離縁された元妻は、財務責任者になりました
兵士の給与停止まで、あと二十四日。
食料購入まで、あと三十二日。
セラフィーナが担保台帳に折り込まれた紙片を持ち上げると、隠れていた収入名が現れた。
木材搬出料。
北の森から木材を領外へ出す際に納められる金で、十日分の収入は銀貨十八枚ほどになる。
昨日預けられた鍵を使う前に、セラフィーナは閲覧台帳へ文書名と時刻を記した。ユリウスが立会人の欄へ署名してから、二人で担保台帳と往来記録を机へ運ぶ。
「通行料だけではありませんでした」
木材搬出料の欄には、通行料徴収権と同じ形式の末尾番号が付いていた。
余白にあるのは、担保処理を示す小さな記号。
そして承認者欄だけが、刃物で丁寧に切り取られている。
ユリウスが切り口へ目を落とした。
「木材搬出料も、担保にされたのか」
「その可能性があります。ただし、誰が、何を担保に、どこへ権利を移そうとしたのかまでは分かりません」
セラフィーナは、三年前の荷の往来記録を開いた。
北の森を出た荷車の数と、徴収された搬出料の合計は一致している。だが、記録の間から一枚の古い紙が滑り落ちた。
そこには、木材搬出料とは別に「運搬確認料」と記されていた。
木材を運んだ者の署名はある。
けれど、領地の受領印も、徴収を承認した者の名もなかった。
「搬出料と同じ日に、別の金を集めていたようです」
「正規の費用ではないのか」
「それを確かめる記録がございません。先に、実際に支払った方から事情を伺います」
セラフィーナは、紙に残された荷の行き先と日付を往来記録へ照合した。
該当する荷を運んだ者は、今も北の森から管理所へ木材を運んでいる。
呼ばれた運搬人は、古い紙を見ると眉を寄せた。
「森の外へ出すときに払った金です。木材搬出料を納めたあと、道を傷める荷だから、もう一度払えと言われました」
「支払わなければ、どうなると?」
「荷車を通せないと」
「別の受領証は受け取りましたか」
「いいえ。渡されたのは、この紙だけです」
セラフィーナは、証言の時刻と内容を書き留めた。
搬出料とは別に徴収されている。
しかし領地の受領印も、承認者も、領地側に残る控えもない。
金の行き先を示すものは、何もなかった。
「ありがとうございます。こちらの紙は写しを作り、原本は返却いたします」
「これからも、あの金を払うのでしょうか」
「領地が認めた支払いかを確認するまで、結論は申し上げられません」
セラフィーナは断定を避けた。
不正の疑いがあることと、正規の木材搬出料まで止めることは別だった。
まず止めるべきなのは、理由と受取先を確かめられない金だけである。
◇
その頃、公爵家では、レオナールが三つの支払いを前にしていた。
満期を迎えた手形。
保存食の納品を再開させるための前払い。
そして、期日の迫った使用人給与。
「今日中に方針を決めなければ、納品の再開はさらに遅れます」
家令の報告に、レオナールは帳簿を閉じた。
個々の金額は理解できる。
だが、手形を優先すれば備蓄が減り、保存食を優先すれば給与が足りなくなる。どれを後回しにすれば損失が最も少ないのか、数字を一冊ずつ見ても答えは出なかった。
「セラフィーナなら、どれを先に払った」
「私にはお答えできません」
「なぜだ。帳簿はここにあるだろう」
「奥様は帳簿だけでなく、契約の期限、各倉庫の備蓄、次の入金予定を並べて判断しておられました。どれか一冊だけで決めていたのではございません」
レオナールは黙り込んだ。
リディアが、ためらいながら尋ねる。
「セラフィーナ様へ、お仕事についてお願いするということですか」
「一時的に戻って、帳簿を整えさせるだけだ」
そう言いながら、レオナールは便箋を引き寄せた。
公爵領で支払いと帳簿の照合に問題が起きていること。
商人との契約がまとまらず、必要な書類を確認できないこと。
そして最後に、
――一時的で構わない。帳簿を見て、必要な書類を整えてほしい。
そう書いた。
謝罪はない。
どこまでの仕事を頼むのかも、誰が責任を負うのかも、報酬も期間も記されていなかった。
それでもレオナールは、セラフィーナなら事情を読めば戻ってくると思っていた。
書き終えた手紙を折り、発送の準備へ回す。
元妻の判断が必要だと認めながら、その判断を借りるための条件までは、まだ考えていなかった。
◇
ヴァルハルト領では、セラフィーナが二つの徴収を分けていた。
「木材搬出料は、領地の定めた正規の収入です。こちらまで止めれば、必要な収入を自ら失います」
机の左側へ、担保台帳と木材搬出料の記録を置く。
右側には、運搬確認料と書かれた古い紙、運搬人の証言記録を置いた。
「運搬確認料には、徴収の根拠も、承認者も、領地が受け取った記録もございません。確認が終わるまで、この名目での徴収だけを停止するべきです」
「必要な費用だった場合はどうする」
「理由、金額、承認者を明らかにし、正式な支払いとして定め直します。その際には、支払った方にも受領証を渡します」
ユリウスは二つの紙を見比べた。
「分かった。木材搬出料は継続する。運搬確認料は、根拠が示されるまで今日から止める」
彼は保管庫の外に控えていた者へ向き直った。
「木材搬出料は、通行料と同じく日ごとに記録せよ。支払う者と領地側に、同じ番号の控えを一通ずつ残す。理由と承認者のない追加徴収は認めない」
「承知しました」
「権利台帳と担保台帳は写しを作り、原本とは別の場所へ保管する。作成者と保管者も記録に残せ」
