受領証を出したら、商人が戻ってきました
朝の支払予定表で、セラフィーナは兵士の給与停止まであと十八日と確認した。
食料の購入停止まで二十六日。どちらも、数字だけ見れば昨日より一日近づいている。
その隣に置いた通行料の日次帳簿は、きれいに合っていた。管理所に残る控えと、通行者へ渡した受領証の番号、納められた銀貨の枚数に食い違いはない。
それでも、以前の帳簿と比べると、正規の通行料は少なかった。
失われたのは、今日の金ではない。過去に正規の道を避けるようになった商人たちだった。
通行料を払った後で、橋の補修や見回りの名目を足された。受領証も出ない。そんな話を聞けば、遠回りでも領外の道を選ぶ者が出るのは当然である。
「金額と理由、それから受領証を渡すことを、通行路にも掲げたいのです」
帳簿から顔を上げると、向かいのユリウスはすぐに頷いた。
「管理所の外と、橋の手前だな。通る者が、払う前に見られる場所に置こう」
「はい。後から別の名目を加えられないと分かれば、道を選ぶ判断も変わるかもしれません」
ユリウスは控えていた管理所の者へ、表示板の用意と、受領証の番号を日ごとに照合することを命じた。
命令が出た後も、セラフィーナは帳簿を閉じなかった。掲げる金額が正しいか、今日から渡す受領証にも理由が書かれているかを、一枚ずつ確かめた。
昼を少し過ぎた頃、一台の荷車が管理所の前で止まった。
荷台には布で覆われた樽が積まれている。御者台から降りた商人は、新しく掲げられた板を読んでから、窓口へ近づいた。
「通行料は、この額だけですか」
「はい。荷車一台分の通行料です。橋の修理費や見回りの費用を、ここで別に申し受けることはありません」
セラフィーナは受領証の見本を差し出した。金額、支払理由、日付、管理所の印、そして領地側の控えと同じ番号が記されている。
商人はしばらく紙を眺め、次に表示板へ目を向けた。
「これなら、後から別の金を求められない」
褒め言葉というより、確かめるような声だった。
セラフィーナは静かに答えた。
「求められた場合は、理由と承認者を文書でお示しします。受領証のないお支払いには応じないでください」
「それが分かっていれば、わざわざ遠回りをする必要もない」
商人は銀貨を置いた。窓口の者が数え、セラフィーナが番号を読み上げる。商人は受領証を受け取り、折らずに上着の内ポケットへしまった。
新しい表示板の前で、別の荷車の御者が足を止めた。すぐに通行するとは言わず、記された額と受領証の見本を何度も見比べている。
管理所の者は急かさず、支払いがあれば控えと同じ番号の紙を渡すこと、記されていない負担を求められたときは受け取らずに申し出てほしいことを説明した。
御者は「前は、何を払ったのか後で分からなくなった」とだけ言い、荷車へ戻った。
それだけでもセラフィーナには十分だった。帳簿を整えるとは、領地のために数字を揃えるだけではない。払った人が、自分の暮らしから出した銀貨の行方を確かめられるようにすることでもある。
その声を聞き逃さず、セラフィーナは明日の受領証の控えにも、支払い理由を省かず記すよう管理所の者へ頼んだ。
夕方の帳簿を締めると、通行料は前日より銀貨三枚増えていた。
三枚で兵士の給与を支払えるわけではない。食料の買い付けを安心して約束できる額でもない。
それでも、正規の収入として残った三枚は、次の支払いに回せる余地をわずかに広げる。
何より、領地の控えだけに書かれた数字ではなかった。
商人の手元にも同じ番号の受領証がある。領地側の帳簿だけを書き換えても、支払った側の紙と照らされれば隠しにくい。
利用する者が受領証を求めることそのものが、帳簿を守る手になるのだと、セラフィーナはあらためて思った。
「銀貨三枚か」
そばで日次帳簿を見ていたユリウスが、数字を指先でなぞった。
「小さな増え方です」
「だからこそ、増やすために通行料を上げるような真似はしない」
落ち着いた声だった。
「記録を整えて、通る者が納得して払えるようにする。それが続かなければ、収入も続かない」
セラフィーナは頷いた。
「商人が通る道を選べるなら、領地も選ばれる側です。無理に取るのではなく、ここを通っても大丈夫だと思っていただかなければ」
ユリウスは、表示板の向こうを行く荷車へ視線を向けた。
「そのための記録を、これからも残そう」
夕刻、北部の旧文書保管所へ送った照会文の受領記録が戻った。
返答ではない。指定した帳簿束の冊数と持ち出し日の照会が、確かに先方へ届いたという印だけである。
セラフィーナは小さく息を整えた。仮保管簿を探す問いは、もう領地の外へ出ている。
原本と写しの保管場所を再確認し、閲覧台帳へ自分とユリウスの確認を記した。届く返答が何を示すにせよ、今ある記録まで失わせるわけにはいかない。
日次帳簿の末尾には、今日渡した受領証の番号が並んでいた。
そこに増えたのは銀貨三枚だけではない。この領地を、もう一度信じて通ろうとする人々の足跡だった。




