第2章 妻の趣味
超忙し過ぎる旅行のきっかけが一体いつ、どこで、何がきっかけだったのか。大分前のことなので彩海はすでにうろ覚えだった。
元々彼女は多趣味だった。読書や歌を歌うこと、新聞投稿をすること。
そして小学生のころから洋裁や手芸や編み物など、手作りするのが好きだった。
だから結婚してからは家族お揃いの服を作ったり、小物作りをしていた。
子供達が小さかったころは、熊の着ぐるみやうさぎの寝袋を作ったりして楽しんでいた。
引きこもりになると、家の中でできる趣味にさらに次々と手を出していった。
木工やトールペイント、ぬいぐるみ作り、刺繍、アクセサリー作り、エトセトラ。
親族や友人に贈ったり、委託販売をしたりもした。
しかし、狭い家の中は彼女の手作りした物であふれかえるようになった。
狭苦しくなった部屋はストレスだと息子達に言われて、彼女も反省した。それにお金もかかるし。
なにせ彼女は無職だ。そのくせ医療費は削れない。毎日アレルギー剤を飲まないと、体中何かに反応して痒くて堪らないからだ。
目の充血や鼻水、発疹ならまだ我慢ができても、耳の奥まで痒くなるのだけは我慢しようがない。搔くことができないのだから。
ところが、コロナが流行っていたころには収集がつかなくなるほど、彼女の趣味は増えていった。
しかし今度は、お金をあまりかけずに済む趣味だ。
そんな彼女の最初の趣味になった一つが写真だ。まあ王道だろう。
デジタル写真は昔のカメラとは違っていくらでも好きなだけ写真を撮れる。後で簡単にゴミ箱へ入れられし、お気に入りだけプリントすればいいのだから。
ただし、彼女の場合、撮る写真の対象が一般的ではなかった。
そのまず一つ目が道路工事用の単管バリケード。道路工事の現場などに入禁止のために置かれてあるものだ。
ただの金属製の管なのだが、「無事に帰る」の意味が込められてあるのか、たまにカエルの形をしたプラスチック製?の飾りが付いているものがあるのだ。
ある日、彼女はカエル以外のバリケードを見つけた。
以前、彼女は月に一度、親の病院の付き添いをするために、高速道路を使って県外の実家へ通っていた。
その帰省の途中、高速インターの進入口近くの工事現場で、それを目にした。
それは隣県のご当地キャラクターの付いた単管バリケードだった。
知名度が高いキャラクターでとても可愛い。様々なグッズが発売されていて、他県に住む彩海でさえ、キーホルダーや小さなマスコットを持っているくらいだ。
しかし、そのキャラクターが単管バリケードにまでなっているとは。
これは帰省の際の話題作りにちょうどいいと思ったが、運転中だったので写真を撮るのは無理だった。駐車するスペースもなかったので。
その後もそのバリケードを目にしたのだが、シャッターチャンスはなかった。
しかしそれからしばらくしたある日、赤信号で停まった時に運よく写真に納めることができた。(その時は助手席にいた)
それ以後、道路工事や建築現場に遭遇すると、自然に単管バリケードに目が向くようになった。とにかく色々なデサインがあって面白いのだ。
カエルだって緑色だけじゃなくてピンクもあるし、ウザギとかキリン、亀、それに御当地キャラや有名アニメキャラ等々。
やがてこれらの写真を撮るのが趣味となった。お金はかからないし。
もちろん、人様に迷惑をかけないように無理な撮影はしていない。人迷惑な撮り鉄のようにはなりたくなかったので。
その他に、似たような理由で撮り始めたのが自動販売機だ。
御当地キャラクターやアニメキャラクターで地元を盛り上げようとしている昨今、どこへ行っても、様々なキャラクターの絵が描かれた自販機が設置されている。
観光地へ行けば、その土地出身の英雄、城などがデザインされていたりする。
某テレビの歴史ドラマに登場するような歴史上の人物は、けっこう自販機に描かれているのではないか、彩海はそう推察していた。確証はないが。
なぜなら、一万円札に描かれている偉人は、出身地の埼玉県や晩年住んでいた東京の記念館に、彼の姿絵付きの自販機が設置されていたからだ。
そして、愛馬を背負って谷を下ったことで有名な武将の生誕地には、そのエピソードに倣った銅像ともに、馬を背負った可愛いミニキャラ武将の描かれた自販機を見つけたし。
