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また一つ大きなため息を吐いて、セルガは再び思案にふける。
(良く言えば慎重、悪く言うならば疑り深いのだ、お嬢様は。
いつも他人の本心をうかがって、考えすぎて、そして自分を追い込まれる)
「サイファもカナデも魔人をいい方に捉えすぎなだけでしょ!?
あんな惨劇を引き起こした奴にそれって、ちょっとどうかしてるよ!!」
「例えばの話ですけど、あの魔人が魔物になったのも街の人たちと同じ経緯だったかも知れないですよ?」
「そんなもしかしての話されてもさぁ!」
ハルはやはり感情的にすぎる、とセルガは思う。一方のザルツはそれ以上口を開くこともなく、少しずつ沈みこむように表情を暗くしていく。
ザルツは基本的に人間関係にはドライなほうだ。にも関わらず今回ティエラを置き去りにしたということは、ハルのいう惨劇というのがよほどのものだったことがうかがえる。だとしても、セルガにとっては主人であるティエラを、何よりもその心に寄り添う存在であった夫であるザルツが、サイファに説明を受けるまでなんら理解しようともしていなかったことは、ザルツに対する失望を感じさせていた。
(ここで問答していても、お嬢様が戻ってくることは恐らく無い。ならば身の振り方を考えなくてはならない)
ティエラを探しに行くというのは、非現実的だろうか。セルガは旅慣れている分、傭兵としての旅に同行して狩りの仕方や獲物の捌き方を教えたりはしてきた。しかし魔物相手に戦力になるかと言えば明らかにノーであるし、どちらかというと足手まといにすらなりうる。
ならば無事を信じて待つしかないのだが、一体どこで待てばいいのか。
サイファならば、ティエラを真の主として見てきたサイファならば、なにか手がかりがつかめるだろうか。
「サイファ殿、私はお嬢様のお帰りを待とうと思います」
冷静さを取り戻し、背筋を正してそう宣言したセルガだったが、その言葉の意味はサイファにしかわからなかったようだ。
「そうですね、俺はラーサがいいと思いますよ」
サイファから返された視線には、探るような気配があった。恐らく考えていることは同じ。
(問題はどこでお待ちするか、ですが・・・なるほど、ラーサならばお嬢様がミュールに向かう際に立ち寄られるかもしれません)
「ラーサ?なんの話ー?」
「2人ともどういうことだ?」
ウルドとロッシュが、サイファとハルの意見のどちらを支持しているのかはわからない。しかし今やすっかりうろたえてしまっているザルツと、自分の正しさを主張するハル、そして完全に口を閉ざしてしまったリッドの姿からは、彼らの正当性を彼ら自身が信じられなくなっているようにさえ見える。
そんな当事者ですら自信が持てない論にどれだけの信憑性を感じられるだろうか。
しかしそれでも。
仮に全面的にティエラの味方であったとしても、ティエラのことをこれ以上語るべきではないかも知れない。それをティエラが望むだろうか、という理由で。
なにせティエラはサイファを強制的にスーリヤへと送り返した。それはティエラにとってサイファすらも恐怖の対象だということに違いなかった。
いつか自分に失望してしまうのではないか。
本当は残ったのは本心ではないのではないか。
自分はいつか切り捨てられるのだろうか・・・
それは、他人の心が見えないものであるが故の恐怖。
恐らく多少なりそういう恐怖を感じている者は多いだろう。しかしティエラはそれが人一倍大きい。失望される恐怖、嫌われる恐怖、その末に自分の大切な者が離れていくかもしれないという恐怖。
幼い頃に、自分はフォルティエラではないから、と自分を殺していたのもその片鱗に過ぎない。彼女はいつも、いつか切り捨てられる可能性を考えて怯えている。そしてそうなった時につく傷が最小限になるように、決して褒められたものではない方法で自分を守ろうとする。
(嫌われる前に、自分が消える。
お嬢様らしいと言えば、らしいですが・・・)
「多分、ここはもう姫様のホームじゃないんでね。
俺とセルガさんは撤退させてもらいますよ、では」
サイファの視線を受けて、セルガもまた折り目正しく頭を下げて、ザルツの研究室を出る。
「・・・お嬢様の安らげる場所になると、思っておりましたのにな」
「一時的には、そうだったんじゃないですかね。
それにしても、困った姫様だぜ・・・」
「まずはどこに行かれるんでしょうかね、あの方は」
「魔人を探しに行くとは思うんですけどね。
まさか本当に自分が魔物化してみようとか思ってないか心配で仕方ないですよ。
あの人他人にはめちゃめちゃ気を遣うくせに、自分のことは無頓着すぎるでしょ」
「・・・なんでも一人で終えようとなさいますな、昔から。
初めてこのセルガを頼ってきてくださったときには嬉しうございました」
ティエラに関する昔話まで出てくる始末だが、2人なりのティエラに対する愛情なのだろう。
帰る場所を捨てたティエラを捕まえて、なんとしてもおかえりなさいと言ってやるのだと、2人はそんなことを考えて歩き始めた。