命令は、その日のうちに管理所へ伝えられた。
新しい受領証には、運搬人の名、荷の行き先、木材の量、支払った理由と額が記される。
二通の数字が一致したことを確認してから、一通が運搬人へ渡された。
「このほかの金を求められた場合は、払う前に管理所へ知らせてください」
セラフィーナが告げると、運搬人は受領証を見下ろした。
「これを見せれば、何に払ったか分かるのですね」
「はい。領地側にも同じ記録が残ります」
運搬人は紙を大切そうに折り、懐へ入れた。
根拠のない金を払わずに済む。
正規の金は、領地の収入として確かに残る。
これで、根拠のない金を払わずに正規の収入だけを領地へ残せるようになった。
セラフィーナは支払予定表を開いた。
通行料は、十日で銀貨二十四枚。
木材搬出料は、十日で銀貨十八枚。
合わせて、銀貨四十二枚。
守った収入を記入すると、兵士給与と食料購入の欄へ引いていた線を一本ずつ延ばすことができた。
「銀貨四十二枚すべてを一つの支払いへ回すことはできません」
セラフィーナはユリウスへ説明した。
「街道と森の管理費を残す必要があります。そのうえで、兵士給与へ回す分と、食料購入のために確保する分を分けます。少なくとも、どちらか一方を今すぐ諦める必要はなくなりました」
「まだ不足はある」
「はい。ですが、選べる手立ては増えました」
不明な徴収を止めたからといって、金庫が豊かになるわけではない。
それでも、正規の収入を守り、払った者の信頼を失わせなければ、明日の収入まで消えることはない。
ユリウスは、書き換えられた支払予定表をしばらく見つめていた。
「セラフィーナ。あなたに、領地の財務を正式に任せたい」
彼女は顔を上げた。
「徴税記録の調査だけではない。補助としてでもない。現在の財政危機と記録調査に結論が出るまで、臨時財務責任者として、領地の財務を立て直してほしい」
その言葉だけで、すぐに頷くことはしなかった。
「確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「ああ」
「私が確認できる記録と、提案できる判断の範囲を明確にしてください。支出や契約の最終決定を、どなたが負うのかも必要です」
「領地全体の収入と支出を確認し、支払予定表と暫定予算案を作成してよい。支払いの優先順位も、あなたが提案してくれ」
ユリウスは一つずつ答えた。
「契約、担保、権利、徴税、保管庫の記録も、これまでどおり横断して調べてよい。不備のある支払いと記録の移動については、一時差し止めを求める権限を与える」
「最終承認は」
「支出の決定、契約の締結、権利の移転、徴収の停止。すべて私が承認し、領主として責任を負う」
「任期と報酬についても、書面に残していただけますか」
「当然だ。任期は、現在の財政危機と記録調査に一定の結論が出るまで。報酬は領地の規定に従って支給する」
ユリウスは新しい紙を取り出した。
臨時財務責任者。
その肩書きの下に、権限、任期、報酬、最終承認者が記されていく。
原本の閲覧と移動には二人の確認を要することも、明記された。
任命書は二通作られた。
一通は領主側で保管し、もう一通はセラフィーナへ渡される。
八年間、公爵家の金を守っても、彼女の仕事には名前がなかった。
権限も、報酬もなく、失敗したときの責任だけが妻である彼女へ向けられた。
今、机の上には、任される仕事と、負うべき責任の境界が文字になっている。
ユリウスが領主印を押した。
「臨時財務責任者として、引き受けてくれるだろうか」
セラフィーナは任命書を最後まで読み、署名した。
「承知いたしました」
喜びを大きな言葉にする必要はなかった。
自分の判断が、誰かの妻としてではなく、仕事として認められた。
それで十分だった。
任命書を保管したあと、セラフィーナは三年前の往来記録へ戻った。
通行料徴収権と木材搬出料へ担保処理が記された日は、わずか二日しか離れていない。
その二つを確認した欄には、同じ赤黒い蝋印の痕があった。
欠けた曲線は、制度変更書の承認頁と、通行料の執行書に残るものによく似ている。
だが、それだけでは印の持ち主を特定できない。
セラフィーナは、その下に記された役職名へ目を留めた。
今の領内記録では見たことのない名だった。
「この役職が、三年前にも存在していたか確認する必要があります」
「領内の記録だけでは足りないか」
「はい。役職の設置と廃止について、外部の記録へ照会します」
照会文には、確認する役職名、対象となる年代、返答先を記した。
写しを残し、受領記録の付く経路で送る。
赤黒い蝋印の持ち主は、まだ分からない。
けれど、その印の横に書かれた役職が本当に存在したのか。
返答が届けば、三年前の承認が正しいものだったのか、確かめることができる。
第20話までお読みいただき、ありがとうございます。
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さて。
妻だから無償で働くのではなく、臨時財務責任者として、権限・報酬・責任の範囲を明記されたセラフィーナ。
ようやく彼女の仕事に、彼女自身の名前が与えられました。
一方、公爵領ではレオナールが、手放した妻の判断を必要とし始めています。
次話からは、三年前の記録に残された「現在は存在しない役職」と、赤黒い蝋印の正体を追っていきます。お楽しみに!




