仮保管簿は北へ向かった
朝の支払予定表には、兵士の給与停止まであと二十一日と記されていた。
セラフィーナは数字の横へ、前日までの通行料と木材搬出料の控えを重ねる。受領証の番号は連なり、支払った者と領地側の記録も合っていた。
食料購入まで、あと二十九日。
金庫に余裕が生まれたわけではない。それでも、今入る金がどこから来たのかを、すぐ確かめられる。
「過去の帳簿を追いながら、今の帳簿を守る」
小さく言ってから、セラフィーナは保管庫へ向かった。
ユリウスはすでに机の前にいた。閲覧記録へ二人の名と時刻を書き、火事当日の持ち出し記録、荷の往来記録、担保台帳、保管確認手数料の処理帳を並べる。
「仮保管簿を探すなら、まず外へ出た荷を見よう」
「はい。帳簿を隠すなら、持ち出した後の記録まで消す必要があります。そこに綻びがあるはずです」
火事当日の往来記録は、煤で汚れた手形照合帳より読みやすかった。
けれど、肝心な荷の内容は短くしか書かれていない。
特別文書、一束。
帳簿名も、運んだ者の名もない。
セラフィーナは荷の重さと冊数の欄を見た。紙束一つにしては重く、手形照合帳の端に残った仮保管簿の記録と同じ文書番号の前半が、かすかに添えられている。
「これです」
ユリウスが身を乗り出した。
「仮保管簿か」
「断定はできません。ただ、冊数と番号が合います。担保台帳の処理番号とも、同じ書き方です」
持ち出し記録の前後には、食料の袋や灯油の樽が並んでいた。どちらにも品名と数、運んだ者の名がある。
特別文書だけが、名も行き先も曖昧だった。
火事の直前、誰かは普段の荷に紛れさせるようにして、帳簿束だけを外へ出したのかもしれない。
さらに往来記録の端には、荷を受け取る側の控えが糊で貼られていた。
年月が経って糊は乾き、紙の角は浮いている。
セラフィーナは慎重にそこをめくった。
送り先は、北部の旧文書保管所。
「領地の外へ出たのですね」
「少なくとも、この荷はそこへ向けられた」
ユリウスの声は低い。
受領控えには、帳簿束を確かに預かったという短い文と、押し潰れた印が残っていた。
赤黒い色。輪の内側へ曲がる細い線。
焦げた照合帳、制度変更書、通行料の執行書、木材搬出料の記録。そして、この受領控え。
一つの印が、制度変更から担保処理、仮保管簿の持ち出しまで、見えない糸のようにつながっている。
「保管所に今もあるとは限りません」
セラフィーナは受領控えから目を上げた。
「三年も経っています。移されたか、処分されたか、あるいは別の帳簿に組み替えられた可能性もあります」
「それでも、当時の受領記録はあるかもしれない」
「はい。何が、いつ、どの番号で届いたか。それだけでも確かめる価値があります」
昼の前、セラフィーナは管理所へ寄った。
木材搬出料の記録は、朝に受け取った分まで揃っていた。運搬人へ渡した受領証の控えと、机に残る控えを並べれば、支払った者も額もすぐに照合できる。
以前なら、日が終わって合計だけが報告されたはずだ。
いまは、一台の荷車ごとに数字が残る。
「昨日、運搬確認料を求められたという者はいましたか」
管理所の者は新しい控えを確認してから、首を横に振った。
「申し出はありません。もしあれば、ここへ書くよう伝えてあります」
空白の欄は、何も起きなかった証拠になる。少なくとも、以前のように、支払った者しか知らない金は増えていない。
記録は不正を暴くためだけのものではない。正しく払った者が、あとから疑われずに済むためのものでもある。
過去の帳簿は消されても、今の帳簿は消させない。
その小さな確かさを胸に、セラフィーナは保管庫へ戻った。
「北部の旧文書保管所へ照会しましょう」
ユリウスが言う。
「仮保管簿という名は、最初の文書には書かない方がよろしいと思います」
セラフィーナは受領控えを指した。
「この文書番号の前半、持ち出し日、帳簿束の冊数だけを示します。相手の記録を確認しなければ答えられない問いに絞るのです。赤黒い印や、こちらが疑っている内容まで伝える必要はありません」
「相手が関わっていたとしても、先に証拠を隠す時間を与えないためか」
「はい」
「照会の写しは、今日中に別の場所へ置こう」
ユリウスは受領控えを取り、セラフィーナの書く欄を空けた。
「今回も、返答が届く前にこちらの記録を守る」
その言葉に、セラフィーナはうなずいた。
ユリウスは、すぐに筆記具を彼女の前へ置いた。
「作ってくれ。私の名で送る」
セラフィーナは新しい紙を広げる。
文書番号の一部。火事の前の日付。特別文書一束。北部の旧文書保管所へ向けた受領控え。
問いは短く、けれど曖昧にはしない。
返答が来るまで、仮保管簿がそこにあるとは言えない。
ただ、受領控えと持ち出し記録が同じ番号を指している以上、火事の前にその帳簿束が領地の外へ出た可能性は高い。
火をつけた者は帳簿を消したつもりだったのだろう。しかし、運び出した記録までを消すことはできなかった。
セラフィーナは照会文の最後に、確認を求める番号を書き終えた。
仮保管簿は燃えなかった。誰かは炎の前に、領地の外へ真実を運び出していた。