徳川家に縁のある土地では葵の家紋柄が描いてあった。
そして長野県では真田家関連の六文銭や赤い兜、十勇士のキャラがあった。
そういえば群馬県にも真田家縁の自販機があった。幸村は滅んだが、兄の方の家系は生き延びたから。
正面だけじゃなく、自販機の側面にも絵が描かれていて面白い。だからスマホや一眼レフカメラでバッチリ撮影している。
それに、自販機って、タバコや飲料水だけじゃない。その他にもパンやおにぎり、カップ麺、アイスなんかもあるよね。
いや、食べ物だけじゃない。オムツやハンカチ、アイマスク、洗剤、洗面具などもあった。
(そういや、日本最初の自販機は葉書と切手で、世界初の自販機は紀元前の水だったらしい)
旅行先ではなくても、面白い自販機といつ遭遇するか分からない。ちよっとしたお出かけでも楽しい、と彩海は思った。
その他にも、似たような理由で写真を撮るようになったのは、郵便ポストや二宮金次郎の像だ。
金次郎の像は学校だけじゃなくてお寺など、意外なところに建っていて、遭遇すると感動するのだ。
金次郎さんの逸話はなんとなく知っていたが、栃木県にある彼の住んでいた家(役所)を見学して、彼の偉大さを改めて思い知ったものだ。
そして、あとはマンホールだ。
最初にマンホールを意識したのは叔母の住む熱海へ行ったときだった。
銅像よりも金色夜叉をモチーフにしたマンホールに感動した。
彩海は子供のころから読書好きで、小学生のときにその小説を読んでいたので興味を唆られたのだ。
そして意識して見てみると、あちらこちらに面白いマンホールがあることがわかって、その旅行中、マンホールをパシャパシャ撮り続けていた。
そんな妻を呆れずに「ここにもあるよ」と見つけて協力してくれた夫に彩海は、本当に感謝した。陽久は本当に優しい。
それ以来、旅行先だけでなく、ちょっとした外出先でもマンホールを見つけると写真を撮っていた。
しかしあの頃、マンホールカードの存在を知っていたら、あの金色夜叉モチーフのマンホールカードを間違いなくゲットしていたことだろう。
彩海はそれを後になって酷く悔しがることになったのだった。
伊豆半島付近はすでに何度か訪れてしまったので、もう行く機会はないだろうと。
叔母に頼めばいいとも思ったが、あいにく叔母はそんなことに関心はないのだ。
彩海が沼にはまるきっかけとなったマンホールカード。それを初めてゲットしたのは、そもそもの趣味だった城巡りをしていたときだった。
城址公園内の売店のカウター前に、マンホールカードあります、という紙が貼ってあったのだ。
恐る恐る何かを買えばもらえるのかと訊ねてみたら、無料だと言われて即頂くことにしたわけだ。
しかし気の小さい彩海は、何も買わずにもらうのことを躊躇って、カウンター横に置かれていた「日本百名城に行こう」というスタンプブックを買ってしまった。
しかし、このことも彼女は散々後悔することになった。なぜならそのとき彼女が訪れた城はその日本百名城には含まれていなかったからだ。
彼女は「続日本百名城に行こう」を買うべきだったのだ。しかし、そのときは二冊買う気持ちの余裕がなかった。
その結果、その数年後に、今度はその「続……」を購入して、またその城へ行くことになった。
まあ、お城スタンプだけでなく、夫のマンホールカードをもらいに行く目的もあったからなのだが。
なぜマンホールカードが二枚必要かというと、カードホルダーに収納する際に、裏表のデザインが一目で見られるようにするためだった。
そのマンホールカードをゲットした後、ネット検索した結果、「下水道広報プラネットホーム」というホームページで日本全国のマンホールカード情報を得られることを知った。
それすぐさまそれをスマホ画面上に表示させた。
なにせ定期的に新しいカードが加わるので小まめなチェックが必要なのだ。
人気のあるカードは配布初日に終了する場合もあり、再発行されないカードもあるので、早めに行った方がいいのだ。
ちなみに初めてそのホームページを開いて見たとき、自分の住んでいる市でも三種類のマンホールカードを配布していた。
しかも、自分の好きなご当地キャラが描かれていたカードもあったので、夫と共にすぐさま役所へ行ってゲットしたのは言うまでもない。




