第3章 理系夫と文系妻
マンホールカードの存在を知った彩海は、それ以外にも似たようなものがあるのではないかと検索してみた。
すると公共カードと呼ばれる、トレーディングカード型のカードは、他にもいくつかあることがわかった。
ダムカード、橋カード、歴史まちカード、水の恵みカード、ジオパークカード、ロケーションカード、各市町村で出しているもの。
その他にも有料ではあるが、道の駅ガード、(続)日本100名城カード等。
つまり、この検索をしたせいで、彩海は陽久を自分の沼に引きずり込むことになったのだ。
写真は、行き当たりばったりのお出かけの時に楽しめる趣味だ。
けれど公共カードの収集はそうはいかない。配布場所と配布曜日と時間を確認しなければいけないからだ。
それに、たった一組のカードをもらうために出かけるのは時間とガソリン代がもったいない。どうせだからと、彼女はその周辺でもらえるガードも調べることにしたのだ。
こうして、遠くまで出かけるのだからと、ついつい欲が出て毎回たくさん回るようになってしまったのだ。
ただしそうなると、どの順番で回るのが効率的なのか、検討しなければならなくなった。
しかも歴女という言葉ができる前から歴史好きだった彩海は、カード収集だけでなく、ついでにとばかりに城巡りをして例のスタンプ帳にスタンプを押すことにしたのたのだ。
もちろん、それ以外の城趾もだ。いや、本音を言えばそにちらの方に重きを置いていた。
なせなら、そもそも彼女は天守閣だとか櫓、門とかいう建築物自体にはさほど興味がなかったからだ。
城の立地場所や堀や土塁、土橋、曲輪跡、井戸などのインフラの跡などに興味を持っていた。
砦の役割だけでなく、どんなふうに昔の人々が生活していたのか、それを想像するのか好きだったのだ。
その他にも、関所、そして旧街道巡りまで組み込んだのだから、ルート作りはそれはもう大変だった。
夫である陽久ははっきり言って、カード収集も歴史にも関心はなかった。
彼は成績優秀でオールマイティに何でもできたが、典型的な理数系人間だった。
温故知新などと言われても、過去より現在や未来に興味があった。
二人の常識は全く異なっていたのだ。
まあ、それだからお互い不足しているものを補っていたのだろう。
ちなみに趣味も全く異なっていた。
読書や映画観賞は共通していたが、その中身は全く違っていた。
夫が家で映画を見ようとすると、妻は隣の部屋へ移動した。なぜなら彼女は怖がりやで、ホラー映画を苦手にしていたからだ。
ただし、時代劇なら一緒に見た。二人と父親の影響で子供のころから時代劇を見せられてきたので、話が合ったのだ。
とはいえ、陽久は歴史が好きだったわけではなく、あくまでも時代劇が好きだった。
だから読む本も時代小説であり、歴史上ではないのだ。
二人の息子達も武将の名前は歴女の母親より詳しかったが、それはゲームの影響であり、やはり歴史が好きだったわけではなかった。
そう。子ども達も理系だったのだ。
彩海はいつも思う。なぜ自分の周りには理系しかいないのかと。
父親や兄、伯父、従兄弟、そしてその結婚相手も皆理系だった。
医学、薬学、看護学、獣医学、理学、農学、工学、水産学、栄養学……を学んだ者達ばかり。女性なら文系の方が断然多いはずなのに、リケジョばかり。
親類縁者が集まると、彩海だけ話が噛み合わなかった。
それは結婚してからも変わらなかった。夫の姉と兄も理系だったからだ。
そんな偶然あるのか?
