第4章 必須アイテム
ドライブといえば、彩海は結婚してから少し驚いたことがあった。
彼女の父親は息子が大学生のころ、様子を見に行ってくると言って、片道300キロの道のりを車で日帰りで往復するのを自慢にしていた。
お金がかかるから宿を取らなかったのかもしらないが、それって自慢していいことじゃなくて、恥ずかしいことだと思っていた。事故でも起こしたらどうするのだと。
それに比べて、陽久は無理な運転はしなかった。そして高速道路を利用するときに、頻繁にサービスエリアに入ってトイレ休憩を取った。
安全運転をするためには、小まめに休む必要があると彼は言った。
そしてそのサービスエリアにはスタンプがあったのだ。それはまるで観光案内でもするかのように、その土地特有の行事や建物や名物などがもがデザインされたおしゃれなやつが。
以前彩海は偶然にそれを見つけて、備え付けの紙にそれを押したことがあった。
カードをもらう旅行を始めてからそのことを思い出し、高速道路を利用するときは小まめに立ち寄ってスタンプを押すようになった。
それ以外にもドライブの途中で立ち寄る道の駅などにもスタンプが置いてあったので、それ専用のノートとメモ用紙を予め用意をしておき、そこに押すようになった。
【ちなみに駅スタンプというのもあったが、滅多に乗らないし、電車だと混んでいるし、ついつい時間に追われているので、彩海に押そうという発想はなかった。スタンプ専用の紙を持ち歩くのも邪魔だったし。
ただし、たまに観光地に車で出かけて立ち寄った際のみ押していた】
できるだけお金をかけないお出かけをモットーにしていた彩海だったが、さすがに何も買わないのも気が引けた。
そのため、サービスエリアでは普段飲まないレギュラーコーヒー、道の駅では道の駅切符とカードを購入するようになった。
切符には希望すれば日付も押してもらえるので、それが旅の記念にもなるし。
道の駅のスタンプ帳や道の駅きっぷホルダーなるものもあった。しかしそんなものを買ってしまったら、節約の趣旨から離れてしまう。
そこで彩海はそれらを一般のノートや、百均のカードホルダーで代用した。
道の駅と高速のサービスエリアのスタンプ用のノート。
ダムと城、そして関所の解説と写真を貼るためのノート。
道の駅きっぷやカードに加えて、マンホールカードやダムカードの収納のために、それぞれの別々のカードホルダーを準備した。
そしてこのカードホルダーこそが、その後の忙しい過ぎる趣味旅行の必死アイテムになった。
というのも、たくさんある目的地をできるだけ無駄なく回るためのルート作りに、それはとても役に立ったからだ。
本来、彩海は大雑把な性格をしている。普段は下調べをせず、準備もしないで行き当たりばったりに行動していた。
実家の父親がそうだったからだ。
彼は気分次第で家族を連れて出かけようとした。家族の誰か一人でも用があって断ろうとすると、すぐにすねて、二度とどこへも連れて行かないと言い出すので、全員が仕方なく父親に付き従った。
つまり亭主関白の典型の、まさに昭和の家庭だったのだ。
予定なしだと混雑したり、目的地にたどり着けなかったり失敗も多いのではないか!と思われるかもしれないが、そんなことはなかった。
なぜなら、渋滞になると思われる場所へは絶対に向かわなかったからだ。
夏なら山へ。冬なら海へ。紅葉の季節なら夜中に出かけて、昼前に帰宅していた。
それにそもそも人出の多い祭りやイベントを避けていたのだから。
(放任のくせに、子どもが勝手に行動することを嫌う父親のせいで、彼女は就職するまで、地元の大きな祭りに参加したことさえなかった)
とはいえ、子ども時代のそんな行き当たりばったりのお出かけも、それなりに楽しかった。
しかし、目的のある旅行となると、無計画というわけにはいかない。やはり修学旅行や新婚旅行のように、きちんとスケジュールを組まなければ。
最初のころは、もらうはずだったカードをもらい忘れたり、目的の場所が休館日だったり、タイムオーバーしたり……と後悔することも度々あったのだ。
それに対して優しい陽久は決して怒ったりはしなかったが、さすがに彼女も申し訳なく思ったのだ。
そもそも情報を入手しにくかった昔とは違い、現代ではスマホを使えば目的地の情報はすぐ分かる。もちろん距離や時間も。
彼女は行きたい場所、欲しいカードがあると、その情報を調べ、トレーディングカードと同じ大きさに切ったメモ用紙に記入していった。
まず一番上にの左側に◯〇県、右側に〇〇市(町村)と書く。
次に目的の項目を〈〉付きで書き入れる。〈マンホールカード〉〈ダムカード〉〈日本100名城〉〈城巡り〉〈◯◯道の駅〉といったふうに。
それから目的地の名称、住所、電話番号、休館日、営業時間などを書き込む。
そしてそれらのメモカードを元にどの順番に回れば効率がいいか検討し、ノートにいくつかのコースを書き込む。
最終的にコースが決まったら、行く順番にそれらのメモカードをカードホルダーに差し込んでいくのだ。それを「プランニングブック」と呼ぶことにした。
ドライブするときはそのカードを見ながら、車のナビに入力して行くのだ。
旅行が終わると、できるだけ早いうちに、そのカードの裏側に行った日にちとゲットできたもの、そして感想などを短めに記入しておく。
そして今度はそれを「行ってきました!」という別のカードホルダーに移し替えていくのだ。領収書や入場券などと一緒に。
一見無駄に思えるような作業だが、この一連の作業が習慣になると、ついつい放り出してしまいがちになる、旅行の記録や思い出作りも無理なくできる。
行ってはみたものの、カードの配布が終わっていたり、回りきれなかった場所のカードに印を付けておけば、次回の参考にもなるし。
そして、ゲットしたカードをそれぞれのカードホルダーへしまい、チェキで撮った写真にも日付とメモ書きして専用のノートに貼り付ける。
いつしか、その作業自体が趣味になっていった。
彼女はスマホと一眼レフカメラ、そしてチェキカメラで写真を撮りまくった。
ただし、チェキは全てをプリントするわけにはいかないので、最初から撮る対象を決めていた。
ダムと城と関所跡のみ。
とにかくチェキのフィルムは人気で入荷すると即完売してしまうので、貴重なのだ。
ネット通販でも値段が定価よりかなり高くなっていても、ソールドアウト状態だし。
まあ、自宅のプリンターを使えば済む話なのだが、なぜかこれが面倒でたまらない彩海だった。
パソコンやスマホ、そして一眼レフカメラ、プリンター…… 最低限使えるが、細かいな調整まではできないアナログ人間なのだ。
エンジニアの夫か幼いころからそれらに親しんでいる息子達に頼めば、教えてもらえるとは思うが、理解できる自信が全くない。
毎回一々お願いするのも、申し訳ない。
だから、スマホとカメラの写真は増える一方で、全く整理がつかないのが、彼女の長年の悩みであった。
そんなある日、駄目な母親のために、次男が簡単に写真データを保存してくれるアイテムを買ってくれた。
充電器に接続し、ケーブルでそれとスマホを繋げるだけで、SDカードに記録されるというものだ。
同時にスマホ充電もできるし、毎日一回挿しておけばバックアップされて安心だ。
まあ、結局写真データの整理を後回ししているだけの気もするが、気にしない、気にしない。面倒なことに目を背けるだめ人間の彩海だった。




