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女帝の死神は玉座を喰らう〜最強の死神は、女帝を救うため帝国を喰い替える〜  作者: セルヴォア


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銀髪の女帝

その男を、エレノアは知らなかった。


見たことのない黒髪だった。宮廷の男たちは、もっと自分を飾る。肩章を誇り、勲章を光らせ、こちらの目に留まることを欲しがる。


だが、その男は違った。


黒い軍装は雪を吸ったように鈍く、長身の体に余計な飾りが一つもない。鍛えた肩と胸が上質な生地の下で静かに張り、腰には実戦用の細身の剣だけが下がっていた。


整った顔立ちまで、どこか暗い。黒い目は美しいというより、薄闇の中でだけ冴える刃物のようだった。


なのに、目を引いた。


見知らぬ男のはずなのに、こちらへ駆け込んでくる姿を見た瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。


「伏せてください」


命令に近い声だった。


本来なら無礼を咎めるところだ。だが、その一語が終わるより先に、護衛のひとりの額へ矢が突き立った。


血が飛ぶ。


侍女が悲鳴を上げる。


エレノアは身をひねって避けた。黒銀のドレスの裾が床を打ち、銀髪が肩から流れる。白い首筋の横を、次の矢がかすめた。


男がその前へ入る。


近かった。


黒い背が視界を塞ぎ、直後、二つの影が床へ落ちる音がした。柱の上と回廊の曲がり角にいた刺客の喉を、同時に裂いたのだと理解するまで一拍かかった。


速い。


速いだけではない。そこにいると知っていなければ斬れない位置だった。


「陛下、右へ」


今度は低く、抑えた敬語だった。


エレノアは言われた通り一歩だけ動いた。直後、さっきまで自分がいた場所へ短剣が落ちる。


生きている。


それを自覚した瞬間、逆に怒りが湧いた。宮廷の中、それも朝の儀礼回廊で、ここまで堂々と手が伸びた事実への怒りだ。


「生かして捕らえよ」


言い終える前に、男は最後の一人へ踏み込んでいた。


刺客は回廊の装飾灯を蹴り落として目くらましを狙う。青白い魔石灯が砕け、火花が散った。


だが男は止まらない。


床を滑るように踏み込み、半身を捻って刃を返す。刺客の利き腕だけが落ちた。次の瞬間には、膝裏を払って床へ這わせている。


「舌を噛ませるな」


エレノアが言うより早く、男は刺客の顎を蹴り上げ、口へ革紐をねじ込んだ。


近衛たちがようやく追いつく。


怒号と足音が満ちる回廊で、男だけが静かだった。血を払った剣を納め、膝をつく。


「助太刀が遅れました。お怪我は」


「ない」


エレノアは息を整えた。


目の前に膝をつく黒髪の男を見る。肩で息をしていない。三人斬り、一人生け捕りにして、その顔色一つ変えないのは異様だった。


「名を言え」


「影月零と申します」


その名で、任命書の記憶と繋がった。


今朝、死神団の新任団長として名だけ届けられていた男だ。


前任の急死を受け、軍事省と書記局が慌ただしく差し替えた人事。顔を見るのは、本来なら朝議の場だったはずである。


エレノアは立ったまま彼を見下ろした。


「任命前に女帝を救うとは、慌ただしい男だ」


零は顔を上げない。


「任命前だからこそ、死なせるわけにはまいりません」


その言い方が気に障った。


同時に、妙に胸へ落ちた。


「連れてこい」


捕らえた刺客ではない。


エレノアは黒髪の男から目を離さずに言った。


「朝議まで、こいつを私の目の届く場所へ置け」

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