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東に向かいはじめてから二度、地面に降り立って探知魔法を広げた。まだ魔人の反応は見つかってはいない。
そして今まさに三度目を行うべく、ティエラは音もなく着地する。
地面には背の低い雑草が誰かに踏まれた形跡もなく生い茂り、左手には薄暗い森が広がっていた。
付近に魔物の反応が無いわけではない。特に森の中などはそもそも動物たちの住処であったはずだし、開けた場所に比べて魔物の数は多いはずだ。そして勿論この森にも魔物の反応は複数見られる。それでもこの場所に降りることを選んだのは、森の中の反応に違和感を覚えたからだ。
(・・・多すぎる)
ティエラが他の森を見てきた経験から言えば、この森の中の反応は不自然だった。多すぎる。これは魔物の数についてではない。いや、それも多いことは多いのだが、不自然なのは群れと見られる一つの集団が森の中央付近を占拠しており、その群れを構成する魔物の数が、ひどく多いのである。100や200ではきかないほどの魔物が集まっているのだ。
魔人の反応は見当たらない。しかしここまでの集団を形成しているのだから、リーダーと言える存在が居るに違いない。今はたまたま不在なだけで、ここが魔人の拠点である可能性も無くはない・・・そう考えて、ティエラは東へ向けて探知を広げるついでに森の様子を見ていくことに決めたのだった。
森の中を覗き見ると、奥の方ほど木が密集してるようで、外からではその様子はわからない。静まり返った中で風が木の葉を揺らす音だけが響いていた。
ティエラが森の中に足を踏み入れると、そこに足元の枯れ木を踏むパキッという音や、茂みにふれるガサガサという音が加わる。
(この辺から人が入った形跡はなし、か・・・)
足跡どころか、草木をかき分けた痕跡も見つからない。奥に進むにつれて森は一層暗くなり、頭上を見上げると時々わずかに空が見えた。ここは年中日が入らなのかも知れない。足元や木の根本の土には苔がびっしりと生えていて、空気も湿った感じだ。爽やかな森林浴からはかけ離れている。
中心部まではまだ少し歩かなければならないが、この辺りからちらほらと白い繭のようなものが木にぶら下がっている様子が見られるようになった。生き物の痕跡だとは思うのだが、何故か森に入ってから動物の姿は確認できず、そして中心部に近づくにつれてその繭の数は増えていく。
(建物なんかも無し。完全にハズレね。
それにしてもこの繭から何か孵るのかしら・・・)
繭の正体は気になるものの、魔人の痕跡が全く無いのだからこれ以上ここに用はない。引き返そうとティエラがくるりと振り返った、その時。
「ひっ・・・」
思わず恐怖に身が竦み、小さく悲鳴が洩れる。
振り返ったその目の高さに、空中で静止する魔物の姿があった。
蜘蛛。
大人の手の平ほどもある大きな蜘蛛が、その糸により浮かんでいる。毒がありますよと言わんばかりの紫と黒の縞模様を持ち、異様に長い手足を大きく広げている。ちょうど背後から襲いかかろうとしたのかもしれないが、蜘蛛にとっては残念なことに、相手が悪い。
「大きすぎでしょ!あぁもう嫌な予感しかしないわ・・・」
あと一歩のところで奇襲に失敗した蜘蛛は、あっさりとティエラの作り出した冷気で凍りつき、完全に動けなくなったところをショートソードで叩き斬られるという悲しい最期を迎えた。その最期をもたらしたティエラは、退路を塞ぐ蜘蛛が地面に落ちるやいなや、全力で走り出す。
(考えてみれば虫だって魔物化するわよね…!)
恐らく今までの他の森では、虫は他のより大きな獣の食料になっていたのだろうと思う。だからこそ魔物化した虫を相手にすることは無かった。襲ってくるほどの力がなく、捕食され数を減らしていたためにティエラの目に留まることが無かっただけで、当然存在していたはずだ。捕食されないよう身を隠していた可能性もある。なんにせよ、虫の魔物というのはかなりの数がいるはずなのだ。
しかし、いることがわかっていて、その登場に心構えができていたとしても。ただでさえグロテスクな見た目が巨大化することでより一層おぞましさを増した魔物の姿は、充分にティエラを戦慄させるものであった。
ティエラは振り返ること無くひたすら足場の悪い森の中を駆ける。意識してみるとカサカサと木の葉の音に混じって虫の足音が聞こえるような気がして、背筋に悪寒が走る。同年代の女子で虫が平気だという者は少ないだろう。そしてティエラにとっても、それは嫌悪の対象であった。
「っは・・・はぁ・・・」
やっと森の外に出て、ティエラは乱れた呼吸を整えようと立ち止まった。普段鍛えているためあまり息切れなど起こしたことはなかったのだが、森の中を全力で走るというのは思いの外消耗するものなのだろう。
森の外に出た安心感から、ここならばもう大丈夫、とティエラは思う。なにせぶら下がるための木がないのだから、頭上から降ってくるようなことは無い。
にも関わらず、カサカサという足音が未だティエラの背後から聞こえていた。




