193
私は元々臆病者だ。特に人間関係においては。
怖いのだ。
失望されること、期待はずれと思われることが。
今まさに失望されたわけだからいっそ開き直れればいいのかもしれないが、それが出来ていたら今頃こんな面倒な性格には育っていない。
「おーい」
いや、開き直れないから面倒な性格になったのか、それとも逆?こういう性格だから開き直れない。うーん、どちらが先にあるのか。
「おーい」
考えがどんどん脱線してもうわけがわからない。現実逃避と言うやつだな、うん。
「おーい、姫様ー」
人が思案しているというのになんとも呑気な声で呼びかけてくるのが聞こえた。今はちょっと放っておいてほしいのだけど・・・
・・・そもそもこんな場所で話しかけてくるなんておかしいでしょう。
「姫様ー?聞こえてますかー、おーい」
「・・・サイファ?」
猫耳をぴこぴこ、猫尻尾をゆらゆらと動かしながら、私の顔の前で手を振るサイファがいた。
「いやそのなんでいるの?って顔やめてくださいよ・・・」
まさしく私の心の中は”なんでいるの?”で占められていたわけだが、さすがに失礼な感想かも知れない。顔をきりりと正して取り繕うことにする。
「サイファ。えぇと・・・どうしてここに?」
取り繕うどころか直球で聞いてしまった自分を恥じたい。
「俺はあの旅で、俺の主は姫様って決めてますから」
私に負けじときりっと顔を作り、胸を張って答えるサイファの姿はなんだか滑稽に見えた。こんな状況で残ったのか?この魔物化の霧の中に?
思わずまじまじと顔を凝視してしまう。
「姫様・・・ちょっと失礼」
困惑気味のサイファは一言そう断って、こちらに手を伸ばす。
思わず少しびくりと体が縮んでしまったのは、やはり私が臆病だからなのだ。
それに気づいたのか、一瞬サイファは手を引きかけたが・・・思い直したように再びその手が近づき、そして。
ぽんぽんっ
そんな擬音が似合いそうな軽さで、頭にふわりとした感触。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですって。
姫様の言いたいこと、俺はなんとなくわかりましたから。
俺ね、子供の頃は本を愛する文学少年だったんですよ。
よく同年代の人間たちに、獣人なんだから運動が好きで得意だろ、って決めつけられて、本が好きだって言うと笑われたりしたもんです。
アルディアでは獣人はそれほど多くないですからね・・・差別ではないけど偏見?そういうのは度々あったんですよね」
獣人への偏見・・・それは知らなかった。
しかし、私もサイファの身軽な動きを見ては、さすが猫獣人とか思ったりしていた。それは持って生まれた才能だけではなくて、サイファの努力の賜物であるにも関わらず。
「まぁ、俺も姫様の護衛の命を受けた時は、お姫様なんてワガママ言いたい放題で苦労させられるんだろうなぁ、とか思いましたしね。
それが偏見だと気づいたのは、旅が終わった頃でした。
小さい頃自分を苦しめていた偏見の目ってやつが、しっかり俺にもあった。
多分誰しも気づかずにそういう先入観で物事を決めつけたりしてるんですよ」
うん、言われてやっと気づいたけれど、私にも確かにそういう部分があった。反省すべきことだと思う。
「魔人のことにしたって、同じですよ。
人類の敵、魔物、しかも現在進行形でなにかと被害がもたらされてて・・・いわば存在自体が悪!みたいに皆が皆思ってて」
私もそう思っていた。だからこそ討伐なんて発想が簡単に出てきていたんだ。
「いざ向かい合ってみれば会話ができる相手で。
・・・考えてみれば、元人間なんですよね」
あの街の人たちと同じように、元々は人間だったのだ。それがどういう事情で魔人となったのかまではわからないが、もしかしたらあの街同様、望んだわけでもなく抗うことも出来ずに魔物化してしまった可能性だってある。
直接対面するまで、そんなことにも気づかないでいたのだ。
「ま、そういうあれこれを抜きにしても、ですよ?
敵から情報を引き出せそうなのにそれをしないなんてありえないでしょ」
最後の一言は、なるほど諜報員としてミュールに潜っていただけのことはある。思わずくすりと笑ってしまった。
「さて、こっからは寂しいふたり旅ですよ。
まずは何しましょうかね、またガルクラウニー探します?」
明るくそう言い放つサイファ。この霧の中一緒に旅を続けるつもりのようだ。
しかし、それはお断りしたいと思う。
「旅は私一人で。
サイファはスーリヤに戻っていてください」
「え?あの3人に説教でもさせるつもりですか?」
「いえ、それはもういいんです」
にっこりと笑う、私。
「ありがとうサイファ、残ってくれて」
私は臆病なのだ。
わかってほしくて必死に努力したとして、それでも伝わらなかったら?
完全に見放されて、あるいは嫌われてしまったら?
それが怖いのだ。
そうなるくらいなら、向こうが離れていくのを見るくらいなら。
私は自分から、手を離す。
笑顔のまま、サイファの足元に転移門を開く。
行き先はスーリヤ。いつものミーティングルームだ。
「ありがとう、またいつか、どこかで」
重力には抗うことができず、転移門へとサイファが落ちていく。
向こうからは見えないことがわかっていて、私は門にむけて軽く手を振って、そして閉じた。




