か一人の記憶に頼らず、いつでも確か

められる形に残す。その積み重ねが、失われた信頼を少しずつ埋めていく。


 セラフィーナはその控えの番号まで、日次帳簿へ丁寧に書き加えた。


 過去の帳簿は、火や持ち出しによって欠けている。けれど今は、払う側と領地側の両方に記録がある。一方だけの

数字を消しても、それだけでは済まない。


 小さな仕組みでも、暮らしから出た銀貨を守る壁になった。


 夕方、セラフィーナは返答書の末尾をもう一度読んだ。


 転送についての定型文の下に、別の文書番号が細い字で添えられている。帳簿束が北部の旧文書保管所へ届いた日と同じ日付で、権利関係の記録も処理されたことを示す番号だった。


 何の権利かは書かれていない。誰のための手続きかも、まだ分からない。


 けれど、帳簿だけを移したのではない。


 仮保管簿は消えたのではない。誰かは帳簿を移した日に、領地の権利まで同じ手で動かしていた。


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