夫だけではなく息子達からも理詰めで責められると、感情が先に立つ彩海は、鬱陶しくてたまらなかった。
世の中そんなに理論通りにはならない。もっとなあなあでいいじゃないか。言葉で全て説明しなくても、少し言い間違えてもこちらの気持ちを察してよ、と。
彼女は駄目妻でだめ母親だった。そして子育てや実家のこともあり色々あって精神的にきつく、かなり不安定になった時期もあった。
心の病にならなかったのは、このいい加減な性格のせいじやないかと自己分析していた。
まあ、自分の感情の起伏が激しいことに嫌悪感を抱いていたために、自己啓発系や、哲学書、仏教系の本を読み、喜怒哀楽を押さえるように努めた結果でもあるとも思っていたが。
そもそもそう考えられるようになったこと自体が、彼女の変化を如実にあらわしていた。
若い頃はネグラだったのとマジレスしても、もはやママ友達が誰も信じないくらい変化していたのだから。
それにしても、こんなに性格が違う夫婦だったのになぜ仲良く、上手く生活できたのかといえば、似たような家庭環境に育ったために、経済観念が似通っていたためだろう。
二人ともブランド品や海外旅行、高級料理などに興味がなかった。
夫は妻が作ってくれたお揃いのシャツも平気で着ていたし、手作り小物もちゃんと持ち歩いていた。
陽久は決してケチではないしがめつくもないが、よくこんなこと口にしていた。
「自営業とは違ってサラリーマンは税金をごまかすことはできない。きちんと支払っているのだから、公共のものは利用しないといと損をする」
そして公のイベントには積極的に家族で参加していた。
彩海は子供のころから人の多いイベントに参加したことがなかったので、それを楽しんでいた。
しかし、彼女が夫の意味を真に理解したのは、子供達が保育園に入ってからだった。
彼女は働いていなかったが、体を壊して病院通いばかりしていたので、市役所の福祉担当者のおかげで幼稚園ではなく保育園へ入れてもらえたのだ。
都会とは違って地方では定員オーバーで入園拒否ということはあまりないようだった。子どもの数も減少しているし。
しかし保育園の入園料は一律ではなく、世帯主の収入によって異なる。
いわゆる大手企業のエンジニアだった陽久は、地方都市では高額な所得者の部類に入っていたのだろう。一番高い保育料を払っていた。
そのことを彩海は意識していなかったのだが、同じくご主人が大手企業勤務のママ友がこうぼやくのを聞いた。
「◯◯君のところ、御殿のような新築の大きな家に住んでいるでしょう?
それなのに子供三人も預けていて、保育料は私達の一人分より安いのよ。
自営業っていいわよね。奥さんだって、家業を手伝っているって申請したから保育園に入れたけれど、実際は違うのに」
サラリーマンは収入が丸見えで税金を誤魔化せないけれど、自営業は違う。
彩海の親戚は皆勤め人だったので、あまり意識していなかった。
なるほど。だからこそ夫はああ言ったのかと、彩海は納得したのだ。
その後公共カード収集することに協力してくれるのも、もしかしたらそんな意味合いがあるのかもしれない、などと彼女は思った。
行った先で博物館を訪れるのも好きだったし。
しかし、陽久が彼女に付き合っているのは、妻を愛しているという素直な思いだった。
出来が悪い子の方が可愛いというが、それに似たような感じだった。
仕事に関することでは、期限や約束の時間を守らない外国人とのやりとりにストレスを溜めるのに、時間にルーズな妻には腹が立たないのだから。
それに、妻はアレルギーのせいで化粧品を買ったことがないし、洋服やアクセサリーには興味がない。ブランドバッグさえ持っていない。
海外旅行も行きたいなどと言わない。
さすがに新婚旅行はハワイに行きたいと彩海は言ったが、陽久は休みが取れないと言ったので、グアムになったのだ。
実際は、ハネムーンのときくらいしか長期休暇が取れないからと、同僚達はハワイどころかアメリカ本土やカナダ、ヨーロッパへ行く者が多かったのだが。
陽久の会社は当時、社員が朝刊を持って「ただいま」と帰宅するという話を耳にするくらい、皆忙しかったのだ。
そのため離婚率が高く、独身者も多かった。
今の時代ならブラック企業と呼ばれていたことだろう。
他の会社も似たようなものだったのだろうが、大企業としてそれは不名誉なことだったので、会社が結婚を斡旋していた。
そのため、休みが取れないというのは半分嘘だった。無理をすれば取れたかもしれない。
それなのになぜそんな嘘を言ったのかといえば、陽久は好きな車を買ったばかりで、金銭的に余裕がなかったからだった。しかし、それを言うのが躊躇われたのだ。
とはいえ、休みが取れないからというその言い訳はすぐにばれた。なにせ結婚後は社宅暮らしになったため、妻は奥様達から色々と情報を仕入れていたからだった。
それでも夫がどうしてもこの車が買いたかったのだと正直に話すと、妻はそれ以上文句や愚痴を言うことはなかった。
趣味や好きなものがあることはいいことだわ、と言って。
彩海の父親は無趣味で、退職後に濡れ落ち葉のように母親から離れず、母を束縛していた。その姿を見ていたので、彼女はそう言ったのだ。
その時のことがあったから、陽久は文句も言わず、彩海の超忙しい旅行に付き合っていたのだ。彼自身ドライブ好きであったし。
ただし、電車で行きたいところがあると言われると、夫は渋い顔をした。
もちろん嫌々ながらも、結局妻ラブで付き合ったのだが。




