廃止された役職の命令書
朝の支払予定表には、兵士の給与停止まであと二十三日とあった。
セラフィーナは前日の木材搬出料の控えを確かめる。領地に残す一枚と、運搬人へ渡した一枚。記された額と数は合っていた。
食料購入まであと三十一日。
不透明な金を止めれば、金庫はすぐには豊かにならない。それでも、どこへ消えたか分からない金を集め続けるよりは、先に守るべきものがある。
その朝、受領記録の付いた封書が届いた。
前日、受領記録の残る経路で送った照会への返答だった。セラフィーナは封の傷みを確かめてから、ユリウスと向かい合う机で開く。
文面は簡潔だった。
北部監査補佐官という役職は、制度変更が行われた三年前より前に廃止されている。廃止後、その役職名で命令や承認を出す権限を持つ者はいない。
さらに、制度変更書に残る文書番号の前半は、役職が廃止される以前の記録形式であるとも記されていた。
「やはり……」
声には出したが、驚きよりも冷たい確信が胸に落ちた。
制度変更書の本文だけが残り、承認頁だけが抜かれていた理由。その周囲に残された古い役職名。書き換えられた番号。すべてが、消したい事実の輪郭を指していた。
セラフィーナは返答を制度変更書の控えへ重ねた。
「少なくとも、この制度変更は正規の承認手順で行われたとは考えにくくなりました」
「偽の制度だったのか」
「そこまでは、まだ断定できません。ですが、廃止済みの役職名で承認された記録に、重大な疑いがあることは確かです」
ユリウスは返答文を読み終えてから、静かに紙を置いた。
「三年前、私は制度変更の概要だけを受け取った。領民の負担を減らすための整理だと聞かされ、本文を確認しなかった」
言い訳の響きはなかった。
「領主として確かめるべきだった」
セラフィーナは制度変更書の端をそろえた。
「今、制度の不正を示せる記録があります。ならば、これから守るべき記録を増やせばよいのです」
過去を戻すことはできない。
けれど、次の一枚を抜かせないための手順は作れる。
ユリウスは顔を上げた。
「何を止める」
「受領証のない臨時徴収と、理由と承認者を示せない追加徴収です。通常税、通行料、木材搬出料は、現在の記録と受領証を残したうえで続けます」
「収入は減る」
「はい。しかし、領民から取った金がどこへ行くか分からない状態の方が、領地には高くつきます」
「兵士の給与まで二十三日。食料を買える日も三十一日しかない。それでもか」
セラフィーナは支払予定表を彼の前へ置いた。
「だからこそです。理由のない徴収を続ければ、領民は次の税も信じられなくなります。集めるべき金まで集められなくなれば、兵士の給与も食料も、もっと遠ざかります」
ユリウスは数字と彼女の顔を見比べた。
「今日から止める。各村と管理所へ、私の名で伝えろ」
命令書を作るため、セラフィーナは筆を取った。停止する徴収、続ける収入、受領証を出す手順、判断に迷った場合の報告先を、短い文で並べる。
曖昧な言葉を残せば、また誰かが隙間へ入り込む。
控えを二通作り、一通は管理所へ、一通は領主館へ残す。伝達役が受け取った時刻も、命令書の末尾へ記した。
昼前、管理所の前で命令を聞いた年配の女が、手にした小さな布袋を握り直した。
「橋の修理費だと言われたら、払わなくてよいのですか」
「受領証と、領主様の承認を示せないものなら、払わなくて結構です」
「あとから責められませんか」
「そのときは、こちらへお知らせください。記録を確認します」
女は何度か命令書を見返し、それから布袋を懐へ戻した。
すぐ隣で、徴税担当の男が新しい受領証の束を受け取る。紙をめくる指が、少しだけためらっていた。
「臨時の金が必要なときは、どうすれば」
「理由、額、承認者を記し、領民にも控えを渡してください。必要な金であれば、隠す理由はないはずです」
男は受領証を抱え、深く頭を下げた。
それは以前のように、誰かの印だけで金を集めるやり方を終わらせる最初の一歩だった。間違いがあれば記録を見て直せる。だからこそ、金を払う者にも記録が要る。
けれど、帳簿に戻らないのは、すでに奪われた金だけではなかった。
大きな歓声はなかった。ただ、金を払うために用意していた手が、自分の暮らしへ戻る。その静かな変化が、セラフィーナには十分な答えの一つだった。
午後、彼女は照会の返答をもう一度開いた。
末尾には、廃止された役職の印章についての注意が記されている。役職がなくなった時点で印章は返納、または定められた場所で保管される扱いだった。
制度変更書と通行料の執行書に残された赤黒い蝋印は、誰かが本来使えない印章か、それに極めて似た印を使ったことを示している。
印そのものが残っていたのか。似せて作られたのか。
まだ分からない。
ただ、偶然に古い役職名が帳簿へ紛れ込んだのではない。廃止された権限と印章を使える者が、領地の仕組みを変える必要があったのだ。
セラフィーナは赤黒い欠片を思い出し、返答文を静かに閉じた。
廃止された役職の名を使える者がいるなら、この領地の帳簿を壊した手は、まだどこかに残っている。